帰省緩和⑥







「おやおや、この孤爪師匠…不貞腐れてるほっぺが、実に愛らしいですね。」


世間様はお盆休み&帰省ラッシュ…と、去年までは『世間様』は全くの他人事。
だが今年は、共同経営中の『黒猫魔女』が半月程ガッツリ休業するとのことで、
何だかポッカリと、過分なお休みを頂けたような気分になっていた。

とは言え、元々の自分の仕事…『レッドムーン』は通常通り営業しているし、
さらには『黒猫魔女』の事務所移転準備もあり、去年よりは各段に忙しいはず。
それでも、ラクに感じてしまうのは、俺が『人の道』を外れつつあるからだ。
人としての老化を覆す、細胞レベルでの変化…人外化が進んでいるのだろう。

   (あれだけ『吸血鬼』を摂取すれば…)

アレをしゅこしゅこっ!!と、上下に動かし過ぎる職業病…腱鞘炎も消えたし、
生ビールサーバーの洗浄時に腰を屈めたり、重い炭酸ガスのボンベを運んでも、
「っっ~~~。。。」と、恐る恐る腰をゆ~っくり反らせることもなくなった。

高校時代のように体が軽いし、肌艶も良いし、ソレもギュンと漲っているし…
猛暑に負けることもなく、『お元気♪』な毎日を精力的に過ごしている。


そんな年不相応な『有り余り』状態を、さらに加速する事態が発生した。
立て続けに工事が続くビル…ついでに共用部の設備も改修することになった。
特に給排水設備工事は、どうしても数日間は水回りが不自由になるそうで、
水商売である『レッドムーン』の営業を直撃…やむなく休業するはめになった。

これで当ビルの資産価値は上昇…と、月島君は工事を快諾したそうだが、
事前予告のない突然の改修工事だったから、大家には当然、休業補償を請求…
する代わりに、お店の洗面台&便器も一緒に新品へ交換してもらうことにした。

   (月島のおじ様…実にチョロい。)


『黒猫魔女』も『レッドムーン』もお休み…まるでお盆か、夏休みである。
学生時代はひたすら部活三昧で、夏休みは練習に明け暮れていたし、
卒業後すぐに自分のお店を持ったから、休みなんてほとんど取ったことがない…
こんなに『ヒマ』だと思ったのは、人生で初めてかもしれない。

「仕事がないと…何をしていいのか、ほとほと困ってしまいますね。」
「お前は働き過ぎ…もうちょっと休んだ方がいいと、俺は思うがな。」


そんなこんなで、俺は日がな一日の~んびりと、引越の荷造りを手伝っている。
事務所部分はあらかた終わり、あとは黒尾さん&山口君の居住部分だけど、
さすがに山口君個人のモノは、俺達が勝手に片付けるわけにはいかないから、
お二人の共有物と、黒尾さん個人のモノを、遊び半分で発掘作業している。

「予想はしてましたけど…ご長寿に相応しい『遺品』の数々ですよね。」
「まだ存命中だよ。まぁ、そう言いたくなるのも…わかる気はするが。」

「この骨董品…民俗資料館に陳列されてそうな、アンティークですよね。」
「嘘を言うな。ウォークマンは…スマホと変わんねぇ『最新機器』だろ。」


こんな風に馬鹿話をしつつ、黒尾さんと二人っきりで過ごす時間が…たっぷり。
特にアルバムは冗談抜きで歴史的資料…驚きの連続だった。

「これは…『慶応』って書いてありますね。どなたかが卒業生なんですか?」
「は?んなわけねぇだろ。それは『慶応元年~四年』までのアルバムだよ。」

セピア色の写真の下には、『慶応三年・寺子屋入学』という、達筆な添え書き…
『隠し砦の三悪人』みたいな、着流し姿のサムライっぽい人達の足元に、
恥かしそうに俯くおチビさん達…どこかで見たことのあるような面々だ。

同年のメモには、『王政復古』だの『大政奉還』だの、『高杉晋作死去』…
その年には確か、中岡慎太郎と坂本龍馬も死去しているはずだし、
翌年には近藤勇と沖田総司も…戊辰戦争や『薄桜鬼』の世界の話である。


