※考察内容がギリギリな音を立てています。
    苦手な方はご注意下さいませ。



    下積厳禁②







緊急会議の開催を黒尾が宣言すると、山口は迅速にコタツの上を片付けた。
気を利かせた赤葦がお茶を入れ直そうとしたが、黒尾はそれを制止し隣室へ…
60サイズ(外寸合計60センチ以内)の小ぶりなダンボールを抱えて戻って来た。

カタカタと音を立てる中身…興味津々の表情で3人はダンボールに注目したが、
黒尾はコタツの上にそれを出さず、自分の横にそっと置いてから口を開いた。


「まずはじめに言っておく。
   俺達には、テレパシー的な能力があるわけじゃねぇんだ。」

いくら俺が超絶お節介でも、山口が人の顔色を伺うのがやや過剰に得意でも、
吸血鬼や魔女には、そんなファンタジー的便利機能は搭載されてないんだよ。

「まぁ、そうでしょうね。むしろ、フツーの人間の平均以下じゃないですか?」
「テレパシー能力があったら、そもそも『お節介』になんてなりませんよね。」
「念のために言っとくけど、全吸血鬼が黒尾さんみたいな超鈍感じゃないよ~」

会議初っ端の『注意事項』の段階から、いきなり手痛いツッコミを無遠慮に…
ちょっぴり挫けそうになったが、黒尾は気合を入れ直して話を続けた。


「俺が言いたかったことは、要するに…ツッキーへのフォローだよ。」

ツッキー自身は、論理立てて思考し、それを実行しているつもりだろうが、
その『思考』に当たる部分は、周りにはわからねぇのが普通…当たり前の話だ。
だから、どんなにツッキーの中で筋が通った話だろうと、
結論だけを言われた側からすると、突拍子もなく感じたりするもんなんだよ。

「これが、月島君が『ベシャリ下手』…使えない理由なんですよね。」
「途中経過も状況説明も省略…自己完結型の超ムッツリ野郎だよね〜」

今度は月島に対しても、赤葦と山口は思ったことを思ったままに発言した。
テレパシーがないからと言って、そこまで明け透けに言葉に出してしまうのは…
見るからに「しゅん…」としてしまった月島を慰めるように、
黒尾は手を伸ばして月島の頭をナデナデし、笑顔でフォローを入れた。


「『脱げ』っていきなり言っちまった、山口との出会いの時もそうだったが…
   突然『電マ貸せ』は、ただのド変態だと誤解されちまうぞ?」

なぜ電マを借りたいと思ったのか…それをきちんと説明してくれないか?
言ってくれないと、俺達にはツッキーの真意は伝わらない…

「その説明を聞いた上で、お前をド変態だって正式認定させて欲しいんだ。」
「くっ…黒尾さん…っ!!」


優しい?黒尾の言葉に、月島は感激…
「きゅ〜ん♪」という擬音と共に、ピンと立った耳とクルリン尻尾すら見える。

「あ〜ぁ~、カンタンにぶんぶん尻尾振っちゃって…チョロすぎじゃない?」
「それもそうなんですが、これぞ『三丁目の王子様』の力…あな恐ろしや。」

なーんとなく、面白くない…
黒尾に対し、月島が一生懸命『きちんと説明』しているのを横目で見ながら、
赤葦と山口の二人は、小声で大文句を言いつつチラリと視線を交わし…
余計なことはお互いにテレパシーし合わないよう、すぐに目を反らせた。


「なるほどな。山口の凝りをほぐすためだったのか!やっぱツッキーは優し…」
「月島君は本当にマッサージが下手で、使えないんですよね〜」
「赤葦さんもやっぱりそう思います?びっくりするぐらいド下手ですよね〜」

月島が電マを借りようと思った理由について、懇切丁寧に黒尾に説明すると、
月島の真意を知った黒尾はいたく感心…手放しで月島を褒めようとした。
だが、両サイドから割り込んだ激辛コンビが、またしても辛辣なツッコミ…
それに落ち込んだ月島を黒尾が慰め、更に二人が過激化というループに陥った。

「おい、お前ら…何でそんなにツッキーに厳しいんだ?こんなに可愛いのに。」
「黒尾さんは甘やかし過ぎ…厳しく躾けないと、調子乗っちゃいますよっ!?」
「山口君の言う通りです。月島君ばかり甘やかすのは…宜しくありませんね!」


あ、これ…不本意ながら『いつものパターン』になってしまったやつだ。

赤葦さんは、大〜好きな黒尾さんが僕を褒めることが面白くなくて、
山口は…きっとそんな赤葦さんを見て、黒尾さんを取られた気分なのかな?
それでも、二人の幸せも願ってるし、赤葦さんに当たり散らすわけにもいかず…
ぐちゃぐちゃでやり場のない感情を、僕に対して八つ当たりしてる…のかも??

