終日据膳







「春、だなぁ~♪」
「春、ですね~♪」


長期に渡る修羅場…年度末を無事に脱することができた黒尾法務事務所では、
早めに開花した桜と共に、ふわふわ~っとアレもソレも抜けきっていた。

脱出直後の数日は「へんじがない。ただのしかばねのようだ。」状態だったが、
今は「いのちをだいじに」モード…春の陽気とエネルギーを全身に浴び、
レッドゾーンだった諸々を、じんわりほんわりと回復しているところだ。

「そろそろ、お散歩なんて…どう?」
「皆でお花見あたり…行っちゃう?」

日当たりの良い応接室のソファに、4人で固まってのんびり…
窓から向かいの通りの桜を眺めつつ、もう花見はコレで十分だよな~と、
事務所内にも脳内にも、『ひねもすのたり♪』な春の空気が漂っていた。


「俺…ずっと『ヒネモス』っていう恐竜がノッタリ歩いてる姿だと思ってた。」
「名前の響き的に、恐竜時代より少し前の…中型草食爬虫類の日光浴だよね。」

「ひねもすは『終日』…一日中ゆった~りのんび~りな春、だよな~」
「俺は『ひねもす乗ったり』だと思ってました…これも、春ですね~」

あ〜、これ…マズいやつだよね〜
赤葦さんの脳内に広がる『お花畑』が、お外にふわぁぁぁ~と漏れ始めている。
ま、そりゃそうか…春、だもんね~仕方ないよね~

誰もが赤葦の『春の陽気』に「…ん?」とは思ってはいたが、
ほわほわ微睡むフリをしつつ、隣に座る黒尾に『乗ったり』し始めた赤葦を、
誰も止めることなく放置…そのぐらい、全員が『春~♪』に浸っていた。


「ねぇ黒尾さん…本日の業務『近所でお花見』は、もう終わりですよね?
   お腹も空いてきましたし、帰宅してお昼食べて…『のったり』しませんか?」

そう言いながら、赤葦は右手の人差し指と中指で『お箸』を作り、
黒尾のジャージのチャックをツンツン摘んで引き、口に持って行こうとした。
このままじゃ、ココで美味しく食べられて(食べさせようとして)しまう…

「ぼっ、僕達もお腹空いたんで…っ」
「そっ、そろそろ帰りたいなぁ〜っ」

始業からまだ15分しか経ってないが、今日は花見以外特にヤることもねぇし、
(他にヤるべきことがあるし、)ぼちぼち帰るとするかなぁ~と、
黒尾が大あくびしながら赤葦を抱えて立ち上がると、インターホンが鳴った。

クロ赤の『春のったり♪』に喰われてたまるか!!とばかりに、
月島と山口は猛ダッシュで玄関へ…A4サイズの小包を手に戻って来た。

「黒尾鉄朗様・奥様へ…嬉しいお届け物ですよ~♪」
「我らが研磨先生より…品名・結婚祝だそうです。」


ウチのノッタリ具合を見計らったかのような、絶妙なタイミングのお届け物。
さすがは研磨先生♪と、月島と山口は興味津々の表情で黒尾に小包を手渡し、
「早く開けて見せて♪」と、赤葦もシャキッと目を輝かせて黒尾に注目した。

「結婚祝って…今頃かよ。もうかれこれ15ヶ月も経つってのに。」
「いいじゃないですか~♪何を贈るべきか、それだけ悩んだってことですよ!」

桜色の和紙に包まれた薄い箱…その中には、『ザ☆結婚祝!!!!』が入っていた。
品物自体はド定番なのだが、その柄に4人は驚きの声を上げた。


「これはまさしく…『夫婦箸』!」
「文字通り…『夫婦箸』だよ!!」
「さすがは孤爪師匠…最高です!」
「こんなのがあったのか…っ!!」




夫婦(めおと)箸とは、その名の通り夫婦で使うお揃いのお箸セットである。
お箸は片方が欠けるだけで使えなくなるし、長さが違っても駄目…
二人が協力して支え合い、末永く寄り添って下さいというメッセージを込めた、
『夫婦円満アイテム』…結婚祝にピッタリの贈物であると共に、
『幸せの橋(箸)渡し』として、夫婦の縁を繋ぐ縁起物でもあるそうだ。

