七夕君想







「それでは、織姫と彦星の二人に…」
「饒速日尊と瀬織津姫に…献杯だ。」


今宵は七夕。
愛し合いながらも引き裂かれた二人が、年に一度だけ逢瀬を許される日だ。

黒尾の盃には、『天のかけはし』という七夕にちなんだ日本酒が、
赤葦には七夕に飲む酒…織姫を表す一夜酒・甘酒が注がれている。

黒尾と赤葦は、和室の窓から夜空を見上げながら、
都会では見ることの叶わない天の川に向けて、静かに盃を捧げた。


昨年、まだ一人暮らしをしていた月島宅で、七夕に関する『酒屋談義』をした。
織姫と彦星のモデルだろうと思われる、饒速日尊・瀬織津姫の夫婦神。
古来より、日本を守り続けてきた『元々いた神』は、時の権力者の意向により、
本来の天照大神(あまてる)だった饒速日尊は、女神(アマテラス)に変更され、
邪魔になった妻・瀬織津姫は封印…歴史から抹殺されてしまった。

この七夕考察をきっかけに、『あるのにない』ように見える歴史の闇が、
様々な形で浮き上がり…神々や風習、世の中の見え方が、大きく変化した。

七夕だけでなく、社寺でも無邪気に『願い事』をしていた自分達。
その願いを叶えてくれる神々が、どういう理由で神にされたのか…
その経緯を知ることで、自らの人生観も大きく変わったことは間違いない。


「あれから4人で、色んな『酒屋談義』を続けてきましたが…」
「蛇と酒、笹に酉…『七夕』も、去年よりはっきり見えるな。」

七夕飾りに『笹』を使うのは、笹とタタラ…元々いた神・蛇に繋がるから。
七夕が終わると、飾りに使った笹は、雛人形と同じように、水に流される。
これは、 瀬織津姫に穢れを『かか呑み』させて流す、大祓の儀式だ。

6月晦日の『夏越の祓』で行われる、茅の輪(ちのわ)潜りでは、
茅の輪の横に笹を立て、そこに短冊を飾る…これが七夕飾りの由来である。

「七夕飾りが、禊と祓の儀式だった…瀬織津姫との繋がりがよくわかります。」
「それに、『潜り』は『くくり』…白山比咩神社の菊理媛神にもリンクする。」

菊理媛神は、イザナギが黄泉から戻る際に、穢れを払ったとされる神。
かなり大きな信仰であるにも関わらず、その正体は不明…と言われているが、
やはり七夕の瀬織津姫との関係を感じさせる、黒龍…水の女神である。


そして、日本を代表する七夕祭りが行われる、月島と山口の故郷・仙台は、
『笹に雀』の家紋・伊達藩の地…七夕が大切にされる理由が、垣間見える。
伊達家は、瀬織津姫達と同じ蛇…まつろわぬ者だった、長髄彦の末裔である。

「七夕の夜、天の川に逢瀬の架け橋を作る鳥が、カササギですが…」
「カラス科の鳥だな。カササギは烏と…『月』にも繋がるんだよ。」

百人一首の中に、七夕伝説を元にした、大伴家持の歌がある。

『鵲の 渡せる橋に おく霜の
   しろきを見れば 夜ぞ更けにける』

カササギが翼を広げて連なり、天の川を渡す橋になったという、中国の伝説。
『霜』は、天上に散らばる星をたとえているのだが、
『月落ち烏鳴いて霜天に満つ』という漢詩を元にしているそうだ。

「七夕と月…強い繋がりが見えます。」
「瀬織津姫自体が…月の象徴だしな。」

太陽の象徴・天照大神。その妻の瀬織津姫は、月の女神である。
笹と月のお姫様…ここからまた、別の物語との繋がりが見えてくる。

「笹…竹から生まれ、月に帰ったお姫様の話があったよな。」
「竹取物語…この謎だらけの物語も、考察したいですよね。」

酒を酌み交わしながら、些細なことを考察する『酒屋談義』…
このちょっとした余興の積み重ねが、更に新しい世界へと、繋がっていくのだ。


繋がったのは、歴史や風習、神話や昔話の真実だけではない。
それらを語り合ってきた4人の仲も、『酒屋談義』を通して、深く結ばれた。

瀬織津姫達のことを想えば、とてもじゃないが『神頼み』などする気になれず、
自力で縁結びを成就するしかない…そう決意し、一歩一歩距離を縮めて来た。

七夕考察の晩、月島と山口が結ばれる日が必ず来るよう、二人で蜜月に祈った。
神々に代わって叶えてやることもできないから、できる範囲でサポートした。
その祈りも、自分達が『相生の松』として橋渡しをする形で、遂に届いた。

「相生の松と言えば…『赤松』の姥が持っていたのは、熊手だったな。」
「あの晩ご用意したカクテルは、『赤い月』…ムーン・レイカーです。」

『rake』はそのものずばり、熊手だ。
黒松の尉が持っていた箒は『ハハキ』…蛇を表すものと言われている。
熊手と箒についても、櫛のように深く考察してみるのも面白いだろうが…
こんな小さなことにも、まさかの繋がりがあるなんて、本当に驚きの連続だ。


