ご注意下さい!

この話は『R-18』…BLかつ性的な表現を含みます。
18歳未満の方、性描写が苦手な方は、 閲覧をお控え下さい。
 (閲覧により不快感を抱かれた場合、当方は責任を負いかねます。)


毎度ながら、当シリーズは第5話で『完』です。
こちらはただの蛇足…『結』です。


    それでもOK!な方  →
コチラをどうぞ。



























































    結果奥来







「な…何で居るのっ!?」


ツッキーと、けけけっ、結婚し、新たな生活がスタートした。
でも、生活が変化したわけでもなく、『見た目』的には日常に戻っただけ。
そう…あくまでも『見た目』的には、何ら変わらないはずなのに、
お互い何だか余所余所しいと言うか…浮き足立っているのが見え見えだ。

この感覚…身に覚えがある。


ただの幼馴染から、非常に仲良しな幼馴染に、そして、異常に仲良しへ…
じわりじわりと、ツッキーとの関係を進化(深化?)させながらも、
なかなか確定的な『言葉』を貰えず、待ち続けた数年間。

自分達のことを棚に上げ、黒尾さんと赤葦さんが上手くイくのを見守りつつ…
実は逆に見守られながら、棚ボタ的な状況でツッキーから『言葉』を貰え、
『ヤることヤっときながら言うべきこと言ってない』状態を、ようやく脱した。

それが、去年の夏…人魚姫の夜だ。
やっと…ツッキーと恋人になれた。

でも、恋人になっても、それまでと何か変わったかと言えば…答えはノーだ。
『恋人』として、ツッキーと新たな関係を構築するには、どうしたらいいのか…
全くわからなくなった俺は、恋人になった翌日、実家に帰省…家出した。

誤解と思い込み、そして偶然により、月島・山口両家に黒尾さん達を巻き込み…
結果として、4人で開業&同棲することになり、今に至っているのだが、
今まさに、その五輪事件勃発時(家出時)と、実によく似た心境なのだ。


ツッキーと今度は『夫婦』に…一体どうすればいいのか、二人揃って困惑中。
結納を終えて帰京し、『日常』が戻ってきた途端、途方に暮れてしまった。

いつも通りに、『ただいまとおかえりなさいのキス』をしようと、
玄関に戻り、抱き着いたとこまでは良かったのだが…そこで固まった。

結婚した二人…新婚さんって、どんなキスをする?
仲良し幼馴染とか、恋人とか、婚約者のキスとは…違う?
っていうか、俺達今まで…どんなキスしてたんだっけ?

考え出したら、余計にわからなくなってしまい、そこからギクシャク開始。
玄関で涙々の熱ぅ~い抱擁を交わしながら、困惑と羞恥に耐えられなくなり…
『デレデレ』ではなく、『照れ照れ』ループに突入してしまったのだ。

もう、何をやっても…目が合うだけで、肩が触れるだけで、恥ずかしい。
何だかやたらとツッキーがカッコ良く見えちゃって…まともに直視できない。

このままだと、昨夏家出した時の二の舞になってしまいかねないし、
帰宅早々に三たび円満調停申立て…なんてのは、さすがに笑えない。


考えに考え抜いた結果、俺達が辿り着いた答えは、奇しくも同じだった。

「とととっ、とりあえず…『それらしいこと』から、始めようよっ!」
「そそそっ、それじゃあ…こないだのリベンジなんて、どうかなっ?」

恋人になった直後に婚約者。
その後もドタバタ続きで、ロクに恋人らしいイチャイチャをしてこなかった。
ならば、まずは『恋人っぽいこと』をして、そこからステップアップする形で、
『新婚さんっぽいこと』にチャレンジしてみよう…というわけだ。

結婚してから恋人イチャイチャなんて、ルートとしてはとことん『逆』だけど、
結婚前日にできなかった『おデート』のリベンジができるのは、素直に嬉しい。
あの日は『やるべきこと』が山積みで、『やりたいこと』が全くできず、
しかも普段着&作業着という色気の無さで、全く『おデート感』がなかったし。

そんなこんなで、帰京当日の昨夜は「明日はワクワクおデート♪」と、
緊張と興奮で、ベッドの端と端で縮こまったまま息を殺し…
お互いに寝られない夜を過ごしたのが、バレバレだ。(遠足前症候群ってやつ?)


