夜想愛夢③







「青い空、青い海。一番青いのは…」


ただいま~!と大きな声で玄関を開けると、家のあちこちから足音がした。
おそらく3人しか居ないはずなのに、その倍ぐらい居るように響き渡る足音…
出迎えてくれる家族達の元気の良さに、自然と笑みが零れて来た。

「たったたたっ…忠君っ!!よく帰ってきた!おじさんは嬉しいぞっ!!」
「忠ちゃん、お帰りなさ~い♪暑かったでしょ~?リビングで涼みましょ~♪」
「忠お帰り~!アイスあるから、一緒に食べようよっ!」

突然帰省する…しかも独りで帰る!と、『実家』に連絡を入れた山口。
電話に出た母も、電話口の向こうにいた父と兄も、驚くより先に大喜び…
可愛い『息子(弟)』の帰省を、やや異常なぐらい大歓待した。

月島と結婚…月島家の養子になった山口にとって、この家も『実家』ではある。
本当の実家である『山口家』は、実の両親の渡欧に伴い売却…
辛うじて存在し、手を離れてはいないものの、今はがらんどうの空家状態で、
とてもじゃないが、『の~んびり実家に夏の帰省』とは言えない。

養子になる前から、月島家は山口にとって『ほぼ実家』的な場所ではあったが、
やはり血の繋がりがあるわけでなく、未だ堂々と『実家!』と言い切れない…
(その理由の大半は、『ちょっとだけ照れ臭い♪』という、他愛ないものだ。)
自分だけで帰省してもいい実家なのか、ほんの少しだけ不安に思っていた。

だが、実際に帰ってみると、その不安は杞憂でしかなかった。
月島家の家族から、自分が溺愛されていることは、火を見るよりも明らか…
むしろ、別の意味で不安になってしまうぐらいの、愛されっぷりである。

   (ここもちゃんと…俺の『実家』だ。)

家族達には見えないように、こっそりと安堵のため息を付いた山口は、
3人に思いっきり引っ張られながら、涼しいリビングへと入って行った。


「夏休みのバカンス先をどこにするかでケンカって…可愛いなぁ~もうっ!」
「海か山か、はたまた家か…たった4人で意見が合わないのか?」
「それにしても、蛍じゃなくて黒尾さんが海を嫌がるなんて…意外ね~」

真っ青な庶民派ソーダアイスで、舌をブルーに染めながら、一家団欒。
皆は夏のバカンス…どこがいい?と山口が聞くと、三者三様の返答があった。

「私は海だな。夏と言えば青。真夏の青い海は、やはり魅力的だ。」
「俺は山かな。山の青々とした木や森だって、夏らしくていいじゃん?」
「日焼けはレディの大敵…室内がいいわぁ。青なら建物内にだってあるわよ?」

そうねぇ、夏らしい爽やかな青だと…
アクアマリンにサファイア、ラピスラズリやターコイズなんかもいいわよね♪
ちなみに、同じ『青』でも、明光が言ってた『青』は『蒼』…植物の青で、
私の言う『青』は、『碧』とも表現される…鉱物の青を表すそうよ。

「鉱物の青だと…マラカイトやアイオライト、アウイライトとか?」
「なんか、ツッキーが好きそうな石シリーズっぽいね~!」
「…アンモナイトの新種か。蛍にとっては、化石の方が宝物だろうな。」

巧みに宝石から話をそらせる、男達…父は「ちょっと青椿へ。」と逃走した。
母はやや不満気に頬を膨らませながら、いってらっしゃいと父を送り出したが、
すぐに気を取り直し、次男坊について話題を転換した。


「『山口の水着姿をこの目に焼き付けるのが、僕の…夏の夢!』だとか言って、
   忠ちゃんを怒らせちゃったんでしょ?ホントにもう…素直な子なんだから♪」
「蛍なら言いそうっ!!あ、それで黒尾君は海を嫌がったのかな?
  『赤葦のハダカを他人に絶対見せたくねぇよ。』とか言っちゃってさ~!」
「どっちもほぼ正解だよ~ホント、夏だからって、欲にまみれすぎだよね。
   赤葦さんなんて、ヤキモチ焼くこともコミコミで、『海希望☆』なんだよ~」

