客間秘事 (月山編)







「やっ…まさか、ここで…?」
「…いや?じゃあ、止める?」


仙台帰省から戻って来た俺達は、とりあえず自宅へ荷物をドンと置いて、
今度は別のカバンに新たな荷物を詰め、ソッコーで一階の事務所へ降りた。
黒尾法務事務所宛の年賀状なんかを、机の上にドサッと乗せてから、
ツッキーと応接室のソファに、ガチガチになりながら、真横に隣合って座った。

「どどどっどうしよう…」
「緊張…収まらないねっ」


俺達はこれから、赤葦さんちに『帰省』する。これは特に問題はない。
去年…いや、もう一昨年に『花嫁修業〜赤葦家の味コース』を受講したし、
去年も浴衣プレゼント&着付けを教えて貰ったり、緊急援助物資を頂いたりと、
赤葦家とは仲良し…今年も赤葦夫妻がナニしでかすか、心底楽しみにしている。

問題は赤葦家の後だ。
俺達はこの度初めて、黒尾さんちにお邪魔することになっているんだけど、
ツッキーと俺は、未だに黒尾家とは直接的な面識はなく(研磨先生を除く)、
浴衣を頂いた時も、電話&書状でお礼をしただけだから、
共に仕事をし、生活している黒尾さんのご親族とは、今回が初顔合わせになる。


俺達自身は「楽しみだな〜♪」ぐらいにしか思っていなかった。
なのに、黒尾家に行くことをウチの家族に言うと、親達が途端にバタバタ…

『黒尾君のご家族に…ご挨拶、か。』
『大丈夫かな…手が震えてきたよ〜』
…と、月島&山口両家の父親コンビは、珍しく大マジな顔で硬くなっていたし、

『くれぐれも粗相のないようにね?』
『日頃の感謝と誠意を伝えるんだ。』
…と、母親コンビからも、重たい手土産とプレッシャーを持たされた。

こんな親連中の『らしくない姿』に、最初は俺達も首を傾げていたけど、
親達が緊張する理由を聞いて、親達以上にド緊張モードに突入したのだ。

「お前達にとっては…初めてだろう?」
「『鉄朗さんと一緒に』って言うの…」
「実質的に…『ご挨拶』だよねっ!?」
「『嫁入り』の許諾を得に行く…な。」

本当の意味で黒尾家に『嫁入り』したのは、赤葦さんだけど、
俺達だって、黒尾さんとは寝食どころか仕事も一緒の運命共同体…
黒尾鉄朗さんのトコに、京治&蛍&忠の3人が『嫁入り』したようなものだ。

「頑張れよ!!」と、親達から盛大な声援を受けつつ新幹線に乗って帰京…
その車中、俺達は『とんでもないコト』にも気付いてしまった。

「僕達、実は例のやつ、ヤってない…」
「うん、ヤった記憶が、全くないよ…」


婚姻届を両家に提出して婚約したり、荷物送りの儀や結納を経て結婚したり…
黒尾さんと赤葦さんを巻き込んで、散々すったもんだしまくったというのに、
両家が異常に仲が良いせいもあり、当然すべき『例のやつ』をヤってないのだ。

「お父さんお母さん、忠君(蛍さん)と結婚させて下さい!…って儀式だね。」
「そもそも俺達、結納(結婚)のシメに、プロポーズ&受諾したぐらいだし…」

両家の親達にほぼ強制される形で、結婚しちゃったという経緯もあり、
『ご挨拶』でお許しを頂く…なんていう重要な通過儀礼をすっ飛ばしていた。
そして、既に結婚から半年が過ぎ…今更この儀式をヤるのも妙な話だし、
俺達は『ご挨拶』を未経験のまま、ラブラブ新婚生活を送っていたのだ。


ウチは『割愛♪』で…笑い話で済むし、赤葦家の方も『今更感』はほぼ同じ。
でも、そうもいかないのが…黒尾家だ。

「事後承諾とは言え、今回は紛れもなく例のやつ…『ご挨拶』に相当するよ。」
「事後承諾って…なんか俺達が鉄朗さんと『デキ婚』しちゃったみたいだね。」

自分で言って、後悔した。
ただでさえ、人生初の『ご挨拶』に結構なパニック状態なのに、
その混乱と緊張をさらに加速させるようなことを、ポロリと言ってしまった。
恐る恐るツッキーを見ると、真っ青な顔で硬直…気を失う寸前だ。

