夜想愛夢⑪







「皆様、ようこそ我らが『青い部屋』へお越しくださいました。」
「只今より、真夏の夜に相応しい儀式を執り行いたいと思います。」


月島母と山口の二人が籠城していた、旧大蛇の城…『青い部屋』。
新たな城の主である、女帝・月島母とその正統なる後継者・山口の招聘により、
主に仕える月島家の父兄弟、元々いた神である大蛇・山口夫妻、
そして彼らと縁深い相生の松・黒尾と赤葦の、計9名が集まった。

今宵はこれから、この9名で真夏の夜の儀式…『百物語』を行う予定である。
9名のうち過半数は、儀式前から若干青い表情をしているのは…気のせいか。


全てが青で統一された部屋に、青い衣を羽織った面々は、
神妙な面持ちで互いに深く頭を下げ…そのツラを上げた瞬間、吹き出した。

「おばさん…全っっっ然『百物語』っぽくない雰囲気になっちゃってるよ~!」
「ホントよね~黒尾さんに上手く一杯、食わされちゃったわね~」

『青い部屋』及び、『百物語』へのお誘い、ありがとうございます。
正式な『百物語』には、参加者は『青い衣』を身に纏うとのこと…
我々までもご招待を頂いたことへの、心ばかりの御礼として、
相生の松コンビから、皆様に『青い衣』を贈呈させて頂きたいと存じます。

「な~んて言うから、僕達も楽しみに待ってたら…まさかコレなんてね。」
「これも間違いなく、真夏の夜に相応しい『青い衣』…さすがだな、黒尾君。」

黒尾が用意したのは、全員お揃いの青…『法被(はっぴ)』だった。
その背には、定番の『睦』の文字が染め抜かれ、裾には白波…まさに夏!だ。

「『睦』の字は、仲良く、つつしんで、和らぐって意味…」

この場に…『仲直り』と『親睦』に、一番相応しい文字だと思って選んだんだ。
黒尾はニヤリと笑うと、月島母も「参ったわ。」と笑顔を見せた。

皆の与り知らぬ所で、黒尾と月島母の間では、何らかの『会談』があった模様…
母が喜んで法被を着ることで、黒尾の策を受け入れたことを表現したようだ。


「そして、これは俺から…本日の『御神酒』として、奉納致します。」

赤葦が恭しく差し出したのは、夜を思わせる濃紺のラベルの日本酒…
その名も、『真夜中のバカンス』だ。




「名前も『バカンス』だし、満月と月下美人の絵だし…
   京治クンのお酒も、『百物語』っぽくないね~めっちゃ美味しそうだけど。」
「月下美人の花言葉は、『儚い美・儚い恋』です。ピッタリですよね?」

『月』と『儚い』…夢繋がりですよと、笑顔で断言する赤葦に、
『月』の男達も「ここぞ!」とばかりに畳み掛けてきた。


「私から母さんへの献上品は、この青い髪飾り…アラゴナイトだ。」
「アラゴナイトは、青霰石…仲良しの象徴・二枚貝の殻と同じ成分だよ。」
「つまり石灰…『おせっかい』な黒尾さん繋がりかな。
   あと、有名な青霰石の産地と言えば、赤谷鉱山…赤葦さんにも繋がるんだ。」

月島父は、月島母の髪…豆絞りの上あたりに、青い髪飾りをそっと差し込んだ。
兄が鏡を出して、その姿を母に見せ、弟は「良く似合ってるよ。」と称賛…
気を良くした女帝は、「みんなありがとう~♪」と、至極ご満悦だった。


「ここまで賑やかに出揃うと、とても『百物語』をする気には…ならんな。」
「この状況で語り合うべきは…怪談っていうよりも、やっぱりコレじゃない?」

月島家の『仲直りの儀式』を静観していた大蛇夫妻も、柔らかく微笑みながら、
『青い衣』…揃いの法被の袖を広げて、会合目的の変更を体で示した。

「歴史上、『青』と名の付く女帝が存在した…飯豊青皇女だ。」
「この『青い部屋』に、元々いた神として…
   今宵は彼女について考察することを、提案させて貰ってもいいかな?」

