※第4話と最終話の間…ハーフタイム的な話です。



    掌中之珠







「それでは、第86回月島・山口二家族会議を開催する。」
「カンパ~イ!!」


月島家1階。縁側に面した8畳の和室に、大きめの座卓が置かれている。
昔からよくここで、二家族が集まって食事会等を開いてきたのだが…
10年ちょっとで86回にもなるようだ。
二月に1回くらいのペース…その頻度もさることながら、
それを数えていた人が存在することの方に、明光は苦笑いしてしまった。

目の前では、いつも通りの風景…
様々な料理が並び、酒を酌み交わしながらの歓談だ。
これのどこらへんが『会議』なのか。『会議』と思っているのは…
ウチの親父と、山口母、そして蛍ぐらいじゃないだろうか。


「この『和気藹々』の見本みたいな状況…黒尾さんが見たら、泣くかもね。」
「『両家揃って大パニック』なんて…兄ちゃん、話を盛り過ぎでしょ。」
「そのぐらい盛らないと、黒尾君達は動いてくれなかったよ。」

忠と蛍の言う通り、今回のドタバタ、俺もそんなに心配していなかったけど…

「いや、今回は結論として私の早とちりだったとは言え…
   忠が蛍君と一緒じゃなかったことについては、本当に驚いたのは事実。」
「山口さんが『慌てて電話』ってだけで、私も一緒に焦っちゃったのよね~」

『二人が単品』など、私の計算外…全ての『前提条件』が覆された気分だったよ。
山口母は、学者然とした発言をしながら、稲荷寿司を頬張った。

「それで、実際のトコロ…蛍くんと忠は、喧嘩なんてしてないんだよね?
   もし忠が蛍くんに嫌われちゃったら…て思ったら、僕、夜も寝られなくて…」

出会った時からまるで変わらない、忠の父(年齢不詳)は、
隣に座る蛍を、今にも泣きそうな顔して見上げている。

「大丈夫です。おじさんにもご心配お掛けして…すみませんでした。」
「よかった…蛍くんの口から、直接そう言って貰えて…やっと安心したよ。」

蛍に手渡されたお手拭きで、潤んだ目尻を押さえた山口父…
忠のおどおどした控え目な態度と涙もろさは、父親ソックリだ。


「それで、明光…今回の件、我々に説明を。」

忠にお酌をしてもらいながら、月島父が緩み掛けた頬と場を、少し引き締めた。


「皆も予想してた通り、ただの誤解と思い込み…それだけのことなんだけどね。」

忠は、俺の事務所で正式に働くため…補助者登録のために帰省したこと。
その手続等に戸籍謄本が必要だったため、役場に出向いたこと。
迎えに来た好青年は、二人が普段から大変お世話になっている先輩で、
忠はその黒尾先生の下で、今後は働くことになった…

遺言公正証書の話(そんな言葉を出せば親父共が卒倒する)等、
混乱を招く細部はあえて省き、俺は両家の親達にざっくりと説明した。

「…というわけで、黒尾君は忠の婚約者でも何でもないから。
   むしろ、両家の誤解のせいで、黒尾君にはすっごい迷惑を掛けちゃったんだよ!」

ホントにもう、昔から皆、勝手に突っ走りすぎなんだから…以後気を付けてよ?
それで、話を続けるけど…

黒尾君は俺の部下として2年間修業しつつ、東京で開業することになった。
その事務所ビルの上階に、忠と、それに黒尾君も住むことに…

「た、忠君っ!その、黒尾とかいう奴と、一緒の家に住むというのか…っ!!?」
「おじさん、明光君の話…最後まで聞いて?
   事務所が1階、2階に俺で…黒尾さんは3階だから。ちゃんと『別世帯』だよ。」
「そ、そうか…それならば、まぁ良しとする…か。」

勝手に突っ走るなと言った傍から、親父は暴走してしまった。
暴走を宥めるように、忠は小皿に煮物を取り分け、笑顔で親父に手渡した。


「あ、それじゃあもしかして…やっと蛍くんは、忠と一緒に住んでくれるのっ!?」
「月島さんは、蛍君のアパートを契約解除…退去は一月以内か。
   これを機に同居とは、実に合理的判断。さすがは蛍君だな。」

