抵抗溶接







「今日は…俺達二人だけみたい。最初の1時間半ぐらいは。」
「そう。静かでいいね。」


本日の鍵当番は、本来であればマネージャーの谷地さんだった。
授業終了後に慌てた様子でやって来ると、委員会で遅れます…と、
部室と体育館の鍵を俺に預け、走り去って行った。

その後、立て続けに、俺に届く『遅れます』の連絡…
三年生は回避不能な受験対策補講、二年生は全体進路指導、
日向と影山は逃亡不能な補習、武田は職員会議、烏養は配達。

「16人中14人…遅刻率87.5%だよ。部活閉鎖が相応しいレベルだ。」
「先週までの風邪大流行で、そういう『イベント』が全部今週へ…
   しょうがないと言えば、しょうがないよね。」

ツッキーの言う通り、本当ならば急遽『部活閉鎖』にしても良い。
だが、先週は自分やツッキーを含め、まともに部活ができなかった分、
今週は皆、わずかな時間でも練習したいのだろう。

「とは言え…二人じゃどうしようもないよ。」
「何なら、二人で『烏野会議』でもしとく?」

制服を脱ぎ、着替えを始めるツッキー。
何となく、その姿から目を逸らしながら、俺は提案してみた。

「まさか。『会議』というからには、ある程度の人数が必要だよ。
   二人で評決取ったとしても、効力はないだろうし。」
「何らかの『意思決定』がなければ、『会議』とも言えないよね。」

ジー…と、チャックを上げる音が同時にする。
二人とも着替えが終わり、のんびりと畳に座った。


「排球部のミーティングのことを、『烏野会議』って言うけど、
   実は、本当にあるんだよ…『烏の会議』が。」
「何だか…まとまりそうにないカンジが、似てるような…」

深夜の空き地で行われる、『猫の集会』よりも、
なんだか騒がしくておどろおどろしい雰囲気なのは…色のせいか。

「烏の群れは、過ちを犯した烏を裁くための裁判を開いてるんだって。
   イギリスの古い言い伝え…parliament of crows…『烏の会議』だよ。」
「結構、マジメで重要な会議だったんだね。」
「その会議、『三羽の烏』が議長を務めるらしいよ。」
「ある特定分野の優れた3人…『三羽烏』っていう表現は、
   日本だけじゃなくて、イギリスにもあったんだね。」

さしずめ、ウチで言えば…澤村・菅原・東峰の三年生コンビか。
でもなぜ…『三羽』なんだろうか?
裁判がらみだと、『正・副・予備』の三人とか、三審制、
『第三者』のような…中立という意味かもしれない。


俺の疑問を感じ取ったのか、ツッキーが説明してくれた。

「『三羽烏』という言葉の由来には、いくつかの説があるんだ。
   その一つが、湯泉神社…有馬温泉説だよ。」

神代の昔、大己貴命(おおなむちのみこと)と、少彦名命(すくなひこなのみこと)の二神が、
有馬に降臨した際、三羽の傷ついた烏が水浴びをし…その傷がみるみる癒えるのを見た。
調べてみると、これが万病に効く有馬温泉でした。
この二神と三羽烏が、有馬温泉の守護神になりました。

「有馬温泉って、日本書紀にも出てくる…『日本三古湯』の一つだよね?」
「あぁ。古くは舒明天皇…推古天皇の次代天皇や、豊臣秀吉が愛し、
   最近では谷崎潤一郎も、この温泉に長期滞在して執筆活動してたんだって。」

烏の行水でも効果がある…ということだろうか。
傷だけじゃなくて、創作活動にも効くとなると、かなりの名湯だ。


神と烏の組み合わせと言えば、外せないのは…

「熊野三山…熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の3社にも、
   超有名な烏…『八咫烏』がいるよね。」
「熊野三山で配布される神札…『熊野牛王符(ごおうふ)』は、
   烏印の配列で文字が書かれているんだ。勿論、一般的な護符としても使えるけど、
   裏面に起請文を書いて、誓約書として使う方が有名かも。」

この牛王符に書くということは、熊野の神々に約束した、ということだ。
この誓約を破ると熊野の烏が三羽死に、破った本人も血反吐を吐いて死に、
地獄に落ちる…と言われている。これが、二つ目の『三羽烏』の説。

