ご注意下さい!


この話は、BLかつ性的な表現を含みます。
18歳未満の方、性描写が苦手な方は、 閲覧をお控え下さい。
(閲覧により不快感を抱かれた場合、責任を負いかねます。)




    それでもOK!な方  →
コチラをどうぞ。



























































    王姫側室⑥ (クロ赤編)







押し込まれた部屋は、半畳程の前室。
靴を脱ぎ、スリッパに履き替えるだけのスペースしかないけれど、
『スイッチ』をガラリと切り替えるためには、必要不可欠な場所なんだろう。

非常灯としてもおぼつかない、小さな小さなフットライトと、
おそらくルームキーを挿し込むためのプレートが、おぼろげに光を放っている。
あとは目の前に、それらの光を僅かに反射する、鏡張りの…部屋への扉だけ。
そんな狭くて暗い場所で、黒尾さんは背後から俺を抱き締めたまま…動かない。

   (黒尾、さん…?)


温かい体温と、力強い腕に包まれて。
突然連れ込まれた驚愕で、跳ね回っていた心拍が、徐々に落ち着いてくる。
いや、正確に言えば、必死に落ち着かせようとしている深く大きな呼吸に、
自分の呼吸も同調させることで、どうにかこうにか動悸を静められただけだ。

「無理矢理…ごめん、な。」
「いえ…お気になさらず。」

途切れ途切れに語句を紡ぎ、まずは俺への謝罪を口にする黒尾さん。
その気遣いに頬を緩めながらも、頸筋に当たる熱い吐息に、背筋が震えてくる。
くすぐったさと、ゾクリと湧き上がる感覚に、俺が身を捩ろうとしたら、
もうちょっとだけ、このまま、待ってくれ…と、吐息だけで懇願された。

   (待つのは、構わない、けど…)


狭く暗い場所で、背後から密着される感触…このカラダがはっきり覚えている。
解体工事準備の進む、音駒旧校舎に忍び込んだ…合宿中の晩。
換気口を通して、壁越しに月島君達の情事を…『壁に耳あり』してしまった。

抑え込んでいた淡い想い…というのは過少申告で、色濃く身を焦がす劣情に、
何とか飲み込まれまいと、失礼を承知で徹底的に黒尾さんを避けまくっていた。
それがついに溢れ出し、暴発してしまった状況に…今、とても似ている。

あの時は、不可抗力としか言い様がなかったと思う。
好きで好きで堪らない人と二人きりというだけで、心臓が壊れそうだったのに、
その人に抱き締められた挙句、壁越しに見知った友人達の『音』を聞くなんて…

   (そんなの、誰だって…)


俺自身は『必然』で流された。でも、黒尾さんは『偶然』の可能性が高い…
だから、あれは『勘違い』だと突っぱねることで、黒尾さんに自覚を促した。

   今なら『流されただけ』で済みます。
   今一度、自分のキモチをよく考えて。
   一度だけなら『勘違い』で赦される…

人間誰しも、過ちを犯す。
あの状況では、そんな過ちを犯してしまっても、誰も文句は言えないだろう。
それを俺が自分に都合よく『勘違い』して、独りで勝手に大喜びしてしまい、
後から冷静になって、「やっぱり違いました。」と言われてしまったら…?

それに耐えられる自信は、全くない。
周りは俺を過大評価してくれているが、実際の俺は、非常に弱くて脆い…
綿密な事前調査と、仔細な考察という理論武装をしなければ、自分を保てない。

   (本当に、大好きな人。だから…)

『勘違い』なら、このまま引き返してもらって、『記憶』を封印してしまおう。
これ以上、傷付かないように…自分が壊れてしまわないように。


『壁に耳あり』の翌日、四人でかぐや姫と親指姫について語り合った時も、
黒尾さんのために…みたいな体裁を取りながら、俺は注意を促し続けたけれど、
本当のところは、俺自身のため…自分が可愛いから、というだけだった。
あの場に居た四人の中で、世界の崩壊を最も恐れていたのは、俺に他ならない。

実際に記憶を全て失ったのに、本質的には何ら失わなかった…柔軟な山口君。
世界の全てだった存在を失ったのに、山口君のために耐えた…優しい月島君。
自分の知らない世界を勝手に作られたのに、それを受け入れた…強い黒尾さん。
厳しい状況に置かれた三人よりも、何もない俺が一番恐怖に怯えていたなんて…

