奥嫉窺測(12)







雷門の前を素通りし、一本奥…西側の脇道へ入る。
少し北上して右折、もう一度東側へ戻ると、大混雑の仲見世通りにぶつかる。
こうすると、人波に揉まれずに目的のお店に行けるそうだ。

渋滞回避ルートを足音も立てずに進む赤葦さん…まるで猫の裏道散歩だ。
温かいお茶をお願いします…と、自販機に視線を送って俺に500円玉を渡すと、
赤葦さんはお店の列の最後尾にスルリと滑り込み、お会計待ちに並んだ。

赤葦さんが買っていたのは、浅草でも有名らしい『きびだんご』だった。
竹串の先に、きな粉のたっぷりついた小さなきびだんご…1袋5本入×2人分。
それを左右の手に1つずつ持って戻った赤葦さんは、さっきとは違うルートへ…
鳥が上空から街を俯瞰しているように、スイスイと抜け道を辿って北へ西へ。

俺は赤葦さんの背中を見失わないようにと、必死に白いジャージを追いかけ…
あっという間に、浅草寺周辺の隅っこにある『鎮護堂』へ到着した。

   (凄い…スムース!)


一言で言えば…そつがない。
地図を確認していたから、この辺に住んでいたり頻繁に来ているわけじゃなく、
綿密な事前調査と冷静な状況判断で、最適解を即時に選択しているんだろう。
少し前を往く姿勢の良い背中には、手を伸ばせば指先が微かに触れそうだけど、
心理的には、ずっとずっと遠いところ…遥か先の存在としか思えない。

   (これが…梟谷の、セッター。)

その鋭い視線は、一体どれだけ先を見通しているんだろうか。
一瞬でも気を抜くと、喉元を切り裂かれてしまいそう…全く隙が見えない。

   (やっぱり、ちょっと…怖い。)


記憶喪失騒動の時、ツッキーと黒尾さんと赤葦さんの四人で語り合った。
その時には、試合中や合宿中とは全く違う表情がチラリと見えていたけれど、
それも『冷静な激情家』といったカンジで…もっと獰猛な印象が強まった。

   (デキ過ぎる人…俺とは違う。)

もしかして、記憶を失う前には赤葦さんとも仲良しだったのかな?と、
あらぬ妄想を抱きそうになるぐらい、俺とは棲む世界が違う人だと思う。
無表情で無気力に見えるのに、仕事はキッチリこなし毒もガッツリ吐いている…

   (怖いぐらい…カッコいい。)

こんな凄い人と、たった一つしか歳が違わないなんて、信じられない。
結構アレな幼馴染と一緒でも、こんな平凡な男子高校生にしか成長しないのに、
この人は一体どれだけ規格外の上司の下で苦労を重ね、大成したんだろうか…

   (心中お察し…できなくてよかった。)


それよりも…だ。
無気力風なのにデキるカッコよさは、ツッキー憧れのスタイルじゃんか!!
本当はデキるのに飄々(おチャラけ)な、明光君や黒尾さんのスタイルよりも、
ツッキーは断然、寡黙な赤葦さん派…間違いなく『どストライク』なタイプだ。

横でキャンキャンじゃれついて、「…うるさい山口!」って叱られる俺よりも、
黙したまま心地良い空間を作り出してくれる、赤葦さんみたいな人の方が…

   (ツッキーは、惹かれる…はず。)


路地裏の縁石に並んで座り、もくもくときびだんごをもぐもぐ。
何で俺、この人と一緒におやつ食べてんだろうか…と、狭い空を眺めていると、
真横に居た赤葦さんが、突然俺の方へ体を寄せて、腿をガッチリ両手で抑えた。

「えっ!?ななななっ、何っ!!?」
「動かないで。ジャージにきな粉が…黒だから目立ちますよ。」

動こうにも、動けない。
目の前には、赤葦さんの後頭部…ウェットティッシュで腿を拭いてくれていた。
トントンと、ジャージの荒い生地にきな粉が入り込まないように丁寧に叩くと、
ついでに裾についていた落ち葉の切れ端と、靴の汚れまで払ってくれた。

「そっ、そんなトコまで!すみませ…」
「いえ、ついでですから。」

うっわぁ~、カッコいい!!
スマートかつ、至れり尽くせり。秘書か執事が天職なんじゃないだろうか。

申し訳なさを誤魔化すべく、ピシっとした執事服の赤葦さんを妄想していると、
「完了です♪」と、ひと仕事終えた赤葦さんは、満足気に呟いて顔を上げ…
次の瞬間、俺は思いっきり噴き出してしまった。


「ちょっ、赤葦さん!ほっぺが…きな粉まみれですよっ!!?
   ウェットティッシュ下さいっ!そのままじっとしてて…はい、取れました!」
「あ、ありがとう、ございます…」

「ほっぺどころか、睫毛にまで…一体どんな食べ方したんですか~?」
「さ、さぁ…俺にも、さっぱり。」

じ、実は、物凄くお腹ぺこぺこで…少々がっついて食べてしまいました。
いやはや、お恥ずかしい限りで…皆さんには黙っておいてくださいね?

…と、赤葦さんはちょっぴり頬を染め、ススス~と視線を滑らかに流した。
予想だにしなかった『隙だらけ』の姿と、妙な艶っぽさを含む仕種に、
全身から「ぶわぁっ!」と、なんやかんや突き上げてきて、溢れそうになった。

   (この人…か、可愛いっ!!!!!)


