新年唖然







『どうしても確認しておきたいものがあるんです。』


いつもなら、「~しませんか?」という『提案』や『お誘い』の形で、
俺に決定権を持たせるような文言を使うのに(このあたりがデキる参謀)、
今日は珍しく、「ここに来て下さい。」と、強い『要請』だった。
特に拒否する理由もないし、指定された場所は、現在地から至近距離…
(このあたりも、やはり恐ろしくデキる参謀)
俺は『了解。10分後に到着予定。』と、多めに時間を見積もって返信し、
現在地…新宿区役所から東へと足を向けた。

予定時間の3分の1以下で、目的地…花園神社に到着した。
この神社は、新宿の総鎮守。
江戸時代に甲州街道最初の宿場町として、『内藤新宿』が開かれて以来、
新宿・歌舞伎町をずっと守り続けてきた、『街の中心』である。

朱塗りの大鳥居を抜け、鉄筋コンクリート製の本殿へ。
花園神社の主祭神は、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)で、
日本武尊(大鳥神社)と受持神(雷電神社)の三柱の神々が合祀されている。

参拝を終え、広々とした階段を降りていると、
参道の途中にあった赤い鳥居が連なる場所…その入口付近で、
こちらに手を振っている赤葦が見えた。


「悪ぃ…ちょっと待たせちまったか?」
「いえ、俺も境内社を見ていたんで…」

赤葦は、大鳥居の奥…敷地の端にある小さなお社に視線を向けた。
入ってくる時は、反対側の手水舎に神経集中…そちらには気付かなかった。

「あそこに、芸能浅間神社があるんですよ。」
芸能の神・木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)が祭られており、
芸能関係者の信仰も厚く、名のある芸能人がたくさん奉納している。
花園神社自体も、数々の刑事ドラマ等の舞台になっており、
非常に芸能と関わりが深い場所でもある。

赤く咲くのはケシの花~と、赤葦は小声で歌いながら、
(どうやらその歌の碑が、そこにあったらしい)
今日の目的は、そちらではなく、コチラです…と、
京都の伏見稲荷のような、『鳥居トンネル』の中へと俺を誘った。



「まるで、『異界への入口』みてぇだよな。」
神社の入口の、大鳥居…たった一つの鳥居をくぐっただけでも、
別世界…『神域』に足を踏み入れた、という気分になる。
小さいながらも、赤い鳥居が連なるトンネルを通り抜けているうちに、
『もう戻れないんじゃないか…?』と、錯覚してしまいそうになった。
特にタッパのある俺や赤葦は、少し身を屈めて通らなければならず、
それが余計に『頭を垂れる』形になり…神妙な心持ちにさせられる。


トンネルを抜けた先には、本当に小ぢんまりとしたお社があった。
花園神社の本殿と比べると、寂しいぐらいの小ささだ。

お社の上には、『威徳稲荷神社』と書かれた額が飾られていた。
二人並んで、お稲荷さんへご挨拶…
花園神社の主祭神は倉稲魂命(宇迦之御魂神)…つまりお稲荷さんだ。
同じお稲荷さんでも、この扱いの差は何だかなぁ…と思っていると、
隣からやや興奮気味に「これが…凄い、です。」という呟きが聞こえてきた。

伏していた頭を上げ、隣の赤葦を見ると、その視線は頭上…
さっきの『威徳稲荷神社』の額縁付近を凝視していた。
その視線を追うが…何が『凄い』のか、俺にはよくわからなかった。



赤葦の言葉を静かに待っていると、全く思いもよらないことを聞かれた。
「昨年末の『クリスマス会』での、山口君の作品…覚えていますか?」
忘れるはずがない。4カ月も温め続けていた、山口の『渾身の力作』は、
『下か!?馬鹿な…悔し! 黒尾さん 竿六尺 半ば硬し』
(したかばかなくやしくろおさんさおろくしやくなかばかたし)
…という、俺を少しだけ題材にした(俺はほぼ関係ない)…傑作回文だった。

「勿論覚えてるが、こんなトコで『↓方向』のネタは…マズいだろっ」
何となく、周りをキョロキョロと見回し、誰にも聞かれてないかを確認。
間違いなく聞かれているであろうお稲荷さんには、心の中で頭を下げた。
だが、そんな俺にはお構いなく、赤葦はごく真面目な顔…
『↓』というよりは『↑』、もしくは『←』でしょうか…と、
意味不明なことを言いながら、視線で『↑』を指し示した。

