「あれ?今日は一人か?山口はどうした?」
「…10人目。」
日曜の今日は、午後から部活だった。
そして、僕は朝から、機嫌が悪かった。
いや、朝はさほどではなかった。
起床から徐々に下り坂傾向。学校に近づくに連れて、更に加速。
体育館に着いた頃には、今にも雷鳴が轟きそうな模様だった。
原因は、はっきりしている。
登校の道すがら。校内の敷地に入ってから。
渡り廊下で。自販機の前で。体育館の中で…
僕は都合10回、同じ内容の質問を受け続けたからだ。
武田と烏養が合流するまでの小一時間、
本日は部員達だけでミーティングを行うことになっていた。
集合の号令をかけた主将澤村の第一声が…10回目だった。
主将の質問と、僕の不機嫌な声に、僕以外の面々は一斉に吹き出した。
「…これも10回目の返答になりますが…『知りません』」
「知らないって…どういうことだ?月島と山口が『別活動』なんて…何かあったのか?」
「いや、だから、何で僕が…」
「だよなー!月島と山口が『単品』なんて、こりゃ一大事だぜ!」
「大地さんっ!!今日の『烏野会議』のテーマはこれにしましょう…
ズバリ、『月島と山口に何があったか!!?』です!!」
田中先輩と西谷先輩が、僕の発言を勝手に遮り、
その他の全員が「異議なし!」と大声で同意してしまった。
「あのですね、勝手に…」
「諦めなよ、月島。もう、何言ってもムダだよ。」
ポンポンと肩を叩きながら、縁下先輩が慰めの言葉を…と思いきや、
その奥の木下・成田両先輩方と、そろってニンマリしていた。
…あぁ、もう駄目だ。
嬉々としてホワイトボードを引き摺って来る菅原先輩を見ながら、
僕は皆の興味が僕以外…最悪、山口で留まってくれることを祈った。
「はいっ!!」
会議の冒頭、我先にと大声で挙手をしたのは…日向だった。
議長の澤村が発言を許可すると、何故か日向は恐る恐る語り始めた。
「俺…午前中に、山口を見ました…」
「そうか。それはどこでだ?」
「駅前の、病院…『烏野産婦人科医院』…です。」
いきなりの爆弾証言に、全員が驚きの声を上げた。
いや、一番驚いたのは…僕だ。
「ちょっと待ちなよ。何で山口が、そんなトコに…!?
今朝ウチを出た時は、何でもなさそうだったんだけど!?」
「お、落ち着けってば!!俺だって知らねぇよっ!!
俺はただ、見ただけだからっ!!」
思わず日向に詰め寄った僕を、東峰先輩が羽交い絞めにして抑えた。
「っつーかボケ日向、何でテメェもそんなトコに行ったんだ!?」
影山のごく常識的な問いに、日向は神妙は顔で説明した。
「昨日の晩、妹が急に熱出しちゃって…そこ、小児科もあるから。
車で連れて行くついでに、俺もそこまで乗せてもらったんだ。
そん時に、産婦人科の診察室から出てくる山口を…」
「見間違い…じゃないんだね?」
「俺、目には自信あります!病院はめちゃくちゃ混んでたけど…
あんだけ背が高い、黒ジャージの男は…目立ちまくりだし!」
どうやら、山口が烏野産婦人科に行っていたことは…間違いなさそうだ。
「ねぇ月島…今朝の時点では、山口は…元気そうだったんだよね?」
書記を務めていた菅原が、心配そうな顔で訊いた。
「まぁ…少々慌てた様子でしたが、猛ダッシュで出て行ったんで…
どこか病気だとかではないと思いますが…」
菅原はホワイトボードに、無駄に大きな字で、
『山口は昨夜、月島家にお泊り』…と書いた。
書くべきことはそれじゃない気もするが…黙っておくことにした。
「今、日誌を確認したんですが…」
隣に座っていた縁下が、日誌の頁を捲りながら発言した。
「山口は、一月前の日曜、部活を休んでいます。理由は…『腹痛』です。」
