奥嫉窺測(11)







「迎えのバス…明日朝になるってよ。」


梟谷学園グループ合宿最終日。
本来の日程では、最終日は午前中のみ軽く試合形式の練習を行い、
烏野の面々は、お昼前にバスに乗って仙台へとリターン…のはずだった。

だが、送迎を担当してくれていた滝ノ上電器店さんに、朝一で急遽仕事が入り、
また、「俺はまだまだ物足りねぇっ!」という梟の遠吠え(駄々)でズルズル…
コッチもまだかかりそうだから、焦らずゆっくり来いよ~と言っているうちに、
学校側がバスが空いたと勘違いし、別団体に貸出…迎えに来れなくなったのだ。

この緊急事態には、さすがの烏野指導者達も困り果ててしまった。
全16名が都内でもう一泊する場所&食事の資金を、確保しなければいけない…
そう頭を抱えていると、ウチにも責任があるからと、梟谷監督が食事代を、
音駒監督は知人経営のホテルをコネで紹介…破格提供してくれることになった。

そんなこんなで、烏野一同は明日午前中までポッカリ空いた時間を自由行動に…
思いがけない東京観光の機会到来に、全員が諸手を上げて大喜びした。


せっかくだから…と、仲良くなったシティボーイ達に観光案内を頼み、
アチコチへ散って行く烏達…だが、2羽がその場に留まり、途方に暮れていた。

「自由行動って言われても…もうおやつの時間で、凄い中途半端なんだよね~」
「行動範囲はホテル付近…浅草に限定されたら、全然『自由』じゃないよ。」

せめて上野までOKにしてくれれば、科学博物館でず~~~っと過ごせるのに。
浅草も本当は見たいところがたくさんあるけど、人が多い場所は…徹底回避だ。

「迷子になったフリして、浅草から上野まで…歩いて行っちゃう?」
「それなら、お上りさんのフリして、上野で下車すればいいでしょ。」

『お上りさん』なのは、フリじゃなくてホントのことじゃん…と、
残った2羽こと月島と山口は、最寄駅の路線図を呆然と眺めていると、
後ろから『ポン♪』と肩を叩かれ、一寸ぐらい跳び上がってしまった。


「よっ!困ってるみてぇだな?頼れるお兄さん達が…助けてやろうか?」
「差し出がましいかもしれませんが…俺達で良ければご案内しますよ?」

「くっ…黒尾さん、赤葦さんっ!?そんな、余計なこと…申し訳ない…ぃたっ」
「日本を代表する観光地・浅草の中で、人の少ない場所…ご存知なんですか?」

驚愕を不遜さで隠そうとした月島を、コラ!と山口は肘でどつきながら、
スミマセンスミマセンとペコペコ…その仲睦まじい様子に黒尾達は微笑み合い、
赤葦は四人の真ん中に、浅草観光マップを広げて見せた。


「浅草寺のメインとなる本堂や仲見世通りは、日中は俺達だって避けます。」

ただ人が多いだけじゃありません。
出身国や出身地を問わず、観光客の多くがスマホ片手に写真を撮りまくる…
それならまだしも、動画で生中継しながら食べ歩きしたりしてますからね。
お着物をお召しの方もたくさんいて、こちらが気を使い…まっすぐ歩けません。

「ソッチに連れて行け!と言われても…俺らの方が断固拒否させてもらうよ。」
「御朱印を頂くのだって、かなり並びますから…今回はコッチにしましょう。」

というわけで、俺達は広大な浅草寺周辺のうち、主に2カ所へ行きましょう。
一つは浅草寺本堂の北東にある、『浅草神社』さんで、
もう一つが、本堂とは対極側の南西に位置する、『鎮護堂』という場所です。


(クリックで拡大)


「へぇ…浅草『寺』だけじゃなくて、浅草『神社』もあったんですか!」
「どっちも浅草寺『周辺』の端っこ…隠れスポットっぽくてイイですね~♪」

とは言え、広い浅草の中で、メインを挟んで真反対…移動が非常に億劫だ。
結局、人通りの多い『~通り』的な場所を通らざるを得ないんじゃないか…?
月島がゲンナリしつつ地図から顔を上げると、正面の黒尾がニカっと笑った。