「え、あ、そうなんだけど…ツッキーと一緒に住んでも、いい…のかな?」

こちらが説明する前に、山口家では『万事了承』…のようだ。
あまりにアッサリした両親の快諾に、忠ですらポカンと口を開いたままだ。


「あらあら、それじゃあ蛍は…やっと忠ちゃんに言ったのね?
   『僕と結婚して下さい』って…」

それならそうと、早く言ってくれないと。
お稲荷さんじゃなくて、お赤飯を用意しなきゃいけなかったのねぇ~

今度はのんびりとした声で、月島母が大暴走。
蛍と忠は同時にお茶を吹き出し、月島父は白目を剥いてビールをひっくり返し、
山口父は真っ赤な顔を両手で隠して「ひゃぁぁぁ~~~」と涙ぐむ。
その横で、山口母は淡々と刺身醤油にワサビを溶く…

地獄絵図…まさに、これのことじゃないだろうか。
誰一人、俺の話を最後までちゃんと聞こうとしない…
黒尾君達を引き込むため、少々話を盛ったつもりでいたが、
現実としては、俺が盛る以上に、両家は勝手に盛り上がってしまうのだ。

黒尾君、赤葦君…ホントにゴメン…
こっそりと心の中で謝罪しながら、俺は手をパンパンと叩き、皆を落ち着かせた。


「はいはいそこまで!まだ学生だし、結婚はもうちょっと先!!
   とりあえず2年間…黒尾君の独立と蛍達の卒業までは、ただの同居…」

「蛍君、それは『同居』ではなく…正確には『同棲』と表現されるものでは?」

山口母の尋問に、蛍は喉を詰まらせ…黙って下を向いた。
だが、昔から山口母を『隊長!』と慕っていた蛍は、その命令には背けず…
小さな声で「隊長の言う通りであります…」と呟いた。

「忠と、蛍くんが…結婚を前提にしたお付き合い…よかったぁぁぁぁぁ~」
「えぇ、ホントに…おめでたいわねぇ~♪」
手を取り合って喜ぶ、山口父と月島母。

「忠君…これは本当のことか?蛍と同棲…即ち、婚約してくれたんだな!?」

ついに…ついにこの日が…!!
感極まって声を震わせる月島父。その手を忠は取り、静かに言った。


「おじさんに…皆も、お願いだから…話は最後まで聞いてよ。
   皆がそうやって暴走して急かすから…ツッキーが動きたくも動けなくなるんだよ。」

だから…ね?黙って聞いて。

忠の懇願に、月島父は表情を引き締め、「皆、静粛に。」と咳払いした。




***************





「僕と山口が、一緒に住むことについて…了解して頂きありがとうございます。」
「俺らのこと、認めてくれるのは嬉しいけど…その、皆は、えっと…」

「一般的とは言い難い…『普通』じゃなくてもいいのか?って…
   蛍と忠は聞きたいんだよね?」

俺の言葉に、二人は深く首を縦に振った。

世間的には『イレギュラー』に該当する関係である。
こんなにすんなりと、しかも歓迎されていいものだろうか…?


「何が『普通』の結婚か…一般的と言えないのは、ウチもそうかもしれないの。」

私達月島夫婦も、あなた達と同じ『幼馴染』同士だったんだけど、
私がお父さんからプロポーズされて、実際に結婚するまで…25年かかったわ。

「…は?」

そんな話は…聞いたことがない。
いや、自分の親がどういう経緯で結婚したかなど、かなり大人にならないと…
それこそ、自分が結婚するという際に初めて聞くという人も、多いのではないか。
特に『息子』であった場合には、詳しく聞いてみたいと思うことも、機会もない。


…兄弟揃って唖然としながら、我が父母の話に耳を傾ける。

君と結婚することにした…幼稚園の時、お父さんにそう宣言されたんだけど…
そのままずっと『幼馴染』…高校卒業時に、周りから『付き合ってんだろ?』って、
言われて初めて「そうだったのか…」と、お父さんはやっと自覚したのよ~
それから、特に変化することもなく…四半世紀経って、事態急変して今に至る、なの。

