「こ…これは…っ、憧れの…っ!!」
4人でお誕生日会も、今日で4回目。
9月の月島、11月の山口・黒尾に続き、ラストの赤葦だ。
準備できました!との連絡が、階下の月島・山口宅から入ると、
黒尾は赤葦に目隠しをして、会場に誘導した。
目を開けた赤葦は、照明が落とされた部屋で、唯一光り輝くもの…
違う色が層になって重なった、美しいカクテルを発見し、
これだけで感激のあまり、目を潤ませてしまった。
「熟練のバーテンダーでも、作るのは相当難しい…
最も美しいカクテル『プース・カフェ』ですねっ!!!」
プース・カフェは、リキュール・蒸留酒・シロップ等の、
比重の異なる飲み物を、重い順にゆっくりとグラスへ注いでいき、
色の層ができるように作る、工芸品のようなカクテルである。
飲む時には、静かにストローを入れ、好みの層から飲んでいく。
重なった色が混ざり合わないように、赤葦は震える手を腿の間に挟み、
息を殺してグラスに顔を近付け、じっくりと観察した。
「まさかまさか、『本日のカクテル』がコレだったから…?」
皆さんで俺のために、修業して下さったんですか?
だとしたら、今すぐ法務事務所なんかソッコーでやめちゃって、
4人でバーを経営しましょうっ!!この技能を眠らせてはいけません!
皆さんにこんな才能があったなんて…悔しいも羨ましいも超越です。
俺は皆さんと出会うために生まれたのだと…悟りの境地に至りました。
感激のあまり、何を言ってるのか、もうよくわからない赤葦。
だが、それは喜びの裏返し…祝う側の3人は、静かにハイタッチした。
「悟り開いちゃうほど喜んでもらえるなんて…こっちも嬉しいです!」
「修業中、水分過剰摂取でお腹がパンパンになった甲斐があります。」
「嬉しいのはいいが、廃業だけは勘弁してくれよ。」
壊すのは勿体無いし、本日の主役がいきなりダウンも申し訳ない。
でもでもっ、ぶっ倒れてもいいから、コレは飲んでみたい…
赤葦はストローを握りしめたまま、究極の選択に苦悶の表情を浮かべた。
「赤葦さん、ご安心を。ちゃんとノンアルコールで作ってますから。」
「何ですって…っ!?アルコールなしで、これを…?」
飲料の比重差は、主に糖分の量で決まるため、
『お酒なし』で何層も作るのは、『お酒あり』よりも、更に難しい。
それを、明らかに素人の3人が、完成させたなんて…
やっぱり、バーをやるしかありません…と赤葦が勝手に決断する前に、
黒尾は箱を取り出し、『種明かし』をした。
「誰でも簡単にプース・カフェが作れる専用器具…これを使ったんだ。」
「本格志向の赤葦さんからすると、邪道かもしれませんけど…」
「さすがにこういうのを使わないと、僕達じゃ到底無理ですからね。」
これ…いるか?という黒尾の仕種に、赤葦は激しく頭を上下し、
キラキラした瞳で恭しくそれを受け取り、頭上へ高々と掲げた。
「こんなステキな専用器具があったなんて…最高のプレゼントです!」
これがあれば、垂涎の逸品を…ご馳走してあげられますよ。
「近々俺が、至高の『オーガズ△』を、皆さんに…」
恍惚とした表情で、耳を疑うような発言をした赤葦。
3人の「はぁっ!?」という驚愕には一切目もくれず、
褐色の上に、穢れなき白を、たっぷり…と、ウットリしながら呟く。
「あ、月島君には『クイック▽ァック』も…イイかもしれませんね。」
「えっ!?ぼ、僕は、まぁ…緩急どちらも、嫌いじゃないですけど…」
「山口君には、『ブ□ージョブ』を…手を使わず、おクチだけで…」
「なっ!?そ、それも、まぁ…結構好き、ですけど…」
「黒尾さん…『ビトゥイーン・ザ・シーツ』は、いかがですか?」
これ以上の妄言(暴言?)は危険…そう判断した黒尾は、
「それは大歓迎。」という言葉を飲み込み、赤葦を止めにかかった。
「『kiss me quick』でも、『kiss of fire』でも、
『kiss in the dark』でも、俺達は美味しくご馳走になるから…」
『カクテル談義~ステキな名前シリーズ』は、また今後…な?