「その『竿六尺』が…実在したんです。」
「はぁっ!?ろ、六尺って…冗談だろ。」

一尺は約30cm。六尺だと180cmにもなる。
だいたい赤葦の身長と、同じぐらいのサイズのアレ…ってことだぞ。
半信半疑どころか、二信八疑で視線の先…『↑』を仰ぎ見るが、
額を照らす蛍光灯の光が眩しくて、よく…見えない。

目を瞬かせていると、「こっちに来て下さい。」と赤葦に手を引かれ、
更に一歩、お社の奥へ踏み込み、クルリと振り返り…額の裏側を見上げた。

「なっ!?ま、マジで、あったのか…」
「ね?本当に…『竿六尺』でしょう?」

額の裏に隠されるように、恐らく漆の塗られた木彫りの『竿六尺』が、
『←』向きに掲げられ…威風堂々と俺達を見下ろしていた。
赤黒く光り、神々しさまで感じるソレを、俺は唖然と見上げるしかなかった。



今まで4人で…『酒屋談義』で散々語り合ってきたじゃないか。
祭の本質は『五穀豊穣』すなわち『子孫繁栄』であること。
この願い叶えてくれるのが、『穀物神』といわれる神々で、
その代表格が、正月にやってくる大年(歳)神と、大年神の兄弟・お稲荷さん。
そして『子孫繁栄』の象徴として、アレのカタチを模した『元々いた神』が、
境内の隅の摂社等に、ひっそり祭られていることがある…と。

面白い雑学ネタ…『知識』としては何度も触れ、語り合ってきた、
『酒屋談義』の定番…『毎度お馴染み』の『↓方向』のネタでもあった。
だが、こうして実物をはっきりと目にしたのは、初めてだった。

「す、凄ぇ…『御立派!!』としか、言い様がねぇな。」
「『威』も『徳』も、ビンビンにカンジちゃいますね…」

こんな近くに。新宿のド真ん中に。
日本人が古代から大切にしてきたものが、ちゃんと残っていたのだ。
毎年11月の『酉の市』では、花園神社にたくさんの人々が訪れるそうだが、
コレに気付き、その神威と真意に触れている人は…どれ位いるのだろうか。

新宿の街にも、仕事で何度も来ている。
この花園神社に来たのも、今日が初めてというわけではない。
むしろ、社寺仏閣巡りが好きで、それを語り合うのも大好きな分、
少しは『真剣に』見ていたはずなのに…全く知らなかったし、気付けなかった。

いかに自分達の知識が『うわべ』だけのもので、いかに観察力がないか。
そして、現地へ趣き自分の目で確認することが、いかに大切であるか…
この『竿六尺』から、それを諭されているような気すらしてきた。


これからは、ちゃんと自分で『体験』して、『考察』しよう…
心に堅くそう誓っていると、赤葦は俺の肩に片手を置いて少し踵を浮かせ、
おもむろに『竿六尺』に手を伸ばした。

「これは『半ば硬し』ではなく…ソコからアソコまで、全てがお硬いですね。」
恐れ多いといいますか、『ご利益間違いなし!』なカンジですね…と、
半ばウットリした表情で、赤葦は有り難そうに『←』を丁寧に擦り上げた。

「おっ、おいおい!赤葦お前、ナニして…!?って、その表情はマズいだろ!」
大胆な行動(と、恍惚とした表情)に、俺は再度唖然…慌てて赤葦の手を掴むと、
足早に『赤鳥居トンネル』と、花園神社から脱出し、
宵闇とネオンに包まれ始めた、新宿の雑踏へと紛れ込んだ。


赤葦の手を引きながら、唐突に脳内に降ってきた…ある言葉。

    「嘘…硬い♪」体感・竿六尺! 悔し黒尾さん「買いたい…高そう。」
    (うそかたいたいかんさおろくしやくくやしくろおさんかいたいたかそう)

もはやお稲荷さんの『天啓(もしくは天罰)』としか思えない、ドンピシャなネタに、
俺は今日何度目かの『唖然』を体感…全身を身震いさせ、ガチガチに硬化させた。




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「こっちは仕事終わったよ~今、新宿区役所前。」
「こっちも完了。今、池袋だから、そっちに向かうよ。」


