隣之番哉①







「えーっと、おっ、お帰りなさい。お邪魔してます…?」
「えーっと、ただいま~!よっ、ようこそいらっしゃい…?」



半ば強制的に連行される形で訪れた、山口の故郷。
そこで見たのは、青根・二口・山口家が代々受け継いできた、祈りの祭だった。
恵みをもたらす山の神に、供物と舞を捧げて感謝を表すとともに、
どうか禍を起こすことなく、安らかなままで居て下さいと願う…鎮魂の儀式だ。

祭の本質は恵みそのものではなく、恵みを遮らないでと願うものかもしれない。
なぜなら、『神』とはそもそもが祟る存在…祟るからこそ神として崇められ、
それを鎮めるために、死にもの狂いで祀り上げるほかなかったのだろうから。

その証拠は、神々の坐す場所…『神』と『社』という漢字が『示して』いる。
神(神)も社(社)も、示偏…これは、『いけにえを捧げる台』の象形だ。
『申』は雷。水神たる蛇(竜)…神の声を象った『神鳴り』のことだし、
『土』は地祇…元々居たその土地の神を祀るために、柱状に固めた土である。
神が降臨して神威を示し、それに対していけにえを捧げる場所が…『神社』だ。


何かを得るためには、同じ分だけ差し出さなければならない。
欲するものが大きければ大きい程、相応の犠牲や供物が必要…等価交換だ。
資本主義経済の現代でもそれは全く変わらず、取引の際は等価交換が大原則…
それなのに、神仏には一方的に欲望をぶつけて祈るだけなのは、なぜだろう。

別に、神仏を信じろとまでは言わない。
ただ、仰ぐ…感謝と尊敬ぐらいは、最低限してもいいような気はする。
少なくとも、何かを得たいと願う時ぐらいは、まずは感謝した方が良さそうだ。


僕はこれから、とてつもなく大きなものを得たいと、願い出ようとしている。
そのあまりの大きさに、自然と謙虚な気持ちになってくる…
『欲しい』『得たい』よりもむしろ、感謝ばかりが湧き出してくるぐらいだ。

僕の全てを捧げても、到底足りない。
一体どれだけのものを捧げれば、『等価交換』と言えるのか、想像もつかない。

好きだから。ずっと一緒に居たいから。
ただそれだけでは、真に結ばれるには程遠い…単なるお付き合いとは全然違う。
それが今、わかったからこそ、得たいと願い出るのがいかに重大なことなのか…
とてつもない恐怖と、それと同じくらい大きな感謝の気持ちが、身を震わせる。

   (僕も、随分…変わった、かも。)


代々守り続けてきた儀式…神の想いに寄り添い、伝え続ける祭に触れたことで、
僕もようやく、『結ばれる』ことの意味を理解できたように思う。
きっと青根さんと二口さんは、『壁』を越えて結ばれようとしている僕に、
そのことを教えたかったから…大切な祭を見せてくれたのだろう。

『欲しい』じゃなくて、まず感謝。
神仏に祈りを捧げることと、ご両親に結婚の許しを得にいくことは、本質的に…

「凄く…似てる、かもね。」



「ん~?何が…?」

ふわぁぁぁぁぁ~~~、眠いね~
一年分のアレとかソレとか使い切って、さすがにヘロヘロ…眠くて堪んないよ~

「皆が帰ってくるまで、ツッキーもその辺でゴロゴロ…昼寝しといたら?」
「いや…寝られるわけないでしょ。」

祭が終わった後、『奥の間』で目覚めた僕は…神社関係者から大歓迎された。
堅治&高伸も認めるイケメン!鉄朗君の部下&研磨ちゃんの弟子…忠の婚約者!
そして…『お片付け』の貴重な戦力!さぁさぁこちらの座布団…運んでくれる?


