夏越鳥和(後編)







「鳥、水に流す、そしてこの季節…」
「これらに相応しい場所に、ツッキーと一緒に行って来ました!」

去年、新橋駅前で酒屋談義した際、メインとなったテーマは…『鳥』と『酉』。
雀と酒の関係や、鳥が元々いた神…蛇の使いであったことなどを考察した。

新橋駅周辺は、かつて江戸三大森の一つに数えられるほど樹々が生い茂る烏森…
そこには江戸町民達から篤い信仰を集めた、『烏森稲荷社』が鎮座していた。
現在では新橋駅の出口(烏森口)と、小さな神社にその名を残すのみとなったが、
今も『鳥(烏)』の神社として、多くの人に愛されている。


「先月末、霞ヶ関で外回りの仕事をした帰りに、たまたま近くを通ったので…」
「そしたら、ちょうど『大イベント』をやってるとこだったんですよ~♪」


(烏森神社・社殿)


「夏越大祓(なごしのおおはらえ)…そうか、六月の末だったのか!」
「年に二度の大祓…半年間の穢れを水に流す、一大行事ですよね!」

大祓とは、六月と十二月の晦日に行われる宮中祭祀で、
一年(半年)間に溜まった罪や穢れを、祓戸大神達に丸呑みさせ水に流す儀式だ。
これらの役目を担って(背負わされて)きたのが、初夢の七福神…『宝船』や、
元々いた神の代表で、歴史から抹殺された瀬織津姫等である。

大祓については、酒屋談義で何度も語り合ってきた…というよりも、
四人での歴史考察の原点ともいうべき、ある大きな行事の主題だった。

「饒速日尊・瀬織津姫の夫婦神こそが、七夕の…彦星・織姫のモデルだ。」
「夏越大祓で行う『茅の輪くぐり』…これが、『七夕飾り』の原型です。」


(烏森神社・茅の輪)


「僕達の原点とも言えるのに、今まで一度も体験したことはなかった…」
「偶然通りかかっただけなんですけど、何だか導かれたみたいだなぁ〜って。」

『茅の輪くぐり』とは、茅(ちがや)というイネ科の植物で注連縄を作り、
それを直径六尺四寸(約194cm)の大きな輪にして、参道や鳥居に吊るし、

   水無月の 夏越の祓 する人は
   千歳(ちとせ)の命 延ぶというなり

…と唱えながら、『∞』を描くように三度輪をくぐると、穢れが祓い清められ、
病気や禍から身を守ることができる、という神事である。
茅の輪くぐりのお作法は、神社によって様々なバリエーションがあるそうだが、
烏森神社では、境内入口(鳥居)と社殿入口の2つの輪をくぐるタイプだった。


「『茅の輪』以外にも『形代流し』の方も体験できました。」


(大祓雛形一式)


まずは袋から形代(かたしろ)…人の形をした和紙を取り出し、
そこに自分の氏名と年齢を記入し、形代で体を撫で、息を吹きかける。
こうして自分の穢れを形代へ移し(穢れを乗せた形代は『雛形』となる)、
雛形を先程の袋へ戻し、こころざし(初穂料・御賽銭)と共に賽銭箱へ納める。
それらが済んだら、『大祓の御札』を持ち帰る…というお作法だった。


(大祓の御札)


「納められたものを、六月晦日にまとめてお祓いしてくれるそうです。」
「名前からもわかる通り、これが『流し雛』…お雛様のルーツですね。」

散々語り合ってきたが、実際に大祓を実体験したのも、今回が初めてだった。
今も東京のド真ん中、ほんの小さな神社にも、ちゃんと歴史が引継がれている…
お祓いの効果云々よりも、古からの『繋がり』に、二人は大きな感銘を受けた。

「黒尾さん達のもやりたかったんですけど、『代わり』は無理だったんで…」
「お二人には、こちらの『茅の輪守り』をお土産として頂いて帰りました。」


(茅の輪守り / 烏森神社御朱印)


