隣之番哉④







「おじ様に、お渡ししたいものがあるんですが」…と、
可愛い可愛い我が子(戸籍上は次男坊)から連絡を頂戴したのが、昨夜。
当然、私は息子の申し出を快諾…直後、翌日の予定をキャンセル&変更した。
(おかあさんとの『おデート』は、ランチからディナーにランクアップした。)

どうしてあの人懐っこいご両親(私とウチのおかあさんではない)から、
あんなに淡々とした子が産まれたのか…不思議でならないような気もするが、
万年新婚夫婦の両親を横目に見て育つと、子は冷静さを養うのかもしれない。
(ウチの本当の次男坊改め末っ子が、まさにそういう可愛げのないタイプだ。)

「そこがまた…可愛いのだが。」


どうせ、自分に都合の良い時にしか、私に連絡したり頼ったりしないくせに…
今回もきっと、予算度外視な改装図を、お強請り(オネダリ)する気なんだろう?

…そういうオチだとわかっていても、可愛い息子達から連絡が来ると嬉しいし、
もしかすると、時期的にスウィ~トなアレをプレゼントしてくれるかも?と、
口どけの柔らかい高級なアレの如く、淡く儚い期待を抱いてしまうのだ。

「仕方ないじゃないか…可愛いから。」

そんなこんなで、私はウキウキと踊る心やら足やら口元を落ち着かせながら、
息子達が汗水垂らして働く、第59月島ビル(通称・極楽ビル)へ向かった。



「おはようございます、おじ様。」
「お久しぶりですね、月島さん。」
「………。」


昨秋より新規開業した、月島不動産㈱渉外部…人外専門窓口。
ビル1階にある事務所に入ろうと、ドアノブに手をかけるより一瞬早く、
入口脇で待ち構えていたらしい、次男坊こと京治君が内側からドアを開いた。

さすが、歌舞伎町を統べる女王。
私が約束時間の4分15秒前(よいこ)に来ると熟知した上で、中へ招き入れると、
流れる仕種で私のコートとマフラーを取り、事務所奥へといざない…
目的地の3歩手前で、今度は応接室の扉が向こう側から音もなく開かれた。

中には渉外部設立に尽力してくれた、吸血鬼の好青年・黒尾君が待っていた。
私に席をすすめながら、惚れ惚れする美しいお辞儀&ご挨拶…実に素晴らしい。
ソファに腰を落ち着けたところで、京治君が温かいおしぼりを広げてこちらへ…
目の前には、ほかほかな湯気とあまあまな香りを立てるカップが置かれた。

「これは…ホットチョコレートかな?」
「この時期にピッタリ…おじ様のためだけに、特別な激甘をお作りしました。」
「黒いチョコのお伴に、王の名を冠する甘美な…赤いイチゴをどうぞ。」

うむ、これぞまさに…歓待。
キャバクラ風のチヤホヤとは別種の、上質で心地良いもてなしを受けると、
心にも懐にも余裕が生まれる…こちらも『上質な客』になっていくようだ。


「聞くところによると、黒尾君は京治君の店で黒服として活躍中だとか。
   歌舞伎町広しといえども、これほど質の高い接待を受けられる店などない。」

私が立替えた、先代女王の水揚げ料…
それをチャラにする代わりに、歌舞伎町ナンバーワンの店を作ることと、
京治君が私の養子に入ること、そして蛍の面倒を見ることを約したのだが、
まさかそこで、蛍を黒服として使うなどと言い出した時には、卒倒しかけた…
どう贔屓目に見たとしても、蛍に客商売なんて『超むりポ。』じゃないかっ!

「父さん…はい、酒。」と、若い頃の私にクリソツな、整った不愛想ヅラで、
超~~~嫌そうに高級酒なんて出された日には、父さん…泣くに泣けないぞっ!
この店のオーナーかつ、父の私に対しても、京治君はビタ一文マケてくれない…
おかあさんがくれるおこづかいでは、イチゴみるくぐらいしか飲めないんだぞ!

「京治君。何故君は…今日みたいなお接待を、私にいつもしてくれないのだ?
   他の客にもツン仕様だから、可愛らしい売上額なのかと、心配していたぞ。」
「おじ様はその辺の『御客様』と一緒にされて、本当に嬉しいのですか?
   ちなみに今日は、俺ではなく黒尾さんがおじ様をお接待…俺はオマケです。」

そうか、それならば…納得だ。
あと、私は他の一般客と同じ扱いを受けるぐらいなら、今のままで十分だよ。
『歌舞伎町の女王』に無下にされるなんて、実は贅沢の極みかもしれないしな。

…ではなくて。


「私には、壮大な夢があるんだ。
   それを叶えるべく、先代女王激似の京治君を我が子に迎え、店を持たせた。」

それなのに、京治君ときたら、先代に似ているのは顔と溢れ出るエロスのみ。
明光よりも蛍と本当の兄弟みたいな激辛口っぷり…全く、可愛いにも程がある!