ついさっきまで感じていた怖さや、凄い人!という恐れは、全部吹っ飛んだ。
いや、凄い人には違いないけど、それ以上に…めっちゃ魅力的な人じゃんか!!

   (やっぱり、ツッキーに近付けちゃ…ダメだっ!)

っていうか、『普段ムッツリなくせに、ごくたまにプリティ』だなんて、
まさに俺のツボ…ツッキーは是非、赤葦さんに弟子入りして習得して欲しい。
でも、もしツッキーもこの人の(何だかわからない)不思議な魅力に触れたら、
危険極まりないというか…絶対オチるでしょコレは!不用意な接近は断固阻止!

いや、それより…もっと良い手がある。
俺なんかじゃ到底、赤葦さんの魅力には太刀打ちできない…だったら、
赤葦さんをもーっと危なそうな人に、ずーっと惹き付けてしまえばいい…

   (黒尾さんと…ガッチリ組ませる!)


俺は心の中で『黒尾さんと赤葦さんの仲を全力で応援する会』を立ち上げ、
そろそろ行きましょうか…と、俺の分のゴミも持った赤葦さんの後を追いかけ、
さっきまでより少し近い『斜め後ろ』を歩きながら、鎮護堂の門をくぐった。




********************




「『鎮護』堂っていうぐらいですから、何かを鎮めてたり、護ったり…?」
「その『何か』は、あそこに…ほら、いらっしゃるでしょう?」


鎮護堂の敷地は、本当に『こぢんまり』と言っていいものだった。
都市の住宅街にある、すべり台とブランコしかない公園ぐらいの広さで、
公衆トイレ程度の小さなお堂と地蔵堂、大きなイチョウに、お庭の中に石碑…
お寺の一部というよりは、ちょっとした温泉や割烹旅館の中庭っぽさだ。

メインのお堂へ数歩で向かうと、ここが『何』の場所なのか、すぐにわかった。
お堂の右に、大きな信楽焼の…




「…狸!」
「浅草寺境内に棲んでいた狸を、鎮守として祀った祠だと言われています。」

そうだ、この赤葦さんのコースは『月と狸、そして猫』というタイトルだった。
3つのキーワードのうち、一つはモロに目的地を示していたのだろう。

江戸時代、浅草寺でイタズラを繰り返す狸たちに困っていると、
「祀ってくれたら鎮まり、さらには護ってあげましょう」と、夢のお告げが…
という、よくある『ド定番』の話が、お堂の縁起として書かれていた。


「ここは、狸を鎮めて、狸に…護ってもらう?場所なんですね~」
「火除け祈願…関東大震災や東京大空襲を逃れた火防の守護として有名な他、
   狸は『他を抜く』…落語や歌舞伎等の芸能関係者の信仰も篤いそうです。」

入口の門の脇、大きな石碑前の庭石に並んで腰掛け、お堂と狸を眺める。
浅草寺の敷地内でも、別区画にあるこの場所には、俺達以外には誰も居ない。
ここでのんびりお喋りしていても、狸も特に怒ったりはしないだろう。


キョロキョロと辺りを見回し…こういう場所によく居る、狸以外の気配を探る。
でも、夕日が当たる奥のお庭にも、お堂の付近にも、今のところ見当たらない。

「残念…猫は居ないみたいですね~
   『狸と猫』ってタイトルだったんで、猫もたくさん居るのかなぁ~って。」
「居ますよ。目の前に…ほら。」

目の前に…猫?
あ、もしかして「俺も山口君も『ネコ』です♪」とかいう、↓方向のオチ…?
えへへ~と、俺の頬が緩んだことに気付いた赤葦さんは、カぁっ~と頬を染め、
俺達じゃなくて、むむっむしろ…と、しどろもどろになりながら視線を正面へ。

「『猫』は、古事記や日本書紀には出てこない…初出は9世紀の日本霊異記。
   日本はしばらくの間、『狸』と書いて『ネコ』と訓ませていたみたいです。」
「えっ!?ネコが…『狸』っ!?」

平安時代・日本最古の辞書『新撰字鏡』にも、『狸、猫也』と書かれているし、
10世紀〜11世紀頃迄、『狸』と『猫』の字を混同して使っていたようだ。

「12世紀に入ると、『猫』の項目には『家狸』『ネコ』、そして『ネコマ』…
   俺達よりもずっと、ネコマの黒尾さんの方が、『猫かつ狸』なんですよ。」
「じゃぁ、ここ鎮護堂は…狸と猫を祀っている可能性があるってことですね~
   いや、そもそも…なぜわざわざ『狸』を『ネコ』と訓ませたんでしょうか?」


確かに、ふわっふわでもふっもふな長毛種の大型猫なんかは、
猫というより狸っぽい子もいる…漢字で表すとまさに『家狸』だし、
便利グッズを出してくれる青狸ロボットも、『猫型』だと言い張っていた。


(家狸)

「『猫=狸』としていた理由…それを読み解くヒントになるのが、
   俺達の真後ろに立っている『幇間塚』じゃないかと、俺は思ってるんです。」


正面に居た信楽焼の狸から、赤葦さんはぐるりと視線を真後ろへ向けた。
そこには、全く読めない文字が刻まれた大きな石碑と、説明板が立っていた。




幇間(ほうかん)の『幇』は『たすける』という意味の字で、
幇間は、客の宴席に侍し、人と人との間を取り持ち遊興を助ける者…
『たいこ持ち』とも呼ばれる、男芸者のことである云々、と書かれている。