黒猫達の手を、百年単位で借りまくってきたらしい、神社関係者…山口の故郷。
僕の来訪を心待ちにしていたとは言っていたが、まさかここまでとは…計算外。
拒絶されるよりはマシだけど、遠慮のカケラもなくこき使われる羽目になった。

   (さすが…山口の故郷。)

肉体労働とは無縁の僕が、巫女舞の舞台解体まで…正直、猫以下の扱いだった。
いつの間にか、蛍坊だとか伊達じゃないのに伊達男だとか、好き勝手に呼ばれ、
頼んでもいないのに、山口家の『予備知識』をアレコレと僕に流し込んできた。

「いつか忠がお婿さんを連れて来たら、絶対に一発殴る!…って、
   忠のお父上は、300年ぐらい前からずっと言ってたぞ〜!お〜怖っ!」
「お母上の方は、某有名遊園地からスカウトされるぐらいの、大魔女様…
   『鏡よ鏡…』ってヒスなお方は、あの人がモデルに違いねぇからな。」


大笑いしながら、オロチの怒りを喰らって来い!と、叱咤激励の嵐…
話の内容と眩しい笑顔がそぐわず、どこまで正確な情報なのか判断不能なのに、
山口は山口で、意味ありげな含み笑いをするだけで、何も教えてくれない…

   戦国時代の生き証人たる頑固親父
   ヒステリーの権化たる魔女王の母

   (僕が最も苦手なタイプ、だよ…)

徐々に不安が募るものの、それを感じる暇もなく重労働の連続。
やっと片付けが終わると、皆から盛大に接待(オモチャに)され、呑み潰された。
その間も、ホンモノの神職達…山口・二口・青根家は、後夜祭的な儀式やら、
神域の方の撤収作業に追われていたらしく、一切会えずじまいのままだった。

そして、全ての後片付けが終わった、翌日の昼下がり。
昨夜から先に山口家にお邪魔していた僕は、お父上とお母上のお帰りを、
家主であるご両親の家で待ち構えるという…倒錯した状況に置かれている。


「もー、さっきからウロウロ…動物園のツキノワグマみたいになってるよ〜?」
「しょうがないでしょ。身のやり場に困ってるんだから…」

「あ、見た目はキレイだけどやっぱりクマ!な…シロクマの方が似てるかな?」
「そんなに脚広げて…いくら実家でも、目のやり場に困る格好やめてくれる?」

「そう言えば、同じ南極仲間…伊達工業㈱のロゴが『DTペンギン』なのって、
   もしかして『ドウテイ(コウテイ)ペンギン』のギャグ…だったりしてっ?」
「それは違うでしょ。あれは『マカロニペンギン属』のシルエットだよ。
   マカロニは『伊達男』っていう意味だから…名前そのまんまじゃない?」




マカロニペンギン属には、マユダチペンギンやイワトビペンギン等がいるが、
どれもオレンジ色のツンツンヘア…シャレオツでイカす伊達男どもだ。
きっと、可愛い物好きな青根さんあたりが、勝手に決めたんじゃないだろうか。

「なるほどね~!そう言えば、俺達が出逢うきっかけになった、例のバイブ…
   請求書をミスって入れたバイト君は、髪型だけで採用したって言ってたよ~」
「きっと、前髪の一部がツンと立った…実に伊達男なバイト君なんだろうね。
   二口さんにボコボコにされてる姿が、ごくアッサリ想像できちゃったよ。」


マカロニペンギン属


「関係ないけど、梟の名が付くチームがあるんだけどさ、そこのユニフォーム…
   デザイン的には梟というよりも、ドウテ…コウテイペンギン属なんだよね。」
「確かにっ!何かこう…仲良く群れてるとことかが、ピッタリだよね~♪
   …って、ココで言うかっ!?ってぐらい、カンケーないネタ振ってきたね。」


コウテイペンギン属


ちなみに、ペンギンは現存する鳥類の中では、遺伝子的に最も恐竜に近い種…
白亜紀に地上を制したティラノサウスルの子孫が、あの愛らしいペンギン達だ。
僕は自他共に認める恐竜マニアだけど、生物学的同系統で…ペンギンも好きだ。

「ねぇ山口。白黒の猫はなぜ『牛猫』と呼ばれるのか…謎だよね。
   柄的には、『人鳥(ペンギン)猫』でもいいと思わない?」
「それだと、人だか鳥だか猫だか…わけわかんなくなっちゃうじゃん。
   それに、ペンギンと猫をセットにするなんて、可愛すぎて超卑怯だよ~!」

