※年末編 / 月山 、 年始編 / クロ赤



    愛理我答(年末編)







「山口、僕達も…結婚しようか?」
「え?やだなツッキー…冗談でしょ。」



4人での今年最後の『酒屋談義』…クリスマス会の、数日後。
月島と山口の二人は、黒尾と赤葦に見送られながら、
新幹線に乗って実家・仙台へと共に帰省していた。

くれぐれも月島・山口ご両家の皆様に、宜しくお伝え下さい…と、
山口は赤葦から菓子折り2箱と、小さなメモを預かり、
ほんの気持ちだが…お前らにはコレな?と、
月島は黒尾から封筒を2通手渡された。

「赤葦さん…何のメモを?」
「『ぜひ飲んでみたい東北の銘酒リスト』…だって。」
要は、お土産の催促…ということだろうか。
それで、黒尾から預かったのが…そのための『資金』だ。

「これで『お土産』買って来いっていう、『餞別』…えっ!!?」
「わっ!びっくりした…どうしたのツッキー?」
珍しく大きな声をあげた(しかも新幹線内で)月島に、
山口は驚いてチョコレートを落としてしまった。
縮こまって拾いながら、声を落として月島に問いかけ、
月島は山口以上に縮こまりながら、ひそひそ声で答えた。

「どうもこうもないよ。黒尾さんから貰った封筒…見てよ。」
月島に促され、チラリと中を覗き…山口は再びチョコレートを取り落とした。
「なっ…えっ、ちょっと…!」

中身は、予想通り『餞別』だったが、それにしては…多すぎる。
「お年玉…にしても多いし、冬のボーナスかな?」
「全くあの人は…経理部長の僕に内緒で、こんなこと…!」


黒尾法務事務所は、会社組織ではない。
あくまでも黒尾鉄朗は個人事業主…『黒尾法務事務所』は単なる屋号だ。
従って、事務所で受けた仕事の報酬は、基本的に全て黒尾のものであり、
月島達スタッフは固定給…黒尾から雇われている身である。
事業用の経費等は、経理の月島が管理しており、
また、黒尾個人の確定申告の仕事も別途請けているため、
大体の『懐事情』は把握しているのだが…それにしても、だ。

「確かに、年末に結構デカい入金はあったよ。
   僕達全員で、その仕事納品の為に、ド修羅場を潜り抜けた。」
だからって、その報酬をきっちり『4分割』して配るって…どういうこと!?
しかも、スタッフに『金一封』を出すなら、それ相応の経理も必要だし、
僕達にも一言あって然るべきでしょ?
それを、何の断りもなくポンポンポン♪と、惜しげもなく分け与えるなんて…

「無欲なのはイイけど…こんな大金、新幹線乗る前に現ナマで渡すとか、
   ホントに困る…と言うよりも、冗談抜きで非常識だよ!」
「東京戻ったら…『黒尾家』の財布を握る赤葦さんに、
   ミッチリお説教してもらわないとね!」
説教…いや、もっと緊急かつ超重要な『家族会議』が必要だろう。


「山口にも改めて言っておくけど…
   僕達、あの家は『3年間の期限付』で借りてるだけだから。」
あの場所の再開発事業が本格始動したら、移転しなければならない。
今の生活を『現状維持』…同規模の事務所及び、
2世帯分の住居を確保するためには、結構な貯蓄が必要なのに…
こうも『あっけらかん』と大盤振舞していいわけがない。

「俺も…ちょっと忘れかけてたかも。」
で、経理部長さん…3年後、何とかなりそうなの?
山口は軽い気持ちで聞いたのだが、月島は真剣そのものの表情で、
山口の肩をグイっと引き寄せ…コッソリ耳打ちした。

「このペースで来年も仕事が来ると仮定すると…
   『持ち家』も夢じゃないかもしれない。」
「はぁ…っ!?」
思わず大声を上げそうになった山口の口を、
月島は掌で慌てて塞ぎ、咳をして誤魔化した。

