※写真の一部に『R-18』指定のものがございます。ご注意下さいませ。



    同行四人(前編)







「おはようございます、山口君。」
「っ!?あ、おはようございます〜♪」


ぽかぽか〜な、春の陽気。
朝起きて、ご飯食べて、ツッキーに台所を片付けて貰っている間に、お洗濯。

いつもは台所と洗濯は日替り交代制だけど、この時期は俺が毎日お洗濯担当…
「年度末にできなかった、シンク周りの掃除を徹底的にしたいからね。」と、
連日ツッキー(自称季節性鼻炎)が、台所磨きに精を出してくれているから、
そっちをお任せする代わりに、俺はベランダで心地良い春風を吸い込んでいる。

冬物のフワフワごろ寝用毛布を手すりに掛けていると、真上から穏やかな声…
驚いて見上げると、手すりにシーツを干しながら、赤葦さんが手を振っていた。


「今日も良いお天気で、本当に気持ちイイ…俺もお布団になりたい気分です。」
「確かに、の~んびり春を全身で感じたい…お外で日向ぼっこしたいですね~」

年度末の疲れもようやく抜け、そろそろ本当に『行楽』したくなってきた。
ツッキーは渋るかもしれないけど、近場でいいからお外でお散歩したいな。

「それなら、近場の社寺仏閣にでも…お昼ご飯に蕎麦食いがてら、行くか?」

赤葦さんの隣から、大あくびをしながら黒尾さんもひょこっと顔を出すと、
両手で輪っかを握り…車なら、ツッキーも大丈夫だろ?という仕種を見せた。


「それなら、車で30分程度の近場…川崎大師なんてどうでしょう?
   近い割に、未だ一度も行ったことがないですしね。」

昨年度を無事に乗り切った感謝と、今年度もどうぞよろしくというご挨拶…
僕達の人生目標は『現状維持』なんで、商売繁盛よりも厄除の方が至適ですし、
もうすぐお釈迦様の誕生日…灌仏会こと花まつりをやってるかもしれません。

花まつりでは、お釈迦様に『甘茶』をかける風習がありますが、
この甘茶の代表的な薬効は、抗アレルギー作用…『ハナの季節』にピッタリ!
ちなみに、蕎麦の成分ルチンにも同様の効果があると言われていますし、
ポリフェノールの一種であるケルセチンは、鼻炎等の炎症に効くそうですから…

「久しぶりに四人でドライブ&ぶらぶらしましょう。」


エプロンを鼻水と共に引き上げ、黒子のように顔の下半分を隠しながら、
それでは15分後に車に集合です!と、突然現れて勝手に決めたツッキーは、
窓開けっぱなしで洗濯とか…配慮が足りなさすぎでしょ!と大文句を言いつつ、
お着替えよりも先に、本棚から御朱印帳を取り出して用意をし始めた。

大学進学のために上京したその日に、例年性春季鼻炎(赤葦さん命名)に罹患。
未だにしぶとく花○症だと認めないツッキーが、無性に可愛くて可愛くて…
俺達はベランダの手すり越しに含み笑いし、おでかけの準備に取り掛かった。



「川崎大師についての概説…ツッキー頼めるか?」
「えぇ、勿論。その前に…『外気取り込みモード』はご勘弁願います。」

昨年、主に経費計上のために、当事務所(黒尾鉄朗氏)は軽自動車を購入した。
軽とはいえ車内の天井が非常に高く、平均値を大幅に超える長身の四人でも、
かなりゆったり&広々に感じ、実に快適なドライブを楽しめる…はずなのだが、
いかんせん自宅での仕事が多く、都心に出るには電車の方が便利なため、
月に1回乗るかどうか…ちょっとバッテリーがアヤシイ動きをしていた。

「よかった…無事に動きました。」
「前回動かしたのは…年末だな。」
「乗る度にエンジンかかるかな…って、凄いドキドキしちゃうんだよね~」
「今年度はもうちょっと…皆でアチコチにドライブした方がいいかもね。」

助手席の赤葦がナビを設定すると、本当に30分足らずで到着するようだった。
これでは、あまりガッツリ語り合う余裕はありませんね…と微笑みながら、
ほどほどに談義できる程度にのんびり…安全運転で出発です、と号令を掛けた。


