帰省緩和⑤







台風も通り過ぎ、またしても酷暑が戻って来た。
お盆直前ということもあり、駆け込みで多忙を極める…かと思いきや、
ここ数日は夕方や夜の便もないし、8月後半は『黒猫魔女』自体が休業らしい。

12月や3月の修羅場を考えると、夏場の緩さは納得がいかない。
そう言えば、昨年分の確定申告も、夏場の売上金額がやけに低かった。
どうしてこんなに休めるのか…何となく聞くに聞けない日々を過ごしていると、
実にあっけらかんと、電話口からその答えを教えて頂けた。

「当たり前じゃん。お盆って…俺らみたいなのを崇め奉る行事だし。」


普段は歌舞伎町で仕事してるけど、一応俺らにも実家と家業がある…
付喪神の俺はともかく、『神』や『鬼』として祀られてきた一族の末裔だから、
お盆は地元の祭りに参加して、『鎮められる役』をこなさないといけないんだ。

「この時期、俺らにフツーの仕事を回す奴なんていない…罰当たりじゃん。
   むしろコッチが本業。儀式で忙しいのに鎮まれって…全く、無茶言うよね。」

人外は人外同士でネットワーク…フツーの仕事もソレ繋がりがほとんどだから、
『お盆=家業』は、 暗黙の了解とか常識以前に、物理法則クラスの定理だし。
人外と取引するんなら、その辺のルールは覚えておかないとダメだからね。

「というわけで、明日の午後は空けといて。月島も、もう…コッチ側。」


人外にとって、お盆の行事はあまりにも『当たり前』すぎる話だったから、
黒尾さんも山口も、説明する必要をまるで感じていなかった…ということか。

「『レッドムーン』も、できればお盆は自由に動けるように…調整して。」と、
電話を切る間際に、研磨先生は僕にコッソリと指示を出した。
おそらく、赤葦さんもアッチ側として動くことになる…そういう意味だろう。

赤葦さんの様子から、未だにお盆の予定は決まっていないことは、明々白々だ。
つまり黒尾さんと今後どうするか…帰省云々以前に、不確定な状況なんだろう。
歌舞伎町における、『鈍感奥手』の二大巨頭カップルらしいといえばらしいが…
研磨先生の口調から、このお盆にカタを付けさせるという、強い意志を感じた。

   (どうしよう、凄い…緊張する。)


何故だろう…
僕自身も、未知の経験盛り沢山の『人生の岐路』真っ只中に在るというのに、
自分のことは実に冷静にどっしり構え、逆に赤葦さんの方が心配で心配で。
多分、ウチの父さんも兄ちゃんも、京治クンが嫁入り!?と、大パニックに…

「あっ!?赤葦さんの嫁入りって、ウチも…月島家も帰省&御挨拶先だよっ!」

すっかり忘れていたけど、赤葦さんの本名は『月島京治』…戸籍上は僕の兄だ。
僕は弟として、兄が『一生の伴侶』を紹介しに帰るのを、待つ立場でもあり、
しかもその相手は僕の上司だし、父さん達も人外窓口設置の件で既知の仲…

   (もう、何が何だか…わからない。)


この錯綜した状況と、あまりにも未知すぎる世界…それが、僕を落ち着かせた。
だって、ゼクシィだとかを調べても絶対に載ってない『結婚のイロハ♡』だし、
たとえ失敗したって、知らないんだからしょうがない…ドンマイという他ない。
きっとこれが『論点は多いほど良い』という、ジジィ共の教え…かもしれない。

   (なるようにしか…ならないでしょ。)

こうして、僕は早々に『どっしり。』という悟りの境地に至り、
文字通りに『人外魔境』な世界に対し、恐怖や困惑よりも、好奇心が圧勝した。
これから自分達にナニが起こるのか…今では楽しみになってきたぐらいだ。


あっという間に、『諦観』という下僕ならではの特殊スキルを発動した僕は、
わくわくしながら研磨先生が指定した場所で待機…車が迎えに来た。

ザ☆社用車なワゴンの助手席には、研磨先生。後部座席には…山口が居た。

「さっさと乗れ。冷気が逃げるだろ!」
「お前の分のアイスが溶けちまう…!」

運転手の声×2に、僅かに残っていた緊張もすっかり解け…
僕は「いただきます♪」と両手を合わせながら、意気揚々と車に乗り込んだ。



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どこに行くんですか?と聞くと、二口さんは一言…「お花屋さん。」と答えた。
お花…?あ!それはもしや、歌舞伎町の地下で活動する『情報屋』のこと!?
…等と、僕は一人で『龍が如く』的な妄想に心を躍らせていたけれど、
4人が乗った車が止まった場所は、本当に『お花屋さん』だった。