ごめんツッキー!と視線で謝る山口と、そのまま肩を引っ付け合い、
二人はコソコソと『密談』を続けた。

「あの人の『人タラシ』と、赤葦さんの管理能力は…僕達の想像以上。」
勿論、運の良さもあるけど…まさに『鬼に金棒』な組み合わせだよ。
多分このままいけば、3年後には普通に住宅ローンの申請…通るだろうね。

個人事業主は、毎月決まった入金があるわけではない。
下手をすると、3か月間『0』が並び、年度が明けた4月からドカドカ!と、
サラリーマンの平均年収ぐらいの金額が、立て続けに入ってきて、
気付いたら半年で『消費税課税事業者』に該当…また『0』が続いたりする。
非常に不安定ではあるが、トータル年収や取引先のランク等により、
普通のサラリーマンよりもごくアッサリ…ローンの申請が下りる可能性がある。

「年が明けてからは…僕も本気で経理の勉強しないとマズいよ。」
秋口に朧げな予定を立てたが、その計画通り…2月には簿記2級、
大学在学中に、できるだけのことをしておかなければならない。

ローンのことを考えると、兄の事務所の傘下にある内に、
できれば借入申請をし、綿密な資金計画を立て…
「今回の帰省で、父さんや兄ちゃんの知恵…借りておきたいな。」
その上で、僕に必要なスキル等についても、二人から助言を受け、
今回の『ほんの気持ち』とやらを、有効利用させてもらうべきだろう。

「全く、『のんびりキャンパスライフ』は、消し飛んじゃったよ。」
やれやれ…と、ため息をついてみせる月島だったが、
その表情は物凄くイキイキとしており、実に楽しそうだった。
…賢明な山口は、それを絶対に口には出さなかったが。


「ねぇツッキー、俺ちょっと…心配してることがあるんだけど。」
山口はオレンジジュースで喉を潤すと、改めて小声で月島に話を振った。
「さっき、『赤葦さんに説教してもらおう!』って言ったけど…
   実は赤葦さんも、説教『される側』…かもしれないよね?」
「それは…僕も、その通りだと思うよ。」

赤葦は、本当に優秀な『参謀』である。
今はその能力を発揮し、毎日が充実…目映いばかりに輝いている日々だ。
その点は、同僚としても心から頼もしいし、仕事ぶりには圧倒されるばかり。
自分の裁量で事務所を上手く回す…それが楽しくて仕方ないようだ。

「仕事が好きなのはいいんだけど…『仕事完遂』に重点を置きすぎだよね?」
無茶苦茶働きまくって、無理をしているわけではない。
4人の望み通り、『の~んびり自営業♪』の範囲は、逸脱しない程度だ。
だが、『参謀』としての仕事が楽しすぎるあまりに、
黒尾とは別の意味で、お金には無頓着…『仕事LOVE』なのだ。

「あの人は、もっと自分の働きに見合った『報酬』を得るべきだよ。」
これは『仕事』…ボランティアの『副主将』とは違うのだ。
自分達4人は、本質的には家族経営…『黒尾鉄朗とその家族』風ではあるが、
現行法上、ほとんど無償奉仕のような『配偶者』的な扱いはされないため、
公的には『雇用主・黒尾とその従業員達』であり、
近い将来は、『黒尾事務所に集うサムライ集団』になる予定である。

「赤葦さんは、一般的な『個人事業主の奥様』じゃないんだ。
   本人もきっちり個人として稼いでいる…その自覚を持ってもらわなきゃ。」
もっと金にがめつくなれ…そう言っているわけではない。
法的には『家族』『配偶者』として保護されない以上、きちんとした体裁…
誰にも文句を言われないような『建前』も、確立すべきなのだ。

「本当に『いざ』という時のことを考えると、赤葦さん宛に遺言を残すより、
   『赤葦さん個人』の正当な権利として、財産移転する方が良いよね。」
全てを『黒尾鉄朗』名義にしておくよりも、最初から給与や報酬として、
『赤葦京治』の財産としておくと…相続や贈与等の『面倒な話』も回避可能。
法で守られないなら、知恵を使うしかない…それが、自分達の選んだ道なのだ。