「早速ですが、川崎大師について…」

川崎大師は、真言宗智山派の大本山…弘法大師空海を宗祖とするお寺である。
正式な名前は『金剛山金乗院平間寺(へいけんじ)』で、川崎大師は通称だ。
初詣参拝客数は全国3位、神奈川県内では第1位を誇るそうだ。
同じ系列のお寺には、節分会で有名な成田山新勝寺や、八王子の高尾山薬王院、
新撰組副長・土方歳三の菩提寺の、高幡不動尊等…初詣のメッカばかりだ。

「ご本尊は厄除弘法大師です。厄除けは新年元旦に行われることが多いため、
   これらの寺院への初詣が多くなる…無事安泰を祈願祈祷するんですね。」

後部座席で月島がサラリと解説を始めると、隣に座っていた山口が、
「ちょとタンマ!確認させて欲しいことがあるんだけど…」と挙手をした。


「あのさ、今までの『酒屋談義』では、大晦日の大祓や六月晦日の夏越の祓…
   瀬織津姫達に穢れを乗せて水に流す、『厄祓い』のことを語ったよね?」

大祓とは、瀬織津姫などの『祓戸大神』に、もろもろの禍事、罪、穢れを、
蛇のように『かか呑み』させて、水に流してあの世へ送ってしまう儀式である。

「この『厄祓い』と『厄除け』って、どう違うの?」

確かに、この二つはよく似た言葉で、今まで深く考えずに混同して使っていた。
どちらも通常、『年始から節分まで』の間に行うものという点が同じだが…
そう言えば『厄落とし』という言葉もあり、違いを意識したことがなかった。


「字面のイメージで考えると、既についちまった厄を祓ったり落としたりして、
   厄がまだついてねぇ状態の時に、厄が近づかないように除ける…とかか?」
「罹患後に対処する『治療』が祓うや落とす、罹患前に行う『予防』が除ける。
   『通院お注射お薬』か、『うがい手洗い早寝』か…その違いでしょうか?」
「わかった!外出前にマスク付けて除けといて、玄関入る前に洋服をはらって、
   ティッシュでお鼻ちゅーんっ!して落とす…ツッキーには全部必要だね~」

よ~っし、今日はツッキーのために…川崎大師で厄除けする前に、
その近くの手頃な神社を見つけて、まずは厄祓いして貰っとくのがいいか?
今ついてるモノをキレイにしてから、新たにつかないようにすべきだよな!

ナビによりますと、川崎大師のすぐ近くに…若宮八幡宮がありますね。
川崎大師の大きな駐車場に停めてから、お蕎麦屋さんを探しつつ歩きましょう。
途中のコンビニで、おセレブな高級箱ティッシュも購入すべきかもしれません。

楽しそうに『勝手なイメージ』と予定を決め、遊びはじめた三人に、
月島は大きな咳払い(風のくしゃみ)で注意を促し、正しい説明を捲し立てた。


「その説だと、神社とお寺の両方でヤらなきゃいけなくなる…高くつくでしょ!
   話はもっとずっと単純…『どっちでもいい』が正解ですから。」

『厄祓い』とは、災厄をもたらしうるものを自らの身から除くために、
神道に則った方法で身を清めたり、お祓いを受けたりすること。
対する『厄除け』は、災厄が自分に近づかないよう、守ってもらうこと…
護摩壇でお香を焚いて煩悩を祓う、護摩祈祷などがその代表である。

この厄除(護摩)祈祷を行う仏教宗派は、真言宗等の密教系に限られているため、
初詣ランキングに入る『お寺』が、同じ系列に偏ってしまうのだろう。


「つまり『神社』でするのが『厄祓い』で、『お寺』なら『厄除け』…
   『どっちでヤるか』っていう、場所と方法論の違いってだけなんだね~」
「それから『厄落とし』は、自らの大事なものを落とす・手放すことで、
   今後これ以上の災厄が来ないよう、先に落としておくことなんだって。」

「なるほど…厄年の人が、家族や親戚にプレゼントをしたり、出産したり、
   いつも身に着けているものを落としたりするのが…厄落としってわけか。」
「だとすると、今日のお昼ご飯とおやつは…月島君のおごりになりますね。
   あとは、眼鏡を落としたり…出産に関わるモノやコトに触れときますか?」


