再配希望⑨







「ツッキー!!ただいま〜♪」
「おかえり山口…お疲れ様。」


出て行った時の宣言通り、山口は夕方前にはベランダから戻って来た。
相当頑張って業務をこなしたらしく、寒そうな格好の割にゼェゼェと荒い呼吸…
ウチの冷凍庫に入っていた、夏の名残(アイス)を目敏く見つけて頬張った。

汗が引いたところで、僕は熱い番茶とお口直しのおかきを振る舞い、
山口が『おやつタイム』を満喫している間に、真横で制服に着替えた。
(その様子をじ~~~っくり観察され、ボタンが上手く嵌められなかった。)

おやつタイムが終わってから、僕達は地階に降りて店に入った。
山口に店内の掃除を任せている間、僕はグラスを拭いたりおしぼりを畳んだり…
『デリバリー家政婦』の経験アリという言葉通り、山口はかなり手際が良く、
あっという間に準備を終え…僕達はウダウダと雑談タイムに突入した。


「ワイシャツ+ベスト+蝶ネクタイ…まるでキャバクラの『黒服』じゃん。」
「『まるで』じゃなくて『まるっきり』そうなんだよね。」

僕が『キャスト』として接客するのを、断固拒否したという経緯もあり、
『レッドムーン』での僕の主な業務は、雑用・掃除・買い出しに送迎…
キャバクラのボーイと同じく、発言権が全くない『下僕』扱いである。

「お客さんと喋るのが嫌だってワガママ言ったら、一切の発言権を奪われた…」
「本当は『月島君は黙って立ってるだけでいいです』って言われたんでしょ?」

ホストクラブでもトップ取れそうなイケメンなのに、不愛想で可愛げもない…
店先掃除とか買い出し中に『客寄せパンダ』するぐらいしか、使い道ないよね~
まぁ、几帳面な性格みたいだから、『下僕業務』は向いてるんだろうけど。

あとは『虫除け』…お客さんは勝手に姫様のイロ(従者)だと勘違いするんだね。
このレベルのイケメンに勝とうとか、フツーの人間なら絶対思わないから。
『不愛想なイケメン』ってだけでも、ちょっとアブナイ雰囲気があって、
ケンカ売るのも躊躇っちゃうし…あ、マジでそういうシュミとかないよね?

「ホント、立ってるだけでいいなんて…超羨ましいんだけど。」
「ぼっ、僕は僕なりに、苦労してることもあるんだから…っ!」

『純朴な田舎娘』みたいな雰囲気醸しといて、この毒舌…威力ハンパない。
『使えねぇくせに楽しやがって』と言わんばかりの口ぶり(ディスり)に、
僕は慌てて自己弁護…僕に対する山口の評価を下げるわけにはいかない。
慎重に言葉を選びながら、『僕なりの苦労』について力説を始めた。


「『黒服』の僕の存在なんて…『無』に等しいんだよ。」

『レッドムーン』は、『おケイさん』というお姫様を崇め奉る者達が集いし処。
僕の存在は邪魔でしかない…小さいお店だし、本当に要らないぐらいなんだ。

それでも、面と向かって邪魔者として排除されないのは、この容姿のおかげ…
顔良しスタイル良し愛嬌無しの僕を、愛でるために来るお客様も居るからね。
つまり僕は、お姫様の下僕でも愛玩でもなく、彫刻や置物に近い扱いなんだ。

「僕はここに居るけど…居ない存在。」


おケイさんの身を守るためには、本名や住所を絶対に知られてはならないから、
連絡先は全て『月島蛍』名義…対外的には『おケイさん=月島蛍さん』なんだ。
『月島蛍(源氏名ケイ)』が『レッドムーン』の責任者として認知されている…
赤葦さんのビジネス名刺も、二丁目商店会の登録も、全部『月島蛍』なんだよ。

「ツッキーと赤葦さんは、二人で一緒に『月島蛍』を名乗ってるってこと…?」
「そう。二人揃ってダブルで『ケイ』だし、『月島蛍』という存在。」

これは同時に、本当の『月島蛍』も、『赤葦京治』も存在しないことになる…
僕達は二人共が、『本当の自分』を喪失している状態におかれているんだ。

「ここに居るのに、居ない存在…吸血鬼や魔女と、同じような扱いだよね。」
「それは…二人共が、キツいよね。
   でもさ、それとツッキーが使えないこととは、全然カンケーないじゃん。」

クッ…さすが魔女、誤魔化せないか。
僕は苦笑いしながら「降参だよ。」のポーズをしてみせると、
山口は楽しそうに笑い…「だから、惹かれ合ったのかな?」と、小さく呟いた。


