自己満足







「今日の『お題』は『14.自己満足』…」
「あ~研磨よ。それは…パスしようぜ。」
「孤爪師匠。そのお題は…自爆します。」


新型コロナウィルスの蔓延により、全人類に対する責務(隣人への愛)として、おウチ待機中。
技術系専門職の個人事業主で、自宅兼事務所から一歩も出ない日常に慣れてはいるものの、
プロ野球もJリーグもMリーグ(麻雀)もなく、読書とゲームぐらいしか娯楽がない状態に、
さすがの黒尾法務事務所の面々も、なんかモヤっとしたものを拭い去れないでいた。

そこで、サラっとした夜食のだし茶漬的な小咄で、スカっと気分転換してみよう!と、
『ドリーマーへ30題』というお題をお借りして、順次サクっと創作し続けている最中だ。
言い出しっぺは、PC画面の窓からこちらに手を振っている、我らが研磨先生だ。

「カンケーないけどさ、『おウチにいよう』を英語にしたら…『ホームステイ』だよね?
   全然『じぶんち感』がなくて、『他所様の御宅』にお邪魔してると思わない?」
「山口、順序が逆…『ステイホーム』だよ。まぁ、逆にしただけで真逆になるのは面白い…
   あ、研磨先生すみません。えーっと、今日の『お題』は…41番なんてありましたか?」

あからさまに話題を逸らせようとする四人に、研磨先生(プロジェクトリーダー)は苦笑い…
ヘッドフォンが膨れるぐらいのため息を吐いて、気持ちはわかるけどさ…と呟いた。

「自己満足がいかに難しいか。そしてこれがどんなに重要か…いままさに痛感中だよね。」


『自己満足』は心理学用語…ある行動をとった時、それに対して自分自身が満足することだ。
ただしこの『自分自身が満足』する状態には、他者からの『客観的な評価』は無関係である。

「つまり、誰かの視線や意見、趣味嗜好や理念信条、世間体なんかには囚われることなく…」
「自分自身が満足することだけが、その構成要素となる…自分が満ち足りればそれでいい。」

だからこの言葉は、「自己満足に過ぎない」等と、身勝手な振る舞いを謗る時によく使われ、
主文の『自分自身の満足』よりも、但書の『他者は無関係』が、強調されている節がある。

「その最たる例が…今回のコロナ騒ぎだね。」

自分さえ良ければ。自分は大丈夫。自分じゃどうにもできないし。とりあえず念のために。
職務や通院で外出せざるを得ない1割の人以外に、もう1割の人が不要不急の外出をすると、
感染症の拡大を抑制することはできない…『他者は無関係』では、事態収拾不可能なのだ。

「他人は自分と同じぐらい、自己満足を求めている…そういう想像力が必須なんだよな。」
「自分がやりたいことは、他所様だってやりたい…自分が嫌なことは、他人も嫌ですよ。」


おウチの『外』では、但書『他者の評価は無関係』を封印し、自己満足を我慢するしかない。
それならと、おウチの『内』で自己満足を得ようとすると、但書がネックとなってしまう。

「他者の評価がなければ、自己満足を得られない…そういうケースが、実は多いよ。」
「むしろ、誰かに喜んで貰えた時が、一番満足感に包まれる…それがフツーだよね~」

御客様からの『美味しかったよ』や、上司や先生からの『よく頑張ったな』という褒め言葉、
誰かからの『ありがとう』…こうした他者からの評価や感謝が、おウチでは激減するのだ。

「おウチ『内』の家事や育児は、やって当然…『他者』じゃない家族は、評価対象外扱い。
   緊急事態に関わらず、こういう認識がフツーですから、『内』の担い手は満たされない…」
「親も子も伴侶も、自分以外は他者…その意識を持ち続けることが、家内安全の必要条件。
   そして十分条件は、他者である家族にも、感謝という評価をきちんと示すこと…だよな。」

