仕置巣窟②







「随分久しぶりの…はずなんだけど。」
「全然そんな気が…しないんだよね~」


3階の黒尾・赤葦宅和室での、合宿型酒屋談義もとい、記憶喪失に関する考察…
及びそれを題材にしたミニシアターを経た上での、総括としての補足的考察は、
年度末等も挟み、前回からは随分と間が空いてしまった。

だが、4人での『合宿』自体は久しぶりでも何でもなく、
梅雨入りした頃からずっと長期合宿…自営業ならではのW杯特別シフトだった。
そのW杯もあっという間に終わってしまい、そろそろ平常運転に…
いきなり戻るのも何だか寂しくて、お取り置きネタを引き摺り出してきたのだ。

「じゃあ早速だが…始めるとするか!」
「相応しいお酒…ご用意してますよ。」

そう言えば、W杯合宿の間は寝落ち防止のため、ノンアルコールが続いていた。
こうして皆で杯を重ねることの方が、ずっとずっと久しぶりかもしれない。

まぁ、お酒がなくとも…アルコールが入っていなくてもアレやコレに酔えるし、
『酒屋談義』とは呑みながらダベるというスタイルや、ましてや目的ではなく、
酒屋でダベるぐらいしょーもない話を愉しもう!…という意味でしかない。

とは言うものの、やはり赤葦がナニを出してくるのかは毎度ワクワクするし、
大蛇・山口が降臨する姿も、ゾクゾクする…やっぱりお酒がある方がイイ。
各々が慣れ切った仕種で、座卓を出したりグラスを用意したり…準備が整った。


今回は、記憶喪失の4分類で言うと、
   ②山口のケース(黒尾作『月王子息』)
   ③黒尾のケース(月島作『王姫側室』)
この2つを結合した『奥嫉窺測』について、補足考察を行うターンである。

前回の『空室襲着』で、自業自得ながら記憶を失ったミニシアター内の月島は、
記憶とか童貞とか、そんなものは喪失しても全然構わないが…
「『山口喪失』だけは…絶対ダメ。」だと、痛切な想いを口にしていた。

「ですが、これを継いだ山口君記憶喪失のケースでは、
   月島君の恐れが、現実のものとなる…全く、作者は鬼ですよね。」

というわけで、月島君への慰労を込めたお酒を…どうぞ飲み干して下さいませ。





「ツッキーの涙か…これを出す方も、結構な鬼だよな。
   それで、ノンアルコールの赤葦は…もちろんアレを出すんだろ?」

いよっ!待ってました~!!
月島達から盛大な拍手を受けた赤葦は、仕方ないですね…と頬を赤らめながら、
布団から片足の爪先をチラリと出し、徐々に布団と共に短パンを捲り上げ…
白く滑らかな太腿が半分ほど露わになると、月島と山口も頬を染めてゴクリ。

だが黒尾は、あろうことか太腿の間にズボっ!と、おもむろに手を突っ込み…
月島達だけでなく、赤葦も驚愕する中、淡々と奥からモノを引き摺り出した。





「俺が記憶喪失のケースで鍵となった、『ももあしドリンク』が…これだな。」

   誰がソコまで…見せて良いと言った?
   俺の奥底の嫉妬…窺い測りてぇのか?
   ツッキー達はナニも見てねぇ…よな?

赤葦の腿をそっと布団で覆い、冷え冷えの笑顔で部下達に確認を取る黒尾に、
調子に乗った3人は、唾の塊をゴックンしながら、激しく首をシェイク…
ヤったことも見たものも全部頭から追い出して記憶を抹消し、考察に突入した。



*****



「まず、今回のミニシアターについての概説を、ざっと確認しましょう。」

練習中に後頭部へボールが直撃…脳震盪を起こした山口は、その場で昏倒。
自分や周りの人との『エピソード記憶』を、一時的にスポーン!とぶっ飛ばし…
短期的な外傷性かつ逆行性の全生活史健忘に陥ってしまう、という話だった。