今朝、俺が寝たフリを決め込む中、ツッキーは始発が出る頃に家を出発…
役所が開く時間キッカリに、お昼に都心で待ち合わせしようとメールが来た。

『独身最後のおデート』のリベンジ兼、『新婚最初のおデート』だから、
10時の開店と同時にスポーツショップに突撃し、一目ボレしたパーカーを、
大奮発して(セール品じゃない正規価格で)購入した。
ついでにTシャツと靴下、タオルハンカチ…何となく下着も新調してしまった。

今考えると、お店の試着室を借りて、一瞬とは言え真っ裸になり、
下着まで着替えるなんて…かなりマヌケで大胆なコトをした気がする。
その直後に寄ったトイレで、歯磨きとヘアセットをしたんだから、
ここで着替えればよかったなぁと、鏡に向かって一人照れ笑い…何やってんだ。

これで準備万端、かどうかはわからないけど、できる範囲で精一杯はやった。
俺はツッキーみたいに容姿端麗じゃないし、黒尾さんばりのいいカラダや、
赤葦さんみたいな妖艶さも持ち合わせてない…品のある清潔さを目指す程度だ。

恐らくツッキーも、家を出た時とは違う格好になっているはず…
きっと眩しい程のカッコ良さで、待ち合わせ場所に居るはずなのだ。
だから俺は、そんなツッキーの隣に居ても、ツッキーが恥かしくないように…
いやむしろ、カッコ良さを上手く引き立てるぐらいの気持ちで、丁度いい。


今までは、いつもツッキーが先に待ち合わせ場所に到着し、俺はギリギリに。
待ち合わせ自体が大好きなツッキーと、到着時の表情の変化が大好きな俺…
双方の利益が一致し、俺は時間調整しながら、隠れてツッキーを観察していた。

でも今日は、俺の方が先に着いて、ツッキーを待ちたかった。
かなりの高確率で史上最高にカッコ良いツッキーが待つ所に、
「ごめんツッキー、お待たせ♪」と飛び込む勇気は…俺にはなかった。
周囲から注がれる桃色熱視線よりも、俺自身が恥かしくて、声を掛け辛いもん。

だから俺は、約束の時間よりも30分も早く到着し、待ち伏せ…
しようとしたのに、なぜかツッキーが既に居たのだ。

「な…何で居るのっ!?」


俺は慌ててすぐ傍の喫茶店に飛び込み、ツッキーが見える位置に陣取った。
ずずず~と、アイスコーヒーを啜りながらチラチラ観察…目に毒だ。

今日のツッキーは、俺の予想を遥かに上回るイケメンっぷりだった。
お気に入りのアウトドアメーカーのシャツと、ミニバッグを新調…どころか、
髪まで切っちゃってて、とんでもないキラキラを背負っている。

当然ながら、周囲の女性達からの桃色ビームも過去最高…
今まではそれを中和していたはずの、ツッキーのドス黒オーラは影を潜め、
遠目にも『ほんわか幸せオーラ』を迸らせているなんて、全くの計算外だった。
アレは間違いなく『新婚さんオーラ』…クロ赤コンビと同じ薫りがする。

外壁に少し背中を預け、黙々と文庫を読む姿…ため息が出る程カッコ良いっ!
遠くから見ているだけで、俺はそわそわ落ち着かないのに…その冷静さは何!?
もう何か、俺ばっかり恥かしがって浮かれてる気がして、悔しくなってきた。

時間まで、あと…20分以上もある。
この間に、何とかアソコに飛び込む勇気を出さなきゃいけないなんて。
新婚ならではの『盲目色眼鏡』が、完全に裏目に出てしまった状態だ。


少しでも冷静さ(と、普通の視力)を取り戻そうと、ぐりぐり目を擦り、
ツッキーの全体像じゃなくて、部分部分を仔細に観察し…あることに気付いた。

文庫を持った、ツッキーの手。
その長い指が、全く動いてないのだ。
目は動いているけれど、それは文字を追う上下の動きではなく、
完全にキョドっている…スイミング中の目だった。

   (なんだ、ツッキーも…同じじゃん。)

らしくないツッキーの動揺と焦燥に気付いた俺は、途端に安堵した。
『見た目』的にはめちゃくちゃカッコがついているけど、内心はバタバタ…
実にツッキーらしい照れ照れ具合が、むしろ可愛く見えてきちゃったぐらい。


