鮮烈挟入 (前半戦)







「ちゃんと挟んで!」
「バラけるなよっ!」
「しっかり止める!」
「そこでクリアっ!」


黒尾法務事務所は、先週より開店休業状態である。
その前の週は、追い込み修羅場…全ては約三週間の『強化合宿』のためだった。

四年に一度の祭典…サッカーW杯。
専門とする球技は違えど、四人共がサッカーも野球も、スポーツ全般が大好き…
冷静な頭脳派ではあるが、全国大会に出場するほどの、スポ根野郎の集団だ。

「ホント…自営業で良かったよな〜!」
「試合観戦最優先シフト…最高です!」
「修羅場…早めに抜けて大正解だよ!」
「あ〜もう…すっごい幸せだよね〜!」


昼頃から手分けして仕事&家事を片付けて、すべての『業務』を終了させ、
3階の黒尾赤葦宅に集合し、まずプロ野球中継を見ながら晩御飯&晩酌&夜食。

21時からの1試合目は、さながらスポーツバー…なんやかんや燃え滾り、
和室に敷き詰めた布団の上で、フットサルボールを蹴ったりしての大騒ぎ。
24時からの2試合目になると、寝不足と疲れも出てきて、大分大人しくなり、
27時スタートの3試合目は、布団に固まってゴロゴロ…夢うつつで見終えて、
朝5時頃に、そのまま寝落ち…1試合分ぐらい寝てからなんとか起床。

いつも通り7時過ぎには、ゴミ捨てやら洗濯やら朝ごはんやらを、
メジャーリーグ中継を流し見しつつ、分担してこなす日々…まさに『合宿』だ。


「ここ数日、風呂トイレ以外はずっと4人で固まってるよね〜」
「風呂は2人ずつだから、1人の時間はトイレの時だけだね。」
「高校時代の合宿の方が、今より1人の時間があったかもな。」
「それでも、ほぼ1人で雑務担当のあの頃よりずっと楽です。」

赤葦の何気ないセリフに、3人は絶句。
多忙の合間を縫って、自分達との『酒屋談義』まで…という申し訳なさの反面、
無理矢理にでも誘っておいてよかった!と、色んな意味できゅ~~~んとなり…
三方向から赤葦をむぎゅ~~~っと抱き締め、イイ子イイ子と頭を撫で回した。


ウチの自慢の参謀…しっかり者の赤葦。
仕事中は部活でセッター(猛獣使い)をしていた時以上に、隙のない有能さ。
今はチームメイトで良かった!と、尊敬と寒気交じりに痛感する仕事ぶりだ。

一方、仕事『外』の姿は全く違う。
業務中と同じ真顔で↓方向のネタを堂々披露したかと思えば、意外と隙だらけ。
そのギャップの破壊力たるや、無回転のどっかんミドルシュート並…
一歩も動けないまま、心臓をズキューーーンとぶち抜いてくる恐ろしさなのだ。

現在時刻は26時…2試合目が終わり、次の試合まで1時間空くタイミングだ。
観戦フィーバー&寝不足ハイの状態のところに、強烈なシュートが突き刺さり…
ゴールネットを揺らされた3人は、怒涛の『赤葦甘やかしタイム』に突入した。


「皆でこうして引っ付いていると…ちょっと眠くなっちゃいますね。」
「試合と試合の間の1時間…これがない方が、楽かもしれねぇよな。」

山口、すまねぇがカウンターの上に置いてあるサッカー雑誌と…
その間に挟んである『例の紙束』を、取って来て貰えるか?
それからツッキーは、念のために次の試合が録画されてるかを今一度確認して、
居間の電灯を常夜灯モードに…テレビのリモコンも一緒に、持って来てくれ。

黒尾は月島と山口に頼み事…と見せかけて、二人から赤葦を引き離すと、
赤葦を腕にしっかり抱きなおして、コテンと布団の上に寝転がった。


「1時間後に俺が起こしてやるから…ちょっと寝ててもいいぞ?」
「黒尾さんの腕の中…1時間では起きれなくなっちゃいますよ。」

「むしろ、二人で本格的に…『寝て』しまうかもしれないよね。」
「別のトコが『起きて』しまうから…はいはいゴチソウサマ~!」

トロン…と、場所もわきまえずイイ雰囲気を醸し始める黒尾と赤葦に、
イチャつかせてたまるか!と、雑誌を手に戻って来た山口も赤葦の背にピタリ。
その山口の背に、月島もベッタリ…話を現実に引き戻した。


「えー、録画リストと…今日の試合の分も、『黒尾杯』に記録しましょうか。」
「俺、今日の2試合共、外しちゃったんだよね〜」

ただサッカーを観るだけでも、十分面白いのだが、
せっかく4人で観るなら、別の楽しみもあれば更に盛り上がるんじゃないかと、
当事務所ではリーグ戦及び、決勝トーナメントの全試合結果を各々が予測し、
一番的中率の高かった人が、賭金を総取りする…『黒尾杯』を開催していた。

