夜想愛夢⑧







遠ざかる空。群青に染まる体。
日の光で揺らめいていた天は、やがて空の彼方へと飛んで行き、
辺りは深い青、濃い紺、そして暗闇に包まれ…星が瞬き始めてきた。

   (ここは…天上か?)

いや…違う。
星は体の『下から上』へ昇っている。星が昇っているんじゃなくて、俺が…

   (俺が、堕ちて…?)

星だと思っていたのは…雪だ。
真夏の雪が、上へ上へと昇っていくように見えるのは、俺が堕ちているからだ。

…あぁ、そうか。
これは、海中の雪…マリンスノウだ。

   (俺は、海に…沈んでいるんだ。)

ここまで来ると、もう地上へは這い上がれないだろう。
藻掻けば藻掻くほど絡まり、溺れて苦しいだけ…涙も叫びも、もう届かない。

このまま朽ちて果て、魚達のエサになり…俺もマリンスノウの一部になる。
それか、運よく竜宮城に辿り着き…大蛇に歓迎されるかもしれない。

   (それも、悪くねぇ…な。)

竜宮城で意識の淵を彷徨いながら、俺は永遠の時を過ごすのだろうか。

   何不自由ない、夢のような生活。
   でもそこには、アイツはいない。

いくら大歓待を受けたとしても、俺はそこからずっとずっと、出られない。
永遠に海の底に…竜宮城に閉じ籠められてしまうことになるのだ。

地上に残してきたアイツと、もう逢えないのなら、生きている意味は…ない。
それならばいっそ、竜宮城の大蛇に喰われ、海に降る雪となり、
またアイツの傍に生まれ変われる日を、ずっと待ち続ける方が…マシだ。

それができないのなら、どうかアイツの記憶を、全て消し去って欲しい。
俺から全てを奪うのなら、記憶だけ残すなんてことだけは…やめてくれ。

   (お前を置いて逝く俺を、赦して…)

…くれるわけ、ねぇよな。
アイツなら、黄泉の国にも正面から攻め込み、竜宮城を燃やし尽くすだろう。
そして、大蛇そっちのけで、俺に説教…あぁ、何だか楽しくなってきた。

   (アイツの侵略を…楽しみに待つか。)


雪が音もなく、俺の周りに降り積もる。どうやら、水底に着いたようだ。
不思議なことに、雪に包まれて…じんわりと温かさを感じる。

心地良い温もりに促され、うっすらと目を開けると、目の前に淡い人影…
来訪者を待ち構えた大蛇達が、正座して深々とお辞儀をしていた。

どうやら本当に、俺は竜宮城に辿り着いてしまったようだ。
しずしずと顔を上げた大蛇達。声を揃えて、俺を歓迎する挨拶を…

という予想は裏切られ、大蛇達は思いもよらない言葉を発した。


「ごっ…ごめんなさいっ!」
「本当に…すまなかった。」



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「ホンットーにゴメンね?ちょっとしたサプライズのつもりだったんだけど…」
「ここまで驚くとは、計算外だった。私の演技も、捨てたもんじゃないな。」
「何が『ちょっと』ですか。ずぶ濡れになってまで…迫真すぎる演技でしたよ。
   冗談抜きで、魂が抜けそう…臨死体験しそうな勢いでしたからね。」

臨死体験…まさにソレだな。
海に沈む夢?幻?なんて…黄泉の国へ逝ってるとしか思えねぇよ。

「もし黒尾さんが、あのまま目を覚まさなかったら…
   たとえあなた方でも、俺は絶対赦さなかった…灼熱の劫火で消し炭でした。」

おいおい、お前がソレを言うと、全然シャレにならねぇだろ…
背後から俺を支えながら、吐き捨てられる物騒なセリフに、俺は思わず苦笑い。
沈んでいた意識が浮上するにつれて、徐々に周りの状況が見え始めた。


「堂々と『親殺し』を宣言するとは…さすがは『梟』だな。」
「っていうか京治クン、それってすっごい『愛絶叫!』だよね?さっすが~♪」
「俺は先生の子になった覚えもありませんし、パパさんは…黙ってて下さい!」

