ご注意下さい!


この話は、BLかつ性的な表現を含みます。
18歳未満の方、性描写が苦手な方は、 閲覧をお控え下さい。
(閲覧により不快感を抱かれた場合、責任を負いかねます。)




    それでもOK!な方  →
コチラをどうぞ。



























































    空室襲着⑥ (月山編)







   どうしても叶えたい願いがあった。
   だから、『おまじない』に託した。


僕の不運な事故(薬剤性記憶喪失)に端を発する、今回の『W喪失事件』は、
4人揃って妖精化阻止…『童貞喪失』の儀式を行うという結論で幕を閉じた。

本来なら、人生でたった一度きりのはずの、童貞喪失の『エピソード記憶』を、
短期間に反復継続することで『手続的記憶』へ…カラダに覚え込ませる作戦は、
僕達の考察(机上の空論)以上にスムースにコトが運び、結果的に大成功した。

これも、長年にわたる各々の『自主練』と、僕の完璧な作戦の賜物だ。
記憶力に圧倒的な差がある僕と山口も、お陰様で上手い具合に…(以下略)。

コトがスムースに運び、僕も山口も傷付かずに済んだことは、大変喜ばしい。
だが、このスムースに運び『過ぎた』ことで、新たな大問題を生んでしまった。


そもそもこの作戦は、山口の特殊事情…ケタ違いの記憶力を抑えるため、
無理矢理ゴリ押し屁理屈捏ね捲って捻り出した『トンデモ策』だった。
だが、最大の懸案事項…アソコの血管の位置を覚えられてしまうこともなく、
ちょっとオトナなキスだけで、山口の記憶を封じることができてしまった。

実にチョロくて、呆気ない結末。
あの膨大な一寸法師や少彦名(及び童貞考察)は、一体何だったんだろうか。
金にならない考察に、時間と知力と労力を費やす…いつも通りの贅沢さである。

山口の記憶を封じることはできた。
だが、誰も予想だにできなかった事態が発生…『封じ過ぎ』てしまったのだ。


甘い雰囲気から、『エロモード』へ…
大抵そのスイッチを入れるのは、『ちょっとオトナなキス』になるけれど、
そのスイッチを入れてしまったら最後、モード解除までの素敵タイムの間中、
山口は一切の記憶を放棄してしまう…何一つ『エピソード記憶』が残らない。

「ナニがどうなったとか、全~然っ、これっぽちも覚えてないけどさ、
   『感覚記憶』はバッチリ…『超~気持ち良くて幸せ♪』って覚えてるよ〜♪」

…と、山口本人は至極ご満悦。
僕の恥かしい姿(頂上到達時の表情等)を覚えてないのは、非常に有難いけれど、
二人で交わした睦言やら、僕の弛まぬ努力(頑張った!とこ)も、全部スルー…
単に「エッチすっごい気持ちヨかったです!」と、カラダの記憶オンリーだ。

このままでは、僕達は大変恐ろしいトコにイきついてしまう恐れがある。
それは、当店唯一の『癒しの存在』である山口の…『ビッチ化』である。


現状では、僕がキスでスイッチオン後、某K氏にバトンタッチしたとしても、
山口は全然気付かない…むしろもっとゴクラクにイっちゃうかもしれないし、
某A氏に至っては、キスなんかしなくてもエロスイッチをイれかねないのだ。

更に、喪失月間中に追い追い聞かせて貰うはずの『僕に聞いて欲しいこと』や、
本来なら喪失儀式突入時に『伝えておくべきこと』も、ずっと忘れたままで、
通すべき筋を通さずに、アレだけはズッポリ通してしまっている状態…
『酔ってヤり逃げ』と大差ない、ただの『ヤっちまった幼馴染』である。


この危機的状況に、僕は再度『chat et hibou』の門戸を叩き救助要請した。
猫も梟も、最初は他人事だと思って大爆笑…全く、失礼極まりない人達だ。

「笑い事じゃありませんよ!『僕とヤってる』意識がないことはともかく、
   『激可愛い癒しの忠君』が『過激にイヤラシイ忠君』だと知られたら…」

山口を溺愛するオーナーとウエは、ビッチ化に加担した僕達を赦すはずはない…
念願の『猫梟探偵事務所』どころか、今のバーさえ跡形もなく消し去りますよ!
そうなると、懐古調どころか酒屋談義そのものが消滅への道を辿ることになり、
やっとこさ脱片想い(兼・脱童貞)したのも、全て水の泡…4人はバラバラです。

「山口君が、真の意味で『特別顧問』になるのは…俺も嫌ですからね。」
「っつーか、ウチに2人も『卑猥店員』ってのは…かなりマズいよな。」

実は相当ヤバい状況にあると、ようやく理解した色ボケ猫梟コンビは、
ぷぷぷ♪とニヤける頬を引き締め、僕にカクテルと『秘策』を授けてくれた。


「要するに、スイッチを入れる『前』…二人での甘い時間を確保すればいい。」
「恋人と過ごした後の『延長』として、結果的に熱い時間…体裁が保てます。」

月島君には、この『ご当地カクテル』と共に、こちらを…プレゼントします。
そう言って梟マスターが出したのは、見慣れた濃いオレンジ色のカクテル…
ジンをベースに、ウォッカ、オレンジジュース、グレナデン・シロップ、
そしてアブサンを加えたシティ・カクテル…僕らの住む街『ヨコハマ』だ。

そのグラスの横に猫マスターが置いたのは、県庁か区役所で見たことのある紙…
文明開化の街・横浜らしい建造物を紹介した、お散歩パンフレットだった。


「『山口ビッチ化』阻止のためには、当初の目的を達成するしかねぇな。」
「その様子では、まだなんでしょう?きっちりヤっておくべきですよね。」

ったく、俺は最初に言ったじゃねぇか…「まずは相手にキモチを伝えろ」って。
『入口付近』の言葉を言わないまま、ヤることだけはしっかりヤっちまって、
カラダにだけはバッチリ記憶だとか…たとえ『ミニシアター』でも酷ぇ話だぞ?

