ご注意下さい!


この話はBLかつ性的な表現を含んでおります。
18歳未満の方、性描写が苦手な方は、 閲覧をお控え下さい。
(閲覧により不快感を抱かれた場合、責任を負いかねます。)

    ※黒猫編最終話です(クロ赤)。



    それでもOK!な方  →
コチラをどうぞ。



























































    隣之番哉⑦ (黒猫編)







   祝福の鐘の音が 郷に響いた
   シアワセの扉を 二人で開く


結婚式を終えた黒尾と赤葦は、控室で簡単に着替えを済ませてすぐに、
今度は『神域』での最後の儀式のため、研磨を先導に御神体へ登山を開始した。
日没までにはまだ時間はあるものの、この遠足は予想以上の困難を極めた。

「赤葦、大丈夫か?もうちょっと、ゆっくり歩いて…少し休憩するか?」
「大丈夫…じゃないです。これも一種の花嫁『修業』なんでしょうか?」
「修業を通り越して、既に苦行…もしくは、ドM専用の荒行かもね。」

いくら『軽装』に着替えたとはいえ、比較対象は超重量級の白無垢&綿帽子。
神域での神事にあたり、Tシャツ&Gパンなんて以ての外…当然『正装』だ。

黒尾は挙式時と同じ紋付黒袴のまま、お供え用の御神酒(一升瓶二本)他を持ち、
一方の赤葦は、鬘と綿帽子は外し、数本の簪のみという超軽量頭部になったが、
極厚こたつ布団からは解放されても、その代わり母から継いだ黒振袖を羽織り…
結局、慣れない着物&草履での登山を余儀なくされていた。

「白雪姫ドレス&ヒールでのバーテン立ち仕事なんて、楽勝コースですね…」
「ウェディングの定番…クロ、赤葦を『お姫様抱っこ』してあげたら?」
「酒やら着替えやら…俺の両手と背を塞ぐ大荷物を、研磨が持つんならな。」


黒尾の言葉を、研磨は完全スルー。
参道を塞ぐように建つ古い祠の鍵を開けて、中の土間を真っ直ぐ突き進んだ。

「ここが遥拝所。夏の例祭の時とか、母親連中と忠&堅治が待機してる場所。」
「俺らも何度か、荷物搬入とか雑務を手伝いに、ここへは出入りしてるんだ。」

一応、俺も人外の端くれだから、『ここまで』は立ち入ることが許されていた。
だが、この祠を抜けた先は、神の領域…例え巫女でも、当代以外は入れない。
つまり、この郷に生まれ育った忠や堅治も、未だ足を踏み入れていない領域へ、
郷の関係者でもない自分達が、これから向かおうとしているのだ。

   (途轍もなく、恐れ多い…)

畑違いかつ若輩者の自分達に対しても、最大級の持て成しをして下さるとは。
この山の神は、なんと懐の広い…文字通りに『山』のような包容力だ。
全身にひしひしと感じる偉大な力に、思わず頭を垂れ、歩を止めてしまった。

本当に、この先に入ってもいいのだろうか…と、祠の入口で逡巡していたら、
研磨と赤葦はごくごくアッサリ敷居を跨ぎ、どんどん奥へ進んで行った。


「黒尾さんはともかく、俺も立派に…人の道を踏み外したんですね。」
「赤葦がイロイロ人並み外れてんのは、元からだったんじゃないの?」

「孤爪師匠こそ、山口君や二口さんを差し置いて…入っちゃっていいんですか?
   俺が言うのもアレですけど、師匠もここではアウトロー…部外者ですよね。」
「青根家を除いて、『神』と名の付く存在は…俺だけじゃんか。余裕でセーフ。
   呼び方は違えど、『鬼』も『神』だから、本懐遂げた黒尾家御一同も…ね。」

「では、俺も『神』の末席に加わってしまったのなら、それらしい振る舞いを…
   大人しく『猫』でも被って、虎視眈々と世界征服でも狙いましょうか。」
「イイ心掛けじゃん。なら、俺が神のパイセンとして、相応しい『神器』を…
   『レッドムーン』の新イベント用に、猫耳メイドセットを授与してあげる。」

「今年も、ハロウィンだかクリスマスだかに、コスプレイベントをやれ…と?」
「本職の『黒猫』を、自由自在に操る…魔法の粉(マタタビ)のオマケ付だよ?」

「師匠。メイド服は、足首までビッチリ隠れた…ロングタイプ希望です。」
「さすが赤葦。あのビッチリ感こそ、上質なエロス…わかってんじゃん。」


…おいおい、暢気なもんだぜ。
こっちは、厳かな雰囲気に粛々としてんのに、そっちは楽しそうにお喋りかよ。
つーかお前ら、いつからそんなにキャピキャピと仲良くなったんだ?
大体、介添だからって、二人がそこまで引っ付く必要は全っっっ然なくねぇか?
腕組んで仲睦まじくハイキング…どう考えても、介添のレベルを越えてんだろ!

   (俺だってまだ、赤葦と…クソっ!)

