結終結合







「つっ…疲れた…」
「眠たい…です…」


朝から晩まで引越作業と、大掃除…過酷な肉体酷使の連続。
連日の東京-仙台間往復に、膨大な量の書類等準備及び、月島父兄弟のお守。

ここ数日の黒尾と赤葦の仕事量たるや、年度末修羅場に匹敵する…
それ以上に、大事な儀式の失敗は許されないという重責に、
肉体よりも精神的な疲労が、ピークを迎えつつあった。


月島と山口の結婚…結納を明日に控え、本人達は『山口忠最後の夜』と銘打ち、
一組の布団だけが残った山口家で、幸せな時間を過ごしているところだ。

月島家では、本人達以外の全員で儀式全般の最終準備と、様々な打ち合わせ…
と言えば聞こえはいいが、要するに『前夜祭』…大騒ぎの飲み会だった。
当然のように、黒尾と赤葦も強制参加…そして、当然のように月島家に宿泊だ。

「もう、完全に俺達も『親族』扱いだよな…」
「『親族』というより、黒尾さんはむしろ…」

すっかり月島のおじ様や、明光さんと仲良くなって、まるで本当の…

「頼む、それ以上は…言わないでくれ。
   っつーか、絶対にそれ…月島父には言うなよ?」

あの父なら、「息子が3人に増えても、5人に増えても…大差ない。」って、
冗談抜きで、俺らとも養子縁組…『月島一家』に入れようとするぞ?
いや、一番危ないのは、月島母の方…いつの間にか縁組が完了してそうだ。

「謹んで…お断りですね。」
「親族ぐらいで…十分だ。」


ゴロリ…と布団に四肢を投げ出し、天井を呆然と眺める。
疲れ切っているのに、その疲れが大きすぎて、なかなか寝られないのだ。

しばらく呆然と天井を眺めていると、真横で同じくグッタリしていた赤葦が、
ふわっと頬を緩めた気配…それと同時に、仄かに甘い香りが鼻を掠めた。

大切なイベントだからと、家中の至る所に、月島母が花を飾っていた。
昨日、その準備を手伝ったのは、他でもない黒尾自身…
この部屋の机にも、『You and I』を表す2本のバラが、花瓶に生けてあった。


「この場所で、きっと月島君達は…ずっと『仲良し♪』してきたんですね。」

黒尾達が泊まっているのは、月島弟の部屋…セミダブルの布団の上に寝ている。
「蛍と忠用の、デカいやつだから…君達でも大丈夫だよね~?」と、
当たり前のように、一つの布団の上に、二つの枕が並べられていたのだ。

「こういうコトを平気でヤる家族…強引に結納も押し切られるわけだよな。」

世間的にはイレギュラーな関係…非難され蔑まれるよりは、ずっと良い。
黒尾達のことも理解し、歓迎してくれるのは、勿論嬉しいのだが…
もうちょっと、その…デリカシーというものがあってもいいはずだ。


「この部屋で、息子達はすくすく大きくなりました…とさ。」
「この布団で、ムスコ達もむくむくデカくなりました…か。」

しょーもないコトを言い、乾いた笑いを立てる。
普段なら、「生々しいわっ!」だとか、逆に「それなら俺達も…♪」と、
デリカシー欠如一家の親族として、相応しい振舞を心掛けるところだが、
今日はそんなツッコミする気力も、ブッコミする起力も…残っていない。


とは言うものの、久々に訪れた『二人きり』の時間。
お互いの体温を間近に感じ、心身共に張り詰めたものが緩み…
もう少しだけ、心から休まる温もりに、触れ合っていたくなった。

重い体を何とか横向きにし、お互いの肩口に額を埋め、ゆっくり背を撫でる。

「あともう少し…頑張りましょう。」
「何とか明日一日…乗り切ろうな。」

労わり合うように互いを包み込み、静かに体温を感じ…微睡み始める。
あぁ、これならやっと…寝られそうだ。

布団を頭の上まで被せ、隠れるようにして…そっと顔を近付ける。
吐息よりも微かな声で「おやすみ。」と囁き、互いの唇に触れ…
ようとした瞬間、二人のスマホが同時に鳴り響いた。