大蛇夫妻の発案に、月島家の男達と黒尾&赤葦は快諾…盃を掲げた。
それを見た月島母と山口も、ニッコリ顔を見合わせて盃を掲げ、承諾を表した。


「では、今宵の『酒屋談義(拡大版)』で取り上げるテーマは、
   青の女帝…『飯豊青皇女』に決定します。それでは、カンパ~イ♪」

月島母の音頭で、月島&山口家及び、黒尾&赤葦による、
賑やかな『酒屋談義』がスタートした。





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「じゃあまず、飯豊青皇女とはどういう女性か…ザっと大まかな説明するね。」

月島母と山口が、刺身の大皿(鯛や鮃)や蛸の酢の物、烏賊の煮付等、
様々な『竜宮城』っぽい料理を並べ、まかないに精を出す…
文字通りに女帝達からの『ご招待』だったことに、呼ばれた側は恐縮しながら、
いつも通り明光が、考察の前提となる基本データを全員に示した。


「飯豊青皇女(いいとよあおのひめみこ)は、5世紀末頃にいた王族だよ。」

5世紀と言えば、日本は古墳時代…前方後円墳が各地に作られていた頃だ。
第22代清寧天皇と、23代顕宗天皇の間の『つなぎ』として一時執政し、
一説では飯豊天皇とも呼ばれた、『女帝』の先駆的存在である。

「女帝と言えば、聖徳太子が仕えた推古天皇…確か第33代だったっけ?
   それが6~7世紀の話だから…それより100年以上も前の話だよね。」
「待って山口。僕達は推古天皇を歴代天皇の中で『最初の女帝』って習った…
   飯豊青皇女…飯豊天皇なんて女性、聞いたことないんだけど。」

ちらし寿司を頬張りながら、弟達は兄に確認…明光は「その通り」と頷いた。

「彼女は、記紀では天皇と認められていないんだよ。」
現在も宮内庁は、歴代天皇には数えられないが、天皇の尊号を贈った…
彼女は『不即位天皇』だという立場をとっている。

「不即位天皇…つまり、『存在を消された天皇』ってことだな。」
「なぜそんな扱いを受けたのか…名前である程度わかりますね。」

ある程度というよりか、モロに『名は体を表す』じゃないですか。
赤葦はため息をつきながら、冷蔵庫から地ビールの瓶を取り出した。

「飯豊(いひとよ)は、『フクロウ』の古語です。」




梟(フクロウ)が歴史上、どんな存在で、どういう扱いを受けてきたのか…
かつて『酒屋談義』でそれを語り合っていた4人は、一様に表情を曇らせた。

梟は鳥の王たる存在。鳥は神の…『蛇』即ち『まつろわぬ者』の使いだった。
飯豊青皇女の出自を見れば、おそらく彼女が『蛇』に連なるとわかるはずだ。

「明光さん。彼女の系譜は…?」
「別名が青海皇女(あおみのひめみこ)、あとは忍海郎女(おしみのいらつめ)…」

父は第17代履中天皇…その父は16代仁徳天皇。『百舌鳥(もず)耳原』が陵で、
古事記では『大雀命』という名前で出てくる、鳥づくしの人だ。
そして、履中天皇の母…飯豊青皇女の祖母は、葛城襲津彦の女・磐乃姫。

「葛城襲津彦(かつらぎのそつひこ)は、武内宿禰(たけうちのすくね)の子だ。」
「葛城氏だけでなく、紀氏、巨勢氏、平群氏、そして蘇我氏の祖とされる人…」
古代日本を治めていた、有力豪族達であり、鳥とも関係が深い一族だ。