本懐を遂げ、結婚式まで挙げ、そして神に連なる者として神域へ到る道中に、
こんな小っせぇコトで、悶々と『青』に浸るなんて、ホントに自分が情けない。
神だなんて言われても、所詮はこの程度のもの…『神様』らしくねぇよな。
いや、嫉妬や羨望、遺恨や後悔が人知を超える甚大さだからこそ、神なのか。

日本の『八百万の神』をはじめ、中国やアジア各国の神々にとどまらず、
古代ギリシャやローマの神々だって、どいつもこいつもヤりたい放題…
実に『人間らしい』ココロに振り回されて、しっちゃかめっちゃかじゃないか。

きっと、どの神も自分から『神様』になりたかったわけじゃなくて、
勝手に祀り上げられたり、実家の家業が単にそうだっただけかもしれない。
そう言えば、ウチの実家…親父は寝たきり家猫生活、母親は隠居作家だっけ?
一体どうやって生計を立ててたのか、未だによくわからねぇ…訊くのも怖ぇな。

   (…って、俺も何を暢気に。)


そんなこんなで、至ってしょーもないことをボケ~っと考えていたおかげで、
二つの大きな論点が脳内からマイナスされ、結果的にプラスに働いた。

まず一つが、研磨がれっきとした『神』だったこと(意識したことなかったぞ)。
山を登り、人里から遠く離れるように、赤葦を『神』に近付けてしまったこと。
そして、たとえ『神』になったって、醜い感情からは逃れられないこと…
できれば直視を避けたいそれらの重大な論点に、思考を囚われずに済んだ。

そして、もう一つ。
この場にそぐわない、自分のちっぽけな『青』を自覚したことで、
最も濃い『青』…マリッジ・ブルーが、いつの間にか薄まっていたことだ。


   本懐を遂げて、『神』になったら。
   結婚し、恋人から夫婦になったら。
   俺はどう変わってしまうのだろう?
   一体、どう変わるべきなんだろう?

ずっと脳内の片隅で燻り続け、多忙を口実に深い考察から逃げていたこと。
その答えを探し出す前…出口のない思考の『青』に嵌ってしまう前に、
少し前を歩く赤葦と研磨のお喋りから、答えがストンと胸の中に落ちてきた。

「まさかとは思うけど、結婚した途端…『どエロ封印!』とか言わないよね?
   古式ゆかしい貞淑な奥様になります!なんて…マジで似合わないから。」
「旦那様が望むのなら…そういう『ごっこ』遊びは、やぶさかではありません。
   ですが、生来の気質なんて…結婚程度では変えようがないじゃないですか。」

「それこそ、神になったって…?」
「歌舞伎町の(エロスの)女王が、女神になるだけですね。」

   (自覚、あったのか…じゃなくて。)


他人と暮すのだから、守るべき領分や役割があり、お互いを尊重し合って当然。
そういう環境の変化は、共同生活を営む上で必要不可欠…努力と許容あるのみ。
(既に予行演習たる同棲生活を恙なく継続中だから、特に問題にならない。)

上手くは言えないが、本懐を遂げたり、結婚したりすることで、
『俺』という存在そのもの…『俺のあり方』が変わってしまうんじゃないか、
又は積極的に変わるべきなのか、変わってしまっていいのか…迷い続けていた。

勿論これは、ワガママのゴリ押しや、俺ルールに従わせたいという意味でなく、
たとえ夫婦であっても、お互いに変わらなくていい部分があるはずだし、
俺と結婚することで、今の赤葦を無理に変えてしまいたくなかった…
『ありのままの赤葦』で居て欲しいという、単純だが贅沢な願いだ。

それと同時に、俺にとって大切な人達…研磨や山口、ツッキー、二口&青根と、
多少の変化はあれど、これからもずっと『ありのままの俺達』で居たかった。

   (贅沢な願いじゃ…ないのかもな。)


「ちょっとクロ…一番身軽なのに、何チンタラ歩いてんの。」
「一本道とは言え…ちゃんと俺達に、ついて来て下さいね。」

「二日連続で、この山を迷子捜索とか…俺、絶対イヤだからね。」
「念の為、飼主名を明記した迷子札と…鈴も付けておきますか。」

上へ上へと昇り、どんどん山の空気が澄み切り…神に近付いているというのに、
俺の前を行く二人は、至って平常運転…全く『変わらない』ままだった。
場違い甚だしいし、緊張感の欠片もないが、それが俺の『青』を掃ってくれた。

   (皆、そのままで…いいんだよな。)


「ずっと変わらないまま…皆で一緒に居たいな。」

脳内でコッソリ『独り言』を囁いたつもりだったのに、
すっきりと澄んだ朗々たる力強い声が辺りに響き、俺はその自分の声に驚いた。
だが、想いを言葉にして出したことで、 内に滞っていた様々な『青』が、
山を包む夕暮れの『赤』に溶け込み…残った滓も、二人が粉々に砕いてくれた。

