隣之番哉⑤







   あの義弟が、ついに結婚するらしい。
   まさかの実弟も、結婚するんだとか。
   正直なとこ…ホント勘弁してほしい。


俺には、弟が二人いる。
一人は、性格は全く似ていないけれど、確実に血の繋がったクソ生意気な実弟。
もう一人は、顔も性格も似てなくて当然な、血は繋がっていないドエロい義弟。

どちらもクセとアクが強く口数が少ないくせに、雄弁…可愛げのカケラもない。
でも、少し歳が離れているせいか、それさえも最近は可愛く見えてきたあたり、
俺も歳を取ったなぁ~と…自らの心の余裕(と、お腹周りのゆとり)を自覚。

   (俺も、オトナになったなぁ~)


そんな可愛くて仕方のない弟達が、この度、相次いで結婚すると言い出した。
もしこの話を、本人達の口から聞いていたら、絶対に俺は信じなかった。
二人で共謀して、何か面白いコトをしでかそうとしているとしか思えない…
兄ちゃんも仲間に入れてよ~♪と、心底嫌そうな顔をされるのもコミコミで、
可愛くない弟達との策謀を、俺も一緒に思いっきり楽しみまくったはずなのだ。

だけどこの話を打ち明けてくれたのは、生意気な弟達ではなかった。
密かに「こんな弟がいたらいいのになぁ~」と、本心から思っていた、
俺をめちゃくちゃ慕い、素直に立ててくれる、デキすぎな弟分から…こっそり。

立場的にはフェア…対等かつ信頼に基づく取引を行う、交渉の相手方だった。
しかし、年齢的にはあちらの方が圧倒的かつ膨大な『人生経験』を持っていて、
不惑到達までまだ猶予がある未熟な俺なんて、彼からすれば赤子同然だろうに、
「不動産業は未経験ですから。」と、俺を先輩として敬ってくれる…大器だ。

   (その余裕こそ…オトナの証拠。)


長男の俺は、弟が生まれた瞬間から(多分、母さんのお腹にいる頃から)、
『お兄ちゃん』として育てられ…弟を可愛がるようにと、言い聞かされてきた。
どこのご家庭でも、『第一子』というイキモノは、そう言われて育つはずだ。

どんなに甘ったれで泣き虫で、ワガママ三昧だったとしても、下の子はOK。
喧嘩しても兄ちゃんが悪いし、弟妹の模範となるよう非行など許されないのに、
下の子は自由奔放に振る舞っても、手がかかるほど可愛いなどと言われたり。

   (何だよそれ…意味不明だろ。)

んで、散々親や上の兄姉に迷惑をかけ、多大なる援助をして貰ってるのに、
それが当然と思い込むどころか、勝手に憧れて勝手にトラウマになったり、
反抗しながらも助けを請い、いつの間にか、ちゃっかり先に幸せを掴んでいく。
第一子の行き遅れが多いこと多いこと…そして今度は、老いた親が頼り始める。

下の子の要領の良さと、親の対応の格差に、幼い頃から理不尽さを覚えつつ、
この貧乏くじ人生から抜けられず…地味に真面目に、下支えで一生を終える。

   (それが、ザ☆第一子!)


今回だって、そうじゃないか。
蛍は物凄い頑張った!反抗期も脱してオトナになった!やっぱり激可愛いっ!!
京治君も、素敵な王子様を射落として…これまた超~~~可愛くて仕方ない!!
父さんも母さんも、月島家総出で二人の幸せを全力で応援しちゃうぞっ!!
だから明光、可愛い弟達のために、お前もどうか手を貸してやってくれ…と。

   (そんなこと、言われなくても…っ)

どんなに可愛げがなくても、兄ちゃんは弟達を放っておけない習性だし、
何だかんだ言って、全身全霊で手助けしてやりたいと思い、実際にやっている。
決して表に出ることはなくても、皆が楽しそうにわちゃわちゃ言ってる裏側で、
難題続きで疲弊する両親・義弟・実弟の三組間を、仲介・調停し続けてきた…
大体、新事務所設立だって、そう簡単にできるもんじゃないんだからね!

   (身内だからって…サビ残かよ。)


結婚は、本人達だけの問題じゃない。
親の心的負担は相当なもの…両親の仲がギスギスすることも、少なくない。
特に、初めて子どもが結婚、しかも下の子ともなれば、ほぼパニック状態だ。
無知で無邪気な本人達よりも、経験がある分、親連中の方が手に負えない…
二組の番の間に挟まれる兄ちゃん姉ちゃんは、たまったものではない。

しかも今回、それが更に一組増えちゃってるし、どっちも超イレギュラー婚。
理解と常識の範疇を大幅に越境し、調停者(仲人?)の俺は、混乱の極みだ。

   (これが『計算』だなんて…っ!!)

『困難は分割せよ』の逆を突き、個々の問題点を数多に埋もれさせてしまう…
確かに有効かつ狡猾な策で、考えた人物は間違いなく智将、尊敬に値する。

けれども、この悪魔的な策には、致命的かつ重大な欠陥が存在している。
本星の両親だけでなく、自らも困難を抱える『諸刃の剣』なこと…ではない。
そんなものは、ただの自業自得。自分で蒔いた種なんだから、苦労して当然。
問題は、最も甚大な被害を受けるのが、第三者たる調停者だという点だ。

   (つまり…俺だよ、俺っ!!)