特に、平群氏の祖となった平群木菟宿禰(へぐりづくのすくね)は、
『木菟』という名前がモロにミミズク…梟の一族である。
そんな鳥の一族・履中天皇の妻…飯豊青皇女の母も、葛城氏の出である。

「葛城葦田宿禰の女・黒媛…妙な所で、赤『葦』と『黒』尾に繋がるんだよ。」


いきなり名指しされ、驚きを隠せない二人に構わず、明光は話を続けた。

「飯豊青皇女は、葛城氏が滅亡の真っ只中にあった頃の女性…
   別名の『忍海』は、葛城氏の本拠地だった、葛城山の地名でもあるんだよ。」

この『葛城』がどういう土地なのか…それを見れば、
飯豊青皇女がどういう系譜の女性なのかが、よくわかるんだよ。

ここは父さん…宜しくね。
バトンを渡された月島父は、糸のような珍味・烏賊素麺を慌てて飲み込み、
「口直しだ。」と言いながら、くず饅頭を頬張って話を継いだ。


「葛城…葛(くず)は、他の樹々に絡まるツル性の多年草だ。
   その植生故に、古くから『蛇』を表す植物…葛城とは『蛇の城』だよ。」

また葛は、葦や竹と共に、籠(かご)の材料として用いられてきた。

「籠を作る材料になるのは、蛇にまつわる植物が多いんだね…」
「籠の城で『籠城』だし、籠で絡めると書いて『籠絡』…
   甘い言葉で巧みに手懐け、自分の思い通りに操ることだよね。」

蛍よ、まさにその通りだ。
『籠絡』されてしまった存在…お前達に深く繋がる『鳥』が居ただろう?

「葛城は、天孫降臨の地として有名だ。
   甘い言葉に騙され、蛇を裏切って神武天皇を導いた『籠の鳥』は…」
「八咫烏(やたがらす)…っ!!」

神武天皇が葛城の地を『治めた』のが、土蜘蛛討伐の話である。
この地に元々いた土蜘蛛という化物を、葛の網で捕らえて殺した挙句、
二度と出てこられないよう、岩を乗せて閉じ籠めた…『天岩戸』のように。
葛城山麓にある葛城一言主神社に、その跡である『蜘蛛塚』が残っている。

「土蜘蛛を、葛で絡めて…」
「籠城…させられたんだ。」

土蜘蛛のことを、『土雲』や『国栖』とも書く…国栖は葛(くず)の別名だ。
蜘蛛は雲に繋がる…葛城も『死者の国』という扱いを受けたのだ。


(鳥山石燕『今昔図画続百鬼』)


「それだけではない。土蜘蛛達の首領の名は『八十梟帥(やそたける)』だ。」
「梟っ…!!」

「そして、土蜘蛛の別名には、『八束脛(やつかはぎ)』というのもある。
   八束脛は、蜘蛛の見た目通り…『脛が長い』という意味だ。」
「脛が長い…『長脛彦』だよっ!!」

