※黒尾・大学3年、赤葦・大学2年。月島&山口・大学1年。
   4月末頃の話。(『王子覚醒』の約半年後)





    薔薇王子







「あ、京治お帰り~。」
「ただいま。これ…どうぞって。」


食後のお茶を奥様と飲んでいたら、京治がどこぞから帰宅してきた。
昨夜は外泊…仲の良い後輩君達がこの春から上京してきたらしく、
休みの前日に、時折こうしてお出掛けしては、外泊…上機嫌で帰宅するのだ。

京治を慕ってくれる可愛い後輩君(しかも地元は東北らしい)がいるなんて、
なんと奇特な…じゃなくて、『類友』ができて、親として嬉しい限りだ。
外泊の前日は、『先輩風』吹かせて、遅くまで調べ物(事前調査)してるし、
楽しくて仕方ない仲間なんだろうなぁ~って、奥様とさっきまで話してたとこ。
(京治には内緒だけど。)

とは言え、やっぱり上機嫌の一番の理由は…『先輩』の方だろう。
高校も学年も違うのに、京治と仲良くしてくれてる、貴重な先輩がいる。
去年の秋、酔って昏睡する京治を背負い、ウチまで送って来てくれたんだけど…


京治は手に下げていた白い紙袋から、綺麗な包装紙に包まれた折箱を出した。
中身は和菓子…「これ…どうぞって。」ってことは、
あの礼儀正しくて爽やかで超~ステキな先輩…『王子様』からの贈り物だ。

「まあ嬉しい!さっそくみんなで頂きましょうね~」
お茶、入れ直すわね~と、スリッパをパタパタ鳴らして小走りする奥様を、
京治が「ねぇ…」と呼び止めた。

「花瓶って…ある?」
「花瓶?勿論あるけど…どうしたの?」

超体育会系の京治から、花瓶なんて不似合いな言葉が出てきて、かなり驚いた。
そんな失礼な僕には気付かず、京治はもう一度紙袋に手を突っ込み、
今度は綺麗な…何と、2本のバラの花を取り出した。

「どっ、どうしたの、それ!?」
「頂き物…黒尾さんから。」

「くっ、黒尾さんが?京治に?」
「うん、そう。だから、花瓶…」

ビックリな発言に、僕と奥様は顔を見合わせ、京治にズン!と詰め寄った。
真っ赤なバラをプレゼントだなんて、さすが王子様…
いやいや、何となく部活繋がりの先輩から、後輩に贈るもんじゃないよね!?
もしかして、ついに…やっとこさ二人はその…上手くいった…のかっ!?


「なっ何で、京治に…?」

ドキドキが止まらない僕と奥様は、裏返る声を必死に抑えながら尋ねた。
当の本人は、実にケロっとした顔で、三たび紙袋に手を入れ、
またしてもラッピングされた何かを取り出した。

「今日は、サン・ジョルディ…『聖ゲオルギウスの日』なんだって。」

聖ゲオルギウスは、ドラゴン退治でも有名な、キリスト教の聖人で、
彼が倒したドラゴンがバラに変わったことから、『バラの日』でもあり、
スペインのカタルーニャ地方では、この日にバラを贈り合う風習があったらしい。

そして今日は『本の日』…『ドン・キホーテ』の作者セルバンテスの命日で、
シェイクスピアの伝説上の誕生日&命日にちなんだ記念日だとか。

世界的大文豪と縁がある日だし、バラの日だし…ということで、
この日にプレゼント用の本を買った人に対し、バラの花を添えるサービスを、
カタルーニャの本屋が始め…『本とバラ』が世界中に広まったそうだ。


「今日、月島君…後輩の家から帰る途中に、黒尾さんと本屋に寄って…」

二時間後に待ち合わせな!と自由行動…それぞれが好きなように本屋を満喫。
約束の時間に、本屋裏の喫茶店に集合した際に、この紙袋を渡されたのだ。

「本屋さんに勧められて、花屋行って…そこで隣の和菓子も勧められたって。」

人がいいと言うか、販促に見事に捕まっちゃって…お人好しなんだから。
ちゃんと見張っとかないと、変な奴に騙されないか、心配になるよ。
ま、そのおかげで本もプレゼントして貰えたし、お菓子も…ラッキーかな。