ツッキーの言う『夏の夢』がショボすぎて、俺…ビックリしちゃったよ。
せめて、『夢』も『海』も、『暗い』っていう意味をもつ漢字なんだよ~とか、
月の暗い部分が『海』で、この月の海に『豊かの海』ってのがあるんだけど、
そこから名前を取った『豊穣の海』は、『夢』をモチーフにした小説…

「月と海、そして夢が繋がった…
   ツッキーなら、これぐらいの考察はして欲しいよね~」
「赤葦君なら、カクテル『夢一夜』にはパルフェ・タムールを使う…
  『ブルー・ムーン』と同じお酒を使いますよ~ぐらいは、言うべきだよね。」
「『豊かの海』の隣が『神酒の海』で、青旗と言えば、中国の酒屋の看板…
   赤葦さんを喜ばせるためなら、黒尾さんもこれぐらい言わなくちゃ。」

『夢一夜』は、作ってから15分以内に飲まなければいけないカクテルだが、
飲みやすさの割に度数が高く、またその『賞味期限』の短さを口実にして、
意中の人を早く酔わせる…『一夜の夢』を叶えるためのお酒とも言える。

「『15分』ってのは、夢が叶うこと…満願成就を祈願して、
   月が満ちる『十五夜』に掛けているのかもしれないね~」
「夢も酔いも、どうか醒めないで…媚薬のパルフェ・タムールにピッタリね♪」


月・青・夢・海…夏にピッタリな繋がりを探す『月島談義』を楽しんでいると、
『夢一夜』の賞味期限ギリギリぐらい経って、月島父が青椿から戻って来た。

「青い空、青い海。だが、一番青いのは月…蛍もまだまだ青いな。」

父は勝ち誇ったような満足顔で、ドカリとソファに腰掛けると、
壁に掛かったカレンダーを指差し、喜べ諸君!と踏ん反り返った。

「3日後、我々4人で夏のバカンスに行くことに決定したぞ!」


忠君の水着姿をこの目に焼き付けたい…だから海へ行こうなど、
我が息子ながら、実に…素晴らしい案じゃないか!だが、まだまだ青いっ!
不特定多数に忠君の御肌を曝すなど、言語道断…安全な場所へ籠めた上で、
真夏の夜の夢を…『トロピカ~ル☆』を独り占めすべきだ!

「というわけで、人目に付かない場所…知人の別荘を借りておいた。
   誰にも邪魔されないプライベートビーチで、アバンチュ~ル☆を過ごすぞ!」

   トッロッピ~カルッ 恋して~る♪
   格安~ 2人…4人旅~♪

鼻歌を歌いながら、カレンダーに『忠君と、ひと夏の…♪』と記す父。
母、兄、末弟の3人は、その姿と暴挙に唖然…慌てて末弟・山口が尋ねた。


「おっ、おじさんっ!ほ…本当に…?」
「あぁ、本当だとも!トロピカ~ル☆な夢を叶える…私は本気だぞ!」

忠君、はしゃいじゃっても良いのだぞ?
交通渋滞や大行列とも無縁のビーチ…実に嬉しいバカンスじゃないかな?

「う、うれしいけど…でも…」
「独占とは言え、近場の海は嫌かね?やはり常夏の島へ行きたいかい?」
「違っ!嫌とか、そんなんじゃなくて…海も好きだし、好きだけど、でも…」

さぁ、今からおじさんと一緒に、水着を買いに行こう。
ちょっぴり「コレをマジで着るのね…」な水着を選んでも、大丈夫だよ?
忠君なら、どんな水着も絶対に似合う…ダイエットだって全く必要ないぞ!

月島父は、困惑で固まる山口の手を取って立ち上がろうとしたが、
その手は真横からバシッ!!!と…まるで蚊を殺すかのように叩き落とされた。

「痛ーーーっ!!な、何を…っ!?」

抗議の声を上げようとした父は、真横の冷たい顔を見て…真っ青に硬直した。


怒りに打ち震えるでもなく、悲しみに涙するわけでもなく。
ただただ、静かに…哀愁を帯びた瞳で遠くを見つめ、母は小さく呟いた。

「約束…破っちゃうの?」


蛍達の結納事件の時、お父さんが私にくれたラブレター…凄く嬉しかったわ。

  もう二度と一人で勝手に暴走しない。
  二人一緒に話し合ってから決めるよ。

いつも一人で大暴走して、何でも勝手に決めてたお父さんが、本当に反省して、
私にラブレターを書いてくれた…蛍達の結婚と同じくらい、感激したのよ?

