ご注意下さい!


この話はBLかつ性的な表現を含んでおります。
18歳未満の方、性描写が苦手な方は、 閲覧をお控え下さい。
(閲覧により不快感を抱かれた場合、責任を負いかねます。)

    ※魔女編最終話です(月山)。



    それでもOK!な方  →
コチラをどうぞ。



























































    隣之番哉⑧ (魔女編)







「はぁ~~~~」
「終わったぁぁぁ~」
「つっ、、、疲れた…」
「もう、立てねぇよ…」
「………。。。」


最後の『魔女の儀式』のため、奥の間へ戻って来た月島・山口・二口・青根は、
部屋に着くなりその場にガクリと崩れ落ち…4人並んでゴロリと寝転がった。

「凄い緊張した…表情筋がガチガチになっちゃって、顔全体が疲れたよ。」
「ツッキーはいつも仏頂面でガチガチじゃんか。それ…泣き疲れでしょ?」
「介添の俺らですら、このグッタリ感…これから登山とか、アイツら鬼だな。」
「ムチャがデキてる時点で、赤葦も立派に神に…ヤベェ、また、泣けてきたっ」

思い出しグズりし始めた二口のために、青根はティッシュを取りに立ち上がり、
ついでに、四肢を投げだす月島と山口の着物を脱がせ、肌着だけにしてやった。
この『最後のひと踏ん張り』ができるあたり、やはり青根も神(または鬼)だ。


いやはや、こんなに甘えてもいいんだろうか…
さすがの月島も、身内ではない…身内になったばかりの青根に対し、
ここまで『おんぶにだっこ』して貰うのは、申し訳ない気もしてはいたが、
お前はこれから『もうひと仕事』あるんだから、少し休んでおけ…とばかりに、
温かく大きな掌で頭を撫でてくれる青根に、大人しく身を委ね…大あくび。
横を向くと、隣の山口は青根の左腿、反対側には二口が頭を乗せて伸びていた。

「あと500年経っても、青根さんみたいな大きな存在に…なれそうにないね。」
「あったりまえじゃん。比べる相手が悪すぎるというか…
   下積君には分不相応、いやいや、もう不敬罪レベルの高望みだよね~」

安心していいよ~
俺もツッキーに、青根さんみたいな絶対的包容力なんて、求めてないからね~
あと、『魔女の儀式とは何ぞや?』とか、おカタい系のネタも…今はいいや。

「そういうクソ真面目な考察も、黒尾さん達に任せとけばいいんだからね。」
「きっと今頃、神域に至って、親父達『当代』の儀式の雰囲気に飲まれて…」
「『あぁ、これが魔女の郷の真理か…』って、勝手に悟ってんだろうぜ。」
「お前らは、あと…ヤれば終わりだ。」


青根の出した身も蓋もない『総括』に、月島はポカ〜ン、山口はエヘヘ~、
そして二口は、「もうちょっと言葉で飾れよっ!」と頬を染めて青根を小突き、
取り繕うようなわざとらしい咳払いをしてから、本心の籠ったため息を吐いた。

「どんなに神聖な『儀式』のフリして、イロイロと飾り立てたとしても…」
「婚姻の本質は、つがいが各々の境界を越え…繋がり合うことだからな。」

目には見えない『ココロの境界』を繋ぐ儀式は、執り行うのがとても難しい。
だから、婚家の食事を口にしたり、一緒に箒を跨いだり、指環を交換したり、
目に見える物理的な儀式を経ることで、繋がったことをアタマに理解させる。

「でも、それだけじゃあ、足りない…ちゃんと『繋がった』実感がねぇとな。」
「いくらアタマでわかっても、カラダが伴ってねぇと…ココロは繋がらねぇ。」

それを儀式の中に組み込んだのが、誓いのキス…他所様にお見せできる限界だ。
これも、俺らみたいな古い人間の感覚だと、とんでもねぇ羞恥プレイっつーか…
俺らとは別種の人外にすりゃあ、公然猥褻に等しい破廉恥プレイっぽいからな。

「黒尾にとっては…最大の試練。」
「あ、そっか!極秘だった吸血鬼の『本懐』を、皆に晒したってコトだから…
   これからココにコレをイれます!って寸止め状態を、見せちゃったも同然♪」
「黒尾のおかーさん、『誓いのキス』に感涙してたのは間違いねぇんだが…」
「その後ハンカチの下で、ニヨニヨしてた…鉄朗ってば、大胆ね〜♪ってな!」
「吸血鬼にしか解らないと思って、王子様はカッコつけちゃったんだろうけど…
   兄ちゃんが写真撮ってるはずだから、後日黒尾さんに見せてあげましょう!」

お隣のつがいが、密かにドエロい儀式をヤラかしていたらしいという裏情報に、
あと500年はこのネタでからかってやろうぜ!と、4人はひとしきり大笑い。
明光&伊達工業で製作する『アルバム』に、この写真は絶対に入れてやろう…
羞恥のあまり棺に引き籠りたくなるのは、黒尾(家等、吸血鬼の皆様)だけで、
隣の俺達にとっては、幸せの象徴…婚姻儀式を彩る、最高の一枚になるはずだ。