「父さん…いくら母さんがのんびり屋さんでも、それは待たせ過ぎでしょ。」
「お前も同じように忠君を待たせ過ぎていないか…だから心配だったんだ。」

こうしてみると、出会って10年そこらでケリが付くのは…『普通』かもしれない。


「『普通』かどうか…ウチだってかなり怪しいんだよね~」

僕達が出会ったのは、大学…お母さんの研究室だったんだ。
既に『学問の徒』として、研究者の道を邁進していた先生…
僕は、たまたま先生の研究室に出入りしてた業者の、しかもバイトだったの。
色恋とは無縁と断言されていた先生が、出会って2週間でただのバイトと婚約…
2カ月後にソッコーで結婚しちゃったから、大学でも大騒ぎだったみたい。

「電撃・格差・年の差婚…『三冠』達成だと、大学の伝説だ。」
「父さんが、母さんより『一回り』も年下なのは…そういうことだったんだ。」

予想通り・対等・同い年の、蛍と忠…『三冠』よりはずっと『普通』だ。


「つまり…何が『普通』の結婚か…なんてのは、誰にもわからない…」
「そんなのは、結婚の『本質』に比べたら、ほんの些細なこと…か。」

世の中には、色んな夫婦が存在する。一組とて、同じ夫婦は存在しない。
それは、そうなのだが…

「僕達は、現代の医学では…子どもができる可能性は極めて低い。」
「『可愛いお孫ちゃん』の顔は、見せられないかも、なんだけど…」

心から申し訳なさそうな顔をして、蛍と忠は尋ねた。
横で見ていた俺は、こんな『言いにくいこと』をちゃんと両親に言えた二人に、
心の中で驚き…すごい勇気だなと、心の底から尊敬した。

だが、俺達三人の葛藤やら何やらも…両家の親達には通じなかった。


「母さんの策略によって、明光が生まれた後…私は単身赴任を余儀なくされた。
   週末しか会えない家族…だいぶ経ってから、次男の蛍が生まれた。」

久々に帰って来ても、明光の後ろばかりを追い掛け、全く私に懐かない蛍。
これっぽっちも可愛げがない、子どもらしさの欠片もない…

「本当に私の子だろうかと…常々疑問に思ってみたりしたよ。」
「お父さんったら…可愛げがないトコが、瓜二つじゃないの~」

色々ととんでもないことを、笑いながら暴露する両親。
泣きそうになっている蛍が不憫で不憫で…俺はそっと頭を撫でてやった。

「そんな中、唯一私に懐いてくれた忠君…溺愛して、何が悪いんだ。」

親子の血の繋がりなど…私にとって大した問題ではない。
忠君が実質『ウチの子』であることが、私にとっては最重要だ。
ちなみに、蛍と私は遺伝子検査により…父子関係はほぼ100%確定だ。
どうしてこんなに似ていないのか、実に不可解だな。


「実に不可解なのは、我が家も大差ないかもしれない。」

研究の妨げになる…特に子どもも欲しくなかったし、なかなかできなかった。
別にそれで何ら不都合等は感じていなかったが、私達の実家双方から泣きつかれ…
渋々不妊治療を開始したものの、最初に行ったのは普通の産婦人科。
幸せそうな妊婦達の間に挟まれ、居心地の悪さといったら…論述し様がない。
次に行った専門病院は、とにかく人が多く…しかも、独特の重苦しい切迫した空気だ。
そんな息詰りそうな中で長時間待たされ、排卵日毎に拘束され…

「こんな苦行は、許容外…治療を止めた途端、何故かあっさり妊娠だ。」
「不妊治療の方が、お母さんにとっては…物凄いストレスだったのかもね。」

子どもなんて、ホントに…授かり物だよ。神様の気まぐれでしかないんだよ。
忠なんて、懸命な医学的治療をガン無視して、ポコっとデキたんだし。
子どもができる可能性は、性別関係なく…『運次第』だって思うな。

「だから、蛍君も忠も…そんなことを気に病む必要はない。
   状況に応じて、それに相応しい関係を構築する…その方がはるかに重要。」


いかにして自分達がこの世に生を受けたのか…
予想だにしなかった話に、俺達は三人とも、絶句するしかなかった。

黙りこくる俺達に、両家の親達は実に朗らかに微笑みながら、断言した。


「私達『親』にとって、一番大事なことは…『我が子が幸せかどうか』だけ。」
「些細な事に拘って、『本質』を見失うことの方が…愚の骨頂だよ。」
「周りからどう思われても、蛍くんと忠がラブラブなら…それでいいじゃん?」
「可愛い忠君と…蛍や明光が幸せならば、我々はそれで十分だ。」