どうせ月島君のことですから、「一応、言いました…『最中』に。」でしょう?
山口君が意識トばしてる時に、正式交際を申し込んでも、無効ですからね。
山口君の中には、そんな『事実』は存在しない…月島君はやはりサイテーです。

「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな。
   言えぬならヤるな…ヤる前に言え。」
「当然、酔った勢いで言うのも論外。
   酔った勢いでヤる…言わずもがな。」

容赦のカケラもない言葉に、心の奥底どころか前世とかパラレル世界の僕まで、
ズシャっ!!と深く抉られ…ぐうの音よりも先に、涙が出そうになってきた。
そんな僕を、厳しいだけじゃないマスター達は、優しく肩を抱き慰めてくれた。


「たとえ『ミニシアター』でも、ツンデレ野郎の月島君にとっては、
   フツーに恋人っぽいデートをした後、正式交際申込なんて到底無理なので…」
「この『手順書』が示す通りに『横浜おデート』を無事遂行すると、
   ツッキーの願いが叶う…カップルが結ばれる『おまじない』を授けてやる!」

自力じゃどうにもならないなら、専門家監修の『手順』に従うのが効率的です。
それに大国主&少彦名の『禁厭コンビ』には…実にピッタリでしょう?

しかもこれ、『黒&赤』の組み合わせが鍵になっている『おまじない』なんだ。
俺達のおかげでラブラブ達成!って、感謝感激必至…最高のプランだ。


またしても『おまじない』だなんて…貴方達、絶対面白がってるでしょ!?
…と、自称『最高のプラン』を断固拒否しようとしたのも束の間、
黒尾さんから差し出された封筒を目にした瞬間、僕は感謝感激で平伏した。

「これをツッキーに…譲ってやろう。」
「成功間違いなし…頑張って下さい。」

「あ…ありがたき幸せっ!!!」


こうして、僕の正式交際申込大作戦(別名・山口ビッチ化阻止計画)が開始…
まずは山口を『横浜おデート』に誘う口実を、3日程かけて強引に創り上げ、
猫と梟の手を借りつつ、どうにかこうにか『本番』の日を迎えることになった。




********************




「さんとう、物語…?」


我らが『猫&梟』に、珍しいタイプの依頼が舞い込んで来た。
依頼主は近所にある某公的機関…ツッキーの勤め先の、とある外郭団体だった。

来るべき東京五輪に向け、近場の観光地たる横浜も、もっとPRすべき!
でも、単なる観光案内ではなく、地元人ならではのニッチなポイントかつ、
やはり観光客も楽しめる、素敵な『お散歩コース』を提案したい…とのことだ。


勿論「新規開拓せよ!」なんていう難題は、県や市の観光課がやるべきネタで、
さすがに横浜のウラを知り尽くす猫梟と言えども、受注不可な案件になる。
だが今回は、あまりメジャーではないが個性的な『既存ルート』を体験し、
その感想レポートを提出して欲しいという、軽い「頼むよ~♪」程度の話だ。

そこで白羽の矢が立ったのが、大学進学と共に上京後、そのまま居着いた若者…
地元人ではあるが、観光客の目線も持っている『元おのぼりさん』だった。

「言われてみれば、横浜に住んでても…観光なんて全然したことないね~」
「生まれも育ちも違うけど、地元人になりつつある…僕達は適任かもね。」

というわけで、月島と山口の二人は、住み慣れた我が街…だが、
マーキングした場所以外はまるで知らない、近所の観光地巡りに繰り出した。


二人はまず、山口が大好きな『月山ライン(路線記号TY・東急東横線)』が、
横浜からそのまま接続する『みなとみらい線(MM)』終点…元町・中華街駅へ。
そこで、黄金色に輝く『あん』が眩しい天津飯をお昼ご飯にガッツリ頂いた。

   (手順1・まずはお腹を満たすべし!)

「んーーー♪し・あ・わ・せ〜〜〜♪」
「このトロ~リ感が、たまらないね。」

お散歩のスタートは、腹ごしらえ。
イベントを隅々まで楽しむには、スタート時から幸福感MAXの方が効率的…
それに、『お散歩=腹ごなし』という副次的な効果もあって、おトクな気分だ。

美味しいモノを食べて超~ご機嫌♪になった二人は、のんびりと中華街を抜け、
職場兼自宅のある官庁街へ…日本大通りへ戻りながら、他愛ない会話を始めた。

   (手順2・軽い日常会話から始めよう)


「山口は、『さんとう』物語って、聞いたことある?」
「さんとう…?『三都物語』なら、昔テレビで聞いたことあるよ~」

昨日~今日~明日~♪変わりゆく私~♪
確か、JR西日本のCMだったかな?京都&大阪&神戸の三都を旅しよう!的な…
そこからパクッ…じゃなくて、オマージュしたのが『さんとう』物語ってこと?