   (笑っちゃうぐらい…弱い。)


親指姫ぐらい強欲なくせに、誰よりも狡くて…臆病な俺。
黒尾さんが冷静さを取り戻す前に、再び激情に駆られて音駒まで押し掛けて、
『勘違い期間』が続いているうちに、更なる『一時の過ち』を追加させた。

勿論、その時はただただ夢中で、とにかく黒尾さんに逢いたい一心だったし、
想いもカラダも繋がり、固く結び合えたことに、心から歓喜していた。
不器用で武骨で嘘のない黒尾さんが、あれだけ俺を大切にしてくれたことは、
きっと『勘違い』や『一時の過ち』なんかじゃないはずだと…信じていた。

数日間は、文字通りの夢見心地。
肌に残る肌の感触、耳に残る吐息と甘い声、全身の気怠さとジャージの残り香…
黒尾さんと結ばれた記憶が、カラダ中に鮮明に残っているうちは、信じられた。

でも、洗濯を終えて、我が家の柔軟剤の香りに戻ってしまったジャージや、
有り余る体力と若さゆえの回復力で、あっという間に復活した足腰その他諸々、
電話すらままならない多忙さで、普段の声の記憶も徐々に薄れていくにつれて、
俺の行動は黒尾さんに選択の余地を与えない…狡猾な罠にしか見えなくなった。

あんな風に押し掛けられ、飛びつかれてしまったら…拒絶なんてできやしない。
面倒見が良く、器のでかい人だから、また俺に流され、受け入れてくれただけ…
少しの勘違いと、大いなる好奇心から、過ちを犯しただけかもしれない。

   (ヤりたい盛りの…高校男児だし。)


あの日以来、これといって劇的な変化がないことが、その証拠と言えるだろう。
毎日朝夕、連絡を取り合うようにはなったものの、業務連絡に毛が生えた程度。
「正月に飲む『屠蘇』って…実は凄ぇ漢字だと思わねぇか?」とか、
「『一富士二鷹三茄子』の由来も…真意が気になりますね。」みたいなので、
色気や艶っぽさとは無縁の、ひたすら楽しい考察が中心だ(これはこれで良い)。

叶わぬとわかっていても、逢いたいな~という希望を口にすることもないし、
ましてや、実際に逢おう!なんて計画を立てたり、休みを申請することもない…
『二回目』に繋がるような具体的なアクションが、これっぽっちもないのだ。

   (俺のこと、本当はどう想って…?)

送受信した全メッセージ履歴や、出逢ってから交わした全会話を反芻せずとも、
黒尾さんが俺をどう想ってくれているのかという、明確な文言は…記憶にない。
『欲しい』とは言われたけれど、その場限りの下半身的事情かもしれない。

『はじめて』は、勢いと流れでできる。でも『二回目』は違う。
そこには、自分の意思で選択する、時間的・心理的な余地があるのだ。
『二回目』に到る前ならば、誰もが犯す一時の過ちとして…引き返せる。

   (『二回目』のお誘いがない、即ち…)

過ちを認め、謝罪するような言葉を、聞きたくない…聞く勇気なんてないから、
自分から『二回目』に繋がる際どい話題は、できるだけ回避してしまい、
『お逢いしたいです。』という淡い希望も、言い出すことができなかった。

王子様からのアクションを待つだけという、相変わらずな自分に嫌気がさすが、
好きな人から『ごめん』と言われたくない気持ちも、致し方ないものだと思う。


「無理矢理…ごめん、な。」

さっきの言葉は、俺の了解なく部屋に連れ込んだことに対する謝罪。
聞いた直後はそう素直に受け止め、優しい気遣いに頬を緩めたけれど、
何の動きもなく待っているうちに、言葉の『真意』を探り始めてしまい…

   (本当は、何に、『ごめん』…っ?)