「というわけで…赤葦、お誕生日おめでとう…乾杯!!」
黒尾は強引に乾杯を宣言し、グラスの脚にそっと手を添えると、
慎重に棒状のアレを挿し入れ…優しく吸い上げた。
「運命と言うか、皮肉と言うか…今日12月5日は『お酒!!』なんですよ。」
皆さん、『お酒』にまつわることわざや慣用句…何を思い浮かべますか?と、
月島は苦笑いしながら全員に問い掛けた。
「まず思い浮かぶのは…『酒は百薬の長』かな?」
「『酒は飲んでも飲まれるな』…これも大事な箴言だよな。」
「あとは、『酒は天の美禄』や『酒は猶兵の如し』に…
『酒は知己に遇うて飲むべし』は、実に酒屋談義っぽい言葉ですよね。」
3人の答えに、月島は満足そうに頷づき、「正解です。」と答えた。
「実はそれ…全て『12月5日のことわざ・慣用句』なんですよ。」
酒は憂いを払う玉箒、酒は情けの露雫、酒は三献に限る…これらも全部です。
「まさに『お酒』のオンパレード…正直、驚きました。」
赤葦さんがお酒を溺愛してしまったのも、運命と思えてなりません。
月島の言葉に赤葦は満面の笑み…そして、山口が話を継いだ。
「俺も、お酒に絡むネタなんですけど…
『今日の花』の一つが、ポインセチアだったんですよ。」
「ポインセチア…クリスマスにピッタリの、赤い花だったよね?」
別名ズバリ、クリスマスフラワー…この時期、本当によく見かける花だ。
「ポインセチアの和名が『猩々木(しょうじょうぼく)』です。」
「猩々って、能とかに出てくる伝説上の動物…『大酒飲み』です!」
そしてこの猩々は、『大酒飲み』以外にも、大きな特徴がある。
気付いた黒尾は、赤葦を指差して「やっぱり…お前だ!」と声を上げた。
「猩々は『真っ赤』な装束で酒に浮かれて舞い踊る…
『大酒家』と『赤色』の代名詞じゃねぇか!」
ポインセチアの標準和名が猩々木なのも、猩々のような『赤』だから。
猩々海老、蟹、貝、朱鷺、鷺、蜻蛉…その全てが、燃え滾るような赤だ。
ちなみに、ショウジョウバエは赤くないが、
こちらは酒に誘引される性質から名付けられている。
「12月5日は、『酒』と『赤』の日だな。」
「ポインセチア以外の『今日の花』も、『赤』のオンパレードですよ。」
南天、椿、赤い薔薇、アワユキエリカ。
シクラメンは和名『篝火花』で、ドラセナは『竜血樹』…赤がやたら多い。
あまりに『酒』と『赤』に繋がりが多く、月島達は調査中、本当に驚いた。
今まで、この事前調査で『繋がり』を探すのに物凄く苦労してきた分、
「これでもかっ!!」というぐらい出てくると…気味が悪いぐらいだった。
「『繋がり』と言えば…1870年の今日亡くなった人に、大デュマ…
『三銃士』の作者、アレクサンドル・デュマ・ペールがいます。」
「これに出てくるフランス国王が、ルイ13世…9月27日生まれです。」
「月島君の誕生日と、繋がりましたね。」
「お酒ラブな赤葦さんにとっては、許し難い法律…
『禁酒法』がめでたく廃止されたのも、1933年の今日だそうですよ!」
「ウワバミ王・山口君の11月10日が『断酒宣言の日』でしたが…
それと実に対照的で、面白い繋がりですね。」
「そして、今日が忌日な著名人には、クロード・モネもいるんだ。
モネの代表作と言えば、勿論…『睡蓮』だよな?」
「黒尾さんの11月17日が『蓮根の日』でしたね。
まさかこんな繋がりがあるとは…さすがに見通せなかったですね。」
4人でのお誕生日会。
様々な『繋がり』を探し回ってきたが、最後の赤葦に全員がリンクした。
咄嗟の思い付き…本当に軽い気持ちで始めたイベントだったのに、
予想以上の苦戦と労力を要し、その分、喜びも大きなものとなった。
「特殊酒屋談義『お誕生日会』…何とか着地できたな。」
「どうにかこうにか…無事に終われそうで一安心です。」
それでは、皆さんの涙ぐましい努力と、楽しい『酒屋談義』に…乾杯!
