▲ご注意下さい!▲
この話は、『R-18』すなわち、BLかつ性的な表現を含みます。
18歳未満の方、性描写が苦手な方は、閲覧をお控え下さい。
(閲覧により不快感を抱かれた場合、当方は責任を負いかねます。)
また、第4話『王子不在』の、単なる『補足(おまけ)』です。
読まなくても当シリーズの完結には影響ございません。
それでもOK!な方 →コチラをどうぞ。
唇が、ゆっくりと近づいてくる。
柔らかく暖かい感触が、ほんの少し触れた瞬間…
雷に打たれたような衝撃が、体の中を突き抜け、
全身がぞわりと粟立ち、熱が駆け巡った。
あぁ…これを、この瞬間をずっと、待ち望んでいた…
そのことを、二人ははっきりと実感した。
今日一日、二人きりで買い物を楽しみ、自覚した想い。
今までは『可能性』よりも『蓋然性』に近かったとは言え、
まだ『必然』ではなかった…二人の関係。
それがようやく、ひとところに落ち着こうとしていた。
友人としては『近すぎる』距離を誤魔化すために、
その距離に相応しい関係を…『ごっこあそび』し続けた、高校時代。
最近になって、やっと『ごっこ』をやめると決意したのだが…
決意してからここまで、かなり早かった気がする。
本当は、ずっとこうしたかったくせに。
勝手に言い訳して『ごっこ』に逃げ、『かけ引き』と言って腹を探り合う…
ただただ、自分を曝すのが、怖かっただけだ。
そんな自分達の『隠してきた』実態や本心も、
キスだけで、ごくごく簡単に『露わ』になってしまった。
互いを求めて止まない衝動が、それを隠しようもなく自覚させる。
欲しい、もっと欲しい。
奥底から沸き上がる激情に流されるまま、
互いの背をかき抱き、唇を重ねあう。
呼吸する間すら惜しく、ただ己が求めるがまま、
何度も何度も唇を合わせ、湿った呼気を飲み込んでいく。
駄目だ。こんなんじゃ…全然足りない。
赤ずきんを飲み込んだ狼のように、お互いを食いつくしてしまいたい…
そんな欲望にすら駆られ、互いの唇を唇で食み、その柔らかさを舌で味わう。
「くろお、さん…」
潤んだ瞳が、その欲を饒舌に語る。
あかあし…と、声にならない声で名前を呼び、
呼びながら開いた唇は、更に深く吸いとられてしまう。
あぁ…このまま本当に、丸ごと食べてしまいそうだ。
チラチラとのぞく紅い舌。
そこに自分の舌を絡ませた瞬間、腹の底から突き上げる『欲』が、
同時に唸り声を上げ…二人の動きを止めた。
「お腹…空いたみたいですね。」
「欲望に忠実なカラダ…だな。」
そう言えば、買い物に夢中で、昼ごはんの後から、何も食べていない。
今はもう、すっかり夕刻…晩ごはんまで『もう少し』という時間だった。
黒尾は名残惜しそうに赤葦を離すと、
雨に濡れてクセの強く出た赤葦の髪を、優しく撫でた。
「そこのコンビニで、何か買ってくるから…お前は先に、風呂入っとけよ。」
「よろしいんですか?それじゃあ、ガッツリと…ご飯多めでお願いします。」
玄関先で黒尾を見送る赤葦。
その首根っこを掴まえ、音を立ててキスをすると、
行ってくるぜ…と、黒尾は『出勤』のごとく出て行った。
「お早いお帰り…お待ちしてます。」
閉まった玄関扉に向けて、赤葦はこっそり呟いた。
***************
「うっ…。」
「おや、まぁ…奇遇ですねぇ。」
買い物をしていた最寄のコンビニの、自動ドアが開く。
新たな来客者は…よく見知った顔だった。
ここは、山口宅からも『最寄』…当然、出会う可能性は、充分考えられたはずだ。
そんなこともすっかり忘れ、浮わついた気分でアレコレ買っていた黒尾は、
山と積まれたカゴの中に注がれる視線に、居たたまれなくなった。
「つ、ツッキーは、ここに、ナニしに…?」
「僕ですか?僕はただ…ごま油が切れたんで、そのおつかいですよ。」
黒尾さんは…随分と『空腹』のようですねぇ?