「俺の世界から、ツッキーがなくなっちゃう…いやはや、参っちゃうよね~」
「月島家の面々を盛大に『誤解』する山口君…スリル満点のスタートでした。」
「僕は、この話を創作した黒尾さんを…一生恨み続けますからね。」


一方その頃東京では、過労(と鈍感?)により、黒尾が熱中症でダウン。
一時的に記憶できなくなる、症候性かつ前向性の記憶障害を引き起こしていた。

「飲酒と同じく、誰にでも起こり得る記憶障害…他人事じゃないよね。」
「あまりにリアルな状況設定…冗談抜きで、俺は寒気を覚えましたよ。」
「この話を作ったツッキーも、かなり容赦ねぇなと…俺は思うんだが。」

どちらも部活中にありがちな状況下で発生した、2つのタイプの記憶障害。
仙台・山口のケースは、今までの記憶を一時的に喪失&じきに思い出すという、
記憶喪失ネタとしては『ド定番』とも言える類型…外せない設定だった。

対する東京・黒尾のケースは、一時的に記憶不可&ずっと思い出せないもの…
ひとくくりに『記憶障害』と言っても、その症状や回復の有無は大きく違う。

「記憶喪失の典型例…山口君のようなものばかりが、記憶障害ではなかった。」
「こんな酷暑だと、黒尾さんのケースも起こる恐れアリ…大事な論点だよね~」



今回は仙台と東京で起こった『W喪失』を、ひとくくりに構成した話だった。
最初こそ、「黒尾さんとツッキーは共同制作なんて、ズルいよね~!」と、
山口と赤葦は文句を言っていたが…途中からは気の毒に思いながら眺めていた。

「二つのミニシアターを統合…楽するつもりだったのに、大誤算だったよ。」
「構想用のクロッキー帳を、1冊丸々使い切った…もう二度とやらねぇよ。」

『困難は分割せよ』の、真逆を行ってしまった二人は、深~~~いため息。
自分の能力を計算しないまま、安直な思い付きを実行するのは、非常に危険…
その手痛い教訓をミッチリと記憶するはめになった、実に過酷な創作だった。


「というわけで、ここからはできるだけ分割し、それぞれを確認していくぞ。」
「主に2つのケースを対比しながら、記憶や人格等について、考えましょう。」




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<タイトルについて>

山口のケースは『月王子息』という小タイトルだったが、
月の宮殿に住む王の一家…その子息にあたる者が、物語の中心だった。

「月王、即ち月島父の子息…そのまんまツッキーのことだな。」
「無駄にステキな月島のおじ様…えらくサービスしましたね。」

そして黒尾のケースは『王姫側室』…王子様とお姫様と側室を表しているが、
全ての王子様&お姫様物語に対する、根本的疑問を提示するタイトルだった。

「この二つから、『嫉妬』について考えてみる…結構シビアな内容だったね。
   嫉妬は動物も持っている基本的感情…記憶喪失でも残るんじゃないのか?」
「自分の記憶…『外面』を失ってしまった場合、奥に隠していた基本的感情が、
   まざまざと窺い測れちゃうかも…それが『奥嫉窺測』って、怖~い意味。」

なお、 今回も3つ全てが『きおくそうしつ』のアナグラムになっている。


<残った記憶について>

いわゆる『記憶喪失』で失われるのは、文字として表せる『エピソード記憶』…
文字にできない感覚記憶…『カラダに残る記憶』は、残ったままだ。

山口も黒尾も、『唇に残った甘い記憶』が、物語の鍵となっている。
山口はそこから、月島との『元々あった関係』を手繰り寄せていき、
黒尾はそれをきっかけに、『元々なかった感情』を赤葦に対して抱いていく…