京治はそう言いながら、口の周りにうぐいす餅の抹茶を付けたまま、
「人タラシも役に立つかも。」と、嬉しそうに湯呑みを傾けた。


京治の話を聞いた僕と奥様は…唖然の一言だった。
本屋さんに勧められ、『本の日』のプレゼントを購入…
そしてわざわざ、近所の花屋さんまで足を運び、故事に倣ってバラの花。
ついでに僕達用のお土産まで…クラクラする程の『王子様』じゃないか!
僕が京治の立場だったら、そのまま今晩も『外泊』コース一直線だよ。

いや待て。ちょっと待て。
色々確認したいことが…

「京治は今日一日、黒尾さんと二人きりで過ごしたの…?」
「今日っていうか、昨夜から。でも、ほとんど単独行動×2だけど。」

「えっ!?くくくっ黒尾君も一緒に、後輩君のとこに泊まったのっ!?」
「そうだけど?それが…何?」

後輩…月島君は、近所に住むもう一人の後輩の、山口君のとこに寝て、
俺と黒尾さんが、月島君のとこに泊めて貰ってるんだ。
さすがに学生用ワンルームだと、大柄な体育会系二人でギリギリいっぱいだし。

「でっ!?黒尾さんとは、何を…」
「何って…寝ただけかな。」

飲んだ後、黒尾さんはすぐ寝ちゃうし、朝も俺の方が先に起きてシャワー…
俺が浴び終わって出たら、大抵黒尾さんが台所で洗い物してくれてて、
入れ違いに黒尾さんがシャワー、俺は部屋の片付けと洗濯…話す間もないし。
今日はたまたま本屋って用事が重なったから、一緒に行ったけど…
いつもは最寄駅で「じゃぁな!」って解散してる。

『寝ただけ』って、ホントに『寝ただけ』なんだね…マジですかい。
僕が奥様と…だったら、当然『寝ちゃった♪』になるんですけど。


もし京治と黒尾君が、普通に『先輩と後輩』というだけなら、それでいい。
でも、お互い明らかに『特別♪』な感情を抱いてるのに…それでいいのかっ!?
親としては問題アリな発言だけど、男としては…もっと大問題でしょ!
お互いに実家暮らしで、滅多にない『寝ちゃおぅっ♪』ってチャンスなのに…

「けっ京治は、黒尾君の寝顔を見て、その…何か、ほらっ、ねぇお母さん?」
「イタズラとか、お戯れとか…色々ヤりたいなぁ~って思ったりしないの?」

京治が寝ている間に、王子様が…ってのは、時間的には無理っぽいけど、
逆に眠る王子様に対して、ウチの子はドキドキとかムラムラとか…ないのか?
僕の奥様なら、それはそれはアソコに…アレかいたり~なんて、
素敵な『オタワムレ』を好き放題して下さるんだけど…ありがたや。


「イタズラ?ああ、額に『肉』って書いたり?考えたことなかったな…
   っていうか、黒尾さんはうつ伏せ寝だから、寝顔見たことない。」

京治の言葉に、僕達はガックリ肩を落とした。
ダメだこの二人…色気も何も、あったもんじゃない。
あれから半年近く経つけど、全然進展してないどころか、その兆しすら見えない。

この鈍チンさん達、一体どうすりゃいいんだろうか…?
奥様と頭を抱えていると、京治は一人でブツブツ、色気ゼロの心配をしていた。

「あの腹黒にイタズラなんかしたら、仕返しが怖い…あっ、そうだ!」

最後に残っていた『黄身しぐれ』を、丸ごと口に突っ込むと、
(僕も一口欲しかったのに…)
もきゅもきゅと美味そうに頬張り、綺麗に飲み込んでから、京治は口を開いた。

「黒尾さんにお返し…した方がいい?」




***************





本にバラ、そしてお菓子まで…
それはもう、誠意たっぷりのお返しは必須である。
そしてこれは、二人の仲を近付ける、またとないチャンスじゃないか!