「柄…衣装繋がりで言えば、燕尾服だってペンギンスーツでも可、だよね?
   ピシっ!!と精一杯背筋を伸ばしてる様なんて、正装に相応しいでしょ。」
「深々とお辞儀する姿は、礼装としてもイケる…って、言いたいんでしょ?
   そんだけペンギンが好きなら、見習ってぼってりどっしり…落ち着きなよ。」

…やっぱり、話を逸らせてもダメか。
南極ネタを考察すれば、クールさを取り戻せるかと思ったが…失敗に終わった。


「落ち着け…ってのも、まぁ無理な話かもね〜」

だってこれから、戦国時代の死地で育った頑固親父と、ヒステリー魔女王から、
目に入れても痛くない程可愛い可愛い一粒種を、奪っちゃお〜ってんだもんね。
しかも、人三倍口ウルサイのと、無口の重圧ハンパない随神まで脇に控えてる…

俺がツッキーの立場だったら、こんな面倒くさい相手&実家、超ヤなんだけど。
逃げるなら今のうち…冷静に考えたら、絶対に逃げた方が良いと思うよ。
たとえ逃げたとしても、誰も責めたりしない。それくらい…『異類』だから。

…あ、安心してよ。
もしツッキーが逃げることを選んだら、箒で全ての記憶を抹消したげるからね〜
逆に逃げない場合には、父さんからガツンと殴られるコースだから…

「どっちにしても、歯ぁ食いしばることだけは…覚えといてね〜」


ゴロゴロと畳の上を転がり、大あくびしながら物騒なことをのたまう山口。
言葉だけを聞いていたら、僕は本能的な恐怖で…逃げていたかもしれない。

でも、寝転がっているせいだけじゃない声の震えと、あくびとは違う目尻の雫。
それに気付いた僕は、山口を落ち着かせるべく…畳に貼り付けて動きを止めた。

「んっ!?…ん………っ」


お互いの不安や恐怖を拭うように、ゆっくりゆっくり…キスを落としていく。
逃げるなら今のうちだよ〜だなんて、余裕をかましていたくせに、
山口の両腕はその言葉とは裏腹に、どこにも行かないでと素直に訴え、
下からムギュ〜〜〜っと、しがみ付くように僕を引き寄せて、キスをせがんだ。

こんな時に、こんな場所で、こんなにもお互いを蕩けさせるキスをするなんて。
不安と恐怖だけじゃなくて、背徳感すらも…トロトロを加速させてくる。

   (山口とのキス…凄く、落ち着く。)

甘く蕩けるキスで、まずは視線がトロリとしてきた山口。
上唇を触れ合わせたまま、焦点が合うギリギリまでおでこ同士を離してから、
できるだけ明るく軽い声と共に…コツンとおでこを再びぶつけ合った。


「いわゆる記憶喪失になっても、忘れるのは『エピソード』に関するものだけ。
   日常動作…カラダが覚えた『感覚』の記憶は、忘れないんだって。」

出逢った直後ならまだしも、こんなにも山口と触れ合った今となっては、
たとえ魔女箒で後頭部をどつかれたり、全力で頬をぶん殴られたとしても…

「とろけるような、山口とのキス…僕は絶対に忘れられないから。」

だから、せめて…
歯を食いしばったら何とか我慢でき、かつ、この顔が台無しにならない程度で、
勘弁して下さいって…お父さん達に一緒にお願いして貰えると助かるんだけど。


僕の切実なお願いに、山口はポカンと口を開き…ふにゃりと顔全体を緩めた。
そして、さっきよりも強く僕を抱き締めると、もう一度蕩けるキスをくれた。

「だ~いじょ~ぶっ♪俺と父さん、気持ち悪いぐらいソックリだからね~
   ツッキー唯一の長所に拳なんて入れられない…ヤるならボディの方だよ!」
「いやいやいや、それも全っ然…大丈夫じゃないでしょっ!
   山口のせいで、殴られる前から…お腹痛くなってきちゃったかもしれない。」

僕は半分以上本気で肝臓をガードしたけれど、山口は楽しそうに笑い転げ…
二人でキスしながらゴロゴロしているうちに、ガラガラ…玄関が開く音がした。




********************




「あっ!お帰り~おつかれさま~」

シャツの裾で口元の艶を拭ってから、山口は飛ぶように玄関へ駆けて行った。
僕も慌てて起き上がり、中途半端に出た山口のシャツを短パンに突っ込みつつ、
無意識の内にみぞおちと奥歯にグっと力を入れ…息の塊を飲み込んだ。

まずは、第一印象…最初の一言が肝心。
第一声の御挨拶を外してはマズい…しまった、予行演習しておけばよかった!

