空室襲着③







一寸隔てた先の闇…猫の『寝床』から出てきた山口は、眩しそうに目を瞬かせ、
皆が黙って見守る中、穏やかな表情で微笑み…上着をソファの背に掛けた。


「やっ、山口…」
「ツッキー、元気してた?ちゃんとご飯食べてる?足を伸ばして寝てる?」

着替えは…Yシャツはクリーニングに預けといたのを、引き取ったみたいだし、
下着とかは買っただろうから、大丈夫だと思うけど…
漫画喫茶とか、狭いトコで雑魚寝してない?ビジネスホテルに泊まってる?
お野菜は…煮物やサラダは無理でも、せめて野菜ジュースぐらいは飲んだ?

「えっと…ネットカフェに泊まって、野菜は、おにぎり弁当の…たくわん?」
「ネカフェと漫喫はほぼイコールだし、漬物はお野菜には含まないでしょ。」

「白菜漬けも入ってたけど、それもやっぱり駄目…だよね?」
「当然でしょ!最低限、カップの豚汁ぐらいは付けてよね~」


予想通りだけど、どうして初日から黒尾さんとこに転がり込まなかったの?
黒尾さんなら、大文句言いながらもツッキーにちゃんと美味しいエサを与えて…
家事やら何やら、ミッチリお世話してくれるから…拾われるには最適なのに。

「家出するなら、次回以降は絶対…初日から黒尾さんちにしてね?」
「わ、わかった…気を付けるよ。」
「待て待てっ!俺はこんなデカくて可愛げのねぇ犬を飼う余裕は…」

同居人(飼主?)のお説教に、しゅん…と耳を伏せて反省する、月島(大型犬?)。
勝手に話を進める二人に、一応『お預かり先』の黒尾も異議を申し立てるが、
聞く耳を持って頂けない…代わりに赤葦がペットシッターの『手助け』をした。


「山口君。俺が月島君を拾った場合も…エサぐらいは与えますよ?」
「与えるのはエサの『材料』…そんな条件を、さっき出してましたよね?」

それに、あらゆる意味で赤葦さんのトコは危険…絶対に阻止ですから!
そもそも、アルコール以外のモノがあるのかどうかも、アヤシイですし。
冷蔵庫に入ってる野菜ジュースも、全部カクテル用…果物もそうでしょう?

「飲物関連以外にも、ちゃんと食糧も…ありますからっ!
   こっ、これも家から持って来ました!ゆ…ゆべし、ですけど。」
「クルミの…和菓子じゃないですか!赤葦さんも、食生活に気を付けて!
   黒尾さん…たまには赤葦さんに、マトモなエサを与えて下さいよ。」
「おっ、おぅ。一緒に食う時は、一汁三菜を…ちゃんと食わせるようにする。」

何故か赤葦と黒尾まで、月島の巻き添えを喰らって、ミッチリお説教を賜る。
どんなに『懐古調~』と格好つけたとしても、山口にかかれば全て形無し…
真の意味でこのバーを(闇から)統べる存在…それが『特別顧問』の山口なのだ。


「まぁ、こんな些細なことは、もういいとして…」

俺、ずっと真っ暗な中に籠ってたから、お腹も空いたし喉もカラカラですよ~
話のネタも『一寸』でしたし、美味しそうな『ゆべし』があるなら…

「ここは赤葦さん、ギリシャの『ウゾ』なんて…いかがでしょう?」
「成程…酒の神に愛されし山口君には、ピッタリのセレクトですね。」

山口のリクエストに応え、赤葦は嬉々として無色透明の酒を取り出した。
3つの グラスに半分ほどウゾを入れてローテーブルに並べると、
皆さんご注目下さいませ~♪と、上機嫌で手を叩いた。