確かその日は…僕も休んだ。月島家の法事があった日だ。
後から山口も、急性の腹痛で休んだと聞いた…気がする。
「一月前の日曜ってことは、4週前…」
「まさか、大地…その日が『最後の開始日』の『腹痛』だとしたら…」
「え、ま、マジでっ!?そしたら、まぁ…」
突然、真剣な面持ちでぼそぼそと頂上会談を始めた三羽烏…三年生達。
会談が終わると、東峰が「ちょっと確認するけど…」と、僕に言った。
「今朝、山口が起きた後…トイレに駆け込んだりしてた?」
「えぇ…何かバタバタと慌ててトイレに行ったと思ったら、
また部屋に戻って来て…それからすぐに、『帰るっ!』って…」
まだ寝ぼけ眼だった僕は、その様子を茫然と…布団の中から見ていた。
「もう一つ確認だけど…2週間前の土日も、山口は月島のトコ、だな?」
「…そうですけど、それが何か?」
僕の返事を聞くと、三羽烏は顔を見合わせ、息を飲んだ。
そして、深く深く頷くと、主将澤村が静かな声で言った。
「もしかしたら、山口は…『できちゃった』かもしれない。」
***************
しん…と、静まり返る体育館。
本当は大絶叫して驚愕を全身で表したいのだが、
澤村の発言内容と雰囲気に、喉を鳴らして黙るしかなかった。
「三年生はこの間、保健の授業で習ったんだ…妊娠週の計算方法。」
菅原はボードに横線を引くと、そこに文字を書き始めた。
「妊娠期間を数える時、スタートの『0週0日』となるのは、
『最後の生理が始まった日』なんだ。」
「ということは、4週前の『腹痛』は…生理痛か!?」
「そして、2週間後…排卵がおこる。排卵日付近に性交し、運よく受精すると…
数日後に着床、つまり妊娠が成立する。」
「2週間前も、月島んトコにお泊り…」
「妊娠4週目…本来であれば、次の生理予定日頃に、
早い人では『妊娠超初期症状』がみられるらしいんだ。
頭痛、腰痛、倦怠感、強烈な眠気、それから…吐き気。」
「今朝のトイレ駆け込みは、『つわり』ってことか。
それに気付いた山口は、慌てて産婦人科に…」
計算と状況から判断すると、この可能性はゼロじゃない。
むしろそれ以外に、山口が産婦人科を受診する理由は…思いつかない。
「そういやぁアイツ…先週はずっと『風邪っぽい』って言ってたな。」
「それに、なんか食欲ねぇって…大好物のポテトを残してた…」
影山と日向も、心配そうな声で思い返す。
ここ数日、山口の様子がおかしいことには…僕も気になってはいたが。
「おい月島。山口は本当は…女、なのか?」
「…は?」
西谷の直球に、間抜けな返事しか返せなかった。
「最近はいつ…山口と風呂に入った?ちゃんと『男』だったか?」
「昨夜ですけど…山口を『女性』だと感じたことは一度もありません。
そもそも、先月の合宿で、皆さんも一緒に入ったでしょ?」
「見た目じゃわかんねぇよっ!メガネなしのお前の『見た感じ』だって、
まっっっったくアテになんねぇから…『触った感じ』を聞いてんだ!」
「んなっ!!?」
何を言い出すんだこの人は。そんな事…言えるわけがない。
大いなる異議を申し立てようとしたが、その前に、縁下が冷静な声で説明を始めた。
「西谷の言う通り、『見た目』じゃ本当の性別はわからないんだ。
二年生はこの間、生物の授業で習ったんだ…性別の『非典型例』を。」
成田はペンを受け取ると、縁下・木下の説明に合わせ、ボードに文字を書き連ねた。
「男女の性別は、性染色体の組み合わせによって決まるんだ。
XXだと女性、XYだと男性になるね。」
Y染色体上に、精巣形成を誘導するSRY遺伝子が存在するため、
そのY染色体を持った人が、男性になるのだ。