「おっ、これが噂に聞く…『烏』なのにカラフルな御朱印か!」
「夏越大祓バージョン…ちゃんと茅の輪も描かれていますよ!」

ツボをつく『考察ネタ』のお土産に、黒尾と赤葦は声を上げて大喜び。
月島達も一緒に、珍しい『茅の輪守り』と、その説明書きを手にとって観察…
その内すぐに、四人ともが眉を曇らせ、深い考察へと思考を走らせた。


「この紙垂…何で赤いんでしょう?」
「御札の印…『蘇民将来子孫』か?」
「確か疫病のお守り…魔除けです。」
「注連縄に、赤い魔除け…あっ!?」

紙垂(しで)は、注連縄や玉串に付けて垂らす、特殊な断ち方をした白い紙だ。
お祓いに使ったり、神域を表したり、横綱が土俵入りする時にぶら下げている、
稲妻のような形をした、白いピラピラしたもののことである。


(注連縄と紙垂)


「注連縄は蛇の交尾を模したもの、紙垂は稲妻…実りを表す水神だね。」
「茅の輪だって、注連縄を輪っかにしたものだから…やっぱ蛇だよね〜」
「元々いた神、そして『赤』…ぐるりと回って、全部見事に繋がった。」
「二年以上も酒屋談義を続けていれば…答えはまさに一目瞭然ですね。」

今までお取り置きしていた、なぜ『赤』は魔除けの色なのか?という謎…
あっという間に各々が思考を終え、その謎の答えに辿り着いたようだった。

赤は魔除けの色だから、お守りや縁起物に赤が用いられる…と説明があっても、
なぜ赤が魔を除けるのかについては、今まで明確な理由は見つけられなかった。
その答えが、この『茅の輪守り』にはっきり示されていたのだ。


『茅の輪』の起源と言われているのが、蘇民将来に関する伝説である。

旅の途中だった武塔神(ぶとうしん)が、ある兄弟に宿を乞うた。
金持ちだった弟の巨旦(こたん)将来は、貧しいからと嘘を付いて追い返したが、
兄の蘇民(そみん)将来は、貧しいながらも武塔神を精一杯もてなした。
後に再訪した武塔神は、蘇民の娘に茅の輪を付けさせ、その娘以外を皆殺し…
以降、茅の輪を付けた蘇民の子孫達は、疫病から逃れられると教えたそうだ。

「この武塔神は、再訪した際に自らの正体を明かしています。」
「素戔嗚尊…朱砂の王、すなわち『赤』を象徴する蛇だよな。」
「赤い紙垂を垂らした茅の輪…蛇は、素戔嗚尊の姿そのものだよね。」
「これを門戸に吊るしておけば、蘇民将来の子孫として…魔を除けられる。」


全国に残る蘇民祭等では、茅の輪や『蘇民将来子孫』と書かれたお札、
そして六角形や八角形の赤い『こけし』が、魔除けのお守とされている。

「赤が疫病…疱瘡を除けるから、こけし等の『赤物』と呼ばれる民芸品が、
   魔除けとして大事にされてきた…全てはこの茅の輪が原点ってことだよ。」
「赤は素戔嗚尊の縁者…蛇の仲間だという『しるし』なんだね!
   あ、そうそう!『しるし』と言えば…『モロ』なのをこないだ発見したよ〜」

山口はパタパタと事務所の書類棚へ…その一角の『考察グッズ』コーナーから、
ある白く長い封筒?を取り出し、応接ソファに戻って来た。


「これは、四月に川崎へ『同行四人』…かなまら祭に遭遇した翌週、
   金山神社で頂いた『五猿』の絵馬が入ってた紙袋なんだけど…ここ見てよ!」

金山神社は、文字通りに鉱山と製鉄を司る…元々いた蛇の神様だった。
白い紙袋には、『金山神社』という赤い文字と、神社の神紋が描かれていたが…


(金山神社・神紋)


「モロに製鉄の神様らしい、金物だらけの…実にユニークな神紋ですね。」
「そして、製鉄神と蛇…『水』神が、モロにイコールで書いてあるよな。」

あの時は、目の前にドン!と鎮座する、別の『モロ!』にばかり目が奪われ、
神紋にまで気が回らなかったが…グッズ整理をしていて、山口は脱力した。

「現場に行かなきゃわからない…行ったら答えは目の前にドン!の例だけど、
   行ってても見落としてることもある…自分が情けなくなっちゃいましたよ。」
「赤が魔除けである理由も、現場で茅の輪くぐりを見て、茅の輪守りを見れば、
   悩むこともなく、アッサリ答えに辿り着く…毎度ながら、ため息が出るね。」