ただ、全人類がツンデレやらバーテン服やら幼馴染萌えというわけではない。
フツーに見たらクソ生意気な『Wケイ』が経営する店…快く思わない者も多い。
恨み辛み、妬み嫉みが渦巻く歌舞伎町ゆえに、二人は常に危険に晒されてきた…
私が資力と詞力と死力を尽くし、片っ端から潰しても、キリがなかったのだよ。

「月島さん、陰ながらそんなご苦労を…心中お察し致します。」
「おぉ黒尾君!君なら絶対にわかってくれると、私は信じていたよっ!」

「あの二人を『可愛い』と愛でてくれるぐらい、フトコロの広く深い方々…
   あらゆるイミで余裕のある、紳士淑女の皆様方のおかげですからね。」
「そうなんだよ!経営者としても、社会人としても経験の浅い二人…
   まだまだ甘ちゃんだということを、本人達はきちんと自覚していないんだ。」

蛍も京治君も激可愛(くてエロ)い超絶マニア向けのくせに、無防備極まりない!
頭と舌の回転ばかりが良く、客の回転はイマイチ…パパチャリ操業だったんだ。
もう、父さん心配で心配で、つい家賃も値引いたり改装費を出しちゃったり。
(そのせいで、おかあさんに何度お説教を喰らったか…それもまた良しっ!)

しかし、親の偉大かつ(文字通り)無償の愛は、子にはこれっぽっちも届かず…
私の人生を賭けた『壮大な夢』を叶えてくれる気配は、猫の毛すらない。
(仕方なく、擬似的に夢を叶えてくれるキャバへ…おかあさんには内緒だ。)

「だが、そんな時に…君が現れた。」


黒尾君が店を手伝ってくれるようになってから、顧客&売上も増大。
黒服としても優秀で、怖いオジサン達も自主的に『レッドムーン不可侵』締結。
血の気が多いくせに冷え冷えだった京治君には、ほど良い温もりと柔らかさ…
更に、黒服業務から解放された蛍が、明光の事務所を手伝ってくれることにっ!

「『蛍は家業継がない』に、私は500円も賭けていたが…負けても嬉しいぞ!」
「俺と明光さんは『何だかんだで継ぐ』に5千円ずつ…勝って嬉しいです♪」

ついでに言うと、胴元はおかあさん…手数料として別途5千円ずつ取られたぞ。
結局はおかあさんの一人勝ちだが、それは我が家の常…どうでもいいことだ。

私にとって最も重要かつ嬉しかったことは、蛍が継いでくれることではなく、
中二の時から口をきいてくれなかった蛍が、今回の人外窓口開業の流れから、
遂に反抗期脱出…私を『父さん』と呼んで、オネダリしてくれたことなんだよ!


蛍は私に、『言っとくけど、父さんの…月島家のためじゃないからね。
黒尾さん達のため…僕達と歌舞伎町の未来のために、頑張るんだから。』…と、
自分のためではなく、他人様や街のために尽力するのだと…言ったんだ。
たとえ私は『財布扱い』だとしても、親としては実に誇らしい思いだったよ。

「息子達が人として成長できたのは、全て…黒尾君と出会ったおかげだよ。」

黒尾君がいなければ、京治君からスウィ~トなチョコのドリンクだなんて、
絶対に出して貰えなかったはず…しかも私のためだけの特製!まだ信じられん!

「ホワイトデーのお返しは、京治君の自宅部分の改装費でいいのかな?」
「さすが、敬愛してやまないおじ様…大好物のイチゴみるくはいかがですか?」
「いやいや月島さん!ちょっとそれは…息子達にスウィ〜ト過ぎでしょっ!?」


止めてくれるな、黒尾君よ。
全ては息子達が可愛いから…ではなく、私自身の壮大な夢を叶えるためなんだ。

私のスウィ~トな夢を実現させるべく、息子達をデレッデレに甘やかしたのに、
それに反比例し、息子達は冬場のアカギレに飛んでついた…わさび醤油の如く。
ツンツンな二人にホットチョコ以上のものを期待する程、私はドMではない。

「でもおじ様、お刺身が泳げるほど大量のわさび&醤油…お好きでしょう?」
「おかあさんに怒られるのもコミで、ヒタヒタに泳がせるのが…堪らんな。」
「俺が言うのもアレですが…もういいお年なんですから、塩分は控えめに。」

そんなこんなで、私の夢実現と、黒尾君への多大なる感謝の気持ちを込めて…
今日はコレを、黒尾君への『お土産』として持って来たのだよ。


「さぁ、ここにサインして…
   君も私の息子になってくれたまえ!」



********************




   (そうきたか…っ!)


俺への『お土産』として月島父が持って来たのは、A3サイズのペラい紙。
ソレを見た赤葦は、テーブルの下で掌を丸め、ごく僅かに息を飲み込んだ。

   『養子縁組届』

レッドムーン開業の際、赤葦もこれを目にし、『養子となる者』の欄にサイン…
それ以来、月島父の次男坊つまり『月島京治』になったのと、同じ紙キレだ。

今日、父を呼び出した本当の目的は、ホットチョコレートでオモテナシしたり、
そのウラ返しとして、自宅改装費をオネダリすることじゃない(これは棚ぼた)。
父の『お土産』と真逆の紙…『養子離縁届』をチョコでコーティングして渡し、
『月島』から『赤葦京治』を取り返すことが、第一の関門だった。

しかし月島父は、俺達のオネダリを事前に知って…いや、推察したのだろう。
その上で、あえて同じ紙キレを使い、先制攻撃を仕掛けてきたというわけだ。

   (クソっ…やられた。)


父を甘く見ていたわけじゃない。
『黒猫魔女』の事務所移転及び、月島不動産の人外窓口開設の折にも、
父と明光さん、そしてツッキー…月島家の知略に感嘆し、同時に寒気を覚えた。
さすがは、歌舞伎町を下から(底地から)支配する不動産王…というのが半分。

   (もう半分、本当に恐ろしいのは…)

「黒尾君。養子縁組届なんて、全然怖くない…私も30年前にサインしたぞ?」
「月島さんの本職は弁護士…家業・不動産は『おかあさん』の方でしたよね。」
「俺は実母が先代女王、養母が真不動産王…歌舞伎町の『下』の申し子です。」