「幇間塚、またの名を…狸塚。」
「『たいこ腹』からの狸繋がり…それで芸能関係者の信仰が篤いんですね~!」

なるほど。料亭とかのお座敷で、ポコポンと鼓を打つ男芸者さんが、狸…
昔から観光地だった浅草には、たくさんのお座敷があったそうだから、
狸繋がりの縁で、鎮護堂に幇間達を供養する碑が建てられたのかもしれない。


「人と人の間を取り持つ…人と人を繋げるって、大変なお仕事ですもんね~
   そりゃぁ、鎮護されたくなるようなゴタゴタにも、巻き込まれたかも…?」

ぶっ飛び系同僚×3に挟まれ、通訳をこなす日々…ちょっと気持ちがわかる。
きっと赤葦さんは、俺なんか比較にならない超重量級の御苦労を…鎮護対象だ。
「どうか赤葦さんにお休みをあげて下さい!」と幇間塚にお願いしていると、
赤葦さんは神妙な顔つきで塚を見つめ、小さく呟いた。

「『幇間』の字で、何故『たすける』という意味なのか…そこが謎の核です。」


幇間の『幇』は、『墓』+『隠す』という字の構造なんですが、
何故これが『たすける』を意味する文字とされたのか、よくわかりません。
そして、もっと大問題なのは『間』という文字の方…謎だらけなんです。

「たしか『間』は、『二つに挟まれた部分』を表す文字ですよね〜?
   左右両開きの門の隙間から、光が漏れてくる様子、だったと思いますけど…」
「その『光』は、何の光ですか?」
「え?それは勿論、『日』…門の隙間から、太陽の光が漏れている…」

『間』という字を見れば、そんなことは文字通り『見たまんま』じゃないか。
『幇』はともかく、小学2年生で習うフツーの漢字に、謎なんてあるのか…?

首を傾げて考えながら、隣の赤葦さんの顔をチラリと覗き見。
夕陽に照らされ、濃い印影の付いた表情に、何故か少しドキリ…
この人が内包する妙な雰囲気こそ、最大の謎かもしれないなぁと思っていると、
赤葦さんは戸惑っているような、寂しそうな…神妙な面持ちで言葉を続けた。


「『間』という字は、略字だそうです。
   元々は『閒』と書く…今でも、熱燗の『燗』の字に残っています。」
「『日』じゃなくて…『月』っ!?」
「ただの月じゃありません。これは『欠けた月』の象形です。」

『欠けた月』の象形?
そもそも『月』という字は、『欠けている』ことが前提の文字なのか?
『満月』じゃダメな理由は?それともう一つ、大きな『そもそも』がある…

「あの、ホントに『間』は、『閒』の…『略字』なんでしょうか?
   もっと別の理由で、『月』が『日』に『入れ替えられた』って可能性は…」

だって、フツーに考えて…おかしいじゃんか。
『欠けた月』を略したら、まぁるい『お日様』になるなんて、納得できない。
月は月、太陽は太陽。別物だからこそ、『対』の存在とされてきたはずなのに…


「山口君は、『日が入れ替わった』ことについて…心当たりがありませんか?
   ヒントは、人肌の温もりが美味しい、白濁したアレ…山口君も大好きな。」
「えっ!?べべべっ、別に、大好きって味じゃないですよね、アレは。
   できるだけ空気に触れないよう、早めにゴックンした方がイイってだけで…」

「…何の、話…ですか?」
「…ナニの、話…じゃなくて?」

見合わせた顔が、桃色に染まる。
危うくアヤウイ話になりかけたのを、慌てて軌道修正…そう、『桃』色だ!

「桃の節句に飲む、人肌燗が美味しい…甘酒、ですよね~♪」
「別の節句にも、同じく甘酒を飲む習慣がありますよね~?」


甘酒を飲む節句と言えば、七夕だ。
年に一度、彦星と織姫が逢瀬を楽しむ…そうか、その『入れ替わり』だ!

「彦星と織姫のモデルとなったのは、饒速日尊・瀬織津姫の夫婦神ですよね。
   それが、藤原不比等&持統天皇の策略によって…『日』が入れ替えられた。」

元々の天照大神(あまてる)だったのは、夫の饒速日尊。
だが、『天孫降臨』神話を利用し、孫への皇位継承を正当化するために、
持統天皇達は神話の『天照大神』を『アマテラス』と訓み変えさせて、
世界的にも珍しい、『日』の『女神』を創り出した…というものだ。

「これによって、邪魔になった瀬織津姫は、記紀…歴史から抹殺されました。
   では、元々『日』だった饒速日尊の方は、一体どこへ行ったんでしょうか?」

日と月は『対』の存在。
だとすると、夫・饒速日尊が『日』なら、妻・瀬織津姫は当然『月』になり、
そこにアマテラスが割り込んだことで、瀬織津姫は消された。ということは…

「素直に考えると、饒速日尊が『月』に追いやられたってことですよね。」

玉つき方式で、月から追放された瀬織津姫は…もしかして、地上へ?
ほんのちょっとだけ、かぐや姫が地上へ降りてくる姿に重なって見えたけど、
それ以上に、俺は『別の物語』との関連性を見出し、身を乗り出していた。