「『猿・雉・犬が逝く!三頭物語〜鬼ヶ島への旅』とか…どう?」
「物凄〜く面白そうだけど、その考察はまた違う機会に…だね。」

もしかしたら、『猿』だけは関係があるかもしれないけど、それは違うよ。
答えが出てから、本格的なお散歩をした方が良さそうだね…と、
月島は目の前の公園に山口を誘うと、木陰に足を止めて辺りを見渡した。


開港広場


「ここは、開港広場…ペリーと日米和親条約を締結した場所なんだって。」
「えっ!?そうなの!?ただの『日本大通り駅前公園』だと思ってたよ〜」

ここから見えるものが、『さんとう』なんだけど…ヒントは『黒&赤』かな。
ちなみにこの場所は、山下公園と大さん橋の『付け根』にあたる部分…
ペリーと言えば『黒』船で、山下公園には『赤』い靴はいてた女の子像もある。
大さん橋のさらに向こう…もう少し先には、『赤』レンガ倉庫もあるけど、
これらの『黒&赤』は、『さんとう』のヒントとは関係ないよ。

うーん…と考え込む山口に、近隣の定番観光スポットを紹介しながら、
自分達が結構な『有名どころ』に居住していると、今更ながら再確認した。
いずれも自宅から徒歩圏内なのに…そういえばどこにも行ったことがない。


「あっ!わかったよ!
   俺達の住む『馬車道通り』も、ここからすぐ目の前…」


馬車道通り


地元の馬車道通り商店街で、1,000円お買い上げ毎に貰えた福引券。
それを6枚貯めないと、本当はガラガラを回せなかったはずなのに、
「余ったからあげるわ〜」と、その辺のマダム達数人から4枚も頂戴した挙句、
軽〜く回して『赤』玉コロコロ…カランカラン!おめでとうございますっ!な…

「幸運無駄遣い王・『黒』尾さんによる大顰蹙事件…『三等物語』だね!」
「相変わらず滅茶苦茶なくじ運…バチ当たりなレベルだよね。」

自分達に最も身近な『黒&赤』話に、声を上げて笑い合う。
10年超の片想いを成就させた二人は、見ていられない程のラブラブっぷり…
というよりも、中学生カップルみたいな初々しさを『ぽわっぽわっ』と醸し、
常連さん達の格好のネタに…大爆笑された後は、生暖かく揶揄われ続けている。

   (手順3・共通の話題で盛り上がろう)

月島と山口の二人も、日々の生活&仕事の場で目撃した『黒&赤』ネタを弄り、
イロイロと遊び倒すのが、ここ最近のブーム…食事中の会話の多くがコレだ。

黒&赤の甘々ミニシアター『三糖物語~イれすぎ注意』で遊びたいのを堪え、
月島は『本題』に引き戻すべく、正面の見慣れた建造物を指差した。


「『さんとう』は『三塔』…横浜を代表する歴史的建造物だよ。
   それぞれ『キング』『クイーン』そして『ジャック』と呼ばれてるんだ。」

月島が示したのが『キングの塔』こと、神奈川県庁。




そして、キングの海側道路向かいにある横浜税関が『クイーンの塔』。




クイーンとは逆側、日本大通り沿いの開港記念会館が『ジャックの塔』だ。




「なるほど!塔の愛称がトランプのカード…確かに『黒&赤』繋がりだね♪」
「昭和初期に、外国船員達がそう呼び始めたらしいんだ。」

横浜に入港する際の目印として。
また、関東大震災を乗り越えた三塔に、航海の安全を祈願していたそうだ。

   (手順4・相手の興味を引く話を織り交ぜよう)

「実は、この三塔が同時に見える場所が、地上に3か所だけ存在するんだ。」

船乗り達の願掛けや、震災や戦災等の試練を乗り越えたという故事から、
3か所を1日で全て回ると願いが叶う…カップルは結ばれると言われている。

「へぇ~!『おデート』にピッタリなプラン…観光課もなかなかやるじゃん。
   建物とか歴史とかの豆知識をスラスラ披露したら、株も上がっちゃうよね♪」
「横浜の街をぶらぶらしながらラブラブできますよ~という『三塔物語』…
   SNS映えする景色&ネタを実体験してくるのが、今回の依頼内容だよ。」


ちなみに、もしツッキーがこの『おデート』で語るとしたら…どんなネタ?
俺のココロをグっと掴むような、ステキなウンチクを聞かせて欲しいな~?

山口の『振り』に、月島は「待ってました!」とばかりに咳払い。
ご期待に添えるかどうかはわからないけど…と謙遜し、意気揚々と語り始めた。

「やっぱり猿真似…じゃなかった、敬意あるパロディ?かもしれないんだ。」


歴史的に最も有名な『三塔』は、最澄が開いた比叡山延暦寺だが、
この『延暦寺』は、ある特定の堂宇(建物)を示す名称ではない。
『東塔(とうどう)』『西塔(さいとう)』『横川(よかわ)』の、3区域…
『三塔十六谷』にある、150もの堂塔を総称して『延暦寺』と言う。
全盛期には、三千を越える寺社で構成されていたそうだ。

「『三塔』と言いながら、『三つの塔』ですらなかったんだね。」
「そして比叡山は『日枝山』…東麓にある日吉大社(ひよしたいしゃ)は、
   全国にある、日吉・日枝・山王神社の総本山…『山王さん』だよ。」


日吉大社の主祭神は、比叡山に元々いた大山咋神(おおやまくいのかみ)と、
三輪山から勧請した大物主または大己貴神(おおなむち)の二神である。
大山咋神は、お正月に各家庭に訪れる大歳神の子(素戔嗚尊の孫)…
大きな山の所有者であり、農耕と治水を司る『大蛇』の神様だ。

「大物主は大国主の和魂…別名とも言われてるよね。」

少彦名が常世に去り、今後どうやって国を造り守って行けばいいのかと、
思い悩んでいた大国主の元に、海の向こうからやって来た神様が大物主だ。
大国主が自らの和魂として大物主を祀った場所が、三諸山(みもろやま)…
大蛇棲まう日本酒発祥の地・三輪山のことである。

「日本酒の神様・少彦名と…一寸法師と繋がったね!
   海の向こうからやって来て、『三塔』に辿り着いた点も、同じだよね~」
「それだけじゃないよ。山王さんと言えば『猿』…『三頭物語』にも戻ったし、
   『猿=えん』で、縁結びの神様…『三塔物語』の伝説に無事着岸するんだ。」

お…お見事!!
横浜の歴史とは全く関係のない話…4人の酒屋談義で考察したネタを絡め、
結果的にちゃんと『カップルは結ばれる伝説』に帰結してみせた月島に、
山口は「すごいグっとキたよ~♪」と、満面の笑みで拍手喝采した。