「両方をいっぺんに回るには、結構時間もかかるし面倒…無理だな。」
「ですから、今回は二手に分かれ…最後に全員で集合する計画です。」


俺達がご用意したのは、先程提示した2カ所…コース内容はこちらです。

   ①黒尾と行く!浅草神社
      ~浅草寺と竹取物語の謎~
   ②赤葦と行く!鎮護堂
      ~月と狸、そして猫~

ガイドさんが示したコース案に、月島と山口は目を輝かせた。
どちらもタイトルが既に謎…四人で語り合ったことにも、繋がりそうな話だ。
二人は一瞬だけ顔を見合わせて頷き、自分が行きたいコースを即断即決した。

「僕は、黒尾さんコースで。
   竹取物語に関して、どうしてもお聞きしたいことが残っていますから。」
「俺は、赤葦さんコースがいいです!
   月は俺が一番好きな…だし、狸と猫の関係が、めちゃくちゃ気になります!」

よろしくお願いします!と同時に頭を下げた月島と山口に、
こちらこそよろしく!と、黒尾と赤葦は手を上げてそれに応えた。


「それぞれのコースでじっくり考察&観光して…6時半に『花やしき』前集合。
   その後、全員で晩飯食って…今日の宿まで送り届けてやるからな。」

それじゃあ、Wデート(もどき) in浅草寺周辺…スタートだ!

黒尾の号令に合わせ、四人は互いに「また後で~」と手を振り、
人ごみを避けながら、それぞれの目的地へと向かって歩き始めた。




********************




「驚く程…静かですね。」
「だろ?すぐ傍なのに…な。」


まずは腹ごしらえ…おやつを確保!と、四人は一旦雷門方面へ足を向けた。
夕方に差し掛かっていたが、雷門周辺はとんでもない人だかり…
赤葦山口組は人波の間を泳ぐように、交差点を渡って雷門の脇を抜けて行った。

黒尾月島組は、交差点を渡らずに手前の商店街でどら焼きを購入し、
そのまま駅へ戻り、今度は隅田川沿いにある隅田公園をのんびり北上した。
傾きかけた陽射しを反射し、キラキラ輝く水面を、水上バスが揺らしていく…
そんな穏やかな景色をベンチに座って眺めながら、どら焼きを頬張った。

「ふわふわの皮…これは、かなり美味しいですね!」
「餡も甘さ控えめ…上品な味だろ?東京三大どら焼きの一つらしいぜ。」


ほらよ…と、ジャージのポケットから温かい緑茶のペットボトルを2本出すと、
黒尾はキャップをわざわざ緩めてから、月島に1本手渡した。
さりげない気遣い…お節介もこうやって上手く使えば、モテるかもしれない。

いや、この人…あのアクの強い猫達をまとめ、クセの強い毛束も毎朝まとめ、
知的な理性派なのに、それを胡散臭い笑顔で巧妙に隠しておちゃらけつつ、
腹黒キャラという猫を被り…隠していた爪は、物凄く優しかったりするのだ。

   (いやいや、これは…ズルいでしょ。)

冷静に分析してみると、将来有望…どころか、既にとんでもない優良物件だ。
それをいち早く見抜き、モノにした赤葦さんの慧眼は、さすがの一言に尽きる。
というよりも、猛禽類最強の梟…の、真の頭を落とした時点で、大器確定か。

クセが強すぎて扱いが難しいから、恋人にするにはハードルが高いタイプだが、
上手く扱えれば、これ以上の安定感抜群な人もいない…伴侶に最適な人だろう。

   (まさに、高嶺の王子様だ。)


なんでこんな大物と、隅田川を眺めながらどら焼きを頬張っているんだろうか…
と思いかけて、僕は自分の選択が『大正解!』だったことに気が付いた。

   (もし、赤葦ルートを選んでいたら…)

必然的に、この王子様と山口が、キラキラ川面を並んで眺めることになり、
『さりげない優しさ』という、卑怯極まりないお接待攻撃を受けていたはずだ。

ほんの少し条件が違えば、井の頭公園のスワンボートで黒尾山口組が…等、
山口が王子様から、完璧なエスコートを受けていたかもしれないのだ。
山口には、そんな攻撃に対する耐性なんて備わっていない…未知の体験になる。

山口という確たる存在がいるこの僕でさえ、ちょっぴりクラっとしかけたのに、
全くチヤホヤされ慣れていない山口だったら…危険なことこの上ないっ!!