ちょっと『普通』の感覚とは違うかもしれない。
だが、自分達を心から愛してくれている…大事な家族達。
その家族からここまで祝福されるなんて、とんでもなく幸福なんじゃないのか。

蛍と忠はお互いに顔を見合わせると、肩から息を吐き出し…
やっと表情を和らげ、嬉しそうに微笑んだ。

「あ…ありがとうございます…」
「俺達、二人で一緒に…頑張るから!」


それでは、めでたく両家の婚約が纏まったということで…改めて乾杯!!
という、月島父の(やっぱり話は全然聞いていなかった)音頭に、
蛍と忠はキョトンとした顔をしたが…もう、そういうことで決定らしい。


真っ赤な顔を見合わせ、固まる二人。

「これで…良しってことに、しとこうよ。」と、俺はそっと二人の肩を抱いた。





***************





「僕達両家はいいんだけど、やっぱり世間的にはちょっと…イレギュラーだよね?
   忠達と同じ家で暮らす…一緒に仕事をする黒尾くんだっけ?その…大丈夫なの?」

大分酒が回り、大騒ぎになってきた二家族会議。
その中でも、『元祖ウワバミ』は、全く変わらない表情で、明光達に耳打ちした。

小さな声だったはずなのに、皆にはしっかり聞こえていたらしく、
興味津々に『蛍と忠の(お互い以外の)親しい知り合い』の話に首を突っ込んできた。


「学生の身で開業…ゆくゆくは個人事業主だから、不安定かもしれないけど…」

就職先がこれだと、親としては心許無いだろうが、彼なら大丈夫…
そう言いかけたが、親達は『仕事面』でも、一般的ではない感覚を持っていたようだ。

「会社に所属することが、イコール安定…そんなのは、高度成長期の幻想よね~」
「一部上場の大手だって潰れる。会社の平均寿命だって、30年程度…たかがしれている。」
「それよりも、『手に職』がある方が、ずっと生存率が高いよ?」
「私は黒尾君と少し話したが…ぜひ私の研究室に欲しいぐらいだったよ。
   穏やかそうな好青年風だったが…実に理知的で聡明。王者の器を持つ男だ。」

黒尾の被った『猫』ではなく、『素』の姿を見抜き…山口母が高評価を与えた。
この事実を以って、『仕事面では全く問題なし』と、親達は判断したようだ。


「仕事の方はいいとして…恋愛とか結婚観は、どうなのかしら?」

月島母の質問には、俺達三人は自信満々に「大丈夫!」と言い切れた。

「彼の専門は離婚…『失敗例』を見続けたせいか、俺達以上に『超イレギュラー』だよ。」
「年齢や職業、人種や性別…そんな『細事』には、全く囚われない人だね。
   恋愛や結婚に関しては、『本質』を最も重視…せざるを得なかったんだろうね。」
「しかも、ツッキーでさえ頭が上がらない、超~優秀な参謀…『お相手』がいるんだ!」

だが、この『太鼓判』に、何故か不安を感じてしまった者が…約一名。

「お前達だけじゃなくて、山口先生すら認めるような男…
   それに、更にもう一人、超優秀な奴が居るとは…蛍に勝ち目なんてないじゃないか!」

忠君が、もしそいつらに…おじさんは、それが一番心配なんだ。
そもそも、黒尾何某は、明光の仕事のために来たと言ったが…
何故忠君を家まで迎えに行き、共に役場へ行ったのだ!?私はまだ納得してないぞっ!