俺は密かに笑いを堪えながらスマホを取り出し、ツッキーにメールを送った。

『緊張のあまり、早く来すぎちゃった!
   お向かいの喫茶店に居るよ~
   窓際で挙動不審にソワソワしてる、
   アヤシイ人物が俺…見えるかな?』

着信に驚いたツッキーは、文庫を取り落としながら、慌ててスマホを開いた。
文面を読むとキョトン顔…ツッキーがこっちを見た瞬間を見計らい、
俺は両頬を「にょ~ん」と引っ張り、変顔を作って見せた。

「ぶっ!」と吹き出し、周囲からの注目を(別の意味で)集めたツッキーは、
文庫で必死に笑いを隠しながら、俺が陣取る喫茶店の最奥に、ダッシュで来た。





***************





「お待たせ…って、ソレ反則でしょ。」
「あはは、ごめんツッキー♪」


朗らかな笑顔で手を振り、迎えてくれた山口。
僕の方が遅れて(本当は遅れてない)待ち合わせ場所に(さっき変更した)…
こんなケースは、長い付き合いの中で、実は今回が初めてのような気がする。

待たせるのが月島家のお家芸ではあるけれど、待ち合わせは先着必勝だから、
こういうので待たせたことはないはずだ(別に山口と勝負する気もないけど。)
だから、「お待たせ。」というだけで、何だか新鮮な気分になったし、
山口の機転のおかげで、昨夜からの緊張感が一気に吹っ飛んだ。

あまり目立たないが、こういう『ちょっとした気配り』が、山口は特に巧い。
きっと僕が気付かないうちにも、僕が居心地良く過ごせるようにと、
昔からアレコレ気を回してくれていたんだろうな…と、今になって思う。

   (確かこれは…『内助の功』だっ!)

今更ながら気付いた山口の細やかな気遣いと、その行為の正式名称。
そして、その名称が『大正解!』な関係になったことに…感激してしまった。

あの「にょ~ん」の顔だって、笑っちゃったけど…めちゃくちゃ可愛かったし。
もう一回目の前で同じことヤられたら、多分僕は悶絶キュン死すると思う。

『結婚したら、感激の連続ですよ。』
『何ヤっても、愛おしく感じるぞ。』

恥かし気もなくそう宣っていた、新婚の先輩方…仰る通りでした。
あの人達の話を真面目に聞いて、この『頬の緩みを止める方法』を、
しっかり伝授してもらうべきだった…(もしそんな方法があれば、だけど。)


緩む頬を、必死に引き締めようとして、眉間に皺が寄ってしまう。
普通の人が見れば、僕が物凄く不機嫌になっていると思うだろうけど、
山口は全てを見越して(見透かして?)含み笑い…を、必死に隠している顔だ。

付き合いが長いと、こういう内心までお互いに読めてしまうから、
取り繕ったり誤魔化したりといった『小細工』ができず、少々厄介な反面、
きちんと真意を読み取って貰えるのは、実際のところ、非常に…助かる。

それならいっそのこと、『外面』を作るのはもう止めてもいいかもしれない。
でも、もし僕がデレデレを隠そうとしなくなれば、僕らしさが失われるし、
きっとそういう『無駄な抵抗』をする僕の姿が、実は山口のツボなんだろう。

だから僕は、山口の前では『カッコいいツッキー』という『外面』を作り続け、
『内面』の方で、デレデレでカッコ悪い姿を、山口だけに曝せばいい…
多分これが、はははっ、伴侶ってやつだろうからねっ!


「ツッキー、お腹の空き具合は?」
「そこそこかな。山口が食べたいものでいいよ。」

もうすぐ正午。今朝は早朝から活動していたこともあり、実はかなり空腹だ。
山口の方も、慌ただしい午前中を過ごしたのは、見慣れない服から見え見え…
幹線道路沿いに、僕が以前興味を持っていたハンバーグ店があるよ?と言った。

『山口が食べたいもの』と僕は言ったはずなのに、結局僕を優先してくれる…
本当は山口自身も、ガッツリと食べたかったのかもしれないけど、
この『譲る心』が素直に嬉しい…ただの誘導だったとしても、だ。


