帰省緩和⑦







「ふわぁぁぁぁ…すごい疲れたねぇ~」
「さすがに眠い…クッタクタ~だな。」
「ピタゴラスイッチの録画…見てぇ~」


『三日三晩』の儀式こと『魔女の軟膏』作りは、結構しんどいものだった。
最初の内は、薬草をすりこぎでご~りご~りしたり、蜜蝋を大鍋で溶かしたり、
「すまねぇ忠…お前にゃ苦労かけて…」「おかっつぁん!言わん約束や!」等、
昔懐かしい『町娘と病床の母ごっこ』をして遊んだり…余裕綽々だった。

でも、ただコトコト煮詰めるだけのターン…火の番だけになってくると、
もうヒマでヒマで…横で牛タンとか角煮とかも仕込めばよかったなぁ~と思う。
肉体的なツラさはないけど、とにかくメンタルがヤられるヒマっぷりなのだ。

「ヨーロッパだと、『三日三晩』は新郎新婦が引き籠って、蜂蜜酒を延々…」
「あえて単調なヒマ作業をやらせて、二人のメンタルの相性を確認…かもな。」
「俺ら以上にヒマすぎて、アレ以外にヤることねぇ…ってことかよ。」


夫婦生活なんて、いかに『何もない』毎日を、ストレスなく過ごすかに尽きる。
たった三日三晩、二人きりが耐えられないようであれば、長続きは到底無理だ。
恋人とのワクワク『お泊まり』や甘々な『同棲』と、『結婚』は全く異質…
『生活』とは、平坦な日常のこと…人生の大半が『ハレ』ではなく『ケ』だ。

それこそ、特に話すこともないまま、淡々と各々が家事をこなす時間や、
同じ部屋に居ても、ゲームと読書等、別のことをして過ごす時間もある。
互いの密接な距離感を保ちつつ、平穏で不干渉で平熱な関係構築が必須なのだ。

「ガキの頃から一緒で、百年同居もしてたから、俺らは全然問題なかったけど…
   これからアイツと、死ぬまで『三日三晩』…忠は続けられそうか?」
「不機嫌がすぐ顔とクチに出そうな、あのクソイケメン…ホントに大丈夫か?
   ツンとおすまし顔に似合わず、おウチではデレ…とかならいいんだけど。」


二口さんは心配そうに俺の顔を覗き込みながら、ゆっくりと髪を撫でてくれた。
俺はそれには答えずに、ぴったりと寄り添い…二口さんの肩におでこを預けた。


俺達は今、近所の神社に居る。
『魔女の軟膏』と『魔女箒』を、神社に奉納&お祓いして貰うべく、
例大祭の準備で大忙しの宮司さんに頭を下げ…儀式終了を待っている所だ。

かなり古いけど、手入れが行き届いた本殿の『奥の間』でのんびり足を伸ばし、
睡眠導入剤にしか聞こえない祝詞を、あくびを噛み殺しながら浴び続ける…
俺は眠気覚ましのネタとして、二口さんに小声で話し掛けた。

「小さい頃から、俺は二口さんと青根さんに…守ってもらってばっかりだね。」
「そりゃそうだろ。俺と青根の役目…存在意義は、『巫女を守ること』だろ。」


黒尾は俺達を『助さん&格さん』って茶化したが、俺は『ピタ&ゴラ』を希望…
じゃなくて、本来は『随神(身)』…神社の随身門から中心たる神を守護する、
門守の神…矢を持った矢大臣と、兵仗を持った左大臣みてぇな存在だよな。
魔女、つまり巫女の山口家を守る一族が、二口家と青根家だからな。

「忠を害する者は徹底排除…俺らの鉄壁で、返り討ちにしてやるのが仕事だ。」
「ま、そんな『家業』はカンケーなく、可愛い忠は俺が全力で守ってやるっ!」

   どこへ行っても…たとえ人の傍でも、
   俺達はお前の随神…忠と共に在る。
   だから安心して…な?

いつもの甘やかしではなく、力強さが漲る優しい言葉に、熱が込み上げる。
俺はその話題から逃れるように、長年考え続けてきたことを口に出した。

「俺が『守られる者』で、二口さん達が『守る者』…これ、ホントなのかな?」


『二口女』は薬物を司る者…『魔女の膏薬』の精製で、儀式を補助する。
一方『青坊主』は、もう一つの儀式…境界を飛び越えていく時の『壁』となる。
巫女を守護する者達が、繋がる儀式…婚姻の際にも大きな役割を果たす。

だがこれは、守るべき巫女の婚姻儀式の際の役目で、本来の『家業』は違う。
青根家はそのまんま、巫女を守る『壁』となる…ボディガードや守衛。
最前線に立ち、その身を挺して物理的な侵害から神を守る、文字通りの随神だ。
そして二口家は、内側からの侵害を防ぐために、その身を捧げる随神…