「秀吉が臨終間際、家康達五大老・五奉行に、息子への忠誠を誓わせたり、
   赤穂浪士が討ち入り前に誓約したのも…この牛王符なんだってね。」
「江戸時代、遊女と客が、これを使って擬似結婚するのが流行ったって。
   『三千世界の烏を殺し ぬしと朝寝がしてみたい』…高杉晋作の都都逸も、
   この伝説が元になってるんだよ。」

熊野の神の使い…八咫烏を犠牲にする、熊野牛王符の誓約。
お役所に提出する『婚姻届』よりも…なんだかずっと『重い』ような気がする。



「この『八咫烏』の名を持つ、日本最古の秘密結社があるらしいんだ。」
「存在の真偽については置いとくとしても…雰囲気ピッタリだね。」
「結社の中核となるのは12人…『十二烏』で、その上に大ボスが三羽。
   これが、『三羽烏』の由来…三つ目の説だよ。」

秘密結社の、中核メンバーが12人。その内の3人が大ボスだとすると…
「まるっきり、『ウチ』っぽいね。」
「12人とは別に、『監督・コーチ・マネージャー』の三役でも合うね。」


結社とは、『共通の目的』のために組織される、『継続的』な団体だ。
継続するかしないかで、集会とは区別される。
秘密結社は、その存在や活動内容が秘密の団体である。
『非公開の儀式』があるという点では、現実では任侠団体が…一番近いか。

「この間の『烏野会議』で出てきた…『オメガバース』を覚えてる?」
「俺が…妊娠したかもしれない疑惑の、『特殊設定』だよね…」
「19世紀末のイギリスで創設された秘密結社『黄金の夜明け団』…
   後に3つに分裂、そのうちの一つが『アルファ・オメガ』なんだ。」
「イェール大学の『スカル&ボーンズ』とか、『薔薇十字団』とか、
   できれば…そっちを『参考例』にしてほしかった、かな。」

俺のちょっとした要望をスルーし、ツッキーは話を続ける。

「秘密じゃない『結社』…この名称を名乗ってるのは、
   主に歌壇・俳壇・柳壇の組織になるね。」
「ということは…少人数の同人サークルも、『結社』の一形態?」

同じ趣味を持つ者により、創作活動を行うという目的で組織される。
その組織で発行される雑誌が、『同人誌』である。

「もしその活動内容に『極秘本』があったり、サークル入会要件に、
   何らかの『ヒミツの儀式』があったりすると…秘密結社かもね。」
「『周りにヒミツにしときたい』ような場合も、当てはまりそうだね。」


以上の考察をまとめると、こういうこと…か。

「烏野高校排球部で行われるミーティングは組織的な『会議』だけど、
   ごく少人数の、俺とツッキーだけで『雑学考察』するのは…」
「『組織』みたいな大げさなもんじゃなくて、せいぜい同好の士…
   『同人サークル』ってことだろうね。」