   (この人に、僕が…敵うわけないっ)


「黒尾さんと一緒で…よかった。」
「は?そんなに褒めても…どら焼きはもう奢ってやんねぇぞ?」

思わず漏れてしまった安堵のため息に、黒尾さんは怪訝そうな表情を見せた。
「1個で十分です。」と言いながらお手拭きを受け取り(至れり尽くせり!)、
僕は早速、ずっと気にかかっていたことについて、黒尾さんに尋ねた。

「竹取物語の、作者の件なんですが…」


解体工事の準備が進んでいた、音駒の旧校舎脇の植栽…黒猫の秘密基地。
記憶喪失騒動の際、そこで黒尾さんと二人で、少しだけ話したのが、
『竹取物語の作者は誰か?』という、日本文学史上屈指の大謎についてだった。

その時はすぐに山口と赤葦さんが相次いで現れたため、会話は途切れてしまい、
黒尾さんからはヒントだけ貰って、お取り置きになっていたのだが…
専門家でもない黒尾さんは、ミステリの『犯人探し』の手法で作者を予想し、
この大謎をほぼ解いたぜ!風に、豪語していた(怒られても僕は知りませんよ)。

「僕もあれから、『モデル』という観点から、竹取物語を読み返しましたが…」


まず、かぐや姫に求婚した五人については、既に実在のモデルが確定している。

・石作皇子
   →右大臣正二位 多治比真人嶋
・庫持皇子
   →大納言正三位 藤原朝臣不比等
・阿倍みむらじ
   →右大臣従二位 阿倍朝臣御主人
・大伴御行
   →大納言正三位 大伴宿禰御行
・石上まろたり
   →大納言正三位 石上朝臣麻呂

多治比氏は元々皇族であり、石作氏とも同じ一族…皇子に相応しいといえ、
藤原不比等の母親は庫持氏で、不比等自身も天智天皇の子と言われる皇子様だ。
阿倍みむらじと大伴御行に至っては、名前も官職もそのままで、
石上氏の旧姓は物部氏…物語内でも、大伴氏とのライバル関係が描かれている。

「このモデル、『それっぽい人』を何とか探して当てはめたのかと思いきや…」
「大宝元年(701年)の『公卿補任』…閣僚名簿にズラリと載ってるんだよ。」

大宝元年は文武天皇の世…だが、竹取物語自体はその二百年後に成立している。
つまり、帝を除く二百年前の人達を、物語内で徹底的に嘲笑っているのだ。
(ちなみに今から二百年前といえば、江戸時代…勝海舟が生まれた頃だ。)

「二百年も経ってから…やや不自然もしくは、壮絶な恨みっぷりですよね。」
「そうなんだよ。だからこそ、物語の作者…『犯人』が絞られてくるんだ。
   謎を紐解くには、竹取物語が成立した『二百年後』を見てみる必要がある。」


竹取物語ができたのは、藤原良房等が天皇家と血縁関係を深め、
摂関政治を確立していった時代…在原業平や小野小町が活躍していた頃だ。

「貞観8年(866年)、平安京の大内裏の内側にあった、応天門が放火…」
   この『応天門の変』をきっかけに、当時の権力者の多くが失脚させられた。」

この事件で、古代から続く大伴氏を筆頭に、石上、石川、阿倍、多治比、巨勢、
そして紀氏の一族…計七氏が、滅亡もしくは没落に追いやられた。

「ライバル達を一掃し、藤原氏一強時代へ…恨まれて当然の事件ですよね。
   それに、消された氏族の名が、竹取物語のモデルにかなり一致してます。」
「物語でも、庫持皇子…藤原不比等が最も悪辣な人物として描かれているし、
   『犯人』はこの七氏の中にいると考えて、おそらく間違いないだろう。」


黒尾さんが絞った七氏は、日本史の授業を受けていれば必ず出てくる人々で、
『応天門の変』だって、試験必須の暗記ワード…紛れもない『史実』だ。
まさか竹取物語という『フィクション』考察が、史実に深く関わるなんて…
『実在のモデルがいる』というありきたりな説が、一気に真実味を帯びてきた。

「もし自分が二百年も前の事件の結果、不遇を強いられ、それを恨んでいたら、
   被害者たる自分の御先祖様の悪口は、きっと言わないはず…だとしたら?」
「おそらく、馬鹿にされている五人の求婚者達の中には、『犯人』はいない。
   多治比、阿倍、大伴、石上は除外。残るは石川、巨勢、紀氏ですが…」

当然ながら、藤原氏への恨みを抱く者の犯行だから、藤原も除外だ。
物語のモデル達は全員消え…他の手がかりから犯人を捜すしかないことになる。
竹取物語の外、少し離れた場所から、この時代のことを眺めてみると…