喫茶店を出て、のんびり雑踏を抜けて、目的の場所へ向かう。
店に着くと、正午直前…結構な人数が待っていた。

入口付近に置いてあった順番待ちリストを見ると、僕達の前には3組計8名様。
ボールペンを手にした山口がこちらに視線を寄越し、僕も視線で頷く。
それを確認した山口は、嬉しそうに微笑むと、リストに記名…
次の瞬間、頬をボボボっと染め、俯いたまま待合スペースの隅まで早歩き。

山口の『謎の行動』に首を傾げながら、チラリとリストを見ると、
『ヤマ…』と書きかけた名前を、丁寧な二重線で消した下に、
ちょっと震えた筆跡で、小さく『ツキシマ』と書き直されているのが見えた。

レストランの順番待ちリストに、『ツキシマ』と書いて二人で待つことなど、
今までに何度もあったが…それは後ろに『(他1名)』が省略された形だった。

でも、これからは、全く同じ表記でも、意味するところは『ツキシマ×2名』…
こんな些細なこと、しかも文字には現れない部分で『変化』を実感し、
僕も山口と全く同じ音を立てながら朱に染まり…メニュー表でその顔を隠した。


僕はチーズハンバーグ、山口はやわらかステーキ…必ず違うものを頼む。
半分食べ終わったら交換するのも、ほとんど『今まで通り』だ。

ただ、添えてあるポテトが奇数だった時等は、必ず僕に多くくれていたのが、
(「ツッキーの方が大きいから。」と言いつつの、要は山口の『遠慮』だ。)
今日からは、それもきっちり半分こ…遠慮のない『対等な立場』であることを、
慎ましい形で暗示しているようで、これすらも僕は、嬉しく感じてしまった。

ずっと一緒に居るのに…『結婚』しただけで、新たな発見と喜びの連続だ。
変な表現だけど、今日から山口と付き合い始めたみたいな、新鮮さを感じる。


「外食って、こんなに楽しいもの…だったっけ?」
思わず声に出していた、正直な感想。
僕の発言に、山口は一瞬キョトンとした目をしたが、はにかみながら答えた。

「俺も、ツッキーと外食するだけで、何か贅沢な気分っていうか…」
何食べても美味しく感じるし、向かい合って座ってるだけでも…幸せ、かな?

えへへ…と、恥かしそうに笑う山口。
僕は堪らず席を立ち、取り繕うように二人分のグラスを持った。


「しょっ、食後のドリンクは…メロンソーダでいいよねっ!?」
「じゃ、じゃあツッキーのは、オレンジジュースで…半分こしようよっ!」

ドリンクバーなんだから、『半分こ』なんて必要ないでしょ。
…なんて、無粋なツッコミをする、僕のようなひねくれ者がいらっしゃるなら、
どうか気持ちヨく、お馬さんに優し~く蹴られて頂きたいなぁと思う。





***************





「ところで山口、例のモノは…ある?」
「っ!もももっ、もちろん…はい!」

商業ビルが立ち並ぶ一角にある、小さいながらも緑豊かな公園は、
ランチを済ませたサラリーマン達が、残りの昼休みを楽しむ、憩いの空間だ。
その隅っこの、大きな楠の下に並んで座り、僕達も膨れたお腹を休ませた。

この後の予定は、本来結納の前日にするつもりだったこと…
即ち、『結婚の準備』にあたるイベントを、結婚後に行うことになっている。


僕が『例のモノ』について尋ねると、山口は大木を揺らす程ビクリと跳ね、
鞄の奥底に手を突っ込み、周りを注意深くキョロキョロと見回し…
誰も見てないことを確認すると、小箱をサっ!と僕の手に握らせた。

中身を確かめるべく、小箱を開けようとすると、山口は慌ててその手を抑え、
僕の手ごと、小箱を僕の鞄の中に突っ込ませた。

「こっ、こんなとこで、出しちゃ…」
「別にいいでしょ、このぐらい…」

小箱は、結納イベントの最後…『結びの挨拶』の際に、僕が山口に贈ったもの。
僕としては、きっちり『けじめ』をつけるべく、なけなしの勇気を振り絞って、
求婚の『やり直し』という巨大プロジェクトを完遂したつもり…だったのだが、
何故だか全員から大爆笑されるやら、山口は文字通りに卒倒してしまうやら…
思い出深い(やや黒歴史気味な)『一品』となってしまった、求婚指環である。