似た者同士の4人組ではあるが、勝敗予測の方法や結論が、かなり違う。
お遊び程度のカルチョで、お互いの個性が見えてくる…新たな発見だった。
とにかくはっきり言えるのは、4人だと何をやっても楽しい…ということだ。


選手名鑑になっている特別号の雑誌の間に、録画リストを印刷した紙と、
4人が開会前に提出した、予選リーグ予測がバサっと挟んであった。
月島がそれを取り出そうとすると、数日前まではペラの紙束だったものが、
ややしっかりした感触に…参謀殿が、クリアファイルに挟んだようだった。

「さすが赤葦さ…ん?」
「あっ!?これは…!」

雑誌の間から引き出したクリアファイルを見た月島と山口は、驚きの声…
二つ入っていたそれらを並べ、興味津々に観察を始めた。



表面


裏面


「音駒&梟谷の人気キャラツートップ…悪くないじゃないですか。」
「悪くない、じゃなくて…お二人共めっちゃカッコイイですよ~!」

お互いの自由を最大限尊重し、それぞれが飄々とした態の…黒尾と研磨。
そして、自由奔放に振り回す側と、それすらどこ吹く風の…木兎と赤葦。
梟谷グループ合同合宿で、月島と山口もよく目にしていた、お馴染みの光景だ。

「懐かしいような、全く変わってないような…相変わらず腹黒な笑顔だよね。」
「冷え切った無表情なのに、妙~にゾクっとする流し目…変わってないよね!」

手放しで褒め称える?月島達…だが、赤葦はファイルから目を逸らし、
黒尾の胸に完全に埋もれながら、無言のままで布団の中へ潜りこんでしまった。

このファイルは何?赤葦さんはどうしちゃったの?という二人のキョトン顔に、
黒尾は苦笑いしながら赤葦の頭と背中を撫で撫で…状況を説明し始めた。

「HQ!!グッズと言えば…研磨だよ。」


つい数日前、研磨から書類が届いたんだが、その中にコレが入ってたんだよ。
俺にはよくわかんねぇが、こないだの交換の御礼…赤葦に渡せってな。

   (あー、そういうこと、ですか。)
   (りょーかいで~す、研磨先生!)

ここまで聞いただけで、優秀な弟子達は師匠の意図をバッチリ把握。
これはドンピシャなタイミングで上げられた、ゴール前へのセンタリング…
自分達は研磨先生のパスに、ちょん♪と合わせるだけである。

   (赤葦を可愛がるターン、だな?)

少し前から『赤葦甘やかしタイム』に突入し、ゴール前に詰めていた3人は、
頬を緩めながらチラリと視線を交わし合い…セットプレーを開始した。


「実用性の高いグッズ…赤葦さん、クリアファイル大好きですよね?」
「仕事に使えるからって…グッズデビューもクリアファイルでしたよね~?」
「本来はそうなんだが…このファイル見た瞬間、赤葦はどうしたと思う?」

それに描かれてる赤葦よりも、もっともっと淡々とした寒々しい無表情で、
引き出しからハサミを持ってきて…おもむろにファイルを切ろうとしたんだよ。

「えっ!?何で…勿体無いっ!」
「切ってしまえば、実用性も何もあったもんじゃないのに…」

黒尾の言葉に、月島達は本気で驚き…ゴクリと唾を呑み込んで先を促した。
慌てて俺がハサミを没収して、何とか事なきを得たんだが…と、
黒尾が説明を再開したが、布団の中から赤葦がそれを遮り、鬱憤を爆発させた。

「俺が頂いたモノですから、どう使おうと俺の自由ですっ…!」


別に俺は、クリアファイルをズタズタにして、使いモノにならなくしようとか、
そんな破壊衝動に襲われたわけじゃありません…(記憶にある限りでは)。
研磨先生や木兎さんのことが嫌い、ということもないですし(現在は)、
このままフツーに使っても、まぁ許容範囲と言えます(ギリギリですが)。

でも、俺は気付いてしまったんです。
このままでは『クリアファイル』としては致命的である…と。

クリアファイルとは、書類を挟み込んで保護し、整理に役立てるというお道具…
『ちゃんと挟む』『バラけない』『しっかり止める』ことに加えて、
中に挟まれた書類が何なのか、外から判別可能であること…
即ち『クリア』であることが、最大の特徴かつ利点であるはずなんです。
それなのに、こちらのグッズは素敵なイラストが描かれているお蔭で…

「全然『クリア』じゃないんですっ!」


ですから俺は、まるで攻め込まれている最中の自陣ゴール前の守備みたいな、
『挟む』『バラけない』『止める』という、最低限の仕事をこなした上で、
しっかりはっきり『クリア』すべきであると考え…実行しようとしただけです。