「一番右端の、ザンバラ頭のオサムライ様…何だか血の匂いがしますね。」
「どこぞの人斬りみたく言うな。血の匂いは…吸血鬼だから当たり前だ。」

そうじゃないかと予感はしていても、セピア色や白黒写真の『中の人』が、
三次元カラーで自分の隣に実在しているなんて…簡単に納得も理解もできない。

「神社の夏祭り。何かに導かれるように境内末社の鳥居を抜けると、そこは…
   という、異世界転生系ラノベとか、乙女ゲームの主人公になった気分です。」
「次々に現れるイケメン達。その中の一人には、出逢った直後に求愛されて…
   別のガチムチには壁ドンされたり、ツンデレ系や純朴系、根暗系も登場か?」

「オマケに、一緒に転生した超イケメンボンボンメガネもいたりして…」
「主人公『おケイ』が誰を選ぶのか…本気で心配になってきたんだが。」

こういう他愛ない二人でのお喋りが…本当に楽しくて仕方ない。
『のんびり』を楽しめただけでも、夏休みになって良かったと、心から思う。


引越作業は遅々として進まないが、『のんびり』がプラスに働いたものが二つ。
まず一つ目は、俺の中に大きく渦巻いていた、青いドロドロが…消えたことだ。

少し前までは、『150年来の部下』や『250年来の幼馴染』の存在に、
どうしようもない嫉妬心を抱き…悶々としたものを何とか鎮めようとしていた。
でも、こうして実際にアルバムやアンティークな品々を手に取って閲覧すると、
その長大な時間の重さに、対抗心を抱くことが、滑稽にしか思えなくなった。

   (俺が知らない歴史…それだけの話。)

斎藤一と西瓜を食べたり、森蘭丸と文通したり、卑弥呼と呑み仲間だったり…
それらと、五人の共同生活が約百年続いていたことは、俺にとってはほぼ同じ。
乙女ゲームのシナリオと大差ない、考証不能な『過去の話』なのだ。

   (俺と黒尾さんは…これから、だ。)

勿論これは、黒尾さん達の想い出をないものにしたり、目を逸らすのとは違う。
ただ単に、俺が『想い人の過去』に囚われることから解放されたというだけだ。
この呪縛から逃れるのは、困難なはずだが…引越作業がそれを叶えてくれた。


「お前には関係ないモノばかりなのに…作業を手伝わせちまって、悪ぃな。」
「いえ、むしろ俺にとって必要な作業…お手伝いできて、良かったですよ。」

「…掘り出し物でも、見つかったか?」
「無駄なモノが捨てられた…ですね。」


もう一つプラスに働いたこと。
それは『過去の話』に囚われたことで、『未来の話』を回避できたこと…

   (俺と黒尾さんの『これから』は…?)

本当は、しっかり話し合わなければいけないはずの、『これから』のこと。
百年単位で積み重なった過去よりも、これから十日間の未来の方が、
俺達二人にとっては、はるかに『重い』のだが…おいそれとは口に出せない。

逃げている…わけじゃない。ただちょっとだけ、迷っている…かな?
もしそのネタが出てきたら、真剣に話し合う心の準備はできているつもりだし、
一歩踏み出せば、どんどん先に進んでいくのは、きっと間違いないだろうが…

   (その『一歩』が…大問題。)


今までも、何度かその『一歩』を踏み出しそうな空気が、ほんのり漂いはした。
でも、何となく照れ臭くなり、その話題を奪い取るように…キスで誤魔化した。

ほら、今だって…
俺が捨てた『無駄なモノ』が何かを聞く代わりに、青いタオルで額の汗を拭き、
そのタオルで作った『壁』の内側で、静かに唇を触れ合わせていく。

俺は俺で、納戸で地層を形成する、膨大な『過去』を引き摺り出し、
次なる『他愛ないネタ』を、意識して探してしまうのだ。


そんな中、俺は見過ごすことのできないお宝を…『黒歴史』を発掘した。




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「これは、孤爪師匠の『試作品』の数々が収蔵された箱…お宝ですね。
   冗談抜きでどこぞの秘宝館に寄贈するか、伊達工業さんに展示室を…ん?」

最近見た、電マが入ったダンボール箱…の、下の下の下の、奥の奥の奥の箱に、
マニアと学者が泣いて悦びそうな、貴重な文化財…『張形』がギッシリ。
一瞬怯んだが、恐る恐る手に取って観察していると(何故か手に馴染む?)、
その箱が二重底になっていることに気付き…俺は躊躇なくそれを引っぺがした。