「そんなこんなで、隣の吸血鬼共を見ての通り、つまるところ婚姻儀式とは…」
「『繋がり』を模したもの…カラダを繋げ、物理的な境界を越えてナンボだ。」

だから、趣旨が同じ『魔女の儀式』も、その詳細が残っているわけがねぇ…
そんなもん『二人は仲良く山へ入ってイきました。』ってシメるしかねぇだろ。

「全裸で箒に跨り、境界を越える…以上だ。」
「非公開ゆえに、これしか伝承に残せなかった…調べる俺達は大変だったぜ!」
「模擬公開プレイ風の儀式をヤらずに済んで…お前らはむしろ良かっただろ?」

ってなわけだから、俺達が巫女の随神として特別してやれることは、もうない…
あとはせいぜい、お前らが気持ちヨ~く繋がるための『下準備』ぐらいだな。


二口が視線を送ると、青根は月島と山口を両腕に抱え上げて部屋の隅に待機し、
その間に、二口は押入から出した二組の布団を、部屋の真ん中に並べて敷いた。
腕の中でキョトンとしたままの二人を、青根は布団の上にそっと座らせると、
緩やかだった空気を瞬時に引き締め…二人は反射的に息を飲み、姿勢を正した。


「山の神たる『青』が、最後に問う。
   月島蛍よ。何故…山口忠を選んだ?」



今まで聞いたものの中で、最も荘厳で重々しい…畏怖を纏う『青』の声。
その後ろには、全てを透す瞳で僕を見据え、二つの口を固く閉ざす…巫女。

   (これこそが、本当の…っ!!)

今まで行ってきた一連の婚姻儀式や、魔女の儀式の『一部』ではない。
『俺達が特別してやれることはもうない』なんてのは、単なるフェイントで、
長年山口を見守り続けてきた随神…『隣』の者達からの、『真の儀式』だ。

   (ここで間違ったら…終わりだ。)

本能でそれを察してはいたが、どんな言葉で、どう答えるべきか、わからない…
「どこが好き?」という問いと同じで、何が『正解』なのかは、質問者次第だ。
最後の儀式に相応しい、随神の二人と…山口自身が納得するような答えなんて、
この場ですぐに、スラスラ出てくるわけない…とんでもない無茶振りである。

   (早く、答えなきゃ…)

焦れば焦るほど、気の利いた言葉はまるで頭に浮かんでこない。
いや、飾った言葉は口から出てこないよう、封じられているのかもしれないし、
たとえ出てきたとしても、飾り立てた綺麗事では伝わらない…山口本人に。

   (だとしたら、もう…)

   静かに目を閉じて、深呼吸。
   口から出まかせに…ではなくて、
   口から出てくるものに、まかせよう。


「僕が、山口を選んだ、理由は…」

選ぼうとして選んだわけじゃない。
確固たる理由もないし、カッコつけて言うほどの言葉も、見当たらない。
だけど、ただなんとなく…とか、流れでいつの間にか…とかじゃなくて、
僕自身が、自分の意思で山口を選んだということだけは、自信を持って言える。

「山口だから…選んだ。」

この先、僕達がどのぐらい一緒に生きていけるのかは、全くわからない。
それは、『黒』だろうが『赤』だろうが変わらない…どちらでも大差ない。

500年か、はたまた50年か、もしかしたら残り5日間かもしれないけれど、
時間の長さに関係なく、僕の隣には山口が居て欲しい…山口の隣に居たい。

「今この瞬間、僕の隣に居るのが、
   山口で良かったな…って。」


問いに対する回答に、なっているかどうか…自分ではそれもよくわからない。
口が動くままに出した言葉に、随神と山口は静かに黙ったままだったから。

しばらくの沈黙の後、二口さんは袂から『黒』『赤』二種類の瓶詰を取り出し、
二組の布団の枕元…布団と布団の真ん中を跨ぐように、少し離して置いた。
その瓶の上に、青根さんが右手と左手を乗せると、両掌から眩い燐光が迸り…
布団と部屋、そして僕と山口を二分する『境界線』が、青白く浮かび上がった。


「これで…終わりだ。」





********************




   出逢った時には、全身を貫く大雷。
   雲?靄?のかかる、夢心地が続き…
   靄から雨が降ることはないけれど、
   蜃気楼の様に、現実感のない世界。

   それが今、月明りで…青く晴れた。


「スッキリした…快晴、だね~」

青白い燐光に二分された、奥の間。
張り詰めた空気にそぐわぬ言葉を発し、魔女・山口は布団の真ん中にゴロリ…
緊張で凝固していた月島は、その大胆な行為に驚きの声を張り上げた。

「ぁっ!?ちょっ、危ないっっ!!!」

青根が顕現させた『境界線』の真上へ、無頓着に身体を横たえた山口を、
月島は条件反射で「熱っ!」と叫びながら抱き起こし、境界線から身を引いた。
火事場の何とやら…思いがけず強い力で抱かれ、キョトンとする山口の背を、
月島は躊躇なくバンバンと払い、常世の篝火を消そうとした。

「あ…れ?熱く、ない?」

自らの危険も顧みず、咄嗟に山口を救助する行動をとった月島に、
山口は緩む音が聞こえそうなほど相好を崩し…月島ごと布団に再度寝転がった。

「ぅわっ!?」
「だーいじょーぶっ!熱くないよ~♪
   この青い光は『燐光』なんだから…ほら、ツッキーも触ってみてよ!」


隣で強張る月島の手を握った山口は、繋いだ手を境界線上にそっと乗せた。
重なり合う手が触れた瞬間、燐光の青い輝きが少しばかり増し…
箒の柄ぐらいの太さだった境界線が、重ねた掌の幅まで、ぼんやりと広がった。