僕と奥様はコッソリ目配せ…『京治&黒尾君のラブラブ大作戦』を開始した。


「こんな素敵な贈り物を頂いて、お返しをしないなんて…
   赤葦家の家訓に反するわよ?」
「『貰ったら 耳を揃えて 倍返し』?」
「『愛に愛 アレにはコレで 君と僕』の方だよ!」

赤葦家の家訓は、今は置いといて。
贈り物を頂いた時は、下さった方の心を読み取り、お返しするのが礼儀だ。
ただ適当に返礼するなんて、面白くも何ともない…『特別♪』な相手なら尚更。

「贈答とは即ち、駆け引きのこと…
   本気でヤらなきゃ、ヤられるよ?」

僕の言葉に、京治は一気に真剣な表情に変わった。
黒尾君は、京治と『対等でいたい』と願っていたが、どうやらこっちも同じ。
闘争心に火が点き、真剣勝負モード…本当に素直でいい子だ(実にチョロい)。


「まず考えるべきは…何故黒尾さんが『2本』のバラを下さったのか?」
「そして、プレゼントの『本』に込められた意味とは…?」

僕達の問い掛けに、京治はわくわく…好奇心に輝く瞳で、本の包みを開けた。

出てきたのは、小説…
『バラ迷宮』というタイトルだった。

「あらステキ。愛の花・バラのラビリンスだなんて…さすが黒尾さんね~」
「愛の迷宮に添えられたバラは、2本。
   これは『You and I』という意味…」

2本のバラは、お互いに愛情を持っている二人を表す。
君と僕、二人だけの世界…愛の迷宮への誘いに違いない。
素直にこの贈り物を読み解けば、これは熱烈なラブコールじゃないか。
これに対する答えこそ、まさに『赤葦家の家訓』…だよね?

やっぱり黒尾君は『王子様』だ。
ロマンチックなプレゼントに、僕も奥様も『きゅん♪』ってなっちゃったよ。
こんなの頂いて『きゅん♪』ってならない方が、ちょっと問題アリでしょ。


「京治は幸せ者だなぁ~♪
   …って京治、僕達の話、聞いて…ないみたいだね。」

京治は『バラ迷宮』とバラの花を握り締め、完全に『考察モード』だった。
僕達がそれとな~く匂わせた(ド直球の)答えも、全く耳に入ってない…
っていうか、こんな単純なこと、考察するまでもないはずなのに。

「お父さん…二人の想いは、バラバラのまま…なのかしら。」
「このままだと…愛も迷宮入りしちゃいそうだね。」

僕達が重いため息をついていると、黙って考察してた京治が、
突然バッと立ち上がり、興奮気味に捲し立てた。


「迷宮入りなんて、絶対させない…!」
わかったよ、黒尾さんがコレに込めた意味…ホントに単純なことだったんだ。

「『バラ迷宮』に、2本のバラ。」
バラ×2=バラバラ…このミステリは、『バラバラ殺人事件』がテーマなんだ!
さすが黒尾さん…俺の本棚には、この本がなかったことを覚えてたんだ。
深い意味がありそうな『聖ゲオルギウスの日』なんてのは、ただのミスリード…
実態は『しょーもないダジャレ』が言いたかっただけ!

「黒尾さん…参りました。」

ポカンと口を開けて固まる僕達。
京治は黒尾君の真意を見抜き、本をギュっと抱き…『きゅん♪』としていた。
どうやら、ウチの京治には…めちゃくちゃツボったらしい。

「二人の想いが繋がって、良かった…わよね?」
「結果オーライ…なのかな?」


何だかグッタリ疲れてしまった僕達。
京治が「お返しのミステリは…」と、考察に突入してしまう前に、
「『バラ』の『王子様』な映画にでもご招待すれば?」と、
奥様が適当にアドバイス(ナイスなフォロー)をしてくれた。

確か、昔アニメ映画だったものが実写化されて、巷で大人気だとか。
二人でそれについて、色気皆無な考察…楽しんだらいいじゃないか。
暗い映画館。小さなきっかけで、何か二人に『変化』が起こるかもしれない…
だがその淡い期待も、京治の一言でアッサリ粉砕された。

「父さん母さん、色々ありがとう。
   俺早速…皆を誘ってくる。」

「えっ?皆って…はぁっ!?」
「二人きりじゃないのっ!?」

僕達のツッコミは、階段を駆け上がる京治の耳には、きっと届いていない。
そして、二人は『迷宮』から、まだ当分抜け出せそうにも…ない。


「僕達も久々に、映画行こうか?」
「あの子達の分まで、代わりに私達が…ラブラブしましよう♪」

愛と愛、そして君と僕…
ラブラブ大作戦は、とりあえず僕達の間では大成功だった。





***************





皆で映画に行きませんか?という、赤葦さんからの珍しいお誘い。
どんな映画なのかは聞かないまま、俺とツッキーは二つ返事でイエス!
映画館に着いてから、今話題のラブロマンスものだと知り、心底驚いた。