アッチとコッチを繋ぐ『間(閒)』…
境界線上の存在が、いかに危険と責任を伴うものなのか、歴史を見ても明らか。
感謝されるよりも、どちらからも八つ当たりされ、恨まれるリスクの方が高く、
苦労の割に全く合わないから、不動産屋や法律家といった専門家がいて、
面倒かつ危険な仲介を、『業』として営んでいる…そうせざるを得ないのだ。

そんな危険を、親も下の兄弟も、何の気なしに(当然の如く)第一子に負わせ、
身内だからと無遠慮に言いたい放題…本当は無関係な第三者に頼むべきなのに。
業でなければやれないようなことを、『間』の身内にやらせるだなんて、
実は物凄く酷い仕打ちだということを、親や弟妹にはほとんど自覚はない。

   (ホント、損な役回りだよっ!!)


俺独りが間に入って、上手く回せる物量じゃないし、失敗なんて…できないし。
大切な身内だからこそ、幸せを壊さないよう、無関係の第三者に任せるべきで、
それ故、医師や法律家はできるだけ親族の案件を取り扱わないようにしている。

だから俺は、弟達の策に気付いた瞬間、絶対に深く関わらないつもりだった。
今も、弟達とはサシで話をする場を設けていないし、連絡も必要事項のみで、
両親達との仲立ちはするものの、双方が俺に頼り切らないよう図っている。

   (俺の言うことなんて、聞かないし。)

それでも、結局俺がそこそこ深々と関わり、裏から莫大な援助をしているのは、
弟達や両親ではなく、ギリギリ義理?なカンケーになりそうな人物からの依頼…
黒尾君との個人的な信頼関係から、彼を助けたいと思ったからだ。


約300歳という豊富な人生経験だけじゃなくて、彼自身の資質…
俺と同じく、貧乏くじ引きまくりのザ☆長男気質の『頼れる主将』の彼は、
自分が企てている策を全て打ち明けた上で、俺に頭を下げてくれたのだ。
辛く難しいのに評価されない仕事をお願いしてしまい、本当に申し訳ない…と。

上の子の苦労を熟知している『同士』から、俺の立場を理解し大いに感謝され、
なおかつ、どうしても俺の力が必要だと頼られてしまったら、断れるわけない。
同じ『頼る』でも、両親や弟妹、部下からのものとは、これは全く違う…
陰ながらの努力と苦労に気付き、労ってくれたことが、本当に嬉しかった。

きっと黒尾君も、『みんなの兄貴分』として、目に見えない苦労を重ねている。
そしてこれからは、部下も増え家族も増え、誰もが彼にもっともっと頼り切る…
それが実感としてわかるから、血が繋がっていなくても、義兄弟でなくとも、
同じ『兄ちゃん属性』の仲間として、俺は黒尾君の力になりたかった。

   (俺の弟達が、そっくりそのまま…っ)


「人だろうと人外だろうと、集団の兄貴的存在は…みんな『同士』だよね~」
「家庭内中間管理職…それが、長男長女ってやつですからね。」

二人で何度か、仕事終わりに池袋あたりに繰り出し(歌舞伎町は庭すぎる)、
家族経営ならではの苦労や愚痴を曝し合い、酒と共に慰め合った。
(俺は一応社長だけど、実質的オーナーは両親…名ばかり社長さんだ。)

   俺の名は、月島明光。
   周りを明るく照らす、光となる存在。

「光は、ただの光源。
   実際に輝くのは、光を当ててもらった側…『光そのもの』じゃないんだよ。」
「俺の『朗』も…同じです。
   これは『月明り』を意味する文字…明光さんと俺は、やはり『同士』です。」


そんな『同士』から、「コイツのことも宜しく頼みます。」と紹介されたのが、
同じく『報われない兄貴属性』…俺の隣で、焼鳥片手にグズっている彼だ。
山の神と巫女を守り、陰から支え続けてきた、生まれながらの『裏口』家業…

   (いやはや…同情の極み。)

今回の、弟達の結婚×2組でも、彼は見えないところで東奔西走し続け、
弟達をずっとサポートしてくれていた、超苦労人…人外側窓口の担当者だ。
出会ってすぐ、黒尾君が『同士』として彼を後任に指名した理由がわかったし、
「お互いご苦労さん!」が、空気でバッチリ伝わり…ソッコーでマブダチだ。


「山口先生も忠達も、俺らにアレもコレも任せ過ぎ…マジ死にそうだし。」
「俺らで『魔女の儀式』の式次第を決めろとか、冗談じゃねぇっつーの…」

ぶらいだるこーでねーたー?とかいう専門家に、ぜ~んぶ丸投げしてぇけど、
どう考えても無理…で、結局俺らがやってやるしかねぇってオチだよな~
可愛い忠のためとは言え、俺自身はこれっぽっちも報われねぇ…タダ働きだし。

「クソ生意気な実弟だし、ドエロい義弟だし、黒尾の人タラシは卑怯だし…」
「オニーサンもツイてねぇというか…損な役回りだよな~マジで泣けるわ。」
「堅治君、わかってくれる!?ホント、飲んでなきゃヤってらんないよね!」