「何言ってんの。そう簡単に変われるわけないじゃん。特に根っこの部分は。
   とりあえず『クロの根っこ』は…江戸末期から同じ型枠を使ってるしね。」
「本懐遂げたり、結婚した程度で、黒尾さんの方向音痴が治るとは思えません。
   もし迷いそうになった時は、俺達が全力で滅し…メッ!してあげますから。」

   ほら、こっちに来なよ。
   ずっと一緒に、いきましょう。


こちらに差し出された、温かい手。
両手を伸ばし、それぞれにそっと触れると、ぐっと握って引き寄せられた。
二人の間に遠慮がちに割り込むと、両側から無遠慮に体重を預けられた。

「お、おい。ちょっと、重い…!?」

両腕に圧し掛かる重みと温もりに、何故か緩む頬や目元を引き締めようと、
ちょっとしたお小言を言い掛けた瞬間、重く温かい音が山に響き渡った。

   (この音…寺の鐘、か?)

「郷の梵鐘…多分これも、魔女達からの『サービス』のつもりなんじゃない?
   ウェディングベルだっけ?二人の門出を祝福する、リ~ンゴ~ンってやつ。」

「その鐘は…教会のやつじゃねぇか?」
「お寺の鐘だと…成仏しそうですね。」

あまりにもズレズレな音色に、三人は顔を見合わせて大笑い。
鐘違いではあったが、一切の苦…『青』を祓い清めてくれる、優しい音だった。



鐘の音の余韻が消えた頃、往く手に古めかしい朱塗りの山門が見えた。
背後にはこの山の御神体である神座が、空を覆うように鎮座しており、
ここが目的地であることを察した黒尾と赤葦は、息を飲んで姿勢を正した。

「はい、到着。
   例大祭の時とか、この山門を青根家次代…高伸さんが守護してるんだって。」

俺が送ってあげられるのも、ここまで。
この先は、山の神に認められた者や、特別な場合にだけ入ることが許される…
今の俺はただの『花嫁の介添』でしかないから、立ち入ることはできないんだ。
二人で『シアワセの扉』を開いて、新たな人(外)生をスタートしといでよ。

「それじゃあ、気を付けて。
   神の御加護を…とか、サービスで言ってあげようか?」

ア~メン♪と、両手を十字にクロスしながら、新たな門出に祝福を捧げる研磨。
黒尾と赤葦は、そのズレズレなサービスにホっと全身と頬の緊張を抜き…
笑顔で研磨と固く握手&抱擁を交わして感謝を伝え、二人で神域の門を開いた。




********************




  (そういうこと…だったんですね。)


神域での儀式は、郷の神社でのものを更に重厚かつ荘厳にした雰囲気だった。
やったことは大して変わらないのだろうけど、一言で言うと『重み』が違う…
青根さんのお父さん、つまりこの『山の神』が奏でる祝詞の一字一句一音に、
身体の神経全てが震え、脳も思考も麻痺してしまい…細部は、覚えていない。

きっと、こういう独特なトリップ感?こそが、儀式の重要なファクターであり、
悟りや無我、もしくは神域と呼ばれる、『境地』を見せてくれるのだろう。

   (自分が、自分じゃないような…)

自分という器から意識や感情が切り離され、それを俯瞰して眺めているうちに、
脳内をぐるぐるしていた雑多な思考や憂慮が、全て凪いでいくような感覚…
禊や祓、浄化等と呼ばれる『クリアな状態』が、まさにこんなカンジだと思う。

   (すっきりと澄み渡った…青。)

呆然としている内に儀式は終了。
今宵は黒尾さんと俺の二人きりで、この神域で夜を過ごすらしいこと…
禊(風呂)や神饌(食事)を頂く方法等、神域の建物案内を一通り説明し終えると、
青根・二口家当代(お父様方)は、先程までの『神職』の殻を一瞬で脱ぎ捨て、
「お二人さん、良い初夜を…むふふ♪」と『激励』を残し、山を降りて行った。


「意外とファンキーな方々…ですね。」
「なんつーか…気が抜けちまったな。」

山の神だとか、神饌を司る巫女だとか言っても、実態は『親戚のオッサン』だ。
俺も完全に『可愛い甥っ子』扱い…有難いやら、やたら照れ臭いやらだぜ。
ま、あの人達の『本気モード』を拝めたのは嬉しい…凄ぇ格好良かったよな。

黒尾さんはそう苦笑いすると、ぴったりと布団が並べられた寝所の襖を閉め、
茶でも飲んで、休憩しねぇか?と、俺の手を引き奥の板間へ向かおうとしたが、
俺は頭を横に振り、逆の方向へ…建物の外へと黒尾さんの袖を引いた。

「休む前に、もう少しだけ…二人でお散歩、しませんか?」

俺の突然のお誘いに、黒尾さんは一瞬驚いたような表情をしたけれど、
すぐに頬を緩め、さぁ行こうか…と、俺の手を取りエスコートしてくれた。



*****



外に出ると、空は濃紺…青と闇が深く交じり合い、夜の帳が下り始めていた。
慣れない下駄で、一日の疲れも溜まっている中、遅々として歩は進まないが、
むしろ今は、それが好都合…二人共が、同じように思っていた。

