雲霞之交







深緑の瓶に、真紅のラベル。
細身のグラスに注ぎ入れると、黄金色に煌めく繊細な泡。
部屋にふんわりと立ち上る、フルーティで上品な香り。

「それでは、皆様…お待たせ致しました。」
「メリー・クリスマス!!」


黒尾・赤葦・月島・山口…この夏から開業及び同棲(×2組)を始めた4人は、
それぞれの『お誕生日会』と銘打って、『酒屋談義』を繰り返してきた。
今日はそのラスト…歴史的偉人の『お誕生日会』である。

クリスマスに相応しいお酒は、やはりまずもってコレですね…と、
赤葦が乾杯用に用意したのは、クリスマスカラーのシャンパンだった。



「こちらは『パイパー・エドシック』…世界的にも有名なシャンパンです。」
『王妃に相応しいシャンパンを…』という、創業者の強い思いから、
マリー・アントワネットに献上され、宮廷を魅了したシャンパンですよ。
「これは確か…あのマリリン・モンローも愛したお酒、でしたよね?」
「何かの映画祭で、女優さん達が飲んでるのを見たことあるよっ!!」

月島と山口の言葉に、赤葦は女優のような艶っぽい笑顔で頷いた。
「パイパーの別名は『ザ・ムービー・シャンパーニュ』…
   様々な映画にも登場し、カンヌ国際映画祭の公式シャンパンでもあります。」
「映画祭のレッドカーペットに相応しい、真紅と黄金だな。」

このシャンパンも、『人魚姫』の時に飲んだ『ベル・エポック』に負けず劣らず、
実に繊細で素晴らしい『お姫様』っぷりだが…
「ノンアルコール派の赤葦が今から飲もうとしてるのは…一体何だ?」
「僕もさっきから、赤葦さんのグラスが…気になって仕方ありません。」
「その薄ピンクの『ふわふわ』って、もしかして…」

赤葦のグラスは、皆のとは違うソーサー型。
その中に入った雲のような『ふわふわ』に、少し濃い黄金を注ぐと、
シュワシュワと軽やかな音を立て、雲にかかった泡がキラキラ輝いた。

「これは『綿菓子』です。注いだのは、アップルサイダーですよ。」
「わ…綿菓子カクテル!!?」
「雲みたいな、雪みたいな…凄く綺麗ですね~」
「遊び心があって、クリスマスにピッタリ…子どもも喜びそうだよな。」
このアップルサイダーは、『白雪姫』の森で、月島君と一緒に飲んだものです。
『りんご』も、クリスマスの必須アイテムですからね。

皆の注目を浴びながら、赤葦は『ふわふわ』に口を付けた。
「何だか、霞を食べてるような…仙人か神様にでもなった気分ですね。」
浮世離れしたというか、現実感がないというか…
そんな『ふわふわ』した夢見心地です。


赤葦の言葉に、3人は顔を見合わせ…
迷うような、少し困ったかのような笑みを溢した。

「その感想…この一年を振り返ってみた印象と、似てますね。」
「特に夏以降、生活が激変しすぎて…『ふわふわ』したままだよね。」
「俺達4人で開業して、一緒に住んで…
   未だに時々、これ…夢じゃねぇよな?って、ふと思っちまうよ。」

大学進学のため仙台から上京し、各々一人暮らしをしていた月島と山口。
実態としては、山口宅での『ほぼ同棲』状態だったのをいいことに、
黒尾と赤葦は度々月島宅へとやって来ては、そこを書庫兼酒蔵として利用し、
特に全員が成人後は、頻繁に4人で『酒屋談義』をするようになっていた。
それが、様々な偶然と必然に導かれ、今や同じ家に暮らし、仕事をしている。

「まだ初夏の頃は、月島君の家で『お姫様』達について語っていたのに…」
「真夏には仙台での『五輪騒動』…直後から開業同棲しちゃいましたよね。」
「それからずっとバタバタ…僕自身の『心の整理』も、あやふやなままです。」

怒涛のように襲い掛かった、ほとんど不可抗力とも言えるフラグ。
それに翻弄されつつも、何とかその激流に飲み込まれないように…
環境の変化に付いて行こうと、足掻き続けてきた半年だった。

『のんびり同棲ライフ♪』を満喫する暇もないぐらい、日々の生活で精一杯。
やっと慣れてきた頃には、月島と山口、黒尾と赤葦それぞれの関係性にも、
変化を余儀なくされるような…嵐も立て続けに襲来した。
月島の言う通り、激変した環境に、心が追いついていない状態だった。

「このままの状態で新年を迎えるのは、問題があると思う。
   だから今日は、この一年語り合ったことを…ちょっと整理しとかねぇか?」
クリスマスが終わったら、すぐにツッキー達は帰省だろ?
こないだの赤葦誕生日…その時の『お取り置き』ネタもあったし、
考察しきれなかった『課題』を、今回しっかり片付けとこうぜ。

黒尾の提案に対し、3人はグラスを触れ合わせることで賛同を示した。



「赤葦さんの誕生日…12月5日は、シンタクラースの日でした。」
「シンタクラース=サンタクロース…この日が『元々』のクリスマスです。」
「同時に、シンタクラースと一緒にやってくる…クランプスの日だ。」
良い子には、赤いシンタクラースがプレゼントをくれ、
悪い子には、黒いクランプスが鞭打つ…というお祭りである。

このクランプスについて、非常に面白い話…
是非とも『クリスマス会』で語りたい話題があると、月島が言っていたのだ。


クランプスは、『ヤギ』の仮面を被り、鞭を振り回しながら、
特に若い女性を追いかけ回す、伝説上の怪物である。
このクランプスの姿は、ギリシャ神話に登場するパン神に酷似している。
「そのパン神が重要な役割を果たすのが、『ディオニュソス祭』です。」

この祭は、葡萄の神ディオニュソスに捧げられるもので、
一年で一番太陽の力が弱まる日に、太陽の再生と翌年の豊穣を祈願するものだ。
「北半球じゃあ、最も重要な祭…『冬至祭』の一種だな。」
「どんどん遠ざかる太陽が、この日を境に戻ってくる…」
「生命の死と、再生…それを象徴するのが、冬至なんだよね。」

