「比叡山は延暦寺、高野山は金剛峯寺…」
「金閣は鹿苑寺、銀閣は慈照寺…」
本日は、週に一度の体育用具室清掃日だ。
町内会のゴミ当番のように、輪番制でそれがやってくる。
今週の当番は、澤村・菅原・月島・山口の四名だった。
先に帰宅した上級生たちから、「ドンマイ」と励まされたが、
『変人じゃない方』の一年生コンビは…すぐにその意味が解った。
「やるならば、徹底的に。」
そう言った澤村は、用具室内にあるもの全てを一度外に出し、
そこから掃除を始めるようにと指示を出した。
「…本気ですか?」
「俺らが当番の時しか、絶対に隅の方まではしないからね。」
「俺と一緒の当番で、お前らは『不運』としか言いようがないな。」
「それ、自分で言っちゃうんですか…」
『上』に『No』が言えないのは、会社も部活も同じ。
月島と山口は、観念して跳箱を運び始めた。
用具をあらかた外に出し、がらんどうになった室内を見ると、
それだけでもう『仕事完成間近』な気分になってしまった。
箒で積もった塵を集めながら、気分転換にと、
澤村と菅原は三年生らしいこと…受験対策用の暗唱を始めた。
「平等院は鳳凰堂、三十三間堂は…何だっけ?」
「山やら寺やら堂やら、名称の種類が多すぎて困るよね。区別つかなくなって混乱しちゃうよ~」
澤村と菅原の嘆きに、真後ろから返答があった。
「三十三間堂は、南叡山妙法院の管轄する仏堂ですよ。
『叡』の字があるんで、比叡山延暦寺と同じく、最澄が開いた天台宗の寺院…だったと思います。」
雑巾を手にし、スラスラと答える小坊主…ではなく山口に、澤村と菅原は目を見開いて驚いた。
「お前、日本史得意なのか!?」
「意外や意外、『社寺仏閣巡り』が趣味…だったりするの!?」
口々に問う上司達に、山口は慌てて首を横に振った。
「いやいやいや、そういうわけでもなくて…ただ単に、語呂合わせで去年覚えたってだけですよ。」
「あ、そうか。お前らついこないだまで『受験生』だったのか。」
「高校受験にそこまで出たっけ?それすら覚えてないよ。」
首を捻りながら苦笑する菅原の後ろから、今度は月島の声がした。
「比叡山延暦寺、高野山金剛峯寺とくるならば、
鹿苑寺は『北山』で、慈照寺は『東山』になりますね。
金閣や銀閣は、それぞれの寺が所有する建築物の名称です。」
今度は口をぽかんと開け、三年生達は顔を見合わせた。
「俺も去年、お寺の名前と建築物とかがごちゃごちゃになって…
ツッキーと『山号寺号』で遊んで、それで覚えたんですよ。」
「さんごう…じごう?」
「何だそりゃ。そんな遊び、聞いたことないぞ。」
若い子の中で、そんな遊びが流行ってるのかしら?ねぇ、お父さん。
うーん…儂はついぞ聞いたことないな、お母さんや。
上司二人の会話が、何故か『夫婦漫才』に見えた月島は、笑いを堪えて説明を始めた。
「山号は、簡単に言えば仏教寺院の称号です。
隋・唐時代の中国で、増えすぎた同名の寺院を区別するために、
その寺院がある山や地域の名前を付けたそうです。」
当時の寺は、山の中に作られることが多かった。
そのため、山の名前を号として使うようになったのが始まりで、
その制度が伝来し…日本のお寺にも山号が付けられるようになった。
「だから、制度伝来よりも前…奈良時代以前に建てられたお寺には、
山号がないとこが多いみたいですよ。」
法隆寺、東大寺、唐招提寺…山口は、名のある寺を列挙した。
「ちなみに、延暦寺と金剛峯寺は、その制度の例外です。
もちろん、山号の有無も宗派によって様々です。」
部下達の話に、上司二人はいたく興味を引かれた。
きれいになった用具室の床に座り込み、先を促した。
「で、その『山号寺号』が、どうして『遊び』なんだ?」
「もともとは落語の演目なんですが…
『○○山○○寺』に合わせて行う、古典的な言葉遊びです。」
「例えば…『看護師さん 赤十字』とか、『時計屋さん 今何時?』…」
「なるほど!その『○○さん ○○じ』に、いろいろ語呂合わせするんだな。」
「それ、すっごい面白そう…!!」
それじゃぁ、俺も…と考え始めた二人に、月島が釘を刺した。
「『さん』は人の敬称以外、『じ』は『時』以外が理想です。
そうじゃないと、簡単すぎて面白くないですからね。」
お父さん 出勤時、お母さん 買い物時…確かに、際限がない。
「そのルール、両方満たすのは結構難しいね。
一つだけクリアなら…『お肉屋さん ソーセージ』で、
両方ともなら…『そっくりさん 双生児』…あ、そっくり『さん』は敬称か。残念!」
「俺もできたぞ!!運動部らしく…『天王山 負けられじ』」
すぐに良質な解答を出した菅原と澤村に、月島たちは「巧いっ!!」と感嘆した。
「だが…次がなかなか思い浮かばない。」
「暗記ばっかりやってると、頭の柔軟性が乏しくなるね~」
褒められた二人は、苦笑いと謙遜で返した。
「『これだ!!』っていうヒット作は、なかなか出ないですよ。
受験に使えそうなものになると…更に限られます。」
ホント、10個考えてヒットは1つぐらい。
受験用に使えるのだと、30個に1つできるかどうかですよ…と、山口は苦笑したが、
すぐに表情を変え、まるで自分の快挙かのように、嬉しそうに話し始めた。
「ツッキーの最高傑作、すごいんですよ!!