「そこで注目すべきは、さっきも出てきた閣僚名簿・『公卿補任』だ。
   文武天皇の時代の名簿には、六氏が記載されているんだよ。」
「六氏…ということは、モデルの五氏には、一氏抜けているんですね!」

前のめりになった僕を抑えながら、黒尾さんはポケットから手帖を取り出し、
図書館で『公卿補任』と『続日本紀』を調べたところ…と、メモを読み上げた。

大宝元年三月の条に、さっきも聞いたモデル五人の官職と名前が並び、そして、
最後に『直広弐紀朝臣麻呂ニ正従三位ヲ~』という文言が登場した。

「紀朝臣麻呂…竹取物語に登場『しなかった』のは、紀氏ですねっ!
   紀氏が藤原氏に恨みを抱く理由…僕も『史実』として習いましたよ。」
「紀氏の流れをくむ惟喬親王と、藤原良房の孫・惟仁親王の皇位継承争い…
   勝った藤原氏の惟仁親王が、のちの清和天皇…摂関政治のスタートだろ。」

では、この竹取物語成立の頃…まさに藤原良房が清和天皇を擁立した時代に、
和歌も散文も、平仮名の文も言葉遊びにも卓越した才能を持った人物…即ち、
オイシイ設定てんこ盛りな『竹取物語』を、構成・執筆する技量を持つ紀氏は?

「紀貫之…」
「このぐらいの歴史的逸材しか、該当する『犯人』はいねぇだろ。」


週○女性だとかフ▽イデーも驚くスキャンダラスなネタ満載なアレ…源氏物語。
その大ヒット作者・紫式部に『物語の出で来はじめの祖(おや)』と言わしめ、
日本の全フィクション(二次創作含む)のスタートとなったのが、竹取物語。
一次二次問わず、全てのステキな物語の『生みの親』…とんでもない存在だ。

『男もすなる日記といふものを、女もしてみむ』と、ネカマを装いながら、
ジョークの粋を極めた女流文学・土佐日記を執筆してしまうユーモアのセンス。
平安初期の識字率を鑑みても、動機と犯行可能な技量の双方を持ち得るのは、
紀貫之の他にいない…中学生の歴史教科書に載るレベルの存在のはずだ。
(そもそも無学な僕は、『紀氏』に連なる人はこの人ぐらいしか知らないし。)

「ちょっと待って下さい。紀貫之犯人説は、当の紫式部が…
   『絵は巨勢の相覧、手は紀貫之書けり』と、書いていたはずですよね?」


僕が調べた中でも、菅原道真や源融(光源氏のモデル)、源順(三十六歌仙)、
弘法大師こと空海等、錚々たるメンツが作者候補として検討され続け、
生存年や航海経験の有無等の様々な条件により、容疑者から外されていた。

特に面白かったのは、『帝のモデルは誰か?』という視点で考察されたもの…
大宝元年当時の帝は文武天皇、かぐや姫のモデル候補は髪長姫というもので、
そこから、彼女とも親交の深かった僧・玄昉が犯人に挙げられていた。

慣れない国文学の論文や、学術文庫を何冊か読んでも、よくわからなかった。
それなのに、黒尾さんは図書館で名簿と基本的な歴史書だけで犯人を名指し…
真面目に研究なさっている学者さんに、僕が代わって謝りたい気分にすらなる。

紫式部ほどのベストセラー作家が断言しているのに、何故未だ『作者不詳』で、
諸説紛糾しているのか…紀貫之説で決めきれない理由も、ぜひ追究したいが、
それよりも、学者でもない体育会系高校生が結論に至った理由を聞きたかった。


「紀貫之犯人説の、決定打は…?」
「紫式部が言っているから…だな。」

「…え、それだけ、ですか!?」
「紫式部だからこそ…信憑性が高いと思ってる。」

なんだそれは。
もしかして黒尾さん、あぁ見えて愛憎渦巻くドロドロ恋愛模様が大好きだとか、
実は源氏物語の大ファンで、紫式部マニアだったりするのだろうか?
(ちなみに僕は面倒な恋愛小説は苦手、竹取物語みたいなコメディが好きだ。)


「言っとくが、俺も別に醜聞タップリの色恋沙汰が好きなわけじゃねぇぞ?
   紫式部に特に思い入れもねぇ…光源氏を羨ましいと思ったこともねぇよ。」

俺が注目したのは、紫式部ですら『あれが元祖だ』と言って竹取物語を評価し、
自著の中で紀貫之を作者として名指し…そこに、強い想いが見えた点なんだ。
実際に源氏物語なんていう凄いモノを創作し、その苦労も熟知している作家が、
貫之チャン、マジでパネェだろ!と称賛する奥底に、透けて窺える感情は…