背後から聞こえてくる、努めて冷静になろうとしている深呼吸の音は、
俺に『ごめん』の真意を伝えるための、心の準備…言葉を選んでいるのかも?
自分を悪者にしてでも、俺をできるだけ傷付けないよう、必死に考えて…


重い沈黙の、待ち時間。
きっと、俺が考え込んだ量ほど、実際には時間は経ってないだろう(1分未満)。
だが心情的には、これ以上はもう待てない…最悪のルートまで検証が終了した。

   (この温もりを、記憶しないうちに…)

   全ては、自分が傷付かないため。
   自分の世界を、壊さないために…


「離して…」
「駄目だ。」

今、この手を離したら…
俺はその扉を開け、お前を…傷付けてしまうかもしれないから。

「酷い男で…ごめんな。」
「っっっ!!!…はい。」


あぁ、やっぱり…『ごめん』だった。
予想通りだったとは言え、受ける衝撃が減るわけでもなく…全身が凍る。
零れそうな涙と震える声を隠すように、俺は再度、きっぱりと言い放った。

「お願い…離して下さいっ!」
「駄目だって、言っただろ!」

「中途半端な温もりなんて…今は辛いだけですから!」

もう『ごめん』は受け取りましたから、さっさとその扉を…入口の扉を開けて、
俺の傷がまだ浅いうちに、俺を置いてここから立ち去って下さいっ!!

「それとも、俺が壊れゆく様を見たいとでも?だとしたら、本当に酷…っ!?」

俺を拘束していた腕が解かれ…たと思った瞬間、ぐるりと全身を反転させられ、
壊れそうな程の強い力で、今度は正面からきつく抱き絞められ…唇を塞がれた。


「んんんーーーっ!」
「少し…黙ってろ。」

優しさのかけらもない、怒りを表す激しいキスに、動きが全て封じられる。
カラダだけでなく、顎もガッチリ固定されてしまい、逃げることもできない。
呼吸すら許されないようなキスで、ぐるぐる回っていた思考も、止められる…

酸欠でカラダから力が抜け始めると、ふわりとした浮遊感…意識が飛ぶ寸前か?
いや…ホントにカラダが、浮いていた。

   (え、ぇ…っ!?)

俺の唇を塞いだまま、軽々と抱え上げ…いわゆる『お姫様抱っこ』だが、
それは単に『運搬スタイル』なだけで、ロマンとはかけ離れたものだった。
驚きの声も上げられず固まっていると、安心しろとばかりに背中を撫でられ、
背後の扉…俺が思っていた入口側とは逆にある、鏡張りの扉が開かれた。

   (扉って…そっち、ですか…っ!?)


部屋の中は、真っ暗。
さっきの前室の壁にあった、スイッチくらいの大きさの淡く光るプレート…
その真ん中に開いた穴に、ルームキーの棒を差し込むと通電する仕組みだろう。

何があるかもわからない暗闇の中、俺を抱えて歩き回るのは危険です!
…と言う間もなく、扉を閉めてたった5歩で、視界が90度上方向に回転し、
しっかりスプリングの効いた、広いベッドの上に着地していた。

   (ベッドしかない?…あ、そうか!)

ここは元々、ラブホだった場所。
その『前歴』に相応しく、黒尾さんは俺の上から全体重をかけて圧し掛かり、
俺が逃げられないように、十指を絡めてふかふかのベッドへ縫い付けた。

「ゃ…っ」
「黙れ…」


俺の抵抗や反論を最初から封じる作戦…完全にマウントを取られてしまった。
そのくせ、激しいキスは『封じる』というよりも『引き出す』タイプの動きで、
この場に相応しい情動を、徐々に俺のナカから吸い上げていった。

   (きもちイイ、キスなんて…ズルい。)

カラダとは裏腹に、優しい唇。
こんなの、抵抗なんてできるわけないじゃないか。


「黒尾さん、手…離して、下さい。」
「お前の手は…俺の首へ。いいな?」

指示された通りに、おずおずと両腕を上へ伸ばし、黒尾さんの首へ絡める。
今日初めて…久しぶりに自分の腕の中に黒尾さんを感じた瞬間、
たった一つの感情が湧き上がり、アタマの中のごちゃごちゃが全て消え失せた。

「黒尾さんっ、くろお、さん…っ!!」

この温もりが、ずっと…欲しかった。
絶対に離してなるものかと、しがみ付くように掻き抱き、何度もキスをねだる。
黒尾さんも、俺が求める以上に応えて…ベッドに埋もれるほど強く抱き合った。

   (やっぱり、欲しくて…堪らないっ!)

どんなに検証を重ねてみても、この温もりを感じてしまったら…無意味だ。
自分から黒尾さんを手放すことなんて、絶対にできやしない。

   (だって…好き、なんだからっ!!)