残り少ないプース・カフェ…色の違う層が交じり、繋がり合うように、
4人はグラスを持ち上げ、盛大にぶつけ合った。
***************
「…と、『お誕生日会』ネタが終わったと見せかけて。」
「年内にもう1回、『お誕生日会』ができそうですよね~?」
まぁ、『誕生』というよりはむしろ、『生誕』ですけどね。
月島と山口の言葉に、黒尾と赤葦は目を見開いた。
「誕生と生誕…どちらも『新しく生まれる』って意味だよな。」
「誕生は、人間だけでなく動物にも使用…生誕は人のみです。」
だが、全ての人に『生誕』を使うかと言えば、答えはノーだろう。
誕生は現在生きている人に使い、生誕は既に亡くなった人に使う…
という区別がなされることもあるが、一般的には、
生誕はただの人ではなく、『偉人』に対して使われることが多い。
「待ってツッキー。それなら『降誕』の方がより正確なんじゃない?」
『お誕生日会』の大トリに来る人は、最高位の偉人…
神仏・君主・聖人・高僧といった『神聖な方々』シリーズに属する。
こうした『超偉人』は、生まれたこと自体に大きな意味があるため、
『降誕』というさらに有り難い言葉が用いられるのだ。
「つまり、特殊酒屋談義『お誕生日会』のシメに相応しいのは…」
「24日晩ないし25日…『クリスマス』ってことになりますよね。」
当然と言えば当然の帰結に、4人は顔を見合わせて笑った。
「大変おこがましくも、『クリスマス会』を『お誕生日会』に列する…
これには、実に明確な『繋がり』があるんですよ。」
「今日12月5日は、『シンタクラースの日』なんです。」
シンタクラースは、聖ニコラウス…サンタクロースと同一人物だ。
オランダやベルギー、そしてフランスの一部では、
12月5日と6日に、元祖クリスマスである『シンタクラース祭』が、
盛大に祝われているそうだ…24・25日よりもずっと盛大に。
「このお祭りがアメリカに渡り、『クリスマス』へと変化…
それがヨーロッパに逆輸入されたのが、今のクリスマスです。」
「つまりは、今日こそまさに『元々の』クリスマスで、
世界一『赤』い服が似合う方の日…なんですね。」
ちなみに、シンタクラースは『真っ赤』な司祭服を着て、
白馬に乗ってやってくるそうだ。
「子どもたちは寝る前、自分の靴にニンジンを忍ばせておく…
これは、乗っている白馬のためのものだそうですよ。」
「玄関に盛り塩しといて、貴人が乗ってる牛車…
牛を停まらせて、貴人をウチに招くようなもんか?」
秦の始皇帝が、毎夜3000人もの美女たちの中から選ぶのは大変…と、
牛が足を止めた場所の美女を『今夜のお相手』にすることにした。
ある賢い女性が、牛の好物である塩を玄関に盛っておき、
皇帝の牛がそれを舐め続け、女性は皇帝の寵愛を受けることに成功。
これが、『玄関に盛り塩』の由来らしいぜ…と、
黒尾はムードがあるのかないのか、判断が難しい例示を出した。
後宮美女が王子様を引き込む策略は、また今度…と、
月島は牛のように「話題はシンタクラース!」と反芻し、話を続けた。
「子どもたちが元気よく『シンタクラースの歌』を歌ったら、
玄関からノックの音…外に出ると、『良い子』にはプレゼント。」
「このシンタクラース…聖ニコラウスには、怖い『同行者』がいます。
クランプスという黒々とした怪物も、一緒に家に来るんです。」
そのため12月5日は、『クランプスの日』でもある。
『良い子』にはシンタクラースからのプレゼントが、
『悪い子』はクランプスから追い回され、鞭打たれるのだ。
特に、若い女性が『鞭打ち』のターゲットとなるらしい。
「悪い子はいねぇか!?…まさに、西洋版『なまはげ』だな。」
「これぞ『飴と鞭』…実に合理的で、教育的なイベントです。」
教育的と言えば、シンタクラースのプレゼントもそうだ。
ただ『欲しいもの』をくれるわけではなく、その人に関連したもの…
特に、その人の『短所』に関わるものに、詩を添えて贈られるそうだ。
それじゃあ…こんなカンジか?と、
黒尾は『プース・カフェ』専用器具の箱を手に取り、赤葦に渡した。
「『酒よりも たまには俺に 溺れろよ』…なんてな。」
赤葦は黒尾の即興詩を完全スルーし、
『飴と鞭』は英語で『carrot-and-stick』…ニンジンと繋がりました。
…と、ごく真面目な顔で答え、今度はニヤリと笑った。
「『飴と鞭 お好きな方を チョイスして』…黒尾さん、どうします?」
「黒尾さん、今のは大失言でしたね。
『下戸なのは 短所じゃなくて ご愛嬌』…ですからね。」
「『カッコつけ 策に溺れる
王子様』