いや待て。そもそもこの場で僕は、何をどう言うのが正解なんだろう?
山口家の玄関で、僕の方が家の中で、ご両親の帰りを待っているだなんて…
あっ、もう誰かが入って来た!ここはもう、常識的なやつで乗り切るしか…っ!


「えーっと、おっ、お帰りなさい。お邪魔してます…?」
「えーっと、ただいま~!よっ、ようこそいらっしゃい…?」

目を閉じて頭を深々と下げ…御挨拶。
自分のセリフが違和感だらけで、思わず語尾が疑問形になってしまったら、
アチラから帰って来た御挨拶も同じように、たっぷりと戸惑いが混じっていた。

僕達は首を横に傾げながら頭を上げ、お互いにキョトン顔を見合わせ…
困惑と恥ずかしさとテンパりから、ぽぽぽっと頬を染め上げてしまった。

「君達は一体…何をしてるんだ。」
「玄関先で義父とお婿さんが見つめ合ってポっ♪とか…絶対おかしいでしょ。」

抑揚のない淡々とした女性の声と、呆れ返った山口の声。
固まって動けない僕達を置いて、二人はさっさと中へ入って行き…
我に返った僕達は、もう一度ペコペコと頭を下げ合って、母子の後を追った。


「改めまして、遠いところまでようこそおいで下さいました~!
   僕は忠の父…そう見えない自覚はあるんだけど、マジでパパなんだよね~」
「…母。」

「たっ、忠さんと、お付き合いをさせて頂いている…つ、月島、蛍です。
   忠さんとは伊達工業㈱のミスから出逢い…現在黒猫魔女で下積修業中です。」

ザッと自己紹介すると…正面に座るお父上と、バッチリ視線がぶつかった。
いや、何度見ても…山口にソックリ過ぎて、脳がエラー音を響かせている。
山口よりも多少声は低いけれど、サイズ的には『こじんまり』としているし、
『ふわふわ~』レベルは、山口以上…むしろお父上の方が、山口の弟に見える。

   (これのどこが…頑固親父っ!?)

そして、ヒステリック魔女王のはずのお母上は、青根さん以上に泰然…
江戸初期ぐらいから表情筋を動かしていないかに見える程、冷静な方だった。

   (完全に騙され…遊ばれたっ!!)

今更ながら、この郷中の人からオモチャにされていたことを再確認した僕は、
ヘロヘロと脱力…みぞおちと奥歯の力を抜いた瞬間、後頭部をどつかれた。


「テメェ…忠だけじゃなく、パパ上にも色目使うたぁ、一体どういう了見だ!」
「パパ上もパパ上ですっ!いくらイケメンだからって…トロンとし過ぎだっ!」

はいはいっ!皆で仲良く…お茶飲めっ!
それから、これは黒尾のツレから魔女様方への貢物だそうですよっ!
『不肖の弟(部下)がお世話になります』って…皮がモッチモチのどら焼きだ♪

「えっ!?鉄朗クンにも…恋人ができたのっ!?しかもっ、え、お兄さんっ!?
   あのクソ鈍感で気も融通も利かない堅物を落とした…どんな人なの~っ!?」

「…妖艶。」
「ミステリアスな歌舞伎町の女王で…」
「人並み外れて…どエロい奴だよな。」
「多分、本職の俺達なんかよりずっと…『魔女!!』ってカンジの人だよね~」

そんなに付き合いが長くない人外の皆様方から、この(正当な)評価…
突然割り込みどついてきた二口さん&青根さんに、驚嘆&挨拶するより前に、
その『兄』とは血の繋がりはないですから!と、僕は必死に自己弁護に走った。

