※『自己満足』ミニシアター・黒尾編



    真夜中懐







「お前が言うな!」というツッコミを承知の上で、あえて言わせて貰う。

赤葦京治の寝相は…どうかと思うぞ。


ただ付き合っている内にはわからないけれど、一緒に暮らすようになって初めてわかること…
そんなものの一つや二つ、あって当然。自覚症状のないものなら、尚更だ。

恋人として逢っていた頃には、特別なイミが含まれる『寝る』姿しか知りようがなかったが、
一緒に暮らしはじめると、それ以外のもの…つまり、普通の意味で『寝る』日もあるわけで、
その普通に睡眠をとる時の寝相は、スイートな腕枕の時とは、全く違う場合が多いだろう。

「黒尾さんって、冗談抜きでうつ伏せ寝…クッションと枕に挟まれて寝てたんですねっ!」

赤葦と同棲を始めて(引越疲れやその他諸々を数夜過ぎた)約一週間後の朝、
頑張り過ぎ腰痛もとい、赤葦が腰の上に馬乗りになりながら、たったアソコをむんずと掴み、
「昇天系特殊ヘアの証拠…遂に発見っ!」と、嬉々として俺の髪を掻きまわしていた。

その無遠慮な仕種と、初めて見た無邪気な笑顔に、いろんな意味で昇天しそうになったが、
ほとんど怪奇現象みたいな寝相で、よくもまぁ睡眠が取れますよね〜という呆きれ声に、
「お前が言うか?」と、俺は眠気の残る頭の中で、思いっきりツッコミを入れていた。


この眠気の原因は、真夜中に目が覚めたこと。睡眠中断の原因は、赤葦のアレな寝相にある。
特殊という程ではないかもしれないが、初めてそれを体験した俺は、文字通り…飛び起きた。

連日の大騒ぎで疲れが溜まり、その夜は久々に早く床に就き、夢の国に着いていた。
だが真夜中過ぎ、突然真横から響いてきた…

「ご飯、仕込み忘れたっ!」


「それはマズい!任せろ!」

冷凍庫のストックも、夜食のおにぎりにしてしまい、朝定食用のご飯が枯渇。
寝る前に仕込んで、明日朝は炊き立てのご飯を食べようぜ~と話し…すっかり忘れていた。
ナイス赤葦!と、腕立て伏せで起き、ハイタッチ…しようとして、俺は手の行き場を失った。

「…赤葦?」
「…。。。」

隣からは、すやすや…むにゃむにゃ…
どう見ても、ぐっすり寝ているとしか思えない穏やかな寝息を立てる、天使の寝顔(昇天系)。
あれ?今のは空耳か?と、起こさないように布団から出た瞬間、背後からまた…声。

「黒…の、。。。、太い…。。。」
「はっ!?お…俺の、ナニ…!?」

「欲しい…。。。」
「おっ、おう…っ」

「マジック、買わなきゃ…。。。」
「確かに…太いのも欲しいよな~」

って、待て待て待てっ!
お前、今…目ぇ、閉じたまんまだったよな!?
しかも、セリフの途中やら最後が『。。。』…寝息じゃねぇか、それっ!?

「もしかして…寝言、か?」

   へんじはない。
   ただのねごとのようだ。

呼吸は続いているのに、喉は動かず嚥下反応なし…狸寝入りではない。
念のため、瞼をそっと開けてみると、見事な白目…完全にアチラ側に落ちている。
念には念を入れて、起きている時には敏感な反応を返す場所をさわさわしてみても…無反応。

「寝言…確定、だな。」

これ以上アチコチ起こしちゃマズいと、俺はしぶしぶ赤葦にしっかり布団を掛け直し、
台所でご飯を仕込み、ついでにカウンターの上に細い黒マジックを置き、赤葦の横に戻った。

   (次は、何を言うんだろう…?)

