※『自己満足』ミニシアター・山口編



    歩幅変調







3歩進んで2歩進む。
これが、俺とツッキーの平均的歩幅差だった…昨日までの。


「こんなに早く帰るのって、久しぶりだね~」
「空が茜色の内に帰宅…いつ以来だろうね。」

今日は日曜。それでも部活が休みになるわけもなく、早朝からずっと練習だった。
でも、さすがに今日ぐらいは早く帰らせて下さい&棚卸で寝てねぇよ〜という切実な声で、
夕方には強制終了…『ブラック部活』で訴えられないうちに、撤収することになった。

「俺らはいいけどさ、先生やコーチは休みなんてないっぽい…何か、凄い申し訳ないよね。」
「僕が武田先生の親族だったら、とっくの昔に労災申請&損害賠償請求…転職させてるよ。」

そんな他愛ない話をしつつ、俺は緩む頬を抑えきれず、躓いたフリして半歩分後ろに下がり、
同じタイミングで、ツッキーは水たまりを避けるフリをして、歩く速度を半歩分ほど速めた。

   (ちょっと、もう…っ)



出会って間もない頃、まだ成長期に入ってなかった俺と、既に高身長だったツッキーの差は、
歩幅(脚の長さ)も速度も比べ物にならなくて…ツッキーが3歩進む間に、俺は早足で5歩。
背中から夕陽を浴び、目の前にまっすぐ伸びる自分達の影を、必死に追いかけていた。

小学生のツッキーは背伸びしたい盛りで、わざと大きな歩幅で、ゆ~~~っくり歩いていた。
どんな時でも動じない、落ち着いた人間だからね…と言わんばかりの、気張った歩幅だった。
当時の俺は、そんな『背伸び』に気付くはずもなく、ツッキーはカッコイイ!と憧れ、
二つの影を並べたいと願い、一生懸命足を動かしてツッキーを追いかけて…転んで、泣いて。

「何してんの…ほら。」
「ヅッギィィィ…っ。」

俺の歩みが止まったら、ツッキーは必ず俺の手を引き、同じ歩幅、同じ速度で歩いてくれた。
無理矢理合わせてくれた歩幅から、ツッキーの優しさを感じ取り、それが嬉しかった反面、
ようやく二つの影が並んだのに、ツッキーに甘えてばかりの影が情けなくて…また泣いて。

   (凄く…遠かった。)


中学に上がってから、俺も無事に(やや過剰な)成長期を迎え、徐々に身長差は縮まったけど、
ツッキーの成長は留まることを知らず、『一定のライン』を越えることはなかった。
俺が3~4歩必要な距離を、ツッキーは2~3歩。頑張れば、もう少しで…そんなライン。

ツッキーの歩幅は相変わらず広く、速度も緩やか。絶対に浮足立ってなるものか!という、
強い意思(という名の反抗期)から、歩くペースを変えないよう必死に踏ん張っていた。

「ねぇ、ツッキー。雨…ぽつぽつきたよ?」
「どうせ濡れるんだから、走るだけ無駄。」

不機嫌が通常モードで、『怒』以外の『喜哀楽』を表情から読み取るのは難しかったけど、
歩くペースを乱さない代わりに、隠し切れない感情に左右されて歩幅が少し変調することに、
俺はコッソリ気付き…ツッキーの『揺れ』を、バッチリ把握できるようになっていた。

「寒っ…俺、トイレ行きたくなってきた…っ」
「はぁ!?ほら…ウチまでダッシュしてっ!」

直接お願いしても、絶対に俺とは歩幅を合わせてくれないけれど、
俺が困った(風のことをそれとなく匂わせた)時には、結局ツッキーは俺の手を引いてくれた。
不愛想で不器用で、めちゃくちゃわかりやすい歩幅…まだ合わないのに、近く感じた。

   (この頃が、一番…近かった。)


高校に入ってから暫くすると、歩幅もペースも全く合わなくなった。
いや、わざと合わないように振れ幅を大きく変調させ、必死に努めてずらし合っていた。
お互いの『適正距離』を客観的に計測したいなぁと、何度も試みたけれど、
部活&自主練後に帰る頃には、陽は沈みきっていて…もう影なんて見えなくなっていた。

本当はもっと…だけど、『一定のライン』を越えていいのか?という、強い迷いと自制を、
ランダムに乱れる歩幅から互いに読み取り…その理由をほぼ同じタイミングで自覚していた。

   (俺、ツッキーのことが…)

「あ、あのさ、ツッキー…」
「な、何?何か…言った?」

「や、やっぱり…な、なんでも、ない…っ」
「…あ、っそ。言わないんなら…いいよ。」

そんなことが続いて…約3カ月。
俺もツッキーも、さすがに限界。これ以上気付かないフリなんて、もう続けられない。
良くも悪くも、お互いのことだけは嫌と言う程わかってしまう…嫌の反対だってことも。

   (多分、ツッキーも…、だけど…っ)

さっさと言って楽になりたいと思いつつも、やっぱりそんなに簡単には言えないから、
何とか踏ん切りをつけようと半歩前へ…その『歩幅の変調』が完全に裏目に出てしまい、
早く言ってよ!と、相手を急かす形になり、余計に言えなくなる…の、繰り返し。
この3カ月、てんでバラバラな歩幅に心もタイミングも全部乱され、悶々と悩み続けていた。

   (手は触れそうなのに…はるか遠い。)


でも、それも今日でおしまい。
久しぶりに見た自分達の影…その『わたわた』ぶりがあまりにも情けなくて滑稽で、
俺もツッキーも、さっきから笑いを堪えきれなくなっていた。

   (間違いない!俺も、ツッキーも…同じっ!)

「ツッキー…膝、ガクガク震えてない?」
「山口だって…プルプルしてるじゃん。」

「俺は、その…歓喜に打ち震える予行演習!」
「僕だって、これは…武者震いの余震だし!」

「それなら、遂に本番…イっちゃおうかっ?」
「望むところだよ!じゃあ同時に…せーのっ」


   ぴたりと歩みを止め、歩幅をゼロにする。
   真横に並ぶお互いの手を、ぎゅっと引く。
   歩幅を合わせて、1歩進んで…1歩進む。


「そろそろ、隣を歩いても…いいよねっ!?」
「そろそろ、影じゃなくて…僕を見てよっ!」




- 終 -




**************************************************


ドリーマーへ30題 『17.歩幅』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2020/04/27

 

NOVELS