歳月不待








排球部では、時々謎の特訓が課されることがある。

祝日の今日は、本拠地の体育館が使えないため、
一年生は『ロードワーク』となっていた。
外での走り込み等の基礎トレーニング…と思いきや、
本日の集合場所は、少し離れたターミナル駅だった。

「これは『チームの相互理解に欠かせない特訓』だ。」と、
昨日の部活後ミーティングで主将澤村が指示した内容は、
駅前のファッションビル内のスポーツショップに行き、
注文しておいた部の備品を受け取ること、だった。

「要は『おつかい』ですか。」と、心底嫌そうに言う月島。
「俺一人で十分です。」と、集団行動を拒否する影山。
「やった!俺、『都会』に遊びに行くの久しぶり!」と、
飛び跳ねて喜びまわる日向。

「…というわけだ。山口、引率よろしく頼んだぞ。」
「えっ!!…は、はい。」

身勝手な三人は、澤村が『笑顔』で黙らせ、
残る一人も『笑顔』で『はい』を言わせた。


大役を任された山口は、若干眠れない夜を過ごし、
寝ぼけ眼を擦りながら、集合場所へと向かった。

あと少しで目的地…という所で、突如腕を捕まれ、
店舗脇の通路に引っ張り込まれてしまった。

「!!!?…って、日向と影山!いきなり何する…」
抗議の声を上げようとした山口は、
二人が黙って指差す方向を見て、その意図を察した。


『日本一派手』と称される待ち合わせ場所。
極彩色に輝くステンドグラスの前には、数多の人だかり。
その中でも、周囲の視線を一身に集めている者がいた。

「あ、ツッキー、先に来てたんだ~」

「『来てたんだ~』じゃねぇよ。
   今日に限って何で、クソ月島と一緒じゃねぇんだよ!」
「何でって…俺らだっていつでも一緒なわけでもないよ?」
「それぞれ『単品』で注文可能なんて、聞いたことねぇし!」

遠目からでもすぐに判る、スラリとした長身。
ジーンズに綿シャツというシンプルな服装が、より一層、素材の良さ…
月島本人の秀麗さを際立たせる。

艶やかなステンドグラスの光彩。
主に女性陣からの恍惚とした桃色の熱視線。
その視線の中心から発せられる、どす黒い不機嫌オーラ。

…これらの光が交錯し合い、その一角にだけ、妖しくも倒錯的な空間を生みだしていた。


「そっか。二人は『学校』と『部活』以外のツッキー…ほとんど見たことないんだっけ?」
「黙って立ってれば、月島の奴…イ、イケメンだったのか…」
「俺らに、あそこへ飛び込めっていうのか!?
   桃色&暗黒ビームで死ぬぞ!ジュワッと一瞬で焼け死ぬ!!」
崩れ落ちて悔しがる日向と、真っ青な顔で喚く影山。

「山口は毎日、あんなピンクキラキラに曝されてんだな…
   ただの『待ち合わせ』が、とんだ拷問だよな…」
「お前、『パっとしない男』でよかったな。
   もし女だったら、嫉妬の劫火で消し炭だったぞ。」
「そういう『桃色視線』に気付き始めた頃には、
   ツッキーとの付き合いもそこそこ長くなってたからね。」
…そんなの、はるか昔に慣れちゃったよ。
日向影山の、心からの同情と慰めだったが、山口は事も無げに笑って答えた。

「ピンクは慣れたとしても…あのブラックはヤバくねぇか?」
「『だから待ち合わせは嫌なんだよね。』って…
   俺たちにまでヤツアタリしてくるぞ、絶対!!」

なおも恐怖で震える二人の背中を、山口は優しく撫でた。

「大丈夫だってば。ちょっとは『オコゴト』言われると思うけど…
   ツッキー、『待ち合わせ』自体は、割と好きな方だと思うよ?」

さぁ、そろそろ集合時間だよ、行こっ!
そう言うと、山口は「ツッキーお待たせーっ!!」と、
手を振りながら走り、ビームの中を突っ切って行った。


「山口すげぇ…カッコイイ…!」
「アイツは…勇者だっ!!」





***************





「さすがの『王様』は、『庶民』を待たせて当然ですか?」

いやはや、『待つ身の辛さ』など、わかりっこないですよねぇ。
…と、自称『庶民』の月島は、踏ん反り返って宣った。

「ぐっ…ま、待たせて、スンマ…」
「はい?何と仰いましたか~?下々には聞こえませんねぇ~」
「お待たせしてクソすんませんだコノヤローーーっ!!」
「ちょっと待てよ!俺ら、別に集合時間には間に合ってるし!」

