阿吽之事③







源氏物語『宇治十帖』の舞台、宇治。
世界遺産・平等院は、元々は光源氏のモデルとなった源融の別荘だったものが、
「この世をば…」の望月摂政・藤原道長の手に渡り、その子・頼道により寺院に改められた。

天災・人災が続いた11世紀末、人々は今生ではなく来世での救済を願うようになり、
仏教の『観無量寿経』の所説に基づき、西方極楽浄土の教主・阿弥陀如来を中心とする世界…

「要するに、権力者が金にモノ言わせて、『極楽テーマパーク』を作ったってわけだな。」
「今気付いたけどさ、日本史上最光のモテ男・光源氏って、必然にも俺と同じ、とおる…」
「よし、お前も極楽浄土にイかせてやろう。今すぐな。」
「浄土までイかなくていいから、感無量なゴクラクで途中下車させてよね~♪」


とにかく俺は、『阿吽が逆』の地には、饒速日尊・瀬織津姫が居る…そう考えて、
明治時代まで徹底して抹消され続けた瀬織津姫が、主祭神として祀られている橋姫神社に、
宇治到着後、いの一番に向かった。(ドラクエウォークと世界遺産・平等院はオマケだ。)

「古来より、旦那様と共に水辺を守ってきた竜神・瀬織津姫は、日本中に祀られていたが…」
「持統天皇&藤原不比等の歴史編纂によって存在を消され…弁財天に置き替えられました。」
「だから、瀬織津姫自体が主祭神として残っているところは、本当に貴重なんだよね~」
「あとは、福岡の七夕神社…そう言えば、福岡も『阿吽が逆』の場所だったね。」


橋姫神社御由緒(クリックで拡大)


宇治全域が世界遺産エリアだし、源氏物語の故郷…宇治十帖の一番最初が『橋姫』だし、
日本の神々の歴史の、根幹をなすスーパーVIPな女神様なんだから、それはそれは…

「橋姫は『愛し(はし)姫』…岩ちゃんにそう聞いてたから、俺もすっごい期待してたんだ~」
「だが、実際に行ってみて…俺達は衝撃のあまり、文字通り声を失っちまった。」


橋姫神社・入口(クリックで拡大)


橋姫神社・境内(クリックで拡大)

「えっ、うそ…これが、橋姫神社?」
「良く言えば、歴史漂う古さ。見たまんま言えば…荒廃、だね…っ」
「民家の庭先程度の慎ましい敷地、朽ちかけた小ぢんまりしたお社に、落葉の山…っ」

写真を見た山口・月島・赤葦の三人も、想像だにしなかった姿に絶句。
実際に現地へ行った及川と岩泉が受けたショックは、この比ではなかっただろう。


「これが、橋姫神社の…瀬織津姫の現実だ。」

でも、一つだけフォローさせて欲しい。
ここの神職も、地元の人達も、橋姫をないがしろにしているわけじゃない…と、思う。
現代は、宇治市の予算なんかのリアルな問題が絡むだろうが、それは置いといて…
『大切に祀りたくてもできなかった』というのが、真相なんじゃないか…と、思いたいんだ。

「朝廷にまつろわなかったら、どうなるか…それを知っていた古の人々は、憚ったはずだ。」

表立って祀ることはできない。
だから、弁財天と騙りながら、瀬織津姫を隠れて拝した…江戸時代のマリア観音と同じだよ。

「そうか!東北最大手・塩釜神社でも、堂々と長脛彦を祀ることはできなかったから…」
「その付近の小さな神社で、よく見ないとわからないように…『吽阿』を掲げた。」
「真実を知る神職達も…『よくわからない』としか言えなかった、ってことだな。」
「『主祭神・瀬織津姫』と明示した橋姫神社…今まで残っているだけで、奇跡かもね。」
「そして俺達は、こうした迫害の歴史を忘却…消滅させてしまっているんですね。」

沈痛な表情で重いため息を吐く五人。
神職・黒尾は再び瞳を閉じ、くしゃみをするフリをしつつ…小さく小さく頷いた。



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「その後さ、豪華絢爛な平等院へ行ったけど…橋姫神社との差に、泣きたくなっちゃった。」

本当に美しい建物だし、成仏バンド?オーケストラ?雅楽隊?みたいな壁画とか像とか、
いやぁ~これなら無事に…楽しくゴクラクにイけそうだよね~って、思ったけどさ…
川沿いですっごい寒いし、何か曇ってて雨ポツポツしてきたし、晴れてたらよかったのにね~


平等院鳳凰堂(クリックで拡大)


「おぉっ、及川さん、ちょっと待って下さい!その成仏交響楽団の皆様って、もしかして…」
「『観無量寿経』に基づく『九品来迎図(くほんらいごうず)』…成仏時のお迎え隊ですね。」
「生前の行いによって、その豪華さが9段階に分けられて…どっかで聞いたことあるだろ?」
「黒尾さんは上品上生、僕は上品中生、そして及川さんは下品上等…ではなく、上品下生。」