   可愛いねぇ~、京治クンってば♪
   相変わらずデレデレだな、君達は。

俺の後ろへ手を伸ばし、わしゃわしゃと髪を撫で、もみくちゃにする大蛇達。
この二人にかかったら、ウチの最恐参謀も形無し…実に可愛いもんだ。

微笑ましい3人の姿に、俺の気分もすっかり上昇し、預けていた身を起こした。
そして、本来はここにいるはずのない存在…大蛇達に、笑顔で挨拶した。

「お帰りなさい…山口さん。」



先日、すったもんだの末、北欧の地へ飛び立ったはずの…山口夫妻。
それが今、何故か東京の我が家に居て、ロクでもないイタズラをしでかした。

「夏のバカンス…お盆がてら帰省だ。」
「今朝空港に到着。仙台に帰る前に、お土産がてら顔を見に来たんだよ~」

日本は真夏で暑いだろうから、北欧の涼をお届け…のつもりだったんだ。
そしたら、『海』とか『溺れる』だとか『怪談話』って言葉が聞こえてきて…

「ならば、ご期待にお応えしようと、急遽『涼』を演出したんだよ。」
「北欧じゃなくて、純和風…古式ゆかしい『和の涼』になったけどね~」

僕は2階廊下の奥…物置の中に隠れて、先生が1階の廊下で、大・変・身~♪
髪を解いて、ボトルの水を被って…『海に揺蕩う女性の霊』になったんだよ。
黒尾くん達が1階に下りた後で、僕は2階の物置から出て…
コッソ~リ近づいて、後ろから肩を『ポン♪』ってしただけなんだよね~♪


「『ポン♪』しただけって…こっちは意識がぶっ飛んじまいましたよっ!
   いや、逆か。海の底まで堕ちて…危うく浮かばれねぇトコだったぜ。」
「俺はこれが3回目でしたから、まだ被害は少ない方でしたけど…
   それでも、声すら出ない恐怖で、実に涼し~い思いをしましたよ。」

山口家の引越を手伝った赤葦は、『背後から音もなく近づく山口家』の恐怖を、
2度ほど味わい…心臓をキュン!と冷えさせていた。
黄泉には逝ってはないが、こんなとこに『居るはずのない』山口夫妻の登場…
しかも心臓破りな出現に、3度目とは言え、赤葦も一瞬『あの世』を見た。

黒尾より先に目覚めた赤葦は、『居ないはずの二人』に、再度卒倒しかけたが、
すんでのところで踏みとどまり、失神したまま動かない黒尾を抱きかかえ、
怒りやら何やら全部ぶっこんで、山口夫妻に『猛烈お説教』をしていた所だ。

間違いなく、この夏一番の悪夢…いや、人生で1,2を争う恐怖体験だった。
立場そっちのけで、説教でもしてないと…心身共にもたなかった。

『何があっても想定内』『悪夢も悪夢なりに楽しむ』と言ってはいたが、
さすがにこれは、想定を遥かに超える悪夢…やっぱり振り回されてしまった。

こっちの完敗だよ…と、黒尾が苦笑いしながら両手を上げると、
海ではなくシャワーで濡れた髪を拭きながら、山口母が話を振ってきた。


「ところで黒尾君。君が現実的に怖いと言っていたもの…
   簪や櫛に関係する、長い黒髪の女性繋がりとは、一体何のことだ?」




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「そう言えば、その話の途中でしたね。確か…『八岐大蛇の親族』でしたか?」
「僕達…大蛇一族の山口家と黒尾くん達は、もう実質的には『親族』だよね~」
「つまり、黒尾君自身に関すること…それが恐怖の内容だな。」

山口夫妻の推理に、黒尾は色んな意味で息を詰まらせ、再度両手を上げた。
真意とは違うが…正解と言えば正解だよと、観念したようにぽつりと語った。


「八岐大蛇に関係する『櫛』は…?」
「櫛名田比売(くしなだひめ)…かな。」

素戔嗚尊が八岐大蛇を討伐する際、頭に挿していた湯津爪櫛(ゆつづまぐし)は、
生贄にされそうになっていた櫛名田比売が、姿を変えたものだった。
櫛は『奇し』『霊び』に繋がる…呪力を秘めた『自分の分身』と言われている。

「その櫛名田比売の、両親は?」
「足名椎・手名椎(あしなづち・てなづち)だ。」

高天原を追放された素戔嗚尊は、出雲国の東端を流れる肥の川(斐伊川)上流…
鳥髪(船通山)を治めていた足名椎・手名椎夫妻と、娘の櫛名田比売に出会った。
現在の鳥取と島根の県境…出雲の入口付近にあたる場所である。

「俺は多分、その足名椎・手名椎夫妻の親戚…『重い鉄(かね)』だよ。」


バツが悪そうに、そっぽを向く黒尾。
ごく小さな声で、「『ボケ』を説明させんなよ…」と、苦笑いしている。

「おもいかね…思兼神?天照の岩戸隠れで、知恵を出した神様だよね?
   思兼神は高天原の知恵袋…足名椎・手名椎と関係あったっけ?」
「いや、黒尾君が言っているのは、ただのしょーもない親父ギャグだ。
   『あしなづち・てなづち』と親戚っぽい名の、重い金…浮かばれない奴だ。」
「もしかして…『かなづち』ですか?つまり黒尾さんは…泳げないっ!?」