だが、現場や現物を見て『一目瞭然』なのは、先に『考察』があったからこそ…
必死に考え続けていたから、割とスムーズに答えを導けるようになっただけだ。
その時は無駄に思えても、いつどこで役に立ち、何と繋がるかはわからない。
目の前の謎をひとつひとつ考え続けること…その積み重ねが必要なんだろう。


また、考察の際に大切なのは、現場&現物だけではない。
『元々は何だったのか』…その起源や由来も、答えの大きな手がかりとなる。
黒尾は月島、山口、赤葦を順に見つめながら、論理の道筋を丁寧に示した。

「そもそもなんだが、夏越大祓…何のためにするものか、知ってるか?」
「えっ?それは勿論、半年間に溜まった穢れを祓うため…でしたよね?」

「なぜ、穢れを祓わなくちゃいけないのか…その理由は何だ?」
「穢れを祓ったり、禊ぎをするのは、神聖なるものを…あっ!」

「十二月の大祓の後、各家庭に来訪するのは…?」
「大年神…各家庭の門前に立つ、門松が依代!!」

確か、簀巻きにされて戸外に晒される門松も、モロに素戔嗚尊の姿だったはず。
それに、大年神は素戔嗚尊の子…その兄弟が、宇迦之御魂神つまりお稲荷さん。
烏森『稲荷』神社の主祭神でもある、紛う事なき素戔嗚尊の『子孫』だ。

「夏越大祓は元々、七月十五日に来訪する『水神様』をお迎えする儀式だった。
   十二月の大祓と、全く同じことをしているだけ…至ってシンプルだよな。」


待てよ、全く同じと言えば…
色は違うが、去年の夏に考察した『青』いアレも、同じ発想だと今ならわかる。

「何故、お祭りの法被(はっぴ)は…青いのか?」
「青は死者の色。死者たる神様…蛇の仲間だという、『しるし』でした!」

「法被の背に書かれている、定番の文字は?」
「『睦』…あなたの敵ではありませんから、どうか鎮まって…という意味!」

「夏越…『なごし』は元々、『名越』などとも書いたそうだ。」
「つまり『和し(なごし)』…『睦』と全く同じ、仲間を表す言葉です!」


   あぁ…そうか。
   きっとこれも、『逆』なのだ。

素戔嗚尊の『赤』や、死者の『青』を身に付けるのは、
それらの色が『魔を除ける』からではなく、逆に『魔』そのものを表すから…
『仲間』であることを示して、魔から敵と見なされないようにするためだ。

「『魔除け』は、魔を除けるためのものなんかじゃ、なかった…」
「『おめでたい』と言われる縁起物が、実は『逆』だったのと…同じ。」


疱瘡…天然痘をはじめとする、各種感染症の予防や治療も、同じだろ?
まずは魔を身に付ける…ワクチンとしてウイルスを接種し、魔を仲間にする。
天然痘は、牛の病気だった牛痘の膿を接種することで、撲滅することができた。

「武塔神の別名は…『牛頭天王』だ。
   これは偶然だろうが、素戔嗚尊は牛としても、疱瘡にモロ繋がるんだよ。」

そして、夏越大祓で穢れをかか呑みしてくれるのが、祓戸大神…瀬織津姫。
瀬織津姫と言えば、茅の輪くぐりを原点とする『七夕』の織姫で、
七夕に織姫と結ばれる饒速日尊は、当然ながら彦星…『牽牛』ってことだ。