生前積み上げた功徳ではなく、製造元(実家)の御家柄と積み上げた寄付金の額によって、
所属する学級と寮の専有面積が9段階に分けられる、極楽直結システム…

「あぁ~!ウチの…盃九学園のクラス分け!?しかもココの寮の名前も『来迎館』じゃんか!
   俺、全然気付かなかった!まさか旅先で源流に戻ってたなんて…岩ちゃん、知ってた!?」
「当然だろ。そんぐらい気付けよ…つっても、俺も現物見て、すげぇビックリしたけどな。
   ネタ元の『ホンモノ登場』に怯んだ…じゃなくて、予期せぬ出会いに運命感じたぜ。」

平等院はオマケだと思ってたが、申し訳なさやら、ありがたさやら…心の底から拝んだよ。
京都駅から遠い盆地の端っこ…不便な場所に作りやがって!とか思ってスンマセンってな。


ははは…と、乾いた音を立てて自嘲する岩泉。
だが、それを聞いていた山口は、宇治の地図を及川から受け取り…宇治川の西側を指差した。

「宇治は、現在の京都駅から電車で30分以上南東へ下った場所…
   当時の平安京は、京都駅よりも北西にあったんで、もっと遠くて辺鄙だったでしょうね。」

藤原氏が貴族から譲り受けた別荘だなんて、宇治以外にもたくさんあったはずですよね?
それなのに、何度も氾濫した宇治川の傍に極楽テーマパークを作ったのには、特別な理由が…
宇治じゃなきゃ、ダメだったんじゃないでしょうか?

来迎衆の豪華さに階位があったとしても、貴族だろうと民だろうと、たとえ神でも鬼でも…
阿弥陀如来を拝んでいれば、みな平等に極楽往生できる…それが、平等院の名前の由来です。

「権勢の絶頂にいた、欠けてはならない望月の藤原氏。災害続きで末法思想が広まる世紀末。
   そんな時だったからこそ、自分達が虐げてきた瀬織津姫の傍に…極楽浄土を作った。」
「まつろわぬ神でも、平等に極楽へ逝ける。だからせめて来世で救われますように…かな。
   自分達が祟られないように鎮めたんだとしても…俺も、やまぐっちゃんの意見に賛成。」
「自分の功徳積み立てのため…豪華な極楽往生ツアーのためだったかもしれないけど、
   橋姫神社の存在を許したり、宇治に極楽を作ったのは…僅かな良心からかもしれないね。」

宇治に平等院を建立した理由の『ひとつの答え』を、山口・及川・月島が出し、
微かでも、平等院で瀬織津姫が救われたかもしれないことに、安堵のため息を漏らした。
だが、岩泉・黒尾・赤葦は、同じ宇治の地図をひったくると、真逆の表情で吐き捨てた。


「俺は…俺らは、そうとは思えねぇな。」

確かに、宇治川の西…西方浄土の方向かつ、橋姫神社の傍にわざわざ作ったのは間違いねぇ。
だが、京都全体で見ると、宇治は南東に位置する…全然『西』方浄土じゃねぇだろうが。

「本当に『極楽テーマパーク』を作るつもりなら、平安京の西…嵐山辺りに作るはずだ。」
「それに、平等院の山号は『朝日山』…日の沈む浄土とは、思いっきり逆ですよね。」
「各地で簒奪を繰り返し、元々いた神の方を『客人神』と逆転させ、摂末社に追いやった…
   歴史を改竄してまで権力を欲しいままにしてきた連中が、そんな甘ぇわけ…ねぇだろ。」


及川、よく思い出してみろ。
JR奈良線宇治駅から、まず最初に橋姫神社へ向かい、その後、縣神社を参拝し平等院へ。
それから、『宇治川を渡って』東へ…宇治神社と宇治上神社に行ったよな?

「うん…思ってたよりずっと流れが早い川で、鵜飼の舟とか小屋があったりしたよね。」


喜撰橋から見た宇治川・南側(クリックで拡大)


喜撰橋から見た宇治川・北側(クリックで拡大)


「そう…俺達は、『川を渡って』『橋の向こう側』へ向かった。」

宇治神社には、俺の想像してた通りの神様が祀られていたよ。
主祭神は菟道稚郎子命(うじのわきいらつこ)。
兄の大鷦鷯尊(おおささぎのみこと)…仁徳天皇に皇位を譲るため、宇治川に入水した人だ。

「国譲りの美談なんて、『正当な歴史書』にしか書かれねぇ、一方的な話…は置いといて。
   宇治神社には、ある動物がいただろ?その名前の由来となった…」
「菟道稚郎子命の道案内をした…正しい道と、良縁を導いてくれる、見返り兎だね!
   宇治は元々、菟道(うじ)…兎が通った道っていう意味だったらしいよ~」