『デオキシリボ核酸 ATCG』って…俺、一生忘れない!」
「山口作、『衆院解散 内閣不信任決議時』も、
言葉遊びとしては平凡だけど、暗記向きの良作だよ。」
月島たちの傑作に、今度は澤村達が拍手して称えた。
「お前ら、すごいな…!」
「心の底から、『二人を称賛 大賛辞』…だよ。」
「気を付けて下さいね。これ…『止め時』が非常に難しいですから。」
「俺とツッキーも、一週間ほど抜けられずに…
試験に全く出なそうな『山号寺号』ばっかり覚えちゃいました…」
既にどっぷりと『考え中』だった澤村と菅原。
「と…とりあえず、掃除だけは終わらせるか。」
「手を動かしながら…考えるってことだね。」
四人は、それぞれが思案に暮れながら、あっという間に仕事を終わらせた。
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「素晴らしく綺麗に片付いたな。」
「考え事してたら、すぐだったね。」
お前ら、よくやった。
澤村と菅原に『いい子いい子』と頭を撫でられ…
赤く染まった頬を隠すため、月島はそっぽを、山口は下を向いた。
「ねぇ大地、方々から聞こえてたこと…本当だったね。」
「そうだな。『月島山口の話は結構面白い』…ってな。」
部活以外で話す機会など、ほとんど無いに等しい。
自分のことは話さない月島と、月島のことしか話さない山口…
そのどちらも、上級生達にとっては『謎』の存在だった。
ところが、同じチームとして日々を過ごす内に、
部員たちが少しずつ『部活以外』でも触れ合う事も増え、
お互いに『新たな一面』を発見しているようだった。
変人コンビは、良くも悪くも『見たまんま』だったが、
もう一方のコンビのことも、徐々にではあるが見えてきたことに、
澤村は大いなる安堵と、密かな喜びを感じていた。
「二人は、幼いころからずっと一緒で…いっぱいお喋りして、すごい仲良しなんだね。」
「そんな『お堅い』話をしてるとは、全く思わなかったけどな。」
菅原達の言葉に、当の本人達は意外にも困惑顔になった。
「それは、ちょっと違う…気がします。ず~っと長いこと一緒だし、クラスも部活も一緒だから…」
「特別話すようなことなんて、ほとんどないんですよ。
それこそ、『言葉遊び』でもしなきゃ、話すネタがないですね。」
別に、会話がなくても困ったことないですし。
言わなくても、大体言いたいこともわかるし。
二人の返答に、今度は澤村達が困惑した。
「それは、『幼馴染』というよりは…会話の乏しい『熟年夫婦』だな。」
「『個人事業主の旦那とその妻~自宅兼事務所・二人で黙々と仕事』
24時間中23時間ぐらい一緒に『居すぎる』若夫婦…かも?」
喧嘩をするわけではない。むしろ、仲は非常に良い。
だが、刺激も潤いもない…あっさりドライ、なのだ。
若くしてこれでは、行きつく先は…
澤村と菅原は、『可愛い娘夫婦の"色色"が心配な両親』かのように、
あたふたと『いらぬ世話』を焼き始めた。
「こういうこと、俺が言うのも何なんだけど、お前らまだ若いだろ?
学生の本分である勉強や部活以外にも、もうちょっと、ほら…」
「た、たまにはさ、二人で『恋バナ』とかしてみたら…」
「恋バナなら、よくしますよ。ね、ツッキー?
