帰省緩和①







   目の前に立ちはだかる、大きな…壁。
   僕はこれを…打ち砕けるのだろうか。
   壁の上、頂を越えた先にある…未来。
   僕はそこへ…辿り着けるのだろうか。

「世の中、そんなに甘いわけねぇだろ。バーカ。」
「………。」


春先から初夏、そして梅雨入り頃までグズグズしていた、先日の引越大騒動は、
ハイスペック下積君たるこの僕の大活躍によって、無事に大団円を迎えた。

宅配業『黒猫魔女』は、飲食業『レッドムーン』所在ビル上階に事務所移転し、
黒猫&魔女…黒尾さんと山口も、レッド&ムーンこと赤葦さんと僕の上に転居…
月島不動産が管理所有するビルで、業務提携&同じ屋根の下という結論が出た。


吸血鬼と人、そして人と魔女。
二組のカップルが、それぞれの形で『人』と『人外』の境界を越えながら、
何となくイイ雰囲気で…未来志向なレアケースの『異類婚姻譚』として決着。
物語的には、引越決断の時点で『完』と出して差し支えないはずだった。

だが、『よいこのむかしばなし』みたいに、現実の『物の語り』は甘くないし、
僕達の棲む歌舞伎町は、鬼達の語りよりもリアル…現世でも相当厳しい場所だ。

誰しもが胸に抱いた夢を叶えようと、もがき苦しみ、必死に生きている街。
繁忙期でなくとも、宅配業も飲食業も通常業務だけで日々が過ぎ去っていく。
開業したり、同棲したり…改装等の打ち合わせをする時間もなかなか割けず、
方々へきちんと『筋を通す』ことも、当然ながらできないまま…夏が来た。


結局、前進したことと言えば、そういう『筋』とは無縁の部分だけ…
実家の家業・月島不動産の新規事業(渉外部)たる、人外専用窓口の設立だ。

これに関しては、僕が『やるよ。』と言った瞬間から話が勝手に動き出し、
翌週から当ビル1階には工事関係者が出入りし、改装をおっぱじめてしまった。
人外側の臨時窓口となった黒尾さんは、僕と一緒に月島家側との折衝に追われ、
『レッドムーン』では工事業者さんが大挙し、赤葦さんは本業にかかりきり。
結果的に、山口が独りで『黒猫魔女』として飛び回る日々…まさに惨状だった。

そして、8月頭。
1階の工事も完了し、事業の大枠も固まった…今日。
事務所開きのセレモニーのために、時間の取れた一部の面々が集合した。
全員が疲れ切った顔の中、まずは所長の挨拶をと、僕が立ち上がった…瞬間。
僕の目の前に、施工図にはない高くて大きな壁が、ドンドン!と立ち塞がった。


「テメェが…『人』側の担当者か。」
「…そうですけど?」

喉どころか、気道を全て押し潰されそうな程の…超重量級の威圧感。
平均よりもかなり長身の僕でさえ、引けた腰で見上げてしまいそうになったが、
僕だって、歌舞伎町の元黒服…本能で怯む膝に力を入れ、平静を装ってみせた。

壁は…二枚。二枚の…はず。
だが、その辺のヤクザが束になっても、この壁はビクともしないだろう。
先にメンチを切ってきた、オラオラ系ホスト風のチンピラはとりあえず無視し、
あえてもう一人の方…無言で佇む強面の『弾除けの壁』っぽい方に話し掛けた。

「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「………。」
「はぁ?俺達を知らねぇってのか、このガキはっ!!?躾がなってねぇぞっ!」

こっ…怖い。
クチの悪いチンピラの方よりも、喋らない『壁』の方が、圧倒的に…怖い。
よし、ここは穏便に白旗を…と、早々に僕がギブアップしようとしたら、
『壁』後方から見覚えのある赤リボンをした、見覚えのない金髪が…ひょこり。
手にしていた和菓子店の紙袋を、ずい!っと僕の方に差し出して来た。


「はい、これ…俺達からの開業祝。」
「っ!?その声は…研磨先生っ!?」

研磨先生は、各種システム導入時等、今までも散々お世話になってきた方だ。
頻繁にメール等でやりとりしているが、未だに直接的な面識はなかった。
声だけは電話で知っていたが…まさか、こんなに可愛らしい猫娘?だったとは。