「黒尾さんも赤葦さんも、金のかかる趣味もないし、浪費癖もない。
   でも、無頓着すぎるのも、同じぐらい『オトナ』としては大問題だよ。」
本人達にその意識はなくとも、現実的に彼らは『稼ぐ』のだ。
妙な詐欺に引っかかったりするのは論外だが、きちんとした人生設計を行い、
資金を管理していくことも、『オトナ』には必要不可欠なことである。

「それに、今後は実質的に二人で『家庭』を築くことになる。
   『お小遣いのやり繰り』じゃなくて、『家計』を回さなきゃいけないんだ。」
「自炊経験がほとんどなかったこともあるけど…
   二人とも『主婦力~家計編』は、まだまだ酷い有様だもんね。」
時折一緒にスーパーへ行ったりするのだが、店内を見て回っていても、
二人は『並んでいる商品』に関する考察を楽しんでしまい、
(それはそれで、実に仲睦まじく…若干羨ましくもあるのだが)
『日常生活を送る上で必要なお買い物』とは、とても言えない状況なのだ。

「赤葦さんなんて、すぐにふらふら~って、お酒コーナーにイっちゃうし…」
「黒尾さんは黒尾さんで、『栄養価』『品質』以外の基準がない…」
もうホントに、全っ然『なってない』…のんびりしすぎなのだ。
これでちゃんと、二人で『家庭』を回していけるのか…甚だ不安である。


「最近の黒尾さん、赤葦さんにちょっと甘すぎじゃない?
   目に余るほどの『お姫様』扱い…デレッデレだしさ。」
「赤葦さんの方も、何だかんだ言って…黒尾さんにベッタリだよ。
   『黒尾さんの弱点?そんなもの、俺が補えばいいだけです。』だって…」
「うっわ、それ絶対…『弱点?心当たりがありませんね。』が正解だよ!」
「お互いのことが『大好き♪』なのが、ダダ漏れ過ぎでしょ。」

今までずっと、自分のキモチを抑え続けてきた反動もあるだろう。
やっとそれらが報われ、今が幸せの絶頂…それも、痛い程よくわかる。
だが…締めるところは、キッチリ締めてもらわないと。

「俺達が…きちんと見守っててあげないとね。」
「ミッチリと容赦なく指導…覚悟しといてもらわなきゃね。」
しっかりしているようで、実は意外と大ボケな二人…
月島と山口はそんな二人を思いつつ、顔を見合わせて笑い合った。




***************





「ところでツッキー、『カネ』の話繋がりなんだけどさ…
   今年も年越し…『除夜の鐘』、一緒に聞きに行く?」

除夜の鐘は、除日すなわち大晦日の夜に鳴らされる梵鐘…お寺の鐘である。
人間の煩悩の数である108回…その数の由来にはいくつかの説があるが、
人間が一年も生きていると、少なくとも大体そのぐらいは、
年の最後に払っておくべきアレやらコレがある…ということだろうか。

「お寺の梵鐘は、通常は朝夕の時報として鳴らされていたけど…
   その由来が、実に興味深いんだよ。」

月島はそう言うと、盃をあおる仕種…
きっと、『酒屋談義』で語ったネタに繋がるのだろう。
山口はキラキラした目で、話の先を促した。

「これは、皆で何度も話した、異類婚姻譚…『蛇女房』だよ。」
ある男女が結婚…だが、その妻は蛇だったという話だ。
例によって、『見るな』のタブーを破ってしまった男の元から、
蛇は子どもを置いて山へと去って行く…
『乳の代わりにこれを与えてくれ』と、その片目を渡して。