園芸店というよりは、大学だか博物館に附属する植物研究施設?のようで、
二口さんは慣れた足取りで事務所棟へ入ると、僕達を手招きした。

「いいか、ココから動くなよっ!」
「温室の中は…クソ暑いからな。」


本当に、この人は…過保護だ。
山口を超絶溺愛しているだけでなく、研磨先生も度を越して可愛がってるし、
僕に対しては当然ながらつっけんどんだけど、それでも気遣いは人並み以上…
本当は世話焼きで、優しさ溢れる人だというのが、ビックリする程バレバレだ。

「信じられないぐらいピュアで…とてつもなく可愛い人だね。」
「ツッキーもそう思う!?もうホント、見てらんないっていうか…」
「危なっかしくて、ほっとけない。」

口は表にも裏にもあるのに、全くと言っていいぐらい、裏表がない…
いや、表のおクチと裏のおクチは裏腹なことを言っているのだが、
『真実の口』たる裏のおクチも滑舌良すぎてダダ漏れ…裏などないに等しい。

「歌舞伎町で今までよく生きてこれたよね。騙されないか、僕も心配だよ。
   でも、取引相手…営業さんとしては、こんなにも信頼できる人はいないね。」

伊達工業さんや黒尾さん…歌舞伎町人外青年会が、二口さんを表に出すことで、
いかに誠実で真摯な態度で臨んでいるかが、これ以上なく伝わってくるのだ。
だからこそ、二口さんにだけは、絶対に嘘を吐きたくない…
こちらも誠意ある対応をしなければと、ごく自然に思ってしまうのだろう。

「ま、あの人の良さ…凄さは、馬鹿正直なトコだけじゃないんだけどね~」
「オープンツンデレ…営業窓口は、ただのオマケだし。」

山口と研磨先生が揃って「ね~♪」と首を倒すと(こちらも可愛い)、
籐の籠にお花やら何やらを山盛り詰め込んで、二口さんが戻って来た。



「腹減った…おうどん食うぞ。」と、二口さんは勝手に決めて車を出した。
お手軽なさぬきうどんのチェーン店で、ざるうどんでも奢ってくれるのかなぁ…
と思っていたら、しっかりした料亭風和食店の、床の間付きの座敷に通された。

一番奥に山口、その隣に二口さん。山口の正面が僕で、僕の隣が研磨先生。
車に乗った時もそうだったが、この席次で二口さんにとって『主賓』は誰か…
僕に対しても『おもてなし』をしてくれているのだと、はっきりわかった。
さすがは営業職…いや、息をするように気遣いができる人だという証拠だ。


「忠、これを腿んとこに掛けとけっ!」
「おつゆが零れたらシミになるだろ。」

「研磨、鉄火巻だけかよ!俺の懐事情を心配…とかだったら、ぶっ飛ばす!」
「俺のおうどん、一口やるから…すいませ~ん、お子様用の取り皿下さい!」

いやもう、見ているだけで楽しい。
おクチは悪いくせに、『お花屋さん』だの『おうどん』だの…敬称付きだし。
3人のやりとりを、ほっこりしながら眺めているうちに、料理が到着した。

二口さんが研磨先生用に、山かけうどんを取り分けているのを見習って、
僕のマグロ丼と山口の月見うどんも、少しずつ取り分けて交換した。
いつもはそれぞれが半分食べたら、丼ごとチェンジしてるけど、
こうしてきちんと小皿に取り分けるだけで、お上品に見える…不思議なことに。

何となく、普段よりもゆっくりと、丁寧にお箸を持って食べていると、
二口さんはおうどんをズルズル啜りながら、話を始めた(実に便利な機能だ)。


「今後のおおまかな予定を言うと…明日から俺と忠は『三日三晩』だ。」
「りょ~かい!黒尾さんには言ってあるから、仕事は大丈夫だよ~♪」
「ウチの方も問題ない…って、青根さんが言ってた。」