「足、大丈夫か?ほら、俺の腕にしっかり掴まって…体重預けていいからな。」
「では、遠慮なく…もうちょっと、ゆっくりのんびり、歩いてもいいですか?」

   固く手を繋ぎ、強く腕を組み。
   それでも足りないと、指を絡め。
   二人三脚のように歩調を合わせて。
   互いに互いを預け、前へ進んで行く。

「出逢ってから今日までずっと、全力で突っ走り続けて来たが…」
「やっと念願の…『お外でのんびりおデート』ができましたね。」

今までの『最大限』は、『公』と『私』の境界線たる、職場から自宅までの間…
同ビル内の共用部(エレベーター&廊下)だけが、許されたお散歩範囲だった。
いつか二人で、堂々とお外でお散歩おデートしたいという、淡く贅沢な夢が、
『人』と『人外』の境界線を越えた場所まで来て、ようやく叶ったのだ。

「結婚式っていうデカい儀式を終えてから、初デート…感極まっちまうな。」
「たくさんの境界線を越え、辿り着いた神域で…まさに心願成就ですよね。」

何だか無性に、ムズ痒いというか…
本当に些細だが、ひとつの夢を共に叶えたことが、嬉しくてたまらない。
頬と涙腺の緩みを誤魔化すように、僅かに残る空の茜を、二人同時に指差した。


「なるほどな。『神域』は、こんな造りになってたのか…」

『昼』と『夜』の境界を跨いで静かに鎮座する、黒く大きな磐の影…神座。
その磐を屋根とするように、先程まで居た神域の本殿が建てられており、
磐を乗せるお盆の如く…板間の先に見えた縁側が、崖の方へ出っ張っていた。

球形をした磐の頂上からは、胴体部分の膨らみで死角になっていて見えないが、
もし仮に磐上で足を滑らせたとしても、崖下までストーンと墜ちるのではなく、
走馬灯が回りきる前に、あの縁側に無事着するだけ…黄泉へは逝けない構造だ。


   (そういうこと…だったんですね。)

昨夜、俺の『青』を祓い、人から神に到る『通過儀礼』が、ここで行われた…
孤爪師匠は、その儀式の立会人として、神域への立入を特別に許可され、
通過儀礼を経て『神』になった俺は、神域で婚姻する資格を得たというわけだ。

魂までスっ飛んでしまう、昨夜の恐怖体験…偶然の事故(未遂)じゃなかった。
全ては、俺が一度死ぬ…『鬼籍に入る』ために必要な、山の神が与えし試練。
鬼と神は同じ存在だから、鬼籍とは神の戸籍に入ったのと同じことを意味する。

   (俺も神に…なったんだ。)

そして、今日の一連の婚姻儀式。
これで俺は、文字通りに『(吸血)鬼の戸籍』に入ったことにもなる。

   (遂に、俺も『黒尾』の籍に…っ)


「どうした、赤葦?何だかえらく…嬉しそうな顔してるな。」
「えぇ。俺が『ここ』に居てもいいと…わかりましたから。」

黒尾さんと結ばれても、俺の『肉体』は構造的に完全な吸血鬼には変化せず、
生物学的には、俺は『人』でも『人外』でもない、狭間の存在になった。
だが、完全な吸血鬼には至らない肉体だって、確実に人並みは外れているし、
「フィジカル的には、そこいらの魔女なんかよりよっぽど強いよ~」な状態…
空飛ぶ魔女よりずっと人外レベル?の高い、準吸血鬼?という位置付けらしい。

どんな肉体を持つかは、人も人外もみんな違う…それぞれの『個性』だ。
俺が人ではなく、人外になったのは、俺自身の『自覚』によるところが大きく、
様々な儀式を経て『俺』が変化したことを、俺自身が納得できたことが肝心だ。
俺はトマトやキノコや納豆と同じぐらい血を食せない、ちょっとだけ偏食の…

   (俺も、黒尾さんと同じ…吸血鬼。)

「自分が『何者』なのか、その存在意義を問い、自覚を変革させるもの。
   それが冠婚葬祭等の『通過儀礼』…いつの世にも必要な『けじめ』ですね。」


一人で何かを悟り、満足気に微笑む赤葦を、黒尾は複雑な表情で眺めていた。
だが、赤葦が何を悟り、内なる『青』を祓ったのかを、黒尾は訊かなかった。
赤葦自身が『けじめ』をつけ、ここに居ることを選んでくれただけで十分…
訊く代わりに、赤葦の頭を引き寄せて髪を撫で…髪飾りをスルリと抜き取った。