『緊急事態発生です。』
『大至急、山口家へ来て下さい!』





***************





鉛のように重い身体を引き摺りながら、黒尾と赤葦は慌てて山口家へ急行。
既に鍵が開けてあった玄関を抜け、2階の山口の部屋へ上がると、
そこには、既視感たっぷりの光景が広がっていた。

「お前ら一体、どうしたんだよ?」
「もしかして、喧嘩しましたか?」

あぁ…ほんの数ヶ月前に、全く同じセリフを言った気がする。
あの時と同じように、月島と山口は互いに目を合わせず、口もきかない。
ただ、二人から返ってきた答えが、以前とは異なっていた。

「喧嘩…えぇ、そうです!」
「喧嘩です…初めてのね!」


出会ってから一度も、喧嘩なんかしたことないと豪語(自称)していた二人だが、
結婚を翌日に控えた晩に、まさかまさかの『初体験』…初の喧嘩とは。

黒尾と赤葦は、あの時…福井での新婚旅行(予行演習)とは違い、
二人が自覚するほど『喧嘩した!』という状況に、気が遠くなりそうだった。

「おい、じょっ…冗談じゃねぇぞ!」
「こんなギリギリに…馬鹿ですか!」

あまりにも急に決まった結婚だったし、身辺も激変…
若干の『マリッジブルー』っぽい気配があったことは、間違いない。
だが、黒尾達の粉骨砕身により、それも上手くフォローしたはずなのに。
ここまできて、『御破談』にされてしまっては、今までの苦労が水の泡だ。

このままでは、皆に迷惑を掛けてしまう…その点は、理解しているようだ。
互いに背を向けたまま、月島は黒尾に、山口は赤葦に対し、懸命に主張する。

「僕達だって、こんなとこで駄目になってしまうのは…本意ではありません。」
「でも、ゆっくり二人で話し合う時間はない…それも事実です。」

本来なら、二人でじっくり意見を擦り合わせて、問題解決すべきですが、
何にせよ、喧嘩初体験…自分達だけで『仲直り』したことがないんです。
どうやってその一大事業を成せばいいのか、お手上げ状態なんですよ。

「というわけで、こないだのアレ…お願いします。」
「夫婦円満調停…ヤってください!!」


夫婦関係の問題を解決するために、家庭裁判所で調停を開く場合がある。
一つは離婚調停…話し合いによる協議離婚ができない時に利用するもので、
こちらは仕事上、何度も経験している…調停と言えば離婚、である。
それとは別に、調停委員という冷静な第三者に間に入って貰って話し合う、
『仲直り』を前提とした調停も存在…それが夫婦『円満』調停である。

新婚旅行の予行演習先・福井にて、喧嘩未満のモヤモヤを抱えた月島達に、
黒尾と赤葦が『仲介者』として、円満調停ごっこを行った。
あの時初めて、お互いへの不満を口に出し、遠慮することをやめた…
『対等』の立場になるべく、更に深い関係構築を始めるきっかけとなった。

「結婚前に、懸案事項は溜め込まずに発散すべし…ですよね?」
「今日の内に、言いたい放題言っとかないと、将来危険…でしたよね?」

『イライラはその日のうちに』
『イラついたら、素直に拗ねたりヤキモチ焼いたりすべし。』

確かに、そう教えた。間違ってない。
普段なら、「勝手にヤってろ!」と放置するところだが…とにかく時間がない。
待たせるのがお家芸の月島に、ひたすら待つのが体に染み付いた山口…
このまま『仲直り』の仕方を知らないという二人を放っておけば、
月島が悶々と解決策を考え続け、それを山口が延々待ち続け…朝が来てしまう。