「あああ赤葦さん!月のイケメンの話…ご存知ですかっ!?」
「ツッキーはイケメン?あぁ、そうですか。実にどうでもいい話ですね。」

「全然どうでもよくない…じゃなくて、月に棲むイケメン…『桂男』ですっ!」
「中国の神話では、月の宮殿に棲むのはかぐや姫ではなく、その桂男でしたね。
   日本の妖怪・桂男も、同じくイケメン設定…『美男』の代名詞です。」

月には、桂男というイケメン妖怪が棲んでいるそうだ。
美しいからといって、満月でない『欠けた月』を眺め過ぎていると、
桂男に月へと招かれて、命を落としてしまう…という話だった。

「転じて、らしくなくイケメンっぷりを発揮して手招きする月島君は危険…
   満点ハイスペックに見えて、実は欠点だらけですよ~という箴言ですね。」
「何言ってんですか!ツッキーは『欠けた月』だからこそ、イイ…
   あれで『満月』だったら、シャレにならないレベルで…危険ですよ。」

「すみません、今のセリフ…惚気たのか貶したのか、俺には判別不能でした。」
「ごめんなさい、言った俺本人も…どっちでもいいかな~って思ってます。」

とりあえず、ツッキーはイケメンか否か論争は、今はどうでもいい話。
核心となるのは『なぜ欠けた月を眺めてはならないのか?』という点だ。


「俺、昔からずっと疑問だったんです。
   お月様はあんなに綺麗なのに、どうして『不吉』と言われてるのかなって…」

桂男の話もそうだが、月は美しいと謳っている反面、畏怖や嫌厭もされている。
徐々に欠けていくことを、忌まわしいと捉えられているのかもしれないが、
それにしても、澄んだ夜空に浮かぶ様々な形の月は、惹き込まれるほど美しい…
本当に美しいからこそ、『見過ぎてはいけない』と、逆説的に言われている。

「月が不吉なのは、月の神・月読命が、食物の神・保食神を殺害した…
   そういう神話があるから、不吉だと言われ続けているそうですね。」

月の神が、神話で殺害犯だと言われているから、月は不吉…
では、その『神話』とは何か?自称月マニアの俺は、その答えを知っている。

「『古事記』には、月読命は天照大神と素戔嗚尊と一緒に生まれた兄弟…
   『三柱の尊き子』なのに、それ以外にほとんど記述がないんですよ。」
「天照大神&素戔嗚尊の兄弟なのに、ですか?それはまた、奇妙な…
   あっ!古事記に記述がないなら、『月は不吉』設定をした『神話』は…っ!」

「『日本書紀』…藤原不比等&持統天皇が編纂させたもの、なんです。
   饒速日尊を月に追放した張本人達が、『月は不吉』という神話を作らせた…」


   月は美しい。
   誰もが惹かれてやまない。
   だからこそ…見てはいけない。
   まつろわぬ者に、目を向けるな…

「月には『美しい存在』が居ると知っていたから、そちらになびかないように…
   『不吉』だと騙って、人々の目を月から逸らせようとした…!?」
「『欠けた部分』を吹聴して、皆の興味を『月』から遠ざけておきたい…
   俺には不比等達の気持ち…後ろめたさと強烈な嫉妬心が、少しわかります。」

月は、自分達が追いやった…饒速日尊。自分達にまつろわなかった者の、象徴。
七福神や門松等の縁起物が、本当は『おめでたい』とは真逆だったのと同じで、
不吉『だと言われている』月も、本当は真逆の存在なのではないだろうか。

「神話って…まるで本格ミステリみたいですよね。」
「誰が何の目的で…それを読み解くと、歴史の真実が見えてきますね。」


月=まつろわぬ者。
これを踏まえると、先程の謎の答えもおぼろげながら見えてき始めた。

「『閒』が『間』に入れ替わった…『月』が『日』になった理由は?」
「『月』なのか『日』なのかわからない存在…この言葉が示しています。」

   人と人の間に入り、取り持つ者。
   秘密は墓場まで隠す…『間者』。

「『幇間』は元々、敵の間に入って味方を助ける間者…スパイだった?」
「敵陣に味方を忍ばせてスパイ活動させる忍術の名前が…『桂男の術』です!」

幇間…芸者達が間者をしていた例は、枚挙にいとまがない。
間を取り持たなければいけない人同士とは、仲良しよりもむしろその逆…
それ故、様々な手を使って『間』を助けてくれる存在が不可欠だったのだろう。


では、間者に相応しい人材は?
敵の内情を知り、なおかつ敵に間者だと悟られないような者とは…?

「それは勿論、元々敵に居た者…『月』を『日』に入れ替えたんですね。」
「裏切者…間者本人がその立場を望んだかどうかはともかく、ですけど。」

人と人を繋ぐ仕事は大変ですね~
ゴタゴタに巻き込まれて、鎮護されたくなっちゃうかも~なんていう、
さっき何気なく言った自分のセリフは、実は途轍もなく重い意味を持っていた。

「裏切者の末路は…歴史が証明しています。」
「確実に、鎮護すべき対象…です。」

建国を導いたとされる、金鵄や八咫烏。
見ざる聞かざる言わざるの、猿田彦。
元々はまつろわぬ『月』の者が、『間』に入って『日』を導き…墓へ隠された。

   (だから…『幇』なんだ。)


「まさか『間』っていう漢字から、『月は不吉?』の謎へ繋がるなんて…」
「俺も山口君から桂男の話を聞くまで、謎の答えは全く見えませんでした。」

でも、月を心から愛する山口君ならば、『月』の秘密を解けるかもしれない…
理由なんてないんですが、何となくそう確信めいたものがあったんです。
だから、今日は山口君が俺のルートを選んでくれて、本当に良かったです。