どう見ても『一人分』ではない量に、月島はニヤニヤとイヤラシイ笑顔を見せた。
「まぁ…『オメデトウゴザイマス』って…言っときましょうか?」
「うるせぇよ…『アリガトウゴザイマス』って…感謝しとくぜ。」
表面上は爽やかな笑顔で…肘で脇腹を小突き合う。
『場所』を借りている以上、今日は完全に、俺に分がない。
苦々しくそう思っていると、月島はふと真面目な顔付きになり、
黒尾のカゴから勝手に数個取り出した。
「あ、おい…」
「水分補給は大切ですが…スポーツドリンクは、あまりオススメしません。」
月島は冷蔵庫にボトルを戻すと、別のもの…
蜂蜜入の黄色いビタミン飲料を、数本カゴに入れた。
「理由…教えてもらえるか?」
「体力勝負=スポーツドリンク…間違ってはいませんが、
完全に『体育会系』の発想ですよ。部活じゃあるまいに。」
僕達には『身近』すぎる存在…あまりにも『日常』です。
「『非日常』の特別な場には…ムード台無しです。」
「な…なるほど!一理あるな。」
意外と真面目な『ありがたい』アドバイスに、黒尾は素直に従うことにした。
「あとは…そうですね、コレは止めた方がいいでしょう。」
月島はカゴから、『お泊りスキンケアセット』を出し、棚に戻した。
「いや、ソレは…あった方が助かるような、気がするんだが…」
『スキンケア用』というよりは、その…『スキン』と共に『ケア』…
言ってしまえば、『スベスベ』?いや、『スルスル』のために…
ごにょごにょと口の中で呟く黒尾を遮り、
月島は実に明瞭な口調で、しゃきしゃきと説明した。
「その気遣いは大変結構ですが、化粧水にも乳液にも、香料が入ってます。
もし『敏感な』方ですと、皮膚や粘膜が負けてしまうかもしれません。」
オイルの方も、一言で言うと『始末が悪い』ですから、お勧めしませんね。
あぁ、『始末』のことを考えると、布団の上にはバスタオルを…
「わ、わかったわかった!頼むから、もっと小っせぇ声で…」
慌てて月島の口を塞ごうとする黒尾の手をヒラリと躱し、
月島は要望通りの『小声』で、ポソリと囁いた。
「本棚の一番下、籐のカゴの中。」
「…は?」
「整髪剤ソックリのチューブ…きっと『助かる』はずです。
万が一の怪我に備えた軟膏や湿布薬も、そこに入ってます。」
「お…おぅ。」
スナック菓子の下に隠された『小箱』にチラリと視線を送ると、
月島はさらに小さな声で、「これも同じ場所にありますが…」と付け足した。
「ラテックス製ではなく、ポリウレタン製のものも常備してますから…
もし『りんごアレルギー』だった場合には、ご利用下さい。」
明日朝は『使いモノ』にならないでしょうから、朝食用のおにぎりとみそ汁、
あとは甘いモノにコーヒーなんかも、あると大変重宝します。
今夜に限っては、アルコールはできればナシで…
色々と『ためになるアドバイス』を垂れ流しながら、カゴに様々なモノを入れる。
黒尾は黙って、月島の話と行動に、コクコクと頷くだけだった。
「ツッキーよ…お前さん、意外と親切だったんだな。」
「僕が親切なのは、いつものことです。誰かさんと違って。」
キラキラとした笑顔を見せた月島に、黒尾はグっと押し黙った。
今日は…今日だけは、アタマが下がる一方なのだ。
「後生だから教えてくれ…その、『心構え』的なモノを。」
この際、恥だとか外聞だとかは、捨て置こう。
恥ずかしい思いをするのは俺だけだ…それで『上手くイく』なら、上等だ。
ド真面目な顔で尋ねる黒尾に、月島は一瞬驚いた顔をしたが、
同じように表情を引き締め、真摯に答えた。