「『ウゾ(ouzo)』は、グレープ・ブランデーを蒸留したリキュールです。」

ギリシャ正教会の聖地・アトス山の修道院では、旅行者にこの『神の酒』を…
グラス一杯のウゾと、『ルクミ』と呼ばれるお菓子を振る舞う伝統があります。

ルクミは、日本でいう『ゆべし』に似たお菓子だそうで…
中にクルミ等のナッツが入っているところも、似ているらしいですよ。

「クルミ入りのルクミ…名前もかなり似てるな。」
「もう一つ…非常に似ているものがあるんです。」

ウゾの独特な香りは、アブサンと同じアニスですから、こうして水で割ると…

「…白濁するんですよ。」
「まるで…ミルクだな。」

特徴的な味と香りだが、3回飲めばクセになると言われているだけあり、
慣れてくるとこれがなかなか…イケる。そして、甘いゆべしにも合うのだ。

いつも通り4人でマッタリ盃を交わし、(赤葦は見た目ソックリのカルピス)
気分よく閑談し始めようとして、月島は本来の目的をやっと思い出した。


「ちょっ、ちょっと山口!何でこんなにのんびり…おかしいでしょ!?」

山口がそこで全部聞いてたこととか、もうそんなのはどうでもいいとして…
僕が依頼した『W喪失事件』が、これっぽっちも解決してないんだけど。

「月島君より先に、『ツッキーの依頼を受けて下さい』という依頼を、
   山口君から昨日受けていた…山口君がそこに居たのは、そういう理由です。」
「『間違いなく、俺がお休みの明日木曜に来るはずです』ってことで、
   あらかじめ『寝床』に隠れて、ツッキーを待ち構えてた…全部バレバレだ。」

前々から、何となく、そうじゃないかなぁ~という気がしていたけれど、
この穏やかな幼馴染の掌…どころか、指先で巧く転がされているような…
僕だけじゃなくて、黒尾さんと赤葦さんでさえ、山口には敵わないみたいだし。

実質的に、僕達4人の核…『中心』に居るのは、間違いなく山口で、
山口がいなければ、ただのギャグ。何をやっても締まらないのだ。


「そうだ。山口があの夜に起こった事実を話してくれれば、
   僕の『W喪失事件』のうち、片方の記憶喪失の件は…解決できるよね?」

正確な事実認定をするために、一寸先の闇に隠れていた山口を表に出したのだ。
山口が事実を語ることで、事件の核となる部分に、光を当てることができる。

僕達3人が、黙って山口に注目している中、グラスのウゾを一気に呑み込むと、
山口はふるふると首を『横』に振って、口を閉ざした。

「話す気は…ないってか。」
「それでは、どうすれば…」

事実を証言することを明確に拒否した山口に、黒尾と赤葦も困惑…
素直に両手を挙げる仕種で、「お手上げだ。」と山口に告げた。


「あの夜のことは、俺は誰にも喋らないから。でも、事件解決は…できるよ。
   今宵のテーマ…『一寸』と『酒の神』が、解決の糸口になるはずだから。」

糸とセットのモノを携えて、大型犬ならぬ『わんこ』に乗って来た、
打出小槌を携えた神様とセットの、小さな酒の神様…

「糸とセットの針を腰に差し、お椀の舟に乗った…『一寸法師』だよな。」
「打出小槌を持った大黒様…大国主とセットの酒神、『少彦名』ですね。」




********************




子どものいなかった老夫婦が、住吉の神に祈ると、子宝に恵まれました。
しかし、生まれた子は身長が一寸しかなく、何年経っても大きくなりません。
一寸法師と名付けられた子は、ある日、武士になりたいと京を目指します。
お椀を舟に、箸を櫂にし、刀代わりの針を腰に差して旅に出ました。

京で立派な家を見つけ、その家で働くことにした一寸法師でしたが、
家の姫とお宮参りに出掛けた際、鬼が姫をさらいに現れ、
姫を守ろうとした一寸法師は、鬼に飲み込まれてしまいました。
しかし、一寸法師は鬼の腹の中から針で刺し、鬼は痛みで降参…
一寸法師を吐き出して、山へと逃げ帰りました。

鬼が残していった打出小槌を振ると、一寸法師の体は六尺(約182cm)になり、
姫と結婚…小槌から出てきた米や金銀財宝と共に、幸せに暮らしましたとさ。


*****


「数々の類話があるけど、これが一寸法師の大まかな内容だよね~」
「かぐや姫や瓜子姫、桃太郎と同じく、『小さ子』の神話類型だよ。」

この一寸法師のモデルとなったと言われているのが、少彦名(すくなひこな)…
『きわめて小さな男』という意味の名を持つ少彦名は、
三輪山の大蛇こと出雲大社の主祭神・大国主と共に、国造りを行った神だ。