「それなのに…それなのに…っ」

私、大切な家族とのバカンスは、家族皆の意見を聞きながら、決めたかった。
『決定会議』そのものを、皆で考察…お喋りしながら、楽しみたかったの。

「お父さんと一緒に、私も暴走したかったのに…ラブレター、嘘だったの?」

私の大好きなお父さんが、ラブレターの約束を破るなんて…信じられないわ。
これはきっと…真夏の夜の悪夢。お父さんが嘘ツキになるなんて…イヤよ。

「悪夢から目醒めるまで…夢の世界に閉じ籠ってるわ。」

母は哀切の情を湛えた視線を彷徨わせ、山口の手を引き…玄関から出て行った。



「あーあ、父さん…やっちゃった。」
「マズい…お母さん、超絶激怒だ…っ」

あやや…ではなく、あわわわわ…と、ガタガタ足を震わせながら慄く、月島父。
何とか冷静さを取り戻そうと、裏返った声で明光に問い掛けた。

「お母さんと忠君は、どこへ行ったのだろうか…?」
「そりゃあ勿論、『現実』とは隔離された場所…『天岩戸』でしょ。」

現世(うつしよ)…現実から逃亡し、この世ではない隠世(幽世・かくりよ)に、
月島家の太陽神である母は、時折お隠れあそばせ、籠ってしまう…
その場所を、月島家用語で『天岩戸(あまのいわと)』と呼んでいた。
天照大神が隠れ、世界が夜に包まれた…『天岩戸伝説』からの命名だ。

天照大神が岩戸隠れした場所は、諸説あるが、月島家の場合は確定している。
ここから徒歩5分、大蛇棲まう闇深い山の入り口…略称『旧山口家』である。
月島母は、大潮と小潮ぐらいの頻度で、隠世に籠城していらっしゃるのだ。


天照大神に、天岩戸から出ていただくには、どうすればいいのだろうか。
伝説では確か、思兼神(おもいかね)という智慧の神に助けを請うたはず…

「そうだっ!思兼神…『重い金』即ち『鉄』だ!彼を召喚しよう!
   明光、あれは…あの神を召喚できる紙の『賞味期限』は…?」
「まだ切れてないよ。でも今回それ使っちゃうと…別の意味でキレるでしょ。」

結納事件の際、月島父は黒尾に『月島夫婦の仲介』を依頼した。
その契約書の賞味期限は今年中…これを持ち出し、「まだ有効な契約だ。」と、
黒尾を再び召喚し、天照大神達を引き摺り出して貰おうという作戦である。

しかし、その事件からそんなに日も経っていないし、これは切札中の切札…
黒尾がすっかり忘れた頃まで、大切に取っておくべき『奥の手』である。


黒尾を直接使えないとなると、間接的に使うしかないことになる。
だとすれば、思兼神を見習い、召喚すべきものと言えば…?

「天岩戸の前で、長鳴鳥の代わりに…梟を鳴かせてみるのはどうだろうか?」
「赤葦君召喚には、生贄を…もしくは、それ相応の『御神酒』を捧げなきゃ。」

長鳴鳥(ながなきどり)…鶏の鳴き声は、太陽を呼ぶ力があると言われており、
天照大神が隠れた際に、鶏をとまらせて鳴かせた木が、『鳥居』の起源である。
また伊勢神宮内宮の神苑に、神鶏を放し飼いにしているのも、これが由来だ。

「酒で梟を召喚しても、梟が鳴いたら夜が来そうじゃない?逆効果だよ。」
「いや、夜に『イイ声♪』で鳴く梟…その艶やかな声で、惹き寄せる作戦だ。」

別名・天鈿女命(あめのうずめ)作戦…
古事記によると、天鈿女命は、『槽(うけ)伏せて踏み轟こし、
神懸かりして胸乳かきいで裳緒(もひも)を陰に押し垂れ』たそうだ。
つまり、うつ伏せにした桶の上に乗り、背を反り乳房を露わにして、
裳の紐を解いて女陰を見せながら、低く腰を落として躍ったということだ。