「あなたは『王子様』です。『お姫様』を極楽へエスコート…
ただそれだけを心掛けて下さい。もう、それが『全て』ですよ。」
王子様自身は…まぁ、放っといても勝手に極楽直行確定ですから。
「お姫様が、第一…か。」
「当然です。それこそが、王子様唯一の『存在意義』です。」
月島の言葉を、一言一言噛み締める。
本当に、心に染み入る…『ありがたい』言葉だった。
「ツッキー…『心から感謝いたします』…だぜ。」
「いえいえ…『健闘を心より祈ります』…です。」
**********
「ツッキー、遅いな…」
隣のマンション1階にあるコンビニに、ごま油を買いに行っただけ…
それなのに、10分経ってもまだ帰って来ない。
本日挑戦する晩御飯は、たまごチャーハン…レシピの第一手順が、
「ごま油(大さじ1)を熱し…」だったのだ。
いきなりつまづいてしまい、急遽おつかいを頼んだのだが。
まぁ、別にそんなに急いでいるわけではないし、
30分以内に戻ってくるなら、全然問題ではない。
使い終わった計量カップを洗っていると、メッセージ着信の音。
『赤葦さん』という送信者名を見て、慌ててスマホを手に取った。
『赤ずきんは、どんな気持ちで狼に食べられたと思いますか?』
メッセージを読み、声を詰まらせ…喉の奥で「やった!!」と叫んだ。
ベランダに駆け寄り、カーテンと窓を開ける。
どんよりとした空。降りしきる雨。いつもより増水した川。
その向こう側のアパートの一室から、見知った顔…赤葦が手を振っていた。
山口が手を振り返すと、赤葦は窓とカーテンを閉め、部屋に戻った。
同じように山口も部屋へ戻ると、すぐに電話の着信があった。
「もももももっ、もしもしっ!!」
「もしもし、赤葦です…こんばんは。」
「あ、こんばんは…今日もお疲れさまです。」
「山口君こそ、お疲れさま。今…大丈夫かな?」
礼儀正しく、電話口で頭を下げる。
1時間程前、黒尾がツッキー宅へ前泊するという連絡があった。
その黒尾が居ないから、こうして電話してきたのだろうが…
もしかすると、今頃ツッキーとコンビニで遭遇しているかもしれない。
「あ、あの…その、えっと…」
何と言えばいいのだろうか。
きっと赤葦がそこに居るということは、つまり…そういうコトだ。
『おめでとうございます』と言いたい気分だが…下世話すぎだろう。
あちらはあちらで、何と言えばいいのか困惑しているらしく、
電話越しに、沈黙と…詰まらせた言葉が聞こえてくる。
「その…先程の、『質問』なんですが…」
『赤ずきんは、どんな気持ちで狼に食べられたのか』
ごく一般的な、『よいこの童話』から考えると…恐怖しかないだろう。
だが、赤葦の現状を鑑みると、口が裂けてもそんなことは言えない。
それに、単純にそうとも言い切れないのではないか…と、山口は思っていた。
慎重に言葉を選びながら、山口は赤葦に問い掛けた。
「狼の、お腹の空き具合は…?」
「おばあさんを食べた後…とは思えないぐらい、空腹のようです。」
狼は…赤ずきんを食べるのが、『初めて』と思われる…ということだろう。
それはそれで、嬉しいのだが…その分やはり、不安もある。
「その狼は、『がっついて食べる』派か、『じっくり噛みしめる』派か…?」
「それはまだわかりませんが…『前菜』は『ゆっくりじっくり』味わって…」
あぁ、それなら…大丈夫かもしれない。
『前菜』の後、すぐに『メイン』に飛びついていないし、
きっと『大事に大事に美味しく頂く』派の狼…なんだろう。
「最後にもう一つ…赤ずきんの方は、お腹空いてますか?」
