縄目之恥







    おはよう!冷蔵庫のパンとかジュ
    ースとか、自由に食べていいよ。
    戸締まりだけはよろしく頼むわ!
    ろくなもてなしもできずスマン。
    次会う時まで鍵は持っといてね。
    くわしくは別紙を参照してね~。



昨夜は、山口と共に、兄・明光の部屋に泊まった。
僕たちが目覚めると、兄の姿は既になく、こたつの上にメモが残されていた。
ごくごくありふれた内容の『書き置き』だったのだが…

「明光君…肝心の『鍵』を置き忘れてるよ。」

夜更かししちゃったし…慌てて出勤したのかな?と、山口は申し訳なさそうに言ったが、
僕は「そうじゃないみたいだよ。」と、もう一枚の『別紙』を山口に見せた。

別紙には、箇条書きの『ルール』が書いてあった。

    ①鍵は、一度だけ扉を開くと発見可能である。
    ②居室(この部屋)には鍵は存在しない。
    ③夕方6時までには脱出及び施錠すること。
    ④鍵を発見できなかった場合に、密室トリック等を用いて、施錠してはならない。

「これは…まさかの『脱出』ゲーム!?」
「いや、脱出は可能だから…正確には『施錠』ゲームかな。」

偶然ではあるが、昨夜兄の部屋に来る前に、
非常口の緑色の人…『ピクトさん』について考察していた。
その際に、僕の大好きなゲーム…
閉ざされた空間で謎解きしながら、10人の『ピクトさん』を集めて脱出する…の話をし、
案の定そのゲームに山口も『どハマり』したのだ。

まさにタイムリーな『脱出』ゲーム(風)の状況に、若干残っていた眠気も一気に吹き飛んだ。

すぐに捜索を開始しようとする山口と、僕自身の逸る気持ちを抑えて、
「山口…作戦会議だ。」と、こたつに向かい合わせで座った。


「いくらあの人の身上が『遊びは全力!!』だとしても、
   この部屋にゲームよろしく特殊ギミックがあるとは、到底考えられないよね。」
「暗号入力装置とか…お金掛かりすぎるもんね。」
そこは正直、虎の子を叩いても準備して欲しかったが。

「別紙によると、この部屋には鍵はないから…本棚や押入を捜索する必要はなさそうだね。」
「明光君の性格からして、『一度だけ』の扉には、冷蔵庫やレンジは含まないだろうから…」
「とりあえず、腹ごしらえしよう。それから…ゲーム開始だ。」


冷蔵庫には、パンやジュースだけでなく、サラダや漬物、温泉卵やゼリーまであった。
冷凍庫には、ご飯やパスタ、レンジ調理可能なフライドポテト。
流し台の下には、各種インスタント食品やスナック菓子等、
数日ここに閉じ込められても大丈夫な程の、バラエティに富んだ食料が詰め込まれていた。

だが、鍵は…やはりなかった。
いや、こんな簡単に見つかったら、そっちの方が大問題だ。

僕らは、兄の書き置きに反抗するかのように、
ご飯と味噌汁、塩鯖(弁当用冷凍食品)に温泉卵、
さらには漬物と焼海苔という、純和風の朝定食を選択した。


二人でご飯の準備をし、こたつに並べる。
ホカホカした湯気と、家庭的な献立に、何だか『二人暮らし』をしているような錯覚に陥った。

「何か…こういうの、ちょっと恥ずかしいね。」
「まぁ…新鮮ではあるね。」

照れる山口に、僕まで妙に恥ずかしくなってきた。
お互いの顔も見ず、会話もせず…ただ黙々と朝食を食べた。


食後、流し台で洗い物をする山口を横目で見つつ、僕は熱いお茶を入れ直した。
自宅で…ウチの両親がよくやっている、『休日の朝』の風景だ。

昨夜3人で考察した内容…『運命の赤い糸』の話。
目が覚めたら、互いの足首を繋いでいた赤い縄跳。
この部屋に『閉じ込められている』ような、現状。
そして…二人で囲む、暖かい『家庭的』な食卓…。