自分達だけでは埒が明かないことを、十分自覚していた二人は、
喧嘩をこじらせてしまう前に、早々ギブアップ…仲介者達を緊急招集したのだ。


黒尾と赤葦は、深々とため息…
疲れ切っている時に、まさかの円満調停とは…でも、放っておけない。
二人は気分を切り替えると、背筋を伸ばして座り直した。

「わかったよ。俺らが『仲直り』の手伝いをしてやるよ…」
「それじゃあ今回は…月島君の話からお聞きしましょう。」

調停委員による、聞き取り調査開始。
発言を許可された月島も、真剣な表情で頷き、静かに目を閉じた。


「事件は、小一時間程前…この布団の中で勃発しました。」





***************





「これからもずっと、僕の隣に…居て下さい。」


月島から山口への、確定的な言葉。
この先の人生を、共に生きて行こうと願う…プロポーズだ。

『ずっと一緒』に居たいと、望み続けた二人にとって、
これほど相応しい求婚の言葉はない…

これを言えた月島に、黒尾は心の中で「よくやった!」とガッツポーズし、
赤葦は自らが言われたかのように、心がじんわり…ポっと頬を染めて俯いた。

「僕は、なけなしの勇気を振り絞って、言ったつもりでした。」

だが、山口から返って来た反応は、予想だにしないものだった。
ハっと息を飲み、肩を震わせ…

次の瞬間、「ぶっ!!」と吹き出した。


「はぁ?吹き出したって、まさか…」
「山口君…笑っちゃったんですか?」

絶句する黒尾と赤葦。
山口には反論があるようだが、今は月島の『言い分』を聞くターン…
掌をぶんぶん振り、『違う!』を表現しながらも、律儀に口は閉じていた。

そんな山口を一瞥し、月島は目を潤ませながら、恨みがましく捲し立てた。
「確かに、僕から山口へプロポーズ風?の言葉を言ったのは、これが二度目…」

一度目は、年末に帰省する新幹線で、黒尾さん達が羨ましいあまりに…つい。
何も準備してなくて、本当にポロリってカンジだったんで、
山口に「冗談でしょ。」と一蹴されたのも…今となっては当然だと思います。
(今思い出しても、泣きそうですけど。)

だから僕は、その時の失敗を踏まえて、ちゃんと家計を回していけるように、
父さんや黒尾さんに頭を下げて…今度こそは、完璧な準備をしました。

二度もプロポーズするなんて、カッコ悪いことこの上ないけど、
それでも、笑われるなんて…ショックを通り越して怒りが込み上げてきました。

きっと、山口が吹き出しちゃったことには、理由がある…それもわかってます。
わかっているけど、その理由を冷静に聞く程の余裕は、今の僕にはない…
絶望と怒りを抑えるだけで、精一杯の状態ですから。

「冷静さを失って、僕のお行儀の悪いおクチが、山口を傷付けないように…」
『二人きり』だと、壊滅的なことを言いかねないので、僕は口を閉ざしました。

これは、山口が真意を説明…弁解するチャンスを与えないという、卑怯な手段…
ひたすら無視・無言を貫く、喧嘩としては最低のものですが、
僕としては、被害を最小限に食い止めたつもりです。
シカトし続けたことは、本当に申し訳ないけど、こうするしかなかったんです。

「山口の話を聞いてあげられなくて…器が小さくて、ゴメン。」


グズりながら状況を説明した月島を、黒尾は胸に抱き、優しく頭を撫でた。
一度赤葦から同居を拒絶され、とてつもない恐怖と戦いながら求婚した黒尾…
月島が出した勇気の大きさと、味わった絶望の深さが、痛い程わかったのだ。

どういう理由で山口が吹き出してしまったのか…それはさておき、
今はただただ、憔悴した月島を、黒尾は慰めてやりたかった。

「ツッキーがここ数日、どれだけ頑張っていたか…俺は知ってる。」
山口のことを想い、二人の幸せのために奔走した…
あの親父や兄貴に頭を下げ、誠意を尽くしたことを、俺は知っている。
本当は、絶叫しちまいたいのをグっと耐えて、俺達を呼んだ…
ツッキーが山口を傷付けなかったこと、そして、先に謝罪したことを、
俺はお前の兄貴分として、心から誇らしく思うぞ。よく…頑張った。