葡萄から作られた、太陽のように輝くシャンパンを掲げながら、
月島はディオニュソス祭の概説を続けた。

「この祭でパン神は、あらゆる巫女達を追いかけ回して交わり、
   性的オルギア…つまり乱交を伴うどんちゃん騒ぎを主導します。」
岩陰に隠れて飛び出し、人々を驚かせたパン神…
これがパニック(panic)の語源だそうだ。
「成程…新たな生命誕生こそ、子孫繁栄…即ち五穀豊穣ですね。」
「パン神がヤギの姿をしているのは、多産の象徴だから…
   繁殖期に大騒ぎするのも、すっげぇヤギっぽいよな。」

赤葦は、シェーブルチーズ…ヤギのチーズを口に入れながら、質問した。
「確か、古代ローマの有名な冬至祭…『ルペカリア祭』も、
   『ディオニュソス祭』に似たお祭りだった気がしますが…」
「えぇ。二つは同じ『冬至祭』の流れをくむ祭りです。」

この祭で、参加者の若い男性達は、ヤギやイヌの皮を被り、
生贄に捧げたヤギの皮で作った鞭を振り、若い女性達を追いかけ回すのだ。
鞭に打たれた女性は、不妊が治り、子を授かり、更には安産が約束される。
イヌもヤギと同じ、多産と安産の象徴的存在である。

「この祭も、民には大人気…一年で一番盛り上がるお祭りだったそうです。
   …当然のことながら、『鞭状のアレ』を振り回すお祭になっていますね。」
だが、この古代から続く『土着の祭』が、道徳的に問題アリとして、
後から入ってきたキリスト教が、祭りの開催を禁止…
しようとしたが、あまりに『生活密着型』かつ、元は冬至祭だったため、
止めさせることはできず…『キリスト教のお祭』に変更していったのだ。

「『ルペカリア祭』は、冬に殉教した、ある聖人の日に変換されました。
   聖バレンタイン…つまりバレンタインデーです。」
「バレンタインデーは元々、冬至祭だったのか!」
「ということは、パン神そっくりのクランプスが活躍する、
   シンタクラース祭…聖ニコラウス祭も、同じ冬至祭がルーツなんですね。」
「アメリカに渡ったシンタクラース祭が、クリスマスに…
   当然、クリスマスも冬至祭ってことですよね!」

クリスマスは、キリスト降誕を『記念する』祭であるが、
これはキリストが降誕『した日』という意味ではない。
月島誕生日の際にも触れたが、暦や戸籍制度のない時代・地域では、
誕生日が判っている人の方がごくごく少ない…キリストも例外ではない。
ちなみに、キリストは西暦4年の秋(10月頃)生まれではないかと言われている。

「そうか…いつ降誕されたかは定かではないが、
   もし祝うとすれば、それに相応しい日こそ…冬至だな。」
「復活と再生…まさにキリスト、まさに冬至ですね。」


ねぇツッキー、今の話…『えびす祭』の時に話したことに、繋がるよね?
相変わらずのハイペースで、シャンパングラスを傾ける山口は、
先日行った芋掘り旅行…その時に立ち寄った神社で、
月島と二人で考察したことついて、ざっと説明した。

神様や儀式そっちのけで、祭の時にイチャイチャするのは、罰当たりでは?
…と思っていたが、『五穀豊穣(子孫繁栄)』を願う祭の場では、
むしろそれは『相応しい行為』なのではないか?という考え方である。

    本当はキリスト降誕を祝う日なのに。
    聖バレンタインが殉教した日なのに。
    五穀豊穣を感謝する、収穫祭なのに。
    そんな由来そっちのけで、恋人とイチャつくのは…けしからん!

若かりし頃には、博識と冷静さを装って、そう嘯いていた。
(今思えば、ただ単に羨ましさの裏返しでしかないが。)
だが本当の意味で『元々』を…『祭の本質』をきちんと考察すると、
再生と豊穣を願う祭の日こそ、『子孫繁栄』に励むべきかもしれない。

「この考察から導かれることは、至って明確…だな?」
「祭の時には、精一杯イチャイチャしまくるべしっ!」

自分達に都合のイイ結論だが、これを否定する根拠も理由もない。
心から祭を楽しむべし…4人は満面の笑みでグラスを再度ぶつけ合った。


綺麗に飲み干したグラスをテーブルに置くと、
赤葦はテレビ台の上に飾ってあった、小さなツリーを指差した。
「そう言えば、ツリーに付ける赤く丸い玉…
   あのオーナメントは、『イブのりんご』を表しているそうですよ。」



クリスマスと、イブのりんご…
ここから繋がる話で、『お取り置き』の考察課題…ありましたよね?

アップルサイダーに差していたストローを抜き、
赤葦はその『蛇腹』をピンと伸ばし、テーブルの真ん中に置いた。




***************





「アダムとイブに、りんごの存在を教えたのが…『蛇』でした。」
「この『酒屋談義』でも、度々話題に上った存在だよね。」

八百万の神々の頂点に立つのが、天照大神だが、
それよりもずっと前…アマテラスとその孫ニニギが降臨する前から、
日本に元々いた神…『地祇』は、『蛇』と呼ばれていた。

七夕のモデルとなった、饒速日尊・瀬織津姫の夫婦神。
熊野大社の神々に、諏訪神社のミシャグチ神。
日本だけでなく、中国やギリシャ、エジプト等の世界の神話を見ても、
『元々いた神』は『蛇』の姿として描かれているのだ。

    なぜ、『元々いた神』は『蛇』なのか…?