おウチの『内』にも、自分以外の他者がいる。
自分自身の満足だけを追求していては、諍いの拡大を防止することなどできやしないのだ。


「とは言え、今は凄く良い時代だよね。おウチ『内』に居ても、『外』の他者と繋がれる…」

俺はじぶんちに居たままで、アンタらとこうして『オンライン酒屋談義』ができる…
赤葦の作ったお酒を飲めないのが、唯一残念なトコだけど、考察って趣味は共有できるんだ。

好きなモノこそ、誰かとそれをわかち合う喜びは大きく、しっかりした満足を得られやすい。
料理、音楽、手芸、動物、スポーツ…それらの写真や動画をおウチでのんびり閲覧したり、
自らUPしたものに、他者から『いいね!』等の評価がたくさん貰えると…素直に嬉しいよ。

「自分が使うついでに、ティッシュ取ってあげたら、ありがとうって…ほわっとするよね〜」
「それと同じで、UPしたものに、ワンタップの『いいね!』…心と頬がほわっと緩むかも。」

「ティッシュ取って貰ったり、ゴミ出したり茶碗片付けたり…誰かに手を使って貰ったら、
   『いいね!』するぐらいの気軽さで、ありがとうを言う…これだけで、喧嘩八割減だ。」
「たったそれだけで?と思うかもしれませんけど、その程度のことすら、疎かにしている…
   自分だって、他者の『自己満足』を満たす存在であること…忘れてしまうんですよね。」

おウチの『内』でも、同じ『内』や『外』の他者と繋がり、自己満足を得られる時代…
実は、凄く良い環境の中で、俺達は『自粛』してるのかもしれないね。

でも当然、良いことばかりではない。
むしろマイナスになることも、たくさんある…


「いつでも、誰からでも、気軽に『いいね!』が貰える環境だというのに、
   それが充分に満たされなかった時…より大きな不満つまりストレスを感じてしまうんだ。」

独り暮らしじゃないのに、家族の誰も家事について評価や感謝をしてくれはしない。
それと同様に、いつでも、誰とでも繋がれる環境があるのに、大して見向きもされない。
あって当たり前のもの…いつの間にか補充されているトイレットペーパーのように、
無償で提供されたり、誰かが勝手にUPしたものに対しては、多くの場合スルーがフツーだ。

「スルーできない程フツーじゃない…趣味の範囲を超える傑作だった時や、
   自己満足を大きく満たされたものに触れた時には、評価したくてたまらなくなる。」
「そのぐらいじゃないと、他者は『他者の自己満足』に、わざわざワンタップしないんだ。
   だから、一般人の趣味に属するようなものをUPしたって、満たされないのが…フツー。」

「その反面で、自己満足にそぐわないものや、嫌悪すべきものに出遭った時は、
   手間暇と労力を惜しまず、他者に対してマイナスの裁定を、天罰の如く下していく…」
「私を満足させないようなものに、貴重な時間を取らせるな。少しは自重しろ。
   お前のそれは、ただの自己満足にすぎない…と、ご丁寧なご指導を下さるんですね。」


他者の評価にある程度依存する趣味の場合、その評価の有無や良し悪しで、
思いがけず自己満足が叶えられたり、あるいは大きく不満を抱える結果になってしまう。
そして、良し悪しよりも無の方が、実は深刻…自己否定に繋がる虚無を感じる恐れもある。

「その身近な例が…創作だよ。」

本来は、自己満足の趣味。
だけど、他者と喜びを分かち合えないと、その趣味の根幹である楽しみが失われてしまう。
だから、勇気を出してUPしてはみるが…頑張った思い入れのあるものほど、評価されない。

「そりゃそうだよな。自分が頑張った…自分の自己満足にじっくり浸れたもんほど、
   他者の自己満足からは遠くなる…全く同じ趣味嗜好を持つ他者なんて、存在しねぇし。」
「自己満足を追求すればするほど、『他者の評価とは無関係』状態になってしまい…
   逆に、高評価を得るべく、他者の満足に重きを置くと…自分の方が満たされなくなる。」