これでもかというぐらい、土蜘蛛は…葛城は『蛇の城』だと語られる。
今まで考察してきたことが、息苦しくなるほど絡み合う…

「蜘蛛塚に閉じ籠められた土蜘蛛は、手足を切り落とされていたんだ。」
「要するに、足無し蛇・手無し蛇…足名椎・手名椎とも繋がるんだよ。」

ということは、彼らと同じように、元々いたのに『客人』として貶められた、
荒脛巾(アラハバキ)…製鉄の神とも、当然ながら繋がることになる。


「葛城山は、銅の産地だよ。『青』と呼ばれる岩緑青…葛城は『青』の地だ。」

明光は鞄の中から、小箱に入った青緑に輝く鉱石を取り出し、皆に見せた。




「葛城山と青の繋がり…もう一つある。 ねぇ赤葦君、葛城山に掛かる枕詞は?」
「…あっ!『青旗の』ですっ!青旗は、酒屋の印…酒すなわち蛇ですよ!」

こうしてみると、『飯豊青皇女』は、これ以上ないくらい、蛇に絡まれた名だ。
むしろ、絡まり過ぎて、閉じ籠められているといっても過言ではない。

茫然とする4人に、月島父は一言ずつ力を込めて、静かに言葉を放った。


「蜘蛛塚がある一言主神社の主祭神は、『青摺の衣』を着た一言主神だが、
   この神は、善事も凶事もたった一言で言い放つ『宣託の神』なんだ。」

神の宣託を受ける存在が、神に捧げられた…巫女である。
そして、『葛』という漢字…植物を表す草冠の下は、
『死者の前でよみがえりを求める』姿…まるっきり巫女である。

「ちょっと遠いけど、『たったひと言』が運命を左右するっていうのは…」
「リストの『愛の夢』ですね。
   汝が墓の前で嘆き悲しむ時が来る…これも『葛』の、巫女を感じさせます。」


月島父は、母の髪に差した飾りに優しく触れながら、少し悲しそうな目をした。

「死者のよみがえりを求め、舞を捧げた巫女が、天鈿女命(あめのうずめ)だ。
  『うずめ』とは、簪つまり…櫛。櫛名田比売にも繋がるんだ。」

天鈿女命は、大國魂神社の例祭・『くらやみ祭』の主役でもあり、
更に、この髪飾りに付いた青霰石の産地が、飯豊青皇女にも直接繋がる。


ここからは…山口先生、お願いします。

月島父は、バトン代わりに山口母の盃を満たすと、それを一口でかか呑みした。
そして、空になった盃を置くと、端的にその関係性を語った。

「青霰石の産地は赤谷鉱山…別名・飯豊鉱山だ。」





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飯豊(いいで)山地は、福島・山形・新潟の三県にまたがる峰で、
赤谷鉱山はこのうち新潟県新発田市の、加治川上流にある。

「加治川って、まるっきり『鍛治』…タタラやってました系の名前だよね~」
「この飯豊山地の中心となるのが、三県の県境にある飯豊山(いいでさん)だ。」

飯豊山の名前の由来は、飯豊…梟が沢山いた山だとか、
温泉…湯出(ゆいで)→いいで、という説もあるのだが、
もっとダイレクトに繋がるのが、飯豊青皇女である。

元々この山は豊受比売命(とようけびめ)の神域だったが、
飯豊青皇女が御幣を奉納したことから、『飯豊山』と呼ぶようになったそうだ。

「豊受比売って、伊勢神宮外宮の神…天照大神の『食事係』ですよね?」
「『うけ』は保食(うけもち)神…稲荷神にも繋がる、穀物の神様だな。」

赤葦と黒尾の言葉に、山口先生は軽く瞬きして「正解だ。」と示した。

「『とよ』とは、神の宣託のこと…『豊受』も『飯豊』も、
  『神の宣託を受ける穀物神』という、ほぼ同じ意味の名前だな。」
「梟が沢山いて、湯…溶けた金属が湧き出る、穀物の神の地…蛇の山だね~」

また、豊受比売のいる伊勢神宮外宮が、現在の位置に遷る前に、
一時的に遷座した場所を、『元伊勢』というのだが、
そのうち一つが、籠宮とも呼ばれる『籠神社(このじんじゃ)』である。

「籠の城に…繋がった。」
「蛇の神は、籠められてしまう…?」


また、豊受比売の伝説には、羽衣伝説に非常によく似た話もある。
8人の天女のうち、残された1人が豊受比売…どこかで聞いた話である。

「8人姉妹のうち、残された1人…櫛名田比売だな。」
飯豊青皇女と豊受比売、そして櫛名田比売と天鈿女命が…繋がった。

「羽衣と言えば、龍…蛇の織物。織物と言えば、租庸調の『調』ね。
   忠ちゃんと話した、月宮…調神社の祭神にも、豊受比売がいるのよ。」
「月の兎が持ってる臼が、穀物と繋がるのかな?」