「…そりゃぁもう、かなりの空腹っぷり、ですよ。」
クスクスという笑い声が、電話越しに伝わって来た。
どちらかというと、赤ずきんの方が…がっつきそうな勢いだった。
山口もあちらにしっかり伝わるように、声を上げて笑った。
大丈夫。心配なんて、全然要らない…それを含ませるように。
「赤ずきんが食べられるのは、もう決定事項ですよね。」
「そう…ですね。腹は坐ってます。大分減ってますが。」
「だったら…気持ち良く食べて頂きましょう!」
「そ…それだけで、大丈夫…なんでしょうか?」
赤ずきんの側に、下準備だとか、お膳立てとか、裏方作業的なものは…
もにょもにょと『食われる側』が、自ら『御馳走』になろうとしている。
その健気な姿に、山口は『きゅん』となってしまった。
『あ…赤葦さん、可愛いすぎです…!』と言うセリフを飲み込み、
山口はわなわなと震える声で、ひそひそと呟いた。
「食われる側は、正直…アッサリ食われて、『極楽イき』なだけです。」
赤ずきんは狼に食べられ、一度は…極楽へ逝ってしまった。
だがその後、赤ずきんは…『再生』したのではなかったか。
「極楽の先は…『新しい自分』として、再生します。」
今までとは全然違う世界…生まれ変わった世界も、実は…極楽ですよ?
こんな話は、絶対にツッキーには言えない。
これは、『食われる側』だけに許された…特権なのだ。
「食われる途中も、その後も、ずっと極楽…
赤ずきんは、それを心ゆくまで楽しむのみ!!以上です!!」
「っ!!!な…なるほど。大変…心強いアドバイスです。」
山口の『断言』に、赤葦は心底ホっとした声を出した。
よかった…少しは安心してくれたみたいだ。
その時、階段を上がって来る足音が、玄関の方から聞こえて来た。
まずい…ツッキーが帰ってきたみたいだ。
電話の向こうでも、「あ、そろそろ…」と焦った声がした。
あちらも、狼が戻ってきたのだろう。
山口は、最後に一言だけ付け加えた。
「食べられる前に必ず、『食べたい理由』を…
『入口付近』の言葉を…絶対に聞いて下さいね!」
「っ!…了解しました。貴重なアドバイス…心から感謝します。」
ガチャガチャと鍵を開ける音が響く。
山口は通話終了ボタンを押すと、走って玄関先まで『お迎え』に出た。
「ツッキーお帰りっ!!!」
「わっ!!?…ただいま。」
赤葦との電話…その『嬉しさ』を爆発させるように、
山口は帰宅した月島に、走った勢いのまま、抱き着いた。
***************
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「ど…どうしたもん、でしょう…」
コンビニから帰ってきた黒尾も、待っていた赤葦も、
『通常モード』…いつも通り、他愛ない雑学をダベりながら、
ガッツリと弁当や総菜を食べ、空腹を満たした。
台所をさっと片付けると、俺は風呂入ってくる…と、
クローゼットの『黒尾専用引出』から着替え等を出し、
ほどなく浴室からは、シャワーの音が響き渡ってきた。
赤葦はその間に、『いつも通り』就寝準備…布団を敷き始めたのだが、
そこで少し、困ったことが起きた。
「布団…どういう『配置』が、『正解』ですか…?」
人と人との距離感で、その関係性が見える。
以前、『個人の空間』…パーソナルスペースについて考察したが、
今日は…二人の布団の『距離』を、どの程度取れば良いのだろうか。
「普段通り、50cm程度か、それとも…」
試しに、距離ゼロ…ピッタリと引っ付けてみた。
「これは…っ、だ、ダメですね。」
