同行四人(後編)~月山二人~







「ねぇねぇ、黒尾さん達って、いつも…別々に入ってんのかな?」
「多分ね。ちょっと信じられないけど…恥ずかしくないのかな?」


春の陽気にふわふわ誘われて(ツッキーが意地張ったおかげで)、
俺達はまだマーキングしてなかった、近場の有名な社寺仏閣に参拝できた上に、
偶然にも全世界の道祖神愛好家の憧れ…『かなまら祭』にもぶち当たった。

俺の『イきたいとこリスト』の、かなり最初の方のページに書いてあったのに、
まさかこんなに近かっただなんて…土地勘ない『おのぼりさん』ならでは?
情けない話だけど、図らずも遭遇したって方がむしろ嬉しさ倍増なカンジで、
きっと何かしらのご縁があったのかもなぁ〜と、謙虚な気持ちになってくる。


別に俺は、特定の神様とか宗教を信仰してるわけでもないし、信心深くもない。
社寺仏閣巡りをしたり、歴史考察をするのも、ただの趣味…好奇心の延長だ。
かといって、そういった神秘?神様?の存在を全く信じてないわけでもなく、
ごく普通の一般的日本人の感覚として、山とか川とか海とかお米とか…
そこらじゅうのいろんなものに、八百万の神がいるんだろうなって思ってる。

だって、そうでもなきゃ納得できないことが、いっぱいあるんだもん。
俺とツッキーの出会いだって、浦島太郎がたまたま通りすがっただけだし、
(浦島太郎は亀を助ける気なんて、さらさらなかったっぽい。)
ツッキーと出会ってなければ、烏野にも行ってないし、バレーも続けてないし、
当然、黒尾さんや赤葦さんとも出会わなかった…『今』の四人はなかったのだ。

とんでもない確率で偶然が積み重ならなければ、幸せな『今』は存在しえない。
『今』が幸せだからこそ、努力とか計算ではどうにもならない奇跡的なものを、
信じずにはいられない…神様的な方々に全力で感謝したくてたまらなくなる。


「何ニヤニヤしてんの。」
「いやぁ〜、俺、幸せだなぁって。」

「そんなにラブホが嬉しいの?」
「それだけじゃなくて…全部、かな?」

変な山口。
ま、山口が幸せならそれでいいけど…ココでニヤニヤするのはどうかと思うよ。
どの『お部屋』にするのか、さっさと選んで…

「僕は、早く入りたいんだけど?」
「え、どこに?」

「言ってもいいの?」
「言えるんもんなら、どうぞ〜♪」

言うよりも、態度で示した方がわかりやすいだろうから…という、
ツッキーのセリフの『オチ』を先取りして、俺は『お部屋』を勝手に選択。
それにツッキーは、バスの停留ボタンを先に押された時みたいな、悔し顔…
ほっぺを片方だけぷっくりさせ、ズルい山口…と、拗ねてみせた。
(いやいや、その顔…ツッキーの方がズルいでしょ。)


「このバスのイき先は〜ゴクラクです〜
   お客様、『ハッシャ』準備は…よろしいでしょうか〜?」
「動くときは揺れますので、しっかりお掴まり下さい…だよね?」

お客様役だったのに、ツッキーは肘を体から少し離して『手すり』を作った。
俺はそこにしがみ付くように腕を絡め、出発進行〜♪と、号令を掛けた。
エレベーターを呼ぶボタンを譲ると、ツッキーは嬉しそうに頬を緩め…
しょーもないやり取りに「ぷっ!」っとしながら、一緒に『閉』を押した。


やけにゆっくり扉が閉まり、じ~んわりしたスローペースで上昇し始める。
普通のマンションとか事務所ビルのもので、60~90m/min…それより遅い。
おそらく、公共施設や病院等と同じ低速タイプ…45m/minぐらいかな?
これは、わくわくとか余韻を楽しむための『サービスタイム』かもしれない。

「ラブホで一番ドキドキするのって、部屋に入るまでの間…この中じゃない?」
「この後への期待が、ぐーんっ!と上昇する時間…僕も今、ドキドキしてる。」

   ほら…聞こえるでしょ?
   多分…120m/minぐらいかな。

ツッキーは俺の頭を引き寄せ、胸元にそっと押し当てた。
確かに、結構な運動をした時みたいな、早くて強めの『ドキドキ』が聞こえる。
120m/min…今度はメートル/分じゃなくて、脈拍/分だろうけど…
これから行う『超ハードな運動』時は、平均で150m/minらしいから、
30階建以上の高層ビル用の、高速エレベーター並の『ぐんぐん↑』っぷりだ。


ツッキーの『ドキドキ』を直接聞いた途端、自分の『ドキドキ』も急上昇…
まず目を閉じてから、胸に埋めた顔をそっと上げた。

「ラブホのエレベーター内の、防犯カメラの有無…半々らしいよ?」
「乗ってすぐに、『無』の方だって…バッチリ確認済なんだよね?」

軽く合わせていただけの瞼を、促すようにギュっと固く瞑る。
瞼に掛かる俺の前髪を、緊張で冷たくなったツッキーの指先が掻き上げ…
冷たさに身を縮めた瞬間、露わになったおでこに、あったかい何かが触れた。

   (う…わわわわっ…!!)