これらの状況が、否応なく…『ある未来』を想起させる。

数年後…もしかしたら、たった3年後には、
この風景が僕の…僕と山口の『日常』になっている…という、
可能性としては『無きにしも非ず』な『未来』だ。

再び込み上げてきた、あの妙な気恥ずかしさを誤魔化すように、
「…まさか、ね。」と呟いた。


「え、何?ツッキー、何か言った?」

誤魔化すために呟いた言葉を、聞かれていたとは。
僕は空恥ずかしい気持ちを隠すために、咄嗟の一言を口にした。

「あ…洗い物ありがとう、って言ったの。」

タオルで手を拭いていた山口は、僕の言葉に一瞬固まった。
そして、顔を真っ赤にしながら、しどろもどろに返答した。

「あ、え、いや、そんなっ、大したことじゃ…
   ツッキーの方こそ、あったかいお茶、ありがとう…」
「っ!!!?あ、いや、その…どう、いたしまして…」

ほんの『些細な事』に感謝されるのが、時と場合によっては、
これほどまで衝撃的かつ、胸に迫る局面があるとは…
『豪華なプレゼントより、小さな気遣い』の意味が、僕にもようやく理解できた。


火照る顔を紛らわすために、まだ熱いお茶を思い切り啜る。
予想以上の熱さに、ゲホゲホと咽る。

すぐに差し出される、冷たい水の入ったグラス。

見事なまでのタイミングと『気遣い』に、
僕は口の熱さが引いた後も、しばらく空咳をし続けた。





***************





冷凍庫にあった高級アイスで、冷静さを取り戻した俺たちは、
気分を切り替えてこたつにに向かい合い、
明光君の課題…別紙『ルール』の検討を開始した。


「①『一度だけ扉を開くと発見可能』、②『この部屋にはない』
   この二つから導き出される『鍵の在り処』は…」
「廊下、便所、洗面脱衣所、浴室、それと…玄関だね。」

玄関と廊下、廊下と洗面脱衣所、そして廊下とこの部屋は、
扉ではなくカーテンで仕切られている。
カーテンを開くことは、『一度』にカウントしないだろう。
同じ理由で、『扉』ではないもの…洗濯機やゴミ箱の蓋も、除外されることになる。

「さっき調べた冷蔵庫や流し台付近を除くと、あとは…
   便所、洗面化粧台の扉数か所、浴室、下駄箱、玄関扉。
   これらを全部くまなく調べるのもアリだけど…」
「明光君が言ってんのは、そういうコトじゃないよね。
   家探し…『カラダ』を使うんじゃなくて、『アタマ』を使え…だよね。」
ツッキーも、「その通りだと思うよ。」と同意してくれた。

「ルール③の意味…山口はどう見る?」
「『夕方6時までには脱出及び施錠』…これは制限時間だよね。
   きっと『晩御飯の7時までに各自帰宅すること』かな。」

今日は日曜…明日からは、普段通り学校(朝練)がある。
『全力で遊ぶのは今日まで』という、常識的なルールだろう。

「きっと6時きっかりに、あの人はここに帰ってくるよ。
   だから僕らはその前…余裕を見て5時半には脱出しよう。」
「ラジャー!!それじゃあ残るは、最後の④…」
「それは気にしなくてもいいと思うんだ。
   悔し紛れに僕がやりそうな…『反撃封じ』だろうからね。」

もし万が一、鍵が発見できなかったら、ツッキーは…
何としてでも施錠…『密室』を作り出すか、もしくは、
外からは入れない『手痛い』仕掛けを施そうとするだろう。

「絶対に時間内に解いちゃえばいいだけ…だね!」

勿論、そのつもりだよ。
明光君からの『挑戦状』に、ツッキーは戦意を滾らせた。



では、ここからが問題である。
この部屋の鍵を探し出し、脱出及び施錠するためのヒントは…
「それは、『コレ』ってことになるんだろうね。」

高さ1m弱の本棚の上に、これ見よがしに並べられた、5冊の本。
こんなものは、昨夜はなかった。

本のタイトルは、左から順に、

    『仮装と心理学 ~ロール・プレイング技法~』
    『縛りと締り ~捕縄術入門~』
    『ラプンツェルの飼育法』
    『最中の月』
    『自由刑』

といったものだった。


「何というか、その…イロイロとスゴそうな雰囲気が…」
「一体どういうつもりで、こんな本集めてんだか…」

そもそも、18歳未満の俺たちが読んでもいいのか。
たとえ年齢制限のない内容だとしても、
このタイトルの本を持って本屋のレジには…並び辛い。
そういう意味では、ものすごく『興味深い』本たちである。

俺たちは、明光君の謎を解くために、『止むを得ず』…
これらの本の内容を確認してみることにした。


敷いたままだった来客用布団に脚を投げ出し、壁に背を付け、二人並んで座った。

「まずは1冊目…『仮装と心理学~ロール・プレイング技法』だね。」
「まさか、仮装…『コスプレ心理学』、じゃないよね?」
「残念ながら、真面目な心理療法に関する本みたいだよ。
   現実に近いシチュエーションを設定し、参加者に特定の『役割』を演じさせ、
   相手の気持ちを考えさせたり、望ましい行動などを学習させる…『心理劇』だって。」
「簡単に言っちゃえば、『超リアルおままごと』…なのかな。
   『医者と患者』『先生と生徒』に、『ご主人様と召使』…」
「なんだか、物凄く『癒されそう』な『プレイ』だね。」

忠様のご命令とあらば、本書読破及び技術習得に、
不肖ながら尽力致しますが…いかが致しましょうか?