…って、これ『詩』じゃなくて、ただの川柳だよね?」
皆から手厳しい『シンタクラースの一句』をプレゼントされ、
黒尾はグっと喉を詰まらせ…「調子乗ってすみません。」と頭を下げた。
「このクランプスに関しては、非常に面白い考察ネタがあります。
それについては、『クリスマス会』のお楽しみ、ということで…」
そう言うと、月島と山口は表情を一気に「ムフフフフ♪」と転換させ、
『興味津々モード』で、黒尾と赤葦に詰め寄った。
「…で?どうだったんです?」
「黒と赤が同行して…一緒に家へ行って来たんですよねっ!?」
先日、黒尾誕生日会の際に、『年末年始には二人揃って帰省しろ』と、
黒尾家・赤葦家双方から要請されていることが判明した。
きっとこれは、いわゆる『ご挨拶』的な大イベントだろう…と、
黒尾の誕生祝いそっちのけで、4人で予行演習したのだ。
その演習の結果、早々に黒尾母と赤葦の面通しをし、
『ご挨拶』を成功させるための『下準備』をすべきとの結論が出た。
善は急げ…先週末、黒尾と赤葦は、二人で黒尾家へ行って来たのだ。
黒赤同行者コンビは、何とも言えないビミョーな表情を見合わせた。
「どうもこうもねぇ、っつーか…なぁ?」
赤葦は持って来ていた紙袋を開き、そこからお菓子の箱を出した。
黒尾家から皆さんへ…お土産のマドレーヌとサブレだった。
そして赤葦は、苦笑ではなく本気の『困惑』顔で呟いた。
「一言で言いますと…『不明』ですね。」
***************
「不明って…どういうことですか?」
赤葦の発言の意味がわからなかった月島達。
だが、新たな質問の答えに、更にわけがわからなくなった。
「俺が黒尾家の居間に入ると…8人もの女性がいたんです。」
「は…8人っ!?」
16の瞳から一斉に注目を浴び、俺は完全に脳がショート。
立ち竦む俺を置いて、黒尾さんはそのうちの一人と熱い抱擁…
そのままどこかへ、二人は消えて行きました。
残された俺は、7人の女性達から、予想外の言葉を掛けられました。
「ようこそ、赤葦京治君。ではここで問題です。
この中で、誰が『鉄朗の母』でしょうか!?」
…いきなり、『推理ゲーム』を仕掛けられてしまったんですよ。
しかも、俺に許された質問は3つまで。
当然、『誰が母親か教えろ』というのは不可です。
「な…えぇぇっ!?一体、どういうことですかっ!?
…って、その前に。黒尾さん、のっけからサイテーですね。」
山口から冷たぁ~い目で責められ、黒尾は慌てて弁解した。
「あのなぁ…俺が抱いたのは…」
「彼女は確実に『未婚』の女性…
故に、黒尾さんのお母様ではありません。まず一人除外です。」
当たり前だっ!彼女は俺の従姉妹の子…確かに嫁入前だが、まだ1歳半だぞ。
「抱いたら、かなり『もったり』してたから…
『おむつ』を替えに行ってたんだよ。誤解を招く表現は勘弁してくれよ。」
いきなりあの場に赤葦を放置したのは、俺が悪かったが…
何だ…そんなことか。
むしろ、黒尾さんはデキる『イクメン』じゃないか。
ホッと一安心した山口達は、赤葦に続きを促した。
「残るは7人…最初の質問で、一番『親子関係』の確定に有益な情報を…
『皆さんの年齢を教えて下さい』と尋ねてみました。」
「まあまあ!初対面の女性に、いきなり年齢を聞いちゃうの?」
「女性にその質問は、かなりの『地雷』よ?」
「さすが、鉄っちゃんが選んだ子ね~タダモノじゃないわ。」
…と、俺の非礼に対し、容赦なくツッコミを頂戴致しました。
間違いなく、黒尾さんの血縁者達です。
俺は全面降伏…心からお詫び申し上げ、関係性…続柄をお聞きしました。
それによると、7人の女性は、長女、二女、三女、四女、五女と、
長女の嫁、三女の娘でした。
「ウチは元々、母親の実家なんだ。
事ある毎に姉妹や親戚が、わらわらと集まって来るんだよ。」
俺が赤葦連れて帰るって情報は、瞬時に伝達…
皆が面白がって大集合してたみたいなんだよ。
「とりあえず判明したのは、三女の娘さんがおチビさんの母親…
つまりは、黒尾さんの従姉妹だということです。」
「ということは、三女はおば様…黒尾さんのお母様ではないのですね。」
三女とその娘(従姉妹)は除外…残るは5人だ。
「そして、パっと見で明らかにお若く、随分と雰囲気が違う方が一名…」
年齢も俺達と親子程離れていないですし、何よりもバリバリの広島弁です。
この方に対しては、黒尾さんの対応が全然違いました。
心から尊敬…敬愛しているのが、ビシビシと伝わってきました。
きっとこの方が、黒尾さんの『初戀』相手…『親戚のおねーちゃん』です。
ということで、長女及び長女の嫁は除外…これでいいですよね?