カメラがなくても、こんなとこでキ、キスは恥ずかしいけど…それよりもっ!
ソフトなはずの『おでこにちゅー』の方が、なんかすっごい…ドキドキした!!
それはツッキーも同じだったらしく、片手で口元を覆って天井を向いている。
それを見た俺も、またまた恥ずかしさが込み上げてきて…胸元に逆戻りした。

「やっぱりさ、部屋に入るまでの『同行二人』の道中が…一番クるよね。
   コレを楽しまないなんて…アチラさんは勿体無いコトしてるよね~」
「いや、アチラはアチラで、もっとヤらしい、超絶ドキドキな状況だと思うよ。
   一人が待ち構え、もう一人がそこに訪ねてイくだなんて…凄い勇気だよ。」


僕らなんて、同じ部屋で一緒のベッドに寝ていても、その…
改めて「いかがでしょう?」ってお伺いを立てるのに、一踏ん張りが必要。
それに対して、ラブホは『同行二人』で一緒にナカに入るだけで、
最初から「ヤるぞ!」っていう、完全な意思の合致があるから…気が楽だよね。

それなのに、アチラは「ヤる気満々!」な顔と下心で待機&訪問だなんて…
とんでもない羞恥プレイだし、コソコソしてる分が余計に卑猥な香りがするよ。

「営業回り中に、昼下がりの逢瀬を楽しむ…ワケありなカンケーっぽい。」
「それか、モロにデリヘル…何ヤってもあの二人は『淫靡』なんだよね〜」

うっわ、アチラさん方は絶対…そういう『密会ごっこ』して楽しんでるよ。
そうでもなきゃ、待機&訪問だなんて、冗談抜きで恥ずか死んじゃうもん。
きっと『同行二人』が照れ臭くて、時間差攻撃してるんだろうけど、
一緒にイかない方が、恥かしいかもしれないこと…気付いてなかったりして?

「『恥かしい』を回避したつもりで…」
「もーっと恥かしいコトを、平然と…」


こうやって俺達は「ピュアぶってる割に実際は大胆な黒赤二人」ネタを語り、
自分達の羞恥心を吹き飛ばすのが、いつものやり方だ(お世話になってます~)。
こうでもしなきゃ、ツッキーはデレることなくツンのままだったはず…
きっとそれぞれのコンビ間で、恥ずかしさの『分けっこ』をしてるんだろうな。

俺とツッキーの二人だけだったら、絶対こんなに楽しい『今』はなかった。
見た目よりずっと可愛い、黒赤二人と一緒で…四人で良かったと、心から思う。

「アチラはアチラで…楽しそうだね。」
「コチラとは種類は違えど…確実に。」

あっという間に部屋に到着したけど、一瞬でも待機&訪問したくない一心で、
もう半分抱き合いながら狭いドアを通り抜け…ピッタリ同時にナカへ入った。


「あのさツッキー、どこら辺から『この格好』で…引っ付いてたんだっ…んっ」
「エレベーターホールには、ほぼ確実にカメラが…それは気付いちゃダメっ!」

玄関に片足だけ上がった所で、俺は恥かしい事実に気付き…慌てて口を塞ぐ。
俺の質問にマトモに答えようとしたツッキーも、途中から両手で耳を塞いだ。
今のはお互い、言わなかった&聞かなかったことにしよう…と、視線で確認。

何事もなかった体を装って、両足とも同時に部屋へ上がり込む。
どうぞお先に!いや山口が…なんてコントをしながら、ベッドに同時ダイブ!!
コチラもやっぱり恥ずかしいけど、それもコミコミで…楽しくてたまらない。

俺は『今』…ホントに幸せだなぁ~!!