僕と山口だから…活動内容は『秘密』かもしれないね。


突然、ツッキーの纏う空気が…変わった。
深淵に引き込むような、不思議な引力のある瞳…

「お題・『部室で二人きり』で、五七五七七…」

今日の俺達は…和歌の結社、ということだろうか。
ツッキーはゆっくりと腕を上げ、俺の方に手を伸ばした。


  「唇に 指を這わせて 問いかける お願い今は 瞳を閉じて」

詠んだ和歌通りに、ツッキーは俺の唇に指を這わせる。
俺の返歌は…

  「その指を そっと噛み締め 目を閉じる 無駄な抵抗 腫れる指先」


詠んだ通りに、俺はツッキーの指を少し噛み…目を閉じた。

次に触れたのは、指先以外の…熱い感触。
唇の端を少しだけ噛み、その腫れと『秘密』ごと…唇で閉じられた。





***************





正規の部活開始時間が近づき、僕と山口は律儀に部室を出た。
体育館へ続く渡り廊下手前…自動販売機で、飲み物を買う。


「…はい。」
「え…俺に?いいの?」
「それで…唇、冷やしといて。」
「っ!!あ…ありがと…」

ペットボトルではなく、あえて冷え冷えの缶を渡した。
ほんのわずかとは言え、赤く腫れる唇は…痛そうだった。

「じゃあ俺も…はい、ツッキー。」
「…ありがとう。」

同じように冷え冷えの缶を購入し、
山口は僕の赤くなった指先に押し当てた。


何となく恥ずかしくなり、山口から顔を逸らす。
そこで、周りの人間…特に女子が、何やら騒いでいるのに気づいた。

「何だろ…校門のところに、誰かいる…?」

一瞬早く『騒ぎ』の正体が判った僕は、山口の手を引き、自販機の裏に慌てて隠れた。

「…っ!?な、ど、どうしたの…?」
「静かに。とりあえず…ジャージの上、脱いで!!」

山口に指示を出しながら、僕も必死に上着を脱いだ。
これを着ていると…『関係者』だとバレてしまう。

だが…一瞬遅かった。


「あー!そこにいるのは、メガネ君と…ピンサー君!!
   やっほ~~~っ!!隠れてもムダだよ~~~っ!!」

信じられないぐらい大きく甘い声が、響き渡る。

「ねぇねぇ、それで隠れてるつもりなの~?
   俺には遠く及ばないけど、メガネ君だって割と目立ってるんだよ?
   ピンサー君だって、地味でも背が高いんだから…ねぇってば~~~!」

「くっ…!」

出ていかなければ、このまま喚き続けるだろう。
断腸の思いで自販機裏から飛び出し、騒音の元凶に近づいた。

「あ、やっと来てくれた~」
「お願いですから、黙ってて下さい。」

僕はキラキラ眩しい闖入者(と、その相方)の頭にジャージを被せ、
二人の手を引っ張って、体育館へと引き摺って行った。

バタン、と入口の扉を閉めると、大きく溜息をついた。


「何しに来たんですか…」

「何って、偵察だよ、テ・イ・サ・ツ♪もしくは…スパイかな。」
「馬鹿、正直に言う奴がいるかっ!」

あまりに突然の展開に、山口は呆けた様に突っ立っていたが、
ようやく状況を理解し、恐る恐る口を開いた。

「えっと…青城の、大王様…じゃなかった、及川さんと…」
「岩泉だ。」
「あ…いつもお世話に、なってます…」

俺、お茶でもお出ししましょう…と、体育館から出て行こうとする。
…まだ、状況には付いて行けてないようだ。

「山口、しばらくは…ここから出ないで。
   緊急避難的とはいえ、僕達が部外者を入れてしまったのは事実だから。」

やむを得ない事情があったにせよ、その事実は変わらない。
教頭等に見つからないように、早く帰ってもらわねば…

「とりあえず、貴方方はそのジャージを着てて下さい。」
「あぁ、これ着てたら、パっと見は『烏野高校排球部』だもんね~
   …メガネ君は、とりあえず飛雄ちゃんよりは賢いね。」
「今後、アレと僕を比較したら…速攻で帰って頂きますので。」


「ところで、コイツはその『トビオちゃん』で遊ぶために来たんだが…
   影山はどうした?他のメンツも見当たらねぇけど…」

ガランとした静かな体育館を見回しながら、岩泉さんは不思議そうに聞いてきた。
会話は…この人を通して行った方が得策と判断した。

「本日は所用により、僕ら以外の全員が、あと1時間程遅れます。
   影山と日向に限って言えば…今日は難しいかもしれません。」
「最近流行ってるらしい…風邪か?」
「そんなわけないでしょ、岩ちゃん。飛雄ちゃんが風邪引くわけないよ。
   それに、あのおチビちゃんだって…見るからに引きそうにないじゃん。」

その点に関しては、全くの同意だ。
山口は何故か申し訳なさそうに、遅刻(もしくは欠席)の理由を告げた。

「あの二人は、その…補習です。」

「ほらね~。飛雄ちゃん、高校入っても馬鹿は治ってないんだ。」
「お前だって治ってねぇだろうが。」
「うっわ、岩ちゃん、ソレ言っちゃう?酷いなぁ~」
「うるせぇ。ボゲ及川!!」

ドゴッと、鈍い音を響かせながら、岩泉は及川の頭に『ツッコミ』を入れた。

「ツッキー…これが、あの有名な…『どつき漫才』なのかな?」
「そうみたいだね…間近で見たくなかったけど。」

「失礼だなぁ。俺と岩ちゃんのコンビプレーがわからない?
   これが、崇高なる…『あん♪うん♪のカンケー』だよ!」
「『ん』が一文字多いわっ!全っっっ然違うモンに聞こえるだろ!!」