「このサイズで、大丈夫?」
「うん…調整してもらったから。」


都内のデパートで、父さんと一緒に結納品を買いに行った日。
結納品の中に『結美和(ゆびわ・指環)』があることに気付き…二人で慌てた。

結納の時に『結美和交換の儀』を行う場合もある、とのことだったが、
結婚指環は通常、受注発注…刻印等を含め、完成に3週間程かかるそうだ。

「何だ、それなら…俺らのを貸してやろうか?偶然同じ『T&K』だし。」
…と、あちらの『K』が聞いたら激怒しそうなことを、平然と言ってのけた、
超鈍感な『T』の申し出に、さすがの父さんと兄ちゃんも呆れ返り、
僕は丁重にお断りさせて頂いた…『T』さん自身のために。(この貸しはデカい)


仙台に戻ってから、とりあえずカタチだけでも調えよう…と、
前日の『おデート』で、山口とペアリングを買う予定だった。

だが、サイズも豊富でそれなりなものを売っているお店は、
Tシャツ&つなぎでは、とてもじゃないが近付けないし、値段も高い。
逆に、服装もOKで価格もお手頃な店にあるものは、サイズ調整もできず、
なんだかギラギラしていて…僕達の雰囲気には合わなかった。

結局、『とりあえず』の購入は諦め、その儀式も省略することに決め、
後日改めて、二人で『正式な』結婚指環を選ぶことにしていたのだ。


「結婚指環は時間がかかるのに、ぷっ、プロポーズの方は…すぐ買えるんだ。」
「これこそ、『思い立ったが吉日』だろうから…すぐ買えなきゃ困るよね。」

『月山の酒』を都内で探しながら、せめてこちらだけでも正式なものを…と、
僕は皆の目を盗み、こっそり購入したのだが、いかんせん大慌てだったから、
山口には全然サイズが合っておらず…これも皆の笑いのネタにされた。

今日の午前中、山口にはこの指環のサイズ調整をしてきてもらった。
これから僕が、これを持って店に行き、「この指環と同じサイズで。」と、
注文する手筈になっている。(さすがに二人一緒に買いには行けない。)

その前に、決めるべきことは…

「これ…カタログ。僕がお店で現物を見た限りでは、
   ページの端を折ってある、3つの内のどれかがいいんじゃないかな?」
「確かに…シンプルなものじゃないと、特に俺の方は、着け難いからね~」

どれがいいか、山口が決めていいよ。
そう言うと、山口は「えっ!?」と大げさに驚き、無理無理っ!と手を振った。
男性用の方は、どれを選んでも大差ないから、女性用を持つ山口が選ぶのが、
合理的な選択方法だと思う…と、頭の中ではいつも通りそう考えていたのに、
僕は僕自身が驚く行動を取り、僕とは思えないようなことを口にした。

ツッキーが決めてよ!と、カタログをずずいっと押し戻す山口。
その左手首を掴んで引き寄せ、薬指に手を沿わせ、付け根をキュっと握った。

「山口の指には、きっと…これが似合うと思うんだ。」
一番最後のページの、真ん中の指環。これを一緒に…付けよっか?


「…って、僕は『黒尾鉄朗』かっ!?」
「ちょっ…わっ、笑わせないでよっ!」

せっかく『王子様』みたいなセリフが、奇跡的にすんなり出て来たのに、
あまりの『僕らしくなさ』に、セルフツッコミ…雰囲気をぶち壊してしまった。

恥かしいやら照れ臭いやら、さっきまでのもじもじした空気が山口から消え、
涙を浮かべながら大笑い…したかと思えば、今度は僕の左手薬指を掴んできた。

潤んだ熱い瞳で、やや上目使いに僕を見上げ…そっと視線を流した。
そして、掴んでいた薬指を、根元から先に向けて擦りながら…コクリと頷いた。

「秘技『赤葦京治』風流し目…どう?」
「そっ、それも…反則技でしょっ!!」

あぁ…こんなしょーもないことが、楽しくてしょうがない。
シリアスに成りきれず、結局ラブコメ…でもそれが、最高に心地良い。


僕達は再度別行動を取るべく、勢いよく同時に立ち上がった。
そして、2時間後に本日2度目の待ち合わせを約束し、笑顔で手を振った。





***************





俺達のラブラブイベントは、何故か順序が『逆』なものが多く、
しかも大イベントに限って、『公開』の場で…という傾向があるようだ。

初めてツッキーから、告白っぽいこと?を言われたのは、遠征帰りのバスの中。
それから数年、やっと『言葉』を貰えたのも、『酒屋談義』の場だった。
そして今回、正式なプロポーズは、家族全員が見守る中…結納の『結び』だ。
振り返ってみると、開けっ広げな自分達の姿に、涙が出そうになってきた。