弟達の儀式まで、あとわずか。
俺のことを唯一『オニーサン』と呼び、俺を認めてくれる彼…二口君と共に、
今日も儀式の打ち合わせ&準備に駆け回り、慰撫し合う…グデグデの飲み会だ。


「結婚って…すっげぇしんどい。」
「多分、隣近所の…俺らの方が。」
「ホント…勘弁してほしいよね。」



********************




「コレの技術革新…凄まじいよね。」


トータルで400年程の人生…
正確に内訳を言えば、前世?の『モノ』として100有余年生きた上で、
付喪神として転生?し、更に300年…実は俺、クロ達よりもかなり『年上』だ。

カンケーないけど、本屋の新刊コーナーに平積みされているコミックを見ると、
『転生』と『異世界』ってタイトルが、最近やたらめったら目立つ気がする。
変身願望は誰にでもあるけれど、そんなに現世や現実の自分が嫌なのか?

そう言えば昔、水を媒介にして異世界にワープし、魔王になるって話があった。
水媒介って、ペストか?確かに、水洗トイレには、吸い込まれそうではある…

そんなことを漫然と考えながら、壁付スイッチを押し、慌てて立ち上がる。
50年ぐらい前までは、ポットン式(汲み取り)便所に落ちそうで怖かったけど、
それ以上に、この激しいサイホン(吸込)式の水洗便所の勢いが、ちょっと怖い。
もしこの渦に巻き込まれたら…うん、地底王国ぐらいにはたどり着けるかもね。
そう思ってしまうほど、トイレの技術革新は恐るべきスピードで進んでいる。

モノの進化が早過ぎると、『100年大事に使う』ことなんて、なくなっちゃう…
俺みたいな付喪神が新たに生まれる機会も減り、絶滅危惧種に指定されそうだ。


「つーかさ、便器を流す『大』ってモード…別になくてもよくない?」
「うぉっ!!?ま、まだ、何も…っ!」
「わぁっ!!?し、してません…っ!」

新品の洗面化粧台…何と、洗面器の奥から石鹸泡、手前から乾燥風が出てくる。
(便器もタンクレスタイプの最新型。当然、温水洗浄&暖房便座が標準装備。)
渦巻の流水音に若干ビクつきつつ、手を洗い温風で乾かしてから店内に戻ると、
カウンターを挟んで、クロと赤葦がお互いにすがりつき…わたわたと大慌て。

あ~はいはい。
俺が暖房便座でぬくぬくしながら、ぼ~っと考え事するのを熟知してるクロが、
チャンス到来!とばかりに、赤葦にぶちゅ~っとかまそうとしてたんでしょ?
ここぞとばかりにニヤニヤしてやると、二人は真っ赤な顔でアサッテを向き、
『取り繕う』の見本みたいに咳き込み、場の空気を流すべく話を合わせてきた。


「たっ、確かに、研磨の言う通り…流すボタンは『小』だけでいいよなっ!?
   よっぽど『大物』か、紙を大量に使わねぇ限り…『小』で全部流れるしな。」
「水って、超貴重な資源だから…できるだけ大事に使った方がいいでしょ。
   節税のためにも、公共施設は節水タイプの便器にすべきだと、俺は思う。」

クロの指定席…一番左端の席から一つあけて座ると、サッとホカホカおしぼり。
更には、明らかに高級そうなグラスにアイスティー&老舗のアップルパイ登場。
こういう『取り繕う(水に流す)』は大歓迎…やるな、赤葦。
でも、その赤葦の口から出てきたのは、予想外に強い『No』の言葉だった。

「『大』モードは、絶対に必要…節水だって、一概に『良い』とは言えません。
   むしろ大規模なビルや公共施設ほど、節水型便器は不向きなんですよ。」

赤葦の言葉は、クロにとっても予想外だったらしく、俺と同じキョトン顔。
同時にそれを興味津々顔に変え、赤葦に話の続きを促した。


「一見、必要なさそうな『大』…」

『小』モードでも十分に流れて、便器内はすっかりキレイになります。
しかしながら、トイレは『便器』だけで完結しているわけではない…
その先に繋がる『配管』も含めて、『排水設備』全体がようやく機能します。

「便器だけではなく、配管内もすっかり流し切ることが、重要なんです。」

一戸建とは違って、たくさんの排水機器(便器等)と配管が連なるような場所…
マンションや大型店舗、公共施設では、機器数も流すべきモノも多いですよね?
太い配管が必要なのは勿論、広い面積即ち長い距離(配管)を流し切るためには、
一定以上の勢いを保つ水流…結構な『水量』が、どうしても必要なんです。

「節水型や『小』で便器内はキレイになっても、配管内に留まっていたら…?」
「便器数が多く、配管も長いとなれば…あっという間に詰まっちゃうじゃん。」
「一斉に使用不可…大規模施設だと、修理だってとんでもねぇ手間と出費だ!」


目先の水道代節約と節水に囚われ、排水設備の流れ全体を見ていなかったら、
結果的に大損害を被ってしまう…とても『水に流せる』話ではなくなります。

それに賃貸ならまだしも、区分所有…マンションの部屋を買っている場合には、
廊下やパイプスペース内の配管は、所有者全員の『共有』扱いとなりますので、
大規模修繕となると、管理組合の総会を開いて議決が必要になったりします。