映画の内容は、『見た目じゃない。心と心が通じ合う、真実の愛…』だ。
赤葦さんはどういう理由で、俺達をこの映画に誘ってくれたのだろうか…
ヤることはヤってんのに、未だはっきりしない俺達に檄を飛ばすためかな?
お陰様で、映画の途中からツッキーとはちょっぴりイイ雰囲気に…
この『お姫様と王子様』についての考察も魅力的だけど、
できれば今すぐ、ココで現地解散させて欲しい気もするような。

チラリとツッキーに視線を送ると、ツッキーはその視線を前へ…
前方を歩く黒尾さんと赤葦さんに向け、苦笑いした。

「映画館、カップルと女性ばっかりだったね。」
「確かに。『美女』と『野獣』のバランスがおかしいよね~」

美女だらけの中、野獣4人組…目立つこと目立つこと。
それでもまぁ、見た目はともかく、俺達は…『きゅん♪』とくる部分があった。
でも、前を歩く二人と言えば…恥ずかしいことこの上なかったのだ。

一番後ろに並ぶ、いわゆるカップルシート…2席1セットずつの特殊席。
当然ながら俺とツッキーが一緒…残った黒尾さんと赤葦さんがセットだ。
映画が進むにつれて、前の方に座るカップル達も、徐々に距離が近づいて…
俺達もコッソリ、暗い中で手を繋いだり…なんてしている中、
ふと隣を見ると、クロ赤コンビはお互いの肩に頭を乗せて寄り添っていた。

驚いてツッキーに合図を送ると、ツッキーも「ついに…っ!?」と息を飲む。
あぁそうか…ようやく二人もラブロマンスに突入か…と思った矢先、
穏やかな寝息×2…二人揃って大爆睡していたのだ。
あまりに気持ち良さそうに、仲良く寝入る姿…映画が終わって、
周りの人にそれを見られ、クスクスと微笑まれてしまい、
俺達は慌てて二人を叩き起こし、映画館からコソコソ退散したのだ。

「二人のことが気になって、映画どころじゃなかったよね。」
「一番『寝てる場合じゃない』二人のはずなのに…全くもう!」

お互いに好意を抱いてんのはバレバレ。
今日だって、俺達をダシにして、ラブロマンス映画をカップル席で鑑賞…
少しでも仲を深めるための、『ラブラブ大作戦』だと思ってたのに。

当の本人達は、大あくびしながら歩き…
昼間はランチをやっている、個室付居酒屋へと入って行った。
ホントに…色気のカケラもない。


料理を頼み、待っている間に、俺達は今日の映画チケットのお礼を言った。
結構高い特殊カップル席…赤葦さんの奢りだった。

「実はこれ、ウチの両親から…なんですよ。」

先週、黒尾さんからアレやらコレやら贈り物を頂いたこと。
そのお返しに、黒尾さんには『バラ』の『王子様』を…とのことらしい。
折角だから、考察ネタとして、4人で観に行こうかな…と言うと、
赤葦さんのお父さんが、4人分のチケットを取ってくれたそうだ。

「自分達も観に行くから、そのついで…だそうですよ。」
「相変わらず、赤葦夫婦はラブラブだよな…羨ましい。」

月島君達にも、「いつも泊めて頂いて、お世話になってます~」
「これからも宜しく頼みます!」とのことですよ。
泊めては貰ってますけど、お世話してるのはむしろ俺の方ですよね?

「何を宜しく頼んでるのか不明ですが、まあ…ラッキーでしたね。」
「お前らのための『ラブラブ大作戦』みたいだよな…良かったな!」

「そっ…そうですね~」
「よっ…宜しくお伝え下さい。」


到着した料理に、きちんと『いただきます』をする、クロ赤コンビ。
同じく手を合わせながら、俺はツッキーと視線を交わし合った。

これは恐らく、赤葦さんのご両親から、俺達への『贈り物』だろう。
そして、込められた意味は勿論、これからも息子『達』のことを宜しく…だ。

『友人ですらなかった二人。誰かが思いがけず、二人の運命を変えた…』

今日観た映画のテーマソングのように、俺達にその『誰か』になって欲しい…
赤葦夫婦の悲痛な願いが、俺達にははっきり聞こえてきた。


「ところで赤葦さん。黒尾さんから『アレやらコレやら』頂いたって…」
他には何を?と聞こうとしたら、赤葦さんは「そうでした!」と声を上げ、
紙袋から何やら取り出し、黒尾さんに手渡した。

