阿吽之事②







「よ…っしゃ、俺の、勝ち、だなっ!」
「ち、がう…でしょ!俺のが、先っ!」


年末年始…冬休みが明けつつある、盃九学園。
家業に忙殺された生徒達は、満身創痍というに相応しい惨状で、学園に戻って来ていた。

未だ授業は本格始動しておらず(したくても欠席者多数)、暫くは英気を養うターン…
月島と山口は、極楽直結な学園寮『来迎館』の隣室である、黒尾と赤葦の部屋に転がり込み、
4人でゴロゴロ…おこたに埋もれながら、茫然とテレビのニュースを眺めていた。

「今年の福男…?もう、そんな時期かよ。」
「西宮神社の、十日えびす…でしたっけ?」
「狭くてカクっと曲がった境内を、爆走…」
「毎年毎年、正月早々ゴクロウサマです~」

西宮(にしのみや)神社とは、兵庫県西宮市にある『えびす神社』の総本社である。
1月10日に行われる『十日戎開門神事福男選び』では、参拝者が表門~本殿まで走り参り、
本殿へ早く到着して神職に抱き着いた、一~三番さんまでが今年の『福男』に認定される。
早朝6時、朱塗の大門が開かれると、一番福を目指して一斉に走り出す参拝者達…
松林の脇を全力で駆け抜け、折れ曲がった参道で転倒する姿は、お正月の風物詩である。


「風物詩とは言え…全く以って意味不明の行事だよね。僕は一生、不参加(不参観)確定。」
「このニュース見ると、本気で仕事始め…お正月も終わるんだな~って思っちゃうよね。」
「実は、深い意味があるのかも?ゴロゴロついでに考察…黒尾さん、お茶とおやつを。」
「お前らが実家から持ち帰った菓子類は、全部喰い尽しただろ…お茶っ葉も切れたな。」

こんな時に、お茶とお菓子を出してくれるような、脇侍とか侍従とかは…いるわけない。
執事ならいるのだが、最愛なる彼らに「こたつから出てお茶とおやつ用意しろ!」だなんて、
たとえ主人だろうが神だろうが仏だろうが、そんな罰当たりなことが言えるはずもない。

だとしたら、おこたから出るべきは、この部屋の主…黒尾以外にありえない。
毎度のことながら、ちょっとばっかし納得のいかないモヤモヤを吹き飛ばすかのように、
黒尾は思いっきりおこた布団をガバっ!!と捲って、大顰蹙を買いつつ這い出した…その時。
完全防音のはずの重厚な扉の向こうから、バタバタ爆走する足音と怒号が響いてきた。

互いを盛大に罵りながら、ピッタリ合った荒い呼吸×2の名に思い当たるよりも先に、
まるで福男神事のように、駆け込んで来た荒々しい呼吸コンビが、神職・黒尾に抱き着いた。


「よ…っしゃ、俺の、勝ち、だなっ!」
「ち、がう…でしょ!俺のが、先っ!」
「いってぇ…何ヤってんだお前らっ!」

飛び込んできたのは、800年ほど輪廻を共に繰り返す阿吽コンビこと、及川と岩泉。
帰省先から戻って来るやいなや、相変わらずの喧々囂々ぶり…これぞ『日常』の帰還だ。

黒尾が「両方同時にキャッチ。二人とも今年の『一番福』だ。」と、頭&背を撫でてやると、
阿吽達は満足顔でリズムよく呼吸を整え、黒尾に何やら押し付けて、再び大騒ぎを始めた。

「黒ちゃん、これ…お土産!お茶とお菓子だから、ソッコーでおこたに準備して~!」
「旅先で見てきたものと、福男神事と、それから、阿吽が逆の謎が…解けそうだぞ!」



*****



「えーっと…お帰りなさ~い、お二人さん!年末年始の『はじめ系』行事、お疲れ様です~」
「今まさに欲しかったモノをお土産に下さるとは、さすが脇侍代表・阿吽コンビですけど…」
「お二人の故郷は、確か…仙台でしたよね?」
「それが何で…逆方向の京都の土産なんだ?」

阿吽達のお土産は、宇治茶と八ッ橋…誰がどう見ても、ザ☆京都の名産品だ。
年末の帰省前、『阿吽が逆』の狛犬は故郷・仙台に多い…とか言いつつ調査に向かったから、
てっきり仙台への帰省がてら、近くの神社へ現地調査に赴いたものだと思っていたが…

「当然俺も、そう思ってたんだけどさ~、岩ちゃんが出した『調査リスト』みてビックリ!」
「まさかの京都…それで及川さん、旅行はスルーさせて!って最初は拒否ったんですね~」

「…で、岩泉さんは何故『宇治川のほとりにて~夢の浮橋で逢いませう』ツアーを?」
「妙なネーミングはやめろ、赤葦。主目的はドラクエウォークの京都土産入手だからな!」


ドラクエウォークの京都みやげ(クリックで拡大)


「なるほど。その足で、奈良・平城宮跡と、東大寺大仏殿…まるで修学旅行ですね。」
「建前はソレだったはずなのに、予期せず『阿吽が逆』の謎と繋がった…そうだろ、岩泉?」

