「夏と言えば、海でしょっ!」
「絶対に山っ!山がいいっ!」
遂に夏がやって来た。
海の日も過ぎ、大学も夏休みに突入し、月島と山口は、やや浮かれモード…
3連休も仕事に追われた黒尾と、4年生で卒論にてんてこ舞いな赤葦を尻目に、
気楽な大学3年生の二人は、楽しそうにラブラブと談話していた。
この場所に引越して、4人で開業&同棲を始めてから、あとひと月で1年。
連休明けに納品を終えると、事務所の仕事にも(金銭的にも)余裕が出てくるし、
何よりも…夏なのだ。待ちに待った夏がやって来たのだ。
「黒尾さん~!夏休みです!どこかに連れてって下さいよ~!!」
「その仕事が終わったら、即金で3ケタ入りますし…バカンスしませんか?」
夏と言えば、やっぱり涼を求めて…プールか海ですよね?
4人で『ひと夏の想ひ出』作りと、開業同棲一周年記念に、行きましょうっ!!
都内近郊だと、江ノ島とか湘南ですか?車に乗って、海風に当たりながら、
『夢を~乗せて~走る~車道~♪』って歌いつつ、黄昏を感じる…僕の夢です。
無邪気にサザンを口ずさむ、年少組の二人に、年長組は冷たい視線を送った。
「涼を求めてプールに海水浴ですって?寝言はどうか寝て言って下さい。」
「都内近郊の水辺がどんな状況か、地方出身のお前らは知らねぇんだな。」
東京は海に面してるからって、どこでも泳いでいいわけじゃねぇんだよ。
ほとんどが遊泳禁止どころか、釣りも厳禁な埋立私有地…立入すら不可能だ。
だから、ごくわずかな海水浴場に、都内近郊の夥しい人が詰めかけるんだよ。
電車で行こうにも、満員電車並のギュウ詰め…暑苦しいことこの上ないです。
車だと、現地まで延々大渋滞…海風感じるどころか、アスファルトの蜃気楼。
やっと到着しても、足の踏み場もない砂浜に、『芋洗い』状態の海ですよ。
『涙が~溢れる~悲しい~季節は~』と年長組は水底から響く暗~い声で、
サビではない部分だけをリフレインし、サザン返しした。
「トイレもシャワーも、ビールも焼そばも、何から何まで大行列。」
「当然、帰路も大渋滞です。これの一体どこが『涼』なんですか?」
やっぱ夏は、人の減った住宅街…自宅でのんびりクーラーに当たりながら、
ゴロゴロ読書やらゲームやらが、一番涼しい夏休みじゃねぇか。
言っときますけど、今頃になって宿なんて…絶対取れませんからね?
まぁ、取れるとするならば、都心から離れた場所…電車で2時間オーバーです。
「そんなに行きたけりゃあ、お前ら二人で行って来ればいいだろ。」
「俺達はサザンならぬ『散々!お留守発たず』で、自宅待機です。」
全く取り付く島もない、年長組。
その色気のない発言に、年少組は顔を見合わせ、ボソリと呟いた。
「うっわぁ~、ジジくさ~っ!」
「全く、これだから都会っ子は。」
あ~ヤダヤダ、お二人ともすっかり枯れちゃってますよね。倦怠期ですか?
確かに僕も、人ごみは真っ平御免ですけど、それを補ってなお余りあるプラス…
『ひと夏のアバンチュ~ル☆』が持つ魅力は、大渋滞よりも大きいですから。
というよりも、4人で行かなきゃ福利厚生…経費にならないでしょ。
適当に海沿いの仕事を見繕って、出張っぽい理由を見つけて下さいよ。
俺達、高校時代は色気皆無…暑苦しい野郎共の大群の中で、汗臭い毎日でした。
部活部活部活…この歳になっても、『夏のバカンス』未経験なんですよ!?
俺も人並みに、ツッキーとの夏を満喫したい…やっと花開いたんですから!
お二人とも、超体育会系とは言え、超インドア派…全然焼けてないですよね?
部活がなかったら、ただの引き籠り都会っ子じゃないですか。不健康ですよ!
二人からの『枯れたジジイ』扱いに、さすがの黒尾達もカチンときた。
暑さと仕事(課題)へのイライラも相まって、一斉に『口撃』を開始した。
「『ひと夏の想ひ出』なら、去年連れて行ってやったじゃねぇか。」
「極寒の高原リゾートですか?あんなの全然『夏』じゃないですよっ!」
「涼しい所へ行きたいなら、お盆がてら帰省してはいかがですか?」
「この間、帰ったばっかり…墓参りもしましたし、必要ありませんね。」
そんなのはノーカウント!と突っぱね、夏休みバカンスしたい~!!と、
小学生のように駄々を捏ねまくる、月島と山口…これでは埒が明かない。
こうなると、似た者同士×4人は、議論を尽くす話し合いを持つしかない…
つまり、徹底的に屁理屈を捏ねて、相手を言い負かすのみである。
表面上は冷静さを保ちながら、虎視眈々と勝機を窺う…腹の探り合いの開始だ。
「そもそも論ですけど、4人の中では一番、月島君が我儘で出不精ですよね?