赤葦…『レッドムーン』のおケイは、対外的に『月島蛍』を名乗っているが、
それと同じように、月島父が不動産王を名乗り、『おかあさん』を守っている。
決して表には出ないが、月島家の策謀は全て『おかあさんの手作り』とのこと。

「人種も時代も惑星もカンケーなく、最強なのは…『母』という存在ですね。」
「一介の吸血鬼風情なんかじゃ、歯牙すら出して貰えねぇ…『母』恐るべし。」
「それに関しては反論の余地なし…弁護士如きでは、口での勝負も不戦敗だ。」


今回の策も、当然『母の手作り』だ。
その証拠に、出された紙キレの『養母となる者』の欄にだけ母のサイン…及び、
『おとうさんは、黒尾さんがサインした後でココに名前を書いてね』の、付箋。
もふもふペンギンのイラスト入り付箋から、極地の凍風…ぶるりと震えが走る。

裏に控える母に比べれば、表の月島父や明光さんは小物にしか見えないが、
その『小物』だって、表では歌舞伎町ナンバーワン弁護士&不動産会社社長…
(明光さんが名目上のトップで、父は顧問弁護士…母の名は表に一切ない。)

そんでもって、次兄かつ上司かつ学生時代のパイセンは、歌舞伎町の現女王…
月島家末弟が、空飛ぶ魔女や漆黒の吸血鬼にあまり動じなかったのも、納得だ。

「人外魔境とは言うが、家庭内の方が遥かに魔窟だから、下僕根性が育った…」
「せめて『天性の黒服』か…反抗期改め『自由への抵抗』にしてあげません?」

何だ、人外の俺達なんかより、ツッキーが一番『まつろわぬ者』じゃねぇか。
「僕は平均的な一般人です。」と謙遜?豪語?していたのも、無理はない…か。


…と、可愛い部下に同情しているヒマはない。
ここは絶対に退くわけにはいかない…徹底抗戦が『まつろわぬ者』の身上だ。

   (『口で勝負』は…吸血鬼も同じだ。)

大きく、静かに…深呼吸。
テーブルの下で固く握り、冷たくなった赤葦の掌を、そっと指先で撫でてから、
俺は父が出した紙キレの上に、抵抗を示す紙キレを重ねて置いた。


「月島さん。俺の…俺達の答えは、もう既にご存知なんでしょう?」



*****



「まずは、月島さんからのお申し出…本心から大変ありがたく思っています。
   ですが、養子の方が養親よりも年少者でなければ、縁組できないのでは?」
「確かに、黒尾君は私よりもはるかに年上…『曖昧な』戸籍上では、そうだな。
   だがたとえ公文書でも、誤りはある…黒という判決がなければ、灰は白だ。」

つまり仮に裁判が起こされたとしても、『黒』だと証明&判決が出ない限りは、
届出者である弁護士が言うように、『灰色は黒ではない』ことにもなるし、
俺が290歳なんてのは、ただのミス…常識的にもそういう扱いになるだろう。

「さすがは弁護士先生。書類上のことはどうとでもなる…と。
   人外の存在を隠したいのは、むしろ公的機関の方…表沙汰にはなりにくい。」
「積極的にこちらが虚偽申請するわけではない…どうか誤解の無きように。
   戸籍管理者自らがミスを認め、自主的に修正…こちらの与り知らぬことだ。」

勝負に負けた黒猫君は、結構毛だらけ…と、『灰尾』にしてみるかな?
それとも、燃え尽きて土が付き『墨尾』へ…こちらもまた、ご一興だな。


成程…な。
法律と書類で弁護士に勝負を挑むのは、白旗確定…『年の功』でも勝ち目なし。
小細工や屁理屈、そして策謀も抜きで、正々堂々と正面突破するのが最適解だ。

って、お~~~い、赤葦っ!
ヤングな俺の尻尾には、まだ白毛は雑じってねぇから…後ろを確認すんなって。
あと、今気付いたが…負けを認める時は『白』旗を上げて、付くのは『黒』星?
それなら『黒(星)尾』って、心の中で星を入れるだけで良さそうだな。

…と、俺がしょーもないことを考えていたら、月島父が核心を突いてきた。


「黒尾君の…いや、君達の『真の願い』を達成するという結果を重んずるなら、
   君も『月島鉄朗』という名前になることは、実質的には勝利ではないのか?」

養子縁組をすると、養子は養親と『同じ姓になる』ことから、
同性同士が結婚する際などに、婚姻届の代わりとして利用される場合もある。
魔女の契約ほど重くはないものの、愛する人と『同じ名』を共有したい…
存在を表す名前も交ざり合いたいと願う気持ちは、人も人外も同じだろう。

月島父の言う通り、俺達も近いうちに同じ名を名乗りたい…それは間違いない。
しかし、単に『同じ姓』という『結果』だけを求めているわけじゃない。

   (俺達の、『真の願い』は…)


「『黒尾鉄朗』という名に最も相応しいのは、最高の血を表す『赤葦』京治…
   『黒』と『赤』が交ざり合うことが、俺達にとっては必要不可欠なんです。」

そのためにはまず、月島さんとの養子縁組を解消し、『赤葦』に戻した上で、
黒と赤を…黒尾鉄朗と赤葦京治を交ぜ、固く結び合わせたいと願っています。

「『おケイ』や『歌舞伎町の女王』、はたまた『月島京治』ではなく、
   ちゃんと『赤葦京治』を『赤葦』と…俺は呼びたいんです。」
「黒尾、さん…っ」

張り詰めたものを抑えようと、爪が食い込む程に強く握り締めた、赤葦の拳。
それをもっと強い力ですっぽり包み、解すように指と指をしっかり絡めてから、
二人で密に繋ぎ合った手と、もう一枚の紙キレを、テーブルの上に乗せた。