「ホントだ。熱くない、けど…」

燐光越し…隣に寝る月島の表情は硬く、声にも不安の色が濃く交じっていた。
山口はそんな月島の『青』を吹き飛ばすように、朗らかに微笑みかけた。

「大丈夫!もう…怖いことなんて、何もないんだから。」


ねぇツッキー、『燐』と『隣』には、同じ『粦』っていう旁があるでしょ?
この字は、『大(ひと)』+『小点4つ』+『舛(両脚)』っていう構造で、
『大の字になって倒れた屍から、鬼火がたちのぼるさま』を表したものなんだ。

「鬼火…墓地とかに出る、人魂だね。」
「青は死者の色…鬼火が点々とつらなったのが『燐光』で、
   『つらなる』という意味から、『隣』や『鱗』って漢字ができたんだって。」

脊椎動物では、リン(燐)酸カルシウムが骨格の主要な構成要素だし、
植物の代謝に必要なATPや、細胞の境界線…細胞膜の主成分も、同じリンだよ。
腐敗した生物からリンが放出され、空気中で酸化した時に青白い光を発する…
だから、お骨のいっぱいある土葬の墓場で、鬼火がつらなって飛ぶんだってさ。

「リンの発火点は、約60℃…確かに、熱くはないよね。」
「60℃…一番美味しい『昆布だし』が出る温度だよ~♪」

死者から鬼火が出るのは、『憐』…あわれなことかもしれないけど、
『可憐』とか、かわいらしくていじらしい…いとおしく思うって意味もあるし。
『可愛い』が元々『可愛そう』…不憫や気の毒って意味だったのと、同じだね~


「そして『隣』は、つらなった土盛…壁や塀、垣根でお互いに接したもの。」

隣との間には、必ず境界線があるんだ。
隣り合う『人』と『人外』の垣根を越えるのが、俺達巫女…魔女だよ。
この『人外』には、『神』や『鬼』も含まれるというか、むしろメインかな?

   限りある命を生きる者が、人。
   死して屍となった物は、人外。
   常に隣り合う、『生』と『死』…

「『隣』につらなるのが、鬼の『燐』なのも、納得だよね。」

魔女(巫女)は、『燐』で分かたれた垣根を越えて、『隣』と繋がる存在だけど、
魔女だけが特別なのか?と言えば…実はそうじゃないと、やっと気付いたんだ。

「同じ人同士、同じ人外同士でも、隣に居るのは自分とは異なる、別の存在…」

たとえ血が繋がっていても、強固な契約で結ばれて『隣』に居ても、
別の存在である以上、いつか必ず『燐』で分かたれてしまうのは、変わりない。

「だから、その日までは『隣』に居ようっていう契りが…」
「死がふたりを分かつまで、愛し慈しむことを…っていう『誓い』なんだね。」

隣り合うことを誓い合った、古今東西全ての『つがい』達だって、
魔女と同じように、隣とは燐でつらなっている点で、全く変わらないんだ。
燐で分かたれる日が来るまでの年数が、つがいによって若干違うってだけでね。


そして、生きている間だって、実は大差ないんだよね~
テレパシー能力なんてないし、つがいが何を考えてるのかわからないのも同じ…
「どうしてわからないの!?」「そこは察しろよ!」って心の中で絶叫しつつ、
理解不能な隣のつがいと、異文化コミュニケーションを図ろうと奮闘し続ける。

「縁結びの神様…イザナギとイザナミだって、離婚しちゃったじゃん。」
「奥様が燐火になり、隣の黄泉まで追いかけたのに…アッサリね。」

自分以外の存在と繋がるには、相当な努力と葛藤と何やかんやが必要なのも、
人同士、人外同士、人と人外…どのつがいだって、みんな一緒でしょ?
むしろ、近しい同類ほど『修正ききそうなちょっとした違い』を敏感に察して、
ビミョーな誤差が気持ち悪く、逆に許容できず…同質化を諦められなかったり。

「自分との境界が曖昧な、至近距離の他人ほど、相手を理解する努力を怠る…」
「離婚に遺産分割、子の監護…父さんの仕事も家事事件が増加の一途らしい。」

今も昔も、火を放つのは骨肉の争い…
隣との境界線で、骨肉から『燐火』を発する事件に拡大するのも、珍しくない。
手足の不自由なヒルコだからと、我が子を水に流した、日本代表の夫婦神…
イザナギ&イザナミは、息子の恵比須から訴えられたら、勝ち目はない。
(それ以前に保護責任者遺棄罪…司法と正義感溢れるネット民の鉄槌が下る。)


「修正しようという気にすらならない、ホンモノの異類婚姻だと…?」
「異質さを諦めるよりも、好奇心が勝って…ケンカになりようもないかもね。」

「あのさ、都会育ち・黒い球団党の旦那様&田舎育ち・赤い球団命の奥様…
   どうやって『つがい』として成立してんのか、ホントに謎だらけだよね。」
「青&赤でさえ、対戦するナイターを見る時は、TVも自分もミュートにする…
   テレパシーをフル発揮して、そっと部屋を出て行くタイミングを計るって。」
「その間に、黒いのがセ界制覇…揃って涙を飲んでたらしいね。」
「同じ野球ファンのつがいでも、御贔屓チームに誤差があると…血を見るね。」