昔話に出てくるおじいさんとおばあさんのように、つつがない生活…
派手なフラグは立ち難いけど、その分安定した日々を望んでいたはずなのに、
それとは『逆』に、激流飲み込まれ型の関係深化を繰り返してきた気がする。

ラブラブイベントの結末…結婚。
西洋の童話的には、最奥たるハッピーエンドまで、到達できたことになる。
ようやく日本の昔話的安定…念願だった『おじいさんとおばあさん』を目指す、
スタート地点に戻って来た…今度は幼馴染としてではなく、本当の意味で、だ。


ここからは、今の幸せな生活を1秒でも長く『現状維持』するために、
お互いを思いやり、努力をし続けるターンになる。

そのために必要なことは、周りの人達が(やや過剰に)教えてくれた。

『夫婦間にプライドは不要』
『イライラはその日のうちに』
『イベントの本質はイチャイチャ』

大切な人を思いやり、幸せを追求するためには、弛まぬ努力が必要なのだ。
妙なプライドに拘ったりしないこと。
わだかまりがあれば、恐れずにちゃんと話し合うこと。
自分の気持ち…本心は(下の方も含め)恥ずかしがらず、伝えること。

自尊心や恐怖心、そして羞恥心に打ち克たなければ、
相手と自分を大切にはできない…結婚は結末ではなく、スタートでしかない。


そう言えば、『逆』という漢字には、『反対・さかさま』以外の意味もある。
『のぼせる』『よこしま』『乱れる』…『↑』とは逆のイメージだ。
そして、結婚に近いイメージのもので、『迎える・頂く』という意味もあり、
その意味を持つのが『逆旅(げきりょ)』…旅人の逆、迎え入れる『宿屋』だ。

つまり、『ツッキーと俺のラブラブイベント史概説』の結論は、
やっぱり『おデート』の結びは、最奥到達地点たる『非公開』の場所…
『さかさクラゲ』の逆旅であるべき!という、実に『よこしま』なものである。


「端的に言えば、ラブホでイチャイチャしたかっただけ…なんだよね。」
「俺さ、その表現を回避するために、必死に現状イジって解説したんだけど…」

本日2回目の待ち合わせに、ツッキーが指定したのが、まさかの逆旅だった。
仕事で何度もビジネスには泊まっているし、キャンプや温泉旅館にも行き、
結果的に『最奥到達』する…というケースは、まあよくある話だ。

でも、利用の『主たる目的』が『最奥到達』な宿屋に来るのは、実は初めて…
新婚初おデートで、遂に初ラブホに到達できたのだ!

「山口は高校時代から…『店舗型性風俗特殊営業』の『当該施設』に、
  ツッキーとイってみたいな~♪って…全身全霊で切望してたよね?」
「高校時代は『そういう雰囲気』になるような、非公開シチュエーションを、
  ひたすら回避しまくり、俺を待たせ続けたツッキー…隔世の感があるよね~」

「もう待たせない…超高速入浴して出てきたら、山口は大爆睡…余裕じゃん。」
「昨日仙台から帰京して、ほとんど寝てなかったんだもん…色んな意味で。」


ソファに密着して座り、ツッキーと腕組しながら、ぴと…と、肩に頭を乗せる。
組んだ腕の先では、指と指をしっかりと絡ませる『恋人つなぎ』だ。

出逢った頃から、一緒に居て落ち着く間柄だったけど、
共に暮らし、深い関係になってからは、その『まったり具合』が確実に増した。

ツッキーが顔をこちらに捩ると、俺のおでこにちょっとだけ、唇が触れた。
くすぐったさに俺が身を捩ると、繋がった手がバスローブを少し捲り上げた。
合わせ目から僅かに覗く素肌を、触れた小指の先だけで、そろそろと擽る。

ラブホでイチャイチャしてても、心地良さで眠くなることがある…
まだ『主たる目的』を果たす前でも、気持ちイイことができるとは、大発見だ。


「こういう穏やかな時間…僕が望み続けた『理想的な人生』かもしれない。」
「ずっと一緒に居たい人と、居るだけで幸せなんて、本当に…理想だよね。」

猫が甘えるかのように、額をツッキーの二の腕に擦り寄せる。
肘でつんつん促され、僅かに顔を上げると、ちゅ…と今度は音を立ててキス。
眉、瞼、頬、鼻頭…徐々に降りてくる唇に合わせ、顔を上げていく。