「強烈な…嫉妬心。自分も同レベルの大作家だからこそ…生まれる感情です。」
「嫉妬心には、ウソは付けない…隠しても飾っても、推し測れてしまうんだ。」


嫉妬心が、どれほど強い感情なのか。
それを僕達は、先だっての『記憶喪失騒動』で、目の当たりにしていた。
家族のこと、友人のこと、そして恋人のことを全て忘れてしまった山口。
それでも、嫉妬心だけは奥底に残り…醜い自分の感情に心を痛めていたのだ。

「未だに作者不詳と『言われ続けて』いる…特定しないままでいる理由には、
   もしかして深くて暗いものが、背後に隠れているかもしれねぇが…」
「源氏物語に残された、紫式部の感情を素直に受け止めるのであれば、
   紀貫之が犯人だということも、ストンと納得できます…少なくとも、僕は。」

動物でも持っている、嫉妬心。
醜くも強い感情があったからこそ、山口は僕のことを消さないでいてくれた…
僕の記憶を全て失ってもなお、僕への想いを心に留めていてくれたのだろう。

   (嫉妬も…大事な、心の一部だ。)

「嫉妬や恨み…後付けの動機探しや陰謀論よりも、説得力がありますね。
   合理的とは言えない感情を無視して、歴史は読み解くことは不可能ですね。」
「歴史も所詮、生身の人間が起こしたものが、絡み合いつつ積み重なっただけ…
   記憶と同じで、個人の思い込みや感情の集積ってことなんだろうな。」

「紫式部も、嫉妬心に駆られて自著にぶちまけたことを、あの世で後悔して…
   『貫之チャン、メンゴ☆』と言って、恥かしがってるかもしれませんね。」
「今そのセリフを言った、ツッキーのテヘペロ顔…俺は一生忘れらんねぇよ。
   ついでに、今まさに言ったことを後悔してる真っ赤な顔も、忘れねぇから。」
「き…記憶から今すぐ消すか…あの世まで持って行ってくださいっ!!」
「わかってるよ。もし山口にバレたら…あの世まで嫉妬されそうだしな!」


以上で、『嫉妬』という感情から紐解いた『竹取物語』の犯人探しは、終了だ。
紫式部も嫉妬する、貫之チャンの創作…またじっくり、読んでみたいと思う。

「次はもう一つの強い感情…『恨み』に深く関係するものだ。よし、行くぞ!」

黒尾さんは気分を切り替えるように、大きく明るい声を出して立ち上がると、
川面に反射する夕焼けのように、キラキラした笑顔で僕を引き上げてくれた。



********************




「ここが、浅草神社…」
「びっくりするぐらい…静かだろ?」


隅田公園を北上し、船着き場まで来てから浅草寺方面へ向かう。
寺の東門にあたる『二天門』を潜り抜けたすぐ右手脇に、浅草神社はあった。
目の前の浅草寺本堂付近は、相変わらずの人だかりだったが、
暗くなり始めた浅草神社の境内には、僕達を含め五人も居なかった。

御神輿が飾られた倉庫を横目に、カラフルな朱塗りの本殿へまずはお参り。
境内の真ん中付近にドン!と居る、阿吽の狛犬を見上げてから、鳥居の脇へ…
大きな木々と神楽殿の間に立ち止まり、黒尾さんは再び手帖を取り出した。

「浅草寺と浅草神社の関係を、簡単に説明すると…」


推古天皇36年(628年)3月18日早朝。
檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟が隅田川で漁の最中に、
一躰の観音像が網に引っかかった…それを土地の長・土師中知に見て貰うと、
聖観世音菩薩の尊像であるとわかり、大切にお祀りしたのが、現在の浅草寺だ。

浅草神社は、浅草寺草創に関わった浜成・竹成兄弟と土師中知の三者の御霊…
三社権現(三社様)を主祭神とする、浅草の総鎮守である。

「江戸三大祭の一つ・三社祭は、ここ浅草神社の祭礼なんだよ。」
「っ!?そのお祭りは知ってますが…浅草寺のお祭りだと思ってました。」


ごく初歩的なことすら、恥ずかしながら僕は知らなかったのだが…
それよりも、明らかに奇妙な点が気になってしまい、黒尾さんに再確認した。

「随分と歴史のある寺&神社なのはわかりますが…やけに詳しい御由緒ですね?
   628年『3月18日』…何故そこまで日付が特定されているんです?」

推古36年と言えば、推古天皇が崩御した年…古事記もこの天皇までだ。
いくら超有名女帝の時代とは言え、大和から遠く離れた浅草の寺の創建が、
こんなにも日付確定で残っているなど、どう考えても不自然じゃないか。