「でも、赤ちゃんは片目分を飲み干し…困った男は、
   妻である蛇に会いに、山へと向かうんだ。」
「それは…仕方ないかもしれない、けど…」

会いに来た男に、蛇はもう片方の目も渡すが、これで蛇は盲目に…
目は差し上げます。我が子に与えて下さい。
その代わりに、朝夕の食事の時間が分かるよう、
私のために、お寺の鐘を鳴らして下さいませんか…と。

「梵鐘は、蛇のためのものだったんだ…!」
「あの音を聞くと、何だか物悲しい気分になるのは…
   この夫婦の話があるからかもね。」

髪長姫・藤原宮子が創建した道成寺に伝わる話…『安珍・清姫伝説』も、
蛇と梵鐘に関する、悲しい結末の物語だった。
やはり、お寺の梵鐘の音…悲しく聞こえてしまうじゃないか。


「そもそもなんだけど、この『鐘』という漢字の構成を見ると、
   その理由も何となくわかってくるんだよ。」
月島は辛そうな表情で目を閉じ、一呼吸ついてから、
山口の手を取り、その掌の上に『鐘』という文字を指先で書いた。

「まず、偏の『金』は、金属の象形と、それをすっぽり覆うさま、
   そして、『土地の神様を祭るために柱状に固めた土』の象形なんだ。」
「つまり、『土の中に含まれる金属』ってことだよね。」
そして問題は、旁の『童』という文字の方である。
児童やわらべといった、子ども…成熟していない者を表す漢字だ。

「実はこれ、『入墨をするための針の象形』と、『人の目』の象形、
   それに、『重たい袋』を表しているんだよ。」
「え…っ!?それって『目の上に入墨をされた奴隷』…ってこと!?」
驚く山口に、月島は小さくコクリと首肯した。

「かつて、奴隷達は目の上…額に入墨をされていた。
   罪を犯して召使にされた…男性を『童』、女性を『妾』と言ったんだ。」
「真っ当な人ではない…成熟していない…という意味から転じて、
   『未熟』な『子ども』って意味が派生したんだね。」
この『罪を犯した』奴隷達は、鉱石の入った重い袋を背負わされ、
鉱山で強制労働させられていた…ということだろう。

「『人じゃない』と…蛇や熊、妖怪と言われ、蔑まれてきた人々…」
「それは、鉱山を知り尽くしていた、『元々いた』人達のことだろうね。」
五輪騒動の時に知った、『元々いた』熊野の神々。
朱砂つまり砂鉄の利権を朝廷に奪われ、『蛇』と呼ばれた人達だ。
「彼らが犯したと言われる罪とは…?」
「まつろわぬ者…侵略者だった朝廷に『抵抗した』という罪…だね。」

蛇女房に、安珍・清姫伝説。そして、『鐘』という文字が表す事実。
これらを知ってしまった今、あの鐘の音は…今までとは全然違って聞こえてくる。

「除夜の鐘は…今まで歴史の闇に葬られてきた人々への、鎮魂でもあるね。」
「今年からは、本当に謙虚な気持ちで…あの鐘に聞き入ってしまうだろうね。」
これこそが、年の最後に思い返しておくべき、大切なことかもしれない。

当たり前のようにやってきて、何の疑問も持たなかった『慣習』でも、
ほんの少しだけ深く考察してみると、愕然とするような事実が浮かび上がってくる。
『酒屋談義』で話題になった話にも、そういったものが…溢れる程存在していた。

「とてもじゃないけど、『来年もガッツリお金儲けできますように♪』なんて、
   煩悩丸出しでお参りなんて…絶対にできないよね。」
「あなた方の分まで、僕達は努力して…悲しい結末にならないようにします!
   そう静かに、決意表明すべき場…なんだろうね。」
今年、一体何度…この結論に辿り着いただろうか。
改めて、年の最後に社寺仏閣へ頭を下げる理由を、考えさせられてしまった。



「こうしてみるとさ、俺達って慎ましいながら…本当に幸せだよね。」
「『酒屋談義』の考察だけじゃなくて、黒尾法務事務所の仕事でも、
   それはつくづく…思い知らされることではあるよね。」