「京治との離縁届及び、こちらの婚姻届の証人欄に、ご署名をお願いします。
   俺と『赤葦』京治を、結婚させて下さい…おとうさん。」





********************




   俺と『赤葦』京治を、
   結婚させて下さい…おとうさん。


黒尾から告げられた『真の願い』に、事務所内は静寂に包まれた。
深く頭を下げた黒尾と赤葦は、月島父からの反応をそのままじっと待ったが、
呼吸音すら聞こえない…永遠にも思える沈黙の時間を、ひたすら待ち続けた。

あまりにも長い…約3分。
だがこのたった3分間が、今まで生きていた300年よりもずっと長く思えた。
生まれて初めて体感する種類の、緊張と重圧…繋いだ手が、冷たくなってくる。

激怒されてもいい。とにかく、この息詰まる沈黙から解放されたい。
しかし、恐怖やら何やら、ありとあらゆる『重み』から、頭が上げられない。

   (『御挨拶』って、こんなに…っ)

本来なら、実親たる赤葦家で、この緊張と重圧を感じるべきだったのだが、
予想(と世間一般常識)に反し、大歓待…逆に背中を押して頂くイレギュラーさ。
一方の養親・月島家では、二重の意味で大事な子を『奪う』こともあり、
申し訳なさと、絶対に引けない気持ちとの間で、全身が押し潰されそうだった。

   (怖い…っ)


ガチガチに固まり、身動きの全く取れなくなった黒尾。
だが、『お相手の御家族に御挨拶』という、人生最大の試練を完了済かつ、
実親に比べるとそこまで思い入れもない養親への、儀礼的な挨拶だった赤葦は、
離縁を願い出る緊張感も、頭を下げて30秒も経つと、ほぼ消えてしまった。

それどころか、養親にまで筋を通し、試練に向き合った黒尾の誠実さに、
尊敬と歓喜、そして「これが俺の選んだ人です!」という妙な誇らしさを感じ、
赤葦は殊勝にお辞儀をしながら、でれでれと緩む頬を必死に抑えていた。

   (何か、笑っちゃいそう…っ)

人生でトップスリーに入るぐらい、シリアスな場面のはずだし、
願い出ていることは、離縁&結婚という超重要案件×2で、笑い事ではない。
それなのに、様々な感情がぐちゃぐちゃに交ざり過ぎた結果、笑いが込み上げ…
これはおそらく、自分の心を守るための防衛本能のようなものかもしれない。


『困難は分割せよ』の逆を突き、多くの難題を立て続けに提示することで、
一つ一つの問題を曖昧にし、相手を思考停止に追いやる作戦だったのだが、
これは諸刃の剣…自分達にとっても、同じように問題山積状態になってしまい、
悩み考えることが多すぎて、オーバーヒート寸前に陥っていたのだ。

   (忙しすぎて、心を…亡くす。)

出逢ってからいろいろあり過ぎて、何が何だか、もうよくわからない。
作戦の最大の山場に至って、感情が追いつかずに振り切れ…笑えてきたのだ。

真横でド緊張の真っ只中にある最愛の人には、申し訳ない気分でいっぱいだが、
血の気を失った掌に、こちらは余計に頭が冴え、より冷静になってくる始末。
卒業式とかお葬式の場で、スーっと冷えてくる感覚に、ちょっと似ているかも?

   (ダメだ、何か別のことを考えて…)

まずはこの場の超絶シリアスな雰囲気を取り込み、マジモードに切り替えよう。
そう思った赤葦は、下げた頭をほんの少しだけ上げ、視線を前方へ…
目に飛び込んできた光景に、赤葦は思いっきり噴き出してしまった。


「ちょっ、お、おじ様っ!な、何ですかその…ブッッッサイクな顔はっ!!!」

黒尾から紙キレを突き付けられ、無言を貫いていた、真正面に座る月島父。
激怒や思索(策謀)、もしくは感傷に浸りながら沈黙しているのだと思いきや…
どうやら、ショックのあまりに感情がスポーン!!と飛んでしまったらしく、
何も見えていない白目から滂沱、両鼻からは鼻水、口から涎と魂を放出し、
意識がアチラ側にイってしまい…完全に気を失っていたのだ。

「おじ様、しっかりして下さい!せっかく顔だけはイイのに、台無しですよっ」

赤葦は爆笑しながら、テーブルの隅に畳んでおいた『あつしぼ』を手に取ると、
黒尾が顔を上げるより一瞬早く、父の顔へおしぼりを思いっきり投げ付け…
おしぼりが落ちる前に上から手で押さえて、乱暴に濡れそぼった顔を拭いた。


「いたっ、くるしっ、け、いじくんっ」
「もう…みっともない!こっち向く!」

全く、いい年こいて…お恥ずかしいっ!
黙ってシュっとしてれば、ダンディでステキな紳士風に見えなくもないのに、
おチビさんみたいにビービー泣いて…黒尾さんがビックリしてるでしょ!?