大国主・少彦名のセットぶりといったら、まるで月島・山口並の不可分さで、
大国主が祀られているところには、大抵少彦名も合祀されている。

「大国主の掌に立つ…『手乗り少彦名』みたいな像を、見たことあるぜ。」
「セットというより『分身』みたいで…ちょっと可愛らしいんですよね。」



(常陸国出雲大社拝殿・茨城県笠間市)

大国主とセット…コンビを組んでいる以上、少彦名も当然ながら国津神で、
天照大神より前に、日本に元々いた神…『蛇』と呼ばれる神だ。


「八咫烏の水浴びを見て、有馬温泉を発見したのも、この大小神様コンビ…」
「温泉の神…『湯』は『たたら』でもあるから、やっぱり『蛇』だよね~」

少彦名を祀る有名な神社に、沙沙貴(ささき)神社があるが、
『ささ』はたたらの砂鉄と、『笹』…お酒の古語である。
別の古語で酒は『くす』…酒とは『薬』のことでもある。

「蛇と酒、そして薬が繋がるんだ。だから少彦名は『酒』の神なんだな。」
「そして大国主と共に『医薬』の神ですね。蛇と医療の関係も深いです。」

蛇が絡んだ杖…『アスクレピオスの杖』は、世界保健機関(WHO)だけでなく、
各国の医師会や、薬局の看板、救急車の車体や衛生兵の腕章等にも用いられる、
世界的に『医療』を表すシンボルだ。


(世界保健機関の旗)

また二柱の神は、『禁厭(きんよう)』…まじないを司る神でもあるそうだ。
禁厭とは、災難を治めること…人にとって一番身近な災難は『病』であり、
病気平癒のまじないには、医薬神こそ最も相応しい存在と言えるだろう。


「ちょっと待って下さい。大国主と少彦名はコンビのはずなのに、
   少彦名の方だけが『酒の神』なのは、どうしてなんでしょう?」

大国主も確かに大のお酒好き…三輪山の大神神社は、日本酒発祥の地でもある。
しかし『酒』を司る神と言われているのは、何故か少彦名の方だけである。
二神が『セット』だと思い込んでいたせいか、月島の指摘に虚を突かれた。

「ツッキーのその疑問は…少彦名の正体を考えると、見えてくると思う。」

実際に記紀神話には、少彦名がどう描かれているか…
黒尾は目を閉じ、眉間に指先を当てながら、朧げな記憶を呼び起こした。


「大国主が国造りを行う際、『天乃羅摩船(あまのががみのふね)』に乗って、
   東方の波の彼方から訪れた…東方とは即ち常世国…『あの世』の神様だな。」

この船は、ガガイモという蔓(つる)性植物の実を割ったものだそうだが、
お椀のような船に乗ってやって来るイメージが、一寸法師と重なる。

「問題はこの『ガガイモ』です。蔓性植物は、その絡む姿から『蛇』の象徴…」

ガガイモ…『羅摩』の蛇身(茎や葉)を切ると、そこから白い乳液が滲み出し、
その葉は漢方では有名な『強壮薬』として重宝されているそうだ。

「白い液が出てくる『蛇身』の名前が、『羅摩(らま)』って…えへへ~♪」
「クルミ入りルクミ的な、ミルク入り…逆転させたら、そのまんまだよね。」


また、少彦名は造化三神の高御産巣日神(たかみむすひ)の子とされているが、
同じく造化三神で、女神的要素を持つ神産巣日神(かみむすひ)と共に、
男女の『むすび』を象徴する神…その高御産巣日神(男神)の指の隙間から、
我らが少彦名は、元気に『漏れ落ち』てしまったそうだ。

そして、大国主が掌中で少彦名を玩んでいるうちに、いきなり『飛び出し』て、
その頬に喰らい付いた…とも、日本書紀に記されている。
さらに、少彦名が常世国へ去る時には、蒲に似た『粟の穂』に弾かれて出た…