赤葦は再度盃を天の川に捧げ、甘酒を飲み干すと、
横に座る黒尾に寄り添い、肩にそっと頭を乗せた。

「七夕考察の晩、回文合戦に勝利した黒尾さんの望み…」

高校時代の夏合宿後、どうしても『酒屋談義』の場を消したくなかった二人は、
連絡を取り合う口実として、回文合戦をする約束をした。
あの晩、その約束を数年越しに果たし、勝利した黒尾が赤葦に望んだのが、
『ごっこ』をやめ、『素の黒尾鉄朗と赤葦京治』を始めることだった。

お互い密かに想い合っていたのに、その気持ちを無自覚に覆い隠し、
近すぎる距離を『ごっこ遊び』して誤魔化し続けてきたが、
この夜を境に、自分達の気持ちとちゃんと向き合おうと、新たな約束をした。
それからはもう、驚く程のスピードで…あっという間に同棲、そして結婚だ。

月島と山口だけでなく、自分達も結ばれたのは、偶然と酒の力だけではなく、
七夕考察があったから…『元々いた神』を通し、自分達を見つめてきたからだ。
神々に願うことはできなかったが、だからこそ叶えてくれたのかもしれない…
瀬織津姫達が自分達の縁結びに、力を貸してくれたように感じるのだ。

「俺達は、瀬織津姫達の分まで…幸せにならないといけませんね。」
「そうだな。ようやく結ばれたこの縁…大事にしていかねぇとな。」


黒尾は赤葦の肩に腕を回して抱き寄せると、指先で静かに髪を梳かした。
その心地良さに、赤葦は軽く瞳を閉じ…囁くように語り掛けた。

「実はあの晩…『俺はこの人と結婚するんだろうな』って、感じてました。」

好意は持っていましたけど、あの段階ではまだ恋愛感情を自覚してなかった…
それなのに、何の理由もなくそう感じ、何故かストンと納得してたんです。
まさか本当に結婚するなんて、未だに信じられませんが…不思議ですよね。

俺達が今後どうなるか、全く読めない状況だったというのに、
期待と不安で胸が躍る一方で、心のどこかで結末を予感し、落ち着いてました。
よく、『出逢った瞬間に結婚相手だと直感した』という話を聞きますが、
とりあえず俺に関して言えば、その話は本当だったなぁと…コッソリ思います。
『黒尾鉄朗と赤葦京治』として、二人が出逢った?のは、あの夜からですし。

…結構、恥かしい話を暴露してますね。
赤葦は羞恥を隠す様に、黒尾の首元に顔を埋め、シャツをキュっと握り締めた。


「その件については、俺も…本当だと思ってんだ。ずっと黙ってたけどな。」

ツッキーと山口の『赤い糸』を結んでやってるつもりだったけど、
多分この『赤い糸』は、俺と赤葦の分なんだろうな…って、感じてたんだ。
それがただの妄想じゃなくて、事実だったと確信したのは、
こないだの結納…『相生の松』が、黒と赤のコンビだって知った時だよ。
あいつらを結ぶ場で、俺達自身の結びを実感…全てが腑に落ちた感覚だった。

…やっぱり、口に出すと結構照れるな。
黒尾はそう言うと、まだ半分程残った盃を手に取り、天に翳した。


「七夕が来る度に…瀬織津姫達のことを想う度に、俺は俺達の縁も想うんだ。」

こうして愛する人と一緒に居られることが、どれほど幸運かを再確認し、
周りの人や瀬織津姫達が、縁を結んでくれたことに、心から感謝したくなる。
本当の意味で、七夕が『縁結びの神』だったと、痛感するのだ。

「七夕の夜だけは…蛇達に力を与えるお酒を、俺はこの身で捧げたいんです。」

七夕には甘酒…蛇達に力を与える『本当のお酒』は、飲んではならないと、
『元々いた神』を封じたかった者達が、新たな慣習を作ってしまった。

心から酒を愛しているのに、絶望的下戸の自分…酒とは縁がなかった。
だが、酒に縁がなかったからこそ、その酒が自分達を繋いでくれたのも事実…
酔って昏睡したおかげで、二人は『王子様とお姫様』の関係になれたのだから。

だから今宵だけは、自分達を結んでくれた瀬織津姫達のために、
自らの意思で酒を飲み、この身をもって酒を捧げようと、心に決めていた。


赤葦は黒尾の胸元から顔を上げ、黒尾に柔らかく微笑んだ。
黒尾も頬を緩めて頷くと、残った酒を口に含み、赤葦の顎を恭しく掲げた。
そして、ゆっくりと赤葦に口付け…静かに『天の川』を注ぎ入れた。

酒を通じて互いを結び合いながら、瀬織津姫達への感謝と、二人の幸せを誓う。
熱い唇から流れ込む想いに、じわじわと心が満たされていく。


「黒尾さん…愛してます。」
「俺も愛してるよ…赤葦。」

今宵だけは、素直に想いを伝え合おう。
幸せに満ち溢れた笑みを湛えたまま、赤葦は黒尾に身を預け、瞳を閉じた。




- 完 -





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※七夕考察 →『予定調和』『蜜月祈願
※雛人形 →『上司絶句
※菊理媛神 →『福利厚生④
※笹に雀 →『鳥酉之宴
※相生の松 →『結一無二
※櫛の考察 →『忘年茫然
※王子様とお姫様の関係 →『王子覚醒


2017/07/07UP

 

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