とは言え、おじ様を泣かせてしまったのは、俺達のせいかもしれませんから、
おば様には黙っておいてあげますので、ここで全部、吐き出して下さい…ね?
ガマンはココロとカラダに良くない…思いっきり出して、スっとしましょう♪

「ほら、さぁ…言ってごらんなさい?」

よ~しよし…と、可愛い我が子の甘やかし(悪魔の囁き)に促された月島父は、
びしゃびしゃのおしぼりで盛大に鼻をかんでから、涙とともに喚き散らした。


「泣いて…当然じゃないかっ!!!」

京治君に『イイヒト♪』ができたらしいというコトは、風の噂に聞いていた…
仕事柄、歌舞伎町の地下情報網を持っているから、耳に入ってくるもんだよ。
特に『歌舞伎町の女王』の初ロマンスだなんて、格好のネタだからね。
しかもその相手が『三丁目の王子様』ともなると、街中が大注目しちゃうから…
君達のお昼が唐揚&塩鯖弁当だったことも、ご近所さん達に知れ渡っているぞ。

「えっ!?それなら一緒に…五目煮とかサラダとかも買っとけばよかったな。」
「カープが勝った翌日だけ、スポーツ紙を買っていることも、バレバレだよ。」
「今季、悲願の日本一達成なら…おじ様にもドンペリロゼを御馳走しますよ?」

京治君。カープの勝率に応じて割引なんてしてるから、儲けが少なくなる…
いや、御贔屓球団も、京治君の御機嫌も絶好調なのは、実にメデタイのだがね。
ともかく、私が言いたかったことは、ヨーグルトも買いなさい…ではなく!

「街の皆さんや地下情報網から、黒尾君のことは以前より聞き及んでいた。
   そして、この街には人を超越した者が存在し、青年会とやらがあることも…」


だから、君が人外青年会を束ねる吸血鬼だったことにも、大して驚かなかった…
正体が何であろうとも、君個人の資質にはほとんど関係がないからな。
私にとって重要なのは、君が京治君に相応しいかどうかという一点のみで、
明光とのフェアな取引を通じ、『黒尾鉄朗』の人となりを視させて貰っていた。

「京治君。黒尾鉄朗氏は信頼に足る人物であることを、私と明光が保証しよう。
   実に『イイヒト♪』を見つけた…心からおめでとうと言わせてくれたまえ。」

しかしながら、我が子の慧眼を誇らしく思ったり、幸せを嬉しく思う気持ちと、
可愛い我が子が私の下から巣立っていく寂しさは、全くの別物…
実子でも養子でも、そのフクザツなキモチは、変わらないのだよ。

「ホントは、ちゃぶだいをガチャーン!って、ひっくり返してみたり、
   お前に『おとうさん』と言われる筋合いはない!とか言ってみたかったが…」

そこはやっぱり、私は養親…実親の赤葦ぱぱ&ままが素直に大喜びしたのに、
私がゴネたり、憧れの頑固親父ごっこを愉しむのは、おこがましいじゃないか。
でもでもっ、黒尾君は私にも実親のように『御挨拶』をしてくれて感涙だが、
赤葦家みたいな正装じゃない…私だって吸血鬼家族写真を撮りたかったのにっ!

「『リアル吸血鬼ウェ~イ♪』な写メを貰った時、羨ましくてたまらなかった…
   月島家の家族写真だなんて、蛍が小5の時から撮ってないんだぞ!?」
「月島君、パネ写も断固拒否ですし。」
「しかも最近まで、反抗期だったし。」

そんなこんなで、誇らしいやら嬉しいやら寂しいやら羨ましいやら、
もうわけがわからず…私も一緒に『マリッジ・ブルー』を大絶賛体験中だよ。
それで、ウジウジしてたら、おかあさんに鬱陶しい!って怒られてしまうし、
事務所に居るにも関わらず、蛍は私を見ても「………。」って無言だったしっ!

「…いろいろごちゃ混ぜの結果、涙と鼻水と涎のフルコースというわけだよ。」
「懇切丁寧な状況説明、お疲れ様です。全く不要でしたけどね。」


極め付けは…ペンギンさんメモだよ。
私に『よいおへんじ』しか許さない、コウテイ(肯定)ペンギンさん。
おかあさん愛用のメモには、私は絶対に逆らえない…月島家の掟なんだよ。

「さっき黒尾君に渡した、黒尾君との養子縁組届にも貼ってあった付箋…
   それと全く同じものが、どうして君の出した紙キレにも付いているのだ!?」

『おとうさんはココに名前を書いてね』

つまりコレは、君があらかじめウチのおかあさんと話し合いをしている証拠…
先に月島家女帝の了解を得た上で、私に離縁&婚姻届を出したということだ。

「最初から、私に勝ち目など…万に一つもなかったんじゃないか!狡いぞっ!」
「結婚の時には、母親を味方につけろ…旧石器時代から不変の条理でしょう?」

「どうせ…どうせ私なんて、チョロいよね~って、馬鹿にしてるんだろっ!」
「まさか。素直で一途で、扱いやすいな~と、ほくそ笑んでいるだけです。」

「ホントにいいのか、黒尾君!?京治君をおよめさんにするということは、
   私と同じか、それ以上に…奥様に頭が上がらない人生確定なんだぞ!?」
「月島さん。それは俺達だけじゃない…全ての旦那様の宿命ですから。
   江戸も明治も大正も昭和も、旦那様はあまねくコウテイペンギンでしたよ…」

「えっ!?エラそうに踏ん反り返っていた、昭和の親父共もっ!?」
「えぇ。家父長制だとか言い始めた、直近100年でも…不変です。」

そうか、なら…仕方ない。
ドウテイを卒業させてくれたおかあさんには、コウテイを続けるべし…
私は粛々と、おかあさんの命ずるまま、両方の書面に署名すればいいんだろう?
はいはいわかりましたよー!私の完敗だよ!ペンを貸してくれたまえ!!
どうせ私なんて、家庭内序列は最下位…新聞を縛って出す係でしかないからね!