「『裏』のおクチは、誰よりも先に食べ物を口にするところ…」
「神々に捧げる供物…神の食事を司るのが、そもそもの仕事だな。」
「薬物専門家たる御食事係、即ち…『毒味』だ。」


平安時代、元日に供御(くご)や屠蘇(とそ)…天皇の食事や祝酒の毒味をする、
未婚の少女達…『薬子(くすこ)』と呼ばれる者達が居たそうだ。
若年者に毒味をさせるという風習は、中世の武家社会にも取り入れられ、
現代でもお正月の屠蘇は、年少者から順番に飲む『しきたり』になっている。

「もし毒が入っていても…子どもならまた作ればいいよな~って発想かよ。」
「酷ぇ…っ」
「『子どもは神様』ってのは、元々は…『人ではない』って意味なのかもね。」

権力者達が薬子を『人ではない』と考えていたことを、如実に表す証拠がある。
人ではない未熟者…奴隷を表す『童』に『子ども』の意味が与えられたこと。
そして試飲・試食…毒味の別名が『鬼』『鬼食い』『鬼飲み』であり、
毒味をすることを、『鬼をする』と称していたことが…それを物語っている。

「毒味係は、鬼…『死者』扱い。」
「神も鬼も死者も、『人ではない』という意味では、全く同じ…『人外』だ。」
「俺達って一体…何なんだろうな。」


自分達のルーツを探ると、大抵は悲しい歴史…『事実』に行きついてしまう。
人外達が、人との関わりを出来るだけ避けてしまうのも、無理からぬ話だ。

祓い給え、清め給え、神(かむ)ながら守り給え、幸い(さきわい)給え…
自分達に捧げられる祝詞には、アレもコレも『てんこ盛り』すぎやしないか?
そうやって神威を求めると同時に、どうか鎮まってくれと封じられるのだ。
祝詞を聞いていると、眠くて堪らないのは、鬼の子孫だから…かもしれない。

「ホンット、巫女じゃなくて『魔女』、鬼じゃなくて『吸血鬼』って…
   御先祖様達がナウでヤングなキラキラネームに変えたのも、わかるよね~♪」
「だよな~!人外やおチビは死んでもいいって、勝手なことを言いやがるから…
   媚薬やらローションやらバイブやら…子作りグッズに走っちまうよな~♪」
「どこの『おクチ』にイれても大丈夫!(低刺激成分配合&グリセリンフリー)
   刺激的な夜をアナタと♡新作ローション『鬼飲み』…作ってみるか。」


鬼飲み…ONINOMI…いも煮の?
よーっし、やっぱトロロ芋を使うっきゃねぇな!と、話が横道に逸れ始め…
ひとしきり伊達工業の新製品のネタで笑ってから、本題へと戻った。


「えーっと、何だっけ…あ、そうそう。
   俺と二口さんのカンケーに似た…巫女と御食事係のコンビが居るでしょ?」
「伊勢神宮内宮の天照大神と、外宮の豊宇気毘売神(とようけびめ)…だろ?」

伊勢には二つの正宮を含む125の社宮があり、それらの総称が『神宮』だ。
この正宮のうち、天照大神を祀る皇大神宮が内宮、豊受大神宮が外宮…
こちらは天照大神の神饌(食事)を司る、豊宇気毘売神を祀る宮である。

火の神・カグツチを産んだことで火傷を負い、苦しんだイザナミ…
その尿(ゆまり)から生まれたのが和久産巣日神(わくむすひ)で、
豊宇気毘売神はその和久産巣日神の娘…食物(うけ)の神と言われている。
『うけ』という名前と、食物の神であることから、保食神(うけもち)や、
宇迦之御魂神(うかのみたま)…お稲荷さんと同一神とされていることもある。

伊勢神宮の天照大神が、『一人では安らかに食事ができない』からと言って、
丹波国から呼び寄せて、自分の食事係にしたのが、豊宇気毘売神だそうだ。


「一人では安らかに食事ができない…
   これって、単に『メシ友』が欲しかったわけじゃないよね。」
「安心して食事をするために…天照大神を守るために置かれた、いわば随神。」
「おそらく、豊宇気毘売神は…二口家のルーツとなる巫女ってことだろうな。」

これもおそらくだが、天照大神(アマテラス)も元々は巫女だと思われるが…
天照大神&豊宇気毘売神の関係は、山口と二口のそれに酷似している。
山口家と二口家の先祖達も、この伊勢内宮&外宮コンビを模したのだろう。