「あ、そっか。個人が勝手に開けて、修理とか…ムリなんだね。」
「マンション管理組合が上手く機能してるとこの方が、少ないらしいしな。」
「節水したくなる大規模な場所ほど、設備屋は節水型をおすすめしません。」

結論としては、一戸建や小規模なアパートであれば、節水型便器も良しですが、
それでも『大物』の時には、『大』をポチリと押す方がベターだと考えられ、
タワーマンションや公共施設等の大規模な建物では、節水型はむしろNG…
利用者全員と設備全体のためにも、ケチらず豪快に『大』をポチリすべきです。

「以上、大学は建築設備専攻だった赤葦京治による、排水設備プチ講座…
   ご来場の皆様、最後まで御清聴ありがとうございました。」


皺ひとつないバーテン服を着こなした赤葦は、腹部に手を当てて優雅にお辞儀…
どこぞの吸血鬼に見習ったと思しき美しい仕種に、俺とクロは思わず拍手。

ははぁ、なるほど。
この『プチ講座』という名の屁理屈(もしくはウンチク)を垂れまくって、
店内の排水衛生&ガス厨房&空調換気設備改装も、月島父に認めさせたのか…

「いえ、俺はただ、他所の設計士さんにお願いするとお高くなりますから、
   自分の店ですし、俺でよければ破格で図面をお書きしますよ?と…」
「これが『目先の節約に囚われて、結果的に大損する』の、お見本ってこと?」
「いつの間にか、店内フル改装…しかも設計費まで父に請求してるしな。」

さすが赤葦、抜け目ない。
何となく、アイスティーのお代わりを貰うのを躊躇ってしまった俺は、
二人にはバレないように、話題を強引に繋いで『取り繕う』を実践しといた。


「一見、必要なさそうなモノと言えば…『物語』もそうじゃない?」

マニアックな研究者以外の一般人が、物事の大まかな流れを掴む程度であれば、
古事記や日本書紀等、正統かつ公式と言われる『記録』にあたるぐらいで十分。
それこそ趣味でもなければ、自発的にその他の非公式なモノまでは必要ない。

「もし見るとすれば、研究以外の目的…趣味や娯楽になるだろうな。」
「あとは、試験や入試だから仕方なく…自発とは程遠いものですね。」

また、研究者に至っては、物語等のフィクションは『二の次』であって、
あくまでも基本は、体系的な『記録』をその研究の元とするのが一般的だ。

「問題なのは、公式な『記録』が存在しない場合だな。
   そこで『二の次』となる『記憶』の部分が登場…物語や伝承の類だ。」
「公式な『記録』には残りにくい、日常生活に関するものだったり、
   公式には残したくないネタだったり…マニア垂涎の研究対象だよね。」
「日常の風景や習俗等は、物語の世界から垣間見たり、
   フィクションでしか語れないコトを…読み解く必要が出てきますね。」

これはもう、興味のない一般人には無関係の、研究もしくはマニアの域。
だから『無形文化財』等と銘打って、残す努力をし続けなければ、消えて逝く。
その最たる例が『祭祀』…一般人を巻き込まなければ、あっという間に消滅、
もしくはカタチだけが残り、儀式の意味はとうの昔に忘れ去られていたりする。
(形骸化した祭祀に、いつか神がキレちゃうんじゃないかと…ちょっと心配。)


「伊達工業㈱史上最高傑作品『黒鉄魔羅様&エっちゃん』の製作にあたって、
   俺、川崎の『かなまら祭』を(遠目に)見学してきたんだけど…」

年齢・性別・人種・国籍を問わず、大勢の観光客が溢れかえる、世界的奇祭…
もう、巨大なアレが神様として崇められている理由だとか、カンケーないよね。
ただ単に、堂々とアレを担いで練り歩いたり、アレ型の飴をしゃぶりたいだけ。
金髪碧眼の外人美女集団が、笑顔でペロペロしながら歩く姿…壮観だったよ。

でも、この超盛り上がる昇天系フェスティバルも、一時は絶滅の危機に瀕し、
先代宮司さんが大変な御苦労をされて、ようやく復活できたお祭りなんだって。

「あんなに大賑わいで、世界に名だたるお祭りなのに…ですかっ!?」
「かなまら祭はマシな方。俺が一番ショックを受けたのは…もう一つの方。」

かなまら祭の金山神社さんには、その本体とも言える別の重要な祭祀がある。
それが『鞴(ふいご)祭』…鉱山と製鉄の神を祀る、神社の『メイン』だ。

社殿内の炉に火を熾し、鉄を打つ様子を間近に観察できる貴重な機会なのに、
川崎の鉄鋼業に携わる会社の人々と、神社の氏子さん以外の参加(見学)者は、
近所のマニア…郷土史家と、卒論用に製鉄を研究中の、刀剣に詳しい女学生。
あとは、ランニング中に顔を出したお父さんと、モノ好きな夫婦だけ…
ほぼ強制参加の関係者の他は、10人に満たない『こじんまり感』だったんだ。

「人の少なさよりも衝撃的だったのは、祭祀の『担い手』の方だよ。」

目の前で、鉄の棒を火にくべて、道具に変えていく…魔法の様なタタラ技術。
それを実演してくれた魔法使い達が、神職でも鉄鋼業関係者でもなく、
製鉄専門の元大学教授と、その友人ズ…ただのマニアだったってことだよ。
上着は白の作務衣?だったけど、下はジーパンにスニーカー…俺よりラフだし。