…とまぁ、そんな『似た者同士の誤差ほど怖い』って話は、置いといて。。。


「相手は自分とは『異類』だと認識した上で、違いを理解し許容し合う…」
「その認識があるかないかで、文字通り生死を分かつ結果にもなりかねない。」

   隣のつがいは、自分と違う存在。
   全ての結婚は、遍く異類婚姻譚。

「僕達は、『特別』なんかじゃない…」
「その辺の『つがい』と…同じだよ~」


ツッキーは、明らかに異文化育ちの俺…
離婚専門の法律家と同じぐらい、婚姻契約に対し特殊な感覚を持つ魔女を、
わざわざつがいに選んでしまった、史上稀に見る異類婚姻…モノ好きだよね~

しかも、歌舞伎町不動産王のボンボンだし、歌舞伎町エロ女王の下僕だし、
三十路になっても反抗期でツンデレな、コミュ障&厨二病…結婚不適格じゃん?
そんな異星人をつがいに選んじゃうなんて、俺もどうかしてるなぁって思う。

極め付けに、生死を分かつ質問にも、相変わらず脳内自己完結&言葉足らずで、
全く質問に対する『答え』になってないものを、堂々と返しちゃったのに…

「隣に居るのが、俺で良かった…
   そう言ってくれたツッキーを選んで、やっぱ間違ってなかったなぁ~って。」

俺はツッキーの隣に居てもいいってわかったから、もう何も…怖くないよ。
『黒』だろうが『赤』だろうが、はたまた『青』に包まれる日が来ようが、
隣に居てくれる『つがい』がツッキーなら、俺はその青も…受け止める。

「ふたりを分かつ、青い燐光。
   鬼火の別名は…『蛍火』だからね。」


俺の隣の、ちょっぴり憐な、憐でたまらないつがいが、たとえ燐になっても、
俺はもう、独りじゃない…『蛍』はずっと、俺の隣に居てくれるんだもん。

えーっと、つまり、そのっ、要するに、何が言いたかったかというと…
あっ、やっぱいいや!もうさ、これ以上いろいろ言うの…やめとく!だから…っ

「とりあえず…キス、しよっか?」


そう言うと…言い終わると、山口は燐火を乗り越えて僕の上に重なった。
すると、僕達を隔てていた境界線が、目も眩むほどの強烈な光を放ち始め…
重なり合うカラダをすっぽり包み込むぐらいに、境界線が大きく広がった。

   雲?靄?がかかった、燐光の中で、
   キスの雨が降るたびに、雷が迸る。
   夢と現実の境界で、蜃気楼が揺れ…
   降り止まぬ雨に、月が満ちていく。


「蛍になるまで…キス、しよう。」





********************




どれくらいの間、僕達はキスをし続けていたのだろうか。
まるで箒で高い夜空を飛んでいるかのように、山口は青い部屋で僕に跨り、
気持ち良さそうにキス、キス、キス…いつしか視界もぼんやり霞んでいた。

思う存分キスを味わって、ひとまずは満足したらしい山口は、
一旦上体を起こし、僕の胸付近までずり上がって枕元へ腕を伸ばし…
両手にそれぞれ掴んだものを、僕の目の前にズンズン!と差し出してきた。

   (これは…『黒』と、『赤』っ!!)


「遂に…選択の時が、来たんだね…っ」

寝ているせいで…山口が胸元に乗っているせいで、上手く唾が飲み込めない。
だから、唾のカタチをした『緊張』が、言葉の端っこに漏れてしまった。
山口は『燐になっても蛍の隣に』と、生死の境界を越えた覚悟を見せたのに、
僕の方は、まだ迷ってるみたいで…物凄くカッコ悪いじゃないか。

   (まずは、スマートに起き上が…ぐっ)

さすが、高速飛行のプロ。
太腿でナニかを抑え込む力は、まさに人外級…首を持ち上げるだけで精一杯だ。
しかも、飲み込みそこねたアレコレが喉につっかえ、咳き込んでしまったし、
そんな僕を、山口が引き上げて背中をポンポン…眼鏡まで掛けてくれた。

なるほど。
視界が滲ん…霞んでいたのは、いつの間にか山口に眼鏡を奪われていたのと、
山口にキスしまくられて満たされた潤いが、喉に詰まって咳き込んだせいだ。
気を取り直して、ここは僕もビシっと…デキる下積君の姿を見せておかないと。

「山口は…どっちがいい?」


…って、結局山口に訊いてしまったし、アレもコレも山口のせいにしている。
これは、上司にお伺いを立ててしまう、下積の習性(躾の成果)なのか、
はたまた、僕がワガママを通すことなどなく、山口を尊重している証拠なのか。
いずれにせよ、黒赤に関わらず『尻に敷かれる人生』だけは、既定路線らしい。

道が分かれているようでいて、その道の舗装状況や交通量等は、ほぼ同じか。
違いと言えば、僕達が往く道の『長さ』だけ…

「じわじわ~っと『ナガイキ』するか、どっかん!って『ソクイキ』するか…
   どっちのゴクラクも魅力的で、すっごい迷っちゃうよね~♪」

こっちの『黒』は、微熱をゆ~っくり長時間持続させる…長~くイくタイプで、
『赤』の方は、瞬間的な高熱で焼き尽くし、強烈に昇天…速効でイけるってさ!
どう考えても、どっかの黒と赤なつがいがモデル(無断使用)だよね~

「『長イキ王子(黒)』と、『即イキ女王(赤)』…どっちを使おっか?」
「え~っと、山口。それ…何の話?」


『黒』い薬の方は、山口が『魔女から人へ』変わるためのもので、
『赤』いのが、いわゆる賢者の石…僕が人外のご長寿さんになるものだった。
ナガイキするのは、黒い小瓶ではなく、赤い方…逆なんじゃないのか?