   (手順5・相手を褒めたり、好意を含ませてみるのも良し)


月島は緩む頬を隠すかのように、山口のジャケットの肘部分を少し引きながら、
「第一ビューポイントは、ここからすぐだよ。」と、県庁の方へ誘った。
県庁正面の道路向かい…日本大通りの路上に、『ここから見てね』の目印発見。
三塔がフレームに収まるように写真を撮ると、その場で二礼二拍手…

「山口との『初おデート』が、無事に成功しますように…」
「っっっ!!!?」

思いがけない月島の『願掛け』に、山口はボボボっ!!!と大赤面した。
そして、同じように三塔に向かって柏手を打つと、ごく小さな声で宣誓した。

「たっ、楽しい『おデート』になるように…俺も、頑張ります!!」

あっ!いや、もう既に凄い楽しいんだけど…もっとずっと楽しみますって意味…
どっどどど、どうぞヨロシク、お願いします!見守ってて下さいませっ!!


ガッツリと『願掛け』した二人は、顔を見られないように、深々と最後の一礼。
照れ臭さを誤魔化すように、ひたすらウンチク等を語りまくりながら、
指定された二番目のビューポイント…大さん橋へ、のんびり足を運んだ。


大さん橋・三塔ビューポイント



********************




大さん橋から南西方向…歩いてきた陸側を振り返ると、横浜三塔が見える。


横浜三塔・夜景 (クリックで拡大)


そして右へ…北西方向にターンすると、今度は『ザ・横浜』な景色。
近未来風の街並み…『みなとみらい』地区の全体像がはっきり見える。


みなとみらい・夜景 (クリックで拡大)


「左の一番高いビルが『横浜ランドマークタワー』で、
   波~波~波の3連が『クイーンズスクエア』…みなとみらい駅と地下直結。」
「手前が『よこはまコスモワールド』の観覧車、右下が『赤レンガ倉庫』で、
   その上の半月型ビルが『グランドインターコンチネンタルホテル』だよ。」

こうしてみると、自宅から徒歩圏内に有名な観光地が溢れかえっていた。
いつもはこれらの『建物』の足元を、日常生活の中で走り回っているだけで、
それを『景色』として眺めたのは、二人共初めてのことだった。

「観光地に住んでるけど、『観光客』として来たこと…なかったね。」
「『デェェェトスポッッットォォォ!』ってトコに住んでたんだね~」

身近過ぎて、逆に縁がない…
『地元の観光地』と『幼馴染』は、とてもよく似た存在かもしれない。

「近すぎて見えないモノの中にも、たくさんの魅力がある…かもね。」
「本当は、当たり前に見える縁こそ、大事にしないといけない…ね。」

   (手順6・少しずつムードを高めよう)


日常を離れ、少し距離を置いてみると、『観光客』視点で近所が見えるように、
自分や周りのこと…身近なものが客観的に見えてくる。

古くからある『三塔』と、『みらい』を冠する建物が並存…調和するように、
昔から知ってる『幼馴染』の中にも、未だに知らない姿が存在していた。

「僕達も『幼馴染』と『みらい』を…上手く調和できるかな?」
「『みらい』は『下で直結』してる…っていうオチなんでしょ?」

「『TY』線から接続するのは『MM』線…『もっと交わろう♪』だからね。」
「『もうムリ!』とか『メロメロムラムラ』もMM…何でもアリじゃん。」

『ムード満点』とは程遠い、いつも通りに『そのまま接続』な話題で大笑い。
周りのカップルを見習い、両手で『M』もとい『♡』マークを2つ作ると、
『初おデート』の記念写真を、通りすがりの外国人観光客に撮って頂いた。

   (手順7・普段は絶対しないことにも挑戦してみよう)


「山口、一生のお願いがあるんだけど。
   今の写真…僕が死ぬまで『門外不出』にして貰えないと、死んじゃうかも。」
「ラジャ!『死ぬまで』は絶対守るよ♪
   でも俺より先に死んだら、ツッキーの『遺影』にするから…長生きしてね?」

「それなら僕も、山口の遺影(最新版)を、とっ、とと撮り続けよう…かな?」
「二人で一緒に、色んなトコ行って、いっぱい遺影候補撮ろっか…なんてね?」

   (手順8・できれば『今後の約束』も取り付けよう)


…ちょっと待て。
今、自分達は結構凄いコトを言ってるんじゃないだろうか…?
遺影を撮り続けるだなんて、縁起でもない…とかいう不明確な話ではなく、
最新版の遺影候補を撮り続け、自分が相手の遺影を決定するという宣言は、
『死ぬまで一緒に居る』というご縁を、明確に約束していることに他ならない。

   (手順8補足・ただし、焦りは禁物!)

「つ…次のポイントに行こうかっ!?えーっと、最後は…赤レンガ倉庫だね!」
「かっ、観光地で焦って走ったら危ないよ!きょ…競歩までがセーフだから!」

月島と山口は、よ~いドン!と掛声をかけてから、並んでつたたたたた…!!!
大さん橋から象の鼻パーク、そして赤レンガ倉庫へ続く海岸沿いの石畳を、
最初は笑いながら、途中から本気で、最後はゼェゼェ喘ぎながら競歩した。



赤レンガ倉庫・三塔ビューポイント


赤レンガ倉庫で最後の『三塔ビューポイント』を激写した後は、
観光客溢れるショッピング街を完全にスルーし、なるべく人の少ない方へ…
橋を渡って『みなとみらい』地区に向かい、半月型ホテルの更に奥へ向かった。

ホテルの隣には、各種国際会議やイベントが開催される『パシフィコ横浜』…
その屋外エリアとして、『臨港パーク』という芝生広場が広がっている。
みなとみらい地区最大の緑地であると共に、横浜港も一望できる場所だ。