「記憶の部分…伝統や口伝の類は、一部のマニアがかろうじて繋いでる…
   マニアやオタクの好奇心がなければ、すぐに消滅してしまう状態なんだ。」
「かなまら様…金山神社さんでさえ、そんな危機的状況なんですね。」
「今や文化や伝統継承の鍵を握っているのは、熱心なマニアなのか…」

巨大なアレ…エロに惹かれたっていい。
刀剣(もしくはイケメン)好きが高じて、卒論のテーマを決めたっていい。
モノ好き夫婦の奥さんが、実はコレをネタに二次創作したって…いいんだよ。
不純な動機だろうが、純粋な好奇心だろうが、残せるのなら…それで良い。
一度喪われたモノを取り戻すのは、残すよりもはるかに困難なことだから。


「あいつら…凄ぇ大変そうだもんな。」
「情報が少なすぎると…嘆いてます。」

今まさに、自分達のすぐ隣で、『存在しない記録』と『消えた記憶』を辿り、
学者並に文献を漁り、聞き込み調査をし続けている苦労人が…約2名。
弟達の結婚のために、『魔女の儀式』について調べ回っているようなのだが…

「昨夏『御挨拶』に行った際、月島君が二口さんから頂いた『しおり』には、
   儀式の詳細は『追って連絡する』としか、書かれていなかったそうです。」
「青根がほとんど拉致して連れてっちまったから、間に合わなかったんだな。
   あいつらには、俺らの分も加算で面倒を頼んじまって、申し訳ねぇよな。」

この俺から見ても、気の毒に感じてしまう程の、疲労困憊ぶり…
猫ですら、思わず手を貸してやりたくなるかもしれない(俺は貸さないけどね)。
ホント、兄貴ってのは損な性分…ご愁傷様という言葉以外、思い付かない。


とにかく、『公式の記録』にできないものの代表が、俺達人外に関することだ。
これらは『物語(もののかたり)』という形でしか、残すことができないが、
その物語にも、魔女の儀式について(全裸以外の)詳細な描写がないとなれば…

「ゲームみたく、伝説丸わかりダンジョンがあったり、長老が教えてくれない…
   長老こと山口先生、興味ないコトは記憶しない主義…全く使えないってね。」
「青根さんとこも、一般的な神前式は時折やっても、魔女の儀式はほぼ未経験…
   異類婚姻譚なんて、あの郷でも数百年ぶりらしく、記録も記憶もないとか。」
「困り果てた明光さんと二口は、ウチの実家…黒尾母にまで聞きに来たり、
   よいこの童話と一緒に、飲み屋で『ゼクシィ』まで読み漁ってたからな。」

今やあの『お兄ちゃんズ』は、歌舞伎町ナンバーワンの婚姻儀式マニアと化し、
赤葦に『お姑さんと仲良くする方法』という『しおり』までくれる始末だ。

「黒尾さん、俺は、その…お義母様と、上手くやっていけるでしょうか?」
「大丈夫だろ。ウチで一番ウルセェ、そこの小姑が…認めてんだからな。」

へぇ~、それ…誰のこと?
俺はそう切り返す代わりに、お隣さんに流れ始めた話題を引き戻してやった。


「魔女の儀式…お隣さんの月島&山口組のことも、勿論大事なんだけどさ、
   アンタらの方…黒尾&赤葦組は、どんな儀式をする予定なのさ?」

まさかとは思うけど、二人っきりで本懐遂げてオシマイ♪、とかじゃないよね?
黒尾&赤葦の家族は、アンタらがちゃんと『お披露目』してくれる婚姻儀式を、
口では言わないものの、実はすっごい楽しみに待ってるんだから…

「え、お、俺達の…?」
「こ、婚姻、儀式…?」

あー、そのマヌケ面。
お隣さんのことばっかり心配して、自分達のことは全然考えてなかった顔だね。
見ていられないほど動揺して、火が点きそうなぐらい真っ赤になっちゃって…

「全くもう…何やってんのさ。」

俺はこれ見よがしに大きくため息を吐き、立ち上がって再度トイレへ。
鍵を掛け、10数えてから…あ、そうだ!と、扉を開けて店内に顔を出す。


「赤葦、紙がキレてる…って、
   全くもう…ナニやってんのさ。」

俺の予想通り、二人はカウンター越しにすがりつきながら…ぶちゅ~♪っとな。
今度は未遂じゃなくて、思いっきり現行犯を目撃してやったり!!

