愛月撤灯








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「お~い、ツッキー、開け…っ!?」


黒猫魔女の事務所が見えるお向かいのビル屋上で、業務後の休憩を取った後、
箒に乗って宿直室へ帰還…一足先に帰った、デキる下積君ことツッキーが、
ナイスタイミングで窓と両腕を大きく開けて、俺をお出迎えしてくれている。

でも、今日はその窓が…開かない。
もしかしてトイレ?いや、ヘッドフォンで最後の通話を終了した3分前には、
「トイレ行くから5分後に。」なんてことは、言っていなかったはずだ。

俺の帰還場所は、ツッキーの腕の中…いつの頃からか、それが『定位置』で、
絶対にそれを外さないように、最後の通信から3分後に帰還と決まっていたし、
そうでない場合には、事前に「何分後にお願い。」と、言ってくれていた。

   (ツッキー、どうしたんだろ…?)


これじゃあ、帰るに帰れない。
俺は箒でふわふわ宙に浮いたまま、ベランダからツッキーに声を掛け…
窓から見えた光景に驚き、途中から声と息を呑み込んでしまった。

   ベッドに腰を下ろし、壁に背を預け。
   窓の外、『秘密基地』を見上げつつ。
   月光を全身に浴び…瞳を閉じていた。

ここ最近の慢性的な睡眠不足(W杯観戦)のせいか、たった3分が待てずに、
月の光に誘われるがままに、ツッキーはうたた寝をしてしまったようだ。


本来なら、俺は上司(飼主)として、『待て!』ができない子を叱るべきだけど…
暗い室内で淡い月明りに照らされ、キラキラと輝く柔らかい髪と白い肌、
そして、生意気さが消えた穏やかな寝顔に…俺は目を奪われてしまった。

   (綺麗な…月。)

歌舞伎町で一番キレイな夜空を独占し、誰よりも月に近い所へ行けるのに、
300年ほどの魔女人生で、こんなにも美しい月を見たのは…初めてだった。
窓ガラスの向こう側の、自分が独占している月の上に、
窓ガラスに映る夜空の月が重なる姿は、神々しささえ感じる美しさだった。

しばらくの間、窓越しに二つの月を惚けたように眺め続けた俺は、
雲で月に影が差したことで呪縛が解け…静かに隣室の事務所から中へ入った。


音を立てないよう、ゆっくりと事務所内を飛行…全ての電気を消して宿直室へ。
廊下から漏れていた灯りもなくなり、充電中のスマホの灯りもタオルで隠すと、
宿直室の中は、窓から差し込む柔らかな月の光だけになった。

   慎重に、慎重に。
   月の傍まで、飛んで行く。

鼻先が触れそうな程の至近距離に浮遊しながら、ごく間近から月を愛でる。
そのあまりに優美な姿に、呼吸することすら忘れてしまいそうで…

   (月が…遠い。)

窓ガラス越しではなく、さっきよりもずっと近い場所に居るはずなのに、
月の光だけをその身に受け、自らも淡い輝きを放つツッキーが、
本当に月になってしまったかのように…遠い存在のように見えてまった。

   (もっと、近くに…)


   わざと風を起こし、長い睫毛を擽る。
   瞳を開ける瞬間に、そっと口付ける。


「ん…?や、まぐ、ち?」
「起こして…ゴメンね。」

「あ…おかえり、山口。」
「ただいま…ツッキー。」

朧な視線は、まだはっきりと俺の姿を捉えていなかったのに、
ツッキーは両手を大きく広げて…月光のようにふんわりと微笑んだ。


俺はその光に導かれるように、温かい腕の中に帰還した。




- 終 -




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2018/07/02
(2018/06/30分 MEMO小咄)
(2018/06/09分 Twitter投稿)

 

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