臨港パーク(早朝)

「さっきの大さん橋や赤レンガとは逆側から、横浜港を眺めるロケーション…」
「お散歩は勿論、ピクニックとかちょっとした釣りもできる公園なんだね~♪」

景色も良く環境も良いのに、同じ横浜港沿いの観光地の中では、
山下公園や大さん橋等と比べ知名度も低いせいか、人影もまばら…
日も傾き始め、自分達以外にはジョギング中の人がチラホラいる程度だ。


「『ド定番』の景色を『逆側』から見ると、違う世界に来たみたいだよね。」
「自分が街の一部になったような…自分の中もガラリと変わった感じ、かな?」

海と芝生の間、石畳の階段に並んで腰を下ろし、きらめく横浜港を眺める。
時間的には大したことないが、ずっと歩き続けでふくらはぎがやや重く感じる。
歩数計を見ると、二万歩近く…数字で把握した瞬間、足の重さがグッと増えた。





「キレイ…だね。」
「静か…だよね。」

波音もなく、風も穏やか。
光を反射して揺らめく水面の上を、時折船の音が撫でていくだけ。
徐々に陽が沈み、辺りが宵闇に包まれていくのを、二人でただただ眺めていた。
眩く賑やかな観光地…その『景色の中』は、こんなにも静かな世界だったのか。


「ツッキーとこんな風に街を眺める日が来るなんて…考えたこともなかった。」
「僕もだよ。『二人一緒に近所を歩く』ことが、『おデート』になるなんて…」

日常生活を送るこの街が、遠く憧れた観光地…夢の世界に見えたように、
ずっと一緒だった幼馴染も全く違う存在に…もっとずっと近く見えた。

   変わり続けるものの集合体。
   でもその全体は変わらない。

時代と共に変化しても、『ヨコハマ』という街が変わらないのと同じで、
二人の距離や関係性が変化しても、僕達全体の大枠…世界は変わらなかった。
だが、変わらないように見えるだけで、実際は街も僕達も変化し続けている。


「今日一日で、地元の新たな魅力をたくさん知った…それと同じように、
   『おデート』を通じて、知らなかったツッキーの部分も見えてきたよ。」

本当に近所だし、仕事の現地調査で歩き回っただけかもしれない…
『おデート!!』って言う程、大したことは何もしていないんだけど、
それでも俺は、ツッキーと一緒にぶらぶらしただけで…ラブラブ気分だったよ。
好きな人と…ずーーーっと大好きだった人と、俺は結ばれたんだなぁ~って…

「俺、やっと…実感できた、かな。」

ずっと一緒にいた幼馴染なのに、今日見たツッキーは俺の記憶にない姿ばかり。
知らなかった街の姿と共に、ツッキーとのおデートのこと…
『恋人との初おデート』の全てを、俺は一生忘れないからね。

「今日は素敵な一日をありがとう。
   今までもこれからも、俺は変わらずこの街とツッキーが…大好きだよ。」

何やかんやでバタついて、俺ですら若干忘れかけていたんだけど、
ようやくツッキーに聞いて欲しかったこと…伝えたかったことが言えたよ。
ちょっと照れ臭いけど、今日は『おデート』だから…ね!


さ、そろそろ…ウチに帰ろっか。
本当は帰りたくない気分だけど、晩御飯のおかず買って…あ、箱ティッシュも!

日常モードへ戻ることで照れ隠しするべく、山口は立ち上がろうとしたが、
月島は山口の手をギュっと掴んで引き留め、再び隣に座らせた。
そして、穏やかな港を眺めたまま、同じくらい柔らかく静かな声を出した。


「おまじない…三塔物語、叶ったよ。」

これは今日の『おデート』を通して、気付いたことなんだけど、
おまじないって、それを『完成』させた『結果』として叶うというよりは、
おまじないをしている『途中経過』が、実は大事なんじゃないかなぁって。

一晩中小指を絡めて寝たり、一緒に三塔ビューポイントを歩き回ったり…
モノだろうと人間関係だろうと、それを『創り上げる』過程にこそ、
実は楽しみと喜びがある…この根本を大切にすべきなんだと思うんだ。

三塔物語のおまじないを完成させたことよりも、おまじないをしている途中…
山口とのおデートそのものが、僕は物凄く楽しかったし、
これからも山口と一緒に居たい…今日みたいな日を、また過ごしたいなぁって。

だから、その…

   (手順9・気持ちはストレートに伝えましょう)

「今後も僕と『おデート』して貰えると嬉しいな。
   幼馴染としてじゃなくて、正式な恋人同士として…お願い、します。」

こっ、こうしてみると、やっぱり結果的に『おまじない』は叶ったよね!?
僕は山口から聞きたかったことを聞けたし、伝えるべきことも伝えられた…
忘れていた(フリをしていた)ことを言えて、本当の意味で結ばれた…かな。


そそそっ、それじゃぁ、そろそろ…
今度は月島の方が返事も待たず、照れ隠しに猛然と立ち上がろうとしたが、
握ったままだった手を山口は強く引き、月島の腕にしがみ付き…声を震わせた。

「三塔物語…まだ、終わらせたくない…帰りたく、なくなっちゃった…」

   ワガママ言って、ゴメン。
   でも、もうちょっとだけ…
   二人で『おデート』しよ?