抹茶ではなく宇治の煎茶を注ぎながら、黒尾は岩泉に注視し、静かな声で水を向けた。
おそらく、神職・黒尾はその『水の流れ』を既に読んでいる…そう察した岩泉は、
『建前』を早々に捨て、姿勢を正して本題を切り出した。

「俺が宇治へ行ったのは、どうしても行きたかったから…橋姫神社へ、な。」


岩泉の言葉に、及川は白目を剥いて卒倒。
月島と山口も大きく目を見開き、慌てて岩泉に詰め寄った。

「ちょっ、ちょっと待って下さい!いくら及川さんがウザいからって、それは…っ!?」
「橋姫神社と言えば、『丑の刻参り』の鬼・橋姫の…『縁切り』の聖地ですよねっ!?」

白装束を纏い、頭に鉄輪をかぶって3本の蝋燭を立て、御神木に五寸釘で藁人形を打つ…
憎い相手を呪う『丑の刻参り』のモデル・嫉妬深い神様の代表…それが、宇治の橋姫だ。


丑時参・鳥山石燕『今昔画図続百鬼』
(クリックで拡大)


岩泉は常々、「阿吽の因縁は今生で断つ!」と言って憚らなかったが、
まさか本気でそれを実行すべく、縁切り神社へ(縁切りしたい相手と共に)行ったのか…?
及川を支えながら抗議の涙目で岩泉をじっと見つめる、月島と山口からあえて目を逸らし、
岩泉は淡々と八ッ橋を頬張る黒尾と赤葦に向かって、旅の『源流』へと話を戻した。


「『阿吽が逆』な狛犬が居る神社…そこには、ある共通点が背後に見え隠れしてるんだ。」



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仙台付近に散見される、『阿吽が逆』…向かって右が吽、左が阿の狛犬。
ネット上でわずかに発見できたその他の例も、一定の地域に集中しているようだった。
福岡、福井、広島…仙台も含め、調査先・京都とは離れた地域ばかりである。

「福井の名前の由来になった、福井(さくい)神を祀るのが、足羽(あすは)神社…」
「祭神の生井神・福井神・綱長井神・阿須波神・波比岐神は、座摩巫祭神五座…
   平安の宮中で、座摩巫(いかすりのみかんなぎ)という特別な巫女が奉斎していた神々だ。」

生井・福井・綱長井は、神聖な井泉の神々で、阿須波・波比岐の夫婦二神は、庭の神様…
五神揃って庭の井戸、つまり宮中の敷地を守る居所知(いかしり)の神々だと言われている。

阿須波・波比岐神は、お正月に各家庭にやってくる大年神の子…お稲荷さんの兄弟で、
大年神は素戔嗚尊と神大市比売の子だから、この夫婦神は素戔嗚尊のお孫ちゃん達にあたる。


「な~んか、『いわくありげ』な血統だね。」
「素戔嗚尊に連なる、夫婦神…だもんね~」

山口と及川は、顔を見合わせて深いため息。
話が流れていく方向を敏感に察し、暗雲が立ち込める行き先に、瞳を曇らせた。
黒尾はそれに気付かないふりをしつつ、ごく平坦な抑揚を保ち、神職として説明を付した。

「庭の神…阿須波・波比岐神の二神を合わせ、『二渡(にわたり)神』と言うんだ。
   庭渡、根渡、神渡(みわたり)や…尊称『お』を付け、『鬼渡』と書いたりするな。」
「鬼渡神って、伊達が入ってくる前の仙台で、ずっと信仰されてた地主神…だったはずだ!」
「ということは、福井と仙台の共通点は…『鬼渡神』の坐していた場所、ですか。」

『渡』は、『離れた二つの場所に掛けてわたすもの』という意味を持つ漢字だから、
鬼渡神は、『水辺の傍に居る夫婦二神』だと、素直に捉えることができるだろう。

「鬼渡神を祀る…仙台の『阿吽が逆』の神社も、水を分配する田圃の中にあったな。」
「水を司る鬼…夫婦神ですか。耳にタコができる程、聞き覚えがあるストーリーですね。」
「しかも、根渡…根の国すなわち『あの世』に渡る神様といえば、もう…」

岩泉、赤葦、月島の三人も、及川達と同じ表情で黒尾に視線を流し、答えを促した。
だが黒尾は、またも視線を宙に泳がせ、答えではなく補足となる事実を滔々と垂れ流した。


「福井…かつての若狭国は、租・庸・調とは別に、『贄(にえ)』を都に納めていたらしい。
   贄は海産物のことだが、若狭は他所よりも多く、税を献上させられてたってことだ。」
「あ、それに福井と言えば勝山の恐竜博物館…も、僕的には極めて重要な場所ですけど、
   修験道の霊山・白山もある…九頭竜王を祀る平泉寺白山神社が、修業道の登山口です。」
「そして、白山を遥拝する、白山比咩(ひめ)神社の祭神は、菊理媛神(くくりひめ)…
   白山信仰っていう大きな山岳信仰の中心神なのに、記紀に登場しない女神なんだよね。」