まずい…このままだと、今までの話し合いは全て水の泡…
話をふり出しに戻しかねない月島父の暴走に、忠は慌ててストップをかけた。

「おじさん!黒尾さんは…俺が、『証人』として呼んだんだよ!
   その…戸籍謄本と共に出す文書に必要な、二人の『証人』になってもらうため…」

忠の発言は、ほぼ100%…間違っていない。
遺言公正証書の作成には、親族等以外…利害関係のない二人の証人が必要なのだ。
黒尾君と赤葦君には、いずれそれを頼むつもりでいた。だから、嘘ではない…


咄嗟に出た忠の言葉に、両家の親達は…息を飲んだ。
やはり、そういうことだったのか…と、神妙に頷き合う。

そして、今までの大騒ぎが幻だったかのように…真剣な面持ちで蛍達を見た。


「我々4人としては、蛍と忠君の二人が、結婚を前提に同棲…大賛成だ。
   だが、そんなに優秀な奴等とも一緒となると、安心する反面…不安がある。」
「あなた達を信用してないっていうわけじゃないの。
   ただ…私達を、安心させて欲しいのよ。」

月島夫妻の言葉に、蛍と忠は困惑の表情を浮かべている。
じゃあどうすれば…と聞く前に、山口夫妻が補足した。

「今回の件で、『済し崩し的』に同棲及び結婚…それでは、少々心許無い。
   やはり、一定の『けじめ』や『形式』が必要…私達は、そう考えている。」
「『蛍くんと忠は大丈夫』って、僕達4人が納得できるような…
   今回みたいなことにならないように、それを示す『カタチ』を見せてほしい。」


あぁ…そういうことか…
勝手に暴走して、事態を引っ掻き回しただけだと思っていた。
だが、両家の親達は、全てを見越した上で…あえて火を付けてまわったのだろう。
さすがは、俺達の親…その『策』の深さに、俺は舌を巻いた。

未だに首を傾げる蛍と忠に、俺は親達の求めるものを…はっきり教えた。


「二人の想いが『ホンモノ』であることを示す『カタチ』を出すこと。
   それが、両家の総意…お前らの同棲を認める条件ってことだよ。」

戸籍謄本と共に出す文書…証人が二人必要なモノがあるでしょ?
鞄の中のファイルから、常備している『書類』を取り出し、机の上に置いた。

「こっ、これって…」
「ま、まさかこれを…」

初めて見る、茶色い文字で印字された薄い紙に、蛍と忠は言葉を失った。


「黒尾君達に、証人欄に署名してもらった『婚姻届』…
   これが、両家が求める『けじめ』だよ。」





***************





「何だか…とんでもないことに、なっちゃったね。」
「相変わらず、やりたい放題というか…」


まだまだ紛糾?する会議?を抜け、蛍と忠、そして俺は、蛍の部屋に上がってきた。
予想通りとは言え、俺達の話はほぼ聞かず…思う存分大暴走してくれた。

昔から、こんな感じで親達が大騒ぎするもんだから、
間に挟まれた蛍と忠が、一歩引いた所から周りを見るようになったのだろう。


そして、周りが勝手に騒ぎすぎるから…蛍は一歩踏みとどまり、反発し、
自分達の勢いでは前に進めなくなった…のかもしれない。俺もちょっと反省。

もうちょっとだけ、そっとしておいてやった方が良かったのかもしれないが、
それではきっと、いつまで経っても先に進めなかっただろうことも、また事実。
…25年待たせた遺伝子を、色濃く継いでいるんだから。


「それにしても、自分の親達の馴れ初めだとか…結構衝撃的だったね。」
「月島夫妻が結婚に到った『事態急変』…俺、気になってしょうがないよ。」

忠はそう言うが、山口夫妻のどちらがプロポーズしたのか…俺はそっちが気になる。
『事態急変』のネタを色々考える二人に、俺は『答え』を教えてやることにした。

「蛍は、ウチの戸籍謄本…見たことある?」
「いや、ないけど…」

「俺も、サムライ業登録の時に初めて見たんだけど、多分…『デキ婚』だよ。」
「えっ…!?」

デキ婚とは、『できちゃった婚』…つまり、明光妊娠発覚後に、両親は結婚したのだ。
確かに、そのぐらいのインパクトがある『事態急変』が起こらない限り、
あの親父は動かなかったかもしれないが…

さすがの兄も、これには衝撃を受けたのでは…と、弟は少し案じて顔色を窺ったが、
当の本人と…山口は、事も無げに笑っていた。


「仕事柄、色んな人の戸籍を見る機会があるけど…結構多いよね~」
「パッと見で…わざわざ計算しなくても、わかっちゃったよ。」

特に昭和中頃迄に出生した長男の中には、一見『デキ婚』っぽい人をよく見掛ける。
これは『デキ婚』が多いというよりは、『長男がデキなければ籍を入れてもらえない』
…という、家制度の名残である。