無理矢理引き離された神々や、壮絶な争いを繰り広げる離婚調停等を見ていると、
『つつがない二人の毎日』が、どれほどありがたいものかを痛感してしまう。

    好きな人と、一緒に居られる…これが、いかに貴重なことか。
    そして、好きな人と結ばれることが…どんなに幸せなことか。

「すったもんだの末…黒尾さんと赤葦さんが、上手くいって…良かった。」
「あの二人を見てたら、こっちまで嬉しくて…羨ましくなっちゃうよね~」
4人で歴史を語り合い、数々の離婚問題を扱ってきたからこそ、
余計に黒尾達がようやく掴み取った幸せが、自分のことのように嬉しいのだ。

心から、二人を祝福したいし…ラブラブっぷりが本気で羨ましいよね。
穏やかに微笑みを湛えた月島の口から、ポロリと言葉が零れ落ちた。

「山口、僕達も…結婚しようか?」

自分の口から出た言葉に、月島は心臓が止まりそうな程、驚愕してしまった。
そして、すぐに山口から返ってきた答えに、本当に心臓が止まりかけた。

「え?やだなツッキー…冗談でしょ。」





***************





「ー、ッキー、ねぇ、ツッキーってばっ!!」
「………な、何?」

ゴーン、ゴーン…というよりは、ガガガガーン…
世界の終わりを告げる鐘の音が、頭の中で鳴り響く。
冷たくなる手。暗くなる視界…

ほとんど意識を失い掛けていた僕の肩を揺さぶりながら、
山口は困ったような笑い顔で、僕を何度も呼んでいた。
何でそんな、笑顔なんだよ…でも、怒りや悲しみすらも出て来ない。


山口は手を伸ばし、窓際に掛けてあった僕のコートを取ると、
ちょっとした肌掛け代わりのように、僕と山口の腿にそれを乗せた。
そして、そのコートの下で、ギュっと僕の手を握りながら、
力みのない静かな口調で、ゆっくりと話し始めた。

「俺、別に…ツッキーと、けっ、っこん…したくないワケじゃない…よ?」
「じゃあ、何で…?」
山口の小声に合わせた…わけではなく、掠れた声しか出て来なかった。
言葉で聞く代わりに、握られた手を少しだけ握り返した…勇気を振り絞って。

僕の問いに対する山口の答えは、実に単純明快だった。
「だってさ…俺達、どうやって『生活』していくの?」

キッチリ仕事をし、ガッツリ稼いでいる黒尾とは違い、
月島も山口も、今はただの学生アルバイト…『家庭』を築く程の収入はない。
明光事務所からも一定の給与が支払われている、『行政書士補助者』の山口は、
学生アルバイトにしては高給取りだが、誰かを養うには物足りない。

「オトナとして、きちんと『家庭』を回していくには…
   やっぱり、『カネ』の話はきちんとすべき…でしょう?」

全く以って、山口の言う通りである。
未だ親から仕送りを貰い、大学に行かせてもらっている自分達が、
『黒尾さん達が幸せそうで、羨ましいから。』等と言う理由…
そんなファジーな『気分』で、結婚を決断していいわけがない。

山口の至極真っ当な『待った』に、昇天しかけていた僕の意識は、
ストンと地に戻り…僕もようやく、冷静さを取り戻してきた。

「さっきまで散々、黒尾家のカネについて、好き放題言っておきながら…」
「ホント、『他人のコト』だけは、よく見えるんだよね~」
自分のことは、こんなにもわからないのに…
山口は一瞬ため息をついたが、すぐに力強く僕の手を握り直し、
今度ははっきりとした口調で話を続けた。


「俺、今回帰省したら、『もう仕送りはいいよ』って言うつもりなんだ。」
明光君のとこからも、黒尾さんからも貰ってるから、
『学生』として生活する分には、十分すぎるぐらいだからね。
「これで俺は、来年から『自立』へ大きく一歩…前に進めるんだ。」

