再配希望⑪ (クロ赤編)







『Merry Christmas! by Snow White


レッドムーンの入口に月島君が掲げた、小さなクリスマスカード。
たったこれだけで、どこからどう情報が広まったのかは知らないけれど、
いつも以上にお客様がお越し下さった…経営者としてはウハウハだ。

おケイが白雪姫コスをするのを、生まれたての子パンダの如く珍しがり、
わざわざ見に来るなんて、奇特な方もいるもんだなぁと、他人事のように思う。
180超の体育会系野郎の女装なんか、俺は全く見たいとも思わないが…
(あ、山口君はとても良く似合ってて、既に何の違和感も覚えないけれど。)

ちなみに当店は写真撮影一切お断りのため、珍獣に遭遇してもSNSにUP不可。
こちらもウェブ等に広告を載せないし、営業活動も全くしていないけれど、
こうしてお客様が勝手に口コミで宣伝や紹介をしてくれて、実に助かっている。

「多少不自由ですが、『お姫様』の称号があると宣伝広告費要らずです。」と、
経理担当の月島君はほくそ笑んでいたけれど…いや、さすがデキる黒服だ。

だが、宣伝や告知をしない代わりに、より強力な『餌』が必要となる…
黒尾さんの策を成功させるために、俺達もできることは精一杯協力すべきだと、
急遽近隣店を見習い、『クリスマスイベント』なるものを、月島君が企画した。
それが、たった一枚のカード…おケイが再度白雪姫になる、というだけだった。

開店まで時間があまりなかったから、渋々する間もなく着替えさせられ、
赤いリボンの代わりにサンタ帽を頭に乗せて、俺は緊張気味にスタンバイした。


今日は特別な日…クリスマスイブ。
いつもご愛顧下さるお客様への餌…じゃなくて、クリスマスプレゼントとして、
ウィーンのクリスマスドリンク『プンシュ』を皆様に振る舞うことにした。
プンシュは、紅茶とリンゴジュースをベースにしたホットカクテルだ。
りんごのブランデー・カルヴァドスを加え、スライスしたりんごも上に乗せた。

白雪姫と言えばりんご…これは昨夜、黒尾さんが持って来た『お詫び』の品だ。
「お持たせですが…」と言いながら、俺は本日最初のお客様…
カウンターの一番端、最も従業員に近い場所に座る『特別な人』にお出しした。

「程好い甘さと、上品な香り…ホッとするな。」
「恐れ…入り、ますっ。」

今までこの店には、雲上人とも言える超大物達も何度か訪れているけれど、
ここまで緊張する『特別な人』は、誰一人として存在しなかった。
いつも通りお酒を作ってお出しするだけで、手も声も震えて上擦ってしまう。


他のお客様にプンシュを振る舞ったり、他愛ないお話をしている合間にも、
俺にとって『特別な人』が、端っこで静かにグラスを傾ける姿をチラ見しては、
ドキリと心臓が跳ね…頬がりんごのように赤く染まるのを、止められなかった。

   (か…かっこいい…)

今日は吸血鬼の正装ではなく、ごく普通のビジネススーツを着ているだけ。
たまに俺が勝手にセレクトしたお酒を出すだけで、特に会話もしないのに、
そこに居るだけで圧倒的な存在感…気になって気になって、仕事にならない。

「これも…美味いな。好みの味だ。」
「あ、ありがとう、ござい、ます…」


これは盗聴犯を炙り出す策なのに、自分に与えられた役割をこなすどころか、
いつもの仕事をするだけで精一杯…本当に申し訳なく思ってしまう。

だけど、幸か不幸か、特に気合を入れて演じたりしなくても、
『特別席』に座り続ける人物の放つオーラと、俺の『らしくない姿』から、
お客様の誰もが、彼が『姫様の特別な相手』だと、勝手に感じ取ってくれた。

   (ある意味、羞恥プレイ…ですね。)

注文もしないのに、俺が勝手にお酒を出すというだけで、相当なイレギュラー。
言葉も交わさないのに、俺は意識しまくりで浮足立ち、好意がだだ漏れに。
お客様全員に対し、交際宣言をしているようなもの…恥ずかしくて堪らない。


