同行四人







「おはようございます、山口君。」
「っ!?あ、おはようございます〜♪」


ぽかぽか〜な、春の陽気。
朝起きて、ご飯食べて、台所を片付けて貰っている間に、お洗濯。

いつもは台所と洗濯は日替り交代制だけど、この時期は俺が毎日お洗濯担当…
「年度末にできなかった、シンク周りの掃除を徹底的にしたいからね。」と、
連日ツッキー(自称季節性鼻炎)が、台所磨きに精を出してくれているから、
そっちをお任せする代わりに、俺はベランダで心地良い春風を吸い込んでいる。

冬物のフワフワごろ寝用毛布を手すりに掛けていると、真上から穏やかな声…
驚いて見上げると、手すりにシーツを干しながら、赤葦さんが手を振っていた。


「今日も良いお天気で、本当に気持ちイイ…俺もお布団になりたい気分です。」
「確かに、の~んびり春を全身で感じたい…お外で日向ぼっこしたいですね~」

年度末の疲れもようやく抜け、そろそろ本当に『行楽』したくなってきた。
ツッキーは渋るかもしれないけど、近場でいいからお外でお散歩したいな。

「それなら、近場の社寺仏閣にでも…お昼ご飯に蕎麦食いがてら、行くか?」

赤葦さんの隣から、大あくびをしながら黒尾さんもひょこっと顔を出すと、
両手で輪っかを握り…車なら、ツッキーも大丈夫だろ?という仕種を見せた。


「それなら、車で30分程度の近場…川崎大師なんてどうでしょう?」

昨年度を無事に乗り切った感謝と、今年度もどうぞよろしくというご挨拶…
僕達の人生目標は『現状維持』なんで、商売繁盛よりも厄除の方が至適ですし、
ちょうどお釈迦様の誕生日近く…灌仏会こと花祭りをやってるかもしれません。

花祭りでは、お釈迦様に『甘茶』をかける風習がありますが、
この甘茶の代表的な薬効は、抗アレルギー作用…『ハナの季節』にピッタリ!
ちなみに、蕎麦の成分ルチンにも同様の効果があると言われていますし、
ポリフェノールの一種であるケルセチンは、鼻炎等の炎症に効くそうですから…

「久しぶりに4人でドライブ&ぶらぶらしましょう。」


腰に巻くエプロンで、黒子のように顔の下半分を隠しながら、
それでは15分後に車に集合です!と、勝手に決めたツッキーは、
窓開けっぱなしで洗濯とか…配慮が足りなさすぎでしょ!と大文句を言いつつ、
お着替えよりも先に、本棚から御朱印帳を取り出して用意をし始めた。

大学進学のために上京したその日に、例年性春季鼻炎(赤葦さん命名)に罹患…
未だにしぶとく花○症だと認めないツッキーが、無性に可愛くて可愛くて。
俺達はベランダの手すり越しに含み笑いし、おでかけの準備に取り掛かった。



「川崎大師についての概説…ツッキー頼めるか?」
「えぇ、勿論。その前に…『外気取り込み』はご勘弁願います。」

去年、主に経費計上のために、当事務所(黒尾鉄朗氏)は軽自動車を購入した。
軽とはいえ車内の天井が非常に高く、平均値を大幅に超える長身の4人でも、
かなりゆったり&広々に感じ、実に快適なドライブを楽しめる…はずなのだが、
いかんせん自宅での仕事が多く、都心に出るには電車の方が便利なため、
月に1回乗るかどうか…ちょっとバッテリーがアヤシイ動きをしていた。

「よかった…無事に動きました。」
「前回動かしたのは…年末だな。」
「乗る度にエンジンかかるかな…って、凄いドキドキしちゃうんだよね~」
「今年度はもうちょっと…皆でアチコチにドライブした方がいいかもね。」

助手席の赤葦がナビに目的地を設定すると、本当に30分足らずで着くらしい。
これでは、あまりガッツリ語り合う余裕はありませんね…と微笑みながら、
ほどほどに談義できる程度にのんびり…安全運転で出発です、と号令を掛けた。