記紀に登場しない神や、水を司る鬼が坐し、修験道…鉱山を知る者が棲む、京から遠い地は、
他所よりもずっと重い税を課せられてきた…『阿吽が逆』な、朝廷にとって特別な場所だ。


「福井とは逆パターン…他所よりも妙に多額の奉幣が、朝廷から贈られている場所もある。」

それが、安芸国・広島の速谷神社だ。
ここの祭神は、安芸国の祖・飽速玉命…安芸津彦&安芸津姫の子孫にあたるだそうだ。
旦那様の安芸津彦は、饒速日尊(ニギハヤヒ)の防衛・天湯津彦と同一神だとされている。

「饒速日尊…瀬織津姫と共に、七夕のモデルとなった、夫婦神でしたよね?」
「この天湯津彦も、記紀には登場しない…そうでしょ、黒ちゃん?」
「そんでもって、安芸津彦を祀る安芸津彦神社の狛犬も…『阿吽が逆』なんだろ?」

「思い出した!速谷神社と同じように、大和朝廷から年に四度も奉幣を受ける官幣大社…
   東北地方で唯一の神社が、僕と山口に縁深い場所…出羽三山の『月山(がっさん)神社』!」
「出羽三山って、臨死体験ができる霊場だったよね。安芸と同じく『飽海郡』にあったはず!
   どちらも、『飽』…豊かな場所って名前がつく、朝廷から特別視されていたトコだよね。」

徐々に『答え』らしき場所に近付く面々。だが黒尾は決してはっきりしたことは言わない。
いや、神職だからこそ…言いたくても言えないのが、正解なのだろう。


「飽速玉命の『速玉』は、神聖な霊魂や、霊魂の素早い動きを表す言葉で、
   魂が抜けた骸に霊魂を呼び戻し、再生させる大いなる呪力…って意味なんだ。」

   死者の前で蘇りを求め、祈りを捧げる姿。
   ここから導かれるものと言えば…?

「天岩戸伝説。天照(あまてる)大神が籠った時、蘇りのエロダンスを踊った巫女…天鈿女!
   のちに猿田彦と結ばれ、境界を守る夫婦神に…金山比古&金山比売と同じ、道祖神だよ!」
「最も有名な『速玉』は、熊野速玉大社。祭神はイザナギ…日本一有名な夫婦神だね。
   そして、熊野は猿田彦と同じく、八咫烏が神武天皇を導いた…あ、出羽三山も八咫烏!」
「夫婦神&速玉と言えば、イザナギ&イザナミの子が『御子速玉神』…エビスです。
   西宮神社の十日えびす前日、有馬温泉から金泉奉納…八咫烏が行水していた温泉ですよ。」

「あのさ、天鈿女(あめのうずめ)って『雨渦目』とも書ける…これってモロに台風だよね~
   大きな災害が通って破壊された場所を、鬼が渡った痕…『鬼渡』って言うじゃんか!」
「災厄をもたらす川のほとりで、祈りを捧げる巫女を象形した文字が…『漢』だろ。
   夜空に流れる天漢すなわち『天の川』…饒速日尊&瀬織津姫の話が、蘇ってくるんだな。」


豊かな場所だった『飽』の場所…
出羽三山は長脛彦(アラハバキ)達、蝦夷の国。
そして、吉備と出雲に挟まれた安芸の国。
そこはいずれも、神武天皇が八咫烏に導かれたとされている…国を『譲らされた』場所だ。

「安芸津彦神社の御利益は、地域振興…つまりそれが叶わなかった神ってことだな。」

福井の白山も、大和とは別の神々が坐す場所。
福岡も、朝鮮半島から齎される最新鋭の文化により、強大な力を持っていたところだ。
これらの『京都から離れた』『別の神々が治める豊かな国』は、朝廷から特別視され続け…

「その境界近くには、鬼渡神…夫婦神が居て、『阿吽が逆』の狛犬が坐している。」
「朝廷に対し、『阿といえば吽』と返さなかった…まつろわなかった『吽阿』の神々。」
「『吽阿』の狛犬は、そんな特別な地であることの、証…」
「渡…離れた二つの場所を繋ぐもの。その傍で祈りを捧げる、巫女…」
「天漢で引き離された、夫婦神…」


瞬きすらしない…『吽』と動きを止めた黒尾の姿に、5人は答えを確信した。
そして黒尾は、琥珀色の黒目だけを岩泉の方へ流し…岩泉は澄んだ緑茶色の瞳を閉じた。


「だから俺は…宇治へ行ったんだ。」




- ③へGO! -




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※福井・白山 →『福利厚生④
※大年神 →『
愛理我答(年始編)
※天岩戸伝説 →『
夜想愛夢③
※猿田彦・天鈿女 →『
夜想愛夢⑪
※金山比古&金山比売 →『
同行二人(中編)
※えびす神 →『
全員留守
※天漢について →『
姫昇天結
※長脛彦(アラハバキ)  →『
夜想愛夢⑨
※吉備について →『
既往疾速④
※有馬温泉と八咫烏 →『
抵抗溶接




2020/01/16   

 

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