これが、この夏から『お取り置き』されたままだった、
月島兄・明光からの課題であった。


「僕達がもし『オカルト好き』だったら、
   『世界はかつて、蛇神に支配されていた』と、言うところでしょうが…」
「それはそれで、ちょっと面白そうだけど…『酒屋談義』には向かないね。」
「もっと堅実に、『蛇』について考えてみれば…答えは自ずと見えてくる。」
「皆さんも、その答え…どうやら見当が付いているようですね。」
改めて場を設けて語り合う機会はなかったが、
それぞれが『課題』について、ずっと考え続けていたのだろう。

クリスマスツリーに見立てた、バジルソースの絡まったパスタ。
山口は全員の皿に、『とぐろ』を巻くように取り分けた。


「野山を切り開き、農耕を始めた古代人にとって、蛇は身近な存在だった…」
山から現れ、田畑のあちこちに蛇が居て、蛇と共に生活していた。
勿論、身の回りには他にもたくさんの生物がいたはずだが、
蛇だけは、他とは明らかに違う特徴がある。

「手足がなく、長い胴体で這いまわる…」
そして、とぐろを巻くと、『神』である山と同じカタチ。
こんな姿形をしている生物は、他にはいない。

「そんな姿なのに、毒を持っていたりして…一撃必殺。」
「獲物を捕らえた後も、噛まずに丸呑み…」
その強さに、古代人達は『身近な脅威』として畏怖したことだろう。

だが、蛇は恐怖の対象というだけではない。
稲作にとっては困った存在…蛙や虫、小鳥等を、蛇は捕食…益獣でもある。
「山から降りて来た、田畑を守る蛇…『守り神』とされているんだな。」
「蛇の古語は『カカ』…田畑を守るあの方の名も、『カカシ』ですね。」

また、古代人は蛇の『この生態』にも、並々ならぬ興味を抱いたはずである。
「長い時間と多大な労力をかけて、定期的に行う…脱皮ですね。」
「上手く脱皮できないと、蛇は死んでしまう…
   まさに脱皮は、『命の再生』そのものですよね。」

『命』と言えば、この点も逃してはならないだろう。
「ハブは24時間連続でナニが可能…というより、それだけ時間が必要なんだ。」
オスがメスを追い掛け、まず頭から愛撫を始め、交尾開始…ここまでに4時間。
二匹が縄のように、濃厚に絡み合い…頭から徐々に離れていく。
最後は尾だけで結合…ここに至るまで、26時間程必要なのだ。
こちらの『お強さ』も、人々を惹きつけた要因であることは、間違いない。

「それよりもさ、そもそもだけど…蛇って一番、アレに似てる…よね?」
アレの隠語である『コック(cock)』とは、即ち…『蛇口』である。
四肢がなく、一本の棒。伸縮自在で、頭も似たカタチ。
そしてコレこそ…『命』の源なのだ。

    ・その姿形が、アレにソックリであること。
    ・『再生』を繰り返す強力な生命力と、毒を持つ強さがあること。

これらの蛇の特徴から、蛇は子孫繁栄と五穀豊穣を司る、
神聖な生物として、崇拝・信仰の対象となったのではなかろうか。

「『元々いた神』が『蛇』というよりは、『蛇』そのものが『神』だった…」
「様々な国の神話で、その民族の祖先が『蛇』となっているのも、
   神秘的な生命力と力を持っているから…だろうな。」
日本の天皇家や、中臣氏、藤原氏、賀茂氏…名だたる豪族達もみな、
大蛇と人間の巫女…玉依姫の子孫ではなかったか。


まるで八岐大蛇のように、ウワバミ王・山口は杯を飲み干す。
そして、パスタに乗っていたトマトを丸呑みし、話を続けた。

「この『丸呑み』という蛇の習性…瀬織津姫と繋がりそうなんですよ。」
瀬織津姫は、七夕の織姫であり、天照以前にいた神。
持統天皇と藤原不比等によって、古事記からも日本書紀からも抹殺された、
『元々いた神』の筆頭格である。

「瀬織津姫が唯一登場するモノ…もうそろそろ、その時期ですよね?」
「大晦日の…『大祓詞(おおはらえのことば)』か!」
大祓詞は、神道の祭祀で神々に奏上される祝詞(のりと)の一種で、
毎年6月と12月の晦日に行われる、『大祓』の儀式で使用される。
風・水・潮といった自然の力に乗せて、諸々の罪や穢れを、
根の国(あの世)に追放してしまおう…という内容である。
その災厄抜除の役目を果たす神の一人として、瀬織津姫が登場する。

「この祝詞の一節に、こうあるんです。
   罪や穢れを『持ちかか呑みてむ』…祓いたまえ清めたまえ、と。」
「『かか呑み』…蛇のように全部丸呑みして、あの世に持って行け…か。」
罪悪を根源から呑み込み、綺麗さっぱり消滅させてくれ…
その願いを、『蛇』である『元々の神』に…押し付けているのだ。
「蛇は冬眠する…『根の国』に潜る生き物としても、適任だろうな。」
瀬織津姫達が封印された経緯を思い出し、4人は少し目を伏せた。
歴史の中に見え隠れする闇…忘れてはいけない、大切なことだ。


「蛇神の代表・三輪山で行われる神事も…蛇の習性と関係がありそうです。」
月島が言葉を継ぎ、パスタを再び山型に盛った。

「好季節に若い男女が山中に集まり、飲食を共にし、求愛歌を贈り合う…
   『歌垣(かがい)』という習俗があります。」
これは元々、『カガヒ』と言われる神事であったが、
歌を贈り合うことから、『歌垣』という漢字が当てられた。

「元々は『カガヒ』ってことは…『カガフ』という動詞だったのか?」
黒尾の問いに、月島は「さすがですね。」と、素直に称賛した。
「『カガフ』は、おそらく『蛇のように集まる』こと…」
「名詞の『カガヒ』は、『蛇のようにする』…ってことになる?」

そういうことですか…と、赤葦はパスタを箸で掻き回した。
「好季節に、餌の多い山中に集まり、濃厚に絡み合う…
   蛇の交尾の様子と、まるっきり同じじゃないですか。」
好季節、山中に集まって飲食を共にし、乱交…愛を交わし合う。
まさに『蛇のようにする』…子孫繁栄の儀式と言えるのではなかろうか。
いやむしろ、蛇に倣うことで、子孫繁栄を願っていたのではないか?