「おケイさん…おめでとう。」

一体何人のお客様から、こう囁かれたことだろう。
言われる度に俺は頬を染め、俯いて誤魔化したけれど…多分誤魔化せてない。
冗談抜きで、しばらくはお土産の『お赤飯』が続きそうな予感がする。

そんなこんなで、特別ナニかをしようとしなくても、罠はおそらく大成功だ。
黒尾さんの(人外レベルの)威圧感で、お客様同士の修羅場にも発展しなかった。
とは言え、この場に月島君や山口君が居なくて、本当に良かったと思う。


とりあえず、この策が終わったら…
黒尾さんには、できるだけご来店を遠慮して頂いた方が良いかもしれない。

   (俺に対する、営業妨害ですよ…)



*****



「クリスマス特別営業…お疲れさん。」
「黒尾さんも…長時間お疲れ様です。」


黒尾さんに閉店後の片付けまで手伝って貰ってから、店を閉めて帰宅した。
閉店間際まで居た常連さん達には、「おやすみなさい」と終わりを告げたのに、
ずっと居座っていた『特別な人』は帰る素振りすら見せず、姫も何も言わない…
クリスマスをこれから二人で過ごすのだろうと、皆が察してくれたようだ。

月島君が絞り込んだ容疑者3名だけでなく、最初の候補12名全員がご来店。
罠は十二分に張り終えた…あとは、獲物が掛かるのを待つだけだ。
罠云々よりもずっと、黒尾さんの視線を浴び続けたことで、俺は緊張しまくり…
いつも以上に肩も腰も足も、全身がガチガチになっていた。

「やっぱり姫様衣装は、相当キツいみてぇだな。あちこち血行が滞ってるぞ。」
「構造的な締め付けと、慣れないヒールのせいですね。横になりたいですよ。」

さすがに「貴方の視線でガチガチに…」とは言えず、当たり障りのない答えに。
さっさと脱いで、楽な格好に…

   (しまった!つ、月島君は…)


「それじゃあ、俺はそろそろ帰る…」
「ま、待って下さいっ!あ、あの…」

玄関から先に上がろうとせず、「送迎完了。」と、帰宅しようとする黒尾さん。
俺は慌てて逞しい腕をガッチリと掴み、その場に引き止めた。

「…どうした?」

玄関扉に手をかけたまま…こちらを向かずに、黒尾さんは小声で俺に尋ねた。
何でもないお願いをするだけなのに、それをすぐに伝えることができなかった。

   (何でもない?…そんなわけ、ない。)

下僕や召使に『仕事』として命ずるのとは、わけが違う。
王子様に対してこの『オネガイ』をすることは、全く別の意味を持つのだ。
それは十分わかっているけど、言うしかない…帰らせるわけにはいかなかった。

   (帰ってほしく…ない。)

俺は迷いを絶つべく、黒尾さんの後ろから玄関扉に手を伸ばして鍵を閉め、
もう後戻りできないと言い聞かせるように、U字ロックもしっかりと掛けた。
そして、黒尾さんの背に額を付け、勇気を振り絞って『オネガイ』した。

「脱がせて…っ」


しん…と、部屋に静寂が訪れる。
黒尾さんからの返事がなく、にわかに焦った俺は、早口で事情を説明した。

「このドレス、一人では脱ぎ着できなくて…脱ぐのを手伝って頂けませんか?」
「手伝ってやりてぇのは山々だが…脱ぐだけじゃ済まなくなるかもしれない。」

仕事だから仕方ないのは百も承知だが、お前が客に愛想振り撒くのを見続けて…
それを脱がすだけで、俺が耐えられるとは、到底思えないからな。


ストレートに嫉妬心を表し、言外に『触れたい』と告げられ、頬に朱が差す。
端っこの席で淡々と飲んでいるように見えたのに、まさかそんな風に想って…
俺は緩む頬を必死に抑えながら、頬の代わりに会話の方を緩めることにした。