まるで『執事さん』のように恭しく頭を下げ、ツッキーは本を自分の鞄の上に置いた。
あえて聞かなかったことにして、「2冊目いこうっ!!」と、ツッキーを促した。


「次は、『縛りと締り ~捕縄術入門~』ですか。
   明光君の思考と嗜好…何かに『がんじがらめ』なのかな。」
「これ…意外や意外、『武術』の本だよ。
   敵を縄で捕縛・緊縛する武術で、たくさんの流派があるって。」
「あ、逮捕されることを『お縄を頂戴する』っていうのは、手錠の前は縄で縛ってたからだよね。
   タイトルの『締り』は…『取締り』って意味だ!」
「縛る相手の職業や性別、事例ごとに違う縛り方があるのは勿論、
   江戸町奉行所では、季節ごとに縄の色を変えてたらしいよ。
   こういう『美学』が、まさに『武術』と言われる所以…なんだろうね。」

緩くて解けても駄目。縛り過ぎて死亡など以ての外。
関節の動き等、人体を熟知した上で、漸く可能な特殊技能だ。
しかもその縄目と捕縛対象に、美しさまで追求…
何だか、とてつもなく崇高な技のように思えてきた。


「3冊目は『ラプンツェルの飼育法』だけど…
   ラプンツェルって、塔の上の…『囚われの姫君』だよね?
   そのお姫様を『飼育』って…これはさすがに『R-18』かな。」
「いや、このラプンツェルはノヂシャ…オミナエシ科の野菜。
   『マーシュ』とか『コーンサラダ』とも呼ばれてる、妊婦さんにオススメの野菜だって。
   ベランダのプランタでも、割と簡単に栽培可能みたいだから、
   当然、日当りの良い『塔の上』でも…すくすく育つだろうね。」
「王子が栄養やら種やら、イロイロと『注入』した結果…
   『子ども』まですくすく育っちゃったもんね。」
「『C』や『A』がたっぷり…長い髪の健康維持にも良いね。」

それだけ、ビタミンが豊富だからこそ、『妊婦さんにオススメ』な野菜なんだろう。


「それで、4冊目は…本っていうより『冊子』かな?
   『最中の月』…さいちゅうのツッキー…腐向け同人誌!?」
「だとしたら、確実に『R-18』だろうね…じゃなくて、
   それは『もなかのつき』…陰暦十五夜、中秋の名月だよ。」
「もなかって、和菓子の?」
「そう。これは、和菓子屋さんのパンプレットみたいだよ。
   『最中の月』…満月を象って作ったお菓子なんだって。」
「…何か、『ドキドキ』な話はないのかな。」
「吉原の名妓・高尾が、もなかで客をもてなしてたみたい。
   2代目高尾にフラれた挙句、彼女を惨殺しちゃったのが、
   陸奥仙台藩3代藩主の伊達綱宗…っていう俗話があるね。」
「これも『囚われの姫君』…しかも、地元仙台絡み!」

『月』の中には、甘いものやらドキドキやら、
人を捕らえて離さないモノが、たっぷり詰まってるんだろうな。


「最後は『自由刑』…文字通り、『自由を奪う刑』だよね。」
「現行刑法にある自由刑は、『懲役』『禁固』『拘留』の3つ。」
「どれもこれも、『イれられ』て『ダして貰えない』刑…」
「ソコで『ナニかヤらせるか』と、イれられるアレの『長さ』が、懲役・禁固・拘留の違いだね。」
「指示代名詞を『カタカナ』にしただけで、雰囲気激変だよね。
   いやむしろ、『カタカナ』の存在すら、イヤラシくカンジちゃうよ…」
「そんなイヤラシい存在が、この僕…『ツッキー』だよ。」


以上で、明光君のヒントである5冊の本の確認は終わった。
時間的な制約から、ざっとした概要しか考察できなかったが、
明光君の意図も、別に『詳細を考察せよ』ではないだろう。

「結局、この5冊が示していることと言えば…」
「『囚われた状態』…今の俺たちの置かれた状況を、強く印象付けるラインナップだったね。」
「ついでに言うと、昨夜のテーマにもあった『縄』も…かな。」

それにしても、1つ1つは『普通の』本のはずなのに、
こうして5冊が一堂に会したことと、俺たちが置かれている現状によって、
全く別の…『R-18感』を醸し出すとは。

「『ルール』から読み取れたのは、『アタマを使え』なのに…」
「『ヒント』は大声で『カラダを使え』って絶叫してるよね。」


二人同時に、チラリと壁掛け時計を見る。
残り時間は…まだまだ十分にある。


「ねぇツッキー。今、1つだけ判明してることがあるんだ。
   この部屋の『現状』は…『俺』と『ツッキー』しかいない。」

…『二人きり』、だよね?