容赦なく、グーで殴る岩泉…それを、ヘラヘラと躱す及川。
もう…何だか物凄く疲れた。


「そういうわけですから、どうぞお引き取り下さい。」
「お…お疲れさま、でした。」

『懇切丁寧』かつ『誠心誠意』、二人で頭を下げ、出口へと誘った。

「メガネ君…『慇懃無礼』の見本みたいな態度だね。飛雄ちゃん以上に…可愛くないね。」
「あぁ。及川とタメ張るぐらい、イイ性格してやがる。」

及川はスっと立ち上がると、僕達に指を突き付けて宣言した。

「せっかくの『隠密作戦』なんだもん。手ぶらじゃ絶対帰らないからね!
   だから…君達には、俺が飽きるまで遊んでもらうから。」
「では『隠密』らしく、どうか目立たないように…気を付けてお帰り下さい。」

もう頼むから、帰ってくれ。
僕の心の叫びは、全く届きそうになかった。


「えっと、お前は…」
「月島です。こっちは山口。」
「お前ら、コイツには何言っても無駄だ。諦めろ。」
「岩泉さんが、何とかして下さるんじゃ…ないんですか?」

山口の正当な要求に、岩泉は再度「諦めろ」と言った。

「せっかくここまで来たし、4人でバレーしようぜ。」
「さっすが岩ちゃん、ナイスアイディア!!
   今日の俺は、スパイだけど『烏野高校排球部』の一員だから…
   ピンサー君に、サーブの極意を教えてあげちゃおっかな~♪」
「え、いいんですかっ!?やったぁ!!」

手を叩いて喜ぶ山口に、僕は度肝を抜かれた。

「な、何言ってんの、山口っ!!?」
「だって…滅多にないチャンスだよ?」
そうだけど、その異常なまでの適応能力の高さは…どういうことだ。

茫然とする僕に、岩泉が耳元で囁いた。
「乗っとけよ。これであのアホが満足するなら…万々歳だろ?」

悪ぃな、面倒掛けて。
心底申し訳なさそうな顔で、岩泉は素直に謝った。

「わかりました…みんなが来るまで、ですからね。」


流されるがままに、及川・山口ペアvs岩泉・月島ペアという、『秘密の活動』が始まった。




***************




「あの…質問しても、いいですか?」
「いいよ~♪何なりと。」

「及川さんがサーブで狙いを定める時…どういう『心持ち』というか、
   気構え、腹積り、もしくはイメージ…を持ってるんですか?」

時間も限られている。テクニックを少しだけ学ぶよりは、
なかなか教わる機会のない精神面…こちらを優先するのは、賢い選択だ。

「いい質問だね~。特にピンサーには、技術以上に必要かもね。」

及川は、意外と面倒見がいいのかもしれない。
山口の質問に対し、真摯に応えようとしている。


「俺はね、狙いを付けた相手を…岩ちゃんだと思って打ってる。
   『俺の想い…岩ちゃんに届け~っ!!』ってね♪」
「届いてねぇよ。これっぽっちもな。」

「このサーブを外したら、岩ちゃんへの想いも届かない…
   そう思うと、絶対に外すわけにはいかないからね。」
「物凄い重さ…殺人的なレベルの『想い』ですけどね。」

岩泉と月島のツッコミは…及川・山口ペアには届かない。
悦に浸る及川と、感心しきりの山口…少々危険な香りがする。


「…で、俺はレシーブする時、いつもこう思ってるんだ。
   『しくじったら、クソ及川に死ぬまで笑われる』…ってな。」
「え~、『お前の想い、俺が絶対受け止めてやる!』じゃないの~?」

「スパイク打つ時は、ボールをクソ及川だと思ってぶん殴るし、
   ブロックする時は、『絶対及川の思い通りにはさせねぇ!』…って。」
「成程。素晴らしく勉強になります。」

この二人…噛み合ってるんだか反発し合ってるんだか、よくわからない。
だが、表現は違えど、言っていることは、ほぼ同じだ。
『意地でも、決める(決めさせない)』…見事なまでの『根性論』だ。

いくら僕でも、スポーツの世界では根性論がモノを言う場合があること、
すなわち、最後の最後には、コレが決め手になることは、十分わかっている。
勿論、根性論が全てというのは論外で、重要な一つのファクターである…という意味だ。

良い悪いは別としても、阿吽コンビの言うことは、非常に分かり易い。
さしずめ、僕達に当てはめてみるならば…

「俺の忠誠心(忠のマコトのココロ)は…全部、ツッキーの所へっ!!」
「いいねぇ~、『真っ直ぐな心』が、フローターの『超変化球』って♪
   俺、そういう捻くれたカンジ、めっちゃ好きだよ~」