「口は感覚神経の密集地…脳に最も近い性感覚器だったよね。」

「冗談抜きで、キスは一番鮮明に残る『カラダの記憶』になりうるんだ。」

「『キモチイイ』を熟知した唇…忘れたくても、本能がそれを許しません。」
「同時に『ファーストキス』も…強烈な感覚として記憶されやすいんだな。」

『キスに残る記憶』『キスから始まる想い』…創作向きなネタかと思いきや、
科学的根拠に基づいた、大真面目で蓋然性の高い設定…現実味のある話なのだ。

「ちなみに、記憶喪失シリーズ全20話(各5話×4人分)は、
   『それは甘い20題』というお題に沿って、順次作成したんだよね~」
「このお題があったからこそ、甘い『キス』が主軸になったんだし、
   シリーズを通して甘々ハッピーエンドという、大枠を崩さずに済んだよね。」



<『一寸先は闇』について>

それぞれが独立した、別のストーリーだった『月王子息』と『王姫側室』が、
壁に付けられた換気口から漏れ聞こえる『音』を介して、繋がっていく…

「校舎外壁、舌先三寸厚の換気口である『門』を通り、『音』が『闇』へ届く…
   闇は『月のない夜』の意味…月島君が居ない側の様子を描いたんですね。」
「唇とキスに関する記憶だったから、窓やドアじゃなくて『舌』先三寸を厳守…
   二組が『壁越し』に『キス』で交わる方法は…『音』しかねぇかなって。」

窓やドアの建具の平均的な厚さは一寸、壁厚は三寸と、前回赤葦が説明した。
厳密に言えば非木造の校舎外壁は三寸より厚いが、そこは大目に見るとして…
(換気口の厚みは、およそ三寸。)
小さ子譚考察では、『一寸』と『三寸』へのこだわりは、絶対に外せなかった。


また、『秘密基地で休憩』『植栽の中でキス』『出歯亀』というシーンは、
『酒屋談義シリーズ』内の『現実』を、少しだけずらしたものになっていた。

「梟谷での合宿中、赤葦さんの秘密基地でコッソリ休憩…『髪長姫』考察。」
「酒屋談義を始めた頃の俺達…そのパラレルになってたんだね~」

この『記憶喪失』は、酒屋談義シリーズの4人が、考察の延長として、
自分達が題材の『ミニシアター(パロディ)』を創作する形を採っているため、
できる限り酒屋談義の『現実』に近付けつつ、細部に変化を付けていった。

「あの時の俺は、真横ではなく真上から月山コンビを見下ろして…」
「『植栽の中でキス』を、思いっきり…邪魔しちまったんだよな。」
「コレをちゃんと叶えてくれたことに関しては、黒尾さんに感謝してます。」
「『ミニシアター』で、積年の恨みを晴らせて、ホントによかったよね~♪」


<かぐや姫と親指姫の考察について>

月島を『竹取物語』のかぐや姫として、対する赤葦は『新竹取物語』の親指姫…
ほぼ同じタイトルの、小さなお姫様をクロスさせた、複合的な考察だった。

「かぐや姫…竹取物語は、最難関かつ重量級の事前準備を要するものでした。」
「親指姫は、女の子の夢を粉々に打ち砕く考察…『オトナ向け』だったよな。」

親指姫のストーリーがどんなものか、ほとんど記憶に残っていなかったため、
本屋さんの児童書コーナーで絵本を手に取って確認…愕然としてしまった。
童話はオトナになってからの方が断然面白いという、極めつけの例だった。

「最後の最後まで、ツッキーと赤葦のどちらを『かぐや姫』にするか悩んだ。」
「僕以上に、赤葦さんの方が相応しいかもしれない理由…こちらです。」




「赤を二つ並べた『赫(かく)』…めちゃくちゃ『赤ーーーーっ!!』だね♪」
「赫は『光り輝く』という意味の漢字…かぐや姫は『赫奕姫』と書くんだよ。」
「『奕(やく)』は美しい…光り輝く美しいお姫様…まさにかぐや姫ですね。」
「俺からすれば、手の届かない『赤』いお姫様…まさに赤葦っぽいんだよ。」

ちなみに、先程の『ももあしドリンク』の傍に立っていた鉄朗君が、
舌先三寸(約10cm)…竹の中から発見された時の、かぐや姫の大きさぐらいで、
小さな京治君がちょうど一寸(約3cm)…親指(一寸)姫の大きさだと思われる。
ペットボトル(500ml)と比べると、お姫様方のサイズがわかりやすいだろう。