***************




「あっ!そうだ…ちょっと待っててもらえる?薬、飲んでくるから。」
「えっ!?薬って、まさかツッキー、花盛りの季節に…枯れちゃったの!?」

思わず口を突いて出た俺のボケ(毒?)に、ツッキーは怒ることもなく、
もしソッチなら、灰でもパ〜っと振り撒いて咲き乱れるから安心して…と笑い、
様々な必携アイテムが入った、通称『探偵七つ道具ポーチ』を鞄から出すと、
ゴム製品と小分けのローション、そしてアヤシゲな薬をベッドに並べた。

「花盛りだからこその…薬だよ。」


『過激な運動』をしてる最中には、なぜかスッキリ止まってる説もあるけど…
『はなまつり』で『はなづまり』なら、酸欠にはなるけどまだずっとマシで、
もし「わっしょ~い♪」と盛り上がってる時に「はっくしょ~ん♪」したら、
僕が肋骨傷めるぐらいならいいけど、勢い余って山口を傷付けるかもしれない。

もっと最悪なケースは「たら~り♪」って『蜜』が垂れてきちゃった場合だよ。
山口はそれを『見て見ぬフリ』なんて、絶対にできないでしょ?

「間違いなく…大爆笑しちゃうね!!想像しただけでお腹ピクピクするよ~♪」
「その勢いで僕は強烈に締め付けられ…蜜を出し切ってゴクラク逝きでしょ?」

そういったリスクを回避するためにも、あらかじめ薬を飲んでおこうかなって。
だから、この薬が効くまでの間…宿題の『蛇足考察』しようよ。
『見て見ぬフリ』にピッタリなモノ…さっき買ってたよね?

さっすがツッキー、よく見てたね~♪
俺が鞄の中に手を突っ込むのを確認してから、ツッキーは洗面所へ向かった。


「…ありがと、ツッキー。」

本当は、自分が花○症だとは絶対に認めたくないはずなのに、
『花園』での二人の時間を目一杯楽しむために、薬を飲んでくれるのだ。
何だかんだ言っても、ツッキーは俺にすっごく優しくて健気な『旦那様』だ。

だから俺も、デキる『奥様』として…
鼻炎薬の箱に書いてあった『花○症』の文字を、マジックで消していたことを、
ツッキーが自分で認めるまでは、『見て見ぬフリ』し続けてあげようと思う。



*****



「はい、ツッキー。これが俺の買ってたものだよ~」

金山神社の名前と神紋が入った白い袋から、一枚のカラフルな木板を取り出し、
ベッドの真ん中…ツッキーと俺の間にそれを静かに置いた。





「金山神社にあった『絵馬』の一つなんだけど…珍しいでしょ?」
「『見ざる聞かざる言わざる』の三猿プラス、あと二猿…面白いね!」

もうこれこそが『道祖神』と『かなまら様』が繋がる、確固たる証拠だ。
三猿+二猿で五猿…ごえん(ご縁)を結ぶ性の神様に相応しい語呂合わせである。
絵馬の御利益も『家内円満』と『子孫繁栄』で、かなまら様にはピッタリ!!

…と言いかけて、俺とツッキーは同時に首を捻った。
追加の二猿は、マエを隠した『せざる』と、ウシロを隠した『させざる』の絵。
お互いの悪いトコを見ない聞かない言わないことは、間違いなく円満の秘訣…
離婚の専門家としても、三猿は『家内安全(円満)』だと、日々痛感している。

「問題は『二猿』の方…これは明らかにおかしいでしょ。」
「『せざる&させざる』じゃ…『子孫繁栄』なんてできないじゃん!」


夫婦間でも無理矢理ヤりませんヤらせません…DV対策としては素晴らしいが、
(これなら確実に『家内安全』…前面に押し出してもいいぐらいだと思う。)
きっとこれはそういう話ではなく、二猿も含めての『子孫繁栄』なんだろう。
ではなぜ、普通に考えれば子宝とは真逆な二猿が描かれているのだろうか?

「そもそもなんだけど、俺、『三猿』についても…ちょっとあやふやなんだ。」

日光東照宮や各地の庚申塔にも彫られている、お馴染みのモチーフ…だが、
その由来や正確な意味等については、ちゃんと考察したことがなかった。
まずはこの点を確認しておかないと、本質は絶対に見えてこないはずだ。

ツッキーに視線を送ると、コクリと頷きながら『七つ道具』を引き寄せ、
そこから『極秘月島メモ』こと考察ネタ帳を取り出し…概説を語ってくれた。


「『三猿』は人生の叡智を示したもの…簡単に言うと、生き方のお手本だね。」

『~ざる』の語呂合わせから、日本発祥のものに思われがちだが、
『三匹の猿』というモチーフ自体は、古代エジプトをはじめ世界中にあり、
欧州では古くから、『三賢猿(the three wise monkeys)』と呼ばれている。

なぜ『三猿』が世界的に共通しているのか?という壮大な論点はさておき、
そこで示される教訓は、『都合の悪いことは見なかったことにする』や、
『保身のためには無関心を装う』といった、事なかれ主義の推奨ではない。