「おや、もしかして昨日と同じく…マッサージもして下さるんですか?」
「マッサージ…と称し、ナニをヤってんのかナイショな店もあるだろ?」

「吸血鬼のアレ…回春マッサージとか、『ヌき系』のお店に向いてますね。」
「ご名答だ。血を集める唾液で…ピンサロ界の頂点に立った同族がいるぞ。」

あぁ、同族と言っても『親戚』かな。吸血鬼と魔女のハーフみてぇな奴…
精気を吸う『夢魔』は、血じゃなくてアレからタンパク質を補給できるんだ。
これ以上の『天職』なんて、そうそうないと思わねぇか?
歌舞伎町伝説『一丁目のゴッドマウス』の正体こそ…夢魔なんだよな。

「勿論、真面目に医者として…回春剤開発に精力を注いでる奴もいる。」
「それは、もはや催淫剤ですよね…天然の『惚れ薬』とも言えますね。」

肩を舐められただけでも、極楽気分だったのだ。
もしそれがアソコに触れたら…一瞬でゴクラクにイってしまいそうだ。

「吸血鬼も夢魔も、『ヌき』のプロ…歌舞伎町では無敵の存在だよ。
   俺もそろそろ、献血屋じゃなくて色街で頂点目指してみるか。」
「黒尾さんが二丁目に来たら…俺はあっという間にヌかれそうです。
   二丁目の頂点の座…黒尾さんにいつでも明け渡しますからね?」


俺達は、寒々しい玄関先で、一体何の話をしているんだろうか…
しょーもないお喋りをしている内に、緊張も抜けて笑いも零れ初めてきた。
黒尾さんがゆっくりと玄関扉から手を離し…俺はその手を後ろから捕まえた。

「黒尾さんになら…全部ヌかれてもいいですから。」

   だから、俺を全部ヌがせて…
   ハート、ヌいてって下さい。

『今宵』というよりは、もう『未明』の時間になってしまいましたけど、
あの『予告状』通りに俺を…『差押え』して下さい。


まるでこちらが『挑戦状』を突き付けるように、黒尾さんに『犯行』を促す。
背後からネクタイをきゅっ…と引くと、黒尾さんがやっとこちらに体を向けた。

「俺はとっくに…赤葦に骨ヌきにされてんだがな。」

観念したかのように柔らかく微笑むと、一転…色に染まった瞳で射抜かれた。
息を飲んで固まった俺を、黒尾さんは軽々と抱きかかえると、
あっという間にベッドの脇まで運ばれ…降ろされた瞬間から、強く抱擁された。


「これから、貴方を…頂きます。」



*****



本当に、熱い唇に全身を溶かされ、全てを吸い尽されてしまいそうだった。
激しく絡むキスを通して、体内に流れ込む黒尾さんの露が触れた場所の全てが、
じんわりと熱を放ち…血液が沸騰しそうな程に加熱し、内側から溶解していく。

灼熱の血が脳にまで巡ってきて、トロリと思考も視界も蕩け始めてから、
黒尾さんは俺を掻き抱く腕をずらし、ドレスのチャックを徐々に引き下ろした。


ジ…ジジ…ジ…
チャックが下ろされる音が、キスの音と混ざり合う。
露わになった頸筋や肩に触れたひんやりした空気に、少し身を震わせると、
その部分を温めるように、唇がゆっくりと降りてきて…キスで火を点けていく。

   (昨日と、全然…違う…っ)

同じように脱がせて貰い、隙間から覗く素肌に自分以外の指が触れたのに、
その時とはまるで違う感触と熱に、ビクリとカラダが大きく仰け反ってしまう。
それどころか、直接素肌に触れていなくても…ドレスやビスチェの上からでも、
温かい手をカラダが感知すると、甘く蕩けた艶声が溢れ出てくるのだ。

   服を脱がされ、寒いはずなのに。
   愛しい人にされると、逆に熱い。


パサリ…と、足元にドレスが落ちる。
同時に膝もカクンと落ちそうになり、ぎゅっと黒尾さんにしがみ付くと、
そのまま俺を僅かに抱き上げて数歩横に移動し、ベッドの上に座らされた。

輪っか状になったドレスを、ふわりと元通りにして座卓の上に広げ、
ドレスに覆い被さるような形で、黒尾さんはスーツの上着をその上に乗せた。

   (あっちが俺達より先に…重なった。)