言いたい放題ぶち撒けた月島父は、最後の最後は幼児の様にふて腐れ…
ほっぺを膨らませつつ、おかあさんに指定された場所に名前を書こうとした。

だが、その手を…赤葦が止めた。

「おじ様、待って下さい。違いに…気付いていますか?」

おじ様の『お土産』だった縁組届と、俺達が出した離縁&婚姻届。
その全てに、コウテイペンギンの付箋…おば様の意思が貼り付けられています。
ですが、『お土産』の縁組届の方には、既に署名が記されていますけど、
離縁&婚姻届にはペンギンメモのみ…おば様の名前は、まだ書かれていません。

「月島のおかあさんは、俺にはっきりこう言って、メモだけ付けてくれました。
   『おとうさんがココに名前を書いた後で、私も署名するわ。』…と。」
「つまり、離縁と結婚に関しては、おじ様に決定権があるということです。
   おば様より先に、おじ様にお許しを頂くべし…それがこのメモの真意です。」

黒尾と赤葦は月島父に姿勢を正して向き直り、今度はまっすぐに目を合わせた。
そして、月島家の最終かつ最大の決定権者に、二人の願いを…もう一度。

「黒尾鉄朗と『赤葦』京治の結婚を、どうかお許しください。」
「お願いします、月島の、おじ…いえ、俺の『おとうさん』。」


「やはり…私の負け、だよ。」

今までの喧騒が嘘のような、温かく穏やかな声。
驚いて目を見開く二人に、月島父は柔らかい表情で微笑み返すと、
「可愛い我が子を…京治を宜しくお願いします。」と、黒尾に頭を下げてから、
自分の懐から愛用の万年筆と印鑑を取り出し、二つの書面に…



   その瞬間…風が吹いた。



********************




   (よし、ここまでは…計算通り。)


『黒猫魔女』と『レッドムーン』の、異類婚類譚ハッピーエンド計画(仮)。
山口家・赤葦家・黒尾家との対決もとい『御挨拶』クエストは、無事クリア。
残るは、四人の就労及び住宅問題の根幹を握る、対月島家戦のみとなった。

この最終決戦の事前準備は、実に微に入り細に穿つものだった。
今振り返れば、作戦は早くも月島不動産㈱人外窓口設立準備時からスタート…
月島家の斥候的な立場にある、兄・明光を味方につけることから始まっていた。

最初は全く悟られないように。信頼と友好度が深まるにつれ、匂わす程度に。
仕事上がりに飲みに行くほど仲良くなってきた頃に、酒の勢いでそれとなく。
頼れる仕事仲間・黒尾と、可愛い弟・赤葦が『イイカンケー♪』であることを、
兄自らに気付かせて…「二人のコト、応援するよ!」と、自発的協力を得た。


…こんな風に言うと、黒尾さんがとんでもない腹黒策士に聞こえるけれど、
実際はごく自然体…流れに任せているだけで、兄とはツーカーの関係を構築。
これが、人タラシ…誠実さ故の人徳なのかと、真横で見ていた僕は合点した。

ほどなく、黒尾さんは赤葦さんと共に、兄を仲介者として月島家へ馳せ参じた。
父には極秘で、母と何度か会食…あっという間に女帝をオトしていたのだ。
驚くより呆れる(妬く)僕と赤葦さんに、黒尾さんは悟りを開いたような瞳で、
「まずは母親を味方につけろ…これが年の功、いや…ジジィの知恵袋だ。」と、
経験値300年の、ありがた~い人生の教え(処世術?)を説いてくれた。

そんなこんなで、大ボスたる母を仲間にしてから、中ボスの父攻略。
(ラスボス戦?一番初めだよ、それは…と、黒尾さんは小声で教えてくれた。)
準備はできたから、あとはなけなしの勇気を振り絞るだけだと言っていたが、
応接室の壁に耳を貼り付けながら、中の様子を窺っていた僕にも、
黒尾さんが感じていたド緊張感がヒシヒシ…喉がカラッカラに干上がっていた。

そして、最後に二人がもう一度父にお願いして、了解の言葉貰えた時には、
手に握っていた汗を自覚するより先に、目の奥にじんわりと熱いものを感じ…
状況を観察(盗み聞きではない)していた僕の方が、感極まってしまった。

   (よかった…っ!作戦、成功…っ)


ホッとした緩みで、零れ落ちそうになったものを、吐息と共に噛み殺し、
ずれた眼鏡を直すフリをしつつ、目尻を拭い…腕時計で時間を確認する。

   (あと、もう少し…)

この中ボス戦の『トドメ』は、放心状態の父に別の紙キレ×2を渡すことだ。
それに必要なものを、そろそろ山口が持って飛び込んで来ることになっている。

インパクトを出すために、月島家の面々には山口の存在を一切明かしていない…
ド派手な黒赤コンビを表に出すことで、僕達から意識を逸らし続けていたのだ。

良くも悪くも、月島家のストライクゾーンは、遺伝的にブレがない。
僕にとって『ド真ん中ストレート』な山口は、父母兄にとっても全く同じ…
ため息交じりに僕がそうポロリすると、黒尾さんは「使えるな。」と、ニヤリ。
最後の最後は『魔女爆弾』でキメてしまおうぜ!と宣ったのだ。

   (なんて…恐ろしい人。)

これは、何の前触れもなく飛び込んで来た魔女に、コロリとヤられてしまった、
僕と山口の運命的な出逢い…『未知との遭遇』事件を、忠実に再現する作戦だ。
コレが月島家に効果絶大なことは、僕自身が証明している(成功確約だ。)
あともう一歩…もうすぐ、対月島家戦が勝利で幕を閉じるのだ。


あ…風、だ。

出逢った頃は感じられなかった、魔女登場の『前触れ』を知覚した僕は、
音を立てないよう応接室から離れ、魔女の帰還に備えて通用口のドアを開けた。
そして、魔女の着地場所となる両手を大きく広げ…目を閉じて待機。

気配が近付き、けたたましい足音とともに、ふわり…事務所内に風が舞う。
温かい風を受けた頬を緩めて、唇を『おかえり』の形に作っている最中に、
僕はあり得ない違和感に気付き、目を閉じたまま眉間に皺を寄せ、首を傾げた。

   (けたたましい…『足音』?)