僕の追及に、黒尾さんは「そう、そこだよ。」と真剣な顔でコクリと頷き、
「これこそが『浅草』の本質を表していると思われる。」と、静かに言った。

「3月18日は『精霊(しょうりょう)の日』…
   柿本人麻呂、小野小町、そして和泉式部の祥月命日なんだと。」

祥月命日とは、故人が亡くなった月日のことだ。
年は違えど、人麻呂や小野小町達は、同じ『3月18日』に亡くなった…?


「それはそれは…随分ウソ臭いですね。時代もバラバラですし。」
「一説によれば、源義経と山名宗全も3月18日だと言われているそうだ。」

増々…怪しい。
3月18日と言えば彼岸の入りだから、ただ単に『死者の日』にしただけ…
死亡日がはっきりしない人を、まとめてその日にお祀りしただけじゃないのか?
だとしても…相当なビッグネーム達が、同じ日だとあえて言われていることは、
僕だってかなり気になるというか…いやいや、ちょっと待て。

「人麻呂も小町も和泉式部も…ロクな死に方をしてない方々じゃないですか!」

人麻呂は刑死した可能性が高く、絶世の美女だった小町も、不遇の人生。
和泉式部は紫式部チャンから「ラブい文や歌は上手いけど、ユルいよね~」と、
嫉妬ビシビシにディスられている、恋多き女性…こちらも晩年の動静は不明。
源義経(牛若丸)も壮絶な戦の末、自刃…菅原道真と並ぶ大怨霊だし、
山名宗全も応仁の乱の責任をとって切腹したが死にきれず…非業の死を遂げた。

「まるで…怨霊日本代表ですね。」
「『タタル(祟る)JAPAN0318』と称したくなる、錚々たる顔ぶれだろ?」


この代表メンバーが、本当はいつ死んだのか…問題はそこじゃない。
タタルJAPANに選ばれそうな人が、同じ命日『だと言われている』ことが、
彼らが一体どういう人達なのかを、如実に物語っているのではないだろうか?

「3月18日は…怨霊の日。」
「この日が命日だと言われている人は、あまねく…強い恨みを抱いて死んだ。」

では、その3月18日に草創した『と言われている』浅草寺は、
一体何のために生まれたのか…自ずと見えてくる。

「浅草寺の御本尊は、聖観音菩薩…
   しかも、この寺だけが独立して、聖観音宗という宗派を形成している。」


観音様は、既に悟りを開いた如来や仏と、我々一般人の間に立ち、
悟りへ導いてくれる偉大な先輩修行僧…頼りになる、身近な存在だ。

人は生前の業によって、『六道』という6つの世界を輪廻転生するそうで、
六道(天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄)それぞれに観音様が配置されており、
そのうち聖観音は地獄道…罪を償う世界の人々を救ってくれる観音様だ。

「そして、聖観音の縁日は…18日。」
「怨霊の命日が、聖観音の日…
   救われるべき人のために、浅草寺の聖観音はいらっしゃる…?」

はっきりと浮かび上がってくるキーワードは…『鎮魂』の二文字だ。
浅草寺は、強い恨みを抱いて死んだ人々の『鎮魂の場』として、生まれた場所…
『3月18日』『聖観音』が、そのことを明白に示しているのではないだろうか。


「『聖』の字は、耳+呈…神に(酒を)捧げる人の姿を現す漢字で、
   『神の言葉を聞いて道理がわかる人』の意味…清らかな人ってことだな。」
「祀られている人の声を聞き、救う…鎮魂には聖観音が最も相応しいですね。
   地獄道は、罪を償う世界。怨霊たちが背負った『罪』とは何かを考えると…」

最も分かり易い例は、柿本人麻呂だ。
人麻呂が亡くなったのは神亀元年(724年)3月18日…聖武天皇の頃だ。
元々は当時の政権を賛美する歌を多く作っていたが、後に『粛清』された…
彼ほどの歌人が、正統な歴史書・日本書紀や続日本紀に、一切記述がないのだ。