…と、両家では言い伝えられている。
二口家は山口家を守る一族…その証が、『コンビは同じ誕生日』であり、
『二口』とは『山口』のための、『もう一つのおクチ』という意味の名…
だから、二口さんは俺を甘やかし、大切に守ってくれている…そう思っていた。

「ホントはこれ…『逆』だよね。」
「忠も…それに気付いてたのか。」
「さすがは俺の忠!!」


交通の便という理由もあり、伊勢神宮観光では内宮だけを参拝することが多い。
だが正式な参拝方法は、『外宮→内宮』という順番…豊宇気毘売神が『先』だ。
外宮社伝によると、豊宇気毘売神はこの世に最初に現れた始原神の一柱であり、
『外宮は内宮より立場が上』だから、外宮から先にお参りしなければならない…

「元々伊勢の地にいたのは、豊宇気毘売神の方…」
「『守り・守られ』のカンケーが、逆転してるんだな。」

豊宇気毘売神は元々いた神というのも、『丹波国』出身という点からもわかる。
丹は赤…硫化水銀。波は水が沸き流れ、潤す場所…水の恵み。
つまり、鉱山…製鉄利権を持っていた国から連れて来られた『龍神』なのだ。

「丹波国の比治の真名井で、水浴びをしていた8人の天女のうち一人が、
   羽衣を隠されて天に帰れなくなった…それが豊宇気毘売神らしいな。」
「どっかで聞いた話…だよな?」
「出雲の八岐大蛇伝説…櫛名田比売と、全く同じ話だよね。」


後からやって来た神が『主祭神』に、元々いた神が『客人神』に逆転され、
『外』宮や『末』社の扱い…伊勢神宮だけでなく、全国的に見られる現象だ。
豊宇気毘売神の別名が『大物忌神』…大いなる鬼の神である理由も頷ける。

「主客転倒とは、まさにこれ…
   山口家と二口家も、元々はそうだったんじゃないのかな。」

俺は二口さんに守られる側じゃなくて、本当は守る側…
そしてこれは、山口家と二口家の関係だけには留まらないのではないか。

   巫女とは、神に捧げられる者。
   では、その『神』とは…誰か。

「二人の巫女を最前線で守る壁…
   青根さんこそ、『大物忌神』と対を成す『大物主神』…山の神だよね。」
「一番大切にしなきゃいけねぇ奴に…俺達は守られてるってことだよな。」

本殿の『外』…門の中に閉じ籠められ、神を守る『随神(ずいしん)』の方が、
実際は元々いた神…守るべき存在だったかもしれないのだ。

「『随神』は『かむながら』とも読む…神として、神の御心のままって意味。」
「どっちが本当の『神』だったのか…これでわかるよな。」
「答えは目の前に…こんなにもはっきりと書いてあったんだね。」


しんみりとした空気が、本殿を包む。
ちょうど祝詞も終わり…儀式は完了したようだ。

そろそろ帰るか…と立ち上がり、奥の間から出ていこうとする二口さん。
ほら…と、差し出された温かい手を握り締め、俺は努めて明るい声で訊ねた。

「しっかし、意外だったよね~!俺が結婚!?なんてことになったら、
   絶対に二口さんはガブっ!!!と、その相手をヤっちゃうと思ってたけど…」
「まぁな。俺も最初は、忠を奪ったヤツを喰い殺す気満々で、
   こないだの『開業祝』に、出向いてやったはずなんだが…」
「アイツらは、俺らの大切な青根のことを…『青坊主』に敬意を払ってくれた。
   俺にはそれで十分…忠と黒尾を任せられる奴らだって、悟っちまったんだ。」



とは言え、もしあのクソイケメンやエロテンダーが、お前らを傷付けたら…
元々の立場だとか、家業だとかはカンケーなく、俺が喰って消滅させてやる。
そうならないように、忠も精一杯努力して…幸せな結婚生活を送るんだぞ?

「どこに行っても、俺達は忠を守る。」
「だから…安心して、よっ、嫁に…っ」


ずびずびと鼻を啜る音…このままじゃ、拝殿の方にも聞こえちゃうかも。
俺は急いで立ち上がり、ぎゅ~~~っ!…二口さんとしっかり手を繋いだ。

そして、おチビの頃の俺が泣いた時に、二口さん達がしてくれたように、
「大丈夫だよ。」と微笑み…ほっぺを流れ落ちる涙を、唇でそっと消した。


「ほら、もう泣かないで。おウチに帰って、一緒に…ピタゴラスイッチ見よ?」




- ⑧へGO! -




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※ピタ&ゴラ →『ピタゴラスイッチ』に出てくる、おチビペンギンのコンビ。
※八岐大蛇伝説・櫛名田比売・客人神 →『夜想愛夢⑧



おねがいキスして10題(1)
『04.手をつないでキスして』


2018/08/21

 

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