いやいや、それじゃぁ全く『煩悩』は祓えないような気がする…が、
お蕎麦とおやつをご馳走する→(中略)→イロイロ出しきる♪というルートなら、
川崎大師と若宮八幡宮で、心からの祈りを惜しみなくガッツリ捧げまくろう。

マスクの下で月島が『花盛り』かつ『甘ちゃん』な計画を立てているうちに、
あっという間に車は川崎大師に到着…いやはや、ホントに近かった。




**********





川崎大師・大山門


駐車場(無料♪)のすぐ傍には、インド寺院風の大きな薬師殿があった。
皆で『なで薬師』さんを撫で撫でさせてもらい、ツッキーの鼻炎平癒を祈願。
そこから一旦外に出てぐるりと回り、正面の大山門から境内に入った。

今日は4月1日…新年度のスタート。
ツッキーの予想が的中し、一週間後の4月8日までが『花まつり』だそうで、
大本堂前に安置された花御堂…右手で天を、左手で地を指した誕生仏に、
甘茶を灌ぎかけ(灌仏会・かんぶつえ)、お釈迦様のお誕生日をお祝いをした。
(ツッキーだけは『はなまつり』で『はなづまり』解消を祈願していた。)


本堂及び花御堂


「お、今日は偶然にも1日だから…『八角五重塔』の中に入れるらしいぞ。」
「たまたま思い立って来たのに、それはツイてますね…ぜひ行きましょう。」


鶴の池とやすらぎ橋、八角五重塔


広い境内を、四人でのんびり散策する。
『酒屋談義』で考察するために、事前準備をしてから現地へ行くこともあれば、
たまたま面白いものに出会い、その場で考察を始めることもある。
でも、いつもいつもそうやって考察ばっかりしているわけじゃなくて、
今日みたいな『お散歩』がメイン…のんびり観覧するだけの日だってある。

それにしても…だ。
桜は散り始めたとは言え、気候の良い春の日曜日なのに、かなり空いている。
のんびり散策にはモッテコイだし、こんなに広くて素晴らしいお寺なのに、
この閑散っぷりは少しもったいない…俺達がじっくり楽しませて貰おう。


「当然と言えば当然なんだけど、四国巡礼した『遍路大師尊像』があるね。」
「確か『同行二人(どうぎょうににん)』だったっけ?お大師さんと一緒…」

たとえ一人でお遍路…四国の八十八か所巡りをしていたとしても、
常にお大師さんが傍で見守ってくれている…『二人連れ』だという意味だ。
皆でお遍路さんをしながら、四国一周旅行とか…凄く楽しい旅路になりそうだ。
このメンツで行くなら、『同行四人』ってタイトルになるのかも?

俺が『ツッキーと(黒尾さんと赤葦さんと)一緒にイきたいとこリスト』に、
『四国巡礼・同行四人ツアー』と書いていると、黒尾さんが苦笑いした。


「たとえ何人で行っても、お大師さんとの『二人』旅…これが本質だろ。」
「お遍路さんの白い服は、どう見たって死装束…『死出の旅』ですよね。」

遍路道は元々、修験道の修業に使われていたが、後に海の向こう…
極楽浄土へ旅立つ、『補陀落渡海(ふだらくとかい)』の出発地点にもなった。
また、犯罪や病気、障害などにより、故郷を捨てざるを得なかった人達が、
贖罪や治癒に一縷の望みをかけ、施しを受けながら終生巡礼を行うようになり、
中には道半ばに行き倒れ…遍路道の傍らに葬られる巡礼者も多かったそうだ。

ちなみに瀬戸内の島等では、島を四国に見たてて八十八か所のお堂や祠を立て、
毎年4月4日に霊場巡り…お菓子等でもてなす『お接待』という風習がある。
子ども達は島中を駆け回ってお賽銭やお米をお供えし、お菓子を大量ゲット…
絶対に欠かすことのできない、春休みの一大イベントである。


「今やお遍路は、健脚と健康を祈願する『観光』ツールになってるけど…」
「元々は死出の旅で、お接待は死に逝くもの…仏様への施しだったんだね。」

それならなおのこと、俺は『同行四人』がいいな…
あ、お大師さんも一緒について来て下さるんだったら、五人になるのかな?