「早速ですが、川崎大師について…」

川崎大師は、真言宗智山派の大本山…弘法大師空海を宗祖とするお寺である。
正式な名前は『金剛山金乗院平間寺(へいけんじ)』で、川崎大師は通称だ。
初詣参拝客数は全国3位、神奈川県内では第1位を誇るそうだ。
同じ系列のお寺には、節分会で有名な成田山新勝寺や、八王子の高尾山薬王院、
新撰組副長・土方歳三の菩提寺の、高幡不動尊等…初詣のメッカばかりだ。

「ご本尊は厄除弘法大師です。厄除けは新年元旦に行われることが多いため、
   これらの寺院への初詣が多くなる…無事安泰を祈願祈祷するんですね。」

後部座席で月島がサラリと解説を始めると、隣に座っていた山口が、
「ちょとタンマ!確認させて欲しいことがあるんだけど…」と挙手をした。


「あのさ、今までの『酒屋談義』では、大晦日の大祓や六月晦日の夏越の祓…
   瀬織津姫達に穢れを乗せて流す『厄祓い』のことを語ったよね?」

瀬織津姫などの『祓戸大神』に、もろもろの禍事、罪、穢れを、
蛇のように『かか呑み』させて、水に流してしまう儀式である。

「この『厄祓い』と『厄除け』って、どう違うの?」

確かに、この二つはよく似た言葉で、今まで深く考えずに混同して使っていた。
どちらも通常、『年始から節分まで』の間に行うものという点が同じだが…
そう言えば『厄落とし』という言葉もあり、区別を意識したことがなかった。


「字面のイメージで考えると、既についちまった厄を祓ったり落としたりして、
   厄がまだついてねぇ状態の時に、厄が近づかないように除ける…とかか?」
「罹患後に対処する『治療』が祓うや落とす、罹患前に行う『予防』が除ける。
   『通院お注射お薬』か、『うがい手洗い早寝』か…その違いでしょうか?」
「わかった!外出前にマスク付けて除けといて、玄関入る前に洋服をはらって、
   ティッシュでお鼻ちゅーんっ!して落とす…ツッキーには全部必要だね~」

よ~っし、今日はツッキーのために…川崎大師で厄除けする前に、
その近くの手頃な神社を見つけて、まずは厄祓いして貰っとくのがいいか?
まずはついたモノをキレイにしてから、新たにつかないようにすべきだよな!

ナビによりますと、川崎大師のすぐ近くに…若宮八幡宮がありますね。
川崎大師の大きな駐車場に停めてから、お蕎麦屋さんを探しつつ歩きましょう。
途中のコンビニで、おセレブな高級箱ティッシュも購入すべきかもしれません。

楽しそうに『勝手なイメージ』と予定を決め、遊びはじめた3人に、
月島は大きな咳払い(風のくしゃみ)で注意を促し、正しい説明を捲し立てた。


「その説だと、神社とお寺の両方でヤらなきゃいけなくなる…高いでしょ!
   話はもっとずっと単純…『どっちでもいい』が正解ですから。」

『厄祓い』とは、災厄をもたらしうるものを自らの身から除くために、
神道に則った方法で身を清めたり、お祓いを受けたりすること。
対する『厄除け』は、災厄が自分に近づかないよう、守ってもらうこと…
護摩壇でお香を焚いて煩悩を祓う、護摩祈祷などがその代表である。

この厄除(護摩)祈祷を行う仏教宗派は、真言宗等の密教系に限られているため、
初詣ランキングに入る『お寺』が、同じ系列に偏ってしまうのだろう。


「つまり『神社』でするのが『厄祓い』で、『お寺』なら『厄除け』…
   『どっちでヤるか』っていう、場所と方法論の違いってだけなんだね~」
「『厄落とし』は、自らの大事なものを落とす・手放すことで、
   今後これ以上の災厄が来ないよう、先に落としておくことなんだ。」

「なるほど…厄年の人が、家族や親戚にプレゼントをしたり、出産したり、
   いつも身に着けているものを落としたりするのが…厄落としってわけか。」
「だとすると、今日のお昼ご飯とおやつは…月島君のおごりになりますね。
   あとは、眼鏡を落としたり…出産に関わるモノやコトに触れときますか?」