そして、長男以外は結婚できなかった時代も、そんなに『大昔』じゃない。
婚姻の成立だって、男性が女性の家に行く『通い婚』が長い間『基本』であり、
子どもは母親の実家で育てられるのが『普通』だった。

戸籍を見慣れている法律系の人間…明光と山口にとって、
『デキ婚』など、ほんの些細なこと…何ら特別感はなかった。


「いわゆる『普通』…きちんとした夫婦や家族のカタチなんて、
   少し前の為政者達にとって、都合がいいってだけだし。」
「家制度こそ、長い日本の歴史からしたら…イレギュラーそのものだよね。」

何が『普通』なのか…
それは時代によっても違うし、『常識』はただの『政策』かもしれない。
こんな『一時代の思い込み』のために、結婚の『本質』を見誤るのは…むしろ滑稽か。

結婚だけでなく、恋愛観だって、時代と共にあっという間に変わる。
「たった20年ちょっと前まで、『やおい』は片身の狭いもので、
   ひっそりこっそり、隠れて楽しむものだったのに…」
「今や本屋に堂々と『BL』コーナーがあって、男性愛好家だっているもんね。」
「恋愛の『一形態』として、市民権を得つつあるかもしれないね。」

だからこそ、世界中で『オメガバース』という設定が人気を博し、
許容量の大きさと、想像力に長けた人々が増えた…これは『平和』の鍵となる資質だ。
友情、連携、フェアプレー、相互理解に…世界平和。
まさに『五輪』の精神に通じるものが、あるような…ないような。



そう言えば…と、『人類皆兄弟』に流れそうな話を、月島は遮った。

「さっき父さんが、『母さんの策略で』兄ちゃんが生まれ…って言ってたよね?」
「つまり、『できちゃった婚』と言うよりは、
   『してやったり婚』だったんだね~おばさん、凄いや!」
明光君の策士っぷりは、おばさん譲りかぁ…なんか納得。

山口の賛辞に、まぁね~♪と嬉しそうにピースサインをした兄は、
それはいいとして…と、真面目な顔に戻って話題を転換した。


「ま、そんなわけで、明日の朝一番に、黒尾君達の署名…貰ってきてよ。」

明後日から親父は出張、山口先生も学会…明日晩までに『けじめ』を提出しろって。
今のうちに、その旨を黒尾君に伝えておけば…

兄はそう言いながら、ポケットから携帯を取り出し、黒尾に電話をかけようとした。

「ちょっと明光君!ダメだよ!その…い、今…何時だと思ってんの!」
「え~?もう晩ごはんは食べ終わっただろうし、
   寝るにはまだ早い…『いい具合』の時間だから、大丈夫でしょ?」

不思議そうに首を傾げる兄の手から、二人は慌てて携帯をもぎ取った。

「今このまま電話掛けたら…どうなると思う?」

やっと終わった納品&ゴタゴタ。
ホッと一息ついて手足を伸ばし…高ランクのホテルに宿泊中なのだ。
手足『以外』も『いい具合』に…イロイロと『伸ばし中』に違いない。


今回、計算外の『業火』が上がった『元々の』原因…思い出してよ。
この『火消し』が実は一番厄介だったこと…もう忘れたの?

「慣れてる俺ですら、昨日の『乱入』は…かなりキちゃったよ?」
「また同じことをしたら…赤葦さんに『消し炭』にされるから。」

鬼気迫る表情で『乱入、絶対ダメ!』と言い寄る弟達に、
明光は渋々、携帯をポケットに戻し入れた。


「ま、そういうことなら…邪魔者は退散しようかな。」

修羅場も抜けたし、二家族会議も無事に終わったし…一件落着だね。
二人でゆっくり…今後のことを話し合いなよ?