「そんでもって、この儀式…さっきのにソックリだよな。」
黒尾はパスタを思い切り吸い上げ、鞭のようにしならせた。

「子孫繁栄と再生…若い男女が集まって飲食を共にする祭…
   性的オルギアが重要な位置を占める、『冬至祭』だ。」

クリスマスと、蛇の祭り。
その『本質』の部分で互いに絡み合い、ぐるりと再生し…回帰してきた。

「蛇こそが、子孫繁栄と再生の象徴…」
「原始の人々が、蛇を神と崇めた理由…これで納得だね。」
「そしてやっぱり…『イチャイチャ』が大正解ということです。」





***************





料理もあらかた食べ終え、夏からの『課題』にも結論が出せた4人は、
デザートと『飲み直し』のため、『二軒目』にハシゴ…
2階の月島・山口宅から、3階の黒尾・赤葦宅へと移動することにした。

月島と黒尾が2階に残って、一次会の片付けをする間に、
赤葦と山口は先に3階へ上がり、二次会の準備に取り掛かった。


シンクに向かい、新たなカクテルを作り始める赤葦。
その横で、オレンジを切ったり、グラスを拭いていた山口に、
赤葦は作業の手を止めないまま、カウンターに視線を送った。

「山口君、あれ…」
視線の先には、小さな木製の器。
その上には、銀色に輝く環が、とぐろを巻くように重なり合っていた。

「あ、無事に届いたんですね!例の…」
仕事上のトラブル防止に、既婚者を装うための『防具』…結婚指環。
その注文にあたっては、月島と山口も巻き込んで『すったもんだ』したが、
どうやら無事に解決し、上手いコト落ち着いたようだ。

あの大ボケの黒尾さんも、やっと気付いたか…
ホっと安堵のため息をつこうとした山口は、器の上の環を再度見て、
その息をゴクリと、思いっきり丸呑みしてしまった。
重なり合っていた環の数が…『3つ』だったのだ。


「あ…あああああっ、赤葦さん!アレって、もももっもしかして…!!?」
震える喉と指で、『3つ目』の環を指差し、問い掛ける山口に、
赤葦は頬を染め、小さくコクリと頷いた。

「先日の、誕生日に…頂きました。」
それはまた、黒尾さんらしい、見事な『王子様』っぷりと言うか…
山口は布巾を放り投げ、思わず赤葦に抱き着いた。

「やった…!本当に、よかったですね…おめでとう、ございますっ!」
「はい…ありがとう、ございます…」
先程とは違う、歓喜で震える山口の声。
その声に触発され、熱いものが込み上げてきた赤葦…その声も震えていた。

「山口君には、色々と…お世話に、なりました…っ」

黒尾との関係…『一歩』をなかなか踏み出せず、
一人悶々としていた、『いばら姫』の温泉で。
やっと黒尾と結ばれる直前…『赤ずきん』のおつかいの後で。
未知の世界へ突入する恐怖を和らげ、背を押し、手を引いてくれたのは、
他でもない…山口だった。

「山口君が傍に居てくれて…本当に、よかった、ですっ…」
山口君が俺を陰からこっそり支え、導いてくれたからこそ、
俺は…俺達はやっと、自分の本心に気付き、結ばれることができました。
山口君には、もっと早く、一番最初に伝えたかったんですが、
ご報告が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした…

山口にしがみ付きながら、赤葦は溢れ出る感謝と喜びを伝えた。
まるで自分のことのように…いや、自分のこと以上に嬉しく、
山口も赤葦をしっかりと抱き締め、二人で声を上げて涙した。

おいそれとは世間様に公言できない間柄であるため、
悩みを打ち明けたり、惚気たり…『恋バナ』ができる相手は、ごく限られる。
そんな貴重な存在が身近にいたことを、二人は心から幸運に思い、
その分、互いに訪れた幸せが、本当に嬉しかった。


しばらくそうして喜びを分かち合った後、
落ち着きを取り戻した二人は、照れ臭そうに笑いながら、準備を再開した。

「この機会ですから、山口君にはもう一つ…聞きたいことがあるんです。」
赤葦は一瞬、真剣な表情をしようかと迷ったが…やはり笑顔のまま、尋ねた。
その表情の変化で、山口も何となく話の内容を察し…笑顔を返した。
山口のそんな気遣いに、赤葦は安堵し…口を開いた。

「山口君と月島君は、この夏…ご両家にやや強要されつつ、婚約しましたよね。」
「ややじゃなくて、めちゃくちゃ振り回された挙句…有無を言わせず、ですね。」
本当に、誰一人として俺達の話を聞かないし…
その節は、黒尾さんと赤葦さんにも大変ご迷惑をお掛けしました。
山口は苦笑いしながら頭を下げ、続きを促した。

「単刀直入に伺います。
   ご両家の皆様は、『子孫繁栄』が叶わぬこと…了承されてるんですか?」
現代の生命科学では、山口が月島の子を産むことは、極めて難しい。
子どもができない関係…『子孫繁栄』をもたらさない関係は、
命の再生や回帰という『生物の本質』からは、外れてしまうのではないか。
両家の親達は、それをちゃんと了解した上で、息子達の婚約を喜んでいるのか?

さっき4人で語り合った、『祭の本質』…命の再生。
そして、『魂の回帰』から外れ、苦しんだであろう…人魚姫と、八百比丘尼。
それらに思いを馳せながら、赤葦は山口にこの点を尋ねたのだろう。
自分達では、黒尾(月島)の血を再生することはできない…
この現前たる事実は、リアルに『結婚』を控えた赤葦と山口にとって、
無言の圧力として、大きくのしかかってくるものでもあった。
結婚は、相手とだけするわけではない。
その背後にいる、相手の両親や家族…その全てと結ばれるのだ。

両親側から圧される形で婚約した山口達とは違い、
黒尾と赤葦はこれから…年末年始、お互いの実家へ『ご挨拶』に行くのだ。
この点に関し、自分の中できちんと心の整理をしておかなければ、
相手と自分の親へ『顔向け』できない…
山口には、赤葦の葛藤が手に取る様にわかった。