赤葦からの確認(尋問)に、黒尾は居心地悪そうに斜め上に視線を逃がし、
「大当たり…だよ。」と白状した。
「残りは二女、四女、五女の3人。可能な質問はあと2回。
若干卑怯ではありますが、俺は『ヒント下さい』とお願いしました。」
ヒントの要求については、何も言われてなかったですしね。
頂けたヒントは…『3人のうち、誰か一人は嘘をついている』でした。
「そ…そのヒント、むしろ大混乱ですね。」
「さすが黒尾さんの親族…一筋縄ではいきませんね。」
えぇ。俺も実際、気が遠くなりかけました。
ですから、最後の質問で、これを聞かざるを得なかったんです。
『嘘をついているのはどなたですか?』…と。
「なるほどね…そうくるとは思わなかったわ。」
「策士っぷりは鉄っちゃんと互角か、それ以上じゃない?」
「顔で京ちゃんを選んだわけじゃない…ってことね。」
「その質問の答え…もうちょっと待ってたらわかるわよ~」
…以上で、俺の質問タイムは終わってしまいました。
ここからは、彼女達の会話に耳を傾けて、関係性を見抜くしかありません。
黒尾さんがアッサリと、どなたかに向かって『お母さん』と言えばいいのに…
「いつでも複数人の女性が出入りしてる家だからな。
母親含め、全ての女性を『○○さん』って呼んでんだよな。」
それだけではありません。
女性特有の会話…主語なし・オチなし・話題飛びまくり・喋りまくり…
怒涛のように飛び交う会話に、俺は全くついていけませんでした。
誰が何の話をしているのか。誰から何について聞かれているのか。
さっきまでの話は、一体どこへ行ってしまったのか。
そもそも、黒尾さんもまた、一体どこへ行って…?
辺りを見回し、黒尾さんの姿を探していると、それを目敏く発見され、
「あらあら、京ちゃんったら、ずっとキョロキョロしちゃって。
鉄っちゃんが居ないと、寂しいみたいねぇ~?」
「鉄っちゃんなら、洗面台の電気を替えに行ったわよ~」
誰に頼まれたのかも、そんな話題が出たのかも、俺には不明でしたが、
黒尾さんはそれを全て聞き分け、会話を成立させた上で、
換気扇の掃除を手伝ったり、スマホの使い方を教えていたり、
書類を読んで内容を要約してあげていたり、鰹節を削っていたり…
「膨大な雑務をこなしながら、他校生にまで気を回し、手を差し伸べる…
異常なまでの黒尾さんのキャパシティは、ここで培われたんですね。」
今の仕事でも、支離滅裂な依頼人の話を、辛抱強く聞き続け、内容を把握。
そういった法律家としての素養も、この家庭環境で鍛え上げられたのだろう。
これだけ女性達に囲まれ、揉まれて育つと…こんな『王子様』が完成する。
俺にはそれが、痛い程よくわかりました。
会話にまるでついていけなかった俺は、ロクに何も言うことができず、
「ねぇねぇ、京ちゃんって…あんまり喋らないのね?」
「それじゃあ、鉄っちゃんにヤり込められちゃうわよ?」
「言いたいことがあれば、ちゃんと言わなきゃダメよ~」
…と、『無口で大人しい京ちゃん』という認識を持たれてしまった次第です。
「あ…赤葦さんが、無口で、大人しい…?」
「何のツッコミも入れられないまま、『京ちゃん』も定着ですし…」
赤葦の話に、月島と山口は眩暈がしそうだった。
初めて行く、恋人の実家。しかも、『例の話』をする下準備に行ったのに。
いかに『黒尾母』と良好な関係を構築できるか?という重要な場面で、
一体誰が『黒尾母』だかわからないなど…とんでもない事態である。
試合でも試験でも、割と緊張とは無縁の赤葦も、
さすがに前日は(人生初ぐらいの勢いで)緊張し、十分寝られなかったのだが…
「あまりに想像を絶する状況に、おかげで緊張は吹っ飛びましたよ。
平常心とか冷静さとか、そういうのも全部飛んじゃいましたけどね。」
「僕なら、その場で意識が飛んでいますよ。」
「俺だったら、もう泣いてます。確実に。」
「あぁ…俺も一度、泣きそうになった場面があります。」
もうちょっと待てば、誰が嘘を付いていたかわかる…
その『答え』が…『五女の子』というのが、やって来たんです。
それが、俺もよく知っている顔…孤爪だったんです。
「こ…孤爪さんが、五女の子!?じゃあ、黒尾さんとは…従兄弟!?」
「いや、そうじゃないよ山口。孤爪母が五女っていうのが、『嘘』だよ。」
そうなんです。俺もまさか、ここで孤爪が登場してくるとは…