「人と人の『間』を取り持つ、緩衝材のような存在の山口君…心底憧れます。」
「えぇっ!!?そ、そんな…っ!!?」

赤葦さんから飛び出した、思いもよらない言葉に、俺は文字通り跳び上がった。
俺にとって『遠い存在』の凄い人から、そんなことを言われるなんて…っ!?
聞き間違いか、もしくは記憶違いか…どっちにしても、信じられない。

俺は何も言えず、口をパクパクして固まっていると、
赤葦さんは口元を三日月型に上げ…妙に艶っぽい仕種で片目を瞑り、囁いた。


「山口君へのお礼として…俺の『とっておき♪』を見せてあげますね。」



********************




「『月』…まつろわぬ者を裏切った存在の代表が、『猿』…猿田彦ですが、
  猿田彦&猿女君と同一神と言われているのが、金山比古&金山比売です。」

この夫婦神は、鉱業や鍛冶を司る神…まつろわぬ者の持つ『タタラ』の神だ。
タタラつまり製鉄利権欲しさに、権力者達はタタラの民から簒奪を繰り返し、
それに対抗した者達を『蛇』や『鳥』…『梟』などと言い、迫害を続けてきた。


「金山比古&金山比売と言えば、世界的有名な奇祭『かなまら祭』の…♪」
「そうです。巨大な桃色の男根神輿が街を練り歩く…川崎のお祭りです♪」

むふふ~♪と、顔を寄せてほくそ笑み合い、脇腹をツンツン。
照れ臭さをくすぐったさで誤魔化すように声を上げて笑い…話を続けた。

「『かなまら祭』は、4月第一日曜日に行われる、金山神社さんのお祭り。
   この神社では、毎年11月1日にも、ある重要な祭祀を行っているんです。」

それが…『鞴祭(ふいごまつり)』だ。
かなまら祭の方は、先代の宮司さんが大変なご苦労をされ、何とか復活…
今やファンの殺到する『ウタマロフェスティバル』へと復興を遂げたが、
金山神社にとって一番重要な祭祀は、鞴祭の方であると考えられる。


「実は先日、俺はその鞴祭を見学させて頂いたんです。
   鉄鋼業界の方々や氏子さん達と共に、タタラを間近で観察してきました。」
「川崎は製鉄の街…地域を支える根幹となるのが、金山神社なんですね~
   『タタラ=性の神』と言われてますけど、やっぱり製鉄がメインですよね。」

製鉄こそ、国家繁栄の基礎。そして同時に…子孫繁栄にも繋がる。
タタラすなわち『蛇』を祀る場所には、男根を象った道祖神が本当に多いのだ。
その最たる例が、金山神社&かなまら祭である。


「社殿の中には、小さいながらも立派な炉が設置されていました。
   宮司さんが火打石で火をおこすところから、神事はスタートしました。」




「真ん中の炉の中に木材を置いて火を点け、炭を随時入れながら、
   左側に設置された『鞴』から風を送り込み、火を徐々に強めていきます。」
「木でできた、直方体の箱…持ち手が付いた棒が穴から出てますね。
   あ、これを動かすことで、隣の炉に風を送っていくんですね~」




「製鉄こそ繁栄の礎。そして同時に、五穀豊穣と子孫繁栄も、当然繋がります。
   それは十分、承知してたんですが…ちょっと『弱い』気がしませんか?」
「確かに、理屈の上では『国家繁栄に必要なものセット』だとわかりますけど…
   製鉄と性の結び付きとしては、『もうひと押し』欲しいところですよね~」

確か文献には、鞴のピストン運動が性行為を彷彿とさせるから…等と書かれ、
あぁ、そうなんですか~という程度に読み飛ばし、理解した気になっていた。
タタラ製鉄の様子を見たことないから、論文の説明を信じるしかなかったが…

「日本の歴史は、『タタラ』という要素なしでは、絶対に読み解けません。
   ですから俺は、何としてでも見たいと思い見学…全力で納得してきました。」

こちらが、鞴祭の動画です。
左側の、鞴を操作する動きにご注目下さい。


*****

(鞴祭にて)
*****


「こっ、これは間違いなく…性の神ですね~♪ソッコーで納得です~!!
   こんなに『丁度イイかんじ』のピストン運動だったなんて…ビックリ!!」
「俺も動かし始めた瞬間、『あー、絶妙な加減です♪』って思っちゃいました。
   やっぱり、実際のモノを見ないと…考察だけじゃダメってことですよね♪」

これは、押しても引いても風を送ることができる『四弁式箱鞴』というもので、
軽く小さいため、どこにでも持ち運び可能…狭い建物内でも使えるそうだ。
上野公園内の台東区立下町風俗資料館には、大正時代の下町が再現されており、
そこにある銅壺(どうこ・銅板製湯沸器)職人の家にも、同じ箱鞴があった。
  



「鞴って、ジブリの映画に出てくるような、巨大なモノ…片足で踏むタイプか、
   あとは革製の丸いアコーディオン?みたいなのしか、知りませんでした…」
「革袋タイプのものは、今でもアウトドアで似たようなものを使いますし、
   黄色くて丸いものなら、ゴムボートや浮輪に使ったことがありますよね。」