イヤイヤをするように、月島の上腕三頭筋に額を擦り付けて山口は懇願した。
それに対して月島は、ここにも『さんとう』発見だね…と微笑みながら、
腕を絡めたまま一緒に立ち上がり、誰も居ない臨港パークを静かに歩き始めた。





「見て、山口…キレイな景色だよ。」
「うん…あ、ホントにキレイだね~」

夕方と夜が混じり合う空。
確かに、声を上げるほど美しい景色には違いないのだけれど、
観光地と自宅、そして非日常と日常の境を越えて元の世界に戻るようにも感じ…
『三塔物語』の終わりが一秒でも遅くなるように、心の中で切に願いながら、
山口はゆっくりゆっくり、帰路へ進みはじめた…が、月島の足が止まった。

「三塔物語…まだ、終わってないよ。」

正確に言えば、『三等』物語…
『黒&赤』の組み合わせが、僕達の願いを叶えてくれるんだ。

   今日は…家に帰らないよ。
   帰らなくても…いいんだ。

そう囁くと、月島は真上へ視線を向け…視線を辿った山口はポカンと開口した。


「馬車道通り商店街の福引…『三等』の商品は、ここのペア宿泊券なんだ。」
「え…えぇぇぇぇぇっぇっ!!!?」

   (手順10・ステキな夜を♪)






********************



「『景色の中』の世界って…」
「本当に『別世界』だったんだ…」


実家暮らしの頃は、合宿がない週末はどちらかの家に泊まっていたし、
実家を出て上京してからは、ずっと一緒に同居を続けている。
同じ部屋、同じ布団に寝ることなんて、慣れきった『日常』なのに、
ここは全く勝手が違う…というよりも、二人きりでは初めての『外泊』だった。

「ねぇねぇツッキー、世間のホテルって全部こんなカンジ…じゃないよね!?」
「当たり前でしょ!場違いかつ分不相応の極致…細部まで記憶しとかなきゃ!」


部屋内部・ベッド幅180cm(撮影はお昼過ぎ)


ラグジュアリーでエグゼクティブ、スタイリッシュかつエレガント…
何だかよくわからないが、とにかく凄いトコに来てしまった感動と困惑から、
二人はハイテンションで、部屋中を探索したりアメニティを観察しまくった。

そして、シャワーブース→お風呂→裸の上にバスローブ→ワイングラスでお冷…
思いつく限りの『ハリウッド映画っぽいセレブごっこ』をして大騒ぎした後、
ようやく二人は落ち着きを取り戻し、窓際に腰を下ろした。


窓際と横浜ベイブリッジ(撮影はお昼過ぎ)


「ここから見ると、また全然違う世界に見えるよね~」
「僕達が住んでるのと同じ街だとは、到底思えないよ。」

景色をウリにしているだけあり、大きな窓の側にはテーブルセットだけでなく、
窓に張り付いて外を眺められるように、柔らかいベンチが備え付けてあった。
もう、ここのスペースだけで充分寝られそうだよね〜と言いながら、
山口は本当にゴロリとそこに横寝し、静かな横浜港を黙って見下ろした。


「ここで俺がハシタナイ格好で寝てること…外から見えるかな?」
「街側とは反対…臨港パーク側の部屋だから、そんなに人はいないけど…」

自分達が『景色』としてこのホテルを眺めた時、中の人は…どうだっただろう?
注意深く観察したわけじゃないから、あまりよく覚えていないけれど、
暗い夜空に浮かぶ、四角い窓の光…それに照らされた窓辺の人影は、
物理的に考えると、見ようとすれば見えるはず…いや、見えて然るべし、だ。


片肘を立てて横寝…片膝も立て、バスローブも『ぱかっ』とはだけていた。
慌てて膝を下ろして脚を閉じ、前をキッチリ直していると、
ツッキーがクスクス笑いながら部屋の灯りを消し、カーテンを閉めた。

広い部屋とも隔絶され、窓とベンチだけの狭く暗い空間に、二人きり。
部屋の灯りもなく、ホテルの外壁を照らしていたスポットライトも消された今、
まるで横浜の夜空に浮いているような感覚…ゾクリと何かが背を駆け上がる。

   (これなら、外からは…)

目の前で揺れる、ツッキーのバスローブの腰紐を、ちょっとだけ引っ張ると、
それに気付いたツッキーは、寝転ぶ俺にしっかり視線を合わせて見下ろした。
俺はもう少し強く紐を引き寄せ、別のモノを合わせて欲しい…と、目を閉じた。

でも、いくら待っても、欲していた感触は降りて来ず…
代わりに柔らかなタオル地にコソコソ唇を擽られ、俺は驚いて目を開けた。

なんで…?と、ちょっとだけその唇を尖らせて見上げると、
ツッキーは何故か物凄く真剣な表情で、「今日は…しない。」と断言した。


「しないって…ど、どうして…?
   あっ、いや、その…ツッキーとシたい『だけ』じゃないけど…」

恋人同士としての初おデートで、高級ホテルに一緒にお泊まりで、
しかもこんなにムーディなのに…そういう流れになるのが自然だと思うし、
別に最後まで…じゃなくても、せめてキスくらいは、して欲しいのに。

「そんな顔、しないでよ。僕だってシたいのは山々…ヤる気満々だし。」

   しないのは…キスの方だよ。
   今日は…できるだけガマン。

ツッキーはそう言うと、俺の唇を封じるように、優しく人差し指で抑えた。
その感触で、俺は余計にキスしたくなっちゃいそうなんだけど…何で?
不満タラタラな抗議の視線で、ツッキーに納得のいく理由の説明を求めると、
今日何度も聞いたあのキーワードが、静かに降ってきた。


「これが、今日最後の…『さんとう』なんだよ。」

「今度は三回俺を押し倒す『三倒』…ここから見える景色に合わせて、
   『窓の月』『つり橋』『宝船』とか…キスが難しい体位に挑戦するの?」

冗談めかして尋ねると、その発想はなかった!!と、真顔で心底悔しがり、
いやいや、それもイイけど、残念ながらそうじゃないんだよ…と苦笑い。

「惜しいけど違う…『三到』だよ。」


『読書三到』という言葉がある。
朱子学の創始者・宋の朱熹が著わした『訓学斎規』に書かれている言葉で、
読書をするには、眼でよく見て(眼到・看読)、口で音読して(口到・音読)、
そして心で会得する(心到・心読)ことが大切である…という教えだ。