子どものうちは、悪いことを見たり聞いたり話したりせずに、
素直にまっすぐ成長しなさい…という意味で、東照宮の三猿も『子猿』だ。
また同時に、余計なことは見たり聞いたり他人に話したりするな…という、
賢い『オトナの処世術』を表していると言われている。

「いやはや、耳が痛いと申しますか…」
「僕はお口が、少々引き攣る自覚が…」

自覚があるだけ、俺達も大体まっすぐオトナに成長…ということにしておこう。
余計なことは深く追及しないのも、都合のイイ解釈…オトナのタシナミだ。


「日本における『三猿』の由来には、いくつかあるんだけど…」

一つは孔子の『論語』にある一節で、
『非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、非礼勿動』
(礼にあらざれば視るなかれ、聴くなかれ、言うなかれ、おこなうなかれ)
礼節に背くことに注目したり、耳を傾けたり、言ったりしたりするな…
こうした四つの戒めを、猿を使って解り易く説明したというものだ。

「三猿は元々、四猿だったんだね~」
「『せざる』は性的な戒めだけど、絵的にアレだから…って、削られたとか。」

この『不見・不聞・不言』の教え(漢語)が、留学僧を通じて日本に伝来し、
「耳は人の非を聞かず、目は人の非を見ず、口は人の過を言わず」という、
天台宗の教え(禅定によって心を惑わされないようにする)等に繋がるそうだ。


「もう一つが、道教の三尸(さんし)説を元にした、庚申(こうしん)信仰だね。」
「三尸は、体の中にいると考えられている、三匹の虫…だったよね。」

60日に1度訪れる庚申(かのえさる)の日の晩、人々が眠っている間に、
三尸が体の中からコッソリ這い出して、天界の天帝(帝釈天)の所へ行き、
その人の悪事や悪心を報告…それによって天帝は寿命を減らすと言われている。

「だったら、その晩は寝なきゃいいじゃん…これが『庚申待ち』だね。」
「僕も呆れるほどの屁理屈っぷり…世の中には賢い人がいるもんだよね。」

三尸が天帝にチクりに行かないよう、徹夜で見張っておくだけではなく、
更には三尸を屈服させる力があると言われる『青面金剛』もお祀りしていた。
各地に残る青面金剛の像や文字が彫られた石碑が、庚申塚や庚申塔である。


「ま、ただ『寝ずの番』するのも、風情がないし、ツラいばっかりだし…
   皆で集まってダベりつつ、飲み食いして楽しく夜を明かしちゃいましょう♪」
「この集まりが『庚申講』っていう、いわばチクり防止徹夜サークルだね。
   この風習は平安時代から明治まで続いた…続いて当然なカンジがするよね。」

まるっきり俺達の愛する『酒屋談義』と同じ…楽しいイベントに決まってる。
2ヶ月に一度ぐらい、仲間と集まって夜通し遊んだっていいじゃないか。
そして、この『夜通し遊ぶ』には、当然『オトナならでは』の交わりがある…
これが、庚申講と道祖神信仰が結び付いた理由だと考えられる。

また同時に、『三匹』と『報告防止』は容易に『三猿』を連想させるし、
『庚申』の言葉自体が『申(さる)』…そのまま『猿』であることから、
『庚申待ち』と『見ざる聞かざる言わざる』も、アッサリ結び付いたのだろう。
だから、庚申塔等には青面金剛と共に三猿も描かれていることが多いのだ。


…以上が、『三猿』と『庚申待ち』、そして『道祖神信仰』の関連の概説だ。
『猿』を介し、様々な信仰や教えが交じり合い、風習となっていったのだろう。
一見すると、素直でまっすぐな繋がり…さして疑問の余地はない気がするが、
途中で大きく『対象』が切り替わったことに、二人は同時に気付いていた。

「元々の『三猿』は、賢く生きるための叡智…『自分』に対する戒めだった。」
「でも『庚申待ち』の三猿は、三尸を抑えるためのもの…対象は『三尸』だ。」

道教の『三尸説』が『庚申待ち』の風習に変わっていくプロセスの中で、
『三尸』が『三猿』にすり変わった…つまり『三尸=三猿』だとすると、
『見ざる聞かざる言わざる』と強く戒められているのは、『猿』ということだ。

「教えを説くモチーフだったはずの猿に対して、戒めている…?」
「『せざる・させざる』で『子孫繁栄』と同じぐらい…真逆だよね。」


三尸と三猿が容易に連想されるのは確かだが、本質が真逆だとすると、
二つが結び付くのは『(庚)申=猿』という点だけになってしまう。
実際、両者が習合した理由については、未だはっきりわかっていないそうだ。