…ん?ちょっと待った。
僕達が選ばなければならなかったのは、黒&赤の『小箱(及び封筒)』であり、
今、山口が手にしている『小瓶』ではなかったはずだ。

   (これ、違う…?)

ここにきて新たに登場した『黒&赤』の選択肢に、僕は視界が再び真っ白に…
なりかけたところで、山口は思いっきり「ぶっ!!」と吹き出し大笑い。
僕の眼鏡を外して拭いて再度掛け直して、よく見て♪と小瓶を更に近付けた。

「ソッチの『人生を変える』薬は、足元の方…窓際に並べて置いてあるよ~」

コッチは『人生が変わる』ぴったりうすうす0.02㎜!…じゃなくて、
ぶっとびうはうは0.02kg!魔女の儀式必須アイテム『トぶクスリ』だよ♪

「魔女の(禁欲の)恨みやらナニやらが籠った、例のアレ…」
「あっ!ま…『魔女の軟膏』っ!!」


魔女は、箒と全身に『魔女の軟膏』を塗って境界を飛び越え、契約を交わす…
その伝統的なクスリを作るべく、夏に山口は二口さんと共に郷へ帰省し、
『三日三晩』かけて製作していた…いやはや、すっかりうやむや忘れていた。

「まさか魔女の軟膏にも『黒』と『赤』の二種類があったなんてね。」
「いやいや、それこそまさか!だよ~」

薬学オンチの俺には、詳しい調合のことなんて、さっぱりぴよぴよなんだけど、
一緒に作った時は、ごくごくフツーの薬膳料理風?なカンジだったよ。
蜜蝋だかワセリンだか、しっとりすべすべなモノで作ったのは間違いない…
でも、こんな『ブラックベリー&ラズベリーの香り』なんて、しなかったもん。

だからコレは、今日のために二口さんがわざわざアレンジしてくれたもの…
うっとりぬるぬる!ナガイキタイプとソクイキタイプの『潤滑剤』だよ~♪

「さすがは歌舞伎町が誇るトロロのプロ!トトロ共々、イイ仕事するよね~」

青根さんもさ、わざわざ『魔女が境界線を越える』っぽい雰囲気を醸すために、
こんな幻想的な光景を魅せてくれるなんて、ホンモノの神様みたいだよね!
あ、徐々に燐光が弱まってきて、ちょうどいい間接照明ぐらいに…芸が細かい♪
俺達のために、精一杯『魔女の儀式』をプロデュースしてくれたんだね~
冗談抜きで、『青(新婚初夜応援)』部門を作っちゃっても良さそうじゃない?

「ってことは、つまり、青い燐光も、黒&赤の軟膏も、全部…」
「超優良健康器具メーカー・伊達工業㈱の…しっかりイケイケ☆大サービス♪」


神秘的かつ重厚極まりない、僕達の異類婚姻譚の核心を彩る『魔女の儀式』が、
うそでしょがっくりな、ただの『過剰なサービス(料金別途?)』だったなんて。
だから青根さんは、うっかりそわそわ「あとはヤるだけ」と言ったのだろう。

「ま、そういうわけだからさ、ここは皆の御厚意?御好意?に感謝しつつ、
   最後はパ~っと、思いっきりぶっ飛んどこうよ…ねっ、ツッキー♪」

ほらほらっ、どっちもイイに決まってるから、さっさとどっちがイイか決めて?
ツッキーが選んだ方を、俺がアッチでトロ~っと全身に塗りたくっちゃうから…
あ、俺の手が届かないトコは、ツッキーが塗るのを手伝ってくれるよね?

「さぁ、『黒』と『赤』…どっち?」
「それじゃぁ…コッチで。」

「えっ!?」



*****



今までのぼんやりした雰囲気はどこへやら、月島は山口から小瓶を両方奪うと、
腿上に乗り上げていた山口をガッチリ捕縛し、肌着の襟元に唇を落とした。

「僕に…ヤらせてよ。」

言うが早いか、月島は山口の胸元に手を挿し込み、まずは上半身を露わにした。
そして、迷うことなく『黒』の蓋を開けて、掌の上で少し暖めて伸ばすと、
それを右人差し指の指先にほんの少しだけ乗せ、山口の耳朶に塗り込んだ。

「わっ!ぁっ…あったか~い♪じわじわ温もって、ほわわ~って気持ちイイよ~
   じゃなくて、『塗る係』をどっちがするか選んでって言ったんじゃ…っ!?」

   そんなの、どっちでもイイでしょ?