「可動式かつ抜き差しどちらでも風を送れる箱鞴は、世界的な大発明…
   それなのに、一体いつ頃どこから入って来たのか…未だに不明だそうです。」

箱鞴発明&伝播に関する世界史上の大謎については、今回は割愛しますが、
このピストン鞴に関することで実に興味深いことを、鞴祭で教えて頂きました。

「箱鞴の中には、空気の漏れを防ぐために、動物の皮が貼ってありますが、
   それが『狸』の皮…研究者の方も、狸以外は見たことがないそうです。」




「鞴が…狸に繋がった!!?」
「他の皮でも良いのに、なぜ狸なのかは謎なんだよ…と、仰っていました。」

タタラの研究者にとって、そこはあまり重要な論点ではないらしいですが、
それを聞いた俺は、すぐに『幇間』のことが頭に浮かんだんです。

「なぜ『幇間』を『狸』と言うのか…スムースに繋がる気がしませんか?」


人と人を繋ぐ…間者の幇間。
間者が『まつろわぬ者』として、タタラと直結することは、さっき考察した。
(それに革製の鞴は、見た目が狸の陰嚢に似ているかもしれない。)
では、このピストン鞴の動きから容易に想像される、間者の具体的な仕事は…?

「カラダを使って、人と人を繋げる…
   遊女が狐…『来つ寝』だから、男芸者は狸っていう、ごく単純な対比っ!?」
「『鞴』という字の旁は、『矢を入れるいれもの』の象形です。
   『矢』はナニを表すか…丹塗り矢の話等から、知っていますよね?」

大蛇と玉依姫を結んだ、丹塗り矢…運命の赤い糸。
『矢』が表すモノは『ナニ』。それを抜き挿しされるものが、鞴であり…

「まさかっ、男芸者が…『矢を入れられる側』が『狸』と呼ばれていたから…」
「きっと、そういう立場の男のことを…『ネコ』と言うのでしょうね。」


どうして『コッチ側』を『ネコ』というのか、その語源はあやふやだった。
行為中の体勢が『ねこぐるま(工事用一輪車)』を押しているように見える等、
様々な説があったけれど…どれもイマイチ納得できなかった。

でも、『タタラ』という歴史・民俗学考察の必須要素を中心に据えることで、
狸と猫、鞴、性神、そして月と幇間…それら全てが繋がっていくのだ。

「幇間…男芸者さんが居たことすら、俺は結構ビックリしたのに…」
「何言ってんですか。芸者は元々男性の職業…歌舞伎や能と同じです。」

実は狸は狐以上に、化かすのが上手なんだって、妖怪辞典とかで見たけど…
確かに、美しい芸者さんが男だったら、化かされた衝撃は『狐以上』だろう。
伝統芸能の世界では、とても男性とは思えない『女形』が…居るじゃないか。
ついでに言えば、鎮護堂が火防の神で、芸能関係者の信仰が篤い理由も納得だ。


「ここ浅草には、『狸』が居た…男芸者さんが、たくさん居たんですね。」
「そりゃそうですよ。ここは浅草『寺』の街…寺は元々、女人禁制でしょう?」

そうだ。そんな当たり前のことさえ、言われなければ忘れているのだ。
例えばそう、狐と狸は似た扱いをされているのに、『嫁入り』するのは狐だけ…
逆に『寝たフリ』をするのは、狸の方だけだったりすることも、忘れていた。

「『閒』として利用され…狸や狐が化けて出たくなるキモチ、わかりますね。
   そんな人達のために、ここ浅草は…鎮護堂は存在しているんですね。」

   どうか無念を静めて下さい。
   そして、心安らかに…

俺は深々と幇間塚の石碑に頭を下げ、彼らのために祈ろうとした。
だが、真横で同じように頭を下げた赤葦さんが、苦しそうな声を絞り出した。


「山口君。本当にここは…狸達を『しずめる』ためのものなんでしょうか?」

同じ『しずめる』でも、『静める』と『鎮める』は全く違います。
『鎮』は、重し…いっぱいに詰め込まれた金属で、上から『抑えつける』こと。
また『護』は、刃物+口、それから手+鳥という構造の文字なんです。
まつろわぬ者・蛇に仕えていた鳥達…梟は晒され、烏や鵄は間者にされました。

「自分の手元に『鳥』を捕まえ、抑えつけている…それが『鎮護』です。
   これでは到底、心安らかに『静まる』なんて…できそうにないですよね。」

建物名という、一番わかりやすくて目の前にある『当たり前』の証拠すら、
真剣に考えたことがなかった…あからさまな意図に、胸が張り裂けそうになる。
しずまってくれないと困るから、無理矢理抑えつけて鎮めているだけ…
あまりに一方的な考え方だけど、これが『神を祀る』ことの本質かもしれない。

「浅草は、『鎮魂』の場。つまり…」
「権力者にとって、鎮めておかなければいけない魂が、幇じられた場…です。」

二人で辿り着いた答えに、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
そして俺達は再度、どうか心安らかに…と、心から狸達に祈りを捧げた。



*****



「とっところで、山口君にどうしてもお聞きしたかったことがあるんですが…」

鎮護堂を辞し、すっかり陽が落ちた裏通りを歩いて集合場所に向かっていると、
赤葦さんが何やらもそもそ…よく聞こえなかった俺は、歩幅を合わせて真横に。
すると、赤葦さんはキョロキョロと周りに人影がないことを確認してから、
俺の腕をグイっと引いて腕を絡め、コッソリ『内緒話』をしてきた。