まさに『これから』を如実に予感させるピッタリ感…
とてもじゃないが、正視できたものではない。
慌てて布団を『いつもぐらい』の距離まで引き離すが、
今度は『拒絶』を表しているようで…こちらもいただけない。
赤葦は部屋の中を見回し、あるものに目を止めた。
「これ…使えます!」
明日の『酒屋談義』のために、大量購入した『おつかい』…
その紙袋を引き寄せ、布団の脇に置いた。
この荷物があるせいで、布団を敷くスペースがちょっとだけ減り…
布団間の距離が、いつもより『やむなく』近づいてしまった、という体裁だ。
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自分のナイスアイデアに満足した赤葦は、ごろんと布団に寝転がり…
更なる難題に気付いてしまった。
「ど…どんな顔して、待ってればいいんですか…」
本心丸出しで、『さあヤりましょう!』という顔はもってのほか。
とは言え、いつも通りの無表情も…色気がなさすぎる。
困り果てた赤葦は、布団を頭から被り、呟いた。
「次は絶対…『後』から入浴しましょう。」
「参ったな…」
体を洗い終え、シャワーの水栓を閉めた黒尾は、ある難題に頭を抱えていた。
「どこまで着て…出ればいいんだ?」
風呂から出たら、ヤることは…決まっている。
この状況で『おやすみなさい』と寝てしまうなど、あり得ない。
この先、着ているものを全て脱ぐことは、九分九厘確定だろうが、
だからといって、真っ裸で風呂から上がるのも、
あからさますぎて、興醒めというか…ドン引きされかねない。
だが、全部キッチリ着込むのも、『就寝準備完了』な雰囲気で…いただけない。
「最低限、下は履くとして…上はどうするか。」
しかも、問題はそれだけではない。
「どんな顔して…出ればいいんだよ…」
本心丸出しの、デレデレと弛みきった顔は論外。
かといって、妙にマジな顔も…『その後』に突入しにくい。
ガシガシとバスタオルで頭を拭きながら、黒尾は『後』に入浴したことを後悔した。
「次は絶対…『先』に入っちまおう。」
悩んだ挙げ句、『下着+Tシャツ』という、いつもの『風呂上がりスタイル』に、
タオルで頭を拭きつつ顔を隠す作戦を選択した黒尾。
部屋に戻ると、敷いた布団の真ん中に体育座りをしていた赤葦が、
どうぞ…と、膝を抱えたまま、冷えたペットボトルを手渡してくれた。
サンキュー、と礼を言いながら、黒尾は赤葦のやや斜め前…
30cm程の距離の場所に、片膝を立てて座った。
ゴクゴク…と、ドリンクが喉を通過する音が、部屋中に響き渡る。
沈黙と緊張で、何味のドリンクかも、全くわからなかった。
適度に飲み終えた黒尾は、ゆっくりとキャップを閉め、
少し腰を浮かせてボトルを机の上に置いた。
そして、元の位置に戻りながら、腕を伸ばして赤葦の頭を引き寄せた。
「赤葦…」
今までも、何度かしたことのある、ポンポンと頭を撫でる仕種。
最初は軽く触る程度、そして触れる時間を少しずつ長くしながら、
ゆっくりと髪を梳き、頭部全体を掌で覆うように、撫でていく。
その柔らかい労わりに、赤葦も少しずつ緊張を解き、
撫でられるたびに、少しずつ黒尾の方に頭を傾げ、そっと首元に乗せた。
耳を付けた黒尾の鎖骨付近。
風呂上がりでまだしっとりとした肌が、赤葦の頬に吸い付く。
風呂上がりという以上に速い拍動が、その頬を震わせる。
今までも、何度かこうして黒尾の首元に密着することはあった。
だが、相手の拍動を自分の肌で感じる程の『密着』は、勿論初めてだ。