…と言う代わりに、月島は『黒』の染みた耳元に、吐息だけで囁いた。
遠赤外線治療器で暖められているみたいなトコに、熱い吐息が当たったのに、
何故か氷に触れたかのようなぞくぞく感が、肌をぬるりと滑っていった。


「…どう?」
「ひゃぁっ…!」

あったかいのに、ひんやり。
不思議な寒暖差に、山口は思わず月島にしがみついて震えを堪えようとしたが、
月島はそんな山口に構わず、『黒』を纏った右の人差し指だけで肌をなぞった。

細い線を何度も重ねて描きながら、うなじから腰へと指が下がっていく度に、
触れた部分から力が抜け…山口は全身が跳ねるのを止められなくなっていった。

「凄い…ぴくぴくって。」
「ゃだっ、息…当てない、でっ!
   それに、こんなヤり方…『塗る』って言わない、よね…んっ」

マッサージオイルとか、日焼け止めクリームとか、広い面に満遍なく塗る時は、
掌にいっぱい乗っけて、肌にしっかり圧しながら伸ばすのが、普通の塗り方だ。
こんな、優しくそっと、触れるか触れないか…だなんて、余計に焦れるだけだ。

でも、「ちゃんと塗って。」とオネガイするのは、ほっぺから火が出そうだし、
それに、このまどろっこしいヤり方は、どこかで見たような…?


「山口、今日はお疲れ様。陰でこっそり葛藤してたこと…僕は気付いてるよ。」
「つっ、ツッキー…」

「盛りだくさんの婚姻儀式…大変だったでしょ?頑張ってくれて、ありがと。」
「そ、んな…っ」

「大分柔らかくなってきたし、気持ちヨさそうだね…このまま、寝る?」
「…うん。」

まだ背中にしか塗られていないのに、既に脱力しきっていた山口は、コクリ。
月島は山口の肌着を全部脱がせてから、再びそれを上半身にふわりと掛け、
しばらくそのまま山口を抱え、ゆらゆらカラダを揺らしながら、背をあやした。

「なんだか、すっごい…大事に大事に、労わって貰ってる、気分…っ」
「僕も、少しは上達したかな?お道具とか、クスリだけに頼らないヤり方…」


あっ、そっか。これは…
『黒』い上司に教わった、『電マの正しい使い方』と、ほぼ同じじゃないか。
あったかくて、じれったくて、とろける『吸血鬼マッサージ』風のヤり方…

「あ、い、かわら、ず…デキ、すぎな、した、づみ…っんぁっ!」
「お褒めに与り、光栄の…イった?」

「イけるわけ、ないじゃんっ!」
「なら…もっと頑張らないとね。」

布団の上に仰向けで寝させられ、今度はカラダの前面を人差し指が滑っていく。
黒い上司の教えを忠実に守り、肝心なトコじゃなくて、そのサイドや周りだけ…
「これからココに当てますよ~」と指先で教えてから、吐息で丁寧に辿るのだ。

「さすがは空飛ぶ魔女…腰から内股にかけては、凝り固まってるね。」
「んあぁ!ぁっ…い、かわらずっ、マッサージ、ド下手ぁっ!」

指先だけを転がし、声が跳ね上がるポイントだけを圧す…ではなく、解すだけ。
魔女は『魔女の軟膏』を全身に塗って、きもちヨくトんでイくはずなのに、
塗れば塗るほど、きもちヨくなっても、全然トべないし…イけないのだ。

   (究極の、吸血鬼風…焦らしプレイっ)


「ねっ、ねぇ、もう…ま、まだ、ちゃんと、『全身』に、塗って…ないっ」
「確かに、頸から上は…この軟膏、舐めても大丈夫なの?」

「大丈夫、だけど…そこ、じゃ…っ」
「でもさ、全身『余すところなく』塗れとは、言われてないよね?」

だから、ココだけ…
山口の頬を撫で、顎を少し上げさせて。
今度は『赤』い方を左の人差し指に取って、紅を塗るように唇へ乗せた。

「っ!!?あ…っ熱ーーーんっ!!?」

さっきの『黒』とは違い、『赤』に触れた瞬間、強烈な熱が駆け抜ける。
驚きの声を上げようとした唇を、月島がすかさず自らの唇で抑え込むと、
柔らかい温もりに包まれたはずなのに、口内に刺すような冷たさを感じた。

   黒は、あったかくてひんやり。
   赤は、熱くて冷たくて。
   わけがわらかない、けど…
   どっちも、足りない。

   (なんか、酔い、そう?…あっ!)


種類の違う寒暖差…浮くような堕ちるような、今まで感じたことのない酩酊感。
きっと、これが…『酔う』という、全オロチが憧れ続けた状態なんだろう。

   (やっと俺も…酔えるっ!!)