今日の黒尾法務事務所は、三班に分かれての『外回り』業務だった。
黒尾さんと俺が新宿、赤葦さんは渋谷で、ツッキーは池袋。
新宿区役所での仕事が終わると、黒尾さんは別件とのことで、現地解散…
あの浮かれっぷりからすると、赤葦さんと合流し、楽しい『歌舞伎町の夜』だろう。

当然ながら羨ましくなった俺は、それとな~く仕事終了と現在地をツッキーに連絡。
超ラッキーなことに、『アフター5の待ち合わせ♪』に成功したのだ。
ツッキーと、歌舞伎町でアフター5…なんか物凄い『オ・ト・ナ♪』な気分だ。
…俺にも、黒尾さんの『浮かれっぷり』が、移ったのかも。


ツッキーが待ち合わせ場所に指定してきたのは、JR新宿駅…ではなく、
歌舞伎町を突っ切って、大体ひと駅分向こうの場所。
大江戸線・副都心線の東新宿駅が最寄駅の、稲荷鬼王神社だった。

薄暗くなり始めた歌舞伎町は、これからが活気づく時間帯。
煌びやかなお兄さんやお姉さんが、今まさに『ご出勤』しているところ…
その流れに乗って、俺も区役所通りをやや駆け足で北上した。

少し前までは、『歌舞伎町!』って名前を聞くだけで、怖いやら興味深々やら、
物凄く身構えて…街を歩くのも、かなりおっかなびっくりだった。
でも、普通に仕事で何度も来るようになると、そんなに怖いトコでもないな~と、
妙にビクビクすることはなくなってきた(但し、日中に限る)。

…とは言え、やっぱり俺にはまだ『アウェー』なのは間違いなく、
できるだけ早足で、俺は目的地へと向かった。


稲荷鬼王神社は、『鬼』の福授けを受けられる、全国唯一の神社だ。
一丁目を氏子地域とするのが、昨夏にツッキーと赤葦さんが行った十二社熊野神社で、
(そのうち一丁目一番地のみ、有名な花園神社の氏子地域らしい。)
古くから歌舞伎町二丁目を守ってきたのが、この鬼王神社だそうだ。

主祭神は、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)…お稲荷さん。
後に、熊野から鬼王権現…月夜見命・大物主命・天手力男命を勧請し、合祀したそうだ。
月夜見命(つくよみのみこと)は、兄が天照大神、弟が素戔嗚尊という、
超ド派手三兄弟の…影が薄い、真ん中次男坊(性別に関しては記紀に記載ナシ)。
大物主命は、出雲の大国主で…『運命の赤い糸』の、三輪山の大蛇だった。
そして天手力男命(あめのたぢからお)は、天照大神を天岩戸から引き摺り出した、
腕力と筋力の神様…それ故に、アスリートからの信仰も厚い神様だ。
このため、本殿には『稲荷紋』と『三つ巴紋』の、二つの神紋が付いている。

…と、以前ツッキーから教わったことを思い出しながら、神々に『ご挨拶』。
時計を確認すると、あと5分で16時だったから、
俺はツッキーを待たずに、本殿脇の社務所に顔を出した。


境内社の恵比寿神社(新宿山ノ手七福神の一つ)にお参りしていると、
バタバタと走ってくる足音が響いてきた。
「遅くなった…またしても、ギリギリ、アウト…か。」

現役引退した今となっては、稀にしか見れない、『全力疾走』のツッキー。
何か懐かしいものを拝めて、ちょっとラッキーな気分だ。
白磁のような頬を赤く染め、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す…
あれ、全然…懐かしくない?むしろ、最近良く見るような…?