「つつつっツッキーしっかり!おおお俺も一緒、だから…がががんばろっ!?」
「そっ、そうだった!僕は山口と一緒に『ご挨拶』…すすすごく、心強いよ!」

俺達はコートの下に隠しながら、震える手をお互いギュっと握り締め、
帰宅次第すぐに、ウチの客間でご挨拶の『予行演習』しようと誓い合い…
今まさに客間こと事務所の応接室で、必死に作戦会議をしているところなのだ。



「えーっと、手土産は準備したし、服装は…スーツじゃちょっとカタ過ぎる?」
「清潔感溢れる、小洒落たややカジュアルな一張羅…結構難しいね~」

一昨年の黒尾さん誕生日会の時に調べた『相手の実家に行く時のマナー』を、
こんな風に自分達が使うことになるだなんて…思いもよらなかった。
あの時は、動揺しまくる二人を眺め、俺達はムフフ〜♪とするだけだったのに、
いざ同じことをすると思うと、面白がってホントすみません!と謝りたくなる。


ツッキーはテーブルに手帳を広げ、カタカタとペンを揺らしながら、
ごくごく真剣(かつ強張った)表情で、メモを取り始めた。

「僕達が今持っている『黒尾家情報』としては…」

   ・元々は祖母の家(母の実家)
   ・長女~五女の家族が25名程度集合
   ・二女の黒尾母が現在の当主
   ・五女(扱い)の子が研磨先生
   ・少なくとも8名の女性が存在

「『ウチは女系家族だ』って言ってたから、実際は半数以上が女性だろうね。」

この家庭環境が、尋常ではないキャパを持つ人タラシ…天然王子様を作り上げ、
『五女の子』は周りの勢いに圧されて、引っ込み思案で甘ったれに育ち、
さらにはあの赤葦さんを『無口で大人しい京ちゃん』にしてしまった…

「赤葦さん曰く、鉄朗さんのお母さんは『女傑』の一言に尽きるってさ。」
「あの『黒尾鉄朗』という存在を生み育てた人…とんでもない傑物だよ。」


よく考えてみれば、あの『黒尾鉄朗』だって、恐ろしいぐらいの大器…
学生の内からサムライ起業し、しっかりガッツリ稼いで3人も養っているのだ。

更に、可愛げと素直さ皆無な『月島蛍』を、完全に手懐けているだけではなく、
ツッキー至上主義だった『山口忠』が、ツッキーとは別枠で心から信頼を寄せ、
HQ界では屈指の辛辣さと容赦なさを誇る『赤葦京治』が、ベタ惚れした相手…

そんな『黒尾鉄朗』の実家へ、これから俺達は飛び込もうとしているのだ。
赤葦さんでさえ、全面降伏&完全敗北したという、驚異(脅威)の黒尾家へ…

「月島家も相当ヤりたい放題だし、山口家もかなりイレギュラーだろうけど…」
「黒尾家に比べたら、きっと物凄い常識的でフツーの家庭に見えちゃうよね…」


あぁ…ダメだ。
作戦を立てたり予行演習するどころじゃないぐらい…ガチガチに緊張してきた。
ガタガタと震えるカラダを抑え込むように、お互いにミッチリしがみ付く。

俺達はたった一人で黒尾家に突撃した赤葦さんと違い、二人セットで向かう。
それでも、事前情報が全くなかった赤葦さんにはない恐怖(知識と妄想)がある…
『あの赤葦京治が惚れた&負けた』という事実が、重く圧し掛かってくるのだ。

「こ、このままじゃ、赤葦家でも粗相をしちゃいそう、だね…」
「な、なんとか、この『ガチガチ』だけでも、抜いて行かなきゃ…」

元来、二人きりで完結していた、人見知りで事なかれ主義…ビビりな俺達。
大分マトモになったとは言え、ツッキーは研磨先生とイイ勝負のコミュ障で、
俺もいざとなったらすぐに『定位置』…ツッキーの後ろに隠れちゃう弱虫だし。

「どうしよう、ツッキー!俺達、鉄朗さんに恥かかせちゃうかもしれないよ…」
「ちゃんとした『ご挨拶』できないと、赤葦さんからも火を吹かれちゃうよ…」


応接室のソファの隅っこで、ピッタリ抱き合いながらガクガクブルブル。
二人揃っているせいで、緊張と恐怖の震えが完全に同調&共鳴して増幅され…
自他共に認める『高級ティッシュよりソフトなメンタル』の持主・ツッキーは、
俺より一枚分だけ先に重圧と振動に耐えかね、『ぷつん♪』とイってしまった。

「こうなったら、無理矢理でも…このガチガチだけはヌいてイこう!」
「………はぁ~っ!!?」


帰省の荷物や年賀状を置いたみたいに。
ドサリ…と、やや乱暴な音を立て、俺はソファに押し倒されていた。



*****



ここを出るまで…赤葦家に行くまで、そんなに時間がない。
ごく単純に計算すると、約90分後に出発…丁度『ご休憩』ぐらいの時間だね。
この時間内に、ガチガチになったアレとかソレを、強制的にでもヌいて、
心身共にリラックスし、かつ度胸と景気付けをするには…コレしかないでしょ!