以上のことから、少彦名は『種の神』とも言われているのだ。

「少彦名が大国主の『分身』となってから、彼は活気に満ち溢れて国造り…」
「逆に常世国へ去ってからは、精気を失ってしまい、見る影もなく衰えた…」


白い乳液を出す蛇身の蔓性植物・摩羅…ではなく羅摩の舟に乗って、
常世国…命の源たる東方の海から訪れ、大国主に『精力』を与えた。
その『イキの良さ』故に、父たる高御産巣日神の指の間から漏れ落ちたり、
手でニギニギ玩んでいたら、ピュッと飛び出し大国主の頬についてしまったり。
アレ…摩羅ソックリな粟の穂から、弾け出て常世国にイってしまうと、
少彦名を失った大国主は、すっかりヤる気を喪失してしまった…『種』の神。

「素直に記紀神話を読むと、男神・大国主の精力の源…『分身』だね。」
「擬き(もどき)大好き♪な日本人らしいというか…あからさまだよね~」
「少彦名は、大国主の『酒』…この酒とは勿論、『どぶろく』ですね。」
「少彦名だけが『酒』の神…『種』の神な理由も、よ~くわかるよな。」


そう言えば、大国主…大黒様と言えば、大きな白い袋を持っているが、
その中には、様々な植物の『種』が入っているのではなかったか。
そして、大黒様の打出小槌には、願いを叶える如意宝珠が描かれており、
如意宝珠はホト…女陰で、大黒様の後姿が、男根の形をしているものすらある。

打出小槌で、一寸法師が大きく…立派な『男』になった理由も、これで判明だ。


「大黒様は、全身で五穀豊穣と子孫繁栄を大絶叫している神。
   それは大国主と少彦名も同じ…大国主のいる出雲大社は、縁結びの聖地だ。」

国を造った…国を生んだ大国主が祀られているから、出雲大社は『縁結び』…
だが、それだけでは何となく『繋がり』が弱いような気がしていたが、
コンビこと『小さな分身』の少彦名の存在を考えると、スッキリ納得である。


神々の伝承や神話には、意味不明な御伽噺だと感じてしまう記述も多いが、
素直に字面を追えば、割とわかりやすくウゾならぬウソのようなド直球で、
とっても『ステキ♪』な夜伽話が描かれていたりする…実に面白い。

大真面目に少彦名について考察していたはずなのに、結局こうなるのか…
黒尾と赤葦が妙にソワソワと、初々しく視線を逸らし合う姿を見て、
『つられソワソワ』…恥ずかしくなって二人から視線を逸らせた月島は、
山口が一人、真剣な表情でミルクっぽいウゾを握り締めているのに気付いた。

「どうしたの、山口…?」
「全くの偶然なんだけど、今の考察で、長年の謎が…解けたと思う。」


山口の静かな声に、3人は息を飲んだ。
酒が入ると、キンとクリアに澄み渡る、山口の…思考。
その思考と同じくらい澄んだ瞳で、白濁するウゾを眺めながら、語り始めた。

「実は、出雲にある大国主の本拠地たる出雲大社(いずもおおやしろ)には、
   セットであるはずの少彦名は…どこにも祀られてないんだって。」

「えっ…!?」
「ウソだろ…」

常陸国出雲大社を始め、大国主と少彦名が合祀されている神社は、非常に多い。
むしろ、少彦名単体で祀られている方が稀で(これは別に理由があるかも?)、
国造りの大本である出雲の出雲大社に、少彦名が居ないなんて…ウソみたいだ。

「少彦名が居ないなら、縁結びの力としては…弱いってことになっちゃうよ?」
「多分、それが…正解なんだよ。」


山口は真横に座る赤葦に、「3月3日と7月7日の共通点は?」と問い掛けた。
どちらも節句…ひな祭り(上巳)と七夕の日である。

「わかりました。両日とも…『甘酒』を飲む日ですね。」
「物凄ぇ赤葦らしい回答だな…って、そういうことか!」

ひな祭りは上巳…蛇の日。七夕は年に一度だけ、蛇神夫婦が逢瀬を許された日。
どちらも強烈な『蛇』の日に、ノンアルコールの『甘酒』を飲むのは、
力の源である本当の『酒』を、蛇に与えないためだった。


「出雲の出雲大社に少彦名が合祀されていないのも、それと同じ理由だよ。
   二人が『セット』だと、『国造り』をしてしまうから…」

『元々いた神』である、大国主と少彦名の超強力『結び』コンビに、
再び自分達の国造りをさせないために、二神を引き離しているのではないか…?
それが、山口が見出した『答え』だ。