その時は、どうぞよろしくです~!と、大師尊像にお願いする山口の頭を、
同行希望者の三人は、わしゃわしゃと撫で回し…四人揃って頭を下げた。



遍路大師尊像




***************




結構歩いたし、結局いつも通り喋りまくったし、ちょっと小腹が空いてきた。
10時を過ぎ、参道のお店も開店…ツッキーの『厄落とし』をすることにした。

あったかくてトロトロな釜上げわらび餅と、揚げたてのかりんとう饅頭を手に、
徐々に賑やかになってきた参道と山門を眺めながら、皆で並んでおやつタイム。
口の周りに『きな粉』を付けたまま、赤葦が「そう言えば…」と語り始めた。


「今日は新年度の『はじまり』ですが…
   今年はもう一つの大きな『はじまり』が、偶然にも重なったんですよ。」

春分の日の後の、最初の満月の、次の日曜日…
キリスト教最大の祝祭と言われる、キリストの復活を祝う『イースター』だ。
4月から会計や学校の新年度がスタートする国は、日本以外にあまりないため、
二つの『はじまり』が重なったのは、かなりラッキーな偶然である。

「同じキリスト教でも、西方教会は4月1日ですが、東方教会は8日です。
   こちらは何と、花まつり本番…お釈迦様のお誕生日と重なるんですよ。」
「花まつりの日だって、仏教国の中でも旧暦等の絡みでまちまちですから、
   こんなにも『はじまり』が被るのは、珍しいでしょうね。」

イースターといえば『たまご』…これも命の『はじまり』には相応しい。
こんな日に突然思い立ち、お大師さんに来たのは…何かに導かれたのだろうか。
重なり合う偶然に、不思議なご縁を感じながら、四人はおやつを頬張った。


次第に多くなる人の波。特に外国人観光客の姿が目立つ気がする。
かりんとう饅頭とわらび餅を赤葦と交換し、楽しそうな旅行者を漫然と眺め…
次の瞬間、黒尾は思いっきり吹き出し、きな粉を撒き散らしてしまった。

「むせやすいから注意!って、お店の人が言ってたのに…」
「あーあー、みっともない…僕の高級ティッシュを分けてあげますよ。」
「はい、こっち向いて下さい。お顔を拭きますから…黒尾さん?」

部下達が甲斐甲斐しく?世話を焼いてくれる中、黒尾は呆然と突っ立ったまま…
不思議そうに覗き込んできた三人に、視線だけで観光客達を指し示した。


「…えっ!?」
「…はぁっ!?」
「アレって…えっ、うわぁ〜っ!」

お揃いの黒いTシャツ…真ん中には、どう見てもアレにしか見えないイラスト。
そして、まんまアレのカタチをした、棒付きのカラフルなキャンディを、
実に美味しそうな表情でしゃぶる姿を、写真や動画で撮り合っていた。
とても公道で堂々とヤってイイもんじゃない…『お花畑』な光景だった。

四人が慌てて周囲を見回すと、いるわいるわ…そこら中に。
『春の全国フ◯ラまつり』でもはじまったかのような、盛り上がりっぷりだ。
目に毒な皆様から目を逸らした先で、四人は同時にピンク色の貼紙を発見した。

「かなまら祭の、コラボ商品…?」
「かなまら様キャンディ…だと?」

『かなまら祭』と言えば、世界的に有名な日本の奇祭である。
確か、元々は鉱山と鍛治の神を祀る金山神社の例大祭で、
天を突く巨大な男根神輿が街を練り歩くという…一度はイってみたいお祭だ。


「へぇ〜、ここでもそれに似たお祭りをやってたんだね。」
「違う…ココがまさに『本場』だよ!そして祭は毎年…四月の第一日曜日!?」

月島は真後ろの掲示板に貼ってあったポスターを指差し、声を震わせた。
金山神社は、若宮八幡宮の境内社…ここから徒歩10分もかからない場所だ。
まさかの世界的超有名奇祭の、年に一度しかないお祭りの日に遭遇するなんて…

「憧れの『かなまら祭』を、こんな近所でヤってたとか…信じられねぇよ!」
「これこそ極め付けの『はじまり』…気味が悪いぐらいの奇跡が発動です!」


これは絶対にイくしかない…が、細心の注意を払う必要がある。
良心的かつ善良な一般市民でも、大手を振って(大口開けて)貪りまくる祭に、
立ってるだけで淫猥な艶を放射する、ウチの赤葦を解き放ってしまったら…
かつてない『赤葦大暴走』の危機に、黒尾は真っ青な顔で月島達に振り返った。