顔を見た瞬間に、もう何か色々込み上げて来て、泣きそうになりましたよ。
「孤爪を見てホッとする日が来ようとは…無念です。」
何かに対する敗北感で、ガックリと肩を落とす赤葦。
黒尾はあっけらかんと、嘘と言えば嘘だが…と補足した。
「俺と研磨は幼馴染だが、母親同士も幼馴染なんだ。
幼い頃からずっと一緒…ウチの四姉妹とセットで、五女扱いなんだ。」
だから、研磨は幼馴染というよりも身内…やっぱ従兄弟が近いかもな。
「黒尾さんが孤爪を特別扱いだった理由も、これで納得しました。
同時に、孤爪が引っ込み思案になったのも…致し方ないかなと。」
あの環境に居れば、普通は喋れなくなってしまいますよ。
兄貴分の黒尾さんが、アレもコレも全部やっちゃいますし…
だから孤爪は、いつまでも経っても甘ったれ…まぁ、それはいいでしょう。
これで、五女は除外…二女と四女の2人に絞られました。
会話から関係性を読み取るには、俺はまだ到底スキル不足。
やって来てから、何故か隣で大人しく座っている孤爪に、
こっそりヒントなり答えなり聞くのは、俺のプライドが絶対許しませんし、
黒尾さんに助けを求めたら、その場でゲームオーバー確定です。
ですが、これは絶対に負けられない戦いです。
俺は激怒されるのも承知の上で、勝負に出ました。
「一番目の質問…皆さんにお答え頂いていませんよね?
あれは『無効』扱いということで…改めて最後の質問をします。」
では…皆さんのスリーサイズを教えて下さい。
もしお嫌な方は…鉄っちゃんのお母様が『何女』なのか、
指を立ててお示し下さいませ。
俺の質問に、皆さん輝くような笑顔で、一斉にピースサイン…
正解が二女だと、俺はやっと知ることができました。
「さすが赤葦さん…ナイス判断ですね!」
「情け容赦なく、勝負に徹する…お見事です。」
過酷な状況下にありながらも、超難問を解いてみせた赤葦に、
月島と山口は盛大に拍手を贈った。
だが、赤葦の表情は沈んだまま…悔しそうな声を絞り出した。
「二女が黒尾さんのお母様…それだけじゃあ、何の意味もありません。」
その後も散々、女性陣からやや過剰に『可愛がり』を受けた赤葦。
皆で楽しく『歓談』した後、そろそろ帰ろうと玄関に出た。
皆様勢ぞろいでお見送りをして頂いた中、お邪魔致しました…と、
深々とお辞儀をした所、頭上から実に楽しそうな声を掛けられました。
「赤葦京治君、また来てね。そして…鉄朗をよろしく。」
俺は、慌てて顔を上げたんですが…
どなたがその言葉を言ったのか、判別がつかなかったんです。
「結局『誰が』二女か、つまり『黒尾さんのお母様』だったのか…
俺には未だ、『不明』なまま…なんですよ。」
***************
黒尾家訪問を語り終えた赤葦は、すっかり意気消沈してしまった。
今日はもう、お開きにしましょう…と、お誕生日会も閉幕。
黒尾は黙ったままの赤葦を連れて、3階の自宅へと戻った。
入浴等の就寝準備を終えても、まだ赤葦は元気がなかった。
布団に転がり、あとは寝るだけ…となった段階で、ようやく口を開いた。
「俺は、黒尾家の試験に…合格できたんでしょうか?」
あの訪問と推理ゲームは、ただの余興ではない。
あれこそが、赤葦がどんな人物かを見極める…試験のようなものだ。
『何女が黒尾母か?』という謎は解いたものの、
女性には嫌われて当然な、不躾な質問をしてしまった。
そして、肝心な『誰が黒尾母か?』は…わからずじまい。
「俺、上手くやれなくて…本当に、すみませんでした。」
赤葦の小さな声が、掠れ震えているのは、
頭まで布団を被っているせい…だけではないだろう。
ギュっと身を縮め、息の詰まった呼吸を、必死に飲み込もうとしていた。
「合格とか不合格とか…そういう問題じゃねぇと、俺は思うけどな。」
黒尾は力みのない澄んだ声で、そう断言した。
自分の母親や親族の性格を熟知している分、
きっと赤葦に対し、何か仕掛けてくるとは思っていた。
だがそれは、決して悪意から出たものではなく、お戯れだ。
ただ単に、俺が選んだ相手がどんな奴か…興味津々(深々)だっただけ。
もし合格か不合格を決めろと言われれば…間違いなく『合格』だろう。
あのゲームも、『皆さんの姓を教えて下さい』という質問や、
『累積で一番長い時間を鉄っちゃんと過ごしている方は?』と聞けば、
答えは一発で解ったはず…だが赤葦はそれをせず、正々堂々と勝負した。