集合した瞬間から大騒ぎを始めた3人を宥めすかしながら、
山口は何とか駅構内を抜け、ロータリーを見下ろす歩道橋…
できるだけ他人様の邪魔にならない所へと促した。


「おい山口!アレのどこが、『待ち合わせ好き』なんだよ!
   めっちゃくちゃ怒ってんじゃんかよ!!」
「そう?あの程度のお小言なんて、いつも通りじゃん。」

日向の不平不満に、山口は平然と返し、
さらに張本人である月島が、満面の笑みで答えた。

「山口の言う通り、僕は『待ち合わせ』が大好きだよ。だって…
   『先に来る』だけで、後から来る奴より優位に立てるし。」

たとえ集合時間に間に合っていたとしても、後から来た方は、
『相手を待たせてしまった』という負い目を感じてしまう。
ビジネスの場…特に商談では、常套手段とも言えるものだ。

「俺知ってる!こないだ、授業で習ったぞ。
   えーっと…『月(ツッキー)に人を待たすな』だっけ?」
「それを言うなら、『歳月人を待たず』でしょ。
   それに、勝手に『ツッキー』呼ばわりしないでくれる?」

「あぁ、それなら俺も習ったような気がするな。
   『時間はあっという間に過ぎるから、しっかり勉強しろ』って。
   …どっちにしても、ムカつく言葉には違いない。」
「歳月も月島も、一秒たりとも待ってくれそうにないもんな~」
「失敬な。僕だって、多少時間に遅れても、ちゃんと待ってるよ。
   そうだね…10~15分なら、許容範囲だね。覚えておきなよ?」

何だその、具体的なようで曖昧な『範囲』は?
影山の疑問に、山口は『耳』を指示し、次に『3本指』を立てた。
「…3曲分聞き終わるまで、か。その絶妙なまでの『妥当なカンジ』が、更にムカツク!」


いつまでも収拾がつかない言い争いに、山口は終止符を打った。

「歳月不待…やっぱりツッキーを表してるかもよ?
   『さいげつふたい』を並び替えたら…『芸才2つ』だもん。
   天は二物も三物もツッキーに与えちゃってるよね~」

そういうわけだから、さっさと用事済ませちゃおうよ。
山口はそう言うと、目の前のビルに率先して入って行った。


「うぉっ、山口すげぇ!」
「ここは山口に免じて…」
「一時休戦、だな。」




『オツカイ』自体は、瞬殺コースだった。
注文していた備品とおつり、そして領収証を受け取った山口は、
夢中で品定めする3人を引き連れ、近くの個室付居酒屋へ入った。

「ランチとはいえ、こんなとこ入っていいのかよ?」
「ウルサイ君たちでもOKな『個室』…ってことじゃないの?」
「俺のおこずかいじゃぁ…ちょっとマズいよ…」

『分不相応』な場に連れて来られ、少々大人しくなった3人に、
山口は『大丈夫だよ~』といいながら、封筒を取り出した。
「さっきの『おつり』…これで昼飯食って来いって。
   これが今日の『相互理解のための特訓』なんだって!」

武田先生と…樋口さん1名・野口さん3名に敬礼!!
掛け声に合わせ、全員で封筒に「あざーっす!」と頭を下げた。





***************





注文した料理が来るのを待ちながら、
スマホをいじっていた月島が、したり顔で「なるほどね。」と呟いた。

「さっきの『歳月』だけど…『歳』ってうい漢字について、ちょっと調べてみたんだ。」
スマホをしまうと、月島はみんなに向かって話し始めた。

「『歳』って…1歳、2歳っていう『年齢』だよな?」
「年々歳々…『毎年』っていう意味もありそうだな。」
「ツッキー、その字の『成り立ち』は…?」


山口の質問に答えるため、月島はペーパーナプキンを広げ、
『お客様アンケート』用のボールペンで『歳』の字を書いた。

「この字は『歩』と『戌』で構成される字なんだ。
   『歩』は『左右の足跡』、『戌』は武器の『まさかり』…
   『両足で踏ん張って、まさかりで生贄を裂く』ことだよ。」