『○組の○○さんから、ツッキー宛の手紙預かったよ~』…とか。」
「それはただの『業務連絡』だろうが!」
「じゃ、じゃあさ、例えば…そう!何かのアクシデントで、
体育用具室に閉じ込められた…なんて『オイシイ展開』の時は…」
「明日の朝練で誰か来るまで、時間潰せばいいだけです。
そうですね…バレーボールの『展開図』でも考えて過ごします。」
「炎を象った流線形の組み合わせ…一晩がかりの難問だよね~」
「わかったわかった。ならば、誰もが憧れる『オイシイ展開』…
『今日、ウチ…親、いないの…』の時は!?」
「あ、まさに今日ウチ、それなんで…ツッキー、晩御飯どうする?」
「『展開』イコール『解凍』ってことで、高級冷凍食品にしようか。」
…だめた。いくら言っても、こいつらは躱し続ける。
ジジイの話など、ヤング達はウザがるばかりだろう。
澤村は大きくため息をつくと、降参だ、と手を上げた。
「もう、お前らの好きなようにすればいいさ。だが、これだけは言っておく…将来、困るぞ。」
「全ての基準が『ツッキー』な山口は、そもそも『論外』としても、
『話さなくても分かり合える』『長時間会話がなくても居心地が良い』
さらには『どんな時でも自分を立ててくれる』…
山口は月島にとって、ほぼ完璧な『理想的な伴侶』じゃんか。
…将来、『山口以上の存在』を見つけるのは、至難の業かもよ?」
年寄りの有り難い箴言にも、現代っ子は『…?』と小首を傾げるだけ…
結局、年長者二人は「ちゃんと野菜も食べて、夜更かしするなよ!」と、
相変わらずの『お節介』で若者を送り出すしかなかった。
「あいつら、大丈夫かな…母さんや。」
「孫の顔は、当分先だわ…お父さん。」
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『オイシイ展開』じゃないかもしれない。
でも、日常の何でもない風景の中に、その『入口』はあるのかもしれない。
さにつらふ
鍵を開け、玄関の戸を大きく開く。
無人の家の中に向かって、律儀に「ただいま~」と言った後、
くるりと振り返った山口は、「いらっしゃい」ではなく…
「お帰りツッキー」と笑顔で言った。
それを聞いた瞬間、僕は戸が完全に閉まるより先に、
山口の腕を引き寄せ…その口を塞いでいた。
衝動的な自分の行為に、僕は自分で驚愕した。
された方の山口は、もっと驚いただろうけども、
僕自身が動揺から回復するより先に、
山口は僕が掴んでいたのとは逆の腕を、僕の首に緩やかに回してきた。
掴んだ腕を放し、両腕で山口の腰をかき抱く。
山口は解放された腕も僕の首に回し、更なる密着を求める。
肘に掛けたままのレジ袋。
口付けの角度が変わる度に、その袋が山口の腰臀部に触れる。
カサカサとビニールが擦れる音が、静かな玄関に響き渡る。
袋の中の冷凍食品が当たって冷たいのだろうか。
山口は時折身を捩らせ、ピクリと小さく痙攣する。
その動きが、山口の『悦び』を体現しているようにも見え…
煽られるかのように、更に深く深く口付ける。
帰宅時にセンサーで点灯していたポーチの灯りが、徐々に弱くなり、やがて静かに消えた。
真っ暗になった玄関。そこではじめて、まだ明かりすら点けていなかったことに気付いた。
「アイス…溶けちゃったかも。」
「開口一番が…それなの?」
照れ隠しに呟いた山口のセリフに、僕はわざと拗ねてみせた。
「ツッキーの『開口一番』も…なかなかだと思うけど?」
山口ははにかんだように笑うと、これ見よがしにゆっくりと玄関の鍵を閉めた。
「ちょっと待っててね。今準備するから…」
準備と言っても、ただ冷凍食品をレンジで温めるだけだ。
それなのに、わざわざエプロンまでして張り切る姿に、
何か満たされたような…不思議な充足感に包まれた。
レンジ内を心配そうに覗き込む後ろ姿。
エプロンのひもが、解けかかってゆらゆら揺れている。
揺り動くひもに誘導されたかのように、
僕は山口の元へ行き、後ろからそのまま抱き締めていた。
本日二度目の衝動的行為。
僕自身はかなり『真っ白』な状態だった。
でも山口は、僕にされるがまま…何も聞かず、何も言わず、ただ腕の中で黙っていた。
心地好い沈黙が、余分な力を抜いていく。
レンジのおかずのように、芯からゆっくりとほだされ、温もりと安らぎに満たされてゆく。
ふと前を見ると、レンジの扉に山口の顔が映っていた。
少し赤く染まった頬。
目を閉じて俯き、柔らかな微笑みを湛えた表情は、本当にふんわりとした穏やかさで…
あぁ…『幸せ』、だな。
その言葉が、ストンと僕の心におさまった。
「ツッキー…」
静かに僕を呼ぶ声。
返事の代わりに腕を緩めると、山口はその腕を優しく撫でながら言った。
「『おつかれさん - マッサージ』」
僕は、さっきよりも強い力で、山口を閉じ込めて返答した。
「『see
the sun - body language』」
- 完 -
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※さにつらふ→『妹(恋人・妻)』『ひも』にかかる枕詞
※『see the sun』
→①『太陽を見る』
、②古い表現として『生きている、命がある、生まれる』
『body language(ボディランゲージ)』
→肉体の動作を利用した非言語コミュニケーション。
即ち、身振り手振り・ジェスチャー
全体としては、「『生きてるって素晴らしい』を『体現』」か、もしくは…「『お日様が出るまで』『カラダで語り合う』」
※ラブコメ20題『03.正直こういう展開を待ってました』
2016/02/19(P)
: 2016/09/09 加筆修正