それなのに、どうして人ごみ溢れる海水浴に行きたがるのか…不可解です。」
「新婚ホヤホヤで浮かれてる以上に、な~んかアヤシイよなぁ?
『補ってなおあり余るプラス』って何だよ?その説明が、最低限必要だな。」
「確かに、海水浴はツッキー発信…嬉しかったから深く追及しなかったけど、
俺もちょっと、やけに乗り気なトコ…気にはなる、かな。」
全員からの『ごもっとも!』な質問に、月島は怯むどころか、胸を張り…
堂々と『補ってなお余りあるプラス』について、ご高説を垂れ流した。
「この度僕もついに結婚し、ようやく…『ツンデレ』を卒業致しました。」
正直に言えば、卒業する気なんてサラッサラなかったんですが、
どういうわけだか、『ツン』する暇なく『デレ』ばっかりの日々…
人並みの『ラブラブ♪』を経験することに、全く抵抗がなくなりました。
っていうか、今まで避けて通ってたのが勿体無い…むしろ取り返さなければっ!
僕の『脱ツンデレ』記念に、皆で盛大にお祝いしてくれてもいいぐらいです。
「よく考えてもみてくださいよ。海水浴場なら、明るい所で堂々と、
山口の裸体をマジマジと観察できる…こんなチャンス、ありませんから。」
若かりし頃は、布団の中でコッソリ致してましたし、今も基本的に真っ暗の中…
電気消さないと、山口は恥ずかしがってしまい、絶対ヤらせてくれません。
明るい風呂場とかは、メガネなし…実は僕、山口の裸体(全身像)を、
はっきり見た記憶がないんですよ!これはもう、危機的状況ですよねっ!?
それだけでなく、八岐大蛇ですら手も足も出ない、ウワバミ王・山口でも、
ギラギラ太陽に当てられ、ムラムラ大洋に浸かれば、酔いが回るかも…
海水浴場ならぬ、『快酔欲情』という素敵イベントの可能性も、ゼロじゃない!
「以上、徹頭徹尾穴のない論理により、僕は海でイきたい…ではなく、
皆さんと一緒に、海で『アバンチュ~ル☆』したいという…ご提案です。」
月島の『ご提案』とやらに、事務所内はキーンと音を立ててクールダウン…
『山口とイきたい☆シチュエーションリスト』なるものをカンニングしつつ、
勝手に『ミニシアター』を始めようとする月島を、即座にぶった切った。
「徹頭徹尾、穴のない論理ねぇ…八岐大蛇に手足があったとは、初耳だな。」
「そうやってすぐに、揚げ足を取る…黒尾さんには、素直さが足りてませんね。
黒尾さんだって、ホントは赤葦さんの裸体…ガッツリ拝みたいでしょ?」
「馬鹿野郎!あんなの晒したら…猥褻物陳列罪で、捕まっちまうだろ。
アレを拝むのは、俺一人で充分…浴場料に欲情料も加算して徴収するぞ?」
あぁっ!それもそうですね。僕としたことが、痛恨のミスでした。
というわけで、赤葦さんのハダカは厳重に封印する方向で…
「ちょっと待って下さい。俺だって海に行くなら、小麦色に肌を焼きたいです。
それに、黒尾さんのイイカラダ♪を、バッチリとこの目に焼き付けたい…」
俺はともかく、月島君も山口君も、縦にひょろひょろ~っと長いだけ…
生っ白い貧相な身体は、黒尾さんの引き立て役にしかなりません。
むしろ俺にとっては、それすら好都合…俺一人がオイシイとこ総取りです♪
「貴方の肌に焼かれたい…黒尾さんを愛でるツアーならば、海もイイですよ。
嗚呼っ、俺はこのカラダに…と悦に浸り、独占欲を擽られるのもオツです♪」
意外なことに、赤葦は『快酔欲情』に賛成…だったが、
今度はもっと意外な所から、大きな反撃が繰り出された。
「何言ってんですか!そんなイイカラダ♪を晒したら、人タラシ暴発ですよ!
赤葦さんとは別のイミで、危険極まりない…むしろ、赤葦さんが危険です!」
あの天然人タラシは、無意識のうちに人を『マジ』で惚れさせる…
『ひと夏の…』じゃ済まない、厄介ごと引き寄せ体質なんですから!