「おいツッキーに山口!絶対に赤葦から目と手を離すなよ!
   俺達三人がかりで、何とかアイツを…って、山口はどうしたっ!?」
「今回は山口こそ完全にアウト…自他共に認める『道祖神愛好家』ですから!
   赤葦さんとガッチリ手を繋いで、あっという間にどっか行っちゃいました!」

月島も真っ青になりながら、二人の行方を捜索…少し離れた所に、
外人さんの山にも負けないぐらい、平均よりずっと長身の道祖神コンビを発見。
角のお店のガラスケースに張り付くやいなや、いきなり店内へ突撃…
黒尾と月島も人混みを掻き分けながら、慌ててその店へと飛び込んだ。


「コラッ!勝手にウロウロするな!迷子になったらどうすんだっ!?」
「この人だかりですから、混む前にお昼ご飯を食べておきましょう。」

「ツッキーと黒尾さんの分も、先に注文しといたよ〜♪」
「えっ、僕に選ぶ権利もないのっ!?あんまりでしょ!」

選ぶ権利なんて、あるわけがない。
ここはお蕎麦屋さん…元々お蕎麦を食べに来たんだから、それは問題ないし、
お昼に近付くほどどの店も大混雑するから、早めに食べるもの賢い選択だ。
それに、赤葦達が選んだメニューは、間違いなくコレしかないはずなのだ。


   祝かなまら祭(当日限定)
   珍宝・子宝そば/うどん
   中身は見てのお楽しみ(R-18)


「楽しみですね〜一体どんな『R-18』がでてきちゃうのか…♪」
「せっかくなので、そばとうどんを2つずつ頼んでおきました♪」

中身が気になるのはわかるが、1つ頼めば十分じゃないか。
いくら縁起物とはいえ、野郎四人全員が揃ってソレは…かなり恥ずかしいぞ。
2階席の端っこで、まだ店内もガラ空きなのが救いだが、気は抜けない。

道祖神愛好家達が、真面目?に考察を始めてしまう前に、先手を打つべし。
黒尾と月島は視線を交わし合い、ごくごく一般的な世間話から始めた。


「道行く人を見ると、紙製かなまら様サンバイザー?を頭に乗せてる人以外に、
   ちょくちょく『天狗のお面』を被ってる人も見かけるよな?」
「えぇ。もうこれだけで、金山神社の神様がどんな性格か…予想がつきます。」

金山神社の主祭神は、金山比古(かなやまひこ)と金山比売(かなやまひめ)…
イザナミが火の神・カグツチを産み、女陰に火傷を負って苦しんでいた時に、
イザナミの吐瀉物(たぐり)から生まれたと言われる『夫婦神』である。

鉱業や鍛治、金属技工を守るこの神を、祭神として祀っている企業も多く、
愛知県豊田市にある豊興神社は、トヨタが創業年に建立した企業神社である。


「製鉄神…タタラの神は、性を守る神にも直接繋がりますよね。」
「鍛治に欠かせない鞴(ふいご)の動きが、ピストン運動を連想させるんだ。」
「そもそも『かなやま』と『金魔羅』の音がソックリだよね〜♪」
「その名の通りに、御神体は神々しい『金属製の男根』だそうですからね。」

金山神社では、毎年11月1日に『鞴祭神符授与祭』が行われており、
本殿内部には鍛冶場が、外には『かなまら様』が立つ金床もあるそうだ。
性に関わる夫婦神ということで、夫婦和合はもちろん、子授けや不妊治療、
性病快癒やエイズ除けにも霊験あらたかと…性風俗関係者からも大人気である。


「性を司る夫婦神で、御神体が男根とくれば…やっぱり道祖神と繋がるよね♪」
「猿田彦と天鈿女命だね。彼らとの明確な関連性が見えるのが…天狗のお面。」

猿田彦は『鼻の長さは七咫(あた)』…咫は手を広げた時の中指と親指の長さで、
その姿から天狗の原型だとされ、祭礼時に猿田彦は天狗の面を付けている。
天狗の性格は高慢で『教えたがり』…モロに道案内の神(道祖神)である。