「困難は分割せよ…どこぞの尊いご長寿さんの教えを、参考に致しました。」

2枚のクリアファイルを、まずは脳内で人物ごとに8つに分割し、
その上で、4つのパターンにフォーメーションを組み替えました。

   ・木兎さんセット
   ・孤爪師匠セット
   ・黒赤全身セット
   ・黒赤半身セット

これをごく普通の透明クリアファイルの上に配置し、上手いこと貼り付ければ、
ファイルとしての機能を保持したまま、空いた部分で『クリア』も実現の上、
おやおやどういうわけだか、気付けば2つも俺と黒尾さんのペアが♪…という、
レッドカード&PK獲得みたいな、奇跡的な幸運が転がり込んでくるんです!


「俺だってホントは、こんな勝ち方がしたかったわけじゃありません…」

強引でトリッキーなセットプレーではなく、不器用な俺の実力に合った方法…
画像処理ソフトなんて持ってないし、使い方もわかりませんから、
写真をPowerPointに取り込んで、簡易ながらも余計な『背景』を処理し、
黒尾さんと俺を並べて、コッソリ楽しもう…最初はそう思っていたんです。

でも、表の全身図はそれで良くても、裏面の半身図の方がアウトなんですよ。
梟谷の方はカラーなのに、音駒はなぜかモノクロ…色が合わないんです!!
これじゃあ、俺が現代人なのに、黒尾さんが白黒写真時代の人みたいに見える…
1ケタぐらい歳の差がある、パラレル設定の二次創作みたいじゃないですか。


…以上が、『クリアファイルに関する考察』の、ダイジェスト版です。
悪くないイマジネーションで、あと少しでゴール!!というところでしたが、
残念ながら決めきることができず…未だにいじけまくっている所です。

お箸の時だって、自由に組み替えて使ったのに…ファイルは何でダメなんです?
しかも、翼君&岬君的な相棒からセーブされちゃうなんて、納得できません。
むしろ、黄金コンビ顔負けのド派手な黒赤カラーリングカップルなんですから、
黒尾さんが(器用さが不足気味な)俺に代わり、切り貼りしてくれてもいいのに…

「そういうわけですから、そのファイルは月島君と山口君に差し上げます。
   煮るなり焼くなり、俺に忖度…切り貼りするなり、どうぞご自由に。」

ただし、俺に断りなく勝手に黒尾さんを愛でるなんてことは、絶対赦しません…
人生という広大なフィールドから、『一発退場』して頂くかもしれませんよ。
布団の中に隠れてますけど、今大会から採用のVAR(ビデオ判定)によって、
ヴァッチリ・あますところなく・レッド(赤葦)待機中…お忘れなきように。

「…現地の実況&解説は、黒尾FC所属の赤葦京治がお送りいたしました。」


赤葦は最後にそう言うと、スタジオこと布団の外にマイクを返した。
現地レポーターがひたすら喋っている間は(約1500字・原稿用紙4枚分)、
薄いクリアファイルどころか、一言もクチを挟めなかったスタジオの3人組は、
『一発退場』の恐怖にぶるりと身を震わせ…一斉に笑顔をベタっと貼り付けた。

「えー、それではスタジオ解説員の月島さん!試合を通しての感想をどうぞ~」
「あっ、ズルい山口っ!!僕がオフレコに弱いの…知ってるでしょっ!!?」

流れに巧く乗り、スタジオをスムースに回す、テクニシャン山口。
月島と黒尾は一瞬「やられた!」という顔をしたが、そこは熟練のプロ…
すぐにピシ!っと背筋を伸ばしてマイクを受け取り、台本通りにコトを進めた。


「黒尾ファンクラブ…もとい、黒尾さんとフォーエバーにコネクトな赤葦さん、
   現地からの熱意溢れるナマ中継…どうもありがとうございましたっ!」
「いやぁ~、ホントに愛されちゃってますね~いかがですか、黒尾さんっ?」
「実にありがたい…感動的なレポート、大変心に染み入ったよなっ!?」

それでは、僭越ながら僕…月島蛍が、この試合で注目すべき点を、
わかりやすくハイライト(ミニシアター)にて、解説させて頂きます。


「それでは、VTRをどうぞ。」




- 後半戦へGO! -




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※こないだの交換 →『五対五!研磨先生
※困難は分割せよ →『引越見積⑩(中編)
※お箸の時… →『終日据膳
※翼君&岬君 →伝説的サッカー漫画『キャプテン翼』の黄金コンビ。
※VAR →ヴァッチリ・あますところなく・レッドカード対象の反則等を映像監視する、
   新時代の審判団『ビデオ・アシスタント・レフェリー』。


2018/06/22    (2018/06/20分 MEMO小咄より移設)

 

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