<テーマソングについて>

結局、赤葦を親指姫にした決め手は、赤葦用のテーマソングだった。
矢井田瞳『Over The Distance』…愛しい人の所へ『飛んで』いく歌だ。

「飛んで行くには、『羽』が必要…月山組に比べると、遠恋ですもんね。」
「テーマソングが決定打になるとは、思いもよらなかった…助かったよ。」

対する月島用の歌は、森山直太朗の『愛し君へ』だったのだが…

「こんな熱烈なラブソング…ツッキーの『キャラ崩壊』を象徴してるんだね〜」
「せめて僕の奥に隠された『本心』が窺える…ぐらいにしといて貰えるかな。」




*****




「ざっと見て…こんなもんか?もういいよな?よし、終わるぞっ!!」
「あまり語り過ぎると、あの頃のツラい記憶が蘇ってしまいますからね。」

遠~~~い目をしながら、乾いた笑いを立てる黒尾と月島。
そこに山口と赤葦が、言ってはならないことを、容赦なくポロリしてしまった。

「『月王子息②』で、俺がツッキーに対して『ゴメン、ツ…』って謝りかけた…
   これを遮らずに、全部言わせてくれてたら、その時点で思い出してたよね?」
「俺もずっと、月島君の間抜けな大失態が気になっていましたよ。
   耳慣れない呼び方が、物凄く気持ち悪いし…ラストが読めてしまいました。」

ウチのお姫様方の容赦ない『感想』に、王子様方はガックリ…目を潤ませた。
自分達はいつも、物語に対してキツいツッコミをヤりたい放題だったが、
いざヤられる側になると…竹取物語の作者やアンデルセンに、謝りたくなる。

黒尾と月島は、お互いのシャツで涙を拭いながら、背をポンポンと慰め合い…
気を取り直して、今回の『総括』を黒尾は始めた。


「さっきも言ったが、『記憶喪失ミニシアター』は、自作自演のパロディ…」

ほんの少し条件を変えただけで、4人の中で起こる出来事も、随分と変化する。
その結果、考察対象も変わり…全く別の『王子様シリーズ』が出来上がった。

「山口君の記憶喪失で、月島君が高校時代のうちに愛に目覚めてしまったり…」
「鈍感クロ赤コンビが、高校時代に結ばれちゃったり…えらい大違いだよね~」

この『奥嫉窺測』の世界の自分達は、この後一体どんな道を歩むのだろうか?
それを想像しかけた赤葦と山口は、全く同じことに思い当たり…頬を緩めた。
視線を合わせた黒尾と月島も、同じく柔らかい表情でこちらを見つめていた。


「少々違ったルートを辿ったとしても、この後の僕達は…目に見えてますね。」
「パラレルワールドは決して交わらないが…きっと『ご近所さん』だろうな。」

「よくわかんないけど、なんかずるずる一緒にダベってるうちに、オトナに…」
「それで結局、4人で同棲したり開業したり…ゴールはほぼ同じ場所ですね。」

記憶を喪失しようがしまいが、高校時代にどういうカンケーになろうが、
この4人は『酒屋談義』という場に至っていた可能性が…高い。


導き出された幸せな結論に、4人は高々と盃を掲げ…静かに重ね合わせる。
おそらく、この『ミニシアター』の続きは、こんな物語になるんじゃないか…

赤葦と山口は、自分の王子様にそれぞれぴっとりと寄り添いながら、
幸せな『奥嫉窺測』の最終話を聞かせてくれるよう…笑顔でオネダリした。




- 奥嫉窺測(11)へ -




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※W杯特別シフト →『鮮烈挟入
※お酒以外に酔う →『下積厳禁⑥
※記憶喪失の分類等 →『億劫組織③
※口は感覚神経の密集地 →『家族計画
※『髪長姫』考察 →『大胆不適


2018/07/20 

 

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