「これ、忘れないうちに…先週頂いた『2本のバラ』の、お返しですよ。」
「おぉ!わざわざ悪いな…『4本のバラ』が、お前の返事ってことだな?」

「はぁっ!?2本のバラっ!?」
「しかも、返事が4本って!?」

目の前で繰り広げられる会話に、俺とツッキーは味噌汁を噴きそうになった。
今この人達…とんでもないことを言わなかったか!?

2本のバラは、『この世界はあなたと私の2人だけ』…プロポーズの定番だ。
そして、4本のバラは勿論『フォアローゼズ』…プロポーズ快諾のお酒。
何でこんな重要で、ロマンチックなやりとりを、あっけらかんと…
居酒屋の豚バラ角煮定食を食べながら、『業務連絡』みたいにヤってんの!?

俺達の疑問は、聞くまでもなく、二人が勝手にベラベラ喋ってくれた。
『本の日』のプレゼントだったこと。
『バラ迷宮』に添えた…『バラバラ』殺人を示す2本だったこと。
赤葦家の家訓により、キッチリ倍返しの『4本』であること…
聞いているうちに、ガックリと力も魂も抜けてしまった。
色気が無さすぎるにも、程がある…が。


「素晴らしい贈り物…『きゅん♪』となっちゃいましたよ。」
こんなにステキなプレゼント…本当に黒尾さんは、王子様みたいです。

「俺の真意がお前にちゃんと伝わって…俺も凄ぇ嬉しいよ。」
お前なら、絶対に分かってくれると信じてたぞ…さすがは赤葦、だな!

色気とは無縁だけど、何だか二人はウットリ見つめ合い…イイ雰囲気だ。
見た目だけは真実の愛。心と心も通じ合い…でもこれは絶対、違うでしょ!

酒マニアの赤葦さんなら、確実に『フォアローゼズ』の由来は知ってるはず。
でも、それはただの『知識』…『自分』に繋がるとは、まるで思ってない。
黒尾さんは黒尾さんで、『バラの花を贈る』ことの本質に、全く無頓着…
『知識』と『現実』が、二人揃ってバラバラに乖離している状態なのだ。

それなのに、見た目では熱烈な求愛&承諾が成立して見えるなんて…
『見た目じゃない。』という映画のテーマが、逆説的にマッチしているのだ。


ツッキーと俺の頭に、さっき聞いたテーマソング…同じフレーズが鳴り響いた。

『言葉にする程じゃない、ほんの小さな変化』
『お互い少し臆病で、何の心の準備もしていなかった』

俺達の存在が、二人に『ほんの小さな変化』をもたらしてくれるなら…
というよりも、自分達の方が、ヤキモキ感から早く抜け出したい気分だった。
あらゆる手段を用いて…それこそ、ラブロマンス満載の『王子様とお姫様』を、
『酒屋談義』のネタにしまくって…二人に自覚と変化を促すべきかもしれない。


視線だけで『ラブラブ大作戦』を練った俺達は、食後のお茶を頂きながら、
バラバラ話に花を咲かせる二人に、今後の予定を提案した。

「今日は僕達…もう帰らせて貰ってもいいですか?」
「その…ツッキーと二人で、ゆっくりしたい気分だなぁ~って♪」
だから、これについての『考察』は、また後日改めて…
何なら他の『王子様&お姫様』についても、今後じっくり語り合いませんか?

「それは名案ですね。お二人の邪魔はしたくないですし。」
「『酒屋談義』でお伽話考察も、凄ぇ面白そうだよな~!」

それでは、邪魔者はお先に退散しますから…どうぞごゆっくり。
気が効く優しい黒尾&赤葦先輩に、心から感謝しろよ?