***************





「お前という奴は…僕の努力、台無しだよ。」

僕の肩に頭を預け、耳元で『とんでもないセリフ』を吐いた山口。
頭を抱える僕に構うこともなく、クスクスと微笑んでいる。


「やっぱり、ツッキー…こういう『普通のシチュエーション』…苦手でしょ?」
「う…うるさい山口。」

寄りかかっていた僕の腕を少し浮かせると、
山口はそこに自分の腕を絡め、さらにぴったりと引っ付いてきた。
あぁ、そうだ…まさにこういう、…っぽいカンジが、苦手なんだよ。

「俺らさ、今まで散々『さいちゅうのツッキー』的なアレやらコレやら…
   それはそれは随分と…精一杯楽しんできたよね?
   でも、一番『普通』の…いわゆる『正統派』なのは…ないよね。」
「そうだったかな…?」

おっしゃる通りです。全力で回避してきた自覚があります。
だから、これ以上は…黙って下さいお願いします。

…という、僕の心からの願いは届かなかった。


「ツッキーは、最高難度の『真っ向コミュニケーション』…
   ごくごく普通の、少女漫画的ド定番な『恋愛模様』…」
「そんな究極に『恥ずかしい』こと…『穴に入る』ぐらいなら、
   とりあえず『穴に入れたい』って思ってマス。。。」

だから、いつも『小難しい話』をしたり、
先程のようにわざと『下方向のオチ』をつけてみたりして、
『途中経過』をすっ飛ばして…『言葉要らず』で終えるのだ。


「俺だって、今さら『プラトニック』を求めたりしないよ。むしろ俺も困るし。
   でもさ、『こういうカンケー』に至るためには、必要不可欠なはずイベント…
   入口付近で言うべき『決定的な一言』を、未だ聞いたことなかったなぁって。」
「その言葉、どうしても聞きたいんだったら…
   僕を縛るなり監禁するなりして『自白』を強要するか、
   こっ…こく、はく、ごっこっていう…『ロールプレイ』を…」

今の状況が、普通に考えれば『絶好の好機』だと、この僕だって十分理解している。
二人ともまだ、実家暮らしの高校生…
いくら『家族ぐるみのお付き合い』があり、頻繁に互いの家に泊まっているとはいえ、
自分達以外誰も居ない…『二人きり』など、なかなかない機会である。

今こそまさに、『こういうカンケー』の二人が語り合うべき言葉を伝え合い、
甘い甘い『恋人っぽいシチュエーション』を満喫すべき時…なんだろう。

だが、あまりに『オイシイ』状況だからこそ…僕はどうしても、羞恥に耐えないのだ。


「えっ…縛ったり監禁したりって…ソッチは恥ずかしくないのっ!?
   まぁ、何に羞恥を感じるかは、人それぞれだけど…そういう『強要』とか『プレイ』じゃなくて、
   ツッキーの口から、思わず『その一言』が出てくるのを、俺は…楽しみに待ってようかな。」

少し寂しそうに笑う山口。
僕は居てもたってもいられず、山口を抱きしめた。

「アレやらコレやら散々致しておきながら…本当に申し訳ない。
   僕がこの羞恥心に打ち勝つまで…もうちょっとだけ、待って。
   それまで、山口から『その一言』を言うのも…取っておいてもらえるかな?」

山口は、腕の中で小さく…コクリと頷いた。
その仕種に、またしても胸を締め付けられるような思い…

あれだけ好き放題…アレもコレもイタしておきながら、
未だに『こういうカンケー』の入口付近の言葉を、ちゃんと山口に伝えていない僕。
本当にズルくて卑怯で、情けない…
こんな僕でも受け入れてくれて、待ってくれるという山口が、僕は本当に…