「可能性はゼロではないにしても、俺達に『子孫繁栄』は…難しいですよね。」
それこそ、ツッキーが『α』で俺が『Ω』なんていう超オイシイ設定とか、
実は見た目は男でも遺伝子的には女性…なんてことでもない限り、
それはどうしようもないこと、ですよね。

「でも、ウチの両親が言ってたんですが…子孫繁栄は『運次第』で、
   性別云々よりも、むしろ『運』こそ全てじゃないかって。」
山口の両親は、辛い不妊治療を経て、それでも子どもができなかった。
息子の忠が生まれたのも、ただの神様の悪戯…運が良かっただけ。
だから、子どもができないことに、気負う必要はない…そう言ってくれた。

「治療中の母の気持ちを考えると…本当に辛かっただろうなって。」
仕事や環境、体質や持病等で、どうしても子どもを産めない女性も、たくさん居る。
だが、『女性なのに産めない』というプレッシャーからは、逃れられない…
女性というだけで、結婚すれば子どもを産んで当たり前という『世間体』に、
じわじわと追い詰められ、辛い思いをしてしまうのだ。

「女性でも男性でも、子どもができるかどうかは…運?」
「子孫繁栄が運任せだったからこそ、人々は祭を行い、神に願った…
   それが『祭』を行う意義の一つ…そう捉えることもできると思います。」

山口の話は、赤葦にとってはまさに『目から鱗』だった。
自分自身も、『結婚したら子どもを…』というのが、当たり前のこと…
そう思い込んでいたからこそ、それが叶わぬ関係に、心を痛めていた。
だがそもそも、恋愛も結婚も、そして子どもも…全ては運次第じゃないか。
『両想い』になるのだって、場合によっては天文学的な確率だったはずだ。

「俺、母の話を聞いてから、こう考えるようにしてるんです。
   俺は今…『の~んびり不妊治療中♪』なんだって。」
生命科学の発展は著しく、男性の皮膚から『卵子』を作製することにも成功した。
そう遠くない未来に、性別を問わず『子孫繁栄』が叶う可能性があるのだ。
今は『二次創作用のステキ設定』とされているオメガバースが、
実在すると証明される可能性だって、全くのゼロではない。

「特にコレといって真剣に治療するわけじゃないですけど、
   科学の進歩や神の悪戯で…不妊が治る?のを、のんびり待とうかな~って。」
もし運よく授かったら、それはそれは嬉しいですけど、
そうじゃなくても、ツッキーとの楽しい毎日…俺はこっちも凄く幸せです!
人間関係の最小単位は『つがい』…まずはツッキーとの『仲良し』が最優先です。


「まずは、『つがい』…黒尾さんとの人生が、一番…」
山口の言葉に、赤葦の中に掛かっていた雲や霞が、スっと晴れていった。
運よく結ばれた、たった一人の『つがい』との関係を、大切に…
それが、全ての根本じゃないか。

夏から黒尾の仕事を手伝うようになり、世の中には本当に様々な夫婦がいる…
一組として同じ『つがい』など存在しないことが、よくわかった。
破滅的な事例ばかりを見ていると、『二人』の関係をいかに大切にすべきか、
それを反面教師といった形で、まざまざと痛感させられていた。

つまり…『二人で仲良く』のためには、努力を惜しんではならない。
利用できるイベントは、全力で…楽しむべし!

「やっぱり、『祭の本質』は…イチャイチャだったんですね。」
「子孫繁栄云々は、きっと『建前』…『本音』はソッチです!」
赤葦と山口は、すっきりと晴れ渡った顔を見合わせ、穏やかに微笑み合った。


「本当に、山口君には救われてばかりですね。」
そんな山口君に、俺から感謝の一杯…どうぞ、受け取って下さい。

赤葦はやや薄黄緑色に泡立つグラスを、山口に差し出した。
「『グリーンアップル・ロワイヤル』…12月25日の『本日のカクテル』です。」
青りんごのリキュールと、シャンパンを合わせたカクテル…
まさにクリスマスに相応しい一杯と言えるだろう。

「凄く綺麗ですね…頂きます!」
静かにグラスを傾ける山口に、赤葦はそっと呟いた。

「この『カクテル言葉』は…『ふれいあいを大切にするシンデレラ』です。」
ずっと月島君を待ち続け、婚約まで漕ぎ付けた…
辛抱強い『シンデレラ』だった山口君に、ピッタリでしょう?

とは言え、俺達は本当に『お世継ぎ』を強要される『次期お妃様』じゃありません。
思う存分王子様に甘えまくる…手のかかる『お姫様』でいましょう…ね?


赤葦と山口はスカートの裾を持ち上げる仕種をし、
「今後とも…どうぞ宜しく♪」と、美しく会釈し合った。



**********



「想いを言葉でちゃんと伝えるのって…すげぇ難しいんだな。」
「…いきなりどうしたんです?『人タラシ』らしくありませんね。」

並んで洗い物をしながら、ごく真剣な声で吐露した黒尾に、
月島は濯いでいたタッパーを取り落としてしまった。
よかった…赤葦さんお気に入りのグラスじゃなくて。

「というよりも、そのセリフ…むしろ僕専用だったはずですが?」
幼い頃から、ズルズルと…『幼馴染』のまま、一緒に居続けた月島と山口。
ヤることはしっかりヤっておきながら、互いの関係を確定させる一言…
『好きだ』を言えないままハタチを過ぎ、この夏ようやく、それを口に出せた。
『待たせるのはお家芸です』と、自己紹介してもいいレベルの待たせっぷりだ。

言葉で想いを伝えることの難しさ…
これを一番痛感しているのは、 紛れもなく月島だった。
そして、その対極にあるのが、『人タラシ』…天然王子様の黒尾だ。
その黒尾が、心の底から絞り出すように、『難しい』と呟いたことに、
月島は驚愕し…その理由に思い当たり、再び言葉を失った。


「あ…その…オメデトウゴザイマスって…言うべきですね?」
「お…おう…アリガトウゴザイマスって…感謝しきりだよ。」

黒尾と赤葦が付き合い始めた日…月島宅最寄りのコンビニで。
バッタリ遭遇した二人が交わした挨拶と、ほぼ同じセリフである。
その時はお互いに、セリフを構成する成分は『皮肉100%』だったが、
今回は純粋に、『祝福100%』と『感謝100%』だった。