いやいや、それじゃぁ全く『煩悩』は祓えないような気がする…が、
お蕎麦とおやつをご馳走する→(中略)→イロイロ出しきる♪という結論なら、
川崎大師と若宮八幡宮で、心からの祈りを惜しみなくガッツリ捧げまくろう。

マスクの下で月島が『花盛り』かつ『甘ちゃん』な計画を立てているうちに、
あっという間に車は川崎大師に到着…いやはや、ホントに近かった。




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大山門


駐車場(無料♪)の傍には、インド寺院風の大きな薬師殿。
皆で『なで薬師』さんを撫で撫でさせてもらい、ツッキーの病気平癒を祈願。
そこから一旦外に出てぐるりと回り、正面の大山門から境内に入った。

今日は4月1日。
ツッキーの予想が的中し、一週間後の4月8日までが『花まつり』だそうで、
大本堂前に安置された花御堂…右手で天を、左手で地を指した誕生仏に、
甘茶を灌ぎかけて(灌仏会)、お釈迦様のお誕生日をお祝いをした。

「お、今日は偶然にも第一日曜日…『八角五重塔』の中に入れるらしいぞ。」
「たまたま思い立って来たのに、それはツイてますね…ぜひ行きましょう。」


広い境内を、4人でのんびり散策する。
『酒屋談義』で考察するために、事前準備をしてから現地へ行くこともあれば、
たまたま面白いものに出会い、その場で考察を始めることもある。
でも、いつもいつもそうやって考察ばっかりしているわけじゃなくて、
今日みたいな『お散歩』がメイン…のんびり観覧するだけの日だってある。

それにしても…だ。
桜は散り始めたとは言え、気候の良い春の日曜日なのに、かなり空いている。
のんびり散策にはモッテコイだけど、こんなに広くて素晴らしいお寺なのに、
ちょっともったいない気もする…あ、ツッキーと同じ『はなまつり』が多い??


「当然と言えば当然なんだけど、四国巡礼した『遍路大師尊像』があるね。」
「確か『同行二人(どうぎょうににん)』だったっけ?お大師さんと一緒…」

一人でお遍路…四国の八十八か所巡りをしていたとしても、
常にお大師さんが傍で守ってくれる『二人連れ』だという言葉だ。
皆でお遍路さんをしながら、四国一周旅行とか…凄く楽しい旅路になりそうだ。
このメンツで行くなら、『同行四人』ってタイトルになるのかな?

俺が『ツッキーと(黒尾さんと赤葦さんと)一緒にイきたいとこリスト』に、
『四国巡礼・同行四人ツアー』と書いていると、黒尾さんが苦笑いした。


「たとえ何人で行っても、お大師さんとの『二人』旅…これが本質だろ。」
「お遍路さんの白装束は、どう見たって死装束…『死出の旅』ですよね。」

元々は修験道の修業に使われていたが、海の向こう…船であの世へと旅立つ、
『補陀落渡海(ふだらくとかい)』の出発点にもなっていた。
また、犯罪や病気、障害などにより、故郷を捨てざるを得なかった者達が、
贖罪や疾病治療に一縷の望みをかけ、施しを受けながら終生巡礼を行う…
道半ばに行き倒れ、遍路道に葬られる巡礼者も多かったそうだ。

ちなみに瀬戸内の島等では、島を四国と見たてて八十八か所のお堂や祠を立て、
毎年4月4日に霊場巡り…お菓子等でもてなす『お接待』という風習がある。
子ども達は島中を駆けずり回ってお賽銭やお米をお供えし、お菓子大量ゲット…
絶対に欠かすことのできない、春休みの一大イベントである。


「今やお遍路は、健脚と健康を祈願する『観光』ツールになってるけど…」
「元々は死出の旅で、お接待は死に逝くもの…仏様への施しだったんだね。」

それならなおのこと、俺は『同行四人』がいいな…
あ、お大師さんも一緒なら、五人になるのかな?

その時は、どうぞよろしくです~!と、大師尊像にお願いする山口の頭を、
同行希望者の三人は、わしゃわしゃと撫で回し…四人揃って頭を下げた。




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- 完 -



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※大祓について →『予定調和』『雲霞之交


2018/04/10

 

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