「だけど、このXX・XYではない、非典型な型を持つ人もいる。
XXY、XXXY、XXXXY…Xをたくさん持つパターンだよ。」
「クラインフェルター症候群…Yがあるから、身体的特徴は『男性』だ。
華奢で手足の長い細身の体形になる人が多い…らしい。」
「それとは逆に、XYY、XYYY、XYYYY…Yが多い型もある。
こちらはスーパー男性…思春期に急に高身長になったりするって。」
また、XX型でも男性というケースも存在する。
Y染色体の一部がX染色体に結合し、その上にあるSRY遺伝子の影響で、
見た目はほぼ男性…ホルモン投与しなければ、次第に女性化してくる。
「そう言えば…トゲネズミには、200万年前からY染色体がない…
それでも、ちゃんとオスが存在しています。」
このことからわかるのは…
「見た目だけじゃぁ、山口が男かどうか、わからない…?」
「厳密な遺伝子検査をしてみないと、XYの型もわからないんだって。
XXYなんて、結構頻繁におこる遺伝子型だし、
日常生活に特に問題があるわけでもないし…『個性の範囲』だよ。」
山口が、妊娠可能な『女性』である可能性は…否定できないのだ。
「俺、そんな授業があったかどうかは記憶にねぇけど…
『それ以外』の可能性には、心当たりがあるぜ?なぁ…谷地さん!」
「は、はい…田中先輩の仰る通り、別の『性別型』が…」
田中と谷地という、異色の組み合わせ。
今度は谷地が成田からペンを受け取り、書記を務めた。
「これは、姉貴から教えてもらったんだけど…世の中には、男性・女性っていうのとは別に、
アルファ・ベータ・オメガっていう3種類の性別があるらしいんだ。」
「つまり…α男性・β男性・Ω男性・α女性・β女性・Ω女性の、
全部で6種類の性別が存在するってことです。」
そんな話は…聞いたことがない。
愛読する科学系雑誌でも、そのような性形態に関する論文や研究を、
今までに見聞きした覚えは…ない。
「これは、『オメガバース』という、主に二次創作で使用される、
『特殊設定』なんですけど…」
…どおりで、聞いたことがないはずだ。
現時点の発生学や遺伝学では、立証されていない説なんだろう。
今の所、二次創作等での『特殊設定』ではあるが、
論文が発表されてないからといって、その研究がないとは言い切れないし、
その性分類が絶対に100%存在しないとも…断言できない。
『不存在』の証明など、誰にも『不可能』なのだ。
「今、めちゃめちゃ流行ってる『設定』なんだよな!
姐さんと谷地さんの新刊も…これだったしな。」
「結構刷ったのに、ほぼ完売だったよね。通販分も…そろそろ終わり?」
「あ、じゃあ、委託先に連絡しとかなきゃ。」
どうやら、お盆頃に「どうしても!」と二年生+谷地が土下座で懇願し、
部活にも『お盆休み』が採られた理由が…垣間見えた。
「その辺りの『深~い事情』は置いておくとして…
大人気の『オメガバース』について、ざっくり教えてくれないか?」
澤村の依頼に、谷地達は張り切って解説した。
その要点をまとめると、概ねこんなカンジになる。
・α性は、優秀なエリート。数も少なく、社会的地位も高い。
男性女性を問わず、α性はΩ性を妊娠『させる』ことが可能。
・β性は、大多数の一般人。β性同士の婚姻が多く、子も高確率でβ性。
・Ω性は、α性よりも更に希少。女性も男性も妊娠『する』ことが可能。
3カ月に一度、1週間程度の発情期が存在し、特殊フェロモンを発散。
・α性とΩ性の間には、『つがい』という本能的な特性があり、
つがいのいないα性は、無条件でΩ性フェロモンに惹き寄せられる。