「『庚申待ち』と『三猿』の繋がりは、『猿』だけ…一見手詰まりに見える。」
「でも、多分だけど、『猿』だから繋がった…が、まっすぐな正解だろうね。」

少し前までは、道祖神と庚申待ち、そして三猿がなぜ繋がるのか、
色々調べてみたものの、どれも曖昧でいまいちよくわかっていなかった。
でも、この疑問を解く鍵を、俺達はつい最近の『酒屋談義』で見つけていた。

「『桃太郎』の猿…だよね。」
「つまりは…『猿田彦』だ。」


元々仕えていた鬼…温羅を切って、桃太郎こと吉備津彦を導いたのが、猿だ。
そして猿田彦は、元々仕えていた蛇を裏切り、神武東征の『道案内』をした。
この桃太郎の猿つまり猿田彦を、『庚申待ち』に当てはめてみると…

「こそこそ出て行って、チクるんじゃねぇ…見るな聞くな言うなよ!」
「裏切りは許さない…『猿』になるのは許さないからな!」

定期的に仲間達が集まって、夜通し語り合い酒を酌み交わす『庚申講』には、
三尸が出て行くのを見張る…猿の裏切りを監視する機能もあったのではないか?
自分達のナカの裏切り者を防ぐという点で、二つが結び付いたのだと考えると、
『三猿』に対して戒めていることも、真逆ではなく『そのまんま』である。

「庚申待ちで夜通し交遊するようになったのは、後世になってから…
   当初は『眠らない』ために、お互いを見張り合うだけだった。」
「それが『仲間ウチ』から裏切者を出さないための、監視防衛サークルへ…
   狭い共同体の結束をナカから守る、定期的な寄合が『庚申講』だったんだ。」

猿の裏切りによって、滅亡してしまった『元々いた神』達の歴史から、
人々は何としてでも『猿』がナカから出てくるのを抑え込もうとした…
だから、『天の神』を象形する『申』という漢字に、
「猿」「告げる」「繰り返す」という意味まで、与えたのかもしれない。
  

『猿』を抑え込むことが、庚申待ちの本質だと考えると、最初の疑問…
なぜ『五猿』の絵馬が、『家内円満』と『子孫繁栄』なのかもわかってくる。

「『猿』は、見る・聞く・言う・する…これらを『するな』と封じられている。
   力を奪われて、これらが『達成できなかった』存在だと捉えると…」
「自分が叶えられなかったことを、代わりに叶えてくれる存在が、神だった。
   ナカを滅ぼし、子孫繁栄できなかった『猿』だから、それらを叶える神に…」

   猿よ、どうか天の神に…
   『天津神』に告げないでくれ。
   悲しい歴史を繰り返し、
   円満と繁栄を崩さないでくれ…

今、俺達が導いた答えは、あくまでも一つの考え方でしかない。
でも、今まで考察した神々や物語と繋がる部分も多い…『いつも通り』だし、
『庚申待ち』と『三猿』、そして『道祖神信仰』も、まっすぐ結び付いている。

「人々がどれだけ真剣に『円満』と『子孫繁栄』を望み続けてきたか…
   裏切者への懲罰や怨嗟よりも、哀しみが伝わってくる気がするね。」
「絵馬殿に奉納された数多の絵馬や、『かなまら様』から伝わってきたのも、
   エロさなんかじゃなくて…『和合』への深い深い願いだったよね。」


正直に言えば、俺が自他共に認める『道祖神愛好家』なのも、
20%ぐらいはネタだけど、ほぼ100%が『↓方向』の好奇心からだった。
天を突くピンクの男根神輿だとか、境内に堂々鎮座する巨大黒鉄男根とか…
そんなもん、誰だって「ムフフ♪」又は「Mufufu♪」と、興味津々のはずだ。

でも、実際に実物をこの目で見て感じたのは、『↓方向』の卑猥さではなく、
本当に真摯でまっすぐな、天への願い…神々しさと純粋さだった。

「論文や写真、資料等から導く『考察』だけでは、きっとわからなかった。
   ぶらぶら現地を巡って、自分の目で見て…やっと真意に触れた気がするよ。」
「ツッキーと一緒に…大切な人達と一緒にそれを感じられて、本当に良かった。
   俺達が結ばれて、一緒に居られる幸せを…改めて感謝したくなったよね。」

面倒極まりないかもしれないけど、ちゃんと知って、しっかり考えること…
今回のぶらぶら散策では、『酒屋談義』することの大切さを、再確認できた。


「また皆で一緒に…いろんなトコに行こうね。」
「勿論。ずっと一緒に…『同行四人』し続けよう。」




********************




「はぁ~~~、かなり疲れたね。」
「僕は若干、眠くなってきたよ。」

薬が効くまでの間の、暇つぶし的な蛇足考察だったはずなのに、
いざヤりはじめてしまえば、いつも通りのヘビィさ…疲れて当然だ。
ぽかぽか~ふわふわ~、気持ち良いベッドの上にごろごろ~していると、
冗談抜きで寝てしまいかねない…いやはや、春とは恐ろしい季節である。