「…エロ本、遂に発見してやったり!」
「なっ!?みっ…見るな!返せっ!!」


や~なこった。誰が返すもんですか。
お宝を腹の中に隠し、室内を逃走…ダンボールの間を黒尾さんと追いかけっこ。

だが、ここはそんなに広くはない。
黒尾さんの自室に逃げた所で、抱きかかえるようにタックル…ベッドにダイブ。
捕まえたぞ…と耳許に囁かれ、その擽ったさに身を捩った隙に、抑え込まれた。

全身を覆われながら、唇を奪われ。
力が抜けた所で、シャツの中に手を差し込まれ…お宝も奪われてしまった。
黒尾さんの目的は既に達成したはずなのに、今度は『口封じ』のキス…
俺は俺で、『口開き』のキスを返し…黒尾さんから戦意と羞恥を奪い尽くした。


「秘密にしてあげますから…見せて?」
「ったく、しょうがねぇな…ほらよ。」

ようやく観念した黒尾さんは、クスクスと笑いながら俺の横に寝転がり、
降参だよと両腕を天に上げながら、エロ本を開いて見せてくれた。


「これは…エロ本というよりは、文化財でしたね。春画の図録ですか?」
「鈴木春信の春画『風流艶色真似ゑもん(まねえもん)』っていう本だ。」

仙女から妙薬(土団子)を貰い、豆粒大に小さくなった主人公・浮世之介が、
『真似ゑもん』となって色道修行に出掛け、『色恋の現場』を目撃する物語だ。



(クリックで拡大・全体図表示)


「他所様の色事を、スモールライト的なお道具で小さくなった、ドラえも…」
「こらこら!それはお子様向け。これはオトナ向けの『小さ子譚』…だな。」

木に登ったり机に隠れながら、ドラ…真似ゑもんが出歯亀するシリーズは、
そのコミカルな設定と、春信の可憐で優美な美人絵で、大人気だったそうだし、
今でも十分通用する、魅力的な設定…ぜひとも熟覧したい『美術品』だ。


「元々は二口の本なんだ。研磨に『一寸法師』を読んでくれってせがまれて…」
「心優しい黒尾さんは、エロ本隠匿に協力…今度は山口君に見つかった、と。」

その時の二口さんの慌てっぷりと、お子様方の楽しそうな笑顔が…目に浮かぶ。
黒尾さんの創作(咄嗟の言い訳)だとしても、目に浮かんでしまうのが面白い。

それにしても…だ。


「今、俺はちょっとだけ『真似ゑもん』の気分を味わってるかもしれません。
   麻の実をすり鉢で潰したら、めっちゃ弾けた~って、大騒ぎみたいですね。」

本当は知るはずもない、山口君と二口さんの『魔女の軟膏』作りの様子が、
ほぼリアルタイムで随時送られてくる…SNSは真似ゑもんが見ている世界だ。

黒々とした大きな甕?壺?を焚火にくべながら、ねるねるねるね~と木の杖で…
ではなく、IHクッキングヒーターの上に、ティファールの大鍋なのが…残念。
もうちょっと『SNS映え』を意識して欲しいと、魔女さん達にお願いしたい。

「俺達も、見学に行けば良かった…実に楽しそうですね。」

隣に転がる黒尾さんに、スマホの写真を見せようと傾けると、
不機嫌をそのまま音にしたような、低~~~い声が返って来た。

「なぁ。何で、赤葦は…あいつらの様子を知ってるんだ?」


俺は昨日、ツッキーと焼肉食いに行ったんだが…山口のことを凄ぇ心配してた。
『三日三晩』逢えないことも堪えるが、二人が籠ってナニしてるのか…って、
肉よりヤキモチを焼きまくって、可愛いかった…じゃなくて、不安がってた。

俺だって、あの破壊力抜群のぶっ飛び魔女コンビが、上手く儀式をしてんのか、
ツッキー以上に心配しまくって、部外者の研磨にまで探りを入れてたってのに…

「何で赤葦の方が…おかしくねぇか?」
「何でって…俺も初耳なんですけど。」


黒尾さんの話に、俺の方が驚いた。
俺を差し置いて、月島君と二人で焼肉食べに行ったなんて、絶対に許せない。
この点は、後でミッチリ二人から事情聴取する(ワビをイれさせる)として…