いい歳こいて、生娘のように恥かしがる二人の姿が面白過ぎて…俺は大爆笑。
目尻に滲んできたモノを、受け取ったトイレットペーパーで拭いながら、
もう一度トイレに戻り、ぬくぬく便座に腰を下ろし…『大』ボタンをポチリ。


「全くもう…何やってんだろう、ね。」





********************




「んじゃ、皆で…乾杯っ!!」


俺達は今、極楽の絶頂に居る。
…ではなく、『黒猫魔女』新事務所の一部・極楽ビル屋上に青いシートを敷き、
ビルとビルの隙間から、新宿御苑の淡い桜色を遠目に眺めつつ…お花見中だ。

「大混雑もないし、俺達が独占して、新宿で一番綺麗な桜が見れるよ~♪」と、
昨日の昼に、可愛い忠からお花見に誘われ…当然ながら、一も二もなく快諾。
すぐさま部下(研磨)に午後半休を命じ、翌日休業の準備をさせると共に、
外回り中の二口と合流し、必要なモノや食材の買い出しに、四人で走り回った。

「忠の飯を作るのは、生まれる前から俺の役目だっ!!」と張り切った二口は、
忠用のポテトを揚げるだけじゃなく、アップルパイと苺ケーキを焼いたり、
栗を裏ごししたり、秋刀魚の干物&菜の花漬けを混ぜたおにぎりを結んだり…
時折俺に味見をさせながら(本来は二口の役目のはず)、ほぼ徹夜で準備した。

何だかんだ言いつつ、全員の好物を余すところなく作ってしまうあたりが、
二口の本性バレバレ…ダダモレの裏口が喋らずとも、皆に伝わるだろう。

ちなみに俺は、たこさん&かにさん&ぺんぎんさんの『ウィンナー水族館』と、
うずらたまごで『ひよこさん幼稚園』のデコレーション…忠と研磨の大好物だ。
「クロはジジ臭い和食オンリー…煮物とおひたしの焼魚弁当、もうヤだ。」と、
幼い頃の研磨がワガママを言って以来、二人のお弁当のデコは、俺の担当だ。


そして今日、『レッドムーン』の二人と黒尾を加えた計七名が極楽に登頂し、
屋上(魔女発着場)から桜を観賞…できたのは、視力のずば抜けた魔女達だけで、
俺達の作った花見弁当や、黒尾達が作った果物を漬けたワインを片手に、
他愛のないお喋りに興じ、春のうららかな青空の下で、のんびり過ごしている。

「こんな風に、皆でお花見だなんて…何年ぶりだろうね~」
「知り合ってすぐぐらいに、渋谷川沿いの水車を見ながら…明治の初め頃か?」
「違ぇし!忠と研磨の、尋常小学校の遠足に…俺らが父兄同伴した時だろ。」
「あの時もワクワクして寝られず…徹夜で弁当とか、作りまくったからな。」
「あぁ…寝不足の二口さんが、誰よりも先に寝ちゃったやつか。思い出した。」

そう言う研磨も、弁当を残さないようにと、無理して食べ過ぎ腹痛でダウン、
ぐずり始めた忠と一緒に、黒尾が二人を担いで帰った(俺は二口を以下同文)。
あれから120年程…まさか泣き虫の忠が結婚するなんて、未だ信じられない。

…いかん。
忠の『儀式』まで、絶対に泣かないと決めているのに、少し潤んでしまった。
青空が眩しいフリをして目を細め、キュっと緩みを締め…会話に耳を傾ける。


「僕と赤葦さんが初めて会話したのも、確か、お花見の席…でしたよね?
   サークルの新歓コンパに、何故かビールサーバーを持って来た変人先輩が…」
「缶ビールより、断然美味しいですからね。ただ、荷物が重くて重くて…
   誰とも歓談してなかったコミュ障の新入生に、片付けを手伝わせたんです。」

「実は親同士が既知だったのにも驚きましたけど、まさかそのままズルズル…
   お花見をきっかけに、赤葦さんにコキ使われる人生が確定するだなんて。」
「あの頃から月島君は使えないまま…サーバーの樽もズルズル引き摺る非力さ。
   10年経っても、ジョッキではなくシャンパングラスでビールですからね。」

人外組と人組で、ジェネレーションギャップ甚だしい会話が続いている。
余談だが、渋谷川は現在、全てが暗渠となってしまい、痕跡すらわからないが、
明治中期の夏頃まで、忠と研磨を連れて夕涼み…蛍を取りに行ったこともある。
そんな忠が、今度は歌舞伎町で『蛍』を捕まえたとは…いやはや、感無量だ。

…いかんいかん。
誰の話を聞いても、結局は可愛い忠に行きついてしまい、色々と緩んでくる。
ギュっと表情筋ごと引き締めると、ナニ怖い顔してんだよ!と、黒尾が小突き…
まぁ飲め!と、やや強引にビールをあおらせ、顔をジョッキで隠してくれた。


自分のことは信じられないレベルの鈍感なクセに、周りのことはよく見える…
俺が実は二口以上に涙脆い感動屋であることを、黒尾だけが気付いている。

『人タラシ』と言われる黒尾だが、実は誰よりも慎重で、心を開かない。
強大な力を持つ吸血鬼故の孤独さから、激しい人見知りのスーパービビリだ。
だからこそ、周りをよく観察し続けた結果、『人タラシ』になっただけだ。
誰も信じないだろうが、出会った頃の黒尾は、俺以上に無口で不愛想だった…
互いに言葉を交わすこともごく少なかったが、その分、深くわかり合えていた。

正直なところ、俺は忠以上に、黒尾が幸せを掴んだことが、嬉しくて堪らない。
孤高の黒猫が、心優しい飼主に拾われ、安寧の日々を手に入れることができて、
黒尾がどれほど救われたか…言葉にしなくても、俺には全て伝わっていた。