それと同時に、月島家との養子縁組を考えていること等も含め、
二人の『これから』についても、隠し立てせずに(勢いに任せて)説明した。


「…というわけで、僕は現在、元々の上司(兼、縁組した兄)である女王様と、
   業務提携先の新上司…吸血鬼の王子様及び、魔女様の下積という立場です。」

「何度聞いても…」
「不憫な奴だな…」
「…同情。」

『レッドムーン』と『黒猫魔女』のカンケーから、僕達4人の人物相関まで、
洗い浚いご両親に暴露…なぜか二口さんと青根さんが、ホロリと目を潤ませた。

その一方で、魔女っ子ソックリ父子は、運命の出逢い×2…ステキだね~とか、
鉄朗クン達のこと、もっと詳しく聞きたい~~~!!と、きゃぴきゃぴ大騒ぎ。
どうやらここでは、あの腹黒吸血鬼ですら全く歯が立たないらしい(…同情。)


「堅治、例のモノを。」
「っ!は、はい、先生っ!」
「こちらに用意してます。」

一同のざわざわを一言で沈めたのは、お母上…しん、と場に静寂が訪れる。
二口さんは籐籠の中から、黒と赤の小箱を取り出して恭しく捧げながら、
先生は俺の師匠の冶金学者…金属錬成と薬学のプロだと、小声で教えてくれた。

「月島…蛍君。」
「は、はいっ!」

その場に居た全員が背筋を伸ばし、山口先生の言葉に傾注する。
ゴクリ…誰かが唾を飲み込む音が響く中で、先生は講義然と話し始めた。

「君達には、この黒と赤のうち、一つだけを選んで貰う。」


人と人外の壁を越えて結ばれることに関し、今更どうこう言うつもりはない。
問題は、君達二人が壁を越えた先は、一体『どちら側』なのか?という点だ。

忠は『月島忠』になりたいとのことらしいが、これを言葉通りに捉えるならば、
『魔女(人外)から人へ』と壁を越える…『忠が人になる』という意味だろう。

「俺が、魔女じゃ、なくなる…?」
「童話では、お馴染みだ。」

人魚姫は、一目惚れした人間の王子の傍に行きたいと願い、魔女の薬を得た…
忠は魔力と長寿を失う代わりに、平穏でつつがない『人』としての人生を歩む。


「『人になる』というのは、人外にとっては非常に魅力的なものなんだ。」

『一体いつまで、自分は生き続けなければならないのか?』という、
終わりのない絶望から、逃れることができる…これは『救い』でもあるんだ。

「終わりがあることが…救い?」
「人である君にはわからないだろうが、我々にとっては間違いなく…救いだ。」

先生の断言に、僕以外の全員が沈黙…それが正しいと、雄弁に語っていた。
『できるだけ長生きしたい』のが、当たり前だった自分達『人』にとって、
人外達の『救い』など、今まで考えたこともなく…世界が完全に、逆転した。

言うべき言葉を見つけられず、愕然とする僕に対し、先生は淡々と話を続けた。


「あとは、そうだな…忠にとっての『特典』になりそうなものと言えば、
   過酷な魔女急便の引退及び、二升程度で酔えるようになる…かもしれん。」

山口家が代々憧れ続けた「酔っちゃったかも…♪」というシチュエーションを、
忠は遂に体験できることになる…これほどの特典は、なかなかないだろう?

「や…ったぁぁぁぁぁぁぁっ!!それ、今すぐ飲みたいんだけどっ!!」
「や…ぼ、僕も、人に…なりたくなっちゃった…」
「あぁ。私も実に…羨ましい。」

肩を抱き合い、涙を流す…山口家。
ポカンとする僕に、二口さんは苦笑い…青根さんが咳払いして、先を促した。

「この超貴重な黒い薬…私が千年の時をかけて錬成した、最高傑作なのだが、
   こちらを等価交換するには、月島家の全財産を頂いても足りんだろうな。」

高伸、例のブツを…そう、それだ。
この売買契約書(兼ローン契約書)にサインし、一生かけて支払ってくれたまえ。
当然、君のお父上と兄上、義兄…鉄朗君にも、連帯保証人となって頂こう。