   (僕ばっかり…損な役回りだよね。)

僕だって少しぐらい、優しい黒尾さんに甘やかして貰ったっていいじゃないか。
今のところ、僕を『イイ子イイ子♪』してくれるのは、黒尾さんただ一人だし。

ただしそれは、赤葦さんと山口がヤキモチを妬かない程度、という限定付。
何で自分へ向かうヤキモチに関して、ここまで鈍感でいられるんだろうか…?
今からでも遅くないから、神様だか悪魔だかその辺のオエライサン方は、
黒尾さんにテレパシー能力を与えてあげて欲しいと、切実に願う。

   (僕の上司達…かなり面倒臭い。)


それに、黒尾さんと赤葦さんはまだ状況としてはマシな方なのだ。
なんだかんだでラブラブ…赤葦さんのは(やや強火の)ヤキモチなだけだし。
それに対して、今のところ僕は山口パイセンの元で下積中の、ただの見習い…
誠心誠意お世話(↓も含む)させて頂いているだけの、いわば忠犬的な扱いだ。

ペットとして可愛がってくれるわけでもなく、未だ厳しい躾の連続。
まぁ、下積時代なんてそもそもそういうものかもしれないけれど、
当初は山口が僕の所で家事をするって話だったのに、いつの間にか逆転し…
それは別にいいんだけど、少しでいいから僕にも『役得』が欲しい。

というわけなんで、結論としては…

「山口に電マをイロイロな方法で使ってみたいんで…僕にアレを下さい。」


…あ、しまった。
つい本音が出て…『貸して』ではなく、『譲って』下さいと言ってしまった。
そこを厳しく指導されるかと思いきや、返って来たのは『ため息×3』だった。

「ツッキーよ…俺の話、聞いてたか?」
「面倒な部下で…申し訳ありません。」
「ホンットーに…鈍感なんだからっ!」



*****



これ以上ウダウダ言っても、話は絶対先には進まねぇから…と、
黒尾は『まずはじめに』振ったネタが、大失敗だったことを全員に詫びてから、
本題に突入すべく、脇に置いていたダンボールに手を突っ込んだ。

「今日の議題はコレ…『正しい電マの使い方』だ。」

コタツの上に乗せられたのは、よく映像作品等で見かけるタイプのもの…
正統派医療器具の『電動マッサージ器』だった。




よっこいしょ!と、マッサージ器が要りそうな掛声をかけながら、
黒尾はコタツから出ずに手だけ伸ばし、電マをコンセントに差した。
予想はしていたが、ホンモノの登場に3人はちょっぴり早口で感想を述べた。

「パッと見、マイクに似てるよね~?」
「イイ声が大きく出てきそうな点で?」
「ブルッとコブシもききそうですね。」

しょーもないことを言ってしまった…と3人が後悔し始めた時、
黒尾はおもむろに電マのスイッチをONにし、コタツに本体を再度乗せた。
すると、『ゴガガガガッ!!』という轟音と激震がコタツを揺らし…
コタツ天板を割らんばかりの激しさに、3人はビクッ!!と全身を震わせた。


「電マって、こんなに…強いのっ!?」
「道路工事か、MRI検査ですね…っ!」
「ちょっとこの音は…怯みますよね。」

そうか…大事なことを忘れていた。
コレがよく出てくる映像作品には、『余計な音』は極力入っておらず、
僅かに聞こえる振動音も『ぶ~ん』程度…艶声に掻き消えていた。
だから、コレがどれほどの音を放つモノなのか、意識したことがなかったのだ。
(嬌声もできるだけ響かないよう、音量下げまくりだから…余計わからない。)