黒尾は月島をしっかりと抱き締め、背を優しく撫で続けた。
そして、月島が落ち着いてきたのを見計らい、静かな声で話し始めた。


「『No!』と言われる可能性が、ほぼゼロだったとしても、
   プロポーズは、寿命10年分ぐらいを消費する…死ぬほど緊張するんだ。」

ちゃんと自分が、二人で生活できる分だけ稼いで、家庭を築くことができるか?
大切な人を、一生守っていくことができるのか…
求婚するまでの間に、何度もそれを自分に問いかけて、葛藤し続けるんだ。

あまり目立たないけれど、求婚する側にも『マリッジブルー』は存在する。
それが、求婚前の葛藤期…これを乗り越えてようやく、『一言』が言えるのだ。

「俺自身、赤葦に求婚した時のこと…あんまり記憶にねぇぐらいだ。」
身震いするほどの、究極の緊張…俺はプロポーズなんて、二度と御免だ。


黒尾は月島を抱いたまま、赤葦にチラリと視線を送った。
ここからは、そちらのターン…お前に任せる、という黒尾の意図を汲むと、
拳を握り締めたまま項垂れる山口を、赤葦は同じように抱き締めた。

「俺は、何故山口君が吹き出してしまったのか…わかる気がします。」

本当に申し訳ないのですが、どれだけ黒尾さんが葛藤し、勇気を出して、
俺に『一言』を言って下さったのか…俺にはわかりません。
今思えば、俺は『Yes』か『No』でお返事するだけ…気楽な立場でした。

ですが、その『一言』を言われる側の心境も…筆舌尽くし難いものがあります。
今までの苦労や、待ちわびた長い時間、そして、とてつもない歓喜…
それらが一気に押し寄せ、感情と意識がぶっ飛んでしまうんですよ。

「正直なところ、『一言』を頂いた直後のこと…ほとんど記憶にありません。」

ひゃぁぁぁぁぁ~~~っ!!!と大絶叫&悶絶してしまいそう…
感情が完全にオーバーヒートする中、何とお応えしたのか、全く覚えてません。

「恐らく他人様よりも冷静な俺ですら、この有り様です。
   山口君は俺よりもずっと強い…でも、正気ではいられなかったはずです。」

ここ数日、山口君の身に起こったこと…それを俺は、傍で見続けてきました。
変わり果てた実家。両親の海外渡航。自分が『山口忠』でなくなってしまう…
自分を形作るバックボーンが、失われそうな恐怖と、戦い続けていました。

そんな中、最愛の人から、望み続けた『一言』を貰えたんです。
その待ち望んだ『言葉』で、ギリギリだった山口君の心が暴発…
色々突破して、笑ってしまったとしても、俺は山口君を責められません。
黒尾さんの『言葉』次第では、俺も同じことをしていたかもしれませんから。

「…だとしても、山口君はまず、月島君に言うべきことがありますよね?」

優しく促すように、赤葦は山口の背をポンポンと撫でる。
山口はコクコクと頷くと、恐る恐る顔を出し…月島に頭を下げた。


「ツッキー…ごめん。大事な場面で、吹き出しちゃって…本当にゴメン。」

でも俺は、どうしてもその『言葉』には…『Yes』って言いたくなかった。
ぷぷぷっ、ぷろぽーず、して貰えたことは、本当に嬉しかったんだけど、
どうしてもその『言葉』にだけは…応えたくなかったんだ。
これは、自分のためと言うよりも、ツッキーのために…