「それじゃあ、ソレはそれ、ということで…」

期せずして『恥ずかしい雰囲気』に逆戻りしそうなところを、
僕は努めて明るい声で、山口を布団に押し倒して…押し止めた。

「こんな『絶好の機会』は滅多にないことだし、時間一杯、精一杯…
   思う存分、『カラダ』を使っておこうか。」
「目一杯…喜んで!!」





***************





宣言通り、ツッキーと『時間ギリギリ』まで『カラダ』を使い、
大急ぎで部屋やら何やらを片付け、5時半きっかりに『脱出』…
明光君の指示通り『施錠』してから、帰路に着いた。


「『鍵』の場所…山口はいつ気が付いたの?」
「明光君の家に来たとき、一瞬『アレ?』って思ってたんだけど…
   確信したのは、『最中』を『もなか』って読むのが解った時…かな。」

さすが山口。意外と早かったんだね。
「僕も大体同じ…あの『本』と、しつこいくらいのメッセージ…
   『カラダじゃなくてアタマを使え』で、解ったよ。」

だからこそ、二人とも『メッセージ』に反抗するかのように、
悠々と『カラダ』を使いまくり、のんびり過ごせたのだ。

「明光君、出勤前に『咄嗟に』思いついたのか、それとも、
   その他の『事前調査』で力尽きちゃったのか…」
「脱出系の謎解きゲームにしては、作りが甘いよね。」


念のため、『答え合わせ』をしておこう。
僕の提案に、山口は「了解!」と元気に返事をした。

「まずは、あの『ヒント』になった5冊の意味は?」
「あれは、5冊の『順序』がポイントだよね。
   『仮装と心理学』『縛りと締り』『ラプンツェルの飼育法』『最中の月』『自由刑』
   それぞれのタイトルの、最初の文字を繋げると、『か・し・ら・も・じ』…
   つまり、『アタマの文字を使え』…だね。」

正解だ、と僕は深く首肯し、ポケットから『鍵』…兄の残した『書き置き』を取り出した。


    おはよう!冷蔵庫のパンとかジュ
    ースとか、自由に食べていいよ。
    戸締まりだけはよろしく頼むわ!
    ろくなもてなしもできずスマン。
    次会う時まで鍵は持っといてね。
    くわしくは別紙を参照してね~。


「そのヒントを、この『鍵』に当てはめてみる。各文のアタマ、最初の文字を繋げて読むと…」
「『お・ー・と・ろ・つ・く』…オートロックになる。一度だけ玄関扉を開けたら、すぐに解る…」
「即ち、『鍵は不要』…だね。」

鍵を持って帰れだとか、密室トリック禁止だとか、
さも『鍵』という『物体』が実在するかのような表現や、
15文字×6行で仕上げている『暗号』チックなスタイル。
そして、昨夜の『運命の赤い糸』までも『状況設定』に利用…

もっと辿れば、カステラに『袖の下』を仕込んだ時から、
兄は僕たちを全力で『楽しませる』努力をしていたのだろう。

「明光君…やっぱりスゴイや!!」
「全く…ヒマでヒマでしょうがないみたいだね、あの人は。
   最後のツメが甘いとこが、あの人らしいといえば、らしいよね。」

一体誰が、僕を…僕たちを『謎解き大好き!』にしたというのだ。
自分の『教育の成果』を、甘く見過ぎている。

「ま、次回に期待…ってことにしとこうか。」






6時きっかりに家に帰り着くと、既に蛍と忠は居なかった。
あの程度の謎では、あいつらにはアッサリ解かれてしまう。
全く、誰があんな『面倒な』弟達にしちゃったのか…

悔しさよりも、成長を喜んでしまう俺は…本当に甘い。


綺麗に片付けられた部屋。
それだけで、少しうら寂しさすら感じてしまう。

一人暮らしは、気楽で良いという一面もある。
でも、『誰もいない部屋』に帰ってくるのは…


こたつの上に、2枚のメモが乗っているのに気付いた。
どうやら、あいつらの残した『書き置き』らしい。

1枚目は…忠からだ。

    毎日お仕事
    大変だね~
    苦しい時は
    ルーズに…
    寝よう!忠

2枚目は、蛍からのもの。

    あきてる様
    領収証の金
    額欄は空け
    ときましょ
    うか~?蛍


二人からのメッセージは、『またくるね』と、『ありがとう』…
あぁ、もう…ホントに、可愛くないけど…やっぱり可愛いっ!


「兄ちゃん…次も頑張るからっ!!」



- 完 -



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※縄目の恥→捕らえられて縄をかけられる恥のこと。
(縄目の跡がバレて恥ずかしい…ではないそうです。非常に残念ですが。)
※ ヒントに出て来た5冊の本は、架空のものです。

※ラブコメ20題『09.恥ずかしくないんですかそういうの』

2016/03/16(P)  :  2016/09/10 加筆修正

 

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