どうか、どうか…神様。
この春のうららかな温もりと、澄んだ青空に包まれるような、穏やかな人生を、
最愛の人と共に、黒尾が末永く生きていけるよう、見守って下さい。


「『山の神』ご本人様に、祈願して貰えるとは…身に余る光栄だな。」
「…まぁ、飲め。」

吸血鬼にテレパシー能力はないと言っていたが、これだけ通じるなら…十分だ。
賑やかにお喋りを続ける面々を眺めながら、俺と黒尾は静かに盃を傾けた。


あぁ、何て…意志の弱い涙腺なんだ。



*****



それぞれの昔話に花を咲かせ、弁当やデザートもあらかた食べ終えると、
簡易サーバーの片付けがてら、赤葦・黒尾・研磨の三人は店へ降りて行き、
屋上に残った俺・二口・忠・月島の四人は、その場でゴロゴロし始めた。

腹いっぱい、春の陽気。
青シートの敷布団、青空の掛布団。そして、青根の暖房器具!とばかりに、
左右から俺に引っ付き、まったりウトウト…気と心が徐々に緩んできたようだ。
普段は面と向かって話せないけど、誰もが気にしていたことを、ポツリポツリ。


「けんじゃの、いし…か。」
「一体…何なんだろうね。」

古くは、卑金属(金や銀等の貴金属以外の金属)を、貴重な金に変える際に、
触媒として使われる霊薬…人間を不老不死にすることもできると言われている。
錬金術師達は、水銀を原料にして賢者の石が精製できると考えていたそうだ。

「水銀は、鉄の精製にも必要不可欠。」
「だから、タタラには水銀…辰砂や丹と言われる『赤』も、必須なんですね。」
「山の神・青根…青丹は孔雀石(岩緑青)の採れる山って意味だろうぜ。」
「つまりは、銅鉱山…これも、『力』の象徴となった石の一つだよな。」

『死』を間近に観察できる、短命な生物や植物と違い、石の死は見えない。
そこから、永遠性を見出し、特別な力があると考えられてきたのかもしれない。
巨石や変わった形の石を御神体としている神社も、全国にはたくさんあり…
三日月型の石を御神体とする『月山神社』が、高知県に存在するそうだ。


「そう言えば、『パワーストーン』って言葉があるじゃないですか。」

お恥ずかしい話ですが、僕も赤葦さんも世情や流行に疎く、オシャレでもない。
店に来た御客様から、その耳慣れない言葉を聞いてから、しばらくの間…
赤葦さんは『磁石』のことを、パワーストーンだと思い込んでいたんですよ。

磁石等の持つ電磁気力は、宇宙物理学的に分類した4つの『力』のうちの一つ。
『力を有する石』と捉えるなら、赤葦が磁石だと解したのは、理に適っている。

「俺も似たような誤解してたよ~『力の源になる石』だから、石炭かなって。」
「俺は、神社の境内とかに置いてある、『力石』だとばっかり思ってたぜ。」
「村一番の力自慢を競う祭で、コレを持ち上げたぞ~!っていう、アレな。」
「漬物石…野菜を変化させる、力。」

物質を変化させるという点では、漬物石が一番、賢者の石に近いかもしれない。
もしくは、神妙な心持にさせる…墓石あたりも、不思議なパワーがありそうだ。
ニアピン賞は俺かな…と、心の中で自己満足していたら、
「全然違いますっ!」と、口を三日月型に曲げて抗議する声が聞こえてきた。


「パワーストーンとは、『僕に特別な力を与えてくれる石』のことです。
   これに最も相応しいのは、不老不死に変化した生物…即ち『化石』です!」

奇跡的な偶然と長い長い時間を経て、永遠の生を得た『化石』ですが、
今なお、どういう仕組みで化石ができあがるのか、解明されていないんです。
樹木の細胞組織が、地下水を通じ鉱物に置き換わり、化石化した『珪化木』や、
アンモナイトが結晶質に置き換わった、虹色に輝く『アンモライト』…
これらはまさに、地盤という巨石と、地殻変動等の力がもたらした大変化です。

僕としては、化石以上にパワーを有する石など、無きに等しい…
アンモライトやオパール化した化石をアクセサリーに加工するなど、愚の骨頂!
鉱物も化石の次に好物ですけど、それは加工前の『鉱石』限定ですから。
命を育み、生を不死に変える、地球最大の賢者の石とは…『地球』そのもの!

欲を言えば化石だって、全部『骨!』になって組み上げられているものより、
できれば『発掘の真っ最中!』な、半分岩石に埋もれているのが、一番美しい…
鉱物も同様に、輝きが一部だけ見えていたり、岩と一体化しているものこそが、
永遠を生きる美しさを具現化したもの…加工して磨く必要は、全くありません!