「普通に、山口君&二口さん→青根さん→俺っていう流れですよ。
   青根さんが、魔女達の宴を逐一俺に転送して下さってるというだけですが。」

意外…と言えば大変失礼ですが、青根さんはあんなに口数の少ない方なのに、
メール等の文字になると、フツーにお喋りして下さる…ビックリしました。
青根さんは明日夕方には月島君を迎えに来て、一緒に帰省するそうですよ。

「…あっ!今のは月島君にはナイショにしといて下さいね。
   月島君だけじゃなくて、山口君達も驚かせる計画だそうですから♪」

こんな風に、隣のつがい…カップルの婚姻儀式を間近で観察できるなんて、
覗き見っぽい罪悪感はあるものの、やはり好奇心を擽られますよね。
人と魔女の異類婚姻譚…部下と同僚で、なおかつ『弟』の結婚ですから、
本来は真似ゑもんでもない限り、未知の世界だったはず…実にラッキーです。

「ねぇ黒尾さん…面白い状況だと思いませんか?」


「俺は全っっっっ然…豆粒ほども面白くねぇよ!」

赤葦が、研磨や二口達とも仲良くしてくれるのは、本当に嬉しい。
お前ならきっと、アイツらとも上手くやれるし、アイツらもお前を気に入る…
それはわかっていたから、俺は安心して引き合わせたんだが、
心のどこかで、お前らを合わせたくないと思っていたのも、事実なんだ。

勿論、長年の付き合いがある奴らに、お前を紹介するのが照れ臭いのもあるが…
本能的なレベルで危機を察知し、合わせるのを躊躇っていたんだろうな。

「山の神ならではの、絶対的包容力…青根ほどイイ男は、そうそういない。
   あぁいう寡黙でドッシリ構えた、器のデカい奴…赤葦の『ド真ん中』だろ?」


つーか、こないだだって、店で二人っきり…事故とは言え密着してやがったし、
いつの間にか連絡先を交換して、メル友だかになってお喋りしまくってるし…
100年一緒に住んでても、青根の声なんてほとんど聞いた覚えがないのに、
お前と一緒にいる時は、500年分ぐらい声を出して…明らかに浮かれてたぞ。

アイツな、俺が重要な連絡しても、返事は文字じゃなくて全部スタンプで、
しかも顔に似合わず、『ラジャ~だにゃ♪』とか…可愛い子猫のシリーズだし、
もうホントお茶目な野郎で…青根にだけは、俺は絶対に勝ち目はないんだよ!!

「だから、頼むから…青根とは『適度に仲良く』に、留めてくれっ!!」


黒尾さんが喋っている間、俺は『真似ゑもん』の本をずっと顔の上に被せ、
必死に笑いを堪えながら…ぷるぷると震えていた。

青根さんからのメッセージの大半が、黒尾さんがいかにイイ男かという説明で、
やりとりの最後には、毎回必ず定型文が入る…『黒尾を宜しく頼む』と。
今も黒尾さんは、ヤキモチを妬きながらも、いかに青根さんが可愛いかを力説…
むしろ俺の方が嫉妬してしまいそうなぐらい、お互いのことが大好きなのだ。

   (お二人共…可愛すぎですっ!!)


吹き出しそうなのを何とか抑えながら、「はいはいわかりましたよ。」と、
わざと投げやりに返事…真似ゑもんの如くエロ本に隠れながら、隣をチラリ。

もうちょっとだけ、珍しく可愛い黒尾さんをからかって…愛でて遊ぼう。
そうコッソリとほくそ笑みながら、俺は何の気なしに呟いた。

「そんなに心配なら…ちゃんと俺を捕まえておいてはいかがですか?」


返って来たのは、予想だにしなかった真剣な声と…決定的な言葉だった。


「あぁ、そうだな。
   それなら…結婚しようか。」




- ⑦へGO! -




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※薄桜鬼 →新選組を舞台にした乙女ゲーム。
※電マが入ったダンボール →『下積厳禁②


おねがいキスして10題(2)
『03.奪うようにキスして』


2018/08/15

 

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