「まぁそんなこんなで、今回やっとあの人が『赤葦京治』になれそうなんだ。
   このチャンスを逃したくない…絶対に上手くイって欲しいと思ってる。」

とは言うものの、赤葦さんも黒尾さんもセンス皆無な超鈍感ぶっ飛び系…
あの二人だけでちゃんとロマンス達成なんて、到底無理な話でしょ?
初の『二人っきり♪』の今だって、のんびりコタツで茶ぁシバくならまだマシ…
下手したら赤葦さん、フツーに黙々と仕事を手伝っちゃってるよ。

「できるだけ『二人っきり♪』の時間を増やしてあげることも大事だけど、
   それだけじゃあ…黒尾さんも手とかアレとか出せないかもね〜」

初回から吸血…牙イれちゃえとまでは言わないけど、ソレとかは最低限…ねぇ?
コレまでイれられたら、奇跡としか言い様がない…贅沢言っちゃダメだよね〜
でもでもっ!やっぱ本心では、早々に血以外のモノぐらいはヌきたいだろうし…

「ちょっと待って!吸血鬼にとって、ソレとかコレをイれるよりもずっと、
   牙をイれる方が『ひゃぁぁぁ〜♪』なカンジ…なの?」
「そりゃそうでしょ。何と言っても、吸血とは即ち…(割愛♪)…だからね!
   恥ずかしくて正面切って聞いたことないけど…『本懐を遂げる』んだとか。」

やだやだツッキーったら!こんな明るい内から…エッチなんだから♪
こんな話を堂々とするなんて、ビックリしたよ。この…ムッツリさんめっ!


な…何だかよくわからないが、僕は相当『いやん♪』なネタを振ったらしい。
何が恥ずかしいのかもわからないけど、とにかく話題を変えた方が良さそうだ。
気を取り直して、僕は山口に本懐…ではなく本題を切り出した。

「あのさ、山口。『惚れ薬』って…」

魔女と言えば、妖しげな薬。
人魚姫に人間の足をあげたり、親指姫が実る大麦の種をくれたり…
火を焚べた大鍋で、ねるねる〜っと何かを掻き混ぜているイメージだ。
もしイメージ通りならば、『惚れ薬』的なものも実在するんじゃないか?
それを使えば、黒尾さんと赤葦さんも上手くイくはず…そう考えたのだ。

だけど、山口から返ってきた言葉には、ファンタジー要素のカケラもなかった。

「言っとくけど…めっちゃ高いよ?」



*****



「た…高いってことは、モノ自体はあるってこと、だよね?」
「童話もそうだったけど、世の中は等価交換…凄いモノほど高価だからね。」

人魚姫なんて海一番の美声と引き換えだったし、親指姫は銀貨20枚でしょ?
人の感情を左右するような脱法ハーブ並の劇薬なんて、諭吉一個小隊出動だよ。
赤葦さんのヒモ状態のツッキーに、そんな金は…肝臓ぐらいは覚悟しなきゃ。

「山口が自作して…特別割引してよ。」
「無理だよ。俺…薬学知らないもん。」

あ、その目…『魔女のくせに薬作れないの!?』って思ってるでしょ。
全ての人間が、車作ったり満塁ホームラン打ったり広島弁を喋るわけじゃない…
種の能力として可能なことを、全個体ができるわけじゃないよね?

魔女だってそれは同じ…
完全なる『畑違い』もあれば、できても下手クソなこともあるんだから。
ちなみに俺の母さんは、魔女っぽい錬金術…に近い、冶金学者をやってるし、
父さんは飛行よりも空中で停止する方が得意だから、配管ダクト工をしてる。
俺は飛行の中でも、重力とか浮力とかの操作が上手い…だから箒で飛べるんだ。

「歌舞伎町のバー勤務でも、ベシャリがダメで愛想ナシな黒服がいるように、
   箒で飛べない魔女や、閉所恐怖症の吸血鬼もいる…それが『個性』じゃん。」


山口が言っているのは、実に当たり前のことなのに…目からウロコだった。
それは僕が『魔女』や『吸血鬼』という『分類名』にとらわれて、
『山口忠』『黒尾鉄朗』という『個人』として、彼らを見ていなかったから…
どんな分類だろうと『山口は山口』だということを、見失っていたからだ。

これは『二丁目のお姫様』『その下僕』というラベルを剥がせずに、
素の『赤葦京治』『月島蛍』を見てもらえないのと、全く同じじゃないか。

「山口は魔女だけど…山口なんだね。」

分類名が何であれ、僕ができないことができるとしても、それが『山口』だ。
僕は『山口忠個人』をもっと知り、もっと仲良くなりたい…改めてそう思った。


僕の目が真っ直ぐ『山口忠』に照準を合わせたことを察知した山口は、
ふにゃ~と頬を綻ばせ、他に訊きたいことがあれば答えるよ~?と、微笑んだ。

今ならば、魔女一般についての疑問を、妙な期待や思い込みを含むことなく、
単純な興味として聞くことができる…山口も素直に答えてくれると確信できた。
では、遠慮なく…思ったままに訊きたいことを聞いてみよう。


「まずは『魔女』について。山口の御先祖様達が日本に来たのは、割と最近?」

最近と言っても、おそらくは中世…キリスト教と共に欧州の文化が流入した頃。
もしかすると吸血鬼も同じ頃に訪日し、そのまま定住したのかもしれない。
山口も黒尾さんも、見た目は(僕よりもずっと)日本人っぽいけど、
実は数代前までヨーロピアン…金髪碧眼の外人さん風だったとか?