あの場でも一緒に楽しもうとした点を、親族達は高く評価したはずだ。
それに、ウチで一番厳しい小姑…『五女の子』が、
赤葦の傍にじっと座り、何も言わなかった…これが、一番大きい。
もし研磨が赤葦を認めていなかったら、黙っているわけがない。
あの研磨ちゃんでさえ認める相手…親族には、強烈なメッセージだ。
そして、最後に全員が玄関で見送ってくれた時。
赤葦が頭を下げた瞬間、全員が手や指で『○』マークを俺に出した。
廊下の一番奥に居た…研磨も含めて、全員だ。
赤葦なら絶対に大丈夫だとは思っていたが…
さすがの俺も、これはグっとくるほど…嬉しかった。
このことは、まだしばらくの間は、赤葦には秘密にしておこう。
もう少し自分達のことがはっきり確定してから…お戯れに暴露しよう。
だから今は、これ以外のことで、赤葦を納得させるしかない。
「もし誰かが『×』なり『△』を出したとしても、関係ない。
その時は…実家とちょっと距離を置くだけだからな。」
俺が選んだ相手…誰にも文句言わせるつもりはない。
心配すんな…大丈夫だ。
それを言い聞かせるように、赤葦の背をポンポンと撫でるが、
赤葦はこちらに背を向けたまま、動こうとしない。
根拠のない『大丈夫』などでは、赤葦は首を縦には振らない。
「俺が『大丈夫だ』って断言する証拠…ちゃんとあるんだ。
ウチから貰って帰ったお土産が、その証拠だ。」
「お土産…?マドレーヌと、サブレですか?」
予想外の『証拠』に、赤葦は興味を引かれたようだ。
布団から顔を出し、ようやくこちらを向いてくれた。
「マドレーヌとサブレ…正確には、『マドレーヌ・ド・サブレ』なんだ。」
サブレはフランスから伝わった、ビスケットの一種である焼菓子で、
『砂をまく、さくさくとした歯ごたえ』という意味の『sable』が語源…
かつて二人で『赤ずきん』の買い出しに行った際、赤葦からそう教わった。
「サブレって名前の語源には、別の由来もあるんだ。
それが、『マドレーヌ・ド・サブレ』…サブレ夫人という才女だ。」
サブレ夫人は、17世紀のパリでサロンを設立していた、女流文人である。
短い皮肉の表現で真理を言い当てる言葉…警句や箴言の発展に寄与した人で、
彼女のサロン出身者に、『箴言集』で名高いラ・ロシュフーコーや、
『全ての道はローマに通ず』『火中の栗を拾う』という言葉を残した、
詩人のラ・フォンテーヌらが存在する。
「サブレ夫人の言葉に、こういうのがあるんだ…」
『人はある恋を隠すこともできなければ
ない恋を装うこともできない』
小さい頃、ウチの女性陣から教わった言葉だ。
人はどんなに抑え込もうとしても、誰かを恋する気持ちを隠せはしない。
逆に、好きでもない相手を、好きなフリをすることも、できやしない…
この言葉は、最近までずっと忘れていた。
お土産として手渡された時に、こっそり母親から、
「マドレーヌとサブレ、思い出して。」と言われ…愕然としたのだ。
高校時代からこの夏まで、自分の本心にも気付かない振りをし続け、
不意に距離が近づいたり、何となく『そういう雰囲気』になりかけた時には、
『ごっこあそび』だと言って…『ない』ものを『ある』ように装っていた。
だが、本当に『ない』のなら、そもそも『ごっこ』など不可能…
全く好きでもない相手と、『恋人ごっこ』ができる程、人間は器用ではない。
サブレ夫人の言葉は、その真理を示していたのだ。
恋人なんていねぇよ。部活三昧…どこにそんなヒマがあるんだ。
大体、こんな面倒な腹黒…どんなド変態が好いてくれるってんだよ。
恋バナを心から愛する女性達に囲まれた家庭。思春期を過ぎてからは、
「鉄っちゃん、早く恋人作りなよ?」
「また部活なの?デートは?」
「猛獣でも妖怪でもいいから、好きな子できたら紹介してよ~?」
…と、会うたびに散々言われ続け、そのたびに否定し続けてきた。
「実際は、俺が誰かを『大切に』想っていると、とっくに知られていた。
『大切な』相手がいるのに、いない振りは…できていなかったんだ。」
性格を熟知されているのは、俺の方も同じだ。
その気持ちを抑え込もうと、無理しているのに気付いていたからこそ、
親族達は俺に、「無理しすぎるな」と、しつこく言い続けていたのだろう。
そんな俺が、ようやく『ない』ことにしていたものを『ある』と認め、
親族達に紹介した…そのことを、皆が心から喜んでくれたのだ。