「なっ!!?なんでそれが…どういうことだ!!?」
「ちょっとは頭を使いなよ。ヒントは…『生贄は、どういう時に必要になるのか?』かな。」

運ばれてきた手羽先を食いつきながら、日向と影山は首を捻りながら考える。

「んーーーっと、イケニエを欲しがるのは…神様?」
「だな。なんかのお祭りとか、儀式で捧げるもんだ。」

二人の答えに、月島はその通り、と首肯する。
「生贄を捧げるような大事なお祭りとは…神様に、穀物…特に『稲』の実りを感謝するもの。」
「『稲作』スケジュールこそが、カレンダーの基本…
   だから、稲作の締めくくりの行事である『歳』が、『一年』を表す漢字になったってことだね。」
「『歳』の字に、『稲』や『季節』っていう意味があるのも、このことから納得できるよね。」

なるほど…お米、大事だな。
二人は牛タン定食のご飯を、一口ずつしっかり咀嚼した。


ちょっと遠いけど、牛だって『歳』に関係あるよ。
牛タンを一枚頬張ると、月島はさらに続けた。

「『歳星』は、太陽系5番目の惑星…『木星』だよ。」

「木星っていうと…太陽系で一番デカい星だよな?
   山口の言う通り、『歳月』の『歳』も、月島っぽい。」
「木星は英語で『Jupiter』ジュピター。
   これは、ローマ神話の主神『ユーピテル』のことで、
   ギリシャ神話でいうところの…『ゼウス』だね。」
「ゼウス…神々の、王様だね。」
「クソっ!なんか…負けた気がする。」

『王様』と言われるのをあんなに嫌がっていた影山だが、
明らかに月島の方が『格上』と言われた気がしたのか、
悔しそうに残りの牛タンを全部口の中に入れた。


「んで、その神々の王様が、どうして『牛』?」
日向の質問には、山口が答えた。

「ゼウスって、気に入った女神様とか女性を誘惑するのに、
   いろんなもの…牛にも変身して会いに行ったらしいね。」
「木星にはたくさんの衛星があるけど、代表的な4つ…
   『イオ』『エウロパ』『ガニメデ』『カリスト』は、全員がゼウスの『愛人』なんだよ。」

イオは牝牛に姿を変えられて放浪。
エウロペを誘拐する際にゼウスが変身した姿…『白い牡牛』が、『おうし座』に。
同じ星座絡みでは、『みずがめ座』はガニメデ…
ゼウスが自分の酒の給仕として誘拐してきた美少年と、その酒壺を表したものである。


ゼウスの無節操は置いといて。
汚らわしいモノを見るような日向と影山の視線を躱し、月島はわざとらしく軽い咳払いをした。

「『歳』の字には、もう一つ『運勢』という意味があるんだ。
   それは、『歳星』が『運命を司る者』だからだろうけど…」
「さっき出てきた『星座』も、運命やら占いっぽいな。」

まさにそうなんだよ、と月島は影山の言葉を継いだ。
「よく見かける『星座占い』の星座、もともとは木星の黄道…
   地球から見える『みかけ上の通り道』に沿う星座から決められたらしいんだよね。
   なぜなら、木星の公転周期がほぼ『12年』だから。」

古代中国の天文学では、木星の位置によってその『年』を記し、
それが後に『十二支』での紀年法となり、今に至る。

「偶然か、伝来かはわからないけど…西洋でも東洋でも、
   木星=歳星が『運命』に繋がってるのは、面白いよね。」
「繋がると言えば、道教で『歳星』は、あの『牛頭天王』さえ食らう凶神なんだって。」
「うぉっ!!牛!!!」
「牛に繋がった!!!」

いろんな話が『牛』に帰結したことに感激し、日向と影山は『特製牛乳プリン』を注文した。



「なぁなぁ、月島と山口って…いっつもこんな会話してんの?」
「延々とウンチク垂れて、面倒臭くならねぇのか?
   ま…今回のはなかなか…面白かったけどな。」

日向と影山にとって、月島と山口の会話と言えば、
『うるさい』と『ごめんツッキー』しかないと思っていた。
自分達に対しても、ボロクソとかケチョンケチョン以外で…
『普通』に話してくれるなんて、想像したこともなかった。

二人の素直な感想に、月島と山口は顔を見合わせた。


「さすがに、いつもってわけじゃないよ。『蘊蓄』や『言葉遊び』が好きなのは否定しないけどね。」
「ちょっと気になった言葉とかを、ササっと調べてみたら、意外と面白い発見があったりするじゃん?
   そういう発見を、話のタネやネタにするってカンジかなぁ。」

今日の話題だって、元はと言えば月島が人を待たない…
いや、待ち合わせが大好きだという話からだった。

「俺もそうだけど、勉強って単なる『暗記』だとやる気無くすじゃん?
   そこを、ちょっとだけ調べて、興味あるネタを見つけられたら…そういうのって、絶対忘れないんだよね~」
「確かに…『木星の公転周期が12年』は、二度と忘れねぇな。」
「さすがの俺も、『歳月不待』…歳月人を待たず、完璧覚えた!」