呼吸を整えるツッキーを見ながら、その理由を考えてみる。
肩の動きに合わせて揺れる、ダウンのフードについた、ふわふわ…
あ、そうか!息の上がった『着衣の』ツッキーが、懐かしいんだ。
間近で息を上げる『肌色』のツッキーは、ごく最近(昨夜)も見たじゃんか。

…って、俺は一体、なななっ、何を言ってんだろ。
こんなトコで…いや、こんなトコだから?もしや、これが歌舞伎町パワー!?
俺はツッキーから目を逸らし、本殿に向かって再度深々とお辞儀…
煩悩ドップリなアタマでゴメンナサイ!とお詫びした。

「やけに熱心だね…」
息を整えたツッキーが、俺の隣に立ち、不思議そうに呟いた。
そして表情を引き締め…鬼王神社さんに『ご挨拶』。
神妙な顔つきでこうべを垂れるツッキー…神々しさまで感じる美しさだ。
こっちにも何となく手を合わせてしまいそうな…そのぐらいのレベル。

一緒に暮らして、間近(ごく至近距離?)で見慣れた顔だけど、
一歩家から出て、街中の雑踏や風景と共にツッキーを観察すると、
実は物凄い美形だったことを、再確認してしまう。

若かりし頃は、険呑な顔つきをしていることが多かったツッキーも、
最近はやっと反抗期も脱し、ごく自然体…穏やかな空気を纏うことも増えてきた。
それがまた、めちゃくちゃカッコ良くて、「はぁ~♪」とため息が出そうに…

ここに来る間、ホストクラブの看板をたくさん見掛けたけど、
ツッキーほどキラキラしたイケメンは、パネマジ含め、見当たらなかった。
まぁ、口を開いて喋る『ホンモノ』を見たら唖然…という意味では、
ツッキーも十分、『パネマジ』な存在かもしれないけどね。


…お稲荷さん、ホンットーーーにスミマセン。
歌舞伎町のネオンに当てられて、何だか『ぽわぽわ』してしまいました!
俺は邪念を振り払うように、冷たい夜の空気を吸い込み、
鞄から和柄の巾着を取り出して、ツッキーに手渡した。

「はい、ツッキー!」
「これは…ナイスだ、山口!」

巾着の中身は、御朱印帳。参拝者向けに押してくれる御朱印専用の帳面だ。
いろんな社寺仏閣を巡るようになって、ツッキーと一緒に集めはじめたのだ。
鬼王神社には何回か来たけど、たまたま例大祭だったり、豪雨だったり、
社務所が閉まった遅い時間だったりで、空振り続きだったのだ。

今日ツッキーがここを待ち合わせに指定したのは、きっとこれが目的。
それがわかっていたから、俺は社務所が閉まる16時前を目指して早足…
ギリギリ間に合わなかったツッキーに代わって、頂いておいたのだ。

丁寧な手付きで御朱印帳を開き(それにしても、長くて綺麗な手指だ…)
嬉しそうに微笑み、「ありがとう、山口。」と、素直にお礼をしてくれた。
そんな大したことはしてないのに、『笑顔でお礼』なんて、
何て贅沢な『ご褒美』だろうか…ボトル追加、お願いします~!
いやはや、歌舞伎町には人を浮かれさせるナニかがある…そうに違いない。

「『美形に笑顔』って、『鬼に金棒』と同義語だよね…」
「そんなことわざ、聞いたことないけど?」
急に何を言い出すのやら…と、呆れ顔のツッキー。
危ない…浮かれるあまり、脳内の煩悩が溢れ出てきていた。
俺はイロイロと誤魔化すために、声を上げて話題を振った。


「もうすぐ節分だけど、鬼王神社さんは『福は内、鬼は内』なんだって。」
さすがは『鬼の王』の名が付く神社…と言いかけて、
鬼王神社は別に『鬼を祀る神社』ではないことに気付いた。

祭神の鬼王権現は、元々熊野にいた神様を勧請したとのことだが、
不思議なことに、熊野には現在、鬼王権現はいない…らしい。
それどころか、過去にもいたというちゃんとした記録もないのだとか。
ではなぜ、『鬼の王』を語る神社となったのだろうか?