「これさ、いつもたくさんの『いいね!』を貰える人気作家さんほど…痛感してるかも?
   良くも悪くも、みんなから注目&期待され、みんなの自己満足に応えてあげないと…」
「勝手に期待しといて、満たされなかったら酷評、最悪は無視…やってられないだろうね。
   そもそも注目も期待もされてない一般作家とは、比べ物にならない虚無感だと思うよ。」

勿論、慣れて(諦めて)いるとはいえ、一般作家だって少なからず承認欲求はあるため、
無反応や低評価が続き過ぎると、自己肯定感と創作意欲は瞬く間に消滅していき、
自分のメンタルと、原作への『好き』を守るため、趣味を封印…誰にも気付かれない内に。

ほ~らみろや。やっぱりこのネタは自爆…止めときゃよかったのに。
黒尾は四人を代表して研磨に乾いた視線を送ったが、研磨はそれを無視…話を続けた。


「今は…今このご時勢だからこそ、目を逸らしちゃ、ダメ。」

おウチの『内』に居ても、簡単に『外』と繋がれて、自己満足を得られる環境だからこそ、
全ての人に必要になってくるのは…実は、コレなんじゃないかなって、俺は思うんだ。

「ホントの意味での『自己満足』…だよ。」

ホントの意味ってのは、『他者の評価』に囚われず、『自分の満足』のみを追求すること…
他者との繋がりがなくても、自分独りだけで楽しめる趣味や、息抜きの方法を持つことだよ。
承認欲求が満足感の大部分を占めるものじゃなく、独りで愉しむだけのものを見つけるんだ。

「自分だけで粛々と楽しみ、自己満足を得る。
   おウチで堂々と自粛できる今こそ、それを探求する絶好の機会なんじゃないかな。」

例えば、レビュー数やいいね!は見ずに、琴線に触れる作品を探し回り、読み漁ってみたり。
はたまた自分のためだけに、『門外不出』の作品を、満足するまで延々作り続けてみたり。

「ただペットと戯れたり、お花を育てたり、自分だけが食べるスイーツを作ったり。」
「既に自分が満足するとわかっている、殿堂入りの本や映画を繰り返し鑑賞したり。」
「いっそのこと、創作自体を一旦止めちまう…自分を休憩させてあげるのも、アリかもな。」
「他者との繋がりを断ち、ひたすら自己愛に浸ることも…たまにはいいかもしれませんね。」

おウチの『内』で、『外』を遮断し、自分の『内』をじっくりと見つめ直す。
まるで修行のようだが…いや、これはまるっきり修行だろう。


「…ってなわけで、『自己満足』に関する考察はこの辺で終了。語りたいだけ語ったし。
   それじゃあ、ウチの作品の中で、自己満足したぞ!というものを…それぞれ暴露して。」

ちなみに俺は、『αβΩ!研磨先生』と、それに続く『的中!?研磨先生』だね。
あんなにクソ真面目かつ、心から楽しく考察できたのは、このシリーズの他にない…
あれからずっとBL漫画は買い続けてるけど、未だにオメガバースはノータッチを貫いてるよ。

「オメガバースの世界を舞台にした『超未来酒屋談義』…いずれまたじっくり書きたいね。」

珍しく何かに満ち溢れた顔で、研磨先生はそう断言し、「次、月島。」と指名した。


「僕としては、やはり…記憶喪失シリーズ、中でも『奥嫉窺測』でしょうか。」

月山とクロ赤、二つの物語をクロスさせた苦労と、その構想を練る面白さ…堪りません。
三年がかりの調査を経ての竹取物語考察は、王子様シリーズの極点だと思っています。
補足の『仕置巣窟②』からの真ED…浅草Wデート編の考察も、僕のお気に入りです。

では、システマティックなシリーズ構築がお好きそうな、苦労大好き黒尾さん…どうぞ。


「苦労…具合で言やぁ、これもいい勝負。8月に19話で『819愛』を絶唱したやつだな。」

皆様からの頂いたリクエストを基にした、暑中御見舞企画『夜想愛夢』シリーズ。
幅広いジャンルの考察、月島山口家オールスターズ…しっちゃかめっちゃかだったよな。
だが、やり切ったぞ!という達成感は大きく、清々しい夏の青空みてぇな爽快さが残ったよ。

ここから、『夏と言えば青』が定着。そんな『青』が、お前の一番だろ?な…山口!