「人麻呂が活躍していた頃の権力者…持統天皇&藤原不比等のコンビだ。」
「記紀に登場しない…七夕の饒速日尊・瀬織津姫が消されたのと同じです!」

「人麻呂は『歌聖』と呼ばれる大歌人だが…別歌人と同一人物かもしれない。
   三十六歌仙の猿丸太夫…権力者に忖度した人々が、猿と呼んだという説だ。」
「猿は…『裏切者』です。」

日本各地に、歌『聖』から歌『神』になった人麻呂を祀る柿本神社があり、
また、ひとまる→『火止まる』で、防火の神として祀っているところもある。
『神になった』という時点で、祟る存在である可能性が高いのではなかろうか。


「そう言えば、『3月18日草創』と同じぐらい怪しい点と言えば、
   仏像発見者達…『三社様』の氏名が確定しているところも、そうですよね。」

飛鳥時代、まだ未開地だった隅田川沿いの漁師に、『氏』などあるわけない。
氏名もおそらく後世の後付けだろうが、その『後付け具合』が非常に気になる。

「ひのくま…火の熊野。そして、竹成…竹もタタラを象徴する植物です。」
「像を祀った土師(はじ)氏は、お相撲さんの祖・野見宿禰の後裔だが、
   元は天皇埋葬時に『道連れ』にされた人々…代わりに埴輪を発明した一族。」

つまり、浅草の草創に関わったとされる人物も、3月18日が命日の人も、
朝廷から『まつろわぬ』罪を着せられたと言う点で、共通しているのだ。


「地獄道で償わされているのは『朝廷にまつろわなかった』という罪…?」
「その根拠は、怪しさ満点の御由緒以外にも、ゴロゴロしてるんだよ。」

浅草寺は、平安後期の大地震や火災で一時は荒廃するが、源頼朝や足利尊氏、
そして徳川家康等の武士達から篤い保護を受け、再興・発展を遂げてきた。
この浅草神社の本殿も、三代将軍徳川家光が寄進したものらしい。

「武士からの信仰…八咫烏の熊野牛王符と、同じ構図が見えますね。
   牛王符も人麻呂と同じ…『火伏せ』のお守りとされていますし。」
「朝廷と対立し続けた武家…まつろわぬ人々に共感する気持ちもわかるよな。
   罪人と言われた人達…『蛇』に連なる紛れもない証拠が、ここの山号だよ。」

浅草寺の御由緒の続きは、こうだ。
聖観音が示現された日、一夜にして周りに千株ほどの『松』が生じ、
三日過ぎると、その松林の中に『金の鱗を持つ龍』が、天から下ってきた…
その由来から、後に浅草寺の山号が『金龍山』とされたそうなのだ。




「金龍…これ以上にないぐらい、蛇!!を大絶叫している名前ですね。」
「それに、『松』も竹と同じぐらい、タタラと深く関わる植物だ。」

そして、 本堂南東にある小高い丘は、弁天山。関東三大弁財天の一つらしい。
弁財天は『蛇神』の代表格…元々はこの場所にも弁天池があったそうだ。




「浅草寺には…鎮魂しなきゃいけない神々が、ごっそり集まってるんですね。
   まるで、国内外から集まってくる、大勢の観光客のように…」
「恨みを抱いて死に、神に祀られた人々を鎮める場…それが、浅草なんだな。
   江戸城の北東…『鬼門』に位置していることにも、意味があるんだろうな。」

「それに、『罪を償う場』というキーワードは、あの話に繋がりますね。」
「かぐや姫は、月の帝にまつろわなかった罪により、不浄の地へ落とされた…
   浅草考察が、無事に竹取物語とリンクしたってわけだな。」


日本を代表する観光地・浅草。
雷門と五重塔と…ぐらいしか、パっと思い付かない『ザ☆観光地!!』だが、
御由緒をほんの少し考察しただけで、まるで違う姿が浮かび上がってきた。
しかも、浅草寺『本体』ではなく、脇にひっそり佇む浅草『神社』から…


「近すぎると、見えないことがある…
   離れた場所からじゃないと、全体像は見えて来ないんですね。」

   近すぎて、見えなかったもの。
   自分から離れて、やっと見えたもの。
   今回の『記憶喪失事件』も…同じだ。

「浅草寺から離れて、その奥にある『恨み』という感情が見えた。
   竹取物語から離れて、『嫉妬』が見えてきたのと…似てるよな。」
「山口から離れて、山口と…僕自身の感情が見えたのと、同じです。」