「大本の出雲大社の大国主は、少彦名という『精力の源』を、ヌかれている…」
「ヤる気を喪失した大人しく『安全』な姿だから…祀ることを許されてんだ。」

縁結びの総本山に鎮座する子孫繁栄の神が、まさかの『種なし』だったなんて。
ここまで徹底して『元々いた神』を封じ籠めようとする…鬼気迫る執念である。


「何だか、薬であるはずの酒を飲み過ぎて記憶を『喪失』しちゃうのは、
   国や力を無理矢理奪われた『酒の神』からの…『お仕置き』みたいだね。」

これで、証明終了…かな。


グラスの縁に付いたウゾの雫を、指先で丁寧に掬い取り…
その指をそっと、山口は握り締めた。




********************




「やっぱり、『セット』の二人は…離れちゃダメなんだ、よ…ね…」

記憶喪失だとか、童貞喪失だとか言ってた自分が…恥ずかしいよ。
僕と山口も『セット』なんだから…家出もどきはやめて、ウチに帰るね…


「とか言いながら、ツッキーの奴…酔って寝ちまいやがったよ。」
「優しそうな見た目と甘さに反し…ウゾはかなり強めですしね。」

黒尾は隣で舟を漕ぐ月島を腿上に横たえると、山口の上着を掛けてやった。
そして声を低めに落とし、「種明かし…聞かせてくれ。」と微笑んだ。

「種明かしと言うより…種飛ばしか?」
「ウゾの種…『濁り』を喪失ですね?」

黒尾だけでなく赤葦も、柔らかい表情で山口に確認すると、
山口は困ったような、照れたような…桃色の頬をグラスで隠しながら、
「多分、お気付きの通りです。」と、ぽそぽそ喋り始めた。


「考察の最初に概説した『一寸法師』の話…どう思いました?」

「『よいこのむかしばなし』ですね。」
「かなり『美しく』割愛されてたな。」

俺が知ってる話は、もっと一寸法師が智慧者…小ささを賢さでカバーしてたよ。
一寸法師は、寝ている姫の口元に『ご飯粒』をわざと付けた上で、
「私が大事にしていたモノ(米)を、姫に奪われた!」と姫の父に訴え、
怒った父が姫を殺そうとしたところ、一寸法師が姫を助けて貰い受けた…

「『据え膳』食うよりも、確実に姫を落とす手があったのか!って、
   一寸法師の策士っぷりに…心底感心した覚えがあるな。」
「目的のためなら、自分の大事にしていたモノを犠牲にしてまでも、
   もっと先を見据えて策を練る…まさに『お手本』です。」

腹黒智将と狡猾参謀から、その策略手腕を大絶賛された一寸法師…
この二人が『よいこのむかしばなし』から『大いに学んだ』ことを知り、
「黒尾さんと赤葦さんっぽい!」と、山口は楽しそうに声を上げて笑った。


一寸法師のご飯を口にしたことで、姫の父が娘を殺そうとまで激怒した理由は、
求婚者が持ってきた食物を口にすると、その男の意思を受け入れたことになる…
姫が一寸しかない男の求婚を、親の許可なく勝手に受けたと思ったからだ。

嫁入先の釜で炊いたご飯を食べるという婚姻儀式も、これとほぼ同じ発想で、
『その家の食事を食べる』ことが、『その家の人間になる』ことを意味する。

「『胃袋ガッチリ♪』には、ちゃんとした民俗的な意味もあるんですね~」
「ここの客達は、赤葦の出す酒に『ガッチリ♪』掴まれてるよな。」
「月島君に、ルイ13世の瓶を『ガッチリ♪』抱かせておきますか。」

月島君が寝返りをうって瓶を落とそうもんなら…こっちのものです。
俺の大事なモノを奪われました…と、黒尾さんと山口君に泣きついて、
手痛いお仕置きプラス、一生俺の『わんこ』として愛玩…一寸法師作戦です。