「その節もあの節も、研磨先生には大変お世話に…」
「あ、うん。別に…大したことじゃ…」

「何言ってんだよ。ウチは凄ぇ『大したこと』してやってんだろうがっ!」
「…アンタは口出しただけじゃん。」

研磨先生のボソリに、チンピラは拳を握り締め…その二人を『壁』が止めた。
「…挨拶。」
「っ!こ、この度は、開業…おめでとうございます。」

少しばかりですが、こちらはウチから…伊達工業㈱より、御祝でございます。
今後とも、末永いお付き合いの程を…宜しくお願いします。。。

キッチリと『御挨拶』を達成した研磨先生を、『壁』は無言でヨシヨシした。
先生はちょっぴり頬を染めてはにかんでから、紙袋を持って奥の給湯室へ…
既にすっかり仲良しらしい、お茶準備中の赤葦さんの所へ歩いて行った。


チッ!こんなクソイケメンのナヨナヨホスト風のガキが、人側の担当かよ…と、
チンピラは盛大な舌打ちをしながら、器用に悪態を同時に吐いてみせ、
僕の後ろで大あくびしながら茶をシバいていた吸血鬼に、鋭くガンを飛ばした。

「おぃ黒尾っ!お前の頼みだから引き受けてやったけど…大丈夫なのかっ!?」
「心配すんなって。こう見えて、ツッキーは意外としっかりしてるからな。」

「っつーか、こんなイケメンだとか、聞いてねぇよ…しかも良い奴そうだし。」
「お前と同じで、裏表のないナイスガイだぞ。おクチが悪いとこも含め…な。」

何だかこの『だだ漏れ』なチンピラ…全然悪い人に見えなくなってきた。
まるでテレパシーのように、どこからともなく聞こえてくる『オフレコ』は、
確かにクチは悪いものの、悪気は一切感じない…むしろ、温かみさえ感じる。


「………挨拶。」
「うるせぇな、わかってるよ!
   伊達工業㈱営業部長・二口堅治。人外側の担当だ。そしてこっちが…」

真横の『壁』は二口さんの後頭部を抑えて、無理矢理頭を下げさせながら、
「青根高伸…技術部長。」という自己紹介?をし、片手を伸ばしてきた。

このチンピラと『壁』は、研磨先生の上司達…伊達工業㈱の面々で、
これからは人側が僕、人外側が二口さん達を窓口にして、繋がることになる。

人外側の設立準備は、黒尾さんが担ったが、もっと適任者がいるから…と、
黒尾さんが直々に依頼し、窓口業務を快く?引き受けてくれたそうだが、
正直な所、やっぱり…怖い。特に青根さんの方が、怖くて堪らない。

差し出された手を、握り返してもいいのか…握り潰されたらどうしよう…
僕が失礼にならない範囲で(約1.5秒)躊躇っていると、
突如『バン!』という轟音と共にドアが開き、疾風が事務所内に巻き起こった。


「っ!!!!???」

驚きのあまり、声も上げられず息の塊を飲み込んでいると、
「遅くなってごめんなさ~いっ!」という聞きなれた声が、ビュンと通り過ぎ…
激突するほどの勢いで、目の前の『壁』にガッチリ抱きついていた。

「青根さぁぁぁんっ!いらっしゃい!」
「遅ぇよ忠っ!待ちくたびれただろ!」

お姫様抱っこ…いや、幼児か赤子を抱くように、青根さんは山口を抱擁。
山口は完全に『子ども』の表情で頬を擦り寄せ、ベッタリと甘ったれた。
その山口を、青根さんごとミッチリ抱き締めながら、髪を撫で回す…二口さん。
さっきまでのツンツンした空気はどこへやら、デレデレを振り撒き始めた。


「忠…お前、相変わらず激可愛いな!頭の先から喰っちまいたいぐらいだぞ…」
「やだぁ~、二口さんが言うと、シャレにならないじゃん♪」

「つーか、たまには俺らんトコにも帰って来い…あー、やっぱ腹立ってきた!」
「俺らの天使…魔女っ子忠を、生まれたての人のガキにやるなんて…許せん!」

顔はあっちを向いているはずなのに、わなわな震える声が正面から響いてくる。
何かが根本的におかしい…音源の『発生場所』に僕が首を傾げていると、
二口さんは山口の頬を両手で優しく包み込み、心配そうに語りかけた。