洗い物を中断し、月島は興味津々と、黒尾に向き直った。
「『ご両親へのご挨拶』…その予行演習もソツなくこなした黒尾さんでも、
   やっぱりソレは…緊張しましたか?」

興味津々ではあるが、茶化すわけではなく、本当にマジな表情の月島。
一瞬照れ臭そうにしたものの、黒尾は表情を引き締め、
誠意を以って月島の問いに答えることにした。

「緊張…どころの話じゃねぇよ。冗談抜きで、声が裏返った。」
「えっ!?く、黒尾さんですら…ですか!?」
僕はてっきり、『ザ☆王子様』と言わんばかりに、
スマートに指環を取り出し、瞳を逸らさず…手の甲にキス。
そして、恭しく掲げたその手…左手薬指に、求愛のしるしをはめた…
というような、シンデレラも溶けそうな光景をイメージしてたんですが。

月島の勝手なイメージ…しかもド真面目な顔で語った内容に、
黒尾は「はぁ~…」とため息をついて苦笑いした。

「指環だって、他の『カモフラージュ』があってやっと出せただけだし、
   目を見るなんて、とてもじゃねぇけど…俺にはできなかったな。」
結局、真っ暗闇の、しかも布団の中だったから、
相手の目どころか、どんな顔してたのかも…さっぱりわかんねぇよ。

「こればっかりは、言われるのを『待つ』側が、正直羨ましいぜ…」
それどころか、勝手に『素敵なプロポーズ』を夢見ているだけのお姫様方に、
『王子様の気持ちも考えてやれよ!』と、説教したいぐらいの気分である。
「この『人生最大の試練』とも言うべき一言…
   それを乗り越えた全ての『旦那様方』を、心から俺は尊敬するぞ。」

その時のことを『思い出し緊張』しているのか、
黒尾はぶるりと身震いし、ギュっと目を閉じた。


月島は、黒尾の話に震撼する一方で、少し安堵していた。
『2年後に』という条件付きではあるものの、自分も一応山口に対し、
ちゃんと『婚姻予約』を行った…きちんと瞳を覗き込みながら。
きっと2年後、その予約を『確約』にする日が来た時も、
自分は同じように、山口には堂々と言える…

「マズい…僕も、自信がなくなって…きちゃいましたよ。」
黒尾さんが脅かすから…僕まで緊張が移ったじゃないですか。
これから2年間、『来るべき日』のことを考えて悩み続けるなんて…

「ツッキーは、そこまで緊張する必要…なくねぇか?」
もう『予約』はしてあるし、山口は絶対に『ノー!』とは言わねぇだろ。
俺の場合は、同棲前に手酷く『お断りします』があったし、
アイツの内心が読み切れてねぇ部分もあったから…
拒否される可能性だって、結構な確率で有り得る話だったんだぞ。

「お前さん方は、今からしっかり、『偕老同穴』なり『比翼連理』なり…
   きちんとした『婚約者』を、やっとけばいいだろ?」
偕老同穴も比翼連理も、『非常に仲の良い夫婦』を表す言葉である。
4人で『シンデレラ』の話をした時に、山口は月島と一緒に、
『偕老同穴』を目指したい…そう言っていた。

「そのことについてなんですけど…
   僕としては、『偕老同穴』も『比翼連理』も…やめとこうかな、と。」
予想だにしなかった月島の言葉に、黒尾は一瞬ポカンと口を開け…
すぐに怒りを込めた表情で、月島を睨みつけた。


「おいツッキー、そりゃ一体…どういうことだ?」

共に暮らして老い、死んだ後は同じ墓穴に葬られる…
カイロウドウケツという海綿の中で一生を過ごす、ドウケツエビのように。
片目片翼のため、二羽一体でしか飛べない、比翼の鳥のように。
そのぐらいの『不可分一体』な関係…それが、月島と山口であったはずだ。

だが月島は、それは『やめておく』と言った。
ずっとカイロウドウケツの中に山口を閉じ込め、待たせ続けた…月島が。
あまりに身勝手なセリフに、月島の話を聞く前に、黒尾は激怒してしまった。

「勘違いされているようですので、きちんと説明させて下さい。
   僕は別に、山口と『ずっと仲良く』…これをやめるとは言ってません。」
『ずっと仲良く』は、月島と山口だけでなく、黒尾と赤葦も含め、
4人全員が『人生の目標』に掲げるものである。
それを忘れたわけではない…という言葉に、黒尾は湧き出る怒りを飲み込み、
静かに月島の話を聞くことにした。

「僕は、山口と…『伴侶』になりたいと、思っているんです。」
「『伴侶』…?それ、配偶者って意味だろ?」
それも、間違ってはいませんが…
そう言うと、月島は虚空に『伴』と『侶』の文字を書いた。

「まず、『伴』は、『ひとつのものを、ふたつに分けたときの片方』…
   人偏が付いて、『相棒』『仲間』という意味になります。」
そして、『侶』の方は、脊椎の象形、または銅の塊が並んでいる形を表し、
『同質』『同等』を意味する文字…人偏が付くと、同じく『仲間』である。
「この漢字の構成から、『伴侶』とは、
   『一緒に連れ立って歩く者』という意味になります。」
文字を逆転させた『侶伴』という言葉も同じ意味だが、
『配偶者』という意味を持つのは、『伴侶』の方だけである。

「元々は一つだったものを、半分に…モロに『比翼の鳥』じゃねぇか。」
黒尾の言う通り、『伴侶』という漢字のイメージは、比翼の鳥に極めて近い。
結婚指環…『マリッジリング』という言葉が日本に入って来た時、
最初それは『比翼指環』と翻訳されたぐらいである。

だが月島は、それでも「違うんです。」と首を横に振った。
「『伴侶』と『比翼の鳥』ないし『ドウケツエビ』の決定的な違い…
   それは、『自らが選んだ』という点にあります。」