「俺、その『言葉』でプロポーズされるの…人生で二度目だったから。」





***************





「おっ、同じ言葉で…?」
「二度目の…ですか!?」

驚く黒尾と赤葦。
黒尾にしがみ付いていた月島も、驚愕の表情で首をぶんぶん横に振り、
「僕は知りません!」と…真っ青になりながら『No!』を訴える。
つまり山口は、月島ではない相手から、全く同じ言葉で求婚された経験がある…

衝撃の事実に、3人は言葉を失って固まったが、当の山口は苦笑いしていた。
「ツッキー、覚えてない?『フォアローゼズ』のこと…」

「フォアローゼズ…4本のバラ?」
「バーボン・ウィスキーですね…」

このやり取りにも、何だか身に覚えがあるような気がする…
黒尾と赤葦が朧げながらそう思っていると、月島が「あっ!」と声を上げた。


「フォアローゼズは、求婚に対する返事…『快諾』を表すものなんです。」

高校時代、月島家の玄関で。
俺は生まれて初めて、プロポーズされました…バラの花束と共に。
全然似てないようだけど、ふわっと頬を緩めた表情が、実はよく似ている…
ちょうど今の俺達ぐらいの歳だった、明光君からのプロポーズでした。

勿論、ただの悪ふざけ…結婚式の『お土産』で貰ったものの、お裾分けです。
でも、真っ赤なバラの花束と、優しい笑顔、そして、柔らかい声での求婚…

『これからもずっと…僕の隣に居て下さい。』

この強烈なイメージは、どうやったって忘れられなかったんです。
バラの花を貰うなんて、男でも相当…『きゅん♪』としますからね。


「それに対する俺の答えが、『フォアローゼズ』…これも偶然でした。」

その前の週に、明光君の所に泊めて貰ったお礼に、ウチの両親から…でした。
この時点では、ウィスキーにまつわる話なんて全然知らなかったんですが、
あの『言葉』と、『フォアローゼズ』、それに、飾ってあった『2本のバラ』…
これらが混然一体となって、俺の脳裏に焼き付いているんです。

「成程…だから月島母は、『蛍の部屋には2本のバラ』と…こだわったのか。」

あの子達は忘れてるかもしれないけど、どうしても私は…これを飾りたいの。
月島母はそう笑いながら、黒尾に花瓶を手渡したのだ。
「忠ちゃんがウチの子になる時には、コレが必要なのよ。」…と。


「そんなわけで、あの時の明光君に似た雰囲気のツッキーから、
   全く同じ言葉が出て来たことに…俺は心底驚きました。」

ツッキーが激怒して、花束を横から掻っ攫って行ったこととか、
この兄弟、実はソックリだな~とか、色々思い出しちゃって…

「それだけじゃありません。同時にもう一つ思い出しちゃったんです。」
『2本のバラ』に対し、『4本のバラ』をお返しした人達…いましたよね?

「あっ!!?」
「まさかっ!」

俺達が上京してすぐの頃、『バラの王子様』の映画を、4人で観に行きました。
その時に、『本の日』のプレゼントとして、どこぞの王子様がバラを2本贈り、
お姫様が4本のバラを倍返し…とんでもない珍事が発生しました。

「あれは笑ったよね。無意識のうちに求婚&承諾成立…マヌケも甚だしいよ。」
「そうそう!超鈍感、ここに極まれり!って…ツッキーと大爆笑したよね~」

あれから俺達が、どれだけヤキモキしたか…わかります?
二人の仲を何とか進展させようと、ひたすら『王子様&お姫様』の考察したり…
結果的に、その努力は報われたものの、何で俺達より先にゴールインっ!?
この点だけは、ちょっと納得いかない!王子様じゃなくて野獣だった?とか…

「何かもう、そういうのが一斉に、走馬灯の如く頭を駆け抜けて…」

そんなこんなで、明光君と同じ言葉に『Yes』を言いたくなかったことと、
美女だか野獣だかわからない人達の、バラバラだった頃のことを思い出して、
俺は…吹き出しちゃったんです。