黒尾もかなり緊張していることが、肌の動きを通してわかり、
赤葦は嬉しいような、むしろ安堵するような…不思議な気持ちになった。
頭から頬、頬から首、そして肩へと、撫でる範囲を広げていた黒尾は、
その途中…顎の辺りで一度手を止め、指先で上を向くように促した。
促されるまま顔を上げた赤葦は、間近に迫る黒尾の瞳に、釘付けになった。
「っ…!?」
ドクンと心臓が跳ね上がり、思わず息を飲む。
こんな…こんな目をした黒尾は、見たことがなかった。
「そんな、優しい瞳も…するんですね…」
熱に浮かされるように、零れ落ちる言葉。
もっとその瞳を見たいと…じっと目を凝らす。
その今度は黒尾の方が驚いた表情を見せた。
「お前こそ…蕩けそうな目だぞ…」
互いの瞳に魅かれ合いながら、徐々に近付き、額を触れ合わせる。
額、鼻、頬…そしてようやく、静かに唇を重ね合わせていく。
視線を絡め、吐息を絡め、舌を絡め。
黒尾は両腕で赤葦の背を掻き撫で、赤葦も黒尾の首に両腕を絡めた。
次第に深くなる口付け。
いつの間にか赤葦の頭は枕に着地し、黒尾に覆われていた。
真上から見下ろす、慈愛溢れる瞳。
真下から見上げる、艶麗とした瞳。
「赤葦…お前が、好きだ。」
「黒尾さん…俺も、です。」
***************
素肌と素肌が触れ合う。その滑らかな感触だけで、
蕩ける吐息が、止め処なく湧き上がってくる。
首から鎖骨、そして胸部へと、そろりそろりと降りてくる黒尾の唇。
同じぐらいのゆるゆるとした速度で、胸から腹、そして腰へと、
温かい黒尾の掌が往き来していく。
その手が、既に欲を主張し始めていた赤葦の中心に、漸く触れる。
漏れ出る甘い歓声は、黒尾の舌に全て吸い取られてしまう。
「っ…ん…っ」
唇の隙間から零れる、くぐもった吐息。
同じリズムで、黒尾の手が上下する、微かな衣擦れ音が響く。
脳内を揺らすそれらの音に導かれるように、
赤葦は体側に当たる黒尾の熱に、躊躇いがちに手を伸ばし、柔らかく包み込む。
黒尾は一瞬、はっと息を詰めたが、その息は赤葦の唇が舐め取り、
自身を煽る黒尾の手と同じリズムで、黒尾の熱を上げていく。
「く、ろお、さん…」
「…どうした?」
キスの合間、途切れ途切れの声で、赤葦が囁く。
その声にゾクリと背を震わせながら、黒尾は返事をする。
「すごい、きもち、イイ…です…っ」
「っ…!!そ、そりゃ、よかった…」
気持ち良いと言われ、嬉しくないはずはない。
だが、普段からは想像もできないような濃艶な声と、
情欲を刺激して止まない煽情的な表情…
それだけで、黒尾は危うく昇天しそうな程の眩暈を感じた。
冗談半分で、『淫靡な流し目』だとか、『卑猥な京治』だとか言ってきたが、
黒尾の想像を遥かに超える、『お姫様』の豹変ぶり…
自分の中の『王子様』と『狼』が、共に愛欲に溺れそうだった。
これ以上、赤葦の顔を見ていたら…抑えきれそうにない。
黒尾は片腕を伸ばし、枕元に置いてあったリモコンを押した。
明々と照らされていた部屋が、ふっと暗くなり…小さな黄色の灯のみになった。
既に黒尾に覆われていた赤葦は、
部屋が暗くなったことにも、全く気付いていない様子だった。
ただただ、黒尾の熱を煽りながら、トロンとした表情で見つめ上げてくる。
燈色に近い、ぼんやりとした黄色に照らされた赤葦…
むしろこっちの方が余計に、凄艶な色香を引き立てる結果となってしまい、
黒尾はまたしても、突き上げる情動を必死に噛み殺した。
「赤葦…こっちに、腕…」
自身を握りしめていた赤葦の手を取り、黒尾は両腕を首に回させた。