俺の疑問に、「これについては、一つの可能性がある。」とツッキーは言い、
変わった形をした狛犬像を眺めながら、説明してくれた。

「歴史上、『鬼王』と呼ばれていた人がいる。幼名『鬼王丸』…平将門だよ。」
「ってことは、ここは将門を『密かに』信仰してた神社の可能性が…!?」
平将門は、平安時代中期に坂東八州(関東地方)を手中に納めていた武将だ。
京都の朝廷・朱雀天皇に反旗を翻し、『新皇』を自称し、東国の独立を画策…
最後は『朝敵』とされ、壮絶な戦いの末、非業の死を遂げた人物でもある。

死後もしばらくの間、将門は『朝敵』として…大怨霊として扱われてきたが、
将門を祭る神田明神が、江戸総鎮守としての重要性を帯びてきたこともあり、
江戸三代将軍の頃『将門は朝敵にあらず』として、名誉を回復された。

「将門は朝廷に『まつろわぬ』者だったけど、東国の代弁者でもあった…」
「だから、東国…朝廷に虐げられてきた人々は、密かに将門を崇めてきた。」

日本の歴史の中で、蛇や熊、蜘蛛に狐…妖怪や『鬼』と呼ばれ、
『人ではないモノ』として、蔑まれてきた人々がいた。
朝廷に対して謀反を起こした将門は、まさに『鬼』として扱われたのだろう。

「自宅の庭なんかに、お稲荷さんを祭っているお宅があるでしょ?
   そういうお宅も、節分には『福は内 鬼も内』と言うそうなんだ。」
「狐…お稲荷さんと習合した弁才天…瀬織津姫も、『まつろわぬ』者。
   やっぱりここは、『鬼』のための神社…かもしれないね。」

きっと、庶民の僕達は…『鬼』の子孫である可能性が高いだろうね。
僕も節分では、『鬼も内』って言うことにするよ。

ツッキーの言葉に、俺も首を縦に振った。



図らずも、しんみりとしてしまった…
いや、社寺仏閣に来ると、こういうことの方が多い気がする。
何度も来た新宿ですら、来るたびに『新たな発見』の連続なのだ。
気を付けて観察していないと、そこらじゅうにあるはずの『真実』に、
全く気付かないまま…何と勿体無い。いや、申し訳ない気持ちすら湧いてくる。

とは言え、折角の『歌舞伎町デート』だ。気分を切り替えよう。
鬼王神社を出て街の中心方向へ南下…徒歩1分もない『お気に入り』の場所を指し、
俺はツッキーに『いい?』と視線で訴えた。
返事は(これまた優しい)笑顔…俺は「やったぁ!」と手を叩き、
ツッキーの手を引きながら、店内へと駆け込んだ。

「いつもの打席は…あ、空いてた!」
歌舞伎町に来ると必ず立ち寄る…バッティングセンターだ。
一番右端、70km/hの低速打席。ここが俺のお気に入りだった。
速度はちょうど『草野球』ぐらいの打ちやすさだが、縦に割れる球がくる。
↑へ↓へと…なかなかイイ球をグイグイ突っ込んでクる…面白い投手。
手元まで引き付けて…球威に逆らわず、当てるだけのバッティングだ。
これはこれで、空振りがない分…本当に『イイ…♪』のだ。

「相変わらず、一切『強振』しない…見事な『流し打ち』だね。」
バッティングスタイルは、本人の性格を反映するみたいだね…と、
ツッキーはネットの後ろから、やや呆れた声で褒めて?くれた。

そんなツッキーは、絶対に打席には立とうとしない。
「僕には向いてないから。」と…頑なに拒否するのだ。
もしかしたら、俺が唯一ツッキーよりも上手にこなせるのが、
このバッティング…かもしれないが、見たことないから何とも言えない。

「たまには、本気で…思いっきり振ってみたら?ホームラン狙いで。」
「無理無理。俺はちまちま…打率と打点稼ぐのが似合ってるって。」
「…山口のバッティングフォーム、カッコイイよ?」
「ホントっ!!?よしっ!!…って、痛たたたたっ!!」

ツッキーの(超わかりやすい)お世辞に、まんまと乗せられた俺は、
高めの『つり球』に手を出し…腰をグキっとヤってしまった。
年末年始の運動不足が、こんなところで…ホントに情けない。
残り2球を諦め、俺はツッキーに半ば抱えられるようにして、店を後にした。

これが、煩悩まみれでお参りしたツケ…かもしれない。
だとしたら、お稲荷さん…本当にゴメンナサイ!!





***************





街はすっかり宵闇に包まれ、昼間以上に煌びやかな光が満ちてきた。
そんな『表通り』を避けるようにして、黒尾は赤葦の手を引いたまま、
どこか適当な場所で食事をしようと、区役所通りから一本裏の通りを北上…
だが、食事処も飲み屋も辺りからは消えて、別形態の『風俗営業店』ばかりに。

    (しまった!『コッチ』じゃねぇ…逆方向だった!)