「夏と言ったらお盆!お盆は大切な人と一緒に帰省!そこで落ちる…マリッジブルー!」

俺が自由奔放な黒猫魔女シリーズ『帰省緩和』と『隣之番哉』…こっちもオールスターズ!
黒猫魔女は、かなり年齢層高め設定だから、オトナなネタもヤりたい放題なとこが最高!
俺が青空を自由に飛び回り、ツッキーを真っ青にしながら振り回して…気持ちイイの♪

じゃあ最後に、『気持ちイイ』の絶頂ポイントを…赤葦さんよろしくお願いします〜♪


「自己満足できるような性愛描写…そんな高みにまでは、未だ到底イけませんけどね。」

強いて言うなら、『同床!?研磨先生⑤*』のソフレが、最もグっとキたシチュですね。
月山なら、黒猫魔女『下積厳禁⑤*』『引越見積⑩(後編)*』あたりでしょうか。
クロ赤だと、近未来酒屋談義の『福利厚生③*』や、『共連残業*』が、思い出深いですね。


思い思いに自己満足な作品を披露した後、その場に残ったのは…重い重い自己嫌悪。
自分の心の中に仕舞っておけばよかった…という後悔が、画面上に色濃く滲み出ていた。
冗談抜きで、これはメンタルにクる修行、いや羞恥を晒される『苦行』だったかもしれない。

そんな面々を労わるように、研磨先生は「ドンマイ…」と小声で苦笑いすると、
いつも通りの淡々とした抑揚で、今日の総括を始めた。

「Web会議をヤってみた感想は…」

正直言って、ダラダラだよね。動きもないからただ喋り倒すだけ…つまんないよ。
ま、そもそも論として、実際に集まってする会議だって、この程度のモンだろうから、
『大抵の会議はムダ』ってのが客観的かつ他者の視線で自覚できた点は、評価できるかもね。

「そして、自己満足について判明したこと。」

『サラっと』軽めのものを書くという『自粛』を、Web会議で止めてみたら…スッキリ。
他者の評価に関係なく、ひたすら考察し続け、文章を書き連ねただけで、何か満たされた。

「要するに…書くのが好き、なんだね。」

自分が満足できること…自分の好きなことが、自分ではっきりわかったのは、物凄い収穫。
『外』の他者を断って『内』なる自己を見つめ直す修行(拷問)…成功したと言えるよね?


「そんなこんなで、お題『14.自己満足』の前フリは、これで終了。」

「は…はぁ~!?」
「ま…前フリ!?」
「この長さでっ!?」
「先生、御冗談を!」

研磨先生の御高説を清聴していた四人も、耳を疑う戯言に驚愕の声を上げた。
そんな四人に、先生は「うん。冗談。」と言い放ち、指を四本立てて見せた。

「正確に言えば、お題『14.自己満足』自体が前フリ…この後に続く4つのお題が、本体。」

   ①『15.カフェイン』
   ②『16.真夜中』
   ③『17.歩幅』
   ④『18.アルバム』

今、俺から見える景色…Web会議のちっちゃい画面の中に居る、アンタら四人の姿から、
四人四様の『自己満足』が、じんわりと見えてきた…これも『内』を見つめたことの副産物?

だから、ここから4つは、それぞれの自己満足についてのミニシアターを、俺が作るから。
どんな物語になるかは、お楽しみだけど…誰がどのお題になるかは、アンタら自身で決めて。
自分が満たされそうなお題を、自分の『内』をじっくり見つめて…自己申告してくれる?

「それじゃあ…はい、自白。」


   →①『15.カフェイン』は…赤葦編ですね。

   →②『16.真夜中』は俺…黒尾編だろうな。

   →③『17.歩幅』はきっと…山口編だよね~

   →④『18.アルバム』は…この僕、月島編。





- それぞれに続く -




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ドリーマーへ30題 『14.自己満足』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2020/04/22

 

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