月島母と山口が、仲良く「餅~つき、ぺったんこ~♪」と歌っていると、
それを聞いていた山口母が、梟ビールの瓶を杵のように振り、
山口父の掌に「ぺったんこ♪」と軽く付き、話の続きを渡した。


瓶を受け取った山口父は、しばらく瞳を閉じていたが、
瞼を静かに開き…澄み切った視線で『青の部屋』を見渡した。

「どうして幽霊が怖いのか…その理由がわかったよ。」


突然の話の飛躍に、山口父以外の全員が言葉を失った。
全てを見透かす、元祖大蛇…その口から語られる言葉に、全神経を集中させた。

「まずは、何故幽霊の話になったか?答えは…アレだよ。」
山口父が指差した先には、浅葱色の紙が巻かれた、行灯があった。

「『百物語』を最後までやり遂げると現れる怪異が、『青行灯』だよね?
   石燕の『今昔百鬼拾遺』で、青行灯の前に描かれていたのは、裁縫道具と…」
「櫛…だわ。」


(鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』)


女性の嫉妬や怨念を表すとも言われる青行灯に、裁縫道具と櫛があるのは、
怨念を抱いて死んだ女性のイメージに、繋がるから…と言われている。

「裁縫…織物と櫛は、神に捧げられた女性を象徴するもの…」
「無理矢理『籠城』させられ、神の宣託を受ける…巫女だ。」

山口父は梟ビールの瓶を弄びながら、その瓶底を正面にスッと向けた。


「ねぇ蛍くん。幽霊は何のために出てくると思う?」
「えっ!?それは…何かを告知したり、要求したりするため、かな。
   その極端なものが『祟る』…あ、『出で示す』って、ぴったりな漢字だ!」

突然指名され、一瞬慌てたが、答えている途中に気付いたことに、自分で喜び…
「さっすが蛍くん♪」と山口父にも褒められて、嬉しそうに微笑んだ。
だがその笑顔は、山口父が次に放った言葉で、瞬時に消え去ってしまった。

「この『示』は、神に生贄を捧げる台の象形で…『国津神』を表すんだよ。」
「え…それじゃあ、幽霊って…」

『死者』とされた者には、歴史を語る権利はない…『死人に口なし』だ。
伝えたいことがあれば、幽霊として『出で示す』しかないのだ。

「何かを告知したり、要求したりする…これってまんま、『神の宣託』じゃん。
  『人ならざる者』という意味では、神も幽霊も同じだよね。」

死者の言葉を伝える巫女…福井で語り合った菊理媛神(くくりひめ)の子孫が、
死者と生者を繋ぐ存在…恐山の『イタコ』である。


「幽霊は、その正体が誰であるかわかっていても、怖い…金縛りと同じくね。」

金縛り以上に幽霊が怖いのは、むしろ正体が『わかっている』から…
なぜその幽霊が『祟る』のか、心当たりがあるから、本能的に怖いのだ。

「幽霊…祟る神は、国津神。国津神は、蛇…まつろわぬ者達です。」
「幽霊を一番恐れていたのは、彼らを虐げた側…歴史の勝者達だ。」

だからこそ、為政者達は莫大な費用と時間をかけて、社寺を造営したり、
『主祭神不明』の神社に、毎年奉幣…後ろめたい気持ちがあるからだ。


『青い部屋』の中に、山口父が「ぺったんこ♪」する音だけが、響き渡る。

「幽霊は死者…『過去の人』。過去つまり『むかし』を表す漢字が…『旧』。」

『旧』は略字で、元々は『舊』と書く。
これは、『臼』に縛りつけられた『木菟(ミミズク)』の象形である。

「つまりは、『梟』…ですか。」
「梟と臼が、穀物と月宮(調神社)に繋がる…繋がれている。
   そしてそれらは全て『旧』…元々いた『まつろわぬ者』を示すんだよ。」