「というわけで…いざ迎春っ!!」
「いっ…意味不明なんだけどっ!」

まさかツッキー、迎春とは『ゲイ☆春』だ!とか言うつもりじゃ…
関係ないけど、俺はずっと『いざ鎌倉』を『ピザ窯蔵』だと思ってたっけ。
(自家製窯で焼き上げております的な。)

…じゃなくて。
ちょっ、ちょっと待ってよっ!!
百歩譲って、出る前に『ご休憩』でダしとくのは、まぁ良しとしよう。
問題は、なんでソレをココで…事務所の応接室で?ってとこなんだけど。


「…って、おもむろに脱がさないでよ!そんなガタガタ震える手で…っ」
「この適度なバイブレーションを有効利用すれば、恐怖も去って一石二鳥。」

ド緊張のしっとり汗で湿り、細やかに痙攣する掌…確かに絶妙なバイブだよ。
いつもよりぎこちない動きが、実に新鮮でイイ…それも認める。でもでもっ!


「誰がココを『奮い立たせ』ろって言った!?勇気以外のモノが出るじゃん…」
「生命の危機を感じるほどのストレスにより、最期のチカラで子孫繁栄を…」

その説…究極の『疲れマラ』は、ただの俗説だって去年考察したよね?
神経を興奮させるカテコールアミンの影響で、ストレス時に勃起する…
鉄朗さんのご実家へ『ご挨拶』という人生初のド緊張は、条件に合致するけど…

さっきから俺の腰付近で自己主張している、ツッキーの『けい君』も、
ガッチンガッチンにキンチョーし、ちょっぴり涙目になってるし。
すぐにツッキーに同調したがる俺の『ただし君』も、貰い泣きし始めちゃった。


「あ、大分手のふるえが収まってきた…今度は腰が震え始めてるけどね。」
「…あっ!だ、ダメだって…っ」

ツッキーの下から逃れようとするも、逆にしがみつく格好になってしまう。
口と頭ではダメだと言っても、抱き合った温もりにカラダは素直に反応し、
ソフトタッチで後ろに触れるツッキーの指に、歓喜の震えを伝えてしまう。

   (こんなトコで…マズいのに…っ)


「年末の修羅場と年始の帰省で、山口とこうするの…凄い久しぶりだよね。」
帰りの新幹線から、ずっと引っ付いて手を繋いでたら…こうなって当然だよね。

そもそも、僕達の実家に帰省してて、月島と山口の家族もいるっていうのに、
恥知らずな黒尾さん達はず〜っとデレデレしまくって、全く羨ま…腹立たしい!
それにこの後は、赤葦ぱぱ♡まま達から強烈過激に煽られまくるはず…
目に毒な夫婦×2組のイチャイチャを、目の当たりにしなきゃいけないんだよ?

そうなると、ココで緊張等をヌいとかないと、僕達は地獄を味わうことになる…
さすがの僕も、余所のお宅の客間でヤっちゃう程の度胸はないし(事故は除く)、
かといって、赤葦家の卑猥オーラに耐える程の忍耐力は、微塵もないからね。

「どエロい赤葦家と、我が家の領域内の事務所応接室…どっちの客間がいい?」
「ぜひコッチでお願いしま…あぁっっ」


あぁ〜もぅ、ホントにズルいよ。
俺に選ばせてるように見える分、余計にタチの悪い二択…ズル過ぎる。
最近ゴブサタだったし、や〜っとツッキーと自宅で二人きりになれたし、
緊張して脳みそが上手く働かないところで、それを解すあったかい体温とか…
そんなの絶対、抗えるわけなんてないじゃんか。

それに、ココは自宅の内なのに、職場の応接室は外から来る人の部屋だから、
ナカなのにソトっていう状況が、『ご挨拶』のとは別のキンチョーを誘って…

   (カテコールアミン、出まくりだよ。)