そう言いながら、黒尾さんと赤葦さんは、お会計を済ませて帰って行った。


「この焦ったい気持ち…今日観た映画みたいだよね。」
「映画だと2時間でハッピーエンド…こっちはどれだけかかることやら。」

『ラブラブ大作戦』を実行し、二人きりにさせてはみたものの、
この後あの二人が急激に接近なんてのは…恐らくないだろう。
作戦完遂には、かなりの時間と機会が必要になりそうだ。

「何かと理由付けて、頻繁に『酒屋談義』…してみようか?」
「ホントにもう…手間がかかる先輩方だよね。」





***************





「全く、手間がかかる二人ですね。」
「ま、たまにはいいんじゃねぇか?」

居酒屋に月島達を置き去った黒尾と赤葦は、プラプラと街中を抜け…
ビルの谷間にある、人影疎らな駐車場の隅に座り、缶コーヒーを開けた。

「上京して一月…あいつらもバタバタ忙しかっただろうしな。」
「ゆっくり映画鑑賞…リフレッシュになってれば良いですね。」

慣れない単身生活×2…先週の『酒屋談義』でも、二人共疲れた様子だった。
今日ぐらいはラブロマンスの余韻に浸って、癒しの時間を過ごせたら…と、
黒尾と赤葦は『ラブラブ大作戦』を決行…間違いなく大成功だろう。

あの二人には、せいぜい感謝してもらわねば…と思っていたら、
山口から赤葦にメールが入った。

今日は映画&お昼ありがとうございました!という、きちんとしたお礼だ。
黒尾にも画面を見せていると、『追伸』が送られてきた。

内容は一言だけ…
『フォアローゼズの意味は?』だった。


「フォアローゼズ?4本のバラ?」
「この名を持つバーボンですよ。」

赤葦は黒尾に、『フォアローゼズ』というバーボン・ウイスキーの由来…
創始者が一目惚れした相手に求婚し、相手は4本のバラで承諾を表した話を、
ざっくりと説明…している途中で、二人は頬を発火させた。

「あっ、あの、そのっ、俺の『お返し』には、そんな意味は…っ!」
「わわわっ、わかってる!2本の2倍ってだけ…そうだよなっ!?」

俺の方も、バラだからって…そんなロマンチックな意味なんてないから!
あれは『本の日』の…ただのダジャレってだけで、その…

赤葦の両手を掴み、必死に弁解を続ける黒尾。
じんわり目尻に涙を滲ませ、言い訳する赤葦。
自分達の行為に、こんな『深い意味』があったなんて…微塵も考えてなかった。
知識としては勿論知ってはいたが、自分には無関係…そう思い込んでいたのだ。

ホント、何で気付かなかったんだろう…そう自嘲しかけて、
今の自分達の『状況』に、ようやく気付いた。


4本のバラと、互いの手を握り締め。
暗い駐車場、至近距離で見つめ合う。
バラのように、艶やかに染まる両頬。

パッと見だけなら、もう完全に…さっきの映画のワンシーンである。
思いがけない急接近に、二人はパニック状態…
猛烈な早口で、現状を打開しようと捲し立てる。

「こういう時は、『ごっこ遊び』で…誤魔化す、でしたよねっ?」
「今日の映画は…美女かつ野獣?ほとんど内容覚えてねぇよっ!」

ダメだ…とりあえず落ち着くぞ!
逸る動悸と呼吸を抑えるべく、二人揃って大きく深呼吸…
そして一歩一歩、互いに後ろへ下がりながら、距離を取った。

掴んでいた手が離れたところで、ようやくホッと一息…顔を見合わせ苦笑い。
今日はもう、このまま帰った方が得策…互いの意見が、視線で一致した。


「あのさ、念のために言っとくけど…」

来年の『本の日』も、お前に本とバラを贈るつもりだが…
『そういうの』じゃ、ねぇからな?
『そういうの』の時には、俺はバラ以外で伝えるから…そこんとこ、よろしく!

「了解です…心の準備、しときます!」

これで、妙な誤解なく、心おきなく本とバラを受け取れますね。
事前の注意喚起…お気遣い感謝致します。


黒尾と赤葦は、同時にクルリと背を向け、最後に一言ずつ呟いた。

「来年も…楽しみにしてろよ。」
「今から…待ち遠しいですね。」



- 完 -



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※去年の秋 →『王子覚醒
※聖ゲオルギウスの日・バラの日・本の日 →4月23日。
   ユネスコの世界図書・著作権デーでもあり、日本では『子ども読書の日』。
※フォアローゼズ →『優柔甘声

※時系列としては、この一年後ぐらいが『予定調和』及び『蜜月祈願』、
   そして『王子様シリーズ』以降へと続きます。


2017/04/25

 

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