僕の考えていることが、手に取るようにわかったらしい山口は、
金髪碧眼の黒尾さん…デスメタルとかパンクな兄ちゃんみたい!と大爆笑。
そういう山口は田舎のヤンキー…と笑いを堪えていると、質問が返ってきた。


「ツッキーは、『魔女』って具体的にどんな存在だと思う?」
「『魔女』の定義か…言われてみると、結構難しいね。」

妙な薬を作ったり、魔法を操ったり、箒で飛んだり、白フクロウを飼ってたり…
あとは、占いや予言をしたり、治療してくれるタイプもいたっけ?
悪魔と交わる(契約する)ことで魔女になる、とも言われていたはずだ。
要するに、魔法や呪術等の超自然的な力を持つ、悪魔と関わりの深い者…か。

「普通の人間とは思えない能力を持ち、悪魔…神と交わる存在。
   こういう人さ、日本にもず~~~っと昔から居たでしょ。」
「それって…『巫女』さんっ!!?」

占いや予言、医療行為…『呪術』に従事し、神に仕え神の言葉を届ける者。
烏・梟・蛇のいずれかを使役…これらの動物も、西洋と日本で共通している。


「共通してるのは、それだけじゃない。『箒』も洋の東西を問わないんだよ。」

魔女の語源の一つが、古高ドイツ語の『hagazussa』…垣根の上の女。
これは、『箒を持った女庭師』という意味も勿論あるんだけど、
『垣根』は『境界』を表す…『この世とあの世を繋ぐ存在』という意味だよ。

「箒が『境界』…巫女や魔女が、出産や葬儀に関わるのも、全く同じだ!」
「烏も梟も蛇も、悪魔…『元々いた神』の使いなのも、面白い共通点だよね~」

『魔女』とは名乗ってなかったかもしれないけど、俺達はずっと日本に居た…
きっと黒尾さん達吸血鬼も、『居るのに居ない』扱いだっただけじゃないかな。

「『薬=酒』に強い山口家は、コテコテの日本人…多分、八岐大蛇の子孫。」

そんなわけで、俺…歌舞伎町酒販組合から『出禁』喰らっちゃってるんだよね~
絶対酔い潰れないし、トラになることもないけど…店の方を潰しちゃうからね。
バーにイれて貰えたのも50年ぶりぐらいだから、今すっごい上機嫌だよ~♪

「ねぇ、その辺の…何か御馳走してよ。開店準備の手伝いしたお駄賃に…ね?」
「それヤっちゃうと、冗談抜きで赤葦さんに焼き殺されちゃうよっ!」


ま…まさか。
『歌舞伎町近代史』(酒販組合発行)に載っていた『オロチ襲来』伝説って…

魔女云々よりも、一夜の内にこの街を壊滅させた『生ける伝説』登場の方に、
僕は時速75キロのスピードで、意識をぶっ飛ばしそうになった。



*****



「とととっ、ところで山口!具体的にはどうやって箒で飛んでるのっ!?」

すんでの所で、僕は意識じゃない方…話題を思いっきりぶっ飛ばした。
店の入口に立て掛けてあった山口の箒を指差しながら、呼吸と動悸を整える。
冷たいお水を飲んでから、僕は箒に関しての疑問を山口に提示した。


「何の変哲もない箒。これに跨って飛ぶとなると…」

幼い頃、宅配業者の魔女が出てくる映画を見た時からずっと気になってたのは、
箒に乗る『体勢』について…避けては通れない、力学的な問題だ。

魔女が箒と触れている部分(股間?)を支点とすると、重心は魔女の体…
箒よりずっと上方であり、しかも魔女の方が箒よりも重量がある。
そうすると、どんなに強大な力で跨っても、魔女の重みで箒がぐるんと回転し、
魔女は箒に『ぶら下がる』ようなカタチになってしまうはずなのだ。

自重+配達する荷物の重さを、股間と手で支えながら逆さ運転するとなると、
頭に血が昇ってしまい、下手すると意識不明…業務どころの騒ぎではない。
いや、それ以上に重大な問題として…