素直に出てきた言葉に、僕よりも黒尾さんが驚いた顔をした。
辺りはすっかり夕闇…浅草神社もライトアップされ、驚き顔が逆によく見えた。


「ツッキー、ちょっとこっち来いよ。」

黒尾さんが手招きする方…数歩先に、赤い傘。下には石像?があるようだった。
正面に回ってみると、それは狛犬が並んで座り、相合傘をしている像だった。




「これは『夫婦狛犬』…形状が珍しく、非常に貴重なものらしいんだが、
   見たまんま…良縁と夫婦和合、恋愛成就にご利益があるらしいぜ。」

狛犬と言えば、参道を挟んで向かい合って座っているのが一般的だ。
この浅草神社のメイン狛犬も(境内のド真ん中とは言え)、向かい合っていた。

「ツッキーと山口は、元々が『夫婦狛犬』の距離感と位置だった。」

一つの像なのか、二つがぴったり寄り添っているのかもわからないぐらい…
別の人格だという認識が薄かったことすら、記憶を失って始めて自覚したのだ。

「仲良しで非常に結構。だがこれでは…お互いの姿はよく見えないんだよ。」
「たまには少し距離を置いて、普通の狛犬ぐらいの位置から全体を見てみる…」
「相手と真正面から向き合い、じっくり見つめ合うのも…悪くねぇだろ?」
「夫婦でも幼馴染でも、適度な距離感が必要…僕にも、やっとわかりました。」


とは言え、一般人がまず目指すべきなのは、『夫婦狛犬』の方なんだがな…
黒尾さんはため息交じりにそう呟くと、『夫婦狛犬』に黙々と頭を下げた。
あまりに真剣で、重々しい沈黙…僕はつい、代わりに『願掛け』してしまった。

「『赤葦と上手くいきますように♪』」
「っ!?なっ、何、勝手に…っ!!?」

心底慌てた顔をバっ!!と上げ、しどろもどろに小声で詰め寄って来た。
これはこれは、非常に貴重で、珍しい形相…狛犬ならぬ困った猫じゃないか。

「え、まさか…そんなに上手くいってないんですか?実は喧嘩中だとか…?」
「ちっ、違う!喧嘩なんかしてねぇ…する機会が、そもそもねぇし…」

もっ、モチロン、毎朝毎晩連絡を取り合うようになったし、
少しずつだが、バレーや業務以外…お互いのことも、話すようになってきた。
でも、実際に『二人きり』で逢えるチャンスなんて…

「業務外で赤葦に逢ったのは、一連の記憶喪失騒動以来…今日が初めてだ。」


…は?
あまりに小さな声&信じ難い言葉に、僕は聞き間違いだと思ってしまった。
すったもんだの末に想いを自覚し、僕達を散々巻き込みようやく結ばれたのに、
ちょっと目を離していた間に、進展どころか一歩も進んでいなかったなんて…っ

「や~っとお互いに向き合えたのに、そのまま石化…参道の狛犬ですか!?」
「う…うるせぇ!クソ多忙のプチ遠恋のキモチ…お前にはわかんねぇだろ!」

「何で今日…僕なんかの引率!?おデートのチャンスだったのにっ!?」
「お前らも放っておけねぇだろ!自分とアイツのお節介振りに、呆れてるよ!」

「あ~もぅ!!僕が赤葦さんに恨まれたら、どうしてくれるんですっ!?」
「俺だって、山口に嫉妬しまくってる…俺より先に、おデートしやがった!」


この人…とんでもない大馬鹿だ。
ごく身近に存在した『嫉妬』と『恨み』に、僕は天を仰ぎ…
黒尾さんの後頭部を掴んで『夫婦狛犬』に再度頭を深々~っと下げさせてから、
背中をグイグイ圧して、浅草神社の境内から押し出した。

「もういい時間ですから…早く合流しましょう!さっさと連れてって下さい!」

浅草寺の本堂裏を通り過ぎながら、僕は心の中で必死に祈りを捧げていた。
聖観音菩薩様、どうか黒尾さんの初おデートを奪ってしまった僕が、
赤葦さんから恨まれませんように…『可愛いヤキモチ』程度でお願いします!


   黒尾さんと赤葦さんを…
   どうか見守ってあげて下さい。  




- 奥嫉窺測(12)へ -




**************************************************

※井の頭公園でWデート →『他言無用
※『髪長姫』考察 →『大胆不適
※饒速日尊・瀬織津姫 →『予定調和
※猿について →『既往疾速④』『同行四人(後編)・月山二人
※牛王符について →『団形之空
※竹について →『鳥酉之宴
※松について →『夜想愛夢⑨
※弁財天について →『他言無用



2018/12/01 

 

NOVELS