茅の輪からスタートした考察が、ぐるりと回って…七夕で繋がった。
夏越大祓と、水神様を迎える日の真ん中も…七夕なんだよな。

「三年目の七夕考察…無事に『和(輪)』に繋がって終わり、だな。」


黒尾は可愛い部下達の肩を抱き、ぐるりと円陣を組んでから、
今年の七夕に関する考察を、まあるく繋いで締めた。



*****



あ〜、久々に好きなことを好き放題考察して、喋りまくって…スッキリしたな!
冷たいお茶を入れ直してくるよ…と、黒尾はご機嫌で応接室から出て行った。

「レアな『いじけモード』…何とか完全解除できましたね。」
「月島君も山口君も、今回は大変…お手数とお口数をおかけしました。」
「やっぱ黒尾さんは、寒気がする程の論述の方が、断然似合ってますよね〜」

ふぅ〜、と肩を撫で下ろした三人は、給湯室の黒尾に気付かれないように、
再度円陣を組み…おでこを引っ付けあって囁きを開始した。


「繋がりと言えば、もうひとつ…」
「織姫と彦星を繋ぐ鳥…だよね。」

年に一度の逢瀬…中国の神話では、七夕の日にだけ、
『鵲(かささぎ)』が天の川を繋ぎ、二人を渡す橋になると言われているそうだ。

「鵲…『昔からいる鳥』という字面も、元々いた神を繋ぐに相応しいけど…」
「カササギは、スズメ目カラス科の鳥…笹に雀(酒)と、烏森にも繋がったね。」

織姫と彦星を繋ぐ鳥には、もう一羽、別の鳥も存在している。
織姫はこと座のベガ、彦星はわし座のアルタイル。
天の川を挟み、夏の夜空を繋ぐ『夏の大三角形』の最後のひとつが、デネブ…

「デネブは白鳥座の一等星。
   『白い鳥』に、ぐるりと回って…戻ってきてしまいましたね。」


きっと、聡い我らが主君は、これにも当然気付いているはずだ。
でも、気付かないフリをしているのは、『水に流す』と吹っ切ったからだろう。

半分以上は、しょーもないことでいじけたのが照れ臭くなっただけだろうが、
史上最強の鳥類部下トリオ(自称)は、外に目を向けた主君を取り戻せた…
可愛らしい『白い小鳥』さんに勝てたように思えて、妙に清々しい気分だった。

「梟に内緒で他所の小鳥さんと戯れるなど…燃やされても仕方ないですよね。」
「八咫烏達を一生可愛がると、牛王符に誓約させ…あ、『牛王』がここにも!」
「今度は素戔嗚尊と牛の関係…鳥以外にも強力なライバル?ができちゃった~」

何だかんだ言いつつ、主君のことが大好きでたまらない部下達は、
次なる考察目標をしかと定め、小さな声で輪の中心に「ヤるぞ!」と囁いた。
気合を入れた所で、ちょうど黒尾が冷え冷えの麦茶を入れて戻って来た。


「この後、皆で買物に行かねぇか?」

今日は七夕…年に一度の赤葦飲酒デーだから、『おウチごはん』確定なんだが、
次の3つの中から献立を選んで、おかずの材料を買って来ないか?

   ①七夕と言えば素麺
   ②小鳥炎上こと焼鳥
   ③どうせ焼くなら牛

「さぁ、どれにする?ま、俺の選択肢は決まってるんだが…」

茅の輪、和し、ぐるりと回る…
そうそう、今まで考察した中で、『鳥』と『牛』がモロに繋がるモノがある。
牛の鼻に吊下げられた、ぐるりと回った輪。あれの別名が…

「『雉(ち)』…牛には『ちの輪』が付いてるんだ。」


主君が両腕で作った大きな輪に、三匹の随身達は笑顔で飛び付き、
ジメジメ豪雨の中を、和やかに歩いて行った。




- 終 -




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※鳥と酉について →『鳥酉之宴
※宝船について →『
蜜月祈願

※瀬織津姫について →『
予定調和
※七夕考察(赤葦飲酒デー) →『
七夕君想
※お雛様について →『
上司絶句

※金山神社について →『同行四人(中編)
※大年神について →『愛理我答(年始編)
※赤と魔除けについて →『引越見積⑧
※法被と青について →『夜想愛夢⑪
※牛王符について →『
団形之空
※雉(桃太郎考察) →『既往疾速②



2018/07/08    (2018/07/07分 MEMO小咄より移設)

 

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