この人と一緒に生きていく…と、自らが選んだ『伴侶』。
一緒にいなければ生きていけない…比翼の鳥。
そして、一緒に生きる以外の道がない…ドウケツエビ。
似ているようだが、その内実は、全く違うのではなかろうか。

「お互いしかいなかった。お互い以外の選択肢がなかった。
   そんな特殊な『幼馴染』の延長ではなく、様々な選択肢の中から、
   僕自身の意思で、共にありたいと選んだ相手として…」
僕は山口と、『伴侶』になりたい…そう願っているんです。

月島の願いを聞いた黒尾は、当初抱いた怒りなどすっかり消え去り、
それとは真逆…温かい気持ちに包まれていた。
「そんな言葉にまでこだわって、山口との関係を考えてたとは…」

今までも『二人だけ』だったという、特殊な状況下の『幼馴染』。
その状態から脱するのは、想像以上に大変だっただろう。
まさに、生まれ変わるぐらい…意識を『再生』させる、脱皮である。
「全ては山口との幸せのために…お前さん、変わったな。
   物凄くイイ意味で…『脱皮』と言うに相応しい成長だぜ?」
黒尾の本心からの賛辞に、月島は柔らかく微笑んだ。


「黒尾さんは、ウチの父が言っていたこと…覚えてますよね?
   『ずっと仲良く』に必要なのは、『仲良し』だと。」

突然やって来て、『家族会議』を強行した月島父。
『ずっと仲良くしていたい』という人生目標に必要不可欠な要素は、
普段から『仲良し』であるという、論理としてはループ…回帰しているが、
願ったり叶ったりな『指針』を、4人に示してくれた。

「自ら選んだ大切な人と、ずっと仲良く、一緒に居られること…
   これが『結婚』の本質…ではないでしょうか?」
「それは、祭の本質とも重なるし…『幸せ』の本質も、同じかもな。」

非常にシンプルかつ、大事な本質に気付いた二人。
このことを、お互い絶対に忘れないよう…拳をぶつけて誓い合った。


「まぁ、この本質に気付けたからといって、
   アレを言うのを緊張しないかと言えば…土台無理な話ですよね。」
これから2年、どう言うべきか…僕は延々考え続けるループに突入ですよ。

力なく笑う月島に、黒尾はふと思い立ち…
内緒話をするように月島と肩組みをし、腰を沈めた。

「なぁツッキー、その『2年後』ってのは…?」
「一応、まだ学生ですから。卒業までは…と。」
「それ…お前らの『自主規制』か?それとも…?」
「あっ…兄が、勝手にそう言ってた…だけです!」

五輪騒動の際、月島・山口両家による『二家族会議』が開催された。
勝手に『やっと結婚だ!』と暴走しまくる親達を落ち着かせるため、
『まだ学生だし、結婚はもうちょっと先!!
   とりあえず2年間…黒尾君の独立と蛍達の卒業までは、ただの同居…』と、
兄・明光が話を進め…それを『かか呑み』ならぬ、鵜呑みにしていたのだ。


「ツッキーよ…俺は今、超絶幸せだ。」
「でしょうね…本気で羨ましいです。」

「そして、赤葦は…『2年』待てなかった。」
「山口も、『もう待てない』と…
   『もう絶対に山口を待たせない』と、僕に約束させました。」

「あと『2年』も…羞恥心と戦い続けるつもりか?」
「僕のメンタルは、脱皮直後の蛇よりも、弱々しいですからね。」

「きっと今頃、あの二人は…その話で盛り上がってるはずだ。」
「間違いなく山口も、超絶羨ましい!って…思ってる真っ最中ですね。」

「告白した時みたいに、ベロベロに酔い潰してやろうか?」
「さすがにコレの時は…マズいでしょ!」

こそこそと耳打ちし、唆す黒尾。
いきなりな話の展開に、怯みまくる月島。
そんな月島を安心させようと、黒尾は輝く笑顔で胸を叩いた。

「もし失敗したとしても、大丈夫だ。俺は…離婚のプロだからな!」
「黒尾さん、あなた本当に、サイテーですね…」
こんな黒尾さんでも成功したなら、僕は…大丈夫かもしれませんね。
サイテーではありますが…おかげでちょっと、気が楽になりましたよ。
月島はそう言うと、緊張の抜けた笑顔を見せた。


「ツッキー…『健闘を心から祈ります』…だぜ?」
「お気遣い…『心から感謝いたします』…です!」

二人は互いの脇腹を拳でグリグリ押しながら、
あのコンビニで交わした言葉を、今度は逆に贈り合った。





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「では、改めまして…」
「乾杯~!!いろいろいっぱい、乾杯です!!」
再び集合した4人は、新たなグラスを手に、乾杯し直した。

今回のグラスには、オレンジ・シャーベットが入っており、
そこにシャンパンを注ぐカクテル…シャンパン・フロートだ。
パーティ用のデザートとしても、オススメの一品である。


「さっきまでの『一次会』では、今年皆さんと語り合ったことの『まとめ』…
   『お取り置き』しておいたネタの考察でしたね。」
「その結論としては…『祭の本質』はイチャイチャ!でした。」
「結構、真面目に考察したはずなんだけどなぁ…結局ソレなんだよな。」
「まぁ、『性』をヌきにした民俗学など、有り得ないですからね。」

それこそ、人間だから…仕方のない結論とも言える。
いつもこんな『↓方向』の話ばかりしてんの?と、研磨に冷たい目で見られたが、
真面目に考察した上で、結果としてそうなってしまっただけ…
別にシたくてそういう話をシているわけではない…多分。


「ところで、先程出てきた『歌垣』と、テーマの一つであった『再生と回帰』…」
「それに相応しいネタで、この一年ため込んだアレ…ありますよね?」
月島と山口は、同時に指でぐるりと円を描き、ムフフと笑った。

「本質がイチャイチャな祭の日には…まぁアリっちゃアリか?」
「この『酒屋談義』のシメが、『↓方向』…いつも通りです。」
黒尾と赤葦も、同じような笑いを見せ、月島達の提案を快諾した。