何の話だろうか。
『三日三晩』って…まるでハネムーンのためのミード(蜂蜜酒)造りだとか、
通い婚時代の『三日夜餅』みたいな、ちょっとドキっ♪とする響きだけど…

僕が興味津々に目を輝かせていると、二口さんは花籠を木杓子で示しつつ、
「これを使って…『三日三晩』の儀式をするんだよ。」と解説を始めた。


「ベラドンナ、ヒヨス、マンドラゴラ、ドクニンジン、ヒマワリの種、アサ…」

レシピによっては、赤と黒のケシや、ドクムギを使うとこもあるらしいが、
これらの植物と油脂なんかを三日三晩煮込み、それを濾して固め…薬を作る。

「薬草と油脂で…あ、軟膏ですか!?」
「あぁ。儀式…契約に使うための『魔女の軟膏』を作るんだよ。」

魔女は全身と箒に『魔女の軟膏』を塗りたくって、境界を飛び越えて森の奥へ。
そこで魔女は、神々とサバト…『契約』をして、境界を繋ぐのだ。
今では、婚姻儀式の『形式』の一つとして、『魔女の軟膏』を使うらしいが、
二口さんは、僕と山口の儀式に必要な薬を、一緒に作ってくれるということか…


「あっ!もしかして、二口さんは『二口女』だそうですけど、
   元々は山口と同じ…『巫女』さんの系譜ということなんでしょうか?」

『魔女』という分類名だと、どうしても西洋っぽいイメージになるが、
境界を越えて神と結ばれたり、医療や薬学に精通しているという点を鑑みると、
日本にも古来より存在する『巫女』と、ほぼ同じ存在だと考えて良いだろう。

「『二口女』の類型には様々な説が…一番有名なのは『食わず女房』型です。
   つまり、異類婚姻譚…魔女や巫女と同じ、境界を越えて繋がった存在です。」

箒による飛行が山口の得意分野…職業適性であり、薬学はてんでダメらしいが、
二口さんは逆に、薬学に特化した巫女なんじゃないだろうか。

「男の魔女がいても、二口女がいても不思議じゃない…勿論、詐欺でもない。
   そもそも巫女だって、元々は若い男性が務めていたそうですからね。」


今日の材料調達を含め、僕達は二口さんに、大変お世話になるんですね。
本当に頭が下がると言いますか…今後ともよろしくお願い致します。

マグロ丼&月見うどんを平らげ、『御馳走様です』もコミコミで頭を下げると、
唖然とした顔で僕の弾丸トークを聞いていた、二口さん&山口ではなく、
真横の研磨先生が、楽しそうにぷっ!と吹き出し、山かけうどんを掲げた。

「『大変お世話になる』ねぇ…月島、それ、大当たりだから。」


今でこそ、この人はウチの営業部長…裏のおクチを滑らせるのが仕事だけど、
俺が入社する前は、二口さんも技術部開発課…ウチのもう一つの主力商品担当。
俺の作るオモチャとセットでご購入頂くことを強くオススメする、大ヒット作…

「下のおクチの滑りをヨくする、トロトロのアレ…二口さんが手掛けたんだ。」

『通和散』や『安入散』等と言われていた、閨房用秘薬…『ぬめり薬』だね。
その主成分は、蕎麦のつなぎにも使われる『黄蜀葵』っていう植物なんだよ。




山口は花籠の中から、オクラに似た黄色い花と根っこを取り出すと、
その夏らしい爽やかで鮮やかな花を、二口さんのサラサラヘアに挿し込んだ。

「黄蜀葵…トロロアオイ。根っこから取れる粘液が…ローションの原料だよ~
   つまり、二口さんは…トロロ博士ってことになるんだ。」
「トトロの片割れが、トロロだなんて…『だだスベり』のネタだよね。」

トトロ…僕の頭の中にもすぐにあの人の顔が思い浮かび、お茶を吹き出した。
汚ねぇっ!と言いながらも、それを拭いてくれるトロロ…本当に優しい。


先日、「いざ!って時にないのは、もうヤだから…」と、山口が入手してきた、
海外の洗剤ボトル並にデカい『業務用ローション』は…伊達工業㈱のモノか。

僕は心の底から「平素より大変お世話になっておりますっ!」と、お辞儀…
しようとした頭を、二口さんは「言うなバカっ!」とトロロアオイの根で叩き、
桃色に染まった頬をお品書きで隠しながら、スルスルとシメの説明を垂れた。