・一度つがいになると、片方が死ぬまで解消されない強固な関係となる。
また、つがいになったΩ性は、フェロモン発生が止まる。
「め…めっちゃくちゃ『オイシイ』設定…っ!!!」
「俺は…自分が『α性』であることを…祈るっ!!」
説明を聞いた日向と影山は、ガッツポーズをして歓喜した。
この6種類の性がある社会では、戸籍や相続等の各種法律は、
一体どんな制度設計をすべきなのだろうか。
現在ですら、法的性差別や、国際競技の性別判定などで、
問題は山積しているというのに…気が遠くなりそうな話である。
いやむしろ、このぐらいの多様性がある社会の方が、
もっと公平かつ平等な制度を作らざるを得ない…
即ち、『いろんな人が住みやすい社会』を、構築しやすいかもしれない。
「ΑΩ…アルファオメガは、ギリシャ語の最初と最後の単語ですね。
新約聖書のヨハネ黙示録にある、主の言葉…
『私はアルファであり、オメガである』『最初であり、最後である』
…つまり、『全て』や『永遠』という意味ですね。」
他には、Ω(オーム)は電気抵抗…『電気の流れにくさ』の単位だ。
最初は強かった抵抗が、だんだんと流され弱くなり、そして通じ合う…
僕ならば、この『Ωの法則』をモチーフにしつつ、
『最初で最後の、永遠の関係』というオチで、『オイシイ』物語を執筆か。
…と、『実務的な考察』と、『二次創作的な妄想』をしていると、
西谷の『確定的な宣言』で…僕は現実に引き戻された。
「結局、山口が男だろうと女だろうと…
月島の子が『できちゃった』ってコトなんだな!」
***************
「い…今、何と…?」
信じがたい言葉が、聞こえた気がするのだが。
「だーかーら、どういうリクツかとか、俺にはわかんねぇけど、
とりあえずわかってる結論は、山口が月島の子を…」
「そ…そんなわけないでしょう!!大体ですね…」
とんでもない結論に、僕は必死に反論しようとした。
だが、僕以外の全員が、勝手に話を進めていく。
「状況証拠からすると、山口の妊娠は…100%否定できないな。」
「相手として考えられるのは、月島以外いないし。」
「ムカつくことこの上ないが、月島はモロに『α』っぽいし。」
「特殊設定じゃなくても、『華奢で手足の長い高身長』っていうのは、
非典型の遺伝子型の形質に当てはまる…よな。」
「俺らみたいな『一般人』…たぶんβ型には、
山口の出すフェロモンには、気付かなかっただろうな。」
「いや、俺らが何型でも、既に月島と『つがい』だったら…出ねぇし。」
「生理休暇も必要だが、発情休暇も必要か…」
「それ以前に、産休と育休でしょ。育休は…月島にも必要だよね。」
どんどん進んでいく妄想。これ以上の暴走は…危険だ。
僕は常になく大声で、「待った!」をかけた。
「随分と好き勝手言ってくれてますが…確証のない状態での行き過ぎた考察は、非常に危険です。
そもそも、みなさんは、そのっ、僕と山口が…『アレ』やら『コレ』やらをイタすことに対して、
違和感とか…ないんですかっ!?」
僕の根本的かつ直接的な質問に、全員が3秒ばかり沈黙した。
あの者は天を仰ぎ、ある者は目を閉じ…
そして、きっかり3秒後…全員が顔から火を噴いた。
「参った…否定する根拠が、まるで見当たらないんだが。」
「自然というか、何と言うか…『しっくりキた』、かな。」
「いやマジで、抵抗ゼロでフツーに妄想できちゃったぜ。」
「あぁ…ごはん3杯はイけるぐらいの、オカズっぷりだ。」
冗談半分で言っただけなのに、好意的に肯定されてしまった。
唖然とする僕に、またしても西谷が宣った。
「だってさ、XだとかYだとか、αとかΩとか…色々あるんだろ?