「寝ていて記憶のない相手に、ウソの記憶を植え付ける…実に怖い話ですね?」
「ウソはつかれなくとも…状況から勝手に『喪失した記憶』を想像したりな?」


赤葦と黒尾の言葉に、山口はふんわりと包み込むような微笑みを見せた。
グラスになみなみとウゾを注ぎ入れ、その上から水滴をポタポタ…
少しずつグラスの中が白濁しはじめ、靄がかかってくる。

「人の記憶なんて、このウゾと同じ…」

事実だと思っていても、自分の『思い込み』が混ざって、白濁している…
見方によっては、事実とは乖離したウソとも捉えることができるぐらい、
はっきり確定しない、刻々と変わりゆくモノだ。

喪失した記憶を思い出せたとしても、事実とは違うかもしれないし、
そもそも記憶となるような事実が、存在していたかどうかも…わからないのだ。

「ツッキーが当然『ある』もんだと思い込んでいた…」
「俺と黒尾さんの『童貞喪失』の記憶も同じ…です。」


山口は二人の言葉に応える代わりに、靄に包まれたグラスを一息で飲み干すと、
これでもう、『種』と一緒に『ウソ』も消えました…と、小さく呟いた。

「今回の事件の真犯人は、一寸法師こと少彦名…
   一寸先の闇…大国主の影に隠れて暗躍する、小さな小さな存在です。」



それじゃあ、そろそろ俺は…ツッキーを連れて帰りますね。
今回は俺の依頼を完遂して下さり、本当にありがとうございました。

月島を肩に担ぎながら、山口は黒尾達にペコリとお辞儀…
途中まで二人を介助しながら、赤葦は山口に「最後に一つだけ…」と尋ねた。

「ウチの大国主と少彦名は、このあと無事に『コンビ』として復活…
   もしくは、自分達の『結び』を成就できますでしょうか?」


赤葦の問いに山口は頬を染めて俯き…カウンターの上の『木札』を手に取った。

「ウチのもう一つの『コンビ』…『猫と梟』が、皆の記憶している通りに、
  『水を差せないウゾ』になれるよう…俺達『禁厭コンビ』も願ってます。」

山口はそう言うと、『散歩中』の札を取り外して、『猫と梟』の札を裏返し…
寝ている二匹のシルエットが描かれた方を扉に掛け、静かに出て行った。



「やっぱり『特別顧問』は…凄ぇな。」
「山口君に『濁り』は…ありません。」

梟と猫のWマスターが、客をもてなすこのバー兼法務事務所で、
二人のマスター達の影に隠れながら、二羽の烏達が、事件を解決している。
『酒の神と、その従順な犬』という、客達の『記憶』は、ただの思い込み…
このバー…いや、探偵事務所の『核』もしくは大事な『種』の部分を担うのは、
卓越した情報収集・整理能力と、明敏かつ透明な推理・思考力を持つ…烏達だ。

「月山コンビが復活してくれねぇと…ウチの商売あがったりだよな。」
「闇に紛れる猫と梟ですら、ただのイロモノ…『目くらまし』です。」


並んで高級グラスを慎重に洗いながら、閑談がてらの閉店準備。
いつもならここで散々、月山コンビをネタにして愉しむのだが、
今日はすぐに沈黙…シンクに水が当たる音だけが、暗い店内に響き渡る。

いつも以上に時間をかけて洗い終え、赤葦が固く水栓を止めると、
隣に立つ黒尾が、ゴクリと唾を嚥下する音が、驚く程大きく聞こえてきた。


「あのさ、今日ツッキーは、俺んとこに来ないことになったみてぇだから…」

もっ、もしよかったら、その…
この後、俺んちで、いいいっ、一緒に晩御飯でも…どうだ?

「えっ!!?そっ、そそそっ、それは、もしかして、いっ一寸法師的な…?」

わたっわたっ…と、動揺しまくる二人。
あまりに動揺しすぎな相手を見て、逆に落ち着き…顔を見合わせて笑った。


「もし、そうだと言ったら…?」
「一汁三菜他…期待してます。」






- ④へGO! -





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※アブサンについて →『予定調和
※わんこ →岩手の方言で『お椀』のこと。わんこそばのわんこ。
※笹と酒について →『鳥酉之宴
※大黒様について →『蜜月祈願
※上巳の節句について →『上司絶句
※七夕について →『七夕君想


それは甘い20題 『03.指先』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2017/10/10   

 

NOVELS