「『回帰』する『歌』と言えば…回文です!」
「一年の終わりと、来年への繋がりとして…披露し合いましょうか。」

4人で同居を開始した時、それを記念したイベントの余興として、
自分の『相手方』の名前を入れた俳句を、贈り合った。
その時は、イベントの主体が別にあったため、それを邪魔しないように…と、
高難度言葉遊びである『回文』は、泣く泣く回避したという経緯があった。
あの時は断念したが、それぞれがコッソリ考え続けていることは、
改めて聞くまでもなく…全員が察していた。

「実は僕、自分及び山口ではなく…赤葦さんのネタで作っています。」
「おや、奇遇ですね。俺も自分のネタは面白くないと思い…山口君ネタです。」
「あ!俺は黒尾さんで作りました!」
「俺はツッキーのネタ…偶然ながら、上手くループしたな。」

くじ引きにより、月島(赤葦)→山口(黒尾)→赤葦(山口)→黒尾(月島)の順に発表、
それぞれを皆で評価し合う…というルールに決定した。


「では、最初は僕ですね。最近更に色気増量中・赤葦さんに贈る回文です。」

    『板胸固まる京治君 「9時、イケる?」 またか…眠たい。
      (いたむねかたまるけいじくんくじいけるまたかねむたい)

「京治君~!9時に指名、入ったよ~!!イケるよね?」
「またですか。指名ナンバーワンも、辛いですね…眠いんですけど。」
「おいおい、赤葦は一体どこで、どんな仕事をヤってんだろうなぁ?」
「板胸でも全然OKな…そういうステキな職場ですね。」

一発目からいきなり、『境界線』ギリギリの『↓方向』のネタである。
このまま続けて大丈夫か…一瞬だけその不安が頭を過ぎったが、
『これは回文という知的な歌垣』…と、強引に自身を納得させた。


「それでは、次は俺…京治君の指名客・黒尾さんの回文です!」

    『下か!?馬鹿な…悔し! 黒尾さん 竿六尺 半ば硬し
      (したかばかなくやしくろおさんさおろくしやくなかばかたし)

「一尺は約30cm、六尺は…およそ180cmですね。
   10分の1の六寸(≒18cm)でも…『人デナシ』なサイズですね。」
「そ、それは…アレするサオ…だよな?」
「ギュっと握りしめて、上下に動かしたりして、マスを…ですか?」
「トラウト…ニジマス用の釣竿に、丁度いいサイズと硬さです。
   …という解釈だと、ギリギリセーフな回文でした♪」

あぁ…やっぱり、全員がそういうネタを隠し持っていたのか。
今日は祭。祭と言えば無礼講。このまま突っ走ってしまおう。

「そう言えば、『無』礼講というぐらいですから、
   『礼講』はあるのかと思い、調べてみたんですが…ありましたよ。」
「神様にお供えした食事を頂く『直会(なおらい)』が『礼講』で、
   そうじゃない食事…直会の後の『どんちゃん騒ぎ』が『無礼講』です!」
つまり、神様に捧げられた巫女が、儀式に則って頂かれるのは『礼講』で、
一般人がアレとかに乗っ取って…どんちゃん騒ぎするのが『無礼講』か。
そんなわけない…だろうが、あながち間違っていないかもしれない。


「そんな『無礼講』極まりない…山口君の回文です。」

    『泣いた深夜 「うそ…」起きた忠 無視だ 叩き襲う
     「や…ん。」「したい…な。」
      (ないたしんやうそおきたただしむしだたたきおそうやんしたいな)

「無礼講とは言え…ムリヤリはイけねぇなぁ、ツッキー?」
「もしかして、これ…『パン神』の鞭打ち…じゃないよね?」
「そういうプレイは…いや、プレイということにした方が、傷は浅い…?」
「どちらにしても、月島君が『どんちゃん騒ぎ』な回文…お送り致しました。」

もう、ここまで来ると…言い訳のしようがない。
これこそが『祭の本質』…潔く、最後までイくしかない。


「ラストは俺…クリスマス(もしくはお誕生日会)でのツッキーだ。」

    『「良い?強く…」 「いたい…だめ!最低、ツッキー…」
       ケーキ突いて諌め 抱いた「行くよ…」「っ、イイ…♪」
      (いいつよくいたいだめさいていつつきー
       けーきつついていさめだいたいくよついい)

「月島君、ムリヤリはイけませんと…あれほど言ったのに。」
「ツッキー…とりあえず先にケーキ食べるか、冷蔵庫にイれとこうよ。」
「山口、突っ込むところはソコなの?まぁ…山口が『イイ…♪』なら…」
「結局イチャイチャするツッキー&山口の回文…お気に召して光栄だ。」


4人が披露し合った回文。
内容はともかく、長さといいアレといい…ステキな出来栄えだった。
これを夏から4カ月かけて作り、熟成させていたというのか…

「俺達全員…一体ナニやってんだろうな。」
「全力でイロイロ…ヤりたい放題ですよ。」
「今年の最後に、溜まってたモノをダせて…僕は大満足です。」
「来年もこの調子で…アレとかコレとか、楽しみましょうね!」


今年一年ありがとう。そして、来年もよろしく!
4人は笑顔で挨拶し、杯を高々と掲げ合った。




- 完 -






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※雲霞の交(うんかのまじわり) →俗世間を超越した交友のこと。
   世間体や見栄、欲得に縛られない関係。


※シャンパンと『ベル・エポック』 →『泡沫王子
※『えびす祭』と祭の本質について →『全員留守
※『元々いた神』について →五輪シリーズ(特に『団形之空』)
※瀬織津姫封印について →『予定調和
※蛇と玉依姫の子孫について →『運命赤糸
※オメガバースについて →『危言危行
※黒尾と月島、コンビニで遭遇 →『姫様豹変
※『ご両親へのご挨拶』予行演習 →『伝家宝刀
※赤葦、黒尾に「お断りします」 →『半月之風
※月島と山口の婚姻予約・二家族会議 →『掌中之珠
※月島父襲来 →『家族計画
※比翼の鳥・カイロウドウケツについて →『白馬王子
※『もう山口を待たせない』約束・同居記念イベント →『無限之識


2016/12/23

 

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