これは…違うっ!?
慌てて目を開くよりも半瞬早く、『けたたましい』が僕に正面から激突。
大きな音を立てて、僕達は抱き合いながら事務所の床に転倒した。



「痛っってぇぇぇぇぇぇぇっ!!!?」
「目の前に、お星さまが…キラキラ…」

大丈夫ですか?と聞く前に、僕の方が大丈夫じゃない状態だった。
僕の腹の上(腕の中)の温もりは、魔女は魔女でも『別種』のお方…
自分では空を飛ばないが、アレなクスリで皆様をトばすプロの方だった。

「な、んで…ココ、に…っ?」
「何でって、俺がココに寄っちゃ、悪ぃのかよっ!?」
「美味い草餅を営業先で貰ったから、オスソワケに…」

この重要なタイミングで、まさかの『魔女違い』が発生…即ち、計画の失敗。
僕は止めたはずの涙を堪えようと、咄嗟に目の前の温もりにしがみ付いた。

「わっ!!?お、おい、離せ、バカっ!こんなトコで…ヤメロっ、アッチ行け!
   つーか、何でお前、入口に陣取って…危ないだろうがっ!!」
「だっ大丈夫か?頭…打っちまったか?記憶喪失…とかじゃ、ねぇよな?
   あっ!顔の方は…イケメンにキズはイってねぇよなっ!?見せてみろっ!」


顔を埋める(隠す)僕。それを強引に剥がし、顔を覗き込む…もう一人の魔女。
心から僕(の顔)を心配してくれるのは本当にありがたいけれど、今は…マズい!
一刻も早く、涙腺と表情をシメて、この『床ドン』な状況を脱さないと…


「どうしたツッキー!?何が…あっ!」
「っ!?…おじ様、来ちゃダメです!」
「なんだなんだ?騒がしい…んっ!?」

…遅かった、か。
僕達の『けたたましい』は、当然ながら応接室のナカにも聞こえ…
『抱き合い間近で見つめ合う』僕達の姿を、バッチリ見られてしまったのだ。

   (ダメだ、もう、おしまいだ…)

誰がどう見ても、睦み合っているようにしか見えない、僕と…二口さん。
黒尾さんは頭を抱え、赤葦さんは天を仰ぎ、父さんは…放心状態で真っ白。
状況の全く見えない二口さんは、キョトン顔でそんな三人を眺めた…直後、
ボボボっ!!!と頬を真っ赤に染め、逆に僕の胸に顔を埋めてしまった。


「んなっ!?ちょっ、二口さんっ!?」
「………。。。」
「あの人…誰だ?」

「あの人?あぁ…僕の、父です。」
「何だとっ!?お前の…っ!!?」
「あのダンディでステキな紳士が…嘘だろ、おいっ!!?」

待てよ。コイツも顔だけは抜群…
あと40年…いや、たった30年後には、コイツもあんなイイ男に成長かっ!?
うっわ、これはケタ違いの計算ミス…クソ嬉しい誤算じゃねぇかコノヤローっ!

でも、コイツはアレだから、どーしょーもねぇんだけど、せめて、せめて…っ!
あちらの素敵な紳士を、心の中だけでいいから、『パパ♪』って呼びてぇな…

…じゃなくて!
ちゃんと俺も、『お世話になります!』って挨拶しなきゃ…
立場上、俺もパパ♪とは、しししっ、親族に、なる予定、なんだから…っ!!


「おい、俺を…パパ♪に紹介しろ。」
「え、あ、はぃ…」


全くの予想外…父さんが二口さんの『ド真ん中ストレート』直撃という展開に、
僕も黒尾さんも赤葦さんも、唖然茫然…裏口のベシャリを止められなかった。
僕は促されるままに、「父さんあのね、この人は…」と言い掛けたけれど、
父さんがそれを遮るように猛然と突っ込んできて…二口さんの手を握り締めた。

「君は…魔女の?」
「は、はい…俺も一応、魔女の一種…」
「二口女っていう魔女…巫女、です。」

「そうか…君が、蛍の『イイヒト♪』だったんだねっ!!!」
「…はぃ???」
「???」

いやいや、照れなくて結構。
どうやら必死に隠していたようだが、私の地下情報網を侮ってはいけないよ。
京治君だけじゃなく、蛍にも『イイヒト♪』がデキたってことぐらい、
とっくのとうに知っている…魔女のためにママチャリ操業を始めたらしいとな!

あの蛍をオトすとは、京治君級のドERO魔女に違いない!と思い込んでいたが、
まさかこんなに素直で可愛らしい、ぴゅあぴゅあな魔女さんだったとは…っ!!
多分、京治君が月島家から抜ける代わりに、君を我が家へ…という策だろうが、
勿論大歓迎!全力でウェルカム!!喜んでその策を受け入れるぞっ!!!
何と言っても、君は私の長年の夢を…出逢った瞬間に叶えてくれたんだからな!