だからこそ、「脱『マドレーヌとサブレ』状態おめでとう!」…と、
俺達にそれを、プレゼントしてくれたのだ。
「我が家…赤葦家は間違いないと俺は確信してますが、
黒尾家の方も、俺達のことを、喜んでくれている…?」
「多分…な。言葉でちゃんと言っていなかったけど、
俺達がお互いを『大切に』想い合っていること…皆わかってたんだ。」
『わかる』というよりも、『悟る』と言った方が近いかもしれない。
どうか我が子が幸せになって欲しい…と、ずっと願っていてくれたのだ。
「親も然り、音駒・梟谷の面々然り、ツッキーと山口も然り…
俺達は随分長いこと、周りを『やきもき』させ…待たせたみたいだな。」
「はい…何だか少し、申し訳ない気がしますね。」
久しぶりに顔を見合わせ、はにかんだように微笑む。
二人の間に穏やかで温かい空気が流れ、満ちてくる。
もうこれ以上、周りを待たせることは、できない。
それ以上に、待たせてはいけない相手が…ここにいる。
黒尾は布団から這い出すと、押入を開けて紙袋を取り出した。
いそいそと布団に戻ると、その中からラッピングされた小箱を2つ出し、
そのうち1つを赤葦に手渡した。
「忘れねぇうちに…こっち、お前の分な。」
「これは…あっ、やっと出来たんですね。」
小箱の中身は、それぞれの結婚指環だ。
元々は仕事上の装備品として…
法律家として必要な『それなりの人生経験』を作出し、また、
余計なトラブルを防止するための『防具』として、装備する予定だったもの。
今は二人の『繋がり』を示す『証』として…
秋に注文しておいたものが、このほどようやく届いたのだ。
「自分の誕生日にコレを頂くなんて…」
まるで、その…コレが誕生日プレゼントみたいで、
超体育会系の俺達には、似つかわしくない程…ロマンチック、ですね。
恐る恐る指環をはめ、恥かしそうに頬を染める赤葦。
黒尾も自分の指にそれを通すと…名状しがたいものが込み上げてきた。
胸を熱くする何かに押されるように、黒尾は赤葦の上に重なった。
「これは元々『必要経費』として、一緒に注文しておいたもの…
お前への『誕生日プレゼント』とは、言えないだろ?」
赤葦が愛してやまない、『重なり合う系』とか『交じり合う系』…
お前が望むものを、プレゼントしようと思ってるんだが…?
「ちなみに、『本日のカクテル』だったプース・カフェ…
そのカクテル言葉は…『恋のかけ引き』なんだ。」
「これはまた…呆れる程、俺達にピッタリですね。」
それならば、まずは軽めに…
「『kiss me quick』と、『kiss of
fire』を一杯ずつ、
…『kiss in the dark』で、お願いします。」
「おいおい、いきなり飲み過ぎじゃねぇか?」
笑いながらも、黒尾は部屋の灯りを消し、
赤葦の注文通り、素早く熱く…キスを贈った。
「それから、最後にあともう一杯…『オーガズ△』を…」
「一杯?それとも…『いっぱい』…どちらをご所望で?」
赤葦からの即答に、黒尾は「承りました。」と答えた。
黒尾を引き寄せようと伸ばした腕…その手首を黒尾は捕まえ、
赤葦の手にそっと『小箱』を握らせた。
「?これは、さっきの…?」
「いや、それじゃ…ない。」
暗闇の中、黒尾は手探りでその小箱を開け、
中身を赤葦の左手薬指へ…先程の結婚指環の上へ、重ねてはめた。
「順番が逆になったが…これを、お前に。」
黒尾から赤葦へ、『深い繋がり』を求める…その証。
赤葦は息を飲み…言葉を失った。
「俺と、結婚して下さい。」
言葉のかわりに、歓喜が赤葦の喉を震わせた。
- 完 -
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※得意忘言(とくいぼうげん) →悟りの境地に至った後は、言葉は必要ないということ。
※黒尾家に関しては、完全にフィクションです。ご容赦頂けますと幸いです。
※『オーガズ△』 →コーヒーリキュールの上に、クリーム系リキュール、
そして一番上にホイップクリームを乗せる、スウィートなカクテル。
※『クイック▽ァック』『ブ□ージョブ』 →『重なり合う系』のカクテル。
ブ□ー…は、ショットグラスを口に咥え、そのまま上を向いて一気飲み。
※『飴と鞭』について →『最甘上司』
※黒尾の初戀について →『撚線伝線』
※赤葦家も喜んで…? →『王子覚醒』
※秋に注文した指環 →『全員留守』
2016/12/03