目に毒な光景を隠すように、俺は黒尾さんの頭を胸の中に抱き寄せた。
ツンツンした見た目からは全く想像もつかない、柔らかい猫っ毛に指を通すと、
子猫が甘えるのと似た仕種で、俺の頸筋にスリスリと頬を寄せてじゃれつき…
偶然を装いながら、舌先でビスチェの肩紐を片方だけずらされた。

丁寧に、丁寧に。一枚ずつ、大切に。
服を『脱がされる』という行為が、これほどまでに熱を高めるなんて…


「なんか…凄ぇヤらしい格好だな。」

純白の白雪姫のナカは、漆黒の下着…
こういうのって、全裸より着てる方がよっぽどエロティックなんだな。

「昨日は…白、だったんです…んっ」

まさか2日連続で、『白雪姫』衣装を着ることになるとは思わなかったから、
下着は昨日の白とは色違いの、黒一式…まさに歌舞伎町の『女王』な雰囲気だ。

「黒い下着だと、肌の白さが際立つ…赤く染まってくるのも、よくわかるな。」
「昨日は、そんな風には…感じ、ませんでしたからっ、気のせいっ、ですよっ」


ビスチェのホックは上から2つだけ外して、肩紐も片方は掛けたままで…
中途半端に着崩した隙間だけを、舌でゆるゆると辿りながら、
黒尾さんは顔を腰付近まで下ろし、ガーターベルトを指先でそっと摘んだ。

「ガーターベルトの上から、下着を履くとは…知らなかった。」
「こうすると、脱ぎ着の際にっ、ベルトを外さなくて、いい…」

まだ自分でベルトを着脱できないと、お手洗いの時にも困るから、
今日は『ベルトの上から下着』という順に着た…順序はどちらでもいいそうだ。

太腿の間に手を滑らせながら、ガーターベルトのホックを手探り…
だが、外し方がわからなかったらしく、間近に顔を寄せて観察されてしまう。

「これ…どうやって外すんだ?」
「俺も、未だにわからなくて…」


熱い吐息が敏感な部分にかかり、熱を帯びてくる。
吸血鬼の吐息にも、血を集める催淫効果があるのだろうか…
まだ唾液は触れていないというのに、じわじわと欲を主張し始めてきた。

恥かしい『変化』を下着越しに見られてしまい、俺は発火する顔を掌で覆った。
だが黒尾さんは俺の腕を掴んで開かせ、やや不機嫌そうな表情で見上げてきた。

「昨日も、コレを脱がして貰いながら…ココに熱を感じていたのか?」
「違っ!昨日は、こんな風には…感じ、ませんでした、から…ぁっ!」

さっきと似たようなセリフで、違うと弁解している途中で…
ガーターベルトはそのままに、下着だけをおもむろに引き摺り下ろされた。

   黒いガーターベルトに、白い肌。
   黒いストッキングに、透ける白。
   その間で蜜を零す、俺の…『赤』


「凄ぇ…そそられる姿、だな…っ」

ゴクリと唾を嚥下し、潤んだ舌でペロリと唇を舐めながら、掠れた声で呟く。
頸元に指を入れて、ボタン一つ分だけネクタイを緩めると、
黒尾さんは俺に見せ付けるように、その指に舌を絡め、唾液で濡らしていった。

「それじゃ、ない…そこじゃ…っ」

黒尾さんの指じゃなくて、滴り始めた俺に…俺の『赤』に、触れて欲しい。
吐息が先端を掠めるだけで。ネクタイの先端がストッキングを滑るだけで。
濃密な行為を模した姿を、まじまじと見せ付けられただけで…
『吸血鬼ならでは』の熱を感じる前に、俺は蕩けきってしまいそうだった。


「もぅっ、早く…その、熱を…っ!」

堪えきれずに、黒尾さんの頭をグっと引き寄せてしまう。
ガーターベルトとストッキングの隙間…素肌に唇と舌が触れ、呼吸が止まる。

少しずつキスで『赤』に近づきながら熱を集め…寸前でその動きを止められた。


「天然潤滑剤…じっくり味わえよ…」


吸血鬼の唾液で濡れそぼった熱い熱い指を、繋がる部分で感じた瞬間、
俺の思考もハートも全部蕩け出し…黒尾さんに頂かれてしまった。




- ⑫へGO! -




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※夢魔について →『夜想愛夢⑬

2017/12/24

 

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