「なぁ忠…ホントにあのヒヨコ頭のトコにイっちまうのか?」
「歌舞伎町のイケメンホスト(しかも実家は金持ち)に、騙されたんじゃ…?」

「ぜーんぜん、大丈夫だよ~上京したての生娘じゃあるまいし。
   それに、あぁ見えてツッキー…ヌけまくりの『下積君』だからね~♪」
「主導権は忠にあるってことか…いや、でも、心配なモンは心配だっ!」
「クソ鈍感の世話焼き野郎だから、安心して黒尾に預けてたのに…大誤算だ!
   いや待てよ、コイツは黒尾も認めるイイ男ってことかよ…ふざけんなっ!」


黙ったままこちらを見据える青根さん。
その青根さんに抱っこされ、安心しきった顔で屈託なく笑う山口。
そして、人一倍(よりかなり多目に)心配しまくる、超過保護な…二口さん。

登場人物数とセリフ数のあからさまな不一致に、僕の頭は大混乱。
助けを求めて後ろを振り向くと、黒尾さんと赤葦さん、そして研磨先生は、
応接セットで茶をシバきながら、楽しそうにニヤニヤとこちらを眺めていた。

「ちょっ、笑ってないで、助け…」
「おい、そこのクソイケメン!!」


救助要請しようと上げた手を、二口さんに引っ掴まれ、おでこをぶつけられた。
まるっきりチンピラのインネン…焦点も合わない至近距離から睨まれてしまう。

「俺らは黒尾ほど甘くねぇ…そう簡単に忠をくれてやると思うなよ。
   お前が忠を騙して、慰みモノにしてねぇって証拠…今すぐ出せ!ほら!!」
「近くから見たら、マジでイケメン…クソ!ムカツク!忠を返せバカ!!」

「いやぁ~『ザンネンなイケメン』の人&人外代表が密着抱擁…絶景だね~♪」
「絵面的には、お耽美な雰囲気で…悪くはないんですけどね。」
「俺は絶対、コイツらは気が合うと思ったんだが…参ったな。」
「クロ、その直感は…正解。放っとけばすぐに終わるから。」


なんだこの…カオスは。
誰でもいいし、魔法でもいいから、この事態を収拾して欲しい…

怒りに震える二口さんの長い睫毛が、僕の眼鏡をパサリと掠める。
レンズの滑らかな感触に、二口さんが戸惑った隙を見計らったかのように、
青根さんが二口さんの首根っこを引き上げ、代わりに山口の背をポンと押した。

「…証拠。」
「うん…わかった♪」

山口は青根さんにコクリと頷くと、抱っこされたままこちらへ腕を伸ばし、
二口さんにニッコリ微笑みかけてから、僕の首に腕を回し…そっと顔を寄せた。

「「っっっ!!!???」」

「ぅっ、わわっ!!?」
「ぁっ、えぇっ!!?」
「へぇ…やるじゃん。」


一瞬ではなく、じっくり3つ数える間、しっかりと触れた…山口の唇。

公衆の面前でキスされた僕よりも動揺しまくり、お茶を盛大に零す音×2。
何で外野のクロと赤葦の方が恥かしがってんの…という、呆れ返ったため息。
それらの『真後ろ』からの音を聞きながら、茫然と固まっていると、
山口はスっと僕から身を離して、真剣な表情で真横の二口さんに告げた。

「俺、ツッキーに騙されてないから。俺自身が『この人だ!』って…選んだの。
   今、俺からしたキスが、その紛れも無い『証拠』…だから安心して、ね?」


文字通りに『目の前』で、『証拠』を見せ付けられた二口さんは、
僕以上に茫然…そして、両目いっぱいに涙を溜めて、青根さんにしがみ付いた。

「おっ…俺達の、魔女っ子、忠が…っ!オトナに、なって…っ!!!」
「幸せそうにしやがって…!寂しいし腹立つけど…嬉しいのが凄ぇ悔しいっ!」


分厚い『壁』の中に、顔をスッポリと埋めているはずなのに、
ステレオのサラウンドモードの如く、事務所内に嗚咽の『和音』が響き渡る。

その温かい音色から、二口さんの『お人柄』が隠しようもなく伝わってきて…
僕は二人に対する警戒心を全て解き、場もほんわりとした空気に包まれた。


   (ツンデレ…最強に可愛い。)




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おねがいキスして10題(1)
『01.あなたからキスして』


2018/08/01 

 

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