あくびを噛み殺しながら、五猿絵馬を掲げてボケ~っと眺めていると、
真横から「どどど…どうしよう…」という、涙交じりの鼻声が聞こえた。
らしくなく潤い、あまり聞きなれない響きの声に驚いて飛び起きたら、
ツッキーは高級ティッシュで盛大にちゅーーーーーーーんっ!!!を繰り返し、
ぐりぐりぐりぐり~~~っと、真っ赤な目を擦りまくっていた。

「は…鼻水が、止まんないよっ!!」
「え?あ~、市販薬って、向き不向きがあるらしいからね。
   ツッキーにはあまり効かないタイプのお薬だったのかもね~あらら、残念!」

俺が軽~く言うと、ツッキーは本気の涙目で「大ピンチだよ!」と声を震わせ、
せっかくの『花園』だから、断腸の思いで薬飲んだのに…とガックリ項垂れた。

「ごめん、山口…今日は、ムリかも。」
「え…はぁぁぁっ!!?」


初めて聞いた、ツッキーの…弱音。
ムリだと思ったものは、そもそも最初っから手を出さない主義だから、
途中で投げ出すようなカッコ悪い弱音なんて、俺は聞いたことがなかった。

だから、ごくアッサリと「ムリかも。」と認めたことに、俺は心底驚いた…
と同時に、冗談じゃない!という気持ちが暴発し、ツッキーに詰め寄っていた。

「な…何がムリなのっ!?くしゃみは止まってるみたいじゃん!?」
「くしゃみはね。でも…鼻水が垂れてくるんだよ!こんなの…ムリでしょ!」

「いいじゃん、そんぐらい!最初から鼻にティッシュをふわ~っと詰めとけば…
   いきなり『たら~り♪』の大爆笑に比べたら、クスクス笑い程度で済むし!」
「鼻にティッシュ詰めたままって…鼻から白い花がふわふわ咲くってことっ!?
   そんな姿を曝すぐらいなら、ラブホで何もヤらない方を、僕は選ぶよっ!!」

鼻から出た白い高級ティッシュの花が、動く度にふわっふわっ…っっっ♪♪♪
ヤバっ、想像しただけで、もう既に吹いちゃいそう…じゃなくてっ!!

ツッキーの『無駄にカッコつけ』な発言に、俺の中で何かがドカン♪と弾け…
いつぞやと同じように、ツッキーの胸倉を掴んで喚いていた。


「そんな小っせぇプライドより、もっと守るべきプライドがあるよねっ!!?」

二週に渡って散策&考察しまくって、しかも主要テーマは『かなまら様』で。
それなのに最後の最後で『ムリです。』なんて、天帝が赦しても俺はノーだよ!
散々焦らして、『花園』にまで来ておいて、『せざる・させざる』オチなんて…

「そんなの、俺のプライドが許さない…ツッキーの努力を、ムダにはしない!」

ツラい症状の中、四人のために精一杯虚勢張って外出&考察し続けてくれたし、
俺のために、涙も鼻水も薬も飲んでくれたツッキーの涙&鼻水ぐましい努力…
そこは正当に評価されるべきだし、努力に見合うご褒美があって然るべきだよ!

「えーっと、褒めてくれて、その…ありがと?」
「どういたしましてっ!!!」

俺の剣幕に、ポカンと口を開けるツッキー…カッコ良さとは真逆の可愛さだ。
そんなとこも全部ひっくるめて、丸ごと旦那様を包み込むのが…奥様っ!!


俺はツッキーの鼻先に五猿の絵馬を突き付け、まずは追加の二猿を隠し、
残る三猿のうち一つを指差し…なけなしの勇気を振り絞って言い切った。

「俺は『見て見ぬフリ』なんて、器用なことはできないから、
   ツッキーのカッコ悪いトコは、最初から『見ざる』に…なってあげるっ!」

ベッド脇に置いてあった、二人分のリネン類が山積みになった籠。
その一番上からフェイスタオルを取り、俺は自分で…『目隠し』をした。

「なっ!!?山口、何を…」
「これなら、ツッキーが鼻水垂らそうが鼻下伸ばそうが、俺には見えないよ。」

ツッキーのノーは『聞かざる』だし、異議も『言わざる』でいいよね?
奥様が愛する旦那様のために、羞恥心を押し殺して…カラダを張ったんだから、
旦那様は汗水鼻水垂らしながら、奥様の期待に応えて貰えると…嬉しいな。