「つまり!俺と青根の二人は、忠の…魔女の『儀式』を手伝う役目を担う一族!
   明日から『魔女の軟膏』作りで籠るから、お前は安心して…家で待ってろ!」
「えーっと、つまりだな、『三日三晩』の間は、忠と逢えないってことだから、
   そのつもりで…あークソ!今夜の内に仲良くしとけって言ってんだよっ!!」


二口さんの『気遣い』に、山口と研磨先生は大爆笑…僕は頬を染めて俯いた。
『ツンデレ』の『デレ』を隠せないなんて、本当に気の毒で…涙が滲む。

過激な養い子×2にイジられまくる二口さんは、僕が守ってあげなきゃ!!
ふつふつと沸き起こる使命感…何とかこの話題から二口さんを救出しようと、
僕は咄嗟に「デザートに『わらび餅』が食べたいです。」と、オネダリした。




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「忘れ物、ない?」
「大丈夫!じゃぁ…行って来るね~」


翌朝、『三日三晩』のために帰省する山口を、玄関先で見送りがてら、
僕は二口さんから渡された『もってくるものリスト』を、再度読み上げた。
着替え(念のため+2日分)、歯ブラシセット、おやつ、暇つぶしの本、
ティッシュにハンカチ、両親への手土産に仏壇へのお供え物まで…実に細かい。

また、山口だけでなく、僕にも行程表…『三日三晩のしおり』をくれたし、
痒い所に手が届く、至れり尽くせりな親切設計…さすが営業、いや、過保護だ。


二口さんが迎えに来るまで、あと…5分ぐらい余ってしまった。
忘れ物チェックも終わり、手持ち無沙汰になり、ちょっとした沈黙が訪れた。

ふと山口を見ると、遠くを見つめるような、どこも見ていないような、
珍しくぼぅっとした雰囲気で下を向き、靴紐辺りに視線を彷徨わせていた。

   (疲れちゃったのか…いや、違う。)

何となく…本当に理由なんて、僕にも全くわからないんだけど、
そうした方が良いような気がして…そうしたくて堪らなくなって、
僕は後ろからそっと、腕の中に山口を閉じ籠めた。


「大丈夫だよ。」

何がどう大丈夫なんだろう。
意味不明な発言に、脳内で自分にそうツッコミを入れようとしたけど、
腕の中の山口は、その言葉にビクリとカラダを大きく震わせ…声も震わせた。

「あ、あれ…?な、んで…ご、ゴメン、ツッキー…っ」

ぱたぱた…と、玄関に落ちる雫。
突然の涙に、山口自身が驚き、戸惑いの声を上げた。
僕はその涙から、山口の中で滞留していた『青』を、はっきり感じ取り…
腕の中で山口を反転させると、濡れた頬を両手で包んで引き上げ、キスをした。


「っ…ん、ツッ、キー…?っんっ…」

『いってらっしゃい』のものとはとても言えない、僕からの深いキスに、
山口はキョトンと目をまん丸くしたが、すぐにその瞳を閉じると、
中で滞っていた『青』を溶かすかのように、舌を絡めてキスに応えてくれた。

僕は、山口から伝わってくる『青』を、全て呑み込んでしまおうと、
差し出される舌を深く吸い上げ…代わりに『大丈夫だよ』を山口に注ぎ込んだ。

最初は堅かった山口も、キスをしている内にカラダも頬も徐々に解れてきた。
最後に大きな音を立てて唇に吸い付き…山口の頬をふにゅふにゅと揉み解した。

「これが最後の、『恋人のキス』…かな?」


自分のおクチから零れた言葉に、猛烈に恥かしくなってしまった。
僕はクルリと顔を後ろへ向けて…頭に抜ける甲高い裏声で、ポソっと滑らせた。


「…というセリフを言うこと!って…この『しおり』に書いてあったんだよ。」




- ⑥へGO! -




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※本名は『月島京治』 →『引越見積⑩中編
※ハネムーンと三日夜餅 →『αβΩ!研磨先生⑩~クロ赤と一緒
※魔女=巫女 →『再配希望⑨
※通和散について →『無限之識
※いざ!って時に… →『四字熟語【う】



おねがいキスして10題(1)
『03.恋人のキスをして』


2018/08/12

 

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