「俺達は『何者』なのか…通過儀礼を経た後、二人がどう変わったのか。
   それを示す『けじめ』となるものを…俺にもちゃんと、つけさせて欲しい。」

片手で赤葦の髪を撫で続けながら、髪飾りを持った逆の手を懐中に差し込む。
すぐに外へ出てきた黒尾の掌の中には、別のシンプルな髪飾りが握られていた。

「それは…簪、ですか?」

二本の道が交わった場所に、黒と赤の玉が重なり合い、その先は一本の道へ…
儀式を経た二人の『変革』をカタチにしたとしか思えない、美しい玉簪だった。


「これを、お前に…な。」

二人の『結び』を求める時には、最近じゃあ指環を贈るのが定番なんだろうが、
江戸生まれの俺には、どうもシックリ来ねぇ『ニュースタイル』なんだよな。
だから、俺にとって馴染みのある、簪…櫛を、お前に贈らせて欲しい。


「これからの長い長い人生を、俺と一緒に…『苦死』を共にして下さい。」


つがいの証たる、黒と赤の玉。
二人の魂を宿す簪を、黒尾がそっと赤葦の髪に挿し込むと同時に、
赤葦の瞳から、玉のように輝く大粒の涙が、ほろほろと溢れ落ちてきた。
それを全て受け止めるべく、黒尾は赤葦の頬を両手で包み込み、唇を合わせた。




********************




まさかもう一度、このセリフを言うことになるなんて。

おデートから神域の寝所に戻り、黒尾さんが襖を閉める後姿を見ていると、
初めて肌を合わせた夜を思い出し…導かれるように、その背に額を付けていた。

「脱がせて…っ」


『レッドムーン』と『黒猫魔女』が出逢った直後に起きた、盗聴事件。
おケイを狙った犯人を炙り出すため、黒尾さんが来店し罠を張った、その晩。
白雪姫衣装を一人では脱ぎ着できなかった俺は、背を向ける王子様を引き止め、
脱ぐのを手伝って欲しいと、確信犯的に懇願したのだ。

「懐かしいな…」

随分昔を振り返るように、背筋を伸ばして遠くを眺め…笑みと共に緩めた。
その仕種で、初めての夜とよく似た強張りが、触れた額から伝わってきた。

「あの夜も、こんな風に…王子様も緊張してたんですね。」
「当たり前だろ。お姫様に、あんなこと言われたら…な。」

300年近く生きてんのに、理性ぶっ飛ばしてガっつくとか、カッコ悪いだろ。
鬼に横道なし、吸血鬼は紳士たれ…見えねぇとこで必死に取り繕ってたんだぜ?

「もう…ガマンする必要はねぇよな。」
「無駄な抵抗は…旦那様失格ですよ。」


それじゃあ、エンリョなく…頂きます。
言うや否や、黒尾は赤葦を強く抱き締め、あの晩と同じようにお姫様抱っこ。
だが降ろされた先は布団の上ではなく、壁際にある木製の家具?の前だった。

「本当は、今すぐ楽にしてやりてぇんだが…その前に。」

何事ですか?と、ちょこんと首を傾げる赤葦の頬を、黒尾は両手で包み込んだ。
成程、了解です♪とばかりに、瞳を閉じて顎をわずかに上へ向けて待機…
だが、予想した温もりは待てども待てども降りてこなかった。

催促するように、ほんのちょっとだけ唇の先を尖らせ、薄目を開けてみると、
何も見えていないかのような、陶然とした表情をしながらも、
身体の奥底まで全て見透かす瞳で、赤葦をじっと見つめていた。

「赤葦が初めて『黒猫魔女』の事務所に来た時、俺が言ったこと…
   一部、訂正させてくれないか?」


初対面は、麗しき白雪姫コス。
翌日ウチに来てくれた時は、普段着のパーカー&ジーンズだったよな?
俺はその時、姫様衣装よりも自然体でリラックスしてる方がイイと言った。
勿論その言葉には、嘘はないんだが…

今日一日、白雪姫なんて比較にならない強烈な締め付けと超重量級衣装を纏い、
しかも、そんな格好で登山までさせられて、疲労困憊&血行不良の極致なのは、
吸血鬼でなくとも一目瞭然…頼まれなくとも脱がせてやるべきだとわかってる。
だが、それでも…

「脱がせてしまうのが、心底惜しい。」

   やっぱ…何着ても似合うな。
   俺の伴侶は、凄ぇ…別嬪だ。


「っっっーーー!!!」

結婚式の最後、誓いのキスをする時に、白無垢を外したのが初見。
その後も何やかんやとイベントが続き、二人きりになってからは、宵闇お散歩。
こうして明るい場所でお互いの姿をじっくり観賞できたのは…たった今、だ。

自分でも「どちら様?」な激変ぶりに対する感想は、気になるところだったが、
あまりに浮世離れした儀式の連続に、そんなことはすっかり忘れていた。

やっと全部脱いで楽になれる…極楽にイける!と、ホっと緩んだ瞬間に、
真正面からド直球に、耳慣れない古式ゆかしい『別嬪』だなんていう賛辞…
しかも、黒尾さんの方だって、凛とした和装姿で、無茶苦茶カッコ良すぎだし、
なんかもう、ぽわ〜っとするやら、キュンとかギュンとか、ドキドキとか…

   (心臓が、忙しい…っ)


「やっぱり、貴方は…
   とんでもない、人タラシですね…っ」

一生に一度の晴れ姿を、一生で一番の素敵な格好をした最愛の人から、
ストレートかつ最大級の言葉で褒めて貰えたことは、嬉しくて堪らない。
でも、嬉しさを遥かに凌ぐ恥ずかしさ?照れ臭さに、ほっぺが発火してしまう。

   (嬉し恥ずかし幸せ…心も忙しいっ!)