「奥様の方も『かなまら祭』に、ちゃんといらっしゃるようですね。」
「祭を盛り上げる『ミスかなまら祭』の名前が、『猿女君』らしい。」

猿女君は、天鈿女命(あめのうずめ)が猿田彦と結ばれた後に、名乗った名前だ。
考察の必要性も全くないぐらい、がっちりズッポリ繋がった。


「金山比古と猿田彦が『ほぼ同じ』だという証拠は、まだあります。」

神武東征の際、金色の鳶…金鵄(きんし)に導かれ、天皇は日本を建国したが、
その金鵄を神武天皇の下へ飛ばした神こそ、金山比古と言われているのだ。

   桃太郎を導いた猿が何をしたのか。
   『道案内』とは、どういう意味か。

「神奈川はかつて『金川』と書かれていた…鉄の産地だったんだよな。」
「また『上無川』は、神の無い川。この地に居た神は…居なくなった。」

東京と神奈川の県境・多摩川に沿うように、ここ川崎市があるのだが、
多摩は『玉』つまり鉱石で、その源流は『丹波』…辰砂(硫化水銀鉱)のことだ。
神奈川、特にこの川崎地区は、古くから製鉄の盛んな場所だったことがわかる。
そしておそらく、ここに元々いた神も、『道案内』により…追われたのだろう。


「こんなに近所に、今まで『酒屋談義』で考察し続けてきたことが…」
「今も地名や祭といった形で、しっかりと残っていたんだね。」

すぐ目の前に、歴史の『闇』とも言えないぐらい、明らかであからさまに、
過去の歴史がそこにあるのに…見えていなかったし、見ようとしていなかった。
毎度ながら、自分達がいかに何も知らず、見て見ぬふりをし続けてきたのか…
『酒屋談義』をすればするほど、無知と無関心に絶望的な気分になってしまう。

「かなまら様が和合と子孫繁栄の神になった理由を、ちゃんと考えた上で…」
「このお祭りの真意と歴史を、後世に残していかなければいけませんよね…」


考察が一段落したところで、本日限定のそば&うどんが運ばれてきた。
その見事なまでの『R-18』っぷりに、四人は一斉に吹き出し…
しんみりしていた空気が、笑顔と共に吹き飛んだ。
どうしてもニヤつく頬を無理矢理引き締め、黒尾は掌を合わせて声を張った。


「それじゃあ、かなまら様に…感謝!」
「「「いただきます~~~!!!」」」



子宝うどん(ちくわの裏に魚肉ソーセージ)




***************




「イきたい…ですっ。」
「ダメだ…まだ、な。」

「お願い…イかせてっ!!」
「ダメだよ…ガマンして?」


色んな意味で『お腹いっぱい♪』なそば&うどんを平らげ、店の外に出ると、
店に入った時とは比べ物にならないほどの熱気と、膨大な人の波…
川崎大師が空いていた理由は、混雑の中心が金山神社だったからだろうが、
中心から離れた大師でさえこの有り様…一体神社はどうなっていることやら。

せっかく来たからには、ぜひ『かなまら様』をナマで楽しみたいのだが、
川崎大師駅まで来ると、その欲望もしゅん…と、小さく縮んでしまった。
身動きできない程の大行列。交通規制していても、なかなか先に進めない。
神社まではまだ距離があるのに、神社へ入りたい人の列がズラーーー!!っと。
朝のラッシュ時に運転見合せ…入場規制中の新宿だか渋谷だか池袋駅のようだ。


「おいおい、どう考えたってこの狭い中に押し入るなんて…無理だろっ!!」
「おや、そういうトコにグイっと入り込むの…黒尾さんはお得意ですよね?」

「あ、『黒尾さんは』よりも『黒かなまら様は』の方が、正確ですよね~♪」
「や、山口っ!僕を引き連れて…そんな狭いトコに、無理矢理イれないで!」

何としてでも『かなまら様』に近づこうとする赤葦と山口の二人を、
黒尾と月島はどうにか引き摺って…神社の対岸に当たる道路へと避難すると、
神社の方を注視し続けていた山口と赤葦が、歓喜の声を上げた。