それを見て大喜びした神々…隠れた岩の隙間から覗き見していた天照大神は、
その隙をつかれ、天手力男神(あめのたぢからのお)が外から岩戸を引き開け、
天照大神を引き摺り出しました…というのが、天岩戸伝説の概要である。

「天照大神は、天鈿女命のエロダンスを覗き見して歓び、出して…出された。」
「このことからわかることは…天照大神は間違いなく『男』ということだな。」

元々いた天照大神は、男神アマテル…瀬織津姫の夫であった神だ。
それを封印し、女神アマテラスに変更したのは、持統天皇達だったが、
天岩戸伝説からは、その証拠とも言える描写が、ものの見事に残っているのだ。

また、天手力男神が放り投げた岩戸が、着地した場所が、長野の戸隠だ。
その戸隠神社の祭神が、九頭龍大神…新婚旅行で行った福井の『龍』であり、
天手力男神は、新宿二丁目の鎮守・鬼王神社の祭神でもあった。

…というのは、今回あまり関係のない話で、問題は『戸の開け方』の方である。


「天手力男神は、岩戸を『引き開けて』放り投げたんだよ。
   建築系の赤葦君なら、違和感にすぐ気付くと思うけど…おかしいよね?」
「もし『内側』から、天照大神が岩で入口を塞ぎ、閉じ籠っていたのなら、
   『外側』からそれを『引いて開ける』ことなど、構造上不可能だな。」

『外側』から『引き開けた』のならば、岩戸は『外側』についていたはずだ。
つまり、天照大神はそこに隠れる…『閉じ籠る』ことはできないことになる。

「天照大神は、外側から天岩戸に…閉じ籠められた、ということか!
   それは即ち封印…やはり天岩戸に封じられたのは、男神アマテルだな。」
「しかも、『お隠れになった』って…『死んじゃった』って意味でしょ?
   死んだアマテルを、岩戸で封じちゃうのって…要するに『お墓』じゃん。」

こうしてみると、天鈿女命の踊りが、一体何を示すのか…意味が変わってくる。
神と繋がるための、エロティックな踊り…巫女の舞である。

そして、エロダンスを覗き見していた天照大神に対し、天鈿女命は鏡を見せ、
『あなたより尊い神が生まれました』と告げたのだ。

「死んでお墓に封印されたアマテルが、巫女と繋がったことで、再生した…」
「アマテルよりも尊い、アマテラスという女神として…だな。」


まさか、母の籠城を解く作戦を練っている最中に、
天岩戸伝説の『別解』が引き摺り出されるなんて…思いもよらなかった。
月島父と明光は、茫然とした表情で天を仰ぎ、深くため息を付いた。

「天鈿女命ダンスを赤葦君にヤらせるなんて、無理でしょ。見てみたいけど。」
「思兼神…いや、天手力男神となった黒尾君に、放り投げられてしまうな。」

黒尾と赤葦の召喚…天鈿女命作戦も使えない。
そして、明日の朝になれば、放し飼い状態の鶏(けい)…蛍も襲来する。
現状では、『外側』から籠城を解く方法はない…お手上げ状態である。


「真夏の夜の、悪夢だな…」
「まさに、そうなんだよ。」

シェイクスピアの喜劇『真夏の夜の夢』は、妖精の王と女王が、
『養子』について大ゲンカする話…しかも事態を悪化させるのは、媚薬である。

この戯曲を元にしたのが、メンデルスゾーンの劇付随音楽『真夏の夜の夢』で、
その中には、有名な『結婚行進曲』と共に、『夜想曲』や…
『舌先裂けたまだら蛇』という曲も入っているのだ。


「『籠城』の『籠』は、竹に龍…閉じ籠められた蛇、なんだよね。」
「大蛇王の城・旧山口家に、籠城…冗談抜きで、悪夢だな。」





- ④へGO! -





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※青椿 →トイレの別名。中国ではトイレの側に青椿を植えて隠したことから。
   これが『せっちん』の由来という説も。

※ブルー・ムーンについて →『不可抗力』『隣席接客
※天手力男神と九頭龍大神 →『福利厚生②

※月島父のラブソング(?)
   →松浦亜弥『トロピカ~ル恋して~る』



2017/07/22

 

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