慌てて花園神社を飛び出したせいで、方向感覚が狂ったんだろうか…
『ご休憩・ご宿泊』施設が軒を連ねるエリアに、迷い込んでしまったようだ。
その角にある、見覚えのある建物は…年末に来たフロ~ラルな『リゾート』だ。

「悪ぃな。道…間違えちまった。新宿駅方面に、戻るか…」
「え?は、はい…俺は別に、どちらでも、構いませんが…」

赤葦が言う『どちらでも』とは…『どれ』と『どれ』の『どちら』だろうか。
これはもしかして、『究極の選択』を迫られているのか…?
黒尾が立ち止まって逡巡していると、『リゾート』の脇から、
見覚えのある顔が…ひょこりと飛び出してきた。


「うわっ!?う、嘘…!?」
「げっ!な、何で、お前ら…」

「おや月島君に山口君…奇遇ですね。」
「そちらこそ…まさかこんな所でお会いするとは。」

ほんの1時間半前に、黒尾と山口は一緒に新宿区役所に居た。
そこで現地解散したが…まだこんな所に居たのか!!?
こんな場所で…一番『バッタリ』したくない場所で、ヤってしまった。

慌てふためく黒尾達を尻目に、赤葦と月島は実に爽やかな笑顔…
全く動じることなく、楽しそうに会話を続けていた。

「お二人は、こんな所でナニを…?あぁ、愚問でしたね。
   こんなトコで、手を繋いで歩くなんて…ナニ以外ないですよね。」
「えぇ。『竿六尺』を『体感』してきたトコ…でしょうか。」

馬鹿、お前、ななな、ナニ言って…いや、間違ってねぇけど、それはっ…
必死に弁解しようとする黒尾だが、その『言い訳』を聞く者は、誰も居ない。

「それで、月島君達も…随分『仲良しさん♪』ですね。
   こんなトコで、腰に手を回して歩くなんて…えらく大胆じゃないですか。」
「まぁ、硬いアレを振り回して…ちょっと無理をさせてしまったもので。」

ちょっ、ちょっとツッキー!!?そそそ、その言い方は…マズいって!!
違わないけど…違いますからっ!という、山口の『言い訳』も、当然スルーだ。

「赤葦さん、『竿六尺』は…いかがでしたか?」
「それはもう…『凄い♪』の、一言に尽きますね。
   …月島君、年末にあれほど『ムリヤリはイけません』と言ったのに…」
「山口が『イイ…♪』と言ったんで、つい…反省しきりです。」

二人のやりとりに、唖然と立ち竦む、黒尾と山口。
間違ってないが、大間違いな言葉…これが、『歌舞伎町マジック』だとしたら…
まっ…マズい。このままココで、赤葦と月島を喋らせては…ダメだ。
黒尾と山口は顔を見合わせて頷き合い、まるで酔っ払いのように肩を組んだ。

「っよ~し!今日は4人で…美味いモンでも食いに行くかっ!!」
「是非是非!4人で食って飲んで…パ~っとヤっちゃいましょう!!」
ほらお前ら、駅近くの大衆居酒屋へ…さっさと行くぞっ!
俺、もうお腹ぺっこぺこだから…ダッシュしましょう!!


半ば逃げるように、『表通り』へと走る…黒尾と赤葦。
その後ろで、赤葦と月島も顔を見合わせ…ニンマリとほくそ笑んだ。

「歌舞伎町…素敵な街、ですよね。」
「僕もこの街…結構好きです。」







- 完 -




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※クリスマス会 →『雲霞之交
※正月に来る大年神について →『愛理我答・年始(クロ赤)編
※アレのカタチを模した… →『全員留守
※月島・赤葦が行った十二社熊野神社 →『三角之火
※大物主(三輪山の蛇) →『運命赤糸
※パネマジ →パネルマジックのこと。風俗店従業員の紹介写真が、
   まるでマジックのように…(以下略)
※弁才天と瀬織津姫について →『予定調和
※年末に来た『リゾート』 →『忘年呆然


2017/01/17

 

NOVELS