「明光も蛍も京治君も、決して叶えてはくれなかった(キャバ嬢は別枠)…
   我が子から『パパ♪』と呼ばれたいという壮大な夢、遂に叶え…ぬをっ!?」


「ふ~ん、それが、ツッキーパパの夢…なるほどね~、よぉ~くわかったよ♪
   それを叶えたら、俺はツッキーんちの子になれるんだ…へぇ~、そっかぁ♪」

じゃ、ツッキーパパ、ほんのちょっとだけ…おやすみなさぁ~い♪
目が覚めたら、俺が…空をトんでキた方の魔女が、夢を叶えてあげるからね~


ゴン!!という鈍い音と共に、その場に撃沈&昏倒した、僕のパ…父さん。
その後ろには、ペンギンも凍てつく風を纏って宙に浮かぶ、最愛の…魔女様。
身に覚えのあるシチュエーションに、僕と二口さんはヒッ!と喉を引き攣らせ、
またしても仲良く抱き合いながら、呼吸と心臓を一時停止した。

「おかしいなぁ…忠実に再現するのは、この場面じゃなかったはずだよね~?
   『神域で大サービス』事件…自主的に記憶は抹消って言ってなかったっけ?」

それとも、『事故』から『壁ドン』しちゃった場面を、アレンジしたのかな?
どっちにしても、熱演ハンパない…ハラワタまで煮え滾りそうだったよ~ふふっ

驚きのあまり、つい着地点の目測を誤って、ツッキーパパを『こつん♪』と…
二口さん登場以降の記憶、すっ飛ばしちゃったかも?ホント、ごめんなさ~い♪
ま、この『事故』のおかげで、ずっと謎だった『パパの壮大な夢』が判明…
俺達が練った策は、結果的に大成功を納めるっていうハッピーエンド確定だね~

「…そうだよね、黒尾さん?」
「はっ、はい!そうですっ!」

「念の為、確認しとくけど…」
「忠、これは『事故』だ!!」
「俺はむしろパパ♪の方っ!」


ニコニコ~と、天使のような微笑みで、穏やかに問い掛ける…魔女・山口。
まるで魔法にかかったように、真っ青な顔でコクコクとコウテイする面々を、
僕はただ、ポカンと眺め…あ、これもマリッジ・ブルー?なんて思っていた。

今まさに、自分にも危急の事態が目前に迫っているというのに、
状況に感情が全く追いつけず、呆然…これも、防衛本能なのかもしれない。

そんな僕に、山口は「ツッキー、魔女様の帰還だよ~♪」と優しく囁くと、
黒尾さんは僕の上から二口さんを抱えて退け、赤葦さんは僕を引き起こし、
空いたスペース…僕の腹の上に、「ただいま~♪」と山口は着地した。


「赤葦さん、こういう時どうすればいいのか…部下に教えてあげて貰えます?」
「つつつっ、月島君!しょ…『証拠』です!証拠を、山口君にお見せしてっ!」

証拠…???
ハッピーエンド計画(仮)の作戦指令書には、二口さん登場シーンがないことは、
山口だって知っているはず…それを、わざわざ提示しろっていう意味??
それなら、確か指令書の3頁目、下から5段目…と、ポケットから紙を出すと、
黒尾さんに抱っこされた二口さんが、僕の頭にゲンコツを落としてきた。

「馬鹿!そんな紙キレじゃなくて…証拠っつったら、アレのことだろうがっ!」
「俺とお前が初めて出逢った日…忠が現実にヤったことを、忠実に再現だっ!」

その言葉に、黒尾さんと赤葦さんは真っ赤になった顔を覆ってそっぽを向き、
二口さんもぎゅーーーっと両目を固く閉じて、僕と山口から目を逸らした。
えーっと、初めて出逢ったのは…この事務所?そこで、山口がヤったのは…っ!

   (…ココで!?アレをヤれと…!?)


目を閉じているとは言え、上司×2と二口さん、そして実の父親の面前で、
山口から『される』んじゃなくて、僕の方から『する』だなんて…っ!
いやいやいや、それはムリムリムリ…恥ずか死んじゃうから!

…と、首を横に振ろうとしたけれど、僕をじっと見据える『青』を湛えた瞳に、
恥かしさは風と共に消え失せ、自然と首を縦に…コウテイの形をとっていた。

   (今は、恥かしがってる場合じゃ…)

瞳の端から零れる『青』を、親指でそっと拭い、両頬を両手で包み込む。
そして、爆睡して意識のない父と、山口に向かって…はっきり宣言した。

「僕自身が『この人だ!』って選んだのは、飛んで来た魔女…山口忠、だよ。」


だから安心して、ね?…と、僕はあの時の山口のセリフも忠実に再現し、
じっくり3つ数える間、しっかりとその唇に『証拠』を残した。





- ⑤へGO! -




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※養子縁組について →『結縁奸計
※『赤葦京治』という名について →『
引越見積⑧
※あつしぼ →『冷熱乾絞
※パネ写 →ある種の飲食店入口には、キャストの顔写真入りのパネルが…
※魔女の着地場所 →『
愛月撤灯
※『神域で大サービス』事件 →『
帰省緩和⑨
※『事故』から『壁ドン』 →『
帰省緩和④
※二口と月島が初めて出逢った日 →『
帰省緩和①


おねがいキスして10題(2)
『08.そんなことよりキスして』



2019/03/06 MEMO小咄より移設
(2019/02/13,19,03/03,06分) 

 

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