「読書に三到有り。心到、眼到、口到を謂ふ。三到の中、心到最も急なり。
   …つまり、心で理解することが、最も大切ですよ~って話らしいんだ。」

これは、本の内容だけではなく、人間を理解する時も同じことが言えるそうだ。
相手がどんな人であるか?については、早急に判断したりせず、
相手のことをしっかり見て、しっかり話し合い、心で感じるに到って、
ようやく理解できる…じっくり時間をかけて付き合いなさい、という教訓だ。


「記憶は、ただの思い込みの積み重ね…
   長年一緒に居る僕達でさえ、お互いの本当の姿は全く理解していなかった。」

山口が何を見て、どう想っていたのかなんて、僕は考えたこともなかったし、
親達と結んでいた密約についても、僕だけは知らなかった…
僕は山口のことを、ほとんど何も知らないままだったんだ。

そして、記憶喪失の末に『喪失月間』を経た今も、山口は僕のことを知らない。
キスでエロモードのスイッチが入った後は、一切の記憶を放棄してしまって、
『二人の姿』を知らないまま、カラダだけが感覚を記憶してしまった状態だ。


「その点に関しては、ホントに申し訳ないというか…」

ケタ違いの記憶力という、俺の異質さ…『忘れられない』俺のために、
ツッキー達は創意工夫し、快適な『喪失月間』を達成してくれたんだけど、
まさかコレに関しては一切『覚えていられない』だなんて、予想外だった。

自分の『あられもない姿』を知らないのは、ちょっとラッキーな気もするけど、
ツッキーの姿も未だによくわかっていないことは…本当に心苦しかった。
このままだと俺は…ヤっちゃう感覚だけが大好きな『ビッチ』になってしまう。

   (正直、ホントに…大好きだしね♪)


俺だって、どうにかして二人のラブラブな『最中の記憶』を、覚えておきたい。
ツッキーと一緒に過ごす素敵な時間を、ずっとずっと忘れたくないのに…

振れ幅が極端な自分の記憶力に、絶望的な気分になりかけていると、
ツッキーがもう一度俺の唇を柔らかく抑え、大丈夫だよ…と微笑んだ。

「だから、キスしない…スイッチをギリギリまで入れないでおくんだ。」


『喪失月間』の弛まぬ努力の結果、僕達は幸運にも『黒歴史』を作ることなく、
巧い具合に『カラダの記憶』をミッチリ擦り込むことに成功した。
この段階まで鍛錬を積めれば、トラウマ級に酷いプレイをしない限りは、
大抵のことは、もう…記憶しても大丈夫ってことだよ。

山口がエロスイッチを入れる前…ちゃんと記憶ができる間に、
僕とのエピソードをいっぱい覚えて、僕達二人のことを理解し合いたいんだ。
そのために必要なのが、スイッチを入れないことと…『三到』だよ。

「な…なるほど!!ツッキー賢い!
   記憶できるうちに、しっかり見て、それを口に出して、心で覚えるんだね!」
「その通り。これぞ僕の完璧な『月山三到物語』作戦だよ。」

   というわけだから…起きて?
   僕をしっかり正面から見て…


ツッキーの言葉に従って、カラダを起こして正面に座る。
暗さにも目が慣れてきた分、意外と細かいところまでツッキーが良く見える。

「今、山口の目に映ってる景色は?」
「窓の外には、ホテルと同じ半月と…その光をキラキラ反射する、横浜の海。
   海と夜空の境には、横浜ベイブリッジが架かってて…穏やかな夜景だよ。」

「じゃあ、窓の内側…山口の正面に見えているのは?」
「海と同じように穏やかで、キラキラしてる笑顔のツッキー…イケメンだね~
   ふわふわの白いバスローブも、凄く似合ってる…スタイルも抜群だよね♪」

そう言えば、こんな風にツッキーを細部までじっくり観察したのは…
ツッキーが泥酔して記憶喪失になり、俺が一寸法師になった、あの晩以来だ。
その時はできなかったことを、今から二人で…心に留めていくのだ。


そろり、そろり…
今度は目をしっかり開けてツッキーに手を伸ばし、白い頬にそっと触れる。
すると、ツッキーはあの晩の寝言とよく似た甘ったるい声で、
「やまぐち…」と小さく囁き、『三到』するように促した。

「白いお肌も、きめ細やかですべすべ…鼻も高いし、まつ毛もめっちゃ長いね。
   それから…く、唇は…ちょっとだけかさついてるけど…笑ってる、よね?」
「この唇は大抵不機嫌そうに結ばれ、時折毒を吐き散らしてるけど、
   同じ唇がキスでスイッチを入れたり、山口のアチコチに触れてるんだよ…」

唇をなぞる指を軽く食まれ…カラダが記憶している感触と映像が、重なり合う。
ツッキーも同じように、俺の頬、鼻、まつ毛、そして唇を指でゆるゆると辿り、
俺はその指を、柔らかく唇ではむはむ…この感触も、よく覚えている。

   (こんな風に、唇で触れてたんだ…)

感覚記憶とエピソード記憶が、ようやく一つになり…脳内に焼き付いていく。
エロモードに突入した後のツッキーが、こんなにも優しい顔をしてたなんて…

「かなり恥ずかしいけど、今まで知らなかったのは…損してた気分かも。」
「もう怖がることもないから、今までの分もしっかり…取り戻してね。」


指でキスするように、唇をふにふに挟んでから、両手で頬を包み込み、
その手を首へ滑らせ、肩を揉み、両腕を掴みながら掌まで降り、キュっと握手。
今度は指先から上へ逆戻りし、血管を確認するように頸筋から鎖骨を辿ると、
バスローブの合わせ目から、スルリと中へ指を侵入させてきた。

「眼到の次は口到だよ。僕の指は、今…何をしてる?」
「んっ…ツッキーの指が、俺の…胸を、弄って…ぁっ」

「口到の次は?山口はどう…感じる?」
「くすぐったいのが半分で、あとは…なんか、ビクって、時々なる…かな。」

眼で見たものを、口に出すと、見ただけよりもずっと心に響く…三到。
ツッキーの行動を見て、それを言葉にして声に出すと、余計に…

   (は…恥ずかしいっ!!!)