「山口っ、凄い、ね…いつもより、感度がイイんじゃ、ないっ?」
「ツッ、キー…こそっ、いつも、より…激しい、よ…んっ、あっっ!」

極度の緊張で『ぷつん♪』しちゃったツッキーは、なんか…違う。
職場の応接室でヤっちゃうなんて、普段冷静なツッキーからは考えられないし、
がっつくような激しさや、めちゃくちゃ気持ちヨさそうな顔を見せるのも、
いつもと違って、悪くないから…卑怯な選択肢でも、ノーとは言えないじゃん。

   (気持ち、イイ…も、イき、そう…)


ソファのスプリングを大きく軋ませながら、最後のスパートをかけるべく、
ツッキーの腰に強く脚を絡めて、『けい君』をナカから締め上げる。

「っ!…や、まぐち、凄、キツい…っ」
「ゃだっ、言わ、ない…で…っ!」

ツッキーの艶っぽい声と、俺自身の甘ったるい声が、応接室に反響する。
背中のソファの感触、硬質な応接室の天井、そして、強引で激しいツッキー…
ほぼ自宅なのに、いつもと違うものばかりに囲まれ、凄い…ドキドキする。

   (ココ、声が響いて…恥ずかしいっ)


「イイ具合に、緊張…解れた、みたいだね…さすが、山口…っ」
「あっ、ぅんっ、ツッキーの、キンチョーも…受け入れ中、だよっ!」

さすがなのは、ツッキーの方だよ。
あのド緊張を逆手に取り、緊張緩和しただけじゃなく、ヤりたい放題まで…
しかも、『山口とイきたい☆シチュエーションリスト』に書いてあった、
『職場のソファでH☆』までも、ドサクサに紛れて実現させてしまうなんて。

   (誰譲りの…策士っぷり、なんだか…)

普段はビビりなのに、『ぷつん♪』の勢いでここまで策を巡らせるとは。
っていうか、ド緊張だけでこんなにも『ぷつん♪』するなんて、びっくり…
いや、ツッキーらしくなさ(むしろ参謀風)が、何か変…もしや、これも策?

「ツッキー、ズル、い…さすがは、腹黒鉄朗さんの、おヨメさ………えっ?」


ピタリ。

あんなに激しく突き上げていた動きが、いきなりストップしてしまった。
それどころか、ゴクラクまであと一歩!というとこなのに、
『ただし君』の根元をキツく握られ、苦しい『寸止め』を食らってしまった。

「や…な、んで…?」

   こんなとこで、止めないで…っ!
   意地悪しないで、イかせて…っ!

非難と懇願の眼差しで、覆い被さるツッキーを見て…俺は息を飲んだ。
目が眩む程のドス黒いキラキラ笑顔で、ツッキーは俺を見下ろして…っ!?

   (もしかして…激怒中っ!?)

今までとはまた別の種類の緊張が走り、無意識のうちに『けい君』を絞める。
ツッキーは一瞬グッと息を詰めたけど、俺の頬をムニムニ抓り、黒々微笑んだ。


「いくら予行演習でも、そんなに『鉄朗さん』を連呼する必要…ないよね?」

あぁ、本番でもやっぱり止めといた方がいいかもしれないよ?
実質的には、僕達も揃って黒尾さんに嫁入りしたようなもんだけど、
本来のお嫁さんは、途轍もなくヤキモチ妬きまくりで、心が狭〜い人だから、
山口があまりに『鉄朗さん』って言いまくると、『ぷつん♪』しちゃうかも…

「言わない方が…いいと思わない?」
「っ!!!」


ツッキーが『ぷつん♪』した意外な理由に、ようやく気付いた俺は、
頬を膨らませて不貞腐れるツッキーを、キュンっ!と思い切り抱き寄せた。

   (ホントに…ズルいよっ!)


「もう、言わないから…
   だからお願い。もうイかせて…蛍?」


蛍からの返事は、ソファがギシギシと大絶叫する声と、
それに同調する俺自身の嬌声で、全く聞こえなかった。




- 完 -




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※花嫁修業・予行演習 →『伝家宝刀
※浴衣プレゼント →『菊花盛祭
※緊急援助物資 →『晩秋贈物
※月島・山口の婚約 →『五輪』シリーズ
※月島・山口の結婚 →『』シリーズ
※黒尾家情報 →『得意忘言
※疲れマラ →『同床!?研磨先生⑤
※『山口とイきたい☆シチュエーションリスト』 →『夜想愛夢①


2018/01/06

 

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