生まれて初めての感覚に、山口は夢中で熱く冷たいキスを月島にせがみ続けた。
だが初体験故に『適量』を見誤り…抑えが効かなくなりつつあった。

「『黒』と『赤』…どっちも、使う、なんて…っあ!もっと、キス…いるっ」
「どっちかだけしか使っちゃいけない…そういう限定も、されてないでしょ?」

「キ、ス…だけで、トんで、イきそ…」
「それはもうちょっと…ガマンして。」

「ガマン…無理。」
「…了解。」


『赤』をたっぷり指に纏わせ、月島がまだ触れていない『後』へと近付くと、
入口付近に赤が掠めただけで、山口は甘い声と共にカラダを大きく跳ね上げた。

「んぁっ!!ゃ…あぁぁーーーっ!!」
「凄い、ナカ…熱っ…っ!!」

灼熱の炎は山口を一瞬で熔かし、やすやすと月島の指を奥深くへと呑み込み…
「これからココへ宜しいですか?」と、指先を曲げ伸ばしてノックするだけで、
黒も赤も触れていない『前』から、トロトロと止め処なく蜜が溢れ落ちてきた。

「塗って、飛んで、交わって…のはずが、塗っただけでトんでイきそうだね。
   僕の指も、山口のナカで、溶けてしまいそう…っ、ねぇ、山口…聞いてる?」
「きいて、ないっ!きか、ない!もう、早く…俺を、トばせてっ!」

蕩けた視線で、熱く溶けるオネダリ。
快感に酔いしれ、素直に自分の『きもちイイ』を晒し、月島を求める山口。
いつも『魔女様上位』で、どこか一線を引くところがあった山口が、
黒&赤の境界を越え、初めて酩酊できたことで、やっとキモチを曝け出せた。

「ツッキー、だい、すき…っ」
「っ!!?」


山口からのストレートな言葉に、感極まった月島は、山口の上に覆い被さる…
のではなく、何故か逆に身を離して上体を起こし…しばし思案顔。
そして、独り勝手に納得顔で頷くと、おもむろに自身の中心に『黒』を塗った。

「ちょっ、なっ…ナニやってんのっ!?何で、ツッキーが、ソレを…っ!!?」
「魔女以外が『魔女の軟膏』を使ってはいけないとも、言われてないでしょ。」

「そりゃ、そうだけど…」
「それに、『赤』に染まった山口のナカに、『黒』に包まれた僕が入る…
   魔女じゃない僕が、二人の境界を越えると、どうなると思う?」

「どうって…くっ、黒と、赤が…俺のナカで、交ざっちゃう、じゃんっ!」
「『まぜるな危険!』とも書いてない…僕が『ナガイキ』の方が、イイよね?」

   どちらもお互いの熱に敏感になるが、
   黒は、その熱を緩やかに長く感じて、
   赤い方は、熱に速効で鋭く反応する。

   ナガイキの黒、ソクイキの赤。
   どちらも同じくらい…足りない。


「この境界は…越えちゃ、マズい…」
「でも、もう…耐えられないから。」

「あっ、ツッキー、待っ…」
「待てない…待たせない。」

月島ははっきりそう宣言すると、『黒』を舌先に乗せ、『赤』い唇を塞ぎ…
それと同時に、山口の『赤』いナカへ、自身の『黒』と共に越境していった。

   (歌舞伎町女王風…灼熱の、溶鉱炉っ)

   互いの熱に焼かれ、意識を熔かし。
   二人は夜が明けるまでトび続けた。




*****




「す…っ」
「凄かった…っ」


『魔女の儀式』の翌朝、二人が奥の間で目覚めたのは…あれ?今、何時だっけ?
えーっと、今日はこれから…どういう予定だったっけ???

…そうだ。
『人生を変える』方の『黒』と『赤』を選び、神域か本殿のどっちかへ行って…
ということを思い出しても、二人の意識は未だにぽ~んやり♪したまま。
アレもコレもぜ~んぶ使い切り、布団にゴロゴロ。もう、出せ…動けない。

「あのさ、俺らが昨夜ヤったのってさ、『魔女の儀式』というよりは…」
「間違いなく、境界線のアッチ側…『黒赤プレイ』の方、だよね。」

「魔女急便の俺ですら、あんなに一晩中トび続けたの…初めてなんだけど。」
「こんなのを毎回だとか…紛れもなくあのイロモノ上司達は、『鬼』だよね。」

たったひと夜の飛行…黒と赤の坐す『神々の領域』を垣間見ただけだが、
アッチに比べたら、魔女なんてかなりコッチ側の、人に極めて近い人外だろう。

僅かな刺激にも過激反応し、ソッコーでどっかん!と、何度もイきまくる、赤。
じんわりした熱に耐え続け、イった後もナガ~く延々と硬さを持続する、黒。
文字通りに『鬼に○棒』な人外魔境…ずっぽりはめはめ系カップルである。


「もっ、もしも僕が、『赤い薬』を飲んで、人外になったとすると…」
「赤…『賢者の石』程度じゃあ、せいぜい魔女レベルの長生き…大丈夫だよっ」

あんなっ、あんな…っ
吸血鬼みたいな、鬼の中でも最上位の…すっごいナガイキとか、ムリだから!
そっ、そこは、安心して?おっ、俺達には、あんな黒赤プレイ…向いてないよ!