でもこれだけじゃあ、『家庭』を持つには…到底不十分。
だから、『学生』のうちに、きちんとその準備を整えるため、
残りの2年で資格を取り、『手に職』をつけなきゃいけないんだ。
「それまで…あと2年『しか』ないんだよ。」

たった2年で、ちゃんとツッキーと…『予約』を『確約』にできるのか?
今の俺は、とてもじゃないけど…2年『も』なんて、思えないよ。
ただ待つだけの、2年じゃない。
2年も待たなきゃいけない…わけじゃないんだ。

「だから俺、いっそのこと…婚約破棄したっていいかな~って…
   ちょっ、ツッキー!?白目剥いちゃって…っ!!」
とんでもない発言に、再び意識を手放しそうになった僕。
山口は慌てて「ごめんツッキー!でも…話は最後まで聞いてっ!」と、
腕をしっかり絡めながら、苦笑いと共に捲し立てた。

「さっきも言ったけど、俺だってツッキーと…できるだけ早く、
   け…ケッコン、したいんだから!そのために、頑張るんだから!」
ツッキーが『予約を確約に変える言葉』を言うことに、
すごい重圧を感じてるのも、ビシビシ伝わってきてるよ。
だからこそ、そのプレッシャーから解放されるように、一旦婚約は解消…
じゃなくて、『お取り置き』しておくのもアリかなぁって。
その上で、2年後に正々堂々と結婚できるように、準備に全力を注ぐ。
そういう『綿密な計画』の遂行を、俺はツッキーに提案したいんだ。

「婚約者じゃなくなっても…こ、恋人には、変わりない、から。」
『恋人』になった直後に、親からの半ば強要で『婚約者』になっちゃったし…
俺達は未経験の『甘い恋人時代』を過ごすのも、楽しそうじゃない?

僕の後ろに隠れ、引っ込み思案で、自分の意見をほとんど言わなかった山口。
そんな山口が、しっかりと僕達の将来を考え、僕に『提案』を持ち掛けてきた。
山口の『成長』を僕は驚くというよりも、心から頼もしく感じた。

    山口と…ずっと一緒に。
    共に『伴侶』として、歩んでいきたい。

僕はその想いを、改めて強く抱いた。
二人の大事な人生だからこそ、『たった2年』を焦らず、堅実に。


コートの下で、山口の指にしっかりと指を絡める。
そして、愛情溢れる山口の提案に対し、僕は力強く答えを告げた。

「婚約解消…それは絶対無理。
   僕のメンタルは、ウォシュレット対応のトイレットペーパーよりも脆い。」
「ツッキー…それ、あんまりカッコつけて言うセリフじゃないよね?」

山口は呆れたような声を出したが、その顔には楽しそうな笑み。
続きを促すように、指で指をキュっと揉んだ。

「婚約者のまま…恋人としても楽しむ。
   山口が『もう止めて…』って懇願するぐらい、デレッデレの恋人時代を…」
「お願い…それ以上言うの、とりあえずもう止めて…」

途端に恥かしくなってきたのか、山口は顔を真っ赤にして俯いた。
自分で提案しておきながら…全く、そういうところが…たまらない。

「仙台に着くまでずっと、こうやって…手、繋いでおこうか?」
「っ!!?え、あ、うん…」
これが、デレッデレに甘い恋人時代…最高に気分が良い。
これを満喫しないなんて…実に勿体無さすぎる。


「除夜の鐘を聞きながら、僕はこう誓うことにしたよ。
   『二人の人生のために、精一杯アレもコレも頑張ります!』…てね。」
「『煩悩』に該当するような『アレ』とか『コレ』は、
   きっちりと鐘が消し去ってくれること…ツッキーは忘れてないよね?」

その部分はほら…『新年』にもう一回、神仏に誓い直しておくよ。


煩悩だらけ…幸せな『新年』の予感に、
僕と山口は再度顔を見合わせ、デレデレと微笑み合った。




- 年末編・完 -

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※安珍・清姫伝説 →『半月之風


2016/12/28

 

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