布団に入ってから暫くの間は、次こそ「黒…尾さん…(以下略)。。。」と言うかも!?と、
期待やら恐怖やらで、そわそわしながら待っていたが、いつの間にか俺も寝落ちしていた。

翌朝、若干の寝不足と、前髪を引っ張り回されたことを差し引いても、
「さすがデキる旦那様!最高です♪」と、ほかほかご飯を前に感涙&ベタ褒めしてくれたり、
細マジックを見てすぐ『お買い物メモ』に太マジックと書いたあたりは、さすがデキる奥様。
我が家は朝から円満…寝言の件は、俺の心の中にしまっておくことにした。


そんな赤葦との順風満帆なラブラブ生活も、そこそこ長くなってくるうちに、
こうした『普通の夜』を過ごす日も増え…以下のようなことが、おぼろげに判明してきた。

   ・仕事等で疲労のピークにある時に多発
   ・おそらく眠りが浅いタイミングで発生
   ・発言は就寝前の思考内容を如実に反映
   ・一言で言えば『やることメモ』的内容

「あれ?エレベーターの金額…算入してないかも?」「ダクトの厚み、大丈夫かな?」
「衛生器具多過ぎですよ…電灯の数量、拾うのもうヤダ…」「まだ終わらない…減らない…」
…といった言葉が、特に修羅場のピーク時の仮眠中に、涙交じりに切々と漏れてきたり、
「炊き込みご飯に、しいたけ…嫌ぁ…」「ダンボール、出す日…」みたいな家事ネタ等々。

夢はその日にあったことや、記憶を整理するためにあるとも言われているが、
赤葦の寝言は、まさにそれ…寝てもなお、一生懸命に仕事や家事を頑張っているのだ。
だが、起きている時と違い、普段は懐中に隠した弱音を、寝言では曝け出してしまうこと…
赤葦は寝言という形でしか、弱音や悩みを口にできないことを、俺は知ってしまったのだ。

   (お前は…頑張り過ぎ、だよ。)

何と言うか、もう…ただ『普通に寝る』姿が、途轍もなく可愛くて、同じぐらい可愛そうで。
胸の奥底がきゅ~~~んと音を立てて、思わずむぎゅ~~~っとしてしまうのだ。


「この寝相…俺が何とかしてやるからな。」

寝言は、赤葦の中懐が発する救難信号。
できるだけその頻度が減るように、赤葦が根を詰め過ぎる前に、俺がフォローしてやりたい。
そして、起きている内に、中懐に溜め込んだものを吐き出させ、受け止めたいと…強く思う。

   (少しずつで、いいから…)

俺がしてやれることは、ほんのわずか。
枕元に忍ばせた『極秘メモ』に、「たまごの賞味期限チェック」等の覚書をしておくとか、
赤葦よりも先に起きて、さりげなく資源ゴミを出して(おいて、あとから褒めて貰う)とか。

あとは、あまりにもうなされている時は、赤葦の寝息が確実に穏やかになる方法として、
腕枕しながら抱き寝してやることぐらいしかできないが、俺も全身全霊で頑張るから…な?

「めだま、焼き…半熟、嫌だぁ。。。」
「明日朝は…卵焼きを作ってやるよ。」


   そして、何よりも根本的な解決方法がある。
   『普通に寝る』夜を、減らせばいいだけだ。

「余計なコトを考えない…考える気力を残さねぇぐらい、大爆睡させればいいんだよな?」

時間は、まだ…真夜中過ぎ。明日は、休日だ。ゴミの回収日でもないし、修羅場も明けたな。
多少の夜更かしをしても、のんびり寝坊できるし、朝昼一緒の豪華定食にするも良し。
そうと決まれば…

背中を撫でていた手の動きを、少しずつ体温を上げるように、大きく…強く。
その動きに引かれ、ズボンからシャツが出てきた隙間に、熱を帯び始めた手を滑り込ませ、
何かを言いかけて開いた唇の隙間に舌を挿し込み、俺の中へ『寝言』を全て吸い込んでいく。


「ん…?寝れ、ない…起きちゃい、ました?」
「あぁ。だから、一緒に起きて…寝ないか?」




- 終 -




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ドリーマーへ30題 『16.真夜中』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2020/04/29

 

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