蒸発しきった俺は、ヘロヘロと脱力…
黒尾さんにしがみ付きながら紅に染まる顔を胸元へ埋め、もう一度懇願した。

「もう、いいから…脱がせてっ!」



*****



小さく軽く、微かに唇を合わせながら、ひとつひとつ丁寧に、緩めていく。
帯締やお太鼓…名前もわからないたくさんの装備品を、手早く外してまとめ、
黒尾さんは長い帯と振袖を、細い鳥居型の家具に慣れた手つきで掛けた。

「黒尾さん、着物の着付?お片付け?ができたんですね…意外な特技です。」
「いや、特技っつーか…できて当たり前だろ。こないだまで着てたんだし。」

ちなみに、着物用の長いハンガーが『衣紋(えもん)掛け』で、
それを吊るしておく、衝立や屏風状の家具を『衣桁(いこう)』っていうんだよ。
ほら、洗濯物を室内に干す時に、似たような折畳式の物干を使ったりするだろ?

「見たことあります…歴史博物館で。」
「つい最近まで、現役だったんだが…」

「そう言えば、靴下のことも…黒尾さんは『タビ』って言いますよね?」
「ズボン下のことを股引とか猿股って言わねぇだけ…マシじゃねぇか?」

「ヒートテックのことを、ミートテックと言うのは…ただの言い訳ですか?」
「多少の贅肉があった方が、冷え性にならねぇ…世代を超えた言い訳だな。」


文化財級のジェネレーション・ギャップに、笑いが込み上げてくる。
ここまで違うと、自分ルールに合わせて欲しいなどとは、一切思えなくなる…
価値観の相違を知ることすら、新たな発見として楽しくなってくるのだ。

「たとえ結婚しても、本懐を遂げても、自分は『つがい』とは違う存在…」
「伴侶とは、最も近い隣人…『ちがい』すら愛おしい『つがい』ですね。」

違いを確かめ、理解し合うかのように、キスと共に他愛ないお喋りを愉しむ。
そうこうしているうちに、黒尾も羽織袴を脱いで赤葦の振袖に重ねて掛け、
着物と同じように、背後から肌着姿の赤葦をすっぽり包み込んだ。


「おやおや。今日羽織ったどの着物よりも…重くて暑苦しいです。」
「これからお前が、一生背負い続ける重荷…だったら、どうする?」

「今まで通り…凝り固まった肩を、黒尾さんが解してくださるんでしょう?」
「勿論だ。凝っていようがいまいが…『吸血鬼マッサージ』を約束するぜ。」

あぁ、これもいわゆる…
『病める時も 健やかなる時も』っていう、結婚の誓いかもしれねぇな。

そう言うと黒尾は、誓いを立てるように耳朶へキス…
唇で頸動脈を食み、舌先で丁寧に丁寧に解しながら、徐々に下方へと向かう。
それと同時に胸元から手を挿し込み、反対側の肩を大きく撫で回して襟を開き、
露わになった鎖骨のくぼみを、わずかに歯を当てながら強く吸い上げた。


「ん…ぁ…っ」

マッサージだけでなく、別の意思を持って動き始めた、黒尾の熱い舌。
言葉にはしなくとも、その唇と舌、そして微かに触れる尖った牙が、
『お前が欲しい』と如実に訴え…赤葦の全身から力を奪っていく。

愛撫に変わった舌の動きに合わせ、大きく開けた襟の端が、胸の先を掠める。
直接的ではない、ごくごく小さく擦れるだけの刺激なのに、腰が跳ねてしまう。

「今日は、このままは…ダメ、ですっ」

お風呂へ…禊を、済ませないと。
だから、今度こそお願い…全部、脱がせて下さい。

「相変わらず…凄艶な色気、だよなっ」

全身を預けて仰ぎ見る視線だけで、『ちゃんと欲しい』と誘惑してくる赤葦。
瞳の奥で滾る灼熱の炎に、意識そのものを溶かされそうになるのを堪えながら、
黒尾は二人分の肌着の紐を緩め、素肌の赤葦を抱えて浴室へ向かった。



禊を終え、元の『すっぴん』の俺へ…『別嬪さん』を脱ぎ捨てたのに、
風呂から上がってもなお、黒尾さんは俺のことを『お姫様扱い』し続けた。

黒赤の玉簪だけを俺に持たせている間に、短い髪を丁寧にバスタオルで拭い、
下着を付けないまま、素肌の上に浴衣をピッチリ着付けてくれた。

   どうせすぐ脱ぐのに。
   着崩れてしまうのに。
   何故わざわざ、もう一度…?