「よかった!それなら、たとえ人外になったとしても…ヤってけそうだよ。」
「黒でも赤でも大差ない…おだやかゆったりな『遊覧飛行』でいいよね〜!」

「まぜるな危険!な、黒赤プレイは…」
「十分だよね…年イチぐらいで、ね。」

生命の根源たる部分で、イロイロと痛感してしまった二人は、
『黒』と『赤』のどちらを選んでも構わない…本当に大差ないと悟った。
どっちでも自分達なりに楽しめて、二人揃ってきもちヨくトべるのなら…


「そろそろ…どっちかに行かなきゃ。」

重い体をなんとか引き起こし、山口は窓辺の『黒』と『赤』に手を伸ばした。
外の明るさを見ると、多分もうお昼過ぎ…みんな、俺達を待っているはずだ。

右手と左手にそれぞれの小箱を乗せて、山口は月島の前にそっと差し出した。
すると月島は、右手と左手で両方共受け取ると、薄っすら残った青い燐光…
部屋を二分する青い境界線上に、ふたつを重ねて置いた。
そして、実に淡々と…やけに堂々と、半ば開き直ったかのように言い放った。

「僕達は、『黒』と『赤』のどっちかを選ぶ…いつか必ず、ね。」


二口さんの過剰なサービス…黒赤2タイプのトロロ潤滑剤とは違って、
これはホントに『まぜるな危険!』だろうから、片方だけを選ぶしかないよね。

でも、『黒』と『赤』それぞれの封筒に入っている、どっちの契約書にも、
『いつまでに』選択せよという、明確な期限の設定もなされていないし、
『選択後ただちに飲め』という指示も、どこにも記載されていないのだ。

「期限の明示のない契約…『出世払い』と法的には似たような扱いで、
   『飲め!』とはっきり言われた時から一定期間内に飲めばいいだけだから。」
「たっ、確かに、ツッキーの言う通りだけど…屁理屈だよねっ!?
   それに、俺達が選ばないと、月島不動産と伊達工業の異類婚姻譚が…っ」

「僕達が選ばなかった契約書に書かれている提携内容を、他方では実行不可…
   なんてことも書いてないし、どちらも選ばない場合でも、自由に提携可能。」
「…それも、そうだけど!やっぱりそれって…屁理屈じゃん!?」

「まさか。筋の通った、立派な理屈。」
「…そ、そう…なの?」

あのね、山口。
イロイロ考えることや、やるべきことがいっぱいあったから、無理もないけど…
そもそも『どんな婚姻儀式をするか』と『どんな結婚生活を送るか』は別問題。
『魔女の儀式』と『黒赤選択』は、切り離して考えるべき、別々の論点だよ。
そして、僕達がどんな人生を歩もうが、月島不動産と伊達工業の婚姻は無関係…
同じ俎上で考えるべきじゃない、別個独立した『隣のつがい』の話だよ。

「困難は分割せよ…そうだよね?」
「まぁ、うん…そう、だね。」

大体さ、もし仮に山口が『黒い薬』を選んで、今すぐ飲めって言われても、
そんなの絶対、できやしない…魔女が飛べなくなったら、みんなが困るからね。

「っ!そうだ!血液急便…『辞めます』から3ヶ月後に退職可能、だっけ?」
「後任探しとか、引き継ぎとか…3ヶ月で済むとは到底思えないけどね。」

つい先日、防衛医大の研究チームが、常温で一年間保存可能な人工血液…
血液型を問わない、血小板と赤血球の作製に成功したって発表があったけど、
実用化にはまだ少し時間が必要だから、あとちょっとの間は魔女の需要がある。
逆に言えば、あとちょっとで、山口が血を運ばなくてもよくなる日が来るんだ。

「吸血鬼が献血ルームにいらなくなったのと同じように、魔女も…っ!!」
「それまで待つのも…ひとつの選択。」


もうひとつ、別の選択としては…
僕が『黒い薬』を飲んで、人外になるパターンだけど、それも急ぐ必要はない。
僕が『歌舞伎町の不動産王』を引き継ぐに相応しい、力量を備えるまで…

「せめてあと数年、兄ちゃんくらいまで経験を積んでからでも、遅くない。」
「何なら、パパくらい渋~くダンディに熟成されるまで待つのも…えへへ♪」

「ちょっ、ちょっと待って。それ、どういうイミ…!?」
「よっ要するに、ツッキーが『下積君』から昇格できるくらいまでは…
   『黒』と『赤』のどっちを選ぶにしても、今は『保留』でイイってイミ♪」


屁理屈を捏ね…困難を分割し、冷静に論点を整理して導き出した答えに、
山口の心はふわっと軽くなり…最後の最後に残っていた『青』も溶けていった。

「というわけだから、僕達が儀式のシメにすべきことは、あとひとつだけ…」
「魔女の箒に、ツッキーと俺が『二人乗り』する…『本契約』だね!」

んじゃあ、メンドクサイ『黒』と『赤』は、とりあえずココに置いといて。
晴れやかな『青』に向かって…『遊覧飛行』にゴーしちゃおっか!

「さぁ、ツッキー!後ろ…乗って!」


月島の手と箒を握って立ち上がると、山口は燐光に二分された窓を開け放った。
そして、黒も赤も、青も飛び越えて…二人で一緒に、青空へと飛び立った。





   (魔女編・完)




- 黒猫魔女・完 -




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※青は死者の色 →『夜想愛夢⑨』他
※可愛いについて →『不可抗力

※魔女について →『既往疾速③

※魔女の軟膏 →『帰省緩和⑦

※トロロのプロ →『帰省緩和⑤

※電マの正しい… →『下積厳禁②

※本契約について →『引越見積⑩



おねがいキスして10題(2)
『10.気の済むまでキスして』


2019/10/05 MEMO小咄より移設
(2019/09/14,23,10/04分) 
  

 

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