身動きが全く取れなくなるほど、全身で雁字搦めに抱き着いていると、
黒尾さんは再度『大丈夫だ』と俺の背をポンポン…そして、静かに口を開いた。


「頭の回転良過ぎなのも…問題だな。」

さすが梟谷の正セッター。ゼロコンマの次元で検証&実践する能力には脱帽だ。
でも、常に最悪の事態まで考えて備えるのは、大きなマイナス面も抱える…
その『最悪の事態』に思考の大部分を引き摺られ、逆に縛られてしまうんだ。
俺もお前と似たタイプだから、実感として凄ぇよくわかるよ。

特にお前は、身近に『規格外』が居るせいで、自己評価が異常に低い。
謙虚で慎重なのは美徳かもしれねぇが、自分に対してあまりにも盲目的だ。

久しぶりに逢えた恋人と、やっと二人きりになれた…旅先の(元)ラブホで。
しかも、強引に部屋に連れ込まれ、背後からガッチリ捕獲されちまったんだぞ?
普通は「部屋への扉を開けたら、めちゃくちゃに壊されちゃうかも♪」ぐらい、
身の危険を感じるべき…そうならねぇように、俺は必死に自制してたってのに。

「それが、どうして…『入口扉を開けてカンケーを壊す』一択になったんだよ?
   ようやく手に入れたお前を、俺が手放すわけない…思考が飛躍し過ぎだろ。」


有り得ねぇ前提に基づいて、勝手に悪い妄想して凹むのは…勘弁してくれよ。
そう言いながら暢気にため息を吐く黒尾さんに、俺の中でボン!と火が点いた。
首の後ろに回していた手を前へ…襟元に掴みかかり、猛然と反撃を繰り出した。

「『有り得ねぇ前提』…ですって?十二分に可能性のある想定じゃないですか!
   そもそも、黒尾さんが俺を手放さないという前提…確証が全くありません!」

俺の言葉に、黒尾さんはポカン…
そして、呆れ顔を通り越し、今度は本気で怒気を孕んだ声で言い返してきた。


「はぁ!?あんだけ何度も、『お前が欲しい』って言ってんだろうがっ!?」
「『欲しい』とは言われましたが、『なぜ欲しいのか』は、聞いてません!」

「欲しい理由、だと?そんなもん、いちいち言わなくても、見りゃわかる…」
「わかるわけないじゃないですか!腹黒な笑顔に隠れて…これっぽっちも!」

「そういう赤葦こそ、表情筋を省エネしまくり…全っ然、感情が読めねぇぞ!
   俺が求めても、喜んでんのか嫌がってんのかも…判別が難解すぎんだよっ!」
「あーそうですよ!こんな不愛想で可愛げない男の…どこがいいんですか!?
   どう考えたって、俺なんか…だから、確証なんて持てるはずがないでしょ!」

「お前のどこがいいって…それこそ、わかるわけねぇだろ!
   『好き』にいちいち、理由なんて要らねぇ…好きなもんは好きでいいだろ!」
「えっ!!?く、くくっ、黒尾さんが、俺のこと…好き!?
   それならそうと、早く言って下さい!その前提さえあれば、悩まなかった!」

「ちょい待て!いくら俺が強欲王でも、『暗闇』『交わり』だけでキスなんて…
   一番目に『赤葦』がくるから『悪魔』の誘惑に…好きじゃなきゃ、しねぇ!」
「そこはほら…『赤葦』『黒尾』『枕を重ね合う』ぐらいにしといて下さいよ!
   俺だけ悪魔扱いは狡い!貴方も同罪…セットで『あ・く・ま』を希望です!」

「へぇ、同罪ねぇ…俺だって、まだお前から一度も聞いたことがねぇからな!?
   俺のことどう想って…『処置』した流れで、俺を選んだだけじゃねぇのか?」
「御冗談を!いくら緊急事態でも、好きでもない相手に『口移し』とか…無理!
   迅速に救援要請のみ…看病独り占めしようなんて、思うわけないでしょ!?」

「俺が随分前から赤葦のことが好きだったと…音駒の連中が証明してくれるぞ!
   『はじめて』の翌日、『鉄朗君一目惚れ初恋成就おめでとうの会』された!」
「それを言うなら、俺だって…毎日セクハラ発言されまくりなんですからねっ!
   部活終了後、監督にまで『これから黒尾とデートか?』って聞かれてます!」