触れ合いの進度も深度も、慎ましく可愛らしいものだが、
その温もりは溢れるぐらい心を満たし、頬を緩ませ、自然と笑顔が零れ落ちる。
ツッキーのために…この愛しい人のために、自分の人生、全てを捧げたい。

…あ、そうだ。大事なことを忘れてた。
自分の人生全てをかけて、愛を伝えるものを、俺はかねてから準備していた。


「俺、ツッキーと結婚する時のために、『遺言公正証書』を作ってたんだ。」

晴れて恋人同士になったはいいが、これからどうする?と迷いに迷った挙句、
俺が辿り着いた答えが、俺からツッキーへの、正式な遺言の作成だった。
その突発的な行動で、皆様には大変ご迷惑をお掛けしたが、その結果婚約した。

様々な準備や状況が整って、「今だ!」という時が来たら、これを渡して…
俺からツッキーに『婚姻予約』を『確約』にするつもりだったが、
今回も、俺達の準備などまるでお構いなしに、状況だけが(いつも通り)先走り、
せっかくの『山口忠求婚計画』は、見事に粉砕されてしまった。

まさか自分の苗字が変わってしまうなんて、全く予想していなかった…
『山口忠』名義の遺言公正証書は、もう使えない。

「これは『無効』になったから…近々改めて作り直して、ツッキーに渡すね。」
「それじゃあ、僕の方も同じく…作り直しだね。」

ツッキーが俺のために用意してくれていたのは、熊野牛王符…
『元々いた神』に誓いを立てる、日本史上屈指の『誓約書』だ。
これも当然、『山口忠』宛に作られていたから、無効扱いになるだろう。
『月島蛍求婚計画』の方も、同じ憂き目に…顔を見合わせ、微笑みを交わす。


「名前と言えば…これからどうする?」
「どどどっ、どうって…?」

山口がコッソリ下書きしていたらしい、僕達の婚姻契約公正証書…
その条項の一つに、『婚姻後の呼び名は○○/□□とする』ってあるんでしょ?
僕を『特別な呼び方』で呼びたいみたいだし、山口は『山口』じゃなくなった…

「僕のこと、山口はどう呼びたい?
   山口は僕に、どう呼ばれたい…?」

…ねぇ、教えてよ。

そう言うとツッキーは、俺の口元に耳を近付けた。
繋いだ手に固く力を入れ、もう片方の手は、柔らかなバスローブの中に入れ。
俺が 教えるまでは、絶対に手を離さないし、動かさないつもりだろう。

腿の付け根ギリギリに置かれた、温かいツッキーの掌。
短くなった髪の毛が、呼吸の度に頬を掠め、ピクリと俺が微動すると、
腿に触れるツッキーの長い指…その爪の先だけが、敏感な部分に一瞬当たる。

「えっと…それは、あの…」

小声でもそもそ呟くと、唇がツッキーの耳朶に僅かに触れる。
ツッキーはそれに、わざとらしくビクッと反応してみせ、
その動きで、爪先も大きく跳ね、強く擦るように…一瞬掠めていく。


ツッキーは俺が自ら口を割るまで、焦らしプレイを強要する作戦だろう。
自白を強要するんじゃなくて、あくまでも俺自身が喜んで口を開くように…
ついでに言えば、↓の方も、俺に自主的に開かせるつもりなのが、見え見えだ。

更に言えば、むしろツッキーの方が焦らしに弱いことも、俺にはバレバレ。
『待つ』ことに関しては、俺はツッキーにだけは、負ける気がしない。

とは言え、こんなところで『ガマン比べ』したってしょうがない。
夫婦間で、変なプライドや羞恥心は、邪魔になるだけ…
またとないラブラブイベントでは、全力でとことんイチャイチャすべきなのだ。


「通常モード時は、今まで通り『ツッキー』と『山口』で…オネガイできる?」
「んっ…、りょ、了解…っ」

戸籍上は『山口』じゃなくなったけど、せめて普段の呼び方だけでも、
俺は『山口』のままでいたいから…変わらない俺達のままがいいな。

耳朶を食みながら、吐息交じりに『オネダリ』をする。
実は耳元が滅茶苦茶弱いツッキーは、大げさではなく本当に全身を震わせ、
腿上にあった手が、その動きで奥の方へ滑り落ち…今度は俺のカラダが跳ねる。