「山口君達は、どちらがネ…ニャンコになるか、どうやって決めたんですか?」
「…は?」

あ、あの、その…例の『記憶喪失』で忘れてなかったらで構わないので、
ちょっとその辺りのことを、お伺いしたいなぁ~と思った次第でして…

「えーっと、つまり、その…山口君は、ご自分がニャンコ側になる件について、
   あああっ、アチラ様と、揉めたりしなかったのかなぁ~って…」
「え、赤葦さん達は…『どっちがニャンコか論争』で揉めたんですかっ!?
   あ、それか…今まさに揉めている最中で、決着がついてないとか!?」

俺が驚きの声を上げると、赤葦さんは顔を真っ赤に染めて俺の口を掌で封じ、
裏路地の更に奥…寿司屋と天婦羅屋の間に引き摺り込み、小さく縮こまった。


「しししっ静かに!!べ、別に俺達は、その件に関して揉めたりしてません…」

正確に言えば、今まで揉める機会すらなかった…
『はじめて』の時は、勢い余って何となく俺が自然に『ニャンコ』側でしたが、
アチラ様がどうしたいと思ってるのか…『二回目』は未知数なんですよ。

「え!?まさか、『二回目』は未だ…」
「声が大きいですってば!!」

いやいやいや、あの記憶喪失騒動から、どれだけ時間が経ってると思ってんの!
いくらライバル校の幹部同士…下手すりゃ『間者』扱いされかねないとはいえ、
同じ都内でいつでも逢える距離に居る、プチっとだけ遠恋なのにっ!?はぁ!?

俺のナカのどこかで、プチっと何かが切れる音が聞こえ…
相手の立場とか、そういう記憶を全部吹っ飛ばし、俺は赤葦さんに畳み掛けた。


「赤葦さんはアチラ様に…文字通り『ネコマ』になって貰いたいんですか?」
「い、いえ、それは別に…俺としては、その…『初回に引き続き』で…」

「そりゃそうですよね~。俺にはよ~~~~っくわかりますよ~
   だって、記憶喪失になっても、俺はすんなり『ニャンコ』を選びましたし。」
「そ、それは、どうして…」

どうして?そんなの決まってんじゃん。
一度でもカラダが『ニャンコ』を覚えてしまったら…忘れられるわけがない。

「狸の語源の一つに、『魂を抜く』というのもあるんですよね~
   魂が抜けてっちゃう程、気持ちイイ…記憶云々レベルの話じゃないでしょ。」

俺は、家族や友達、そして最愛の人の存在も、キレーに忘れちゃいました。
それでも、カラダに残った『ニャンコ』だけは、ガッツリと覚えていた…

「ココに欲しくて欲しくて、堪らなかった…ってコトです。」
「っ!!!」

記憶喪失になってもそうだったから、もう認めるしかないじゃないですか。
俺は『ニャンコ』なんだ…その欲を素直に受け入れるしかなかったんです。
どんな屁理屈をつけたり、取り繕ったとしても、欲しいものは欲しいんです。


「記憶が戻ってから、自分の欲望を正面から受け止められるようになりました。
   吹っ切れたというか、開き直ったという説もあるんですが…」

喪失前はアチラ様に遠慮して、一歩引いて『待つ』ばっかりの俺でしたが、
復帰後は、ちゃんと自分から『欲しい』が…言えるようになったんです。

「俺を『ニャンコ』にした責任は、ちゃんと取ってよね~って。」
「んなっ!?そっ、それ…言っちゃってもイイんですかっ!!?」

あぁ…もじもじしちゃって、赤葦さんったら可愛い~♪
そういうウブな反応も凄いクるけど、清楚で慎ましくなんて言ってられない。
頬を染めて戸惑う赤葦さんに、俺は精一杯の笑顔であっけらかんと言い放った。


「アチラ様だって、言ってたじゃないですか。『猫は強欲』だって。」

間違いなく、魂やらアレやらをヌかれちゃったのは、アチラ様の方…
『ニャンコ』は堂々と強欲っぷりを曝して、裏道を闊歩すればいいんですよ~
ニャンコをとことん甘やかし、満たす…『しずめて』もらわないと困るでしょ?

「赤葦ニャンコさん!逢いたい&ヤりたい…ちゃんとアチラ様に言いなさい!」
「はっ、はいっ!山口ニャンコ先生の教えを守って…俺、ちゃんと言います!」

「よいお返事ですっ!ニャンコ最高!」
「イエッサー!!ニャンコ、万歳っ!」


真っ赤な顔で必死に勇気を振り絞り、俺との『約束』を宣言した赤葦さん…
俺は可愛い可愛い生徒の頭を、思いっきり『よしよし♪』と撫で回してから、
二人で仲良く腕を組んだまま、『アチラ様方』との集合場所へと向かった。



********************




「うわぁ…っ!!」
「す、凄い…っ!」


浅草寺の北奥にある、日本最古の遊園地『花やしき』前に集合し、
その近場のもんじゃ焼き屋にて、四人で食事…しつつ、それぞれの考察を披露。
弾けそうなほどお腹と好奇心を満たしてお店を出ると、辺りは真っ暗だった。

まだ夜の8時過ぎ…都内の観光地とは思えない静けさだ。
規則正しいお寺の生活時間に合わせてあるのか、お店の多くが既に閉店し、
飲み屋さんですら、もうそろそろ閉まりかけているぐらいだった。