「あっ!!見て見て!あそこに…」
「あれは、かの有名な…『エリザベス神輿』ですねっ!!」




大勢の人波の中、天にそそり立つ巨大な『ピンク』が見えた。
遠くからでも、その迫力とリアルさとピンクっぷり…神々しさに威圧される。
想像していたよりも、はるかに偉大かつ『御立派』な姿に、声を失ってしまう。
イヤらしさだとか、エロさなどはほとんど感じない…まさに『神様!』だ。


「もうすぐ御神輿が出発するみたい…だからこの大騒ぎなんだね。」

かなまら祭で街を練り歩く御神輿は、全部で三種類。
一番古いのが、木製の極太かなまら様が乗った『かなまら大神輿』で、
鉄製の黒かなまら様が乗った『かなまら舟神輿』(日立製作所寄贈)に、
浅草にある女装クラブ・エリザベス会館が寄贈した『エリザベス神輿』の三基…
これらが、川崎の青空に向かってズンズンズン!!!と勃ち上がるのだ。

「横浜三塔ならぬ…川崎三塔だね~♪」

今日は四塔目と五塔目に加え、六と七も一緒にキました~♪と、
無邪気に『ピンク』に向かって手を振る山口を、月島は慌てて抑え込んだ。

「こっ、この御神輿行列の中に、さっ、猿田彦…天狗がいるみたいですよっ!」
「今や、天狗の鼻も『かなまら様』に見えて…あっ『赤かなまら様』ですね!」

黒と赤のかなまら様…やっぱりこの二色はセット扱いということなんですね!
ここは俺達も、HQ!!界の『黒&赤かなまら』コンビとして頑張りましょう!
…と、今にも行列に飛び込みそうな赤葦を、黒尾は必死に裏路地へ引き込んだ。


「これ以上はムリだ!…イくぞっ!!」
「嫌です!もっと…楽しみたいです!」

「もう十分でしょ!僕がもたないよ!」
「ダメ~!まだしっかり起っててよ!」

ヤダヤダ!かなまら様にお逢いしたい!おウチに帰りたくない~!!と、
ダダを捏ね捲る赤葦と山口を、黒尾と月島は神輿のように担ぎ上げながら、
比較的人が少ない方…元いた川崎大師に戻って参道でコラボ商品を買い与え、
急いで車に乗り込み(押し込み)、喧騒を避けるルートで帰路へ着いた。


「ほら見て、山口の大好きなピンクのかなまら様…エリザベスの飴だよ!
   おウチに帰ってから、一緒にこれを…思う存分ペロペロしよう…ねっ!?」
「っ!!さすがツッキー!これなら、ツッキーの『厄落とし』にもなる…
   『出産に関わるモノ』に、思いっきり触れられるアイテムだね~♪」

「赤葦!俺達には勿論、コレしかねぇ…黒と赤のかなまらキャンディだ!
   やっぱり思った通り、俺達はセット扱い…帰ってしゃぶり合おう…な!?」
「これは…っ!俺達の黒&赤『夫婦箸』を超える、夫婦セットですねっ!
   問題は、どっちが黒尾さんで、どっちが俺か…判断に迷っちゃいますね。」

   早く早く!!もっとトばして!!

握り締めた『かなまら様』をぶんぶん振り回しながら、鼻息荒く急かす二人。
その勢いに圧された月島は、完全に涙目で盛大に「ちゅーーーん!!」
僕一人では、花盛りの二人は到底抑えられません…と、鼻を啜り上げた。


「あーあーっ!!頼むから騒ぐな!喚くな!泣くな!」

帰るまでイイ子にしてたら、来週改めて金山神社へ連れて来てやるから!
あと30分だけ、大人しく座って…間違ってもタったりするんじゃねぇぞ!

黒尾がそう約束すると、二人はピタリと動きを止め、『イイ子』に徹した。



「安全運転で、家まで30分…」
「ホンットーに、遠いよね…」

  

黒→チョコ味、赤&ピンク→イチゴ味




- 中編へGO! -




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※大祓について →『予定調和』『雲霞之交
※猿田彦と天鈿女命 →『夜想愛夢③
※金鵄について →『鳥酉之宴
※桃太郎の猿について →『既往疾速④
※横浜三塔 →『空室襲着⑥
※黒&赤『夫婦箸』 →『終日据膳


2018/04/10

 

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