されるがまま黒尾にしがみ付いた赤葦は、少しだけ口を開き、キスを求める。
求めるままに舌を絡めていると、今まで感じたことのない、
ぬるりとした感触が後孔付近を擽り…腰がピクリと震えた。
「な…なに…?」
黒尾に問い掛けたが、答えは熱い吐息だけだった。
惚けていた脳も、ようやくその感触が何を示すか理解しはじめたが、
違和感や異物感を感じるより先に、潤い滑る黒尾の指と舌に、
思考は完全に溶け切ってしまった。
「ぁあっ…!!?」
黒尾がある一点を掠めた瞬間、全身に電流が走り抜けた。
びくびくと痙攣する体。これは、明らかに…快感だ。
あまりに強烈な極致感…目の前の黒尾に強く縋り付くも、
その黒尾は、その部分を行きつ戻りつ…丹念に刺激し続けた。
恍惚とした目で黒尾を見上げ、陶酔しきった声を上げ、
その声と同じタイミングで、黒尾の指を締め上げる。
自分が刺激されているわけでもないのに、赤葦の反応に触れているだけで、
黒尾の体は奥底から疼き、幸福感に痺れてきた。
1cmでも、1mmでもいい…もっともっと、近付きたい。
互いの距離を…ほんの少しだけでも、縮めたい。
どんなに親しくても、それ以上近付けない『友人』としての距離…
『ごっこ』と言って誤魔化しながら、じりじりと詰めてきた。
今日ようやく…その距離を、『ゼロ』にできるのだ。
もう『ごっこ』と偽らず…素の『黒尾鉄朗と赤葦京治』として、
やっと新しい関係を築くことができる…
そのことが、嬉しくて…たまらなかった。
「悪ぃ、もう…いくぞ。」
指よりもずっと熱く、圧倒的な質感が、じわじわと挿し入ってくる。
その衝撃で、喉で止まってしまった声と息を、柔らかい唇が吸い上げる。
キスと共にゆっくり呼吸を取り戻してくると、
今度は別の熱が、上って来て…吐息が喘ぎ声に変わりはじめた。
「う…ぁ…んっ…」
カラダの奥底から、湧水のように沸き上がる熱。
脳まで痺れそうな快感が止め処なく押し寄せ、全身を震わせる。
近付きたくて、ずっと触れたくてたまらなかった人が、
距離『ゼロ』…どころか、自分の『中』に居る。
互いの距離だけじゃなく、『繋がっている』という事実が、
計り知れない大きさの歓喜となり…心を震わせる。
誰かと繋がるとは…こんなに幸せなものなのか。
誰かから、心も体も『全て』必要とされるのが…
こんなにも嬉しいものなのか。
あぁ、これが…愛しくてたまらない、という感情なんだ。
そのことを実感した二人は、さらに身を寄せ、距離を詰め、
溢れ出る想いを伝え合うように、キスし続けた。
本当に幸せで、とてつもなく…気持ち良い。
「どう、しま、しょう…か…」
悶えるように上擦る声で、赤葦は呟いた。
「どうした…?ツラいか…?」
こちらの方がツラそうな表情で、黒尾は赤葦に尋ねた。
だが、返ってきた言葉に、ギリギリまで保っていた残り少ない理性が、
赤葦の妖艶さに…完全に飲み込まれてしまった。
「ホントに…極楽ばっかり、ですね…」
薄れゆく意識の中、赤葦が最後に見たものは、
蕩けるように優しい黒尾の顔と…
その上から二人を照らす、朧な黄色い蜜月だった。
- 完 -
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※パーソナルスペース(個人間の距離) →『隣席接客』
※この話は、『酒屋談義、その後で。』シリーズに残っていた、最後の『月』…
『黄色』の月に該当します。(『その後で。』の真EDとなります。)
2016/07/07(P) :
2016/09/21 加筆修正