山口父の話を聞いているうちに、何かに身体を絡められ、
青い海の底に引き摺り込まれるような…息絶え、溺れてしまいそうになった。

ある程度は予想していたが、単に『百物語』で怪談話をするよりも、
もっと闇が深く、もっと恐ろしいものに触れてしまった…そんな気がする。

事実は小説よりも奇なり…とは言うが、歴史は怪談よりも忌、かもしれない。


「ここまで来れば、わかるよね…忠?」

元祖大蛇は、その血を色濃く引く愛息子に、梟ビールを引き継いだ。
両手でしっかりとそれを受け取った山口は、父にソックリな表情で頷くと、
澄み切った声を、青い水底に響かせた。


「俺もわかったよ…『青衣の女人』が、誰なのか。」





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『歴史の闇』だとか、『隠された真実』だとか、よく言うけど、
実は全然隠されてない…あからさまなほどに、証拠が残ってるよね。

今回の考察だって、やっているのはほとんどが『事実の確認』だけ…
地名や漢字の由来、神社の縁起や祭神を調べて、繋いだだけだもん。
歴史や民俗学の専門家じゃなくても、誰でも調べればわかることばかりだった。

「それでも、『酒屋談義』の度に驚いてしまうなんて…情けなくなっちゃうよ。
   本当に俺達は、『見えるもの』すら、ちゃんと見ていないんだなぁ~って。」

存在するもの…『見える』ものも、まともに見てないのに、
存在しない『夢』や幻の話に現(うつつ)を抜かしてるなんて…ね。

やや自嘲気味に山口は力なく微笑んだ。
そして、水中を漂っていた表情を引き締め、話を現に戻した。


「東大寺の修二会で『過去帳』を読み上げている時に、
  『なぜ私の名がないのか』と出で示した幽霊が…『青衣の女人』だった。」

『青衣の女人』という名は、その幽霊にあった僧が、咄嗟に呼んだもの…
女性の正体は『青衣を着た鎮魂すべき超大物』だということだろう。

「誰だかはっきりわからないけど、『青衣』ってだけで超大物だとわかった…
   僧が見た『青衣』は、今でいう青じゃなくて、緑に近い色じゃないかな。」

明暗を表すのが白と黒。鮮やかさを表す赤。それ以外の曖昧な色は全て青…
かつて大和言葉には、白・黒・赤・青の4色しか存在しなかった。

つまり、薄緑…今でいう黄色から、灰色や黒に近い濃紺も、全て『青』だった。
その中で、一目で『超大物』と判別可能な青は…『黄櫨色(はじいろ)』だ。

「ある一定の身分以上の殿上人しか着ることが許されない色が、禁色…
   その中でも黄櫨色は、天皇のみに許された色…天皇のための『青』なんだ。」


東大寺の僧ですら、ビビって咄嗟に名を呼び、鎮魂対象にした『青衣の女人』。
幽霊として出で示さなければ、鎮魂すらして貰えなかった…
歴史から『存在を消され』てしまった、青衣を着た超大物女性は、

「飯豊青皇女…じゃないのかな?」


第21代雄略天皇の、過激な血の粛清によって、有力な皇位継承者が消え、
第26代継体天皇が即位するまでの間、権力の空白状態が生まれてしまった。

その期間中、豪族間の権力闘争も激化…既に無力化していた葛城系の皇族を、
22代清寧、飯豊青皇女…『お飾り』で擁立しておくことで、
豪族間の無用の争いを、回避していたのではないだろうか。

「継体天皇の即位後、ヤマトで権勢を誇ったのは…蘇我氏。
   役目を終えた葛城氏は、歴史の表舞台から、消されてしまったんだ。」

そんな蘇我氏も、結局その後は藤原氏に取って代わられる…
藤原不比等&持統天皇の歴史編纂によって、それ以前に権威を振るった氏族は、
『元々いた神』『まつろわぬ者』として封印されていくのだ。