「確か、素戔嗚尊が足名椎・手名椎夫妻&娘の櫛名田比売と出逢ったのも、
   肥の川を流れて来た『お箸』がきっかけだったよね。」

流れ来るお箸を見て、川の上流に人が住んでいることを知った素戔嗚尊が、
川を上って鳥髪(船通山)へ辿り着き…何度も語った八岐大蛇を退治する話だ。

「お箸の片方は神様のもの、もう片方が人間のもの…
   お箸は『神』と『人』を繋ぐものだとも言われてるんだよね〜♪」

この『川を流れてくる棒状のもの』が、神と人を繋ぐという神話類型は、
今まで『酒屋談義』の中でも、幾度となく取り上げたものだ。
棒状のものには神が宿る…矢や箸、そして櫛や簪などがそれである。


三輪山の大蛇こと、大物主と結ばれた巫女には、活玉依媛(いくたまよりひめ)…
『運命の赤い糸』の話の他に、玉櫛媛(勢夜陀多良比売)という女性もいる。

玉櫛媛が川で用を足していると、流れて来た『赤い矢』に陰部を突かれた。
その矢を家に持ち帰ると、矢は大蛇に代わり、二人は結ばれました…という、
内容的に良く似た話…そして、これにソックリな『縁結び神社』が存在する。

「『赤い矢』つまり『丹塗り矢』で大物主と結ばれた『玉依姫』の話が、
   赤坂の山王日枝神社の縁起…二人の婚姻を模したのが、『山王祭』だよね。」

名前は少し違うが、棒状のものが『神と巫女』を繋いだ点では全く同じだ。
そしてこの巫女の中には、倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめ)がいる。


暗闇の中、夜毎に通って来る男に「顔が見たい」と百襲姫が頼むと、
男は「絶対驚いてはいけない」という条件付で、翌朝小物入れを見るよう指示…
姫が小物入れを覗くと、中には小さな黒蛇が入っていた。
驚いてしまった姫が尻餅をつくと、そこにあった箸が陰部に刺さり、姫は死去…

「百襲姫の墓が…『箸墓古墳』です。」
「卑弥呼の墓では?って説もあるな。」

ちなみに、この百襲姫の弟が吉備津彦…桃太郎のモデルと言われている人物だ。
桃太郎と一寸法師…小さ子譚が、ももと箸の異類婚姻譚で繋がった。


「求婚時に櫛(簪)を贈っていたのと、夫婦箸を贈ることは…根が同じだな。」
「どちらも『繋がり』と『子授け』を願う…『はしわたし』の呪具ですね。」

「はしわたし…橋の両端を守る夫婦神にガッチリ繋がるんだね~」
「橋姫伝説…饒速日尊・瀬織津姫。やっぱりここに帰結するね。」

今まで『酒屋談義』で考察してきたことが、『箸』ひとつで固く繋がってくる。
語り合う時間が増えれば増える程、歴史の繋がりが何本も見えてくると共に、
自分達4人の繋がりも、より強固になっていく…それはもう、ガッチリと。

そして、今のプチ考察(おさらい)で、4人は年度末修羅場を脱したことを痛感…
久々にノッタリ『酒屋談義』をできた喜びに、頬が自然と緩んできた。


「『男と箸は固きが良し』っていうことわざがあるんだけど…」
「男は丈夫で実直なのに限る!っていうのが、本来の意味…だったっけ?」

『矢』や『箸』が、一体ナニを暗喩しているのかを知っている以上、
このことわざの意味が、全然違うモノに聞こえてくる…当然ながら。

研磨先生…超ナイス!!と、月島と山口がムフムフほくそ笑んでいると、
赤葦がごくごく真剣な表情で夫婦箸を握り締め、苦悶の声を上げた。


「どうしましょう…俺はこの内、どのお箸を使えばいいんでしょうか?」

孤爪師匠から頂いたのは、『黒尾』『背番号1』『赤葦』『背番号5』の4膳…
ストレートに考えれば、黒尾さんが『黒尾セット』の2膳でしょうが、
背番号のはともかく、自分が描かれた箸を自分で使うのは少々アレですし、
やっぱり俺は、ひとつでも多くの黒尾さんグッズ♪を使いたい…
かと言って、『黒尾さんのおカタい棒』を握り締め、口に突っ込むのも…ねぇ?