対する僕は…

「レシーブしくじったら…カッコ悪い。スパイクは、相手を躱してこそ…キモチ良い。
   ブロック成功、即ち…快感の極み。」
「随分ヘソ曲がってんなぁ、おい…ま、俺は嫌いじゃねぇけど。」

呼吸も意思も足並みも、あまり『揃っている』とは言い難いが、
4人で好き放題叫びながら、『秘密の活動』を楽しんだ。



「ところで、君達は結構長い付き合いなの?」

散々喚き散らした後、体育館裏に4人で座り、
冷え冷えのスポーツドリンクで喉を潤した。

『絶叫』とは無縁の性格…こんなに大声を出したのは、人生初だ。
これが『隠密行動』だと言うのだから、開いた口が塞がらない。
だが…とてつもない爽快感があった。

心地よい風に吹かれていると、及川が話を振ってきた。


「えぇ、まぁ…いわゆる『幼馴染』ですね。」
「やっぱりな。青城も、俺らを含めて長い付き合いの奴らが多いから、
   何となくそういう『慣れ合い』みたいな雰囲気…わかるぜ。」

逃げたくても逃げらんねぇ説もあるけどな。
岩泉はそう言うと、横の及川にケリを入れた。

「っ痛ぁ~!岩ちゃんったら、愛情表現が過激なんだから。」
「うるせぇボゲ及川!」

影山の愛情表現が歪で、罵詈雑言ボキャブラリーが少ない理由…
ごく『身近』な存在を見習った結果なのだろう。


「それにしても、君達は穏やかっていうか、覇気がないというか…
   メガネ君にどつかれなくて、ピンサー君が羨ましいよ。」
「お前ら、取っ組み合いの喧嘩とか…やりそうにねぇよな。」

「そうですね。喧嘩するネタがないですし。」
「うん…俺も全然、ツッキーに不満とかないから…」

僕らの返答に、岩泉は唖然とし、及川は…泣きそうな顔をした。
「そんな…君達、可哀想すぎるよ!!」


「…は?お前馬鹿か?喧嘩なんてしない方がいいに決まってんだろ。」
及川以外の3人は、眉間に皺を寄せて首を傾げた。

「岩ちゃんこそ、大馬鹿野郎だよ!
   喧嘩しないってことは…超楽しい『仲直り』もできないんだよ!?
   そういう熱いイベントがないと、ヒエヒエに冷めきった仲になっちゃうじゃんかっ!」

今度は呆れ顔を、月島と山口は見合わせた。
「いえ…別に、そういうイベント、要らないんですけど。」
「つつがなく、穏やかな毎日が…いいなぁって。」


「いや…及川の言うこと、一理あるかもしんねぇ。『抵抗溶接』って、知ってるか?」
岩泉の問いに、3人は首を横に振った。

「溶接ってのは、金属を溶解させて、接続することだ。
   電流を流してジュール熱を発生させ、溶かしてくっつけるのが、『抵抗溶接』だ。」

どうやら、岩泉は工学系の分野が好きらしい。
分かり易い説明に、月島は興味津々に食い付いた。

「ジュール熱…電気抵抗がある導体に、電流を流した時に発生する熱…
   炊飯器、電気ポット、ドライヤー、こたつにアイロン等、
   ありとあらゆる家電に使われていますよね。」

「そうだ。つまり、及川が言ってるのは…」
「抵抗があればあるほど、熱を発し、そして…溶けて、くっつく?」
「人間関係も、この『抵抗溶接』と同じだよね~♪」
「やりすぎると、過電流…壊れちゃいますけどね。」

ツッコミで落としはしたものの、阿吽コンビの語る内容には、
納得させられる部分が…少なからずある。
こんなにどつき合っても、強固な信頼関係を築いている彼らの存在が、
それを如実に語っているではないか。

「俺だって、好きで岩ちゃんに殴られてるわけじゃないよ。
   喧嘩なんて、勝ち目がないから真っ平御免だけど、
   ぶつかり合って…抵抗がないと、解け合えない部分だってある。」
「いくら引っ付いてるように見えても、ちゃんと『溶接』されてるとは限らねぇ。
   本当にガッチリくっつくには、やっぱり…『熱』が必要かもしれねぇな。」

そういうわけだから…
及川と岩泉は立ち上がると、ジャージを脱いで寄越した。


「同じ匂いのジャージ…同じ洗剤を使って一緒に洗濯する仲でしょ?
   相手の抵抗を恐れず、たまには発熱して、ぶつかっちゃいなよ♪」
「腹割ってどつき合うのも…たまには悪くねぇぞ?」