さすがの俺も、そんな無粋なことを訊いたりはしない。
和装でしか味わえないエロスを、心ゆくまで愉しみたいのは、俺も同じだ。
逞しい胸に顔を埋めながら、合わせ目の隙間にそっと唇を寄せると、
またしても黒尾さんは俺を軽々と抱き上げ、寝所の布団へ…あれ、違う?

黒尾さんが開けたのは、寝所ではなく板間へ続く襖と、その奥の障子。
神座を天井とする縁側に出ると、髪に掛けていたバスタオルを器用に足で敷き、
そこに腰を下ろすと、極上マッサージ椅子…黒尾さんの腿上に俺を座らせた。

「お外でおデート、その後は…?」
「まさか、お外でそのまま…!?」


地元の歌舞伎町では、お外でイチャイチャの『延長』を見かけることもある。
さすがに街中でソレをヤろうとは思わないが、他人の眼がないところならば…

   (…なきにしもあらず、かも。)

「まさに灯台下暗し…ここなら、山の神にすら見られねぇ場所だろ?」
「空のお月様からも、隠れている…お互いしか見えない場所ですね。」

その言葉通り、赤葦は身を捩って振り向き黒尾と見つめ合い、口付けを交わす。
山の神やお月様に見つからぬよう、湿る音を全て飲み込む、深い深いキス。

初っ端から濃厚に絡み、急上昇する熱…
無意識の内に胸元を寛げようとした赤葦の手に、玉簪を再度握らせて留めると、
黒尾は合わせ目ではなく、脇に開いた隙間…袂から手を割り入れた。


「合わせを開くと、すぐに着崩れる…こっちからだと、肌蹴けにくいんだ。」
「成程。着付け出来ない人が、お外で浴衣エッチする時の、豆知識です…っ」

帯が緩んでしまわないように、浴衣の中で指先だけを動かし、爪で擽り続ける。
こんなんじゃあ、まるで足りないけど、嬌声を上げるわけにもいかない…
だが、堪え性のない正直なカラダは、声を封じるための深いキスだけでなく、
『着崩しちゃダメ』という制約にすら、そわそわした何かを感じてしまう。

欲深い自分の熱が外に出てこないよう、開き始めた内股に力を入れ、裾を直す。
その動きを察した黒尾さんは、おもむろに裾を開き、俺の下肢を露わにした。

「えっ!?、ちょっ、ちょっと…!」
「帯の下は、すぐ…直せるからな。」

「そういう、問題じゃ、ゃ…んんっ!」
「そもそも、着崩れても…問題ない。」

   ちゃんとお姫様を着付できるなら、
   王子様はどこまでも脱がせて良い…

「…なぁ、そうだよなーっ!?」


あろうことか、黒尾さんは天のお月様に向かって、大声で同意を求めた。
その声は、天井の磐座に当たり大きく反響し…御神体にも、当然届いたはずだ。
慌てた俺は、カラダごと振り向いて黒尾さんの口を封じようとしたけれど、
振り向きざまに帯を捕まれ…帯どころか浴衣ごと全部、脱がされてしまった。

「何着ても似合う…何も着てないすっぴんぴんでも、やっぱべっぴんだよな。」
「それを言うなら、すっぽんぽん!じゃなくて。浴衣、返して!恥ずか、し…」

今までさんざん、脱がせて欲しいと言った時には、焦らしまくったくせに。
こんなとこで、子どもみたいな無邪気に笑いながら、イタズラするなんて…!

俺の浴衣は、あっという間に板間の方まで放り投げられてしまったから、
とりあえず手近にある…黒尾さんの浴衣の中に隠れようと、合わせを引いた。
すると、黒尾さんの帯も緩めてあったらしく、簡単にスルリ脱げてしまい、
「お、赤葦も積極的じゃねぇか。」とか言われているうちに…すっぽんぽん。
あれよあれよという間に、二人共全裸で縁側に組み伏せられていた。


「山の神の、御膝下で、こんな…」
「いや、むしろ…これが正解だ。」

好季節に、山中に入って、愛を交わし合う『歌垣(かがい)』という風習。
『カガヒ』は『蛇のようにする』こと…蛇に倣った子孫繁栄の儀式だ。

「御神体の下で交わるのは、御目出度い神事…一応俺達も、神の端くれだろ?」
「確かにおっしゃる通りですが…俺達が交わっても、子孫繁栄は叶いません!」

「それでいいんだよ。自分が叶えられなかったことを、代わりに叶えてくれる…
   神様っつーのは、そういう一面もあったんじゃねぇか?」
「なるほど…!出生率のごく低い吸血鬼は、不妊症治療の神様になり得ますし、
   『同性婚の神』だって、子宝祈願の有資格者?ですね。」


いやはや、とんでもない屁理屈だ。
でも、それを覆すほどの理屈もないし、実は本当に『大正解!』かもしれない…
俺から反論や反証する思考力を奪うべく、黒尾さんは蛇のように四肢を絡め、
俺を溶かす吸血鬼の体液を、深いキスと指先から、ナカに流し込んできた。