チラリ…と、契約書の金額欄を見る。
歌舞伎町どころか、すすきのと栄とミナミと流川と中洲を全制覇した上で、
その百年分ぐらいの賃料収入の全額で、足りるかどうかという天文学的数字だ。

これは、あのどエロい吸血鬼&女王様コンビでも、さすがに厳しい金額…
僕は契約書を見なかったことにして、もう一つの赤い方の薬に視線を送った。

「では、そちらは…?」
「あぁ、これはさっきの逆…君が我々と同じ『人外』側へ来るためのものだ。」

こちらは、竹取物語等でお馴染み…不老不死の妙薬と言われる、伝統薬だな。
冶金学者、つまり錬金術師にとっては最もポピュラーなもの…『賢者の石』だ。

「賢者の石が…実在したんですか!?」
「まだ5歳児だった堅治でも、泥団子より上手く作っていた…基本中の基本。」


何でこんなモノを人が欲しがるのか、我々には全く理解不能だが…
歴史上、数え切れんぐらいの強欲な権力者達が、これを求め続けていたな。

「ボロい…儲け。」
「それを元手に、伊達工業㈱を設立…」
「トロロ薬の方が…精製が難しいぜ?」

全く、『長生き』するよりも『長イキ』する方が、よっぽどスゲェことなのに…
等価交換でいうなら、俺のローションとか研磨のバイブの方が、ずっと高価!

「山口先生!黒尾のツレがまさに『赤い薬』にピッタリな奴なんですよっ!」
「奴とコラボした閨時専用秘薬『ケイジで動くクロ』…バカ売れ確定です!」
「よし。賢者の石…竜血を改良し、吸血鬼をも吸い尽くす薬として開発だ。」

「ねぇツッキー、そんな危険なクスリを作っても、大丈夫かな…?
   一般人向けにしたら、赤葦さんのエロスは、刺激が強烈すぎるような気が…」
「あの人の存在自体が、マニア向け…そもそも一般人向けにはなり得ないよ。
   それよりも、ネーミングが『黒猫魔女の宅Q便』と同じぐらい危険だね。」

他所の…いや、お隣のつがいネタに盛り上がり、場が和やかな?雰囲気に。
お母上&二口さんは新製品開発会議、お父上&青根さんは赤葦さん拉致計画…
想像よりも遥かに楽しい方々ばかりで、僕はこっそり安堵のため息を漏らした。



「それで…俺達は『儀式』の時に、どちらかを選んで飲めばいいの?」

誰かが割り込まないと、収拾がつきそうにないな…と傍観していると、
山口は黒と赤を片手ずつに乗せて天に翳しながら、静かな声で問い掛けた。

「あぁ。どちらを選ぶかは、二人で話し合い…月島家の了解を得てくるんだ。」
「…うん。わかった。」

「『儀式』の要綱については、堅治から『しおり』をもらってくれ。」
「既に用意してあります…ほらよっ!」
「二人でしっかり…熟読するんだぞ?」

では、そろそろお開きにして、我々はしばしの休息に入る。
その後、各々『儀式』の準備に取り掛かること…いいな?
質疑応答…3つまでなら受け付けよう。


全員にテキパキと指示を出した山口先生は、最後に僕に質問を許可してくれた。
全員が注目する中、慎重に言葉を選びながら…僕は何とか質問を捻り出した。

「まず一つ目。僕達…忠さんとの結婚については、山口家のお許しを頂けた…
   そう解釈しても宜しいでしょうか?」
「もういい大人だ。好きにしたまえ。」
「堅治クンと高伸クン、それに鉄朗クン達の審査も通ってるんだから…安心♪」

だって、もしダメな奴だったら…とっくに鉄朗クンに消されちゃってるでしょ?
堅治クンは顔パスだったとしても、高伸クンと…研磨クンはキビシイからね~
ま、一番厄介なのは、忠本人…その忠がイイって言ってるんだから、大丈夫!