「何だよ、音駒でも梟谷でも、俺らはとっくに公認扱いってことかよっ!?
   だったら、遠慮なく…部活休みの水曜は、堂々とお前に逢いに行くからな!」
「えぇ!俺達自身が自覚する前から、バレバレだったそうですからねっ!?
   是非とも我が家にて晩御飯と…ついでに泊まって下さると、大変僥倖です!」

「おっ、おい!赤葦家の親御さんにも…俺らのこと、バレてんのか?」
「はっ、はい!『にも』ってことは…黒尾家の方にも筒抜けですね?」


ゼェ、ゼェ…
ひと思いに言いたい放題ぶちまけて、スッキリ…悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
だが、今の『犬も食わない』系のやりとりで、いくつか重要なことが判明した。

「沈着冷静代表みてぇな俺と赤葦が…」
「蓋を開けてみれば、ケンカップル…」

「部員どころか、親からも公認だし…」
「実はずっと、両想いだったらしい…」

パッと見ではケンカしているようだが、相手を傷付けるようなものではない。
ただのワガママでもないし、きちんとした理屈のある『議論』の範囲内だし、
途中からは言葉遊びをしてみたり、最後はただの惚気合戦でしかない。
普段は抑圧し過ぎな本音を…『素』をようやく晒し合えているとも言えるのだ。

「楽しい…な!」
「はい…凄く!」

とは言うものの、ケンカになるようなことは極力避けるべきだし、
お互いゼロコンマの超高速で妄想を暴走させないよう…『前提』確定が必須だ。


「赤葦。今回は本当に…ごめん。」
「それは、何に対する…ですか?」

「ちゃんと『好き』だって言ってなかったせいで、お前を不安にさせたこと。」
「俺の方こそごめんなさい。次からは黒尾さん本人に、きちんと確認します。」

   あついおでことおでこをひっつけて。
   くちびるとくちびるをちかづけあう。
   まばたきしながらなかなおりのキス。


「黒尾さん…好きです。」
「赤葦…俺も好きだよ。」




********************




甘い甘い『あくま』のキスに、ココロとカラダから強張りが溶けていく。
相手を抑え、掴みかかっていた手を緩めて、包み込むような抱擁に変えながら、
「お前が好きだよ」「俺も大好きです」と何度も囁き、キスで返事を返す。

首から背へ、大きく撫で下ろし…上へ戻りがてら、赤葦はシャツを引き抜く。
黒尾は肩から脇へ手を滑らせ…ジャージの腰ゴムに指を引っ掛けて、更に下へ。

キスの角度を変えながら、器用にお互いの衣服を剥がし、素肌を晒していく。
全てを脱ぎ去って、熱と熱が触れ合う直前…赤葦は一度『待った』をかけた。


「あの、とりあえず、ソノ棒を、アソコの穴に入れて…灯を点けませんか?」
「勿論そのつもりだ。俺の棒を、お前のココに入れて、火を点ける…だろ?」

「アレとかソコとか、指示代名詞による『勘違い』誘発…反省しきりです。」
「わかってるよ。ルームキーを入れて電気を点ける…ま、気が向いたらな。」

クスクス笑い合いながらお互いをしっかり抱き締め、熱同士を寄り添わせる。
直接手指で刺激していないのに、既に火が灯り、歓喜の蜜を滴らせるソコは、
互いの熱さに驚いたかのようにビクビクと跳ね、重なり合う部分に潤いを齎す。

「ベッドで抱き合って、キスしてただけなのに…んっ、随分、お元気ですね?」
「誰かが言ってただろ。『寝るぞヒャッホ〜♪待てるわけねぇ!』…ってな?」

確かに、それに似たようなことは言っていた気がするが…今はどうでもいい。
もう身に纏っているものはないのに、先程までと似たような動きを続け、
あらゆる角度から互いに触れようと、唇とカラダを擦り寄せ合っていく。

「素肌…きもち、いい…です、ねっ」
「だな…ほかに、ない…感覚、だっ」


カラダ中で、相手のカラダを記憶したいとばかりに、隅々まで四肢を絡め合う。
最初はランダムだったその動きも、徐々に同調し始め、ある一定のリズム刻む。
できるだけ熱同士が長く強く擦れるように…自然と腰が浮き、前後に揺れる。