それじゃあ、俺はもう満足したから、帰るね~♪

ひらひらと手を振ると、阿吽コンビは『隠密行動』とは思えない程、
花道でも歩くかのように、堂々と…帰って行った。




***************




阿吽コンビが去った後、間を置かずに、
正式な『烏野高校排球部』の面々が集まってきた。

妙にヘトヘトになっていた俺とツッキーに、
「自主練頑張ったみたいだな」と、何も知らない主将は褒めてくれた。

今日の俺は、『秘密の活動』のおかげか、サーブ成功率が高く、
ツッキーはスパイクもブロックもキレキレで…また褒められた。

とんでもない乱入事件。でも、俺にとって凄く有り難い出来事だった。
…バレーの面でも、それ以外も。



「今日は何だか…盛りだくさんだったね。」
「たくさんありすぎて、食傷気味だよ。」

いつもの帰り道。
ツッキーと並んで歩きながら、今日の話を振り返る。

「盛りだくさんだったけど…今日のシメは割とスッキリだよ。
   岩泉さんが教えてくれた『ジュール熱』だけど…」
「抵抗、電流、熱…ジュールの法則だよね。
   これ、似たような『関係式』…こないだ出て来たよね。」
「抵抗による電流の流れにくさ…『Ω(オーム)の法則』だ。」

抵抗が強ければ強いほど、熱く熱くなり、
そして溶け合い解け合い…くっつき合う。

抵抗溶接と、Ω…オメガの法則は、実に親和性が高い。


「それだけじゃないんだよ。あの二人…『阿吽』の仲、だよね。
   『阿吽』は、サンスクリット語…仏教の真言の一つだ。」
「梵字…だったっけ?」
「『阿』は口を開いて最初に出す音、『吽』は口を閉じて出す最後の音…
   それぞれ、宇宙の『始まり』と『終わり』を表す言葉なんだ。」
「あ…『αΩ』と、同じ…っ!!?」

ツッキーは深く頷いた。
「『阿吽』の関係とは、すなわち…『アルファ・オメガ』の関係だよ。」

阿吽の呼吸。オメガバース。
αとΩの…秘密の関係。

「冗談抜きで…『ぁん♪ぅん♪』の関係、かもしれないね…」

烏の会議…秘密結社の話から、ジュール・オームの法則へ。
それが、前日のオメガバースと、阿吽の呼吸で繋がった。


分野を超えての繋がり発見に、俺とツッキーは感歎のため息を付いた。

「全く予想してなかったけど…オメガバース、『奥が深い』ね。」
「『奥が不快』じゃなくて…よかったよね。」

そして、『発熱』繋がりだ。
俺は唇の腫れと熱を思い出し、気恥ずかしくなった。

「たまには僕達も…喧嘩してみようか?」
「唇と指の腫れだけみたら…『どつき合い』に見えなくもないよね。」

『喧嘩』と『仲直り』も…『阿吽』や『αΩ』と同じ、
二つでセットの、奥が深い繋がりなんだろう。


少し前を歩いていたツッキーが、急に歩みを止めた。
同じように立ち止まろうとすると、腕を掴まれ、
児童公園の植栽の中…大木の陰に引き込まれた。

「また…誰かから、隠れたの?」
わざとらしく、小声で訊いてみる。

違うよ、とツッキーは微笑みながら首を振り、
赤く腫れた指先で、同じ色をした俺の唇に触れた。
時間は大分経ったはずなのに…まだ、熱かった。


ゆっくりと指で唇をなぞり、顎を引き上げる。
瞳を閉じながら、徐々に近づいてくる、端正な顔…

「…烏が、見てるよ?」

俺は目を開いたまま、ツッキーに「待った」を掛けてみた。


「…確かに、抵抗があった方が…燃えるかもね。」

唇に這わせていた手を上にずらし、ツッキーは俺に目隠しをし、
腫れて熱い部分に、唇でそっと触れた。



- 完 -



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※スカル&ボーンズ→イェール大学にある秘密結社。
   米国ブッシュ大統領父子や、歴代CIS長官も、ここの出身だそうです。

※ラブコメ20題『18.触れたら溶けると思います』
   (サブテーマ→指に触れる愛が5題『唇に指を這わせ』)

2016/04/24(P)  :  2016/09/08 加筆修正

 

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