確かにこの作戦だと、スイッチが半分ぐらい入っても十分記憶できるけど、
これってつまり、その…要するに、専門用語で言うところの…

   (こ…言葉攻め、じゃんかっ!!)


指がしていたことを、今度は唇が真似をしていく。
バスローブの合わせ目を緩く開き、鎖骨に吸い付きながら下へ降り…

「ツッキーの、舌が…ツンツンって…んんっ!!」
「…それから?」
「や…っ、吸われたら、凄い…腰がビクビクって、なる…っ」
「それはただの状況説明。山口の心が…カラダがどう感じるのか、言って。」
「恥かしいけど…気持ち、イイ…っ」

やだやだ、これ…恥ずかしすぎるっ!今まで俺達、こんなコトしてたなんて。
記憶にないのに身に覚えがあることが、余計に恥かしくて…
ゾクゾクとした特殊な震え…『キモチイイ』が、止められない。

   (もう、見て…らんないよっ!)

火が出そうなほど熱い顔を、掌で覆い隠そうとしたけど、
その手を捕まれ、ツッキーのバスローブの合わせ目の中へ連れ込まれた。
そこで、俺の顔よりずっとずっと熱いモノに触れ…思わずガン見してしまう。


「よっよこはま、三塔…あ、四塔目?」
「ちょっ…笑わせないでよっ」

ぶっ!っと吹き出した勢いで、ツッキーの『塔』がバスローブから現れた。
エキゾチックな丸い先端は、クイーンの塔にも似てるけど、
それよりもずっとエロティックな雰囲気を漂わせる、威風堂々たる『塔』だ。

「手に持ったカンジと、こうしてじっくり眼到したのとは、また随分違う…
   …あ、ここの血管、今めっちゃピュクピュクっ!って…可愛い〜♪」
「やっ…やめ…っっ!そこは…そんなにじっくり『三到』しなくていいから!
   山口が記憶すべきは、そっち…『五塔目』の方だからっ!」


コッチの方…『五塔目』は、改めて記憶する必要は、さすがにないでしょ。
俺としては、ソッチ…『四塔目』の細かな意匠を、じっくり覚えておきたいし。
自分の手が覚えているポイントを、根元から丁寧に擦り上げていくと、
手に馴染むカタチと脈打つ『四塔目』の反応に、『五塔目』が呼応してきた。

「つ、っきー…気持ち、ヨさそう…」
「うん…でも、それだけ?
   気持ちヨさそうな僕を見て、山口の方は…どうなった?」

「みっ、見たまんま…だよっ」
「そう…それなら、目を逸らさずに…ちゃんと見ててね?」


ツッキーは俺の手を四塔目から離させ、顔の方へ導き眼鏡を外すジェスチャー。
その途中で、やっぱり僕も『眼到』させてもらうよ…と、俺の手を離した。
そして、しっかり眼鏡を掛け直すと、レンズに月光を反射させながら、顔を…

「え…や、う、そ…っ!!」

バスローブの隙間を少しだけ広げると、『五塔目』がぴょこりと頭を出す。
その塔を遠くから眺めるように、じっと目を凝らして間近から観察すると、
俺と真っ直ぐ視線を合わせたまま、塔の先端にキス…口の中へ含んでいった。


   トロンと陶酔しきった表情で。
   気持ちイイ?と、問いながら。
   滔々と俺を、蕩けさせてゆく。

   (陶・問・蕩…これも、さんとう…)

「山口、『三到』…して?」
「ツッキーが、見たことない、顔で…
   俺の、ごっ、五塔目を…んんんぁっ!ヤだ、もう…言え、ない…っ」

『口到』なんてとてもムリ。『眼到』だって、もう…見ていられない。
そんな愛おしそうな顔で、俺のことを…こんなツッキー、知らない。
でも、俺だけが知っておきたい…絶対に忘れたくない、ツッキーの姿だ。

   (ちゃんと、伝えなきゃ…)

俺は湧き上がる嬌声と羞恥を抑え込み、目を逸らさず…はっきりと声に出した。

「ツッキーが、こんなにも深々と俺を愛してくれて…凄く、気持ちイイよ。
   でも、気持ちイイことよりも、愛されてることが…幸せでたまらない。」


思い切って伝えた『心到』に、ツッキーは背を大きく震わせて驚き…
ふにゃり…と、嬉しそうに頬を緩めて微笑んだ。

「そう言って貰えて…僕も幸せだよ。」

急がなくていいから、こうやって少しずつ二人のラブラブエピソードを、
じっくり『三到』しながら、いっぱい作って…ずっと記憶し続けていこうね。


ツッキーは両手で俺の頬を包み込むと、そっと唇に唇を当て…キスをくれた。
スイッチを入れるように、そのキスが深くなり…ベンチに俺を優しく倒し…

俺が明確に覚えているのは、ここまで。
あとは、二人で一緒に登りつめたってこと…当・倒・登の『さんとう』と、
朝日が昇るのを眺めながら、ツッキーが呟いた『ひとこと』だった。


「僕の願い…全て叶ったよ。」




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※酔った勢いで言うな。 →『泡沫王子
※日枝神社と大山咋神 →『鳥酉之宴
※大歳神について →『愛理我答(年始編)

※三塔の第一ビューポイント(日本大通り・神奈川県庁前)の足元マークは、
   分庁舎工事中のため現在撤去中でした。





2018/04/03  

 

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