「やっぱ、本能で…このペース、か。」
「火を高める…『鞴』の、ピストン。」

弱過ぎて温度が上がらないのは論外、一気に燃焼し過ぎても火が保たない。
じわじわと火を熾し、全体に熱を行き渡らせてから…鉄を打ち込んでいくのだ。

「何度も何度も、熱のナカに鉄の棒を挿れて…」
「しっかりカタチを、覚えさせていく…んんっ」

先の方から、融け始めたものが溢れて、煽る動きを加速させようとする。
黒尾は極力、熱自体に触れないように、零れる二人の雫を掬い取ると、
浮いた赤葦の腰の後ろ…隙間にその指を恐る恐る滑り込ませた。

腰の動きに合わせてうねるソコは、黒尾を待ちわびていたかのように吸付き…
そのままナカへ飲み込まれそうになる寸前、今度は黒尾が『待った』をかけた。


「『はじめて』は、勢いと流れでできたとしても…『二回目』は違うだろ?
   赤葦は本当に、このままコッチ側で…俺を受け入れる側で、いいのか?」

前は前で、鞴のペースを保って刺激しながら、後ろの入口も同じリズムで擽る。
そんな風に弄りながら聞くなんて、ホントに狡い人ですね…と赤葦は呆れつつ、
またしても『ごめん』と言い掛けた黒尾の唇を、キスで優しく押し留めた。

「冷静に考えて、『ネコマ』の黒尾さんよりも、俺の方がネコに相応しい…
   『はじめて』の段階で、自分の適性については…受け入れましたから。」

双方が『初体験』の『はじめて』にも関わらず、後ろだけで極楽に到った…
どんなに贔屓目に見ても、黒尾さんが超絶テクの持主という可能性よりも、
俺の方が『逸材』だったと考える方が合理的…自分のカラダに嘘は付けません。

世が世なら、きっと俺は…幇間として陰で大活躍♪していたかもしれませんね。
ちょっと想像してみて下さい。お座敷で貴方を待つ…芸者・京治の姿を。

「何の違和感もなく、スムースに脳内で映像化できた…怖いくらい似合うな。
   あっ!芸者に男性名が多い理由…芸者は『男芸者』が基本だった名残か!」
「おそらく、そうでしょうね。芸者『おケイ』よりも『京治』のままが正解…
   そんなわけで、幇間について調査し…『ネコ』も悪くないと思いました。」

ですから、黒尾さんはどうかお気になさらず…と言いたいところですが、
黒尾さんは俺を『ネコ』として目覚めさせた、重大な責任がありますよね?
『魂抜き』とはよく言ったもので、俺は一生、『ネコ』として生きるしかない…
芸者・京治を『水揚げ』するぐらいの心意気で、ネコ可愛がりして頂かないと。

「お願い…してもいいですよね?」


さっきまで悶々と悩んでいたのと同一人物とは思えない、艶っぽい微笑み…
何かのスイッチが切り替わった赤葦は、両脚を黒尾の腰に絡めて、先を促した。

「ね、黒尾さん…はやく、いらして?」
「お前…この変わり様は、どうした?」

「ネコに変わった俺…お嫌、ですか?」
「嫌なわけない…大歓迎、だけどな。」

「俺が、もう、悩まないように…カラダに黒尾さんを、記憶させて…んぁっ」
「頼むから、俺を、煽りすぎんな…っ、火が、記憶ごと、焼き尽くすぞ…っ」

しなやかにカラダをくゆらせながら、自ら黒尾の指をナカへ誘う蠱惑的な姿に、
黒尾は魂も何もかも全て、赤葦に抜かれてしまいそうな…甘美な痺れを覚えた。

自分にだけ甘え、トロンとした瞳で嬌声を上げ、絡み付いてくる…可愛いネコ。
その魅力にどっぷり惹き込まれ、黒尾はネコがイイと鳴くまで、愛撫を続ける。

普段の姿とはあまりにかけ離れた、桃色の色気を放つ赤葦に眩暈を感じながら、
黒尾は愛しくてたまらないネコに導かれるがまま…恭しく熱をナカへ捧げた。


「一生…御猫様に、尽くします。」




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※『壁に耳あり』 →『奥嫉窺測(6)
※寝るぞヒャッホゥ~♪ →『奥嫉窺測(5)


2019/01/09  

 

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