宝石やアクセサリーに成り果てた鉱物には、僕は何ら意味を見い出せません。
それよりも、恐竜の胃石や腎結石、尿路結石の方が、余程価値がありますから。
あ、これは『けんじゃのいし』ならぬ、『かんじゃのいし』かもしれませんが。

えーっと、結論としては、ですね…
もし山口先生の作った『賢者の石』を飲めば、不老不死…化石になれるのなら、
誰の意思も関係なく、『化石になる』という僕の壮大な夢…遺志を、残し、て…


「………?」

二口でさえ口を挟めない程の、圧倒的パワーでオタクトークを繰り広げた月島。
間違いなく、こいつにとっては化石がパワーストーンなんだと納得していると、
スピーカーの電源が切れたように、突然プツリと音声が途絶えてしまった。

上体を起こし、月島を覗き込むと…穏やかな寝息を立てる『生きた化石』に。
お酒も入り、お腹も満たされ、『夢』の話をしたせいか…要するに寝落ちだ。
オンとオフの激しさに、俺と二口が呆然としていると、忠が小さく囁いた。


「気持ち良さそうに…全くもう。」

しょうがないなぁ~と、クスクス微笑みながら、忠は二口から上着を受け取り、
子どもみたいにキラキラした瞳で、夢を語るなんて、可愛いんだから~♪と、
慈愛に満ちた眼差しで、月島のお腹に上着をかけ、髪を優しく撫でてやった。

その愛情溢れる仕種…二口や俺が、ぐずる忠によくしてやったのと、同じだ。
可愛くて可愛くて堪らなかった忠が、他の誰かに愛情を注ぐようになったとは。
目の当たりにした忠の変化、いや、『成長』に、熱いモノが走馬灯のように…

「うぅ…だ、だだじも、オドナにっ、なっだんだ、なあ…っ、。、。」
「もう、忠の前で泣かねぇって、決めてたのに…っ、俺の意志、弱すぎ…っ」

俺がじんわりする間もなく、二口がズルズルと鼻を啜り嗚咽を漏らし始めた。
身近に情感豊かな奴がいると、俺は出しそびれるか、出しても目立たないだけ…
(ちゃんと感極まって、見えないところで拭いているから、安心して欲しい。)

今度は泣きじゃくる二口の頭をナデナデする忠…どっちが親だかわからない。
このズブズブな『忠溺愛』をどうにかせねばと、『子離れ百年計画』を実行…
上手くいっていたはずだが、忠の結婚話が出てから…毎夜、枕を濡らしている。
寂しさを紛らわせるように、寸暇を惜しんで準備に奔走するいじらしい姿に、
同じ『親』として、俺も黒尾も少々心配になっているのだが…
同じ立場だからこそ、俺達では二口にかけてやるべき言葉が、見つからない。


「バーカ、バーカ!『賢者の石』で化石になれるわけ、ねぇだろうが…」
「お前の壮大な夢を叶えてやれなくて、マジごめんな…ごめんよ~」

忠にすがりついて、見当違いの謝罪を繰り返す二口に、さすがの忠も苦笑い。
元気よく二口の背中をポンポン、それよりやや強めに月島のおでこも小突いた。

「ツッキーがここまで『化石ラブ』だったなんて…俺、全然知らなかったよ。」

というより、ツッキーと赤葦さんの出会いも知らないし、聞こうとしなかった…
ツッキーの『好き嫌い』すら知らないまま、結婚しようとしてたんだね~
まぁ、そんな些細なことは、これからおいおい知っていけばいいんだけどさ。


でも、ちょっとだけ後悔してるのは、俺の怠惰…事前調査不足のせいで、
せっかく昨日、皆に手伝って貰って準備したモノが、無駄になりそうなこと。

二口さんがヨナベして、『婚約者に渡すべきもの』ってしおりを作ってくれて、
それを元に、ツッキーに似合いそうなやつを、必死に探し回って買ったけどさ、
まさか磨かれた鉱物…『宝石になり果てたアクセサリー』が嫌いだったなんて。

ツッキーには、宝石になる前…キャンプ用石炭の方が、よかったかもね~
あっ!ということは、『パワーストーン=石炭』って俺の説…大当たりじゃん!

「すっごい残念だけど、これ…ツッキーには渡せそうにないや。
   青根さん、二口さん、ホントに…ゴメン、なさい…っ」


宝石より美しく輝く、忠の笑顔と…涙。
堪えきれなくなった俺は、僅かに震える忠の手から準備した小箱を奪い取ると、
『中身』を寝入る月島の左手薬指にねじ込み、空の小箱をヤツのポケットに…

「………ん?」

指先に当たる、似たような…感触。
その正体に気付いた俺は、思わず満面の笑み…それに心底驚く、忠と二口。
二人の前に、月島のポケットから取り出した小箱を、高々と掲げてみせ…
『中身』を忠の左手薬指に優しく差し込んでやり、空の小箱を元に戻した。

「こ、これって…っ!?」
「ホンット…大馬鹿だろ!さっきのオタクトークは、ただ単に照れ隠しかよ!」
「つーか、俺がやった『しおり』…コイツもちゃんと、読んでくれたのかっ!」

抱き合いながら、喜びの涙を流す二人。
俺は忠の頭を撫でてから、二口を忠から引き剥がして肩に担ぎ上げ、
一歩一歩踏みしめながら、忠から離れ…階下へ降りるドアへ歩いて行った。


「起きた時、どんな顔をするか…楽しみだな。」





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※『間(閒)』の存在について →『奥嫉窺測(12)
※黒鉄魔羅様&エっちゃん →『
引越見積⑤
※『かなまら祭』について →『
同行四人
※『鞴祭』について →『
奥嫉窺測(12)
※子離れ百年計画 →『帰省緩和④


おねがいキスして10題(1)
『09.すがるようにキスして』



2019/04/05 MEMO小咄より移設
(2019/03/21,29,04/04分) 

 

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