今日はお茶を出さなかった理由…お茶をコタツの上に乗せられなかった理由を、
3人は瞬時に納得…と同時に、映像作品がフィクションであることも理解した。


恐怖の入り混じった瞳で、唸り暴れる電マを遠巻きに眺める3人。
黒尾はスイッチをOFFにすると、静まり返った室内に淡々と声を響かせた。

「コレは正しく使わないと危険な『医療器具』だと…わかっただろ?」

だが、正しく使いさえすれば、便利で優秀な『お道具』…怖がる必要はない。
一般人が家庭でもお手軽にマッサージできる、実にステキな家電なんだよ。

「ま、口で説明するよりも、実体験した方がいいだろうな。」

そう言うと、黒尾は電マを持って立ち上がり…月島の背後に座った。
驚く月島を後ろから両脚で挟み込み、大丈夫だと背中を撫でて落ち着かせると、
電マをONにし…まずは黒尾自身の腕に当てて見せた。


「硬いコタツ天板の上だと、物凄ぇ轟音だが…柔らかい所では少しマシだろ?」

電マを使う時、一番大切なことは…『衣服またはタオル等の上から使う』こと。
直接素肌に触れさせると、強すぎて傷める恐れがあるからな。

黒尾は傍に用意していた大判バスタオルを、月島の上半身に掛けると、
まずはゆっくりと…二の腕の辺りに電マを近付けた。

「いきなり患部…肩や腰に当てない。そして、強く押し付けたりしない。」

ヘッドの頂点じゃなくて、サイドを滑らせるように…ゆっくり動かす。
できれば、掌から腕へ、足裏からふくらはぎへ…心臓に血を帰すような方向で。

「電マだけに頼らないことも重要だ。」

電マを当てる前に、持っていない方の掌で優しくさすり、
「これからココに当てますよ~」とカラダに教え、力を抜かせてから…そっと。

「これなら全然痛くも怖くない…じんわ~り温まって、気持ち良いですね。」
「マッサージは、とにかく相手を労わるもの…大事に大事にしてやるんだ。」


少し振動にも慣れてきたら、凝りを散らすように、患部へゆっくり近づくんだ。
周りが柔らかくなってきたら、徐々に痛みの中心へ…優しく、そっとな。
サイドを転がすように。そして、ヘッドの頂点を捏ね回しながら…
圧すんじゃなくて、解して…散らす。血が流れるように、温めるイメージで。

「ツッキー今日もお疲れさん。お前が陰で頑張ってること…俺は知ってるよ。」
「黒尾、さん…」

「こんなになるまで頑張ってくれて、ありがとうな。仕事…大変だったろう?」
「そんな…」

「お、大分柔らかくなってきたな。気持ちイイなら…そのまま寝てもいいぞ?」
「はい…」

電マを操作するだけではなく、反対の手で優しく撫でたり、声を掛けたり…
『電マだけに頼らない』の意味を、黒尾は丁寧に実践しながら教えた。


あまりの気持ちヨさに、月島は脱力しきった状態で、黒尾に持たれ掛かり呆然…
黒尾はそのまま月島を抱え、ゆらゆらとカラダを揺らし、あやし続けた。

「黒尾さん、凄いっ…ツッキーがトロットロ~に溶けちゃったよ。」
「吸血鬼の唾液がなくても、マッサージがお上手だったんですね…」

羨ましい…次は俺の番…
そう言いたい気持ちは山々だが、ぽわ~んと揺蕩う月島の邪気の抜けた姿に、
赤葦と山口は無意識のうちに頬を緩め、黒尾と月島をほわほわ~と眺めていた。

   (意外と…可愛いトコあるじゃん。)
   (交代しろ!って…言えませんよ。)


場がぽわぽわ~♪な空気に包まれ始めた頃、黒尾が静かな声で話を再開させた。

「これが、電マの正しい使い方。この基本を守った上で…更に考えてみよう。」

なぜ電マが『アダルト目的』に利用されるようになったのか?
それは勿論、この強烈かつ持続的な振動にあるが…もっと掘り下げてみると、
強さよりも振動の質(タイプ)こそが、重宝される本当の理由だとわかるんだ。