「ツッキー、本当にゴメン。人生の一大事を決断する場面で、笑っちゃって…」
「いや、山口は悪くないよ。悪いのはむしろ…兄ちゃん(他2名)でしょ。」

あの人の『悪ふざけ』で、ピュアだった僕達がどれだけ影響されたか…
僕は僕で、アレの時に山口の顔が擦り込まれちゃったし(結果オーライだけど)、
酒飲みながら雑学考察なんていう、特殊趣味に走っちゃうし(これも結果上々)…

「兄ちゃんと同じ言葉でプロポーズだなんて…危うく『黒歴史』だったよ。」
すんでの所で耐えて、求婚に応えないでくれて…助かったよ、山口。
僕と山口の感動ストーリーが、ギャグで終わるなんて…笑えないもんね。

「ツッキー…わかってくれてよかった。ありがとう♪」
誰かさん達の『黒歴史』を思い出しちゃったら、笑うのガマンできなくて…
こんなしょーもないことで喧嘩して、台無しにしちゃったら、馬鹿だよね~

手を取り合い、心底楽しそうに笑う月島と山口。
いつの間にか、自分達の腕から去り、好き放題いいまくる二人の姿を、
黒尾と赤葦は、ただただ呆然と眺めることしかできなかった。


「というわけで…はい、どうぞ!」
「これは…鍵、ですか?」

月島と山口は、一つずつ鍵を黒尾達に手渡した。
一つは、ここ山口家のもの。もう一つは月島家のもの…らしい。

「えっと、どういう意味だ…?」
「ホンット、相変わらず鈍いですね。」

僕達は今、めでたく鮮やかに『仲直り』を達成致しました。
この流れからすると、『仲直り』のシメは、アレしかない…そうでしょう?
ですから、円満調停は無事に終結…お帰り頂いて結構ですよ。
山口家の玄関、この鍵でちゃんと閉めて帰って下さいね。

あと、月島家には、こちらの鍵で玄関を開けて、静かに入った方が得策ですよ?
呼び鈴押しても、飲んだくれて誰も気付かない恐れもありますし、
気付かれたら気付かれたで、とんでもなく面倒臭い人々に捕まりますから。

「あら黒尾さんに赤葦さん…二人でコッソリ、どこイってたのかしらねぇ~?」
「意外と恥ずかしがりやなんだな。私達が居る家では…満足にヤれないか?」
「心配せずとも、我が家は広い…ナニしようとも、ほとんど聞こえんぞ。」
「僕以外はみんなヘベレケ…遠慮しなくてもいいのに…親族なんだから♪」
「俺は一回、君らの『素敵タイム』にも遭遇…『隣室の声』にも慣れてるよ~」

月島と山口の、無駄にリアルな『面倒臭い人々シミュレーション』…
そのあまりにリアルな描写に、黒尾と赤葦は泣きたくなってしまった。


「何ボ~っとしてるんです?さっさと僕達を『二人きり♪』にして下さいよ。」
「いくらお二人が超鈍感でも、ちょっとデリカシーなさすぎですよ~?」

それじゃあ、おやすみなさ~い♪
明日も宜しくお願いしますね~♪

グイグイと背を押され、部屋から追い出された、黒尾と赤葦。
来た時よりも数倍重くなった足を、どうにか一歩ずつ進めながら、
燦々と輝く、美しい満月を見上げた。


「間違いなく、あいつらも…月島・山口家の人間だな。」
「あの二人からも、俺達は振り回される人生…ですね。」

満月の眩しさのせいか、その月から蜜が滴っているように…滲んで見えた。




- 続 -




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※福井での円満調停 →『福利厚生④
※月島、一度目のプロポーズ →『愛理我答
※赤葦、黒尾との同居を拒絶 →『半月之風
※黒尾のプロポーズ →『得意忘言
※山口、はじめての求婚 →『優柔甘声
※バラの映画事件 →『薔薇王子
※アレの時に山口の顔が… →『技能伝承
※明光、素敵タイム遭遇 →『方形之地




2017/06/14

 

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