明光はそう言うと、お疲れさま~!と弟達の頭を撫で、
ごゆっくり~♪と片目を瞑って、部屋から出て行った。





***************





兄が出て行き、二人きりになった部屋。
階下からは時折、楽しそうな『団欒』が響いてくるが、
二人は静かにベッドに腰掛け、沈黙していた。


「ツッキーの部屋でゆっくりするの…久しぶりだね。」
沈黙を破った山口の穏やかな声に、月島もようやく一息付いた。

「この数日間、いろいろありすぎて…」
こうして『二人きりでゆっくり』したのも、随分久しぶりだ。

思い返すと、落ち着いた場所で二人きりになれたのは…
3日前の晩、『酒屋談義』で人魚姫の話をして、
やっと想いを告げ…『お付き合い』を始めて以来じゃないか。


「付き合うことになって、次の二人きりは…もう婚約者なんだね。」
「月島夫妻並の『事態急変』で、山口夫妻級の…『電撃』具合だ。」

…なんだ、ただの遺伝じゃないか。
親に似ただけ…そう思うと、肩の荷がスッと下りた気がした。

賑やかな笑い声が、扉の向こうから聞こえて来る。
二人で顔を見合せ…こちらも笑い合った。

「僕達、周りに振り回されてばかりだね。」
「でも…そのおかげで、前に進めてるよ。」


まるで昔話の老夫婦のように、『安定』しきった幼馴染の関係…
その変更を余儀なくされたのも、予測不能な外圧に翻弄されたからだ。

『非常に仲の良い幼馴染』から、『異常にイイ仲の幼馴染』に変わったのも、
排球部や学校の知人達による『思い込み』と、流行り風邪…
感冒ウィルス感染という、『外圧』がきっかけだった。

付き合うことになったのも、黒尾と赤葦の存在あってこそ。
彼らと何となく『酒屋談義』を続けていくうちに…である。

「様々な外圧に曝されてきたけど、結果は…上々かな?」
「そもそも恋愛って…『外圧』がないと発展しないのかもね。」

一昔前まで、『普通の結婚』は…お見合いだ。
これなどまさに、『外圧』がなければそもそもスタートしない関係である。

「とりあえず、流されてみる…山口の作戦、大成功だったね。」
「恋愛も結婚も、『当事者』の気持ちが大前提なんだけど、
   むしろ『鍵』になるのは、『当事者以外』の存在…だったりする?」


静かな室内に、穏やかな空気が流れる。
どちらからともなく、手を握り合い、肩を寄せ合う。

「ツッキーは…良かった?俺と…婚約することに、なっちゃったけど…」

繋いだ手にギュっと力を込め、山口は月島に尋ねた。
同じように強く握り返しながら、月島は微笑んだ。

「これで、『どうお付き合いしていいかわからなくなった』っていう、
   山口が家出した『元々』の悩み…解決しちゃったね。」

だってもう…婚約者なんだから。
近いうちに来る『結婚』を前提にしたお付き合い…これで確定だよね。

月島の言葉に、山口はポカンと口を開き、そして嬉しそうに頷いた。
今回の事態の『元々』のスタート…山口自身の疑問も、見事に解決だ。


月島は山口の頬を両手で包み…昨夜の『乱入前』の、続きを告げた。

「2年後…僕達が卒業し、黒尾さん達と共に、無事開業できたら…
   その時には、ちゃんと改めて、『婚姻予約』を…『確約』にしよう。」
「今度は『2年後』っていう期限付だから…安心だね。」

あと2年ぐらいなら、俺も余裕で『待てる』…かな。
山口も同じように、月島の頬を両手で包み込み、柔らかく微笑んだ。


「ずっと一緒に居られるよう…黒尾さん達と一緒に、頑張ろう。」
「うん…っ!!」


二人を祝福するような、階下からの温かい声。
それに背を押されるように、二人は額を合わせ…誓いの口付けを交わした。



- 続 -



**************************************************


※掌中之珠→最も大切にしているもの。最愛の家族や子ども。
※隊長の命令は絶対 →『心悸亢進
※非常に仲の良い幼馴染へ…→『月山論文』シリーズ
※異常にイイ仲の幼馴染に…→『炎症の五大兆候』シリーズ

※所定のフォーマット(戸籍法)さえ守れば、婚姻届のデザインは自由です。
   (ただし、A3で印刷すること。) →下図みたいなのもアリです(クリックで拡大)


※月島・山口の両親に関しましては、フィクションであり、実在の人物とは無関係です。
   (側方ツキシマから抱え込み半ひねりヤマグチ…ぐらいの妄想)



2016/08/07(P)  :  2016/09/25 加筆修正

 

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