「昼間はあんなに人が居たのに…」
「夜の浅草は、本当に静かですね~」

「そうなんだよ。だから、『浅草寺』本体をゆっくりとお参りしたい時は…」
「仲見世通りが開くより前の早朝、もしくは…閉店後の夜がオススメです。」


花やしき側…人のほとんどいない浅草寺の北西から境内に戻ると、
そこには昼間とは全く違う浅草寺が、宵闇に浮き上がっていた。




静謐な空気に包まれた浅草寺を、ただただ黙って見上げる。
いろいろ考察したけれど、この美しい浅草寺の夜景を眺めていたら、
ここに鎮められた人々の魂も、少しは静まるような気がしてきた。

「本堂内にももう入れねぇし、御朱印も買い物も、させてやれなかったけど…」
「静かにゆっくり、美しい浅草寺を眺める…これが、俺達考案のプランです。」

月島君と山口君が、浅草観光を楽しんで下さったなら…幸いです。
それじゃぁ、そろそろ…お前さん方を宿まで送って行くとするか。

ガイドさん達の優しい声に、月島と山口は深々と頭を下げ、
今日は本当にありがとうございました…と、心からの感謝を伝えた。



駅に一旦戻り、ロッカーに預けていた荷物を引き取ってから、今度は宿へ。
ほとんど人の居ない雷門を、真下を占拠して贅沢に観察…大満足だ。

どうやらあそこみてぇだな~と、黒尾が指差すビル屋上に鎮座していた看板は、
『格安』だといっていたホテルの歴史を表すかのように、ネオンが消えていた。
もしネオンが点いていたら、さぞや煌びやかに目立ちまくっていたことだろう。

建物入口のド真ん中には、侵入を阻んで(隠して)いるような壁が立っているし、
その壁には、何かしらの『ご案内』が埋め込まれていたらしき額の跡があった。
フロントは明らかに壁をぶち壊し、無理矢理『オープン』にしたっぽいし、
エレベーターは基本2人乗(ギュウ詰めで4人乗)が、2台設置されていた。

(おいおいおい!このホテル、元々は…)
(五輪に向けて、シティホテルに改築…)
(ホワイトなローズって名前も、また…)
(ココ、なんか『パネル』の跡がある…)


四人全員が、今宵の宿の『前歴』を察知していたが、全員が華麗にスルー。
フロントさんに黒尾がチェックインを申し出ると、すぐに鍵が2つ出てきた。

猫又監督の知己である支配人は、鍵を渡しながらゴメンね~と、眠そうな声。
月島と山口以外の烏野メンツは、既にツインの部屋にそれぞれチェックイン済…
だが諸々の事情から、最後の二人は別々の部屋にせざるを得なくなったそうだ。

寂しいだろうけど、大柄な外人さんにも大好評な、大型ベッド&風呂だから、
手足を思いっきり伸ばして、ふかふかな寝心地を満喫してくれよ~と言い残し、
フロントさんは大あくびしながら、さっさと奥に引っ込んでしまった。


(大型ベッド&無駄にデカい風呂ねぇ…)
(今はダブル扱いでも、元々は普通の…)
(枕元には、照明を調整するパネルが…)
(部屋のアチコチに、大きな鏡がある…)

フロントのアチコチに残る、かつての歴史を横目にチラチラと見ながら、
四人は実に爽やかな笑顔を貼り付け、握手をしながら別れの御挨拶を口に…
しようとしたが、ナニをどう言っていいのかわからず、互いに凝固してしまう。

(健闘を祈る!ってのも、直球すぎか?)
(絶対、どっちかの部屋にイくでしょ?)

黒尾は月島に、赤葦は山口に。
ニコニコ微笑み、グイグイとエレベーターの中へ月島と山口を押し込みながら、
Wデートした相手にだけわかるように、パチリと片目を瞑ってエールを送った。

「じゃあ、ごゆっくり♪」
「おやすみなさいませ♪」


「えーっと、その…っ!」
「あのっ、だから…っ!」

扉が閉まる寸前、月島達は勢いよく黒尾達をエレベーター内に引き込んだ。
突然の月山コンビの暴挙に、無防備だった黒赤コンビは呆然…
ギュウギュウと四人で抱き合うように固まったまま、上階へと昇った。

部屋のフロアに到着すると、月山コンビは黒赤コンビを突き飛ばすように外へ…
そして、山口は赤葦の掌の中に、手に持っていた何かをズッポリとねじ込むと、
月島は山口の手を取ってダッシュ…あっという間にどこぞの部屋へと消えた。


「………は?」
「………え?」

廊下に取り残された黒尾と赤葦は、呆気にとられたまま、その場に暫し直立。
赤葦がおずおずと掌を開くと、昔懐かしいタイプのルームキーが転がり落ちた。

   身を屈め、震える手で拾い上げる。
   その腕を、グイと引き上げられる。

「っ!!?」

驚く赤葦の手から黒尾は鍵を奪い取ると、引き上げた腕をしっかり掴み直し、
月島達が入ったドアの、すぐ隣のドアの中に、赤葦を強引に連れ込んだ。



   → 『月王子息⑥*』(月山編)
   → 『王姫側室⑥*』(クロ赤編)




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※饒速日尊・瀬織津姫について→『予定調和
※金鵄・八咫烏について →『鳥酉之宴
※猿田彦について →『既往疾速④
※かなまら祭について →『同行四人
※道祖神について →『夢見心地(月山編)
※丹塗り矢について →『鳥酉之宴』『終日据膳




2018/12/19 

 

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