「神話や伝説は、ただの『夢物語』なんかじゃない…
   本当に存在した『歴史的事実』を、如実に表してるかもしれないんだね。」

歴史を見れば、飯豊青皇女が記紀では『天皇』と認められず、
その後に権力を握った者達から、存在を消された経緯も、読み取れてくる。

邪魔になった葛城氏達を、土蜘蛛や梟、蛇だと言って『討伐』してきた事実…
飯豊青皇女なら、出で示す理由も、鎮魂を要求する理由も…納得だよね。

「これで、全ての考察が…繋がった。」

山口は悲しみに溢れた瞳で、わずかに残った盃を、綺麗に飲み干した。


しん…と、深海のように、音の消えた『青い部屋』に、
重々しいマリンスノウが、場を封じ籠めるように、しんしんと降り積もる。

今回の考察は、きっと悪夢のような結末になる…誰もがそう予測していたのに、
実際に検証し、『言葉』として露わにすると、その重さは筆舌尽くし難く、
誰もが二の句を継げないまま、降り積もる雪を茫然と眺めていた。


その沈黙を破り、浮上のきっかけを作ったのは…黒尾だった。

「俺もわかったよ。はっぴを『法被』と書く理由と…それが『青い』理由。」

なぜ祭で着るはっぴを『法被』と書くのかは、よくわかっていないそうだ。
いろいろと調べてみたが、結局わからずじまいで…悶々としてたんだよ。


法被、法律、仏法…『法』って漢字の構成は、『水+廌(たい)+去』で、
廌は古代、裁判に使われた(法廷に捧げられた)神獣を表す文字である。

「漢字の意味は、『裁判に負けた神獣を水に流して消し去る』…なんだよ。」
「それって、穢れを神に被せて水に流す…大祓と全く同じじゃないですか!」

六月と十二月の晦日に、罪や穢れを祓戸の神…瀬織津姫達に『かか呑み』させ、
水に流す儀式が、大祓…元々いた神に、全部押し付け、あの世に送るものだ。


「『祭の本質』には、勿論『子孫繁栄』もあるが、
   もう一つ大きな役割が、祀られた神々の…『鎮魂』だ。」

年に一度、例大祭の日にだけ、閉じ籠められた『本殿』から出して貰え、
『神輿』に乗って町中を大暴れし…溜まった怒りを鎮めるのだ。

「青は、死者の色…『鎮める』色だ。」

我々も貴方様と同じ『死者』…貴方様のお気持ちは、痛いほどわかります。
ですから、どうかその怒りを鎮め、我々と仲睦まじく、和らいで下さい…

「法被の背によく書かれている『睦』の字も、『目+高く盛った土』…
  『土』は、『地の神を祀るために固めた土の柱』の象形だ。」

神を神輿等の高い位置に祭り上げて、存在を確認することで、鎮魂する。
貴方様のことは忘れていませんから…それを示すのが、『睦』なのではないか?


「存在を忘れずに、語り継ぐこと…これこそが鎮魂だとすると、
   同じ『青い衣』を着て語り継ぐ『百物語』の意味も…祭りと同じかもな。」

冗談半分で法被を用意したけど、まさか『百物語』に繋がっちまうなんてな。
そう言えば、法被は『火消し』達が着ていた半纏が元になっている…
『火消し』だなんて、火の神…タタラの神を鎮めるには、うってつけだよな。


「今日語った全ての神々に…献杯。」

黒尾の音頭に合わせ、全員は静かに盃を捧げ…『酒屋談義』の幕を下ろした。





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「さて、真夏の夜に相応しい儀式…鎮魂も無事に終わった。残るは…」


しんみりとした空気を打ち破ったのは、月島父だった。
気味が悪いぐらい明るい声で、妙ちくりんなダンス?を踊りながら、鼻歌…
雰囲気を台無しにする月島父に、一同からは冷た~い視線。