「花…咲かせてくれる?」
「が…頑張りますっ!!」
 
言うが早いか、俺は強く抱き締められ…ベッドの上に押し倒されていた。
そして、鼻水以外で潤んだ声で「ありがと…山口。」と、耳元で言ってくれた。



*****




白いふわふわのタオルで目隠ししたら、目を閉じてても白い世界に感じる…?
ふわふわの感触だから、頭の中もふわふわして…

「うわっ、な、なに…っ!!?」
「何って、僕が上体を起こしただけ…山口にはまだ何もしてないよ?」

「あ、だから急にスっとしたカンジがしたんだ…ビックリした~」
「これでビックリって、先が思いやられるね。」

しばらくの間は、山口が怖い思いをしないように…行動を事前予告するね。
タオルの結び目が頭の下にあって、寝転がってたら痛くなりそうだから…

「山口のカラダを、起こすね。」
「あ、よろしくお願いします~」


優しいなぁ~ツッキーは。
でもさ、いちいち事前予告したら、目隠しプレイのドキドキ感が減っちゃ…

「ひゃっ!?ななっ、なになにっ!?」
「カラダを起こすために、まずは背中の下に腕を入れようとしたんだけど…」
「う、腕をガっ!っと掴んでグっ!っと引き上げるんじゃないのっ!?」
「そんな乱暴なことしないよ。はい、背中ちょっと浮かせて…腕はこっち。」

見えないドキドキ感は、予告されても全然減らないみたいだ。
俺が予想した動きと、ツッキーが実際にする動きが全然違って…
予想以上にツッキーが丁寧で優しくて、余計にドキドキしてしまう。
このドキドキ具合は、ラブホのエレベーターで上昇中を凌ぐ…記録更新だ。


ツッキーが再び俺に覆い被さる気配を感じ、両腕を恐る恐る上へ伸ばし…
最初に指先に触れたのは、ほっぺた。指を左右に滑らせ、耳と鼻を確認し、
俺は慣れた手つきで、ツッキーの耳から眼鏡を外し…ギュっ!と抱き着いた。

「…嬉しそうだね?」
「これだけは、見えなくてもできるからね~♪」

いつも通りのコトができて、ホッとしたのも束の間…
ポンポンとあやされながら上体を起こすと、背中にふわふわ?が挟まれた。
多分、俺の背もたれ用にって、枕を当ててくれたんだと思う。

ツッキーから腕を離しゆっくり後ろにカラダを預けると、いい具合のソファ感。
リラックスして脚をぐぐーっと伸ばしかけ…慌ててその脚を抱えて体育座り。
だって、この格好…向かいに居るツッキーが、凄い俺を観察しやすい…よね?

あ、そうだ!観察し過ぎ阻止のために、眼鏡は没収しといた方がいいかも!
…って、いつものクセで、無意識の内にもう渡しちゃってたよっ!!
普段はそのままベッドの縁のとこに乗せてるけど、今日は絶対掛け直したはず…
またとないチャンス!って、ココもアソコもじ〜〜〜っくり見てるよ…ね?


「凄い勢いで百面相…何かヤらしいことでも、想像しちゃった?」
「しっ…してないよ、まだ!!さぁ、一思いにヤっちゃって!!」

両手両足をバっ!!と広げ、どこからでもカモン!と大見得を切って見せる。
でも、その声が裏返ってしまい…ツッキーのクスクス含み笑いが聞こえてきた。

「そういうトコ、妙に男らしいというか…色気はないけど、潔いよね。
   それじゃあ遠慮なく…脱がせるよ。」


ツッキーの予告に、肩に力が入る。
シャツのボタンを外すべく、襟元や頸筋に来るだろう感触に身構え…

「んーーーっ!!?」

またしても予想外の場所へ…いきなり、唇への激しいキス。
触れる度に、俺がいちいち驚いて声を上げるから、まず塞いだんだろうけど、
『見ざる』に加えて『言わざる』もされちゃうと、残りが余計鋭敏になって…

   最初に手が触れたのは…頭と髪。
   俺をなだめるように…ヨシヨシ。
   キスの合間に、吐息が唇を掠め…
   大丈夫だから…と、優しい鼻声。

「ねぇ、キス…して、ほしい。」
「いいよ…折を見ながら、ね。」

それって、ツッキーのしたい時にするって意味じゃん…
そうツッコミを入れようとした瞬間、左の足首からくるぶしに指が滑る感触。
声が上がる直前…『言わざる』のキス。絶妙なタイミングのずらし方だ。