「じゃあ、通常モード以外の時は?例えば、『夫婦の営み』モードの時とか…」
「まずは、その名前を『超絶仲良し』モードに変えて欲しいかな。」

「『意外とヤる気満々忠君』モード?」
「『実はムッツリ助平蛍君』モード!」

声を上げて笑いながら、ツッキーの耳に掛かる眼鏡を咥えて外すと、
繋いだままの手グイっと引き寄せられ、その勢いでソファ横…ベットの上へ。
『まったり癒し』モードから、『しっとりイヤラシイ』モードへ切り替わり、
トロリとした甘い空気が、二人の間に漂い始めた。


おでことおでこを付け、上唇の先だけを触れ合わせ、間近から瞳を覗き込む。

…ねぇ、教えて?

さっきと同じ言葉を、声に出さずに唇の動きで『オネダリ』される。
蕩けそうな程に輝くイケメンスマイル…の、↓方向では、
純白のバスローブに包まれた『ムッツリ助平』な部分で、ぐいぐい圧してくる。

…んっ、待って。

恥じらう素振りを見せながら、『ヤる気満々』に脚を開いて腰を挟み込み、
片腕を首に回しながら、もう片方でバスローブの結びを解いた。

互いを固く結わい付けるように、舌を絡める激しいキスをしつつ、
互いの手指で、硬くなった部分を解放させ、結ばれる部分を解していく。


「ねぇ、僕は…何て呼べばいい?」
「あっ…えっと、それは…」
「言って。はっきり…ね?」

こうやって結ばれる時にだけ、『結』…互いを求める祈りの言葉で、
二人の間の『赤い糸』を、解けないように結んで欲しい。

今まで言えなかった、言いたくて、言って欲しくてたまらなかった…
俺はツッキーの胸にしがみ付きながら、声を振り絞って『オネダリ』した。

「初めて、俺達が、結ばれた時…一度だけ、呼んでくれた…俺の、名前っ」
あの時は、ただの手順確認の一環だったけど、今度はちゃんと…呼んで欲しい。

「っ!?…わかったよ。それじゃあ僕の方も…同じがいいな。」
そう言えば、一度も呼んだことなかったし…呼ばれたこともなかったよね。
僕も山口から…そう呼ばれたいよ。


ツッキーは優しく微笑みながら上体を起こし、真っ直ぐ俺を見下ろした。
そして、十分に解れた場所に、硬くなった熱の先端を当て、静かに口を開いた。

「山口…改め、月島…『忠』」
「っ---!!!」

全身を貫き、結び付ける熱。
繋がる部分から込み上げる熱に、涙が溢れ…両手を伸ばし、全力で抱き締める。

「つ、月島…『蛍』」

やっと口に出せた、互いを結わえる言葉…互いの名前。

「忠…ただし…っ」
「あっ…蛍…けいっ」

カラダの最奥を結び合いながら、ただひたすらに、互いの名前を呼び続ける。
ずっと息を殺し、甘い声を封印し続けた…実家暮らしの頃。
一緒に暮らすようになってからも、その癖はなかなか抜けなかった。

甘い声で名前を呼び、呼ばれるだけで。
脳の奥底が痺れる程の歓喜と、深い繋がりを感じられるなんて…知らなかった。


幼馴染からスタートしたのに、結婚してようやく名前を呼び合えるなんて、
本当にとことん『逆』…でも、俺達らしくて、結果オーライかもしれない。

名前を呼び、呼ばれるたびに、奥まで来て…その果てに、結ばれるのだから。


「僕と結婚してくれて、本当にありがとう…忠。」
「こちらこそ、ありがと。末永く宜しくね…蛍。」





- 結 -





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※人魚姫の夜 →『泡沫王子
※待ち合わせが大好きなツッキー →『歳月不待』『王子不在
※始めて告白っぽいこと… →『他言無用
※さかさクラゲ・店舗型性風俗特殊営業 →『苦楽落落
※『そういう雰囲気』回避… →『縄目之恥
※遺言公正証書と牛王符 →『団形之空
※婚姻契約公正証書 →『福利厚生④
※初めて結ばれた… →『三路分岐(Ω)


2017/06/29

 

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