黒尾が『海でのバカンス』に行きたがらなかった理由。
『ミニシアター』でさえ、多忙を口実にして、海へ入らなかった理由。
海に沈む夢を見ても、何とか泳いで浮かぼうという素振りすらみせず、
ただただ沈み…黄泉の国へ逝くと、最初からすっかり諦観していた理由。

怪談話よりも、現実的に海を怖がっていたのは…『かなづち』だったからだ。

「泳げねぇなんて…カッコ悪いよな。」
できれば、あんまり知られたくなかった…この4人の秘密にしといてくれ。

黒尾は照れ臭そうに立ち上がると、冷蔵庫からビールと炭酸を取り出し、
大蛇夫妻と赤葦に、「口止め料だ。」と言いながら、恭しく献上した。


「文武両道を地で行くような黒尾君が、文字通り『重い鉄』だったとは…
   意外と言えば意外だが、可愛いところがあって、むしろ私は安心したぞ?」
「黒尾さん…もし万が一、海に行くような機会がありましたら、
   俺が手取り足取り腰取り、全身全霊でお教えしますから…ご安心下さいっ♪」

カッコ悪いどころか、何故か好意的に受け入れられ、黒尾は内心安堵した。
できれば、この話はこの辺りで終了…と思っていたら、
いつの間にか3本目を空けた山口父が、缶を潰しながらポソリと呟いた。


「ねぇ黒尾くん。どうして泳げない人のことを、『かなづち』って言うの?」

木槌と違って金槌(鉄鎚)は、水に入れるとすぐ沈むから…って言われてるけど、
鉄でできてる道具なら、鋏や鑿(のみ)とか、他にもいっぱいあるし、
金属製じゃなくても、重くて水に浮かない道具も、たくさんあるよね?

「その中からわざわざ『かなづち』が選ばれた理由…
   もしかしたら、本当に『あしなづち・てなづち』に関係するんじゃない?」



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なぜ泳げない人を『かなづち』と言うのか?
当たり前のように使ってきた言葉だが、その語源を調べてみても、
山口父の言うように、なぜ他の道具では駄目なのか…はっきりしない。

「あとね、八岐大蛇伝説で、僕がずっと納得できてないことが、もう一つ…」

8人いた娘のうち、7人が犠牲に。最後の幼い末娘もとられてしまう…と、
足名椎・手名椎が嘆いているところに、追放中の素戔嗚尊がやって来ました。

儂の言う通りにしたら、必ず八岐大蛇を退治できるだろう。
その代わり、娘の櫛名田比売を儂にくれないか?と、素戔嗚尊は提案し、
夫妻は困惑するものの、娘の命が助かるなら…と、その要求を呑みました。

「これさ、親の立場からすると…結局可愛い娘はとられるだけじゃない?」


山口父の指摘に、黒尾と赤葦は目を見開き、脳をフル回転させ始めた。

「八岐大蛇の生贄になるか、いきなり現れた正体不明の野郎に奪われるか…?」
「しかも娘はまだ幼かった…親としては『どっちも嫌!』が本音でしょうね。」

化け物に喰い殺されるよりは、生き残るだけまだマシかもしれないが、
高天原を追放されたような奴に、娘が食い物にされるのも…耐え難いだろう。
下手をすれば、殺してくれた方がよかった…なんてことも、十分考え得る。

「しかもその後、足名椎・手名椎は…自分達の国も、奪われたと思われる。」
山口先生も数本目のビールを煽り、スルメを咥えながら話を続けた。


「八岐大蛇退治後、素戔嗚尊は『ここが気に入った』と、自身の宮殿を建設。
   そして、足名椎に稲田宮主須賀之八耳神という名を与え、宮の首長とした。」

元々この地を治めていたのは、足名椎・手名椎夫妻だったはずだ。
そこに、八岐大蛇を退治した素戔嗚尊が、自分と櫛名田比売の宮を建てた…
自分の国を作り、その地の管理人として足名椎を指名したということである。

「足名椎は、一度自分の国を素戔嗚尊に奪われた上で…
   その地の『神』として封じられた、ということですかっ!?」
「足名椎・手名椎夫妻から見りゃぁ、素戔嗚尊だって…
   国と娘を奪った、ただの『侵略者』ってことになるぞっ!?」