嬉しそうに頷き合う日向と影山の姿に、月島は珍しく、含みのない笑顔を見せた。


「『時に及んで当に勉励すべし 歳月人を待たず』
   ここだけ見れば、『勉強しろ!』って説教に聞こえるけど…
   漢詩全体を見ると、『何』を『努め励め』なのかが解るよ。
   『歓を得ては当に楽しみを作すべし』、すなわち…
   『楽しめるときはとことん楽しもう』っていう詩なんだよ。」
「しかも、仲間を集めて、たっぷり大酒飲んで…ってね。」


今度は全員でニンマリと顔を見合わせ、『ウェーイ!!』とハイタッチした。





***************





「今日の『歳』と『木星』の話…もうちょっと続きがあるんだけど。」
「ん…どんな?」




    たかさごの




無事に4人で最寄駅まで帰り、解散したのが夕方。
俺はそのまま月島家にお邪魔し、そこから澤村主将に『無事帰還』のメールを送った。
テーブルの下でチカチカ光るスマホは、それに対する労いの返信だろう。

一日の疲れと寝不足からか、少し微睡みたいような気もしたが、
俺はツッキーの方へと寝返りを打った。


「『Every day I listen to my heart』…」
「『…この宇宙の御胸に抱かれて』…『木星』だね。」
ツッキーの口遊んだ歌は、有名な管弦楽曲に歌詞を付けて、女性歌手が歌っていたものだった。

「原曲にあたるのが、組曲『惑星』だけど、そこでの『木星』の正式タイトル…『続き』は知ってる?」
「え…続きなんてあったんだ。」

自分の鼓動を聞かせるかのように、ツッキーは俺をその胸に抱き、囁いた。

「原題は『Jupiter, the Bringer of Jollity』…『木星、快楽をもたらす者』だよ。」
「べ、勉強に、ナリマス…」

英語は苦手でも、きっとこのフレーズは忘れない。
甘い響きと…実感と共に。


「この『木星』の旋律は、いろんな曲に利用されてるんだ。
   世界的に一番有名なのが、イギリスの愛国歌だよ。」

ツッキーは枕元にあった自分のスマホを手元に引き寄せ、その愛国歌の動画を見せてくれた。

「ホントだ…同じメロディだね。すごく…荘厳な雰囲気。」
「『我は汝に誓う、我が祖国よ』…制作の経緯から、
   戦没者追悼の日や、王族の葬儀なんかで演奏されるからね。」
歌詞や場面が違うと、同じ旋律でも随分と印象が違う。


「この愛国歌の歌詞に、こんな一節があるんだよ。
   『何も問わない愛、試練に耐える愛、すなわち最愛にして最良のものをも祭壇に差し出す愛』って…」
「それってつまり、『生贄』…『歳』に繋がった!!?」

全く思いもよらなかった『繋がり』に、俺は驚いて半身を上げ、
ツッキーとの『繋がり』の方を離してしまった。
拗ねたように眉間に皺を寄せたツッキーは、俺の腰を掴み、再びズルズルと引き込んだ。


「『歳』の天体がらみネタで、あともうひとつ。
   自転する物体の回転軸が、円を描くように振れる現象を…」
「『歳差運動』…だよね。」
「その別名、『すりこぎ運動』っていうんだ。
   すりこぎは、ゴマをする時に使う、あの棒のことだよ。」

右手で、『手に馴染んだ』太さの棒を握り、ゆるやかに擦る動かす仕草をして見せる。
…円を描くのではなく、上へ下へと。

さすがの俺も、ツッキーの言いたいことが解った。
その手で…すりこぎの『隠語』を表現しているのだ。

「ちなみに、ゴマを『する』の漢字は、『擂る』…手偏に雷…雷の化身とされるのが、ゼウスだよ。」

こんなところにも、繋がりがあるのか…
ツッキーの、大層『お強そう』な『ゼウス様』の感触に、俺は再び『生贄』となる覚悟を決めた。



「歳月不待…『ツッキーはもう待てません』、かな。」
「『歓を得たいんです一生懸命楽しみます』、だね。」



- 完 -



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※たかさごの→『待』にかかる枕詞
※まくらことば=枕物語=寝物語
※高砂→カップル愛を言祝ぐ御目出度い能

※ラブコメ20題『01.だから待ち合わせが好きなんです』

2016/02/12(P)  :  2016/09/09 加筆修正

 

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