「道案内をした、振り返る兎…ですか。八咫烏や金鵄と同じですね。
   …あっ!!兎を数える時に『○羽』と言うのは、もしかして…っ」
「元々いた神(竜・蛇)を裏切った、八咫烏達と『同じ鳥』っていう、暗喩かもしれねぇな。」

兎を鳥扱いした理由については、諸説ある。
赤葦と黒尾がたった今思い当った考えだって、正しいとは限らない。
しかし、この『兎=烏=羽』説に関し、山口には大きな心当たりがあった。


「俺が大好きなツッキー神社こと、織物を納める『調(つき)神社』には、狛兎が居ました!
   機織り、つまり瀬織津姫に深く関わる、月の神社…まさに『月に兎』な場所でした。」

そして、月のイケメンと言えばツッキー…以外にも、『桂男』が居るんですよ!
満月でない『欠けた月』を眺め過ぎていると、イケメン桂男に月へ招かれ、命を落とす…と。

「持統天皇&不比等によって、元々の天照(あまてる)大神…饒速日尊は月に追いやられた。」
「そして、太陽の対・妻の瀬織津姫は、玉突き的に月から追い出され…歴史から抹消。」
「つまり、『欠けた月』に居る桂男とは、饒速日尊なんじゃないか…という考えですね。」

天孫降臨神話を孫への皇位継承に利用…天照大神をアマテラスという女神に置き換えるため、
持統天皇&不比等が仕組んだ、歴史編纂という『騙り』の結果だ。

「岩泉さん。兎の神社に祀られている、菟道稚郎子命って、もしかして…」
「饒速日尊の後裔…証明終わり、だ。」


「終わり?そんなの…冗談じゃない!」

終わりを告げ吽と黙った岩泉に、阿と及川が噛み付いた。
おこたの上に宇治マップを広げ、ガン!と激しい音を立て、川の両端を叩いた。

「宇治神社に饒速日尊、橋姫神社に瀬織津姫が居るってことは、
   この夫婦は、今も宇治川のアッチとコッチに離されたまんま…七夕と同じじゃん!」

 
宇治市観光イラストマップ(クリックで拡大)
※宇治市観光協会よりお借りしました。



ご丁寧なことに、饒速日尊のとこには子孫の兎を祀って、『月』の国にしちゃってるし、
瀬織津姫の居る川向うには、わざわざ大金かけて西方浄土を作り上げ…『あの世』感満載!
宇治川で天漢・天の川を再現して、「今もずっと逢えないままです~」ってことでしょ?
こんなんじゃあ、饒速日尊も瀬織津姫も、成仏できない…救われないままじゃんかっ!
ついでにこのお菓子…『八ッ橋』も、『橋で捌ける(わける)』とも受け取れるし。

「挙句の果てに、良縁を求める兎が振り返って眺める先…愛し姫はまさかの『縁切り』だよ。
   いくら宇治だからって、源氏物語の宇治十帖みたいな悲恋…酷すぎる、でしょ…っ」


悲痛な声を上げ、泣き崩れる及川。
いつも笑顔を絶やさない、陽気な及川とは程遠い姿に、月島達は声を失って固まった。
そんな中、及川の対面に座っていた岩泉が、おこたを越えて及川の傍へ近づくと、
止め処なく溢れ落ちる涙を隠すように、そっと胸元に抱き寄せ、静かに語った。


「俺達の旅は…文字通りに『宇治十帖』だったんだ。」

一番最初に、橋姫神社にお参り…宇治十帖の第一帖は『橋姫』だ。
平等院を観覧し始めると、雲行きが怪しくなってきて…
川を渡り始め、『浮舟』を眺めているうちに、雨が降ってきたんだ。
川のアッチは晴れてんのに、コッチは雨…川を境に、世界が変わったような気がしたよ。

そして、宇治神社に到着。
御由緒で兎が饒速日尊だとわかった俺には、この雨が二人の涙にしか見えなかった。
二人の良縁を願い、神社から帰ろうとした時、ふと見返り兎の視線を追って空を見上げると…


「最後に…『夢浮橋』が掛かっていたんだ。」



宇治神社と夢浮橋(クリックで拡大)




- ④へGO! -




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※盃九学園のクラス分け →『九品往生
※山号について →『
開口一番
※客人神 →『夜想愛夢⑧
※大鷦鷯尊(仁徳天皇) →『同行二人(中編)
※月と桂男 →『
奥嫉窺測(12)
※調神社 →『夜想愛夢⑨

※宇治十帖 →源氏物語最末尾。
   橋姫からはじまり夢浮橋で終わる十帖。


夢浮橋古蹟と紫式部像(クリックで拡大)



2020/01/18   

 

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