素戔嗚尊は、八岐大蛇を倒した英雄…という伝説を作ったのは、『勝者』だ。
侵略したという事実を隠すため、勝者に都合のいい歴史(伝説)を作り上げる…
今まで何度も、このケースを目の当たりにしてきたではないか。


「足名椎・手名椎の『づち』は、『ミヅチ』…蛇の古語なんだ。
   つまり、彼らの名は『足無し蛇・手無し蛇』…蛇そのものじゃないか?」
「それどころか、『手も足も出なかった蛇』…とも読めるよね。
   だとすると、倒された八岐大蛇の正体っていうのは…?」

八つの頭と、八つの尾を持つ大蛇。
八人の娘を持つ、元々いた…蛇夫妻。
国と娘を奪われた後は、ただの管理人として『八耳神』と名付けられた。

「『八』という字は、末広がり…『おめでたい』字だと言われているが、
   漢字の意味は『別れる』…八は『捌』とも書くだろう?」
「『おめでたい』と言われてるけど、実は真逆だった…
   そういう例を、『酒屋談義』でもたくさん見てきたんじゃない?」

大蛇夫妻の…言う通りだ。
黒尾と赤葦が愕然としている間にも、夫妻は怒涛のように論証を続けた。

   『八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに
      八重垣作る その八重垣を』

「これは、八岐大蛇を退治した素戔嗚尊が詠んだ歌…日本最古の和歌だ。」
「妻を厳重に『守る』ために、出雲に八重垣を張り巡らせる…
   っていうのが、この歌の意味らしいけど、ホントにそうだと思う?」

雲は、『死者の国』を表す。雲が出る出雲は『根の国』…あの世だった。
雲が立ち上る出雲に、幾重にも垣根を巡らせ、そこに妻を『籠める』という歌…

「素直に読むと、妻の櫛名田比売を、出雲の地に…閉じ籠めていますね。」
「元々いた大蛇を、出雲に籠めて封印した…そういう意味の歌なんだな。」

大事な妻を守るために、八重垣を築いて…『籠めた』と、表現するだろうか?
『籠城』とは、自ら進んで籠るのではなく、そうせざるを得ない苦境…
外から包囲され、『閉じ籠められた』状況を表している言葉である。

いくら奥さんが大事だからって、『籠める』のは…束縛キツすぎだろ!と、
この和歌を始めて見た時、下世話なツッコミをイれたのを覚えている。
そのツッコミこそ、実に『正確に』歌の真意を読み取っていたということだ。


「素戔嗚尊は侵略者か?この証拠が、埼玉の大宮氷川神社に残っている。」

山口夫妻は、いつの間にか手酌で日本酒を傾けながら、滔々と語り続ける。

この氷川神社の主祭神は素戔嗚尊と櫛名田比売、二人の子孫・大己貴命(大国主)。
だが、摂社の門客人(かどまろうど)神社に、足名椎・手名椎が祭られている。



客人神は、主祭神とほぼ対等か、やや低い地位とされる神だが、
まだ完全に主祭神に『従属していない』という、曖昧な関係にある神だ。
『客人』と言われているが、本来はそこに元々いた神…主客が転倒している。

本当は素戔嗚尊の方が客人…後から来た来訪神なのに、逆転しているのは、
神話と全く同じ構造…歴史の改竄に他ならない。

「今まで、素戔嗚尊も『蛇』…国津神だと思い込んでいたが…」
「元々は高天原の天津神…追放されて、国津神に堕ちた存在…」

高天原を追放された素戔嗚尊が、新天地を求めて出雲へ…
その地にだって、神々が居た…彼らから見れば、素戔嗚尊も侵略者だ。


「ここの門客人神社だけど、元々は『荒脛巾(あらはばき)神社だったんだ。」
「アラハバキ…東北・蝦夷の地を治めていた人々の神?」
「埼玉大宮付近は、その当時…蝦夷の地だったはずだ。」

荒脛巾は、全国的に『客人神』として祀られている例が多い。
そして、その正体は『不明』と言われている…これは、いつものパターンだ。

「これも素直に字を見ただけだが…荒脛巾の『脛』が付く神が、いるだろう?」
「仙台・伊達家の祖…長脛(髄)彦!」
「そして、表立って長脛彦を主祭神とする神社は…存在しないんだよ。」
「本当に…お馴染みのパターンだ。」

門客人神社に、足名椎・手名椎と荒脛巾が一緒に祀られているのは、
両者が同じ境遇の神…自分達の国を奪われた『まつろわぬ者』だったからだ。
そう言えば、長脛彦の『なが』も、蛇の古語…大蛇の系譜だ。