そんな小っせぇ遺伝子のカタチなんて、どうでもいい話だぜ。
大事なことは…『二人が幸せか?』ってコトだけ!!以上!!」
人間関係の『本質』を、アッサリと言ってのけた西谷。
そうなのだ。性別のカタチよりも、もっともっと大切なこと…それは、『二人のキモチ』なのだ。
本質をちゃんと見極め、細事には拘らない…
それをいとも簡単にやってのける西谷だからこそ、性別関係なく…皆が彼に惹かれるのだ。
「か…カッコイイっ!!」
「西谷…なんて器のデカい奴…」
危うく僕も、西谷先輩に惚れてしまいそうだった。
「烏養コーチ…俺、今日はもう…帰っていいですか…
とてもじゃないけど、この中には…」
「入り辛ぇ…よな。どう考えても。」
「ですが…このまま放置してると、余計にややこしくなりますよ?」
体育館の入口脇。
かなり前から、体育館に到着していたのだが、
中で行われている『会議』の内容に…入っていけなかったのだ。
「山口…私のせいで…」
「いや、清水先輩は悪くないですから!!」
烏養、武田、清水、そして山口は、
ツッコミ所満載の『会議』を、笑いと涙を堪えつつ、聞いていた。
「やっぱり、私が、この場を収める。山口…来て。」
「えっ!?」
清水は山口の手を引き、体育館に突入した。
「みんな、ちょっと聞いて。」
突然登場した清水…と山口に、全員が「あっ!」と声を上げて驚いた。
ホワイトボードの前に立ち、静かに全員を見渡す清水。
その清水に手を掴まれ、後ろに隠れるように立つ山口。
静寂の中、清水はゆっくりと語り始めた。
「日向は気付かなかったみたいだけど…私も、産婦人科にいた。」
「えっ!?潔子サン、どこか御加減が…っ!!?」
逸る田中達に、違う、と清水は首を横に振る。
「私はただの付き添い。何ともない。」
「じゃあ…やっぱり、山口が…?」
名前が出たことで、ビクリと肩を竦ませる山口。
そのまま小さくなり…さらに清水の後ろへと隠れてしまった。
大丈夫だから…と、山口を優しく労わる清水。
その姿に、誰もが同じ想像をした。
…『頼れる身近な女性』に相談し、付き添ってもらう山口の姿を。
「僕には何も言わず出て行ったのに…どこか、具合悪いの?」
「ち、違っ!俺は、至って健康、だから…」
怒気をはらんで詰問する月島に、山口は慌てて弁解した。
「具合が悪いのは、私の母。たぶん、日向の妹と同じ…流行り風邪。
タクシーで病院に着いた時、たまたま山口が通りがかって…
山口が母を抱えて、診察室まで介助してくれた。それだけ。」
「お母さん…大丈夫?ついててあげなくていいの?」
「もうすぐ点滴が終わる…澤村、私は早退させてもらうから。」
「それは構わないが…どうして『産婦人科』なんだ?」
「今日が『日曜』だから。休日診療の当番医が、そこだっただけ。」
事の真相は…何てことはない、他愛のないものだった。
部員達は、安堵(と残念が混じった)ため息を、はぁ~っとついた。
「…というわけだ。清水は気を付けて帰れよ。」
「お疲れさまでしたーーーーーっ!!」
いつの間にか体育館に入ってきた烏養が、清水に帰宅を促した。
頷いた清水は、山口の手を引き「ありがとう」と呟くと、
月島の隣にそっと座らせ、体育館から出て行った。
「皆さんの『会議』…大変興味深く聞かせて貰いました。」
武田はボードの前に立つと、ニコニコと微笑んだ。
「皆さんが、授業で習ったことを身に付けていて、一教師としてとても嬉しく思います。
また、空想かもしれないことでも、可能性を頭から否定せずに、
柔軟な発想で自由に考察したのも…実に素晴らしいことです。」
武田は西谷の顔を見ると、更に嬉しそうに破顔した。
「そして、何よりも、『性別』といった枠にとらわれることなく、
本当に大切なことを、皆さんがちゃんとわかっていたことに、
僕は一人の人間として…心の底から嬉しく思います。」
あまりのカッコよさに、僕も西谷君に惚れそうでしたよ。
茶目っ気たっぷりに言う武田に、西谷は親指をグっと立てて見せた。
「とは言え、山口君妊娠の可能性は、現段階で僕らが持つ情報では、
『100%ありえない』と言い切れないのも…また科学的事実です。」
「え…?先生、ちょっと…」
確かに、武田の発言は、科学的には…正しい。
だが、折角纏まりかけた話が…戻ってしまう。
「ですから、それがはっきりするまで、僕達は…待ちましょう。
これは、『二人のキモチ』が何よりも大事なことですからね。
温かく見守ってあげる…これこそが、僕達ができる、
『最善かつ最愛』のサポートではないでしょうか?」
武田の提案に、当事者以外の全員が深く頷いた。
当事者としても…そっとしておいてくれるのは、大変有り難い。
月島と山口も、小さく頷き、了承の意を示した。
「では、本日の『烏野会議』は、これにて終了です。これからは…張り切って練習です!!」
「はいっ!!!」
一糸乱れぬ『良いお返事』で、本日の部活がようやくスタートした。
***************
「…で?結局、どういうコトだったの?」
「どうって…俺の方も、ツッキーに質問があるんだけど。」
部活が終わり、いつものように二人並んでの帰り道。
とうに日は落ち、少ない街灯の中、ゆっくりと歩く。
もうすぐ互いの家への分岐点。だが、まだ話し足りない。
そんな時には、幼い頃からの秘密基地…児童公園へと足を向ける。
誰も居ない公園の、植栽に殆ど埋もれてしまったベンチに、静かに並んで腰を下ろした。
「どうしてツッキーは、断言してくれなかったの?