だが父は、そんな扱いも全く気に留めることもなく、すこぶる上機嫌だった。

「諸君は忘れているかもしれないが…明日から我々は、バカンスだ!
  『トロピカ~ル☆』な海へ…プライベートビーチのある別荘へGO!だぞ。」


確かにそんな話をしていたような…と、呆れ顔を見合わせる、月島母兄と山口。
そんな話は初耳だと、こちらも呆れ顔の…山口夫妻と黒尾&赤葦、そして蛍。

「別荘を借りたのは2泊3日…既に食事のケータリングサービスも予約済。
   我々は日頃の疲れを癒し、のんびりバカンスするだけ…ステキなプランだ。」

どうだね忠君、この完璧な計画…おじさんをもっと褒めてくれてもいいのだぞ?
よくわからんうちに蛍に巻き込まれ、仙台まで来た黒尾君達にも…ご褒美だ。

「謹んで…遠慮致します。月島&山口家の皆さんで、楽しんで来て下さい。」


勝手に話を進める月島父の申し出(押し付け)を、黒尾はピシャリと断った。
だが、次の言葉に、アッサリと籠絡された者が…約一名。

「別荘には、バーカウンターもあるぞ。酒も器具も自由に使っていいそうだ。」
「さすがは敬愛する月島のおじ様…喜んでトロピカ~ル☆させて頂きます♪」

音がするほど『バチッバチッ♪』と、上目遣い&瞬きを送ってくる赤葦。
その仕種が『セクシー』に突入する前…比較的安全な『キュート』なうちに、
黒尾は急いで両手で大きく『○』…『万事了承』を示した。


「僕達も、喜んで『トロピカ~ル☆』に行かせて貰います~♪」
「北欧は涼しかったからな。温暖な海水浴…願ってもないことだ。」
「俺も、休み取れたから…バカンス行きたいね~」

山口夫妻と、明光も快諾。
残るは蛍&忠と…月島母だ。

「父さん。僕自身はこのバカンス…凄く嬉しいんだけど、その…」

月島父がどう出るか…母がどう反応するか、心配そうに見つめる息子達。
父は一瞬、グっと涙を飲み込み、二人の頭を優しくポンポン撫でた。


「本来ならば、9名全員で行きたいところだが…寝室が3つしかないのだ。」

一度に9名は泊まれない…だから、『2泊3日』を『1泊2日×2』に分割し、
明日から明後日の昼まで、蛍&忠君と、黒尾君&京治君の4人が滞在。
明後日昼から、残りのオトナ5人に交代…この案でどうだろうか。

「忠君と『トロピカ~ル☆』できないのは、痛恨の極み…化けて出そうだが、
   こういう状況だから、私は草葉の陰で涙を飲むことにするよ。」

「おじさん!ありがとう…大好きっ♪」
「父さん…あ、ありがと。」

予想外にオトナな対応をした月島父…全員がこの夏一番の驚きを見せた。
涙と鼻水に溺れながらも、可愛い忠君に『大好きっ♪』と言ってもらえた父は、
昇天しそうな笑顔…どうやら無事に浮かばれそうである。

明光に涙と鼻水を拭いてもらうと、月島父は緩み切った顔を引き締め、
黙ったままだった月島母に向き直り、真剣な表情で頭を下げた。


「母さん。またしても私が勝手に決めてしまい…ごめんなさい。」

だが、これは『サプライズ』…どうか赦してもらえないだろうか?
そして、この『青い部屋』から出て、私と共に『ひと夏のアバンチュ~ル』を…

ビクビクと怯えながら、仲直りと籠城解除を願い出る月島父。
そんな父を、母はギュっと抱き締め…満面の笑みで辺りを照らした。

「お父さん…素敵♪」


こうして、月島母と山口の籠城事件は、無事に幕を閉じ…

いや、大きく開いた。





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※梟、八十梟帥について →『鳥酉之宴
※菊理媛神について →『福利厚生④




2017/08/16

 

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