まるで御神酒のような、白い陶器に入った日本酒『客人(まれびと)』…
その神々しい酒器をひっくり返し、最後の一滴を舐め取ると、
山口父は「…そういうこと、だったんだね。」と、澄んだ瞳で天を仰いだ。


「『八雲立つ出雲』は、『焼雲立つ出鉄(いづもの)』って意味らしいよ。」

出雲の地は、製鉄…たたらの地。
鉱山を治めていた元々いた神を、簒奪者達は『蛇』と呼んできた。

「『かなづち』は『鉄の蛇』だよ。大蛇は水神…蛇は水辺に居るんだ。」

『かなづち』は泳げないから、水に入れてはいけない…というのは逆で、
蛇に鉄を与えてはいけないから、水辺に『かなづち』は禁忌…ではなかろうか。

「蛇に力を与える酒を、与えてはならない…七夕の甘酒と、同じです。」
「『かなづち』ほど、『蛇と鉄』の繋がりを示す名の道具は…ないな。」

震える手で『客人』のボトルを抱きながら、赤葦は苦悶の表情を浮かべた。
こういう結論に辿り着くのは、一度や二度ではない…毎度のパターンなのに、
その度に、心が大きく揺さ振られ、世界が崩壊していくように感じてしまう。

「こんなことって…あんまりです。」


うずくまる赤葦の背を、山口先生がそっと撫でながら、柔らかい声を掛けた。

「我々が考察した話…特に荒脛巾は、君達にも深く繋がることだろう。
   それをこれから、一緒に確認しに行こう…荒脛巾の地へ。」
「今晩、僕らの『大蛇の城』…青い水底で、それがわかるはずだよ。
   真夏の夜に相応しい『悪夢』かもしれないけど…目、逸らせないよね?」

これから山口夫妻と共に、仙台へ。
その意を汲み取った黒尾は、目を閉じて静かに頷いた。


しょーもない親父ギャグから始まった考察が、思いもよらない所へ繋がった。
そしてこの話は、自分達にもさらに繋がる可能性があるという。
いつものパターンだと、その考察は『悪夢』になる可能性が高いけれども、
それでももう…『存在しないもの』として目を閉じることはできない。

俺達も仙台行きの準備を…と、黒尾が赤葦に指示を出そうとした瞬間、
赤葦は「悪夢、です…」と声を震わせながら、ぽろり…涙を零した。

「えっ!?あっあああ、赤葦っ!?ど、どどどっどうしたんだっ!!?」


突然の涙に、黒尾は心底驚嘆した。
確かに酷い結論だったが、いつものパターン…泣く程だったか?
いや、心優しい赤葦は、仙台での『悪夢』のような考察の結末を予感して、
辛い想いをした神々に思いを馳せ、涙しているのだろうか…

何とかその涙を止めようと、山口夫妻に見られているのは承知の上で、
黒尾は赤葦を強く抱き締めたが…赤葦は胸に顔を埋め、嗚咽を漏らし続けた。

「おい、赤葦…」
「酷い、です…」

赤葦はボロボロと涙を溢れさせながら、腕に抱いていた『客人』を掲げた。

「このお酒、超プレミアなんです!4合(720ml)で…3万5000円ですよっ!」
「は…はぁぁぁぁぁっ!!?」
「通りで、美味しいと思ったよ~♪桐箱入りだし、シリアルナンバー付だし。」
「客人神に関する考察を、我々客人と共に愉しむ場に…実に相応しい酒だな。」

黒尾のシャツをぐしゃぐしゃに濡らしながら、わんわん泣き喚く赤葦。
稀にしか見られない姿に、心はちょっとキュン♪としたが、肝はキュン冷えだ。


あぁ…物凄い既視感だ。
ごく最近も、赤葦の『とっておき』を、台無しにした奴らが…居た。

「月島家といい、山口家といい…何てことしてくれたんだっ!」
「えぇ~?大蛇の目の前にお酒を飾るなんて…『奉納』って意味でしょ?」
「しかも、我々用だと言わんばかりのネーミング…さすがは赤葦君だ。」


どう足掻いても、月島・山口家に振り回される運命から、逃れられないのか…
赤葦から『もらい泣き』しそうなのをグっと耐えながら、黒尾は目を閉じた。


「頼む。夢なら…覚めてくれ。」





- ⑨へGO! -





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※黒尾の臨死体験? ソング
   →スキマスイッチ 『マリンスノウ』
※櫛について →『忘年茫然
※出雲は『根の国』 →『全員留守
※長脛彦について →『鳥酉之宴
※『とっておき』を台無しに →『結納愛悩



2017/08/04

 

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