「振動を愉しむ『お道具』には、ローターってものあるが、
   これは『ピンポイント』で狙い撃ちをするタイプの振動なんだよ。」

ダンボールの中から、親指より少し大きなピンク色の『お道具』を取り出し、
スイッチを入れてコタツへ…電マよりずっと慎ましく『じじじ…』と小躍りした。

「小型で静音。『ナカ』にも入れられるから、使い勝手は電マよりいいが…
   ピンポイントな分、『イイトコ』を熟知してないと、全然ヨくねぇんだよ。」


これに対し、電マは『凝りを散らす』目的で作られたモノだから、
振動は拡散型…ピンポイントじゃなく、広範囲に伝わってくれるんだ。

「つまり、『イイトコ』がお互いまだはっきりわかっていない場合でも…」
「『近場』に当てるだけで、気持ちヨくなれる…というわけなんですね?」

その通り…目的と相手及び自分の状況に応じ、使い分けることが必要なんだ。
今では、電マにもいろんなタイプが登場し、それぞれに長所と短所がある。
通常のモノは、振動は申し分ないが、コードが邪魔だし騒音もデカい。
コードレス防水は、風呂でも楽しめる反面、振動は弱めで、電池の分だけ重い。
『ナカ』にイれられるぐらい小型化したものもあるが、振動範囲は狭い。

人類の叡智の結晶とも言える、ラブラブ仲良し専用(兼用)の『お道具』は、
『賢く・正しく・気持ちヨく』が鉄則…ちゃんと使い方を学ばねぇとな。

そして、『お道具』はただの『お道具』でしかないこと…
根本は『相手を労わる行為』であることを、絶対に忘れるな。

「以上で、『正しい電マの使い方』講座の基礎編は修了だ。
   そして、これが…応用編の実践だ。」


黒尾は腕の中で伸びきっていた月島の耳元に、何やらぽそぽそ囁くと、
月島は少しはにかんでコクコクと頷き…黒尾はそれをしっかり確認してから、
先程までと似ているようで全く違う動きで、ゆるゆると全身を撫で始めた。

温めるのではなく、熱を上げるように。解すのではなく、集めていくように…
マッサージでココロもカラダも弛緩していた月島の頬に、朱が差してくる。

「ツッキー…気持ちイイか?」
「はい…気持ち、イイです…」

「そのまま、力抜いてろ…」
「はい…んっ」

さっきよりももっと『触れるか触れないか』の位置で電マを滑らせ、
繊細な振動を、『イイトコ』から大分離れた所にだけ伝えていく。
肩から鎖骨のくぼみに、そこから徐々に下ろして行き…
サイドの縁だけを一瞬だけ掠めてすぐに離し、今度は全然別の場所へ。

膝の皿を撫で回し、太腿の正面を上下にゆるゆる。次は外側を下から上へ。
最後に腿の内側を…電マのコードだけがスルスルと這い上がっていく。

「あ…ぁ…っ」


特に『イイトコ』を刺激したり、強く扱いたりしていないのに、
月島は恍惚とした表情で、『もっと…』と如実に伝えてくる。
これにはテレパシーなど不要…見ていた赤葦と山口は、ゴクリと唾を嚥下した。

「基本を忠実に守るだけ…簡単だろ?
   これならツッキーも、山口を気持ちヨく…させてやれるだろう?」
「はい…がんばり、ます…」

よし、それじゃあ…応用編の実践講座もこれで終わりでいいよな?
俺はお茶を入れ直してくるから…『お道具』をダンボールに片付けといてくれ。

黒尾はそう言うと、まだ惚けたままの月島の頭をもう一度だけ撫でてから、
コタツから出て立ち上がり、颯爽と台所へ向かっていった。


「ヤキモチ妬くヒマも、ありませんでしたね…」
「冗談抜きで…ツッキーが羨ましかったかも。」

はぁぁぁぁ~~~♪と、ウットリとため息を付く、赤葦と山口。
今夜あたり、黒尾本人(直伝)の技を、ぜひ『本番編』として体験したい…


「黒尾さん…凄い♪
   僕も…頑張らなきゃ。」

トロンとしたままポツリと呟いた月島。

嫉妬やら期待やら照れ臭さやらアレやらコレやら…ぐちゃぐちゃな感情を込め、
赤葦と山口はコタツの中で、月島にガシガシとツッコミを入れまくっておいた。





- ③へGO! -




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2018/02/10    (2018/02/06分 MEMO小咄より移設)

 

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