ズボンの裾から侵入してきた長い指は、届く範囲のふくらはぎを撫でてから、
靴下のゴムに出たり入ったり…たったそれだけで、ゾクゾクと震えてしまう。
少しずつ巻き取りながら、やっと左の靴下を脱がされた…次は右かと思いきや、
右足首にくるはずだった指が、突然シャツの上から右胸をコリコリ探り始めた。

「---っっっ!!!」

嬌声はツッキーの口のナカへ。
俺に『言わざる』をしているせいで、ツッキーは口呼吸できず、荒い鼻息に。
原因もわかってるし、苦しそうだけど、凄く興奮してるようにも聞こえてきて…

   (こんな些細なことで…感じる…っ)


「もう…苦しそうだね?」
「つ、っきー、ほどじゃ…ん、あ…っ」

鼻にかかった吐息も、いつもより甘く感じてしまい、強烈に煽られる。
どこからくるかわからないドキドキと、次はどこへ?という期待から、
触れられる前からカラダが過剰反応し、触れられると敏感に応えてしまう。

ただ自発的に目を閉じているだけじゃ、こんな風には絶対感じない。
タオル一枚が作り出す、強要された『見ざる』だからこそ…だ。

「見えない、方が…えっち、だね…」
「チラリズムとは別の意味で…ね。」


苦しかったら、自分で脱いだって…いいんだよ?
山口は『せざる・させざる』じゃないんだから、したいことをしていいんだ。
自分では『自分の姿』も見えないから、恥ずかしさは逆に減るはずだしね。

   一番脱ぎたいトコ…脱いでごらん?
   僕も同じトコを…一緒に脱ぐから。

言われるがままに、俺はそろりそろりとズボンのボタンに手を添えると、
腰を軽く浮かせて、下着も一緒に一気に脱ぎ捨てた。
『自分の姿』が見えない分、大胆になれるのは、どうやらホントっぽい。
自分から大胆に進める方が、ツッキーの出方を待つよりも…恥かしくないのだ。


カチャカチャ…間近で響くベルトの音。
ツッキーも同じように、俺の目の前で脱ぐ衣擦れ音に、それを軽く畳む音、
そして、俺の腿のすぐ脇に、脱いだモノをポンと置く…ジーンズの感触。

不意に手を取られ、触らせられたのは、ツッキーのシャツの裾と…素肌の腿。
どうやら閉じて伸ばした俺の両脚を跨ぐように、膝立ちになっているようだ。

   …と、いうことは。
   今、俺の目の前には…

「山口が一番触って欲しいトコ…僕のを触って教えてくれる?
   僕も山口の同じトコを、同じように触ってあげるから…ね。」


さっきと同じようなセリフで、俺に先を促すツッキー。
一見すると『目隠し』してる俺の方に、主導権を握らせてくれてるようだけど、
俺に選択肢はほとんどない…むしろ俺自身に予告させる、結構な羞恥プレイだ。
それでも、さほど恥ずかしさを感じないのは…やっぱり見えないからだろう。

両手を前へ…滑らかで長い長い腿を撫で上げ、シャツのナカに手を入れる。
すぐにツッキーの熱い部分に触れ…じっくりカタチを確かめていく。
丁寧な指の動きに、細かく震えて反応を返しながら、更に熱を帯び…
先っぽの方から「たら~り♪」と、熱々の『蜜』が垂れてくるのが、わかる。
そして時折ツッキーが鼻を啜るのに合わせ、大きく膨張しドクンと脈打つのだ。

いつもそんなに細部まで見てるわけじゃない。
むしろ、見えない今の方が、ずっとしっかり意識し、しっかり感じてるぐらい。
ツッキーのって、こんなに熱くて、硬くて、ドクドクしてて、それから…

   (これが、いつも、俺のナカに…)


身に覚えのある感覚を、自分のカラダに自分で『予告』してしまい、
見えてなくても、自分のがどう反応したか…はっきり感じ取ってしまった。
慌てて手を離そうとしたら、上からそのまますっぽりツッキーの手に包まれた。

「コレで…僕は山口に、どうさせて貰えるの?」

『する・させる』も、これでクリア。
残るは『聞かざる』…僕が山口の耳を塞いでおいてあげるから、
山口が『聞かざる』の間に、僕に『させたい』ことを、思いっきり言って?


ツッキーにさせたい…して欲しいこと。
まずは、まだしてくれてない…同じトコを同じように触って。それから…

「………………………。」
「わかったよ。任せて。」


自分が言ったセリフは聞こえなかった。
でも、不思議なことに、ツッキーが嬉しそうに微笑みながら頷いたのは、
ちゃんと俺のナカまで、聞こえてきた。




- 完 -




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※自分が叶えられなかったことを… →『蜜月祈願




2018/04/19

 

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