…俺が妊娠してるなんて、100%有り得ないって。」
そう。僕にははっきりわかっていた。そんなことは有り得ない…と。
「僕達は、排卵日に…いや、今まで一度も、妊娠に至るような行為を…してないんだからね。」
それどころか、僕は山口を『触った感じ』すら…知らない。
だから、西谷に聞かれた時に…言えるわけがなかったのだ。
何度も、僕は「そんなわけない」と言おうとした。
「皆が勝手にどんどん話を進めるから…言い出せなかったんだ。」
これも、嘘じゃない。
でも、100%…正しいわけでもない。
何となく、それを言うのは…嫌だったのだ。
「皆が俺達のこと、どう思ってるかは別として…俺達、実際は『意外と清い』関係だよね。」
現段階では、という限定付きだけど。
…これもまた、実に正確な表現である。
不測の事態とも言うべきアクシデントにより、僕と山口は…キスをした。
そして、お互いのことを『ただの幼馴染』ではなく、
それ以上の相手として自覚していることも…判明している。
このままいけば…『異常に仲の良い幼馴染』になる、かもしれない。
そんな、実にあやふやで曖昧な関係であるのが…現状だ。
「ところで、僕の方の質問にも答えてもらいたいんだけど。
どうして今朝…ウチから逃げてったの?」
「そ、それは…忘れ物をしたから…」
「部活に必要なものなら、ウチにあるのを貸してあげたのに?」
「つ、ツッキーには、借りられないもの、だから…」
この様子では、山口は口を割らないだろう。
僕は正攻法を捨て、若干卑怯な手を使うことにした。
「忘れ物というのは口実で…本当は、病院に行く必要があったんじゃ…
やっぱりお前、どこか具合が…?」
「違う!それはない。俺は本当に健康だから…心配しないで。」
「心配するなと言われても…無理でしょ。
それともまさか、『僕以外』と産婦人科にかかるようなことを…」
「なっ!?それこそ、絶対有り得ないよっ!!100%ないからっ!
本当に、ただただ…健康すぎるだけ、だから…」
すぐ横にある、山口の掌。
僕は指先だけで、山口の指先に、そっと触れた。
「僕に嘘は…隠し事はしないで。」
触れた指先を、指先で少しだけ握った。
山口は観念したように大きく息を吐くと、
夜目にも分かるほど赤面しながら、ポツポツと話し始めた。
「夢を…見たんだ。」
「夢…?」
「それで、びっくりして目を覚ましたら、その…」
…成程。それで、慌ててトイレに駆け込んでいたのか。
「まさか、ツッキーに『下着貸して』なんて言えないから…黙って飛び出して、ゴメン…」
あと、ツッキーの部屋で、その…そっちも、ゴメン。
消え入りそうな声で、山口は白状した。
真相を知った僕は、首を横に振った。
「謝る必要はない。むしろ、言い辛いことを言わせて…悪かった。
山口が『至って健康』だとわかって、安心したよ。」
「ツッキー…」
僕の言葉に、山口は心底安堵したように、表情を和らげた。
「だから、最後に一つだけ、『はい』か『いいえ』で答えてくれる?
…その『夢』に、僕は出て来たの?」
「っ!!!」
沸騰しそうな程の赤面が、如実に答えを示していた。
僕の『今日の機嫌』は…最高潮で終わりそうだった。
- 完 -
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※危言危行→言葉と行動を清く正しくすること。または、言葉と行動を厳格にすること。
(アブない言葉とか行動…ではないそうです。残念なことに。)
※ラブコメ20題『16.想像力と行動力が豊かすぎます』
(サブテーマ→指に触れる愛が5題『指だけ、そっと』)
2016/04/22(P)
: 2016/09/08 加筆修正