「スカートの中が丸見えだよっ!」
「気にするとこはソコなのっ!?」

それだけじゃない。
時速75キロで飛行するとなると、その分の風圧にも耐えなければならない。
急上昇なんてしようものなら、落下以上の力が股間を直撃することになる。

「魔『女』でも厳しいけど、『男』だったら…失神もしくは昇天しちゃうね。」

例えるならば、鉄棒の上を歩いていて足を滑らせ、ガツン!とアソコから墜落…
想像しただけで、きゅん…と内股になってしまう。


以上のことを踏まえると、山口は『宅配業者の魔女』という夢を壊さないため、
不安定な箒の『上に乗り』つつ、股間で力士並の荷重を支えて高速飛行という、
とんでもなく大変な『偉業』を、軽~く成し遂げていることになるのだ。
おそらく魔女の『魔力』は、『飛行すること』そのものよりも、
主に箒の安定と減量、風圧無効化(及び股間の強化)に使われているのだろう。

「捕手のチン○カップはアレだけど、自転車用のサイクルパンツとか…どう?」
「ツッキーの『優しさ』の方が…アソコにはガツン!と響くね~」

まぁ、どんなカンジでガツン!とクるかは…自分で体験してみるといいよ♪
…と、山口は言うと、箒の中ほどに跨って立ち、後ろをポンポンと叩いた。

「飛ぶのは無理だけど、ちょっとだけ…5cmぐらい、浮いてみる?」


箒の二人乗りが厳禁なのは、ツッキーの考察通り、重心安定が難しいから。
それに、さすがの俺も、ツッキーの股間の面倒を見る余裕まではないからね~

「どうする?浮きたい?」
「ぜ…是非っ!!」

まさか『箒に乗って飛ぶ(浮く)』を体験できるなんて…夢が一つ叶ったよ!
僕は嬉々として箒に跨り、山口の背中にしがみ付いてスタンバイ…

じゃ、イくよ~♪の掛け声と共に、エレベーターで下降した時のような浮遊感。
そして、徐々に踵が床から離れ、つま先が浮いた瞬間…僕は手を離した。


「い…っーーーーっ!!!」
「ちょっ、急に手を離さないでよっ!」

さっき自分で考察したじゃないか。アソコにガツン!と凄い衝撃がクる、と。
僕の股間の面倒までは、山口もお世話できないと、言っていたじゃないか。

そして僕達は、さっきの考察の通り、バランスを失った箒がぐるりと回転…
お互いにしがみ付きながら、店の床にもんどりうって墜落した。


「助けて…神様!!」
「しっ…死ぬっ!!」

…わけなどない。
たった1cm浮いていただけ。カスリ傷すらも負っていない。
キョトンとした顔で、瞳をパチクリ…まつ毛のパサパサ音が、店内に響く。


「…ぷっ!」
「…あはは!!」

間抜けな自分達に、声を上げて大笑い。涙が出る程の爆笑だなんて…初めてだ。
山口と話していると、本当に楽しくて仕方ない…素の『月島蛍』になれる。

ひとしきり笑い、ふと目の前を見ると、焦点も合わない至近距離に…山口の顔。
澄んだ瞳で僕の中をじっと覗き込まれ、僕は山口の中に惹き込まれそうだった。

   (堕ちて、しまいそう…)

思いがけない急接近に、心臓が大きな羽音を立てて飛び上がる。
それでも視線を逸らせず、身動きもできないまま…間近で見つめ合う。
ゆっくりと瞳をパチクリすると、今度はまつ毛同士が擦れ合う音がした。


「近い…ね?」
「あ、うん…」

こんなに密着した状態で、喋ったら…『アクシデント』が起こってしまう。

「くちびる…当たっちゃった、ね。」
「そっ、そう、だね…っっっ!!」

言葉を発する度に、上唇の先が微かに触れ合う。
そのくすぐったさに山口は再び楽しそうに笑い始め…今度は下唇も。
もう『アクシデント』では誤魔化しきれない、明らかに故意の接触。

   (山口と、キス…しちゃった…っ!)

柔らかい感触に、ガツン!とした衝撃がカラダの中を貫いていく。
大きく吸い込んだ息の中に、山口の呼気も混ざり…その熱も僕の中を駆け巡る。


「ツッキーは…嫌?」
「嫌、じゃ…ない。」

唇を触れ合わせたまま、言葉を交わす。
しがみ付いていた両腕を、背中に回す。
さらに近づき、惹き合う…視線と吐息。


「嫌じゃないなら…」
「もうちょっと、このまま…」




- ⑩へGO! -




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※箒について →『夜想愛夢⑨
※捕手の… →正式名ファールカップ。タマを捕り守るための防具。


2017/12/23 (2017/12/21分 MEMO小咄より移設)

 

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