キスの音も、黒尾さんが俺の中を掻き回すリズムも、蕩け切った俺の艶声も。
二人の他愛ない睦言も全部、磐座に響き渡っているように聞こえるけれど、
この深い山中の、磐の下から出ることはない…最も閉ざされた『お外』だ。
ここは安心できる場所だと本能が警戒を解き、心身共にリラックスしてきた。

   (ここなら…大丈夫。)

そうとわかれば、思いっきり『お外』を楽しむのみ。
俺は大きく腕を広げ、自分から黒尾さんを求めて全身を動かし始めた。
二人の境界を溶かして混ぜ合わせ、隙間なく密着し黒尾さんを取り込んでいく。
いや、黒尾さんだけでなく、この山の全てが、俺達の中を通り抜けていく感覚…

   (凄い、一体感…飛んでる、みたい。)


「涼やかな、夜風…キモチ、イイ…っ」
「火照った、カラダ…清め、られ…っ」

   儀式を経て、人と神の境界線を越え。
   神の胎内で、何も身に着けないまま。
   つがいとの境界を、ひとつに繋いで。

黒尾さんの熱を、カラダの一番深い所に受け入れ、ひとつに繋がった瞬間。
俺と黒尾さんは同時に、この郷に伝わる真理を理解した。

「そういう、こと…だったんだな…っ」
「これこそが…魔女の、儀式…ですっ」



*****



肌寒さに瞼を開けると、障子には濃紺を照らす薄明り…夜明け前、だろうか。
上体をゆっくり起こしてみたら、肩からスルリと浴衣が滑り落ちた。

どうやら、お外で激しく交わった後…
『シメの儀式』として吸血された俺は、熱いキスと共に極楽へと意識を飛ばし、
黒尾さんは最後の力を振り絞って、俺を布団まで運び…眠りについたのだろう。

最後の力、というのは…少し違うか。
大き過ぎる力を『お外』へ出さないために、黒尾さんはこの姿で眠るのだから。

   (本懐を遂げた吸血鬼の…真の姿。)


「ホントに…天使の寝顔ですよね。」

俺の腕の中でくるりと丸くなり、気持ち良さそうな寝息を立てる黒尾さん。
その無防備な姿に頬を緩めながら、静かに抱き上げて部屋の隅へ数歩移動した。

「素肌に、この極上ツヤツヤ毛…たまりませんね♪」

鼻先にちょん、とキスを落とす。
黒尾のおかあさんが、寝入るおとうさんに同じコトをしてたけど…
思わずそうしたくなっちゃう気持ちが、本当によくわかる。
『ふわふわ』の中に顔を埋める至福の時間…飼主(伴侶)だけに許された特権だ。


壁際に置いてあった、俺の着替えが入った鞄の中から、小箱を取り出す。
ラッピングの赤いリボンを解くと、中には濃い赤の『リング』が丸まっていた。

「現代人の俺は櫛や簪ではなく、結婚の証として『リング』をお贈りします。」

裏側には、貴方の飼主…俺の名前と連絡先がバッチリ刻印されていますし、
何と何と!GPS機能も搭載されているので、万が一迷子になっても安心です♪

本懐を遂げ、この姿に激変しても、貴方の方向音痴は治らない…遺伝ですから。
おとうさんも、この姿でお散歩中に迷子になり、お馬さんと接触事故とのこと…
現在は真の意味で生命力を温存するために、この姿を保っているそうですね。

   危険な都会暮らしの鉄朗には、
   しっかり首輪をしておくのよ。


「おかあさんの有難い助言に従い、結婚『首輪』を…俺が付けてあげますね〜」


喉元をくすぐると、黒尾さんは気持ち良さそうにふにゃ~っと伸びた。
その隙に赤い首輪を付け、寝癖の付いた毛並みを手櫛で優しく整えた。

「『黒』の貴方には、やっぱり『赤』が最高に似合いますね。」

   病める時も   健やかなる時も
   ニャンにゾッコンになる時も

貴方が俺に、毎夜『吸血鬼マッサージ』をして下さる代わりに、
俺は貴方が眠る前には必ずキスし、起きるまで傍から離れないと…誓います。


「永遠に、貴方の隣に居ます。
   俺の愛する…『黒猫』さん。」





   (黒猫編・完)




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※山(御神体)概要 →『帰省緩和⑩
※共用部でお散歩 →『
下積厳禁⑥
※櫛について →『忘年呆然
※初めて肌を… →『
再配希望⑪
※初めて黒猫魔女事務所に… →『
再配希望⑧
※歌垣について →『雲霞之交
※神は自分が叶えられなかったことを… →『蜜月祈願


BGM → 松浦亜弥『dearest.』

おねがいキスして10題(2)
『09.眠る前にはキスをして』


2019/09/06 MEMO小咄より移設
(2019/07/11,08/27,09/04分) 
  

 

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