「あっ…ありがとう、ございます!!」
「いえいえ~、これからヨロシクね♪」

にこにこ~ふわふわ~っと、穏やかな笑顔と声で歓迎してくれるお父上…だが、
真っ直ぐで澄み切った瞳が、殴られるよりも強く深く…僕の心に突き刺さった。

   (これが、当代巫女…お父上っ!)

とてつもない神威と、親の愛情を感じ取った僕は、真正面から視線を返し…
神々に誓いを立てるかのように、深々と頭を下げた。


「…次、二つ目。」
「あ、はい。先程の『赤い薬』の方なんですが…
   こちらを選択した場合の等価交換…具体的な契約書を拝見させて下さい。」

さっきはしょーもないネタでフィーバーしたせいで、重要事項を聞けなかった。
ここは絶対に外してはならない点…僕は堂々と詳細な条件提示を求めた。

「さすが…不動産王のボンボンだな。」
「スルーしてくれる…わきゃねぇか。」
「契約書は…これだ。」

やっぱり、故意に話を逸らせて出し渋っていたようだ。
だが、青根さんから受け取った書面は…ほとんどが白紙の状態だった。


「君を騙すつもりはなかった。
   正直に言うと、何が『等価』か…我々には判断がつかなかったんだ。」

こんなモノで、君にコチラ側に来てくれと頼むのは…申し訳なさすぎてな。
だから、赤い方は君が『等価』だと思う条件を、逆に提示してもらいたいんだ。

「フェアな取引…これが、人外のモットーだからね~♪」
「鬼に横道なし。」

「わかりました。では…『ケイジで動くクロ』の命名等使用許諾権として、
   『レッドムーン』にマージンを…収益の3割、バックして頂きましょう。」
「…君は鉄朗君とは違い、なかなかのヤリ手だな。気に入った。」

150年以上もタダで『黒尾モデル』を無断利用しているらしい、伊達工業㈱…
暢気な黒尾さんと一緒にされるのは、僕に対して失礼極まりない。
ここはキッチリと筋を通し、お互いに気持ちの良いビジネス関係を構築したい。

山口先生(伊達工業㈱筆頭株主)達と握手を交わし、契約書(案)を完成させ、
あとは両者のサインだけ…という状態にしてから、青根さんに保管を依頼した。


「残りはあと一つか…早く言えっ!」
「儀式でわかんねぇこと…あるか?」

大事なことは聞き終わった。あと一つ…特にこれといってないけれど、
とりあえず、儀式絡みで何か聞いておいた方が良さそうなことを、捻り出し…

ふと目に留まったのは、手元にあった契約書…伊達工業㈱のロゴ入り封筒。
魔女の儀式…ペンギン…あ、そうだ。

「儀式の際、僕はどんな格好をすればいいですか?
   何か特別な衣装…儀式に相応しい『正装』等があれば、教えて下さい。」

至って常識的かつ、必要な質問をしたつもりだった。
だが、僕の質問に対する答えは『沈黙』と…一瞬遅れの『大爆笑』だった。


「や…やだっ!蛍クンってば…大胆だね~~~っ♪♪♪」
「きっ、君は…笑いの才能が、ある…」
「母さんを…笑わせたっ!!?ツッキー凄いっ!けど…やめてよ、もう~っ!」

畳の上を仲良くゴロゴロ転がり回る、山口家の父母子。
その横で、ぜぇぜぇと肩を震わせる青根さんと、顔を真っ赤に染める二口さん。

「…???」
「こっ、これ、を…っ」

腹を抑えながら、ぴくぴく震える手でスマホをこちらに差し出した青根さん。
それを受け取ると、何やら古い絵画?の画像が写っていた。
絵のタイトルは、『魔女のサバト』…


『魔女のサバト』
 ハンス・バルドゥング・グリーン (1510年)



「魔女の儀式…サバトの『正装』は…」
「『全裸』に決まってんだろ…バカ!」




- ②へGO! -




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※伊達工業㈱のDTロゴ →『引越見積⑧
※伊達工業㈱のバイト →『再配希望⑩
※記憶喪失概説 →『億劫組織③
※『黒尾モデル』無断利用 →『引越見積⑤


おねがいキスして10題(1)
『07.とろけるようなキスをして』


2018/10/16 

 

NOVELS