それに、『擽られる』なんて…過少申告甚だしいですよね?
肌を焼く以前に、赤葦さんが過剰にヤキモチ焼きまくっちゃって、
こっちに灼熱劫火の延焼被害…バカンスどころじゃないのが、目に見えてます。
「だから俺…やっぱ海は却下で。代わりに山に行きましょう!」
山だったら、ハダカになる機会はほとんどないでしょうし、
真横の顔も見えない程の暗闇の中、夜空を眺めつつ、夢を語り合う…
こっちの『真夜中のバカンス』で、ロマンチックなひとときを過ごしましょう!
まさかまさか、ツッキーがそんなしょーもないシタゴゴロ100%(濃縮還元)で、
海水浴を『ご提案』してたなんて…俺、全然知らなかった!
いくら新婚でも…デレデレするにも限度ってもんがあるでしょっ!?
やっぱ、ロマンスなきラブラブなんて、ただのエロ…ココロにグッとこないよ!
「たとえ海に行っても、俺は絶~っ対に上着を脱がないからねっ!」
「なっ!?それじゃあ、海に行く価値なんて、全くないじゃん!
僕の些細で可愛らしい夢…叶えてくれたっていいでしょっ!?」
「はぁ~!?ツッキーは、裸体じゃない俺は無価値だって言いたいわけ?
それに、俺のことを愛してくれてるのなら…俺の我儘聞いて、山にしてよ!」
「狡い山口っ!我儘を聞くか否かで、愛情の有無を計るなんて…
シタゴゴロ100%より、ずっとタチが悪いと思うんだけど?」
いつの間にか、月島と山口が論戦…もとい、痴話喧嘩を始めてしまった。
結婚を機に、お互い遠慮をしなくなったのは、とても良かったはずなのだが…
「ただの…バカップルですね。」
「カップル以下…小学生だな。」
「赤葦さん達だけには、ソレを言われたくありません!」
「黒尾さんは、黙って金と車を出してくれればいいんです!」
あんまりな言い分に、黒尾達は唖然…一歩出遅れた隙に、
月島達は大暴走を始めてしまった。
「ツッキーの顔…今は見たくないっ!ツッキーから謝るまで、絶交だからっ!」
「あーそう。それなら山口お得意の…『実家に帰らせて頂きます。』したら?
とは言え、山口の実家はもうない…帰る場所なんて、ないんだけどね。」
「っ!!!ひ…酷い、ツッキー…」
「泣けばいつも僕が折れると、おおおっ思わないでよね!ま…負けないから!」
「ツッキーの馬鹿ぁっ!大っ嫌いっ!」
「んなっ!!?」
山口はボロボロと大粒の涙を零しつつ、強烈な捨て台詞を残し、走り去った。
残された月島は、真っ青な顔で茫然と立ち竦んでいた。
「ツッキーよ…今のは絶対に、言っちゃいけねぇ一言だよな?」
「早いとこ追いかけて、全力で謝罪…って、聞いてませんね。」
売り言葉に買い言葉ではあるが、山口の実家はなくなり、両親も渡欧した。
月島家の養子になった今、『実家』に帰っても、やっぱり同じ月島家…
月島の言葉は、単なるブラックジョークではなく、『禁句』の部類に入る。
山口からのカウンターパンチは、自業自得と言えば、それまでなのだが…
『捨て台詞』が余程キいたのか、月島は唇を必死に噛み締め、涙を堪えていた。
拳を震わせ、嗚咽をガマンする姿は、ちょっぴり可愛いな…と思っていると、
突如、黒尾の机に置いてあった鍵を掴み取り、完全に裏返った声で宣言した。
「僕も、家出しますっ!しばらく3階に…黒尾さんちの子になりますっ!」
「はあぁ~っ!?」
「冗談でしょ!?」
驚きの声を上げる黒尾と赤葦だったが、月島はそのまま事務所から逃走…
3階まで猛然と駆け上がる足音が、家中に響き渡った。
「赤葦…嫌~な予感がするんだが。」
「黒尾さん…俺には、見えてます。」
つい最近も通ったばかりの、希望ではなく、絶望の轍が…足元にはっきりと。
『月島&山口に、振り回される人生』
またしてもそのルートに突入してしまったことを悟った二人は、
大きなため息をつき…あらゆる事態に備え、仕事を片付けにかかった。
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②へGO! -
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※夢を~乗せて~♪ →サザン『希望の轍』
※涙が~溢れる~♪ →同『真夏の果実』
※極寒の高原リゾート →『林檎王子』
※山口の実家 →『結』シリーズ
2017/07/18