あぁ勿論、それが嫌という意味ではなくて、むしろその真逆…
ナニを食べてもアレを頂いてる気分になっちゃうかも?と、心配なんです。

「お食事中にも関わらず、まだ欲しがってしまいそうで…お恥ずかしいです。」

お米の神様、強欲でゴメンナサイ…と、申し訳なさそうに俯く赤葦。
その謙虚さも恥じらいも『大間違い』です!…と、誰もツッコミできない中で、
赤葦は頬をぽぽぽ♪っ…と染めながら、黒尾のおカタい棒をおクチに…


「わっ…わかった!良い案を思い付いたぞっ!!」

黒尾は赤葦の手(おクチ)から、おカタいアレ…『黒尾箸』をもぎ取ると、
これは俺が使う方が良いはずだ!と、赤葦の顎を左手で支え、箸を近付けた。

「俺が自分のモノを持って、お前のおクチの中へ…イれてやればいいだろ?」

これなら俺のをギュっと握り締める恥かしさも、多少は薄まるだろうし、
「黒尾さんグッズを使いたい♪」って赤葦の願望も果たすことができるし、
俺は俺で「黒尾さん…はい、あ~ん♪」を、赤葦にヤって貰える…

「それにな、長さも種類も同じならば、こういう使い方だって…アリだろ?」





俺も、『俺自身』を使うのは少々アレだが、これならその気恥ずかしさも半分。
しかも、念願の『クロ赤セット』を達成できる…まさに『夫婦箸』だろ?
背番号のだって、二人が同じ『1+5』を使えばいいんだよ。

「結婚15ヶ月記念の夫婦箸…お腹も心も大満足だろ?」
「『クロ赤』箸と『15』箸…ウチの主人は天才です!」

互いの『おカタい棒』を握り締めながらウットリ見つめ合う、クロ赤夫婦。
そして、こんなことでノッタリしてはいられない…とばかりに、
「それじゃ、素敵なひねもすを♪」と、仲良く寄り添って帰ってしまった。



「研磨先生の…言う通りだったね~」
「ま、喜んでくれて何より…かな。」

暦の上だけは春になりかけていた頃、あの二人がお土産を持って帰って来た。
幸運無駄遣い王がその力を贅沢に使いまくり、月島と山口にお揃いのセットを…
『一番くじ』のB賞(月山セット)を2つも当てて、プレゼントしてくれたのだ。

研磨先生を含めた『一番くじ愛好会』のイベントではなかったものの、
その不気味なくじ運にドン引き…する以上に、月島達は大号泣&大歓喜し、
コトの次第を研磨先生に仔細に伝えた上で、(先生は思いっきりドン引きした)、
何かクロ赤コンビにも『セット』のお返しをしたいが…と、相談していたのだ。

「お祝いに『YES/NO』枕を寄越せってクロは言ってたけど…違うのにする。」
まだアイツらに結婚のお祝いをあげていなかったら、ちょうどいいや…と、
研磨先生は可愛い弟子達の依頼を、快く引き受けて下さった。

修羅場の忙しさにかまけて、月島達もすっかりこのことを忘れていたのだが、
先生はおそらく『15ヶ月』のタイミングを見計らって、贈ってきたのだろう。
枕以上に、箸にも棒にもかからないような、色ボケっぷりがわかるモノにした…
研磨先生はそう言っていたが、まさにそのことわざ通りの『箸かつ棒』だった。


「まさかあんな風にお箸のセットを組み替えて使うなんて…ビックリだよ~」
「赤葦さん念願の『背中合わせ』も達成した…さすがは黒尾さん、だよね。」

『箸と主は太いのへかかれ』…箸も太くて丈夫なのが良いのと同じで、
人に仕えるのなら、頼りがいのある主人がいい…これも、箸のことわざだ。
あのぽわぽわした中、咄嗟に『最適解』を導き出すあたりなんかは、
能力の盛大な無駄遣い…いや、我らの智将が『固くて太い』証左だろう…が。


「主人の『箸』は、太い方がイイ…」
「どこぞの奥様の、心の声…だね。」

   いやぁ〜、やっぱ春だねぇ〜♪
   お腹いっぱい、ご馳走さま〜♪

月島と山口の二人も、敬愛してやまない色ボケ上司達を見習って、
ピッタリ寄り添いながら『ひねもすノッタリ〜♪』と、自宅へ上がって行った。




- 終 -




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※素戔嗚尊と足名椎・手名椎夫妻 →『夜想愛夢⑧
※大物主と活玉依媛 →『運命赤糸
※山王日枝神社と丹塗り矢 →『鳥酉之宴
※吉備津彦と桃太郎 →『既往疾速④
※求婚時に櫛 →『忘年呆然
※饒速日尊・瀬織津姫 →『予定調和
※一番くじ『月山セット』 →『一揃二式
※『YES/NO』枕 →『同床!?研磨先生①
※赤葦念願